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偽 物
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心臓が、止まるかと思うほど驚いた。
再び風が吹き、俺の鼻先にわずかな甘い匂いが届いた。
「キミは……オメガ……?」
くすりとも笑わない彼の首元には、あの時つけていなかった噛みつき防止のネックガードがつけられていた。オメガはアルファに首を噛まれると、強制的に番にさせられてしまう。そうなると、もうその相手としか性交できない体になってしまうのだ。
だけどキミはあの時、こんなものつけていなかったじゃないか……。
そう思って、あぁ……そういうことかと気付いた。
「もしかして、キミも……突然変異?」
言った俺にポロリと涙を落とした彼は、怖いのだと泣いた。
アルファになった俺と、オメガになった彼。身体的にも待遇的にもオメガになった彼の方が圧倒的に生きにくいだろう。今までベータとして何の不自由もなく生きてきたのだから。
突然変異に気付いたのは、俺より彼の方が早かった。今までと違い、アルファだけが持つと言われている特別な”熱”を感じるようになったのだという。これはアルファやベータには見抜けない、オメガ性の人間だけが見分けられる”熱”だ。だとしたら、俺が今感じているこの甘い匂いも、きっとアルファだけが持っているオメガ性を見抜く能力なのだろうと思う。
「キミは、オメガになってからどれだけが経過してるの?」
俺で、気付いてからおよそ二か月だ。
「四か月……くらいでしょうか。今は、キャッチの仕事が怖くて出来ません」
キャッチの仕事中、何故かアルファ性だけを見抜けることに疑問を抱いた彼は二か月ほど前に受診した。そして性別が変わっていることを知ったのだという。その状態でしばらくはキャッチの仕事を続けていたらしいが、繁華街の路地裏で突然ヒートに襲われたオメガと出くわしたことをきっかけに、急激に恐怖を覚えたのだという。
「まだ俺は体が成熟していません。先生が言うには、成熟までには最低でも一年はかかると言われてますから、まだ、全然キャッチの仕事もできるんですけど……でも……」
「今、じゃあ仕事は?」
俺と同じで無職かと思った。
だが、彼は俺よりよほどチャラい見た目のくせに、俺よりよほど真面目だった。
「本職一本で……やってくしかなくて……」
本職、があるらしかった。なんだそのかっこいい響きは。
「何の仕事してるの」
「シナリオライターです」
バカかっこいい仕事だった。
「……あぁ、そう。儲かりそうじゃん」
「依頼がないことには……。そんなコンスタントに仕事回してもらえるわけじゃないんで」
そうかもしれないけど、バカかっこいい仕事だぞ、まじで。こんなにチャラい見た目で、シナリオライターとかふざけんなよ。
「今は、ゲームのシナリオが二本だけ。ほかにも何か仕事を回してもらえないか必死に伝手を回ってるんですけど……。外に出るのが怖くて……。けどありがたいことに自宅でできる仕事だから、こっちで名前売ろうって、今はそれしか考えられなくて」
「伝手があるならどうにかなるもんじゃないのか?」
「そんな簡単じゃないですよ」
俺よりまともで、まじめで、常識人だ。
「俺なんか伝手もないぞ。突然変異のアルファなんて誰も雇ってくれない。実績がゼロだからな。俺だって助けてほしいくらいだ」
彼はボヤく俺に苦笑し、「大丈夫、きっといいところが見つかりますよ」と何の根拠もないことを言って「自信持ってください」と言った。
「だってあなたの熱は、ほかのアルファとは、どこか違うから」、と────。
再び風が吹き、俺の鼻先にわずかな甘い匂いが届いた。
「キミは……オメガ……?」
くすりとも笑わない彼の首元には、あの時つけていなかった噛みつき防止のネックガードがつけられていた。オメガはアルファに首を噛まれると、強制的に番にさせられてしまう。そうなると、もうその相手としか性交できない体になってしまうのだ。
だけどキミはあの時、こんなものつけていなかったじゃないか……。
そう思って、あぁ……そういうことかと気付いた。
「もしかして、キミも……突然変異?」
言った俺にポロリと涙を落とした彼は、怖いのだと泣いた。
アルファになった俺と、オメガになった彼。身体的にも待遇的にもオメガになった彼の方が圧倒的に生きにくいだろう。今までベータとして何の不自由もなく生きてきたのだから。
突然変異に気付いたのは、俺より彼の方が早かった。今までと違い、アルファだけが持つと言われている特別な”熱”を感じるようになったのだという。これはアルファやベータには見抜けない、オメガ性の人間だけが見分けられる”熱”だ。だとしたら、俺が今感じているこの甘い匂いも、きっとアルファだけが持っているオメガ性を見抜く能力なのだろうと思う。
「キミは、オメガになってからどれだけが経過してるの?」
俺で、気付いてからおよそ二か月だ。
「四か月……くらいでしょうか。今は、キャッチの仕事が怖くて出来ません」
キャッチの仕事中、何故かアルファ性だけを見抜けることに疑問を抱いた彼は二か月ほど前に受診した。そして性別が変わっていることを知ったのだという。その状態でしばらくはキャッチの仕事を続けていたらしいが、繁華街の路地裏で突然ヒートに襲われたオメガと出くわしたことをきっかけに、急激に恐怖を覚えたのだという。
「まだ俺は体が成熟していません。先生が言うには、成熟までには最低でも一年はかかると言われてますから、まだ、全然キャッチの仕事もできるんですけど……でも……」
「今、じゃあ仕事は?」
俺と同じで無職かと思った。
だが、彼は俺よりよほどチャラい見た目のくせに、俺よりよほど真面目だった。
「本職一本で……やってくしかなくて……」
本職、があるらしかった。なんだそのかっこいい響きは。
「何の仕事してるの」
「シナリオライターです」
バカかっこいい仕事だった。
「……あぁ、そう。儲かりそうじゃん」
「依頼がないことには……。そんなコンスタントに仕事回してもらえるわけじゃないんで」
そうかもしれないけど、バカかっこいい仕事だぞ、まじで。こんなにチャラい見た目で、シナリオライターとかふざけんなよ。
「今は、ゲームのシナリオが二本だけ。ほかにも何か仕事を回してもらえないか必死に伝手を回ってるんですけど……。外に出るのが怖くて……。けどありがたいことに自宅でできる仕事だから、こっちで名前売ろうって、今はそれしか考えられなくて」
「伝手があるならどうにかなるもんじゃないのか?」
「そんな簡単じゃないですよ」
俺よりまともで、まじめで、常識人だ。
「俺なんか伝手もないぞ。突然変異のアルファなんて誰も雇ってくれない。実績がゼロだからな。俺だって助けてほしいくらいだ」
彼はボヤく俺に苦笑し、「大丈夫、きっといいところが見つかりますよ」と何の根拠もないことを言って「自信持ってください」と言った。
「だってあなたの熱は、ほかのアルファとは、どこか違うから」、と────。
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