雪融

柊 奏

文字の大きさ
上 下
6 / 7

第五雪【数年後】

しおりを挟む



 数年後。

 僕は念願だった、研究職として地元の名のある企業で働いている。名のあるとは言っても地元だから規模はそこまで大きくはないが。
 
 僕は高校卒業後、一度も地元を離れることはなかった。元々、地元が嫌いなわけでもないし、まだ弟も小さかったこともあり、何より彼女が帰ってくる場所を確保しておきたかった。

 あれから数年経ってるし、未練がましいかもしれないが、それが僕が彼女にできる誠意だと思った。

「そんなこと言ってるから、すぐに振られるんだよ。」

「……うるさい。良んだよ、彼女たちもそれを理解した風で、最初は迫ってくるんだから。お互いさま。」

「篠宮くんさいてー。」

 この軽口を言う男は、藤村という同期。
 悪い奴ではないが、こう言って煽ってくるところが少々面倒なところだ。

「んで?お前がそこまで入れ込む赤月ちゃんは今どこで何してんのかね?」

「……いんだよ。それは。元気で、笑顔で居てくれたら、僕はそれで。」

「ふ~ん。そんなこと言ってっと、ずっと独身で終わるよ、お前。」

「……ほっとけ。自分でもそう思っているところだよ。」


 藤村の軽口をかわしながら、指をキーボードに当て、パソコンにデータを打ち込んでいた。すると

ブーッブーッ

と、着信が入った。

 マナーモードにしているとはいえ、バイブモードも音が響く。

 誰からだ?と番号を見るが、見覚えがない。

 僕は一応、席を立ち、人がいない休憩室へと早足で向かい、四回目のコールぐらいでその着信に応答した。

「はい。」

『……』

 返事がない。
 僕はもう一度問うことにした。

「もしもし?」

『……もしもし』

「っ!?もしかして赤月?」

『篠宮くん。……逢いたい。
疲れちゃった。』

 僕は夢でも見ているのか、ついに頭が逝かれたのかと思ったが、まぎれもない彼女の声だった。

 僕は何を言えば良いんだろうかと頭の中がグルグルと渦を巻いていたが、声から察するに彼女は酷く疲弊しているように感じた。

 僕が彼女に、今伝えられること。

「……そっか。ならいつでも戻っておいで。僕はいつでもここにいるよ。待ってる。」

『…っ篠宮くん』

 電話口から彼女の泣きじゃくる声が聴こえた。

『赤月は忘れてるかもしれないけど、あの約束はまだ有効だよ。』

 そう、彼女が僕を嫌わない限り、僕は彼女の返事を待ち続ける。
 それは今でも変わらない。


 何度か他の人と付き合ってはみたが、そんなのは所詮彼女の代わりだ。いや、代わりにもならなかった。


  僕には彼女だけ。


『……っ!?ガタっ!!』

「……赤月?」

『ツーっツーっ』

 ものすごい勢いでぶつかる音が聴こえたと思ったら、そこで通話は切れてしまった。

 赤月に何かあったのではと、掛け直してみたが繋がらない。

 でも、僕は何故か彼女がこの地へ向かっているような気がした。

 そう思ったら、居ても立っても居られなくなり、休憩室を飛び出した。

「藤村!ごめん!急用で早退する!!上に伝えといて!」

「え?あ、おい、しのみーー」

 早足で藤村に伝えると、返事も聞かずに会社を出て、車に乗り込んだ。


  とりあえずは、駅に向かおう、考えるのはその後だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

放課後の生徒会室

志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。 ※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。

膝上の彼女

B
恋愛
極限状態で可愛い女の子に膝の上で…

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

レズビアン短編小説(R18)

hosimure
恋愛
ユリとアン、二人の女性のアダルトグッズを使った甘い一夜を書いています。

処理中です...