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第1堡塁の戦い

第82話 試してみたい衝動に

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 龍二と、生徒会参謀部の見積もったより、多くの敵兵が生存していれば、急速に不利に陥るのは我が隊である。

 当然、軍事作戦は、そのような不測事態は「起きるもの」として立案するのだが、本作戦は、そもそものスタートラインが、作戦成功ギリギリのところからスタートさせられているため、正直大きな不測事態はその後の作戦を非常に困難とすることは理解出来ていた。


 それでも、自分はなんとかしてしまうのだろう、と、それが今現在の自己評価でもあった。


 実際、龍二は計画的な作戦より、不測事態への迅速対応が得意である。
 このようなことも、指揮所で理解出来ているのが如月 優ただ一人だけであろう。

 逆に、この指揮所には一人かもしれないが、師団指揮所には、それを理解出来ている人物が、少なくとも二人はいた。


 第2部長と上条師団長である。


 この時、第3部長の神妙な表情による状況報告を上条師団長は受けていた。

「なるほど、かなり見事にやられたというわけだ」

「当方が決して無策であった訳ではありません。敵の足並みが奇跡的に揃ったことによる偶然の要素が大きいかと、、、。」

「3部長、君は本日の戦闘が、偶然の産物だと思うのかい」

「、、、正直に申しますと、そうとしか見えません。常識的にこの布陣で我方が敗北するはずがありませんし、現在情報を収集し分析中ですが、敵の進行速度が計算されたものとは考えにくいのです。」

 師団長は、苦笑いしながら作戦図を見つめていた。


 見事だった。


 3部長がそのように言うのも無理はない、素人の集団に、秒単位で行動を管理し、戦場を移動出来る訳がないのだ。

 それは、第3次世界大戦を中堅幹部として戦い抜いた経験が、それを証明していた。

 
 実はこの時、師団側の損耗は、龍二たちが計算していた損耗よりも大きいものであった。


 それは、戦車戦力などは実物を視認できるので撃破数は管理しやすいのだが、砲撃による人員損耗は第1堡塁の先、第2、第3の損耗は、龍二たちに知り得ない情報なのである。

 もちろん一部情報部隊とゲリラ戦を展開している春木沢支隊からの連絡で、それなりに損耗が出ていることは掌握済みである。



 上条師団長は、第一線での損耗より、本日日没前に行われた、後方地域への砲撃について着目していた。



 正直に言えば、正面での激戦は想定の範囲と言えた。
 しかし、後方への砲撃により受けた人員損耗は想定の範囲を越えるものであった。

 要塞守備隊は、当然緒戦において第1堡塁に人員を集中させていたが、陥落の可能性を予期したならば、自動的に第2堡塁へ移動し、第1堡塁を自爆させ、第2、第3堡塁から集中砲火を浴びせる計画であった。



 その砲撃も自爆も行われなかったのは、全くの無観測射撃による三枝軍の砲撃が、後方へ下がる最中の師団守備隊にことごとく命中していたことにあった。



 これにより、第1堡塁の自爆は機能せず、たの堡塁からの砲撃も守備隊の負傷と戦死判定への対応により遅延に遅延を重ね、結局第1堡塁を完全な状態で占領されてしまうという、痛恨の敗北を期してしまったのである。

 これは名将、闘将と唄われた上条将軍にとって、非常に興味深いことであった。

 この時、それは戦術研究の見地からの興味が、局地的敗北の悔しさを上回るものであった。
 実戦を繰り返した中で、明らかに異端な指揮官、それが今現在対峙している三枝中尉なのである。


「素晴らしいな、、、。」


 2部長は、師団長の口からこぼれたその一言を聞き逃さなかった。
 なぜなら、2部長自身も全く同じ感想を持っていたからである。


 第2部長は、今年で40歳になる大佐である。


 今戦っている響鬼軍曹達と、演習場を駆け回った懐かしい初級幹部時代から早17年。
 大佐としてはかなり若い、もちろん昇任後間もないものの、将来を嘱望されているエリート軍人であることは間違いない。
 高度な戦術教育を数年単位で受けてきたからこそ、このような慣用戦法から大きく外れた戦果に対し、研究心から来る興味が止まらないのである。


 いや、これがもし偶然ではなく、計算によるものだとしたら、我々は死に神と戦っていることになるからだ。


 なぜなら、無誘導砲弾が、まるでピンポイントに数キロ離れた人員を殺傷するなどと言うことは、あり得ないのである。
 このことは、恐らく砲撃を加えた三枝軍の誰も掌握していないと思われる。



 もし、これに気付いていたとすれば、三枝龍二本人だけである。



 この異常さを考えれば、本日の戦いにおいて、奇怪な行動により戦車部隊、装甲車部隊、下車した徒歩兵部隊が秒単位で同時に突撃したことが、三枝龍二の周到な計算による「作為」である可能性を、肯定してしまうのである。

 もちろんこの時、2部長も上条師団長も、三枝龍二が戦闘訓練カリキュラムに、完全武装でゆっくり走る訓練に重点を置いていた理由が、ここに発揮されたことや、無線により流した放送により、隊員の意識に影響を与え、それが部隊の前進速度をコントロールしていたとは、この時点で知り得るはずもない。

 当然、そのような戦い方は、戦慣れをしたプロの軍人では思いつかない戦法と言える。


 いや、そもそも戦法と言えるのだろうか、そのようなレベルである。


 上条師団長は、それでも最悪の場合を考えて、自身の中では腹案を持っていたのである。

 しかし、それはあまりにも若手部隊を相手に大人げないレベルの方法であった。
 それでも上条将軍としては、その作戦を試してみたい衝動に駆られていた。


 そう、三枝龍二は特別な存在なのである。


 これまで、学生の身分でありながら、正式な陸軍中尉の階級を付与していることにも、今回の一連の事件にも、三枝龍二の人事と、その後の軍事に関する大きな秘密が隠されているのである。
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