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小さな革命
第36話 小さな革命
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三枝家は、龍二の帰宅により久々の家族三人の朝を迎えていた。
父と龍二の二人は、弟子の人たちと早朝稽古に汗を流していた。
龍二「あれ、父さん、昭三のやつまだ寝ているんですか?」
龍二がそう言うのは、普段であればお手伝いさんが三人分の朝食を準備しているはずのところが、なぜか二人分であったからである。
「昭三坊ちゃんでしたら、早くにお出かけになられましたよ、制服で。」
お手伝いさんが言うには、龍二たちが稽古をしている間に、なにやら神妙な面もちで出かけて行ったとのことだった。
龍二「珍しいな、帰宅した時はいつもゆっくり寝ているあいつが。」
この時、龍二は少し引っかかるものがあった。
それは「予感」といえばそんな曖昧なものであろう。
ただ、あまり良い予感とは言えない類のものであった。
そして昭三は、朝早くから横須賀中央駅に向かい本数の少ないバスを乗り継いでいた。
佳奈に伝えた時間は十時であったが、あまり眠れず、早朝に目が覚めてから再び眠りにつくことができなかった。
自室で、もやもやとしていても始まらないので、とりあえず目的地にでも行こうと考えた。
もちろん何かしたいわけではなく、しかし、今は何となく待ちたい、という気持ちであった。
横須賀中央駅に到着したのは、まだ8時手前であった。
陸軍工科学校の制服は、採用当時から独特で、国防大学校のように丈の短い詰め襟の上着に、上下黒、エッジには深紅のモールが両胸のポケットと肩章部分に縁取られ、高校の制服と言うよりは、古い時代の軍服を彷彿とさせた。
また、この時代にはすっかり廃れてしまった制帽も、陸軍の軍服と同じデザインであり、これもまた他校にはないデザインであった。
少年期でありながら、その凛々しい制帽は、ただ駅前で立っているだけでも十分に目立つ服装である。
普段なら待つことは苦手であるが、なぜか今日は待っていたかった。
それは、昭三の中で佳奈は来ない、という気持ちが大きかったのだろう。
それでも短い時間、本気で好きになってしまった女性との唯一の接点を、この「待つ」という行為で延命させたかった。
待っているこの時間が終わるまでは、自分は佳奈の関係者でいられると思えたからだ。
待ち続けて四時間が経過した。
時計の針は十二時を指そうとしていた頃、さすがの昭三も待ち合わせ予定を二時間経過しても現れない佳奈のことを、諦めようかと考えはじめていたときであった。
昭三の位置から少し離れたところで、同じく待ち合わせをしていたと思われる一人の女性が、地元高校生数人に囲まれて困惑しているのが見えた。
特別何かする用もなく、単独行動であったが、今、彼は傷心を持て余し、一暴れしたいという気持ちと、小さな正義というものに飢えていた。
昭三「失礼、私の連れが何か失礼でも?」
あえてトラブルの火中へ手を差し伸べてみたいという衝動だけでとった行動であった。
このまま喧嘩になっても、自分は正しいと信じて行うのだから、きっと神様も許してくれるだろうとも考えていた。
が、昭三は次の瞬間、驚きの表情を浮かべその女性を見つめていた。
昭三「上条さん?」
それはいつもの制服とは違い、淡いクリーム色のワンピースに薄いピンクの上着姿の、可愛らしい佳奈の姿であった。
「何だよ男連れか、行こうぜ」
少々質の悪そうな高校生であったが、制服姿の昭三を見て相手が軍人ではかなわないと感じたらしく、意外と素直に退散した。
佳奈は何かを言わんとしたまま、頬を赤らめながら昭三を見つめたまま動かないでいた。
昭三もまた、佳奈の私服姿に見とれ、何か言わなければならないと感じつつ、ただ佳奈を見つめることで精一杯であった。 それは、今にも大胆にキスでもしてしまいそうなシチュエーション、この時、実はもう一人、佳奈を不良から守ろうとしていた人がいた。
徳川幸である。
そしてもちろんこの一部始終を見ていた。
優「わあ、昭三くん、大胆だなあ、あそこにいるのって上条さんだよね」
幸と一緒に外出していた優がそうつぶやく。
何とも微笑ましい二人の少年少女に、これは絵になるなあと幸は思うのであった。
幸「いやあ、出番取られちゃったね、男装の制服で、か弱き少女を助ける、それって私の役だと思わない?如月。」
ああ、本当にこの人は宝塚っぽいところあるなあと優は思いつつ、そんな幸のことが益々気になってゆくのである。
しかし、こちらの二人も、片方は全く男性として意識していない、むしろ姿格好の近い友達程度にしか考えていない幸だからこそ、優とこうして外出を楽しめていたのであろう。
優は優で、その距離感の近さが逆に仇となっていることに気付いていた。
幸「さてと、私たちも行こう、外出時間がもったいないしね」
多分、あの二人はまだお友達程度であろうと、幸自身の優との関係を物差しに、勝手に昭三と佳奈のことを計っては、理解した気になっていた。
当人同士は、既にそんな段階はとっくに飛び越えていることを、やはり優の鋭い勘は見逃してはいなかった。
が、優は優で幸との時間が大切でもあり、まあいいか、ここは若い二人に任せて、程度に考えその場を後にした。
たった半日ぶりの二人であったが、昭三と佳奈には再会を祝いたいほどの感情がこみ上げていた。
そしてまず、制服でやたらと目立つ昭三は、人の多い駅前を一端離れて、じっくりと話のできる場所へと向かった。
昭三「ねえ上条さん、どうしてあの場所にいたのに、二時間以上も声をかけてくれなかったの?」
佳奈「・・・実は私、あの場所に来たのは、約束の一時間前なんです。だから三枝さんが私より随分早く待ち合わせ場所に来てくれていることを知ってました。私、三枝さんを試してました。もし私のことを何時間も待っていてくれるなら、そのときはもう一度お会いしようって。」
それは意外な発言であった。
偶然早く着いて、ただ待ちたいから待っていただけなのに、佳奈もすぐ近くで三時間以上も自分のことを見ていてくれた。 これが普通の高校生同士なら、すぐに告白をして、佳奈を自分のものにしてしまいたい、と考えるだろう。
この時、二人の間には、どうしても越えられない大きな障害が横たわっていた。
昭三「上条さん、思い切って言います。気を悪くしないでください。僕はあなたのことが好きです。それが叶わぬことは十分承知の上で白状します。ですから、上条さんは、僕のことをどんな風に思っていますか?」
いつものように佳奈は下を向いてしまったが、数秒待って佳奈はこう返答した。
佳奈「三枝さん、これから私のことを、佳奈って呼んでもらえますか?」
それは、彼女らしい返答の仕方であった。
昭三は一瞬、彼女の言っている意味が理解できないでいたが、それが段々告白に対する恥じらいながらのオーケーサインであることが理解できると、その心情は歓喜で奮い立つのである。
彼女の口から、たった今、未来が語られた「これから私のことを・・・」許嫁のいる女性であっても、昭三にはもうそれで十分であった。
彼がもう少し年齢が上で、大人であったならば、その思いを告げたことで潔く身を引くという選択肢もあったろう。
しかしこの昭三の若さが、頑なにそれを拒んだのである。
昭三「佳奈さん、僕は君を絶対に諦めない。これは軍人として、男として、大人たちへの反乱です。もしかしたら君を不幸にしてしまうかもしれない。それでも僕に付いてきてくれますか?」
佳奈は一瞬躊躇った、先日会ったばかりの男性に、ここまで強烈に引っ張られたことは生まれて初めてのことであった。
当然驚きもしたが、彼の言葉は、佳奈が求めていた「解放者」のそれそのものでもあった。
佳奈「わかりました、私、あなたについて行きます。」
昭三は、佳奈のその言葉を聞くと、ゆっくり頷いて再び彼女のことを見つめた。
昭三には、佳奈の瞳が燃えるように、そして儚く揺れていることが判ると、彼も同様に、その瞳に映る佳奈の顔が陽炎のように揺れるのである。
昭三「佳奈さん、これから僕は貴女を奪います。お父上から、許嫁のお相手から、学校から、世間から、僕たちに立ちはだかる全ての勢力から貴女を奪います。辛い旅路かもしれません。でも、これからはずっと一緒です。死が二人を分かつまで」
佳奈は感動と感激でうっすらと鼻と頬をピンク色に染めた。
そして昭三の胸の中に、自らそっと額を密着させると昭三の制服の両袖口を摘むように握り、その暖かい昭三の体温を感じながら幸せに包まれるのであった。
・・・昭三の家は剣術の名門、佳奈の家は軍人の名家。
それぞれの環境を考えれば、無謀な賭であった。
「大人の言うことを何でも正しいと考えるな、自ら考えて行動しろ!」そんな兄啓一の言葉が、今昭三の耳にはっきりと聞こえた気がした。
そして小さな革命が幕を開けるのである。
父と龍二の二人は、弟子の人たちと早朝稽古に汗を流していた。
龍二「あれ、父さん、昭三のやつまだ寝ているんですか?」
龍二がそう言うのは、普段であればお手伝いさんが三人分の朝食を準備しているはずのところが、なぜか二人分であったからである。
「昭三坊ちゃんでしたら、早くにお出かけになられましたよ、制服で。」
お手伝いさんが言うには、龍二たちが稽古をしている間に、なにやら神妙な面もちで出かけて行ったとのことだった。
龍二「珍しいな、帰宅した時はいつもゆっくり寝ているあいつが。」
この時、龍二は少し引っかかるものがあった。
それは「予感」といえばそんな曖昧なものであろう。
ただ、あまり良い予感とは言えない類のものであった。
そして昭三は、朝早くから横須賀中央駅に向かい本数の少ないバスを乗り継いでいた。
佳奈に伝えた時間は十時であったが、あまり眠れず、早朝に目が覚めてから再び眠りにつくことができなかった。
自室で、もやもやとしていても始まらないので、とりあえず目的地にでも行こうと考えた。
もちろん何かしたいわけではなく、しかし、今は何となく待ちたい、という気持ちであった。
横須賀中央駅に到着したのは、まだ8時手前であった。
陸軍工科学校の制服は、採用当時から独特で、国防大学校のように丈の短い詰め襟の上着に、上下黒、エッジには深紅のモールが両胸のポケットと肩章部分に縁取られ、高校の制服と言うよりは、古い時代の軍服を彷彿とさせた。
また、この時代にはすっかり廃れてしまった制帽も、陸軍の軍服と同じデザインであり、これもまた他校にはないデザインであった。
少年期でありながら、その凛々しい制帽は、ただ駅前で立っているだけでも十分に目立つ服装である。
普段なら待つことは苦手であるが、なぜか今日は待っていたかった。
それは、昭三の中で佳奈は来ない、という気持ちが大きかったのだろう。
それでも短い時間、本気で好きになってしまった女性との唯一の接点を、この「待つ」という行為で延命させたかった。
待っているこの時間が終わるまでは、自分は佳奈の関係者でいられると思えたからだ。
待ち続けて四時間が経過した。
時計の針は十二時を指そうとしていた頃、さすがの昭三も待ち合わせ予定を二時間経過しても現れない佳奈のことを、諦めようかと考えはじめていたときであった。
昭三の位置から少し離れたところで、同じく待ち合わせをしていたと思われる一人の女性が、地元高校生数人に囲まれて困惑しているのが見えた。
特別何かする用もなく、単独行動であったが、今、彼は傷心を持て余し、一暴れしたいという気持ちと、小さな正義というものに飢えていた。
昭三「失礼、私の連れが何か失礼でも?」
あえてトラブルの火中へ手を差し伸べてみたいという衝動だけでとった行動であった。
このまま喧嘩になっても、自分は正しいと信じて行うのだから、きっと神様も許してくれるだろうとも考えていた。
が、昭三は次の瞬間、驚きの表情を浮かべその女性を見つめていた。
昭三「上条さん?」
それはいつもの制服とは違い、淡いクリーム色のワンピースに薄いピンクの上着姿の、可愛らしい佳奈の姿であった。
「何だよ男連れか、行こうぜ」
少々質の悪そうな高校生であったが、制服姿の昭三を見て相手が軍人ではかなわないと感じたらしく、意外と素直に退散した。
佳奈は何かを言わんとしたまま、頬を赤らめながら昭三を見つめたまま動かないでいた。
昭三もまた、佳奈の私服姿に見とれ、何か言わなければならないと感じつつ、ただ佳奈を見つめることで精一杯であった。 それは、今にも大胆にキスでもしてしまいそうなシチュエーション、この時、実はもう一人、佳奈を不良から守ろうとしていた人がいた。
徳川幸である。
そしてもちろんこの一部始終を見ていた。
優「わあ、昭三くん、大胆だなあ、あそこにいるのって上条さんだよね」
幸と一緒に外出していた優がそうつぶやく。
何とも微笑ましい二人の少年少女に、これは絵になるなあと幸は思うのであった。
幸「いやあ、出番取られちゃったね、男装の制服で、か弱き少女を助ける、それって私の役だと思わない?如月。」
ああ、本当にこの人は宝塚っぽいところあるなあと優は思いつつ、そんな幸のことが益々気になってゆくのである。
しかし、こちらの二人も、片方は全く男性として意識していない、むしろ姿格好の近い友達程度にしか考えていない幸だからこそ、優とこうして外出を楽しめていたのであろう。
優は優で、その距離感の近さが逆に仇となっていることに気付いていた。
幸「さてと、私たちも行こう、外出時間がもったいないしね」
多分、あの二人はまだお友達程度であろうと、幸自身の優との関係を物差しに、勝手に昭三と佳奈のことを計っては、理解した気になっていた。
当人同士は、既にそんな段階はとっくに飛び越えていることを、やはり優の鋭い勘は見逃してはいなかった。
が、優は優で幸との時間が大切でもあり、まあいいか、ここは若い二人に任せて、程度に考えその場を後にした。
たった半日ぶりの二人であったが、昭三と佳奈には再会を祝いたいほどの感情がこみ上げていた。
そしてまず、制服でやたらと目立つ昭三は、人の多い駅前を一端離れて、じっくりと話のできる場所へと向かった。
昭三「ねえ上条さん、どうしてあの場所にいたのに、二時間以上も声をかけてくれなかったの?」
佳奈「・・・実は私、あの場所に来たのは、約束の一時間前なんです。だから三枝さんが私より随分早く待ち合わせ場所に来てくれていることを知ってました。私、三枝さんを試してました。もし私のことを何時間も待っていてくれるなら、そのときはもう一度お会いしようって。」
それは意外な発言であった。
偶然早く着いて、ただ待ちたいから待っていただけなのに、佳奈もすぐ近くで三時間以上も自分のことを見ていてくれた。 これが普通の高校生同士なら、すぐに告白をして、佳奈を自分のものにしてしまいたい、と考えるだろう。
この時、二人の間には、どうしても越えられない大きな障害が横たわっていた。
昭三「上条さん、思い切って言います。気を悪くしないでください。僕はあなたのことが好きです。それが叶わぬことは十分承知の上で白状します。ですから、上条さんは、僕のことをどんな風に思っていますか?」
いつものように佳奈は下を向いてしまったが、数秒待って佳奈はこう返答した。
佳奈「三枝さん、これから私のことを、佳奈って呼んでもらえますか?」
それは、彼女らしい返答の仕方であった。
昭三は一瞬、彼女の言っている意味が理解できないでいたが、それが段々告白に対する恥じらいながらのオーケーサインであることが理解できると、その心情は歓喜で奮い立つのである。
彼女の口から、たった今、未来が語られた「これから私のことを・・・」許嫁のいる女性であっても、昭三にはもうそれで十分であった。
彼がもう少し年齢が上で、大人であったならば、その思いを告げたことで潔く身を引くという選択肢もあったろう。
しかしこの昭三の若さが、頑なにそれを拒んだのである。
昭三「佳奈さん、僕は君を絶対に諦めない。これは軍人として、男として、大人たちへの反乱です。もしかしたら君を不幸にしてしまうかもしれない。それでも僕に付いてきてくれますか?」
佳奈は一瞬躊躇った、先日会ったばかりの男性に、ここまで強烈に引っ張られたことは生まれて初めてのことであった。
当然驚きもしたが、彼の言葉は、佳奈が求めていた「解放者」のそれそのものでもあった。
佳奈「わかりました、私、あなたについて行きます。」
昭三は、佳奈のその言葉を聞くと、ゆっくり頷いて再び彼女のことを見つめた。
昭三には、佳奈の瞳が燃えるように、そして儚く揺れていることが判ると、彼も同様に、その瞳に映る佳奈の顔が陽炎のように揺れるのである。
昭三「佳奈さん、これから僕は貴女を奪います。お父上から、許嫁のお相手から、学校から、世間から、僕たちに立ちはだかる全ての勢力から貴女を奪います。辛い旅路かもしれません。でも、これからはずっと一緒です。死が二人を分かつまで」
佳奈は感動と感激でうっすらと鼻と頬をピンク色に染めた。
そして昭三の胸の中に、自らそっと額を密着させると昭三の制服の両袖口を摘むように握り、その暖かい昭三の体温を感じながら幸せに包まれるのであった。
・・・昭三の家は剣術の名門、佳奈の家は軍人の名家。
それぞれの環境を考えれば、無謀な賭であった。
「大人の言うことを何でも正しいと考えるな、自ら考えて行動しろ!」そんな兄啓一の言葉が、今昭三の耳にはっきりと聞こえた気がした。
そして小さな革命が幕を開けるのである。
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