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叫 ぶ
第30話 彼女だけのスパイラル
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秋はさらに深まり、三枝家、三男の三枝昭三は、入院生活を終え11月となったこの頃では、さすがの温暖な横須賀も寒さが目立つようになってきていた。
陸軍工科学校では、学校祭も間近に迫る中、今日は久々に兄、龍二との再会の日である。
この日は珍しく、生徒会メンバーが三枝家での集まりとなった。
昭三は、兄達の学生室長の件について具体的な情報を得ていなかったものの、防大での珍事から4ヶ月が経過し、噂は国防大学校から少し離れたこの陸軍工科学校でも話題になるほどであった。
ただ、まだ軍人の卵である昭三には、室長やら生徒会長やら階級やらといった複雑な事情がよく理解出来ないでいた。
そして、今回の面会の最大の目的は、徳川幸であった。
もちろん本人ではなく、その後輩である上条佳奈である。
昭三は、カバンの中に手紙を忍ばせていた。
お礼状を兼ねた、学校祭への招待である。
もちろん本当の目的は後者の方である。
「失礼しま~す。」
幸達3名は、初めて訪問する龍二の実家に、少し緊張していた。
というのも、さすが剣道の家元だけのこともあり、広い屋敷の敷地内には武道場が備えられ、「旧家」の趣のある屋敷であった。
「やあ、早かったな、上がれよ」
一足先に実家へ帰っていた龍二は、稽古着で三人を迎えた、爽やかな石鹸の香りに少し汗の混ざった臭い、幸は少しだけ意味も解らず恥ずかしいと感じた。
普段あまり剣道着になることも少ない彼の、いわゆる「家業」を継いだ正式な服装とも思えるその姿に、彼のお嫁さんになる人は、そんな稽古着の手入れや準備もするのだろうなあと、漠然と考えていた。
しかし、そんなことを考えてしまう自分自身が、また急に恥ずかしくなってくると赤面するといった、彼女だけのスパイラルに幸自身は、苛立ちと少しの興奮を覚えるのであった。
龍二の着替えを待っている間、応接間に通された。
そんな時、城島は、そこに掲げられた人物写真に目を奪われた。
「ん?平成?年、9月、統合幕僚長、三枝陸将・・・、ん、んん?、三枝将軍って、なんか聞いたことないか?」
城島が写真に近づきそう呟く。
「お前、防大生なのに、三枝将軍を知らないのか?当時はかなり伝説の名将だぞ。」
三枝統合幕僚長。
防衛庁自衛隊時代、まだ日本とその周辺が平和だった時代に、名将と言われた自衛隊制服組のトップがいた。
「将軍」というのは、旧陸上自衛隊時代では「将官」クラスの高級幹部に付けられた、一種のあだ名のようなもので、階級上の将軍が存在したわけではない。
しかし、乱世の時代であれば、必ず武勲を挙げたであろうこの知将は、平和な平成の世の、隠れた名将として現在でも「将軍」として語り継がれていた。
幸は名前は知ってはいたものの、よもや龍二の直系に当たる人物であるとは考えていなかった。
「そう言えば名字が一緒なんだよな。結局お家柄ということなんだろう。やっぱサラブレッドは違うねえ」
城島がそう言う。
なるほど確かにお家柄、武家が軍人の家系となり、今も尚、国を守り続ける、違和感のないことではあった。
しかし幸は、この写真の人物が、龍二とよく似ていることに気付いた。
多分龍二も、年を取ればこのような素敵なオジサマになるに違いない、何故かそう確信できた。
・・・素敵なオジサマ・・?、まったく自分は何を考えているのだろう、不謹慎だ、と再び勝手に赤くなるのであった。
しかし、この三枝統幕長が、三枝家直系ではなく、婿養子であった事までは知る由もなかった。
この龍二によく似た先祖もまた、昭和から平成に至る、戦いの無い時代にあって、激動の人生を過ごしていたのである。
この人物の出生の秘密こそが、今日のこの生徒会にまで影響をもたらしていることは、当然予想すらできてはいない。
「あ、こんにちは、いらっしゃい皆さん」
昭三が応接間に顔を出し、挨拶する。
「昭三君、久しぶり、怪我は治ったんだね。回復はやいなあ。」
優が言うとおり、骨折の具合からすれば回復の速度は異様に早いように感じられた。
「ボク、生まれつき回復は早いほうなんですよ。・・・」
その言葉の後に、何かを付け足したい雰囲気は優よ幸には伝わっていた。
「何かな?ええっと、質問かな?」
二人の兄達と違い、今時の若い子というリアクションで、煮え切らないようにモジモジしている昭三を、優は何となく弟キャラが立っていてナイスだと感じていた。
しかし幸はその性格上、煮え切らない男はあまり好きではない。
「こら~、男の子でしょ!言いたい事はすぐに言わないと、そのまま言えなくなっちゃうぞ。」
幸の言うとおりだ、昭三は素直にそう思えた。
それは上条佳奈の見舞いの日から今日までの、なんとも時間の長かったことか。
彼はあの日、自分はどうしたら良かったのだろう、と毎日のように繰り返しシミュレーションする日が続いた。
それは眠れない、長い夜を幾重も越えて。
故に幸の意見は、初恋の辛さから逃れたい一心でもあった昭三の心に、ストライクで届いてしまうのである。
「それでは、えーっと、冷やかさないでくださいよ。」
と言うと、隠し持っていた封筒を幸に差し出した。一瞬三人は驚きの表情を見せる。
「へー、三枝弟は年上好みか~。」
「バカか、どう見ても私宛じゃないだろ」
城島の、それは相変わらずデリカシーの無い発言に、もう精一杯の昭三は答える余裕すらなかった。
「・・・もしよろしければ、これを上条佳奈さんにお渡し頂けませんか?」
本当に、いつもながらこの弟はかわいいなあと、幸は思うのである。
不思議と、幸と優の二人は、この弟キャラに癒される傾向があった。
「ああ、喜んで。恋愛成就を祈ってるよ。」
「いえ、恋愛だなんて!それは学校祭の招待状です。」
「ん?だから、ラブレターなんでしょ?」
「いえ、ですから、あ~、もう・・。」
幸は得意のお姉さんポーズ全開で三枝弟を冷やかしにかかる。
昭三はもう恥ずかしくて仕方ない。
「まあまあ、徳川さんも、その辺で。僕も恋愛成就、祈ってるからね。」
優の援護射撃なのか冷やかしなのか、さっぱり解らないフォローに、昭三は更に赤面しながら否定し続けていた。
「なんだか随分にぎやかじゃないか、楽しそうだな、混ぜてくれよ。」
着替えを終えた龍二が応接間に現れる。
その後ろには、同じく稽古を終えた彼らの父、先代の真陰流宗家、三枝正次郎の姿があった。
「初めまして、息子がお世話になっています。」
正次郎の突然の出現に、3人は思わず立ち上がり一礼した。
この人が、あの三枝正次郎、幸はつい、チラチラと正次郎のことを気にしてしまうのである。
先ほどの写真にあった三枝将軍とは、また少し違った、目は細めで、龍二に比べるとややシャープな印象を受けた。
そう言えば、兄の啓一や弟の昭三も龍二とは雰囲気が違う。
そんな意味では三枝将軍と龍二の近似性には、妙な偶然を感じられてならなかった。
「今日はゆっくりしていってください。お泊まりはできるんですか?」
そんな父親の話に、なぜか幸だけが過剰反応する。
「いえ、あの、私はまだ、その、心の準備が・・。」
「父さん、防大は外泊禁止ですから、知っているでしょう?兄さんも外泊は長期休暇の時だけでしたよ。」
「そうか、啓一はてっきり実家を避けているだけだと思っていた。そうでしたか、では時間までくつろいでいってください」
印象に比して柔らかい方なんだなと一同は感じた。父親が去って応接間には再び5人となった。龍二は幸にこう聞き返す。
「徳川、心の準備って何だ?」
さすがの城島ですら吹き出してしまうレベルの鈍感ぶりであった。もちろん幸は顔を真っ赤に怒っていたが。
陸軍工科学校では、学校祭も間近に迫る中、今日は久々に兄、龍二との再会の日である。
この日は珍しく、生徒会メンバーが三枝家での集まりとなった。
昭三は、兄達の学生室長の件について具体的な情報を得ていなかったものの、防大での珍事から4ヶ月が経過し、噂は国防大学校から少し離れたこの陸軍工科学校でも話題になるほどであった。
ただ、まだ軍人の卵である昭三には、室長やら生徒会長やら階級やらといった複雑な事情がよく理解出来ないでいた。
そして、今回の面会の最大の目的は、徳川幸であった。
もちろん本人ではなく、その後輩である上条佳奈である。
昭三は、カバンの中に手紙を忍ばせていた。
お礼状を兼ねた、学校祭への招待である。
もちろん本当の目的は後者の方である。
「失礼しま~す。」
幸達3名は、初めて訪問する龍二の実家に、少し緊張していた。
というのも、さすが剣道の家元だけのこともあり、広い屋敷の敷地内には武道場が備えられ、「旧家」の趣のある屋敷であった。
「やあ、早かったな、上がれよ」
一足先に実家へ帰っていた龍二は、稽古着で三人を迎えた、爽やかな石鹸の香りに少し汗の混ざった臭い、幸は少しだけ意味も解らず恥ずかしいと感じた。
普段あまり剣道着になることも少ない彼の、いわゆる「家業」を継いだ正式な服装とも思えるその姿に、彼のお嫁さんになる人は、そんな稽古着の手入れや準備もするのだろうなあと、漠然と考えていた。
しかし、そんなことを考えてしまう自分自身が、また急に恥ずかしくなってくると赤面するといった、彼女だけのスパイラルに幸自身は、苛立ちと少しの興奮を覚えるのであった。
龍二の着替えを待っている間、応接間に通された。
そんな時、城島は、そこに掲げられた人物写真に目を奪われた。
「ん?平成?年、9月、統合幕僚長、三枝陸将・・・、ん、んん?、三枝将軍って、なんか聞いたことないか?」
城島が写真に近づきそう呟く。
「お前、防大生なのに、三枝将軍を知らないのか?当時はかなり伝説の名将だぞ。」
三枝統合幕僚長。
防衛庁自衛隊時代、まだ日本とその周辺が平和だった時代に、名将と言われた自衛隊制服組のトップがいた。
「将軍」というのは、旧陸上自衛隊時代では「将官」クラスの高級幹部に付けられた、一種のあだ名のようなもので、階級上の将軍が存在したわけではない。
しかし、乱世の時代であれば、必ず武勲を挙げたであろうこの知将は、平和な平成の世の、隠れた名将として現在でも「将軍」として語り継がれていた。
幸は名前は知ってはいたものの、よもや龍二の直系に当たる人物であるとは考えていなかった。
「そう言えば名字が一緒なんだよな。結局お家柄ということなんだろう。やっぱサラブレッドは違うねえ」
城島がそう言う。
なるほど確かにお家柄、武家が軍人の家系となり、今も尚、国を守り続ける、違和感のないことではあった。
しかし幸は、この写真の人物が、龍二とよく似ていることに気付いた。
多分龍二も、年を取ればこのような素敵なオジサマになるに違いない、何故かそう確信できた。
・・・素敵なオジサマ・・?、まったく自分は何を考えているのだろう、不謹慎だ、と再び勝手に赤くなるのであった。
しかし、この三枝統幕長が、三枝家直系ではなく、婿養子であった事までは知る由もなかった。
この龍二によく似た先祖もまた、昭和から平成に至る、戦いの無い時代にあって、激動の人生を過ごしていたのである。
この人物の出生の秘密こそが、今日のこの生徒会にまで影響をもたらしていることは、当然予想すらできてはいない。
「あ、こんにちは、いらっしゃい皆さん」
昭三が応接間に顔を出し、挨拶する。
「昭三君、久しぶり、怪我は治ったんだね。回復はやいなあ。」
優が言うとおり、骨折の具合からすれば回復の速度は異様に早いように感じられた。
「ボク、生まれつき回復は早いほうなんですよ。・・・」
その言葉の後に、何かを付け足したい雰囲気は優よ幸には伝わっていた。
「何かな?ええっと、質問かな?」
二人の兄達と違い、今時の若い子というリアクションで、煮え切らないようにモジモジしている昭三を、優は何となく弟キャラが立っていてナイスだと感じていた。
しかし幸はその性格上、煮え切らない男はあまり好きではない。
「こら~、男の子でしょ!言いたい事はすぐに言わないと、そのまま言えなくなっちゃうぞ。」
幸の言うとおりだ、昭三は素直にそう思えた。
それは上条佳奈の見舞いの日から今日までの、なんとも時間の長かったことか。
彼はあの日、自分はどうしたら良かったのだろう、と毎日のように繰り返しシミュレーションする日が続いた。
それは眠れない、長い夜を幾重も越えて。
故に幸の意見は、初恋の辛さから逃れたい一心でもあった昭三の心に、ストライクで届いてしまうのである。
「それでは、えーっと、冷やかさないでくださいよ。」
と言うと、隠し持っていた封筒を幸に差し出した。一瞬三人は驚きの表情を見せる。
「へー、三枝弟は年上好みか~。」
「バカか、どう見ても私宛じゃないだろ」
城島の、それは相変わらずデリカシーの無い発言に、もう精一杯の昭三は答える余裕すらなかった。
「・・・もしよろしければ、これを上条佳奈さんにお渡し頂けませんか?」
本当に、いつもながらこの弟はかわいいなあと、幸は思うのである。
不思議と、幸と優の二人は、この弟キャラに癒される傾向があった。
「ああ、喜んで。恋愛成就を祈ってるよ。」
「いえ、恋愛だなんて!それは学校祭の招待状です。」
「ん?だから、ラブレターなんでしょ?」
「いえ、ですから、あ~、もう・・。」
幸は得意のお姉さんポーズ全開で三枝弟を冷やかしにかかる。
昭三はもう恥ずかしくて仕方ない。
「まあまあ、徳川さんも、その辺で。僕も恋愛成就、祈ってるからね。」
優の援護射撃なのか冷やかしなのか、さっぱり解らないフォローに、昭三は更に赤面しながら否定し続けていた。
「なんだか随分にぎやかじゃないか、楽しそうだな、混ぜてくれよ。」
着替えを終えた龍二が応接間に現れる。
その後ろには、同じく稽古を終えた彼らの父、先代の真陰流宗家、三枝正次郎の姿があった。
「初めまして、息子がお世話になっています。」
正次郎の突然の出現に、3人は思わず立ち上がり一礼した。
この人が、あの三枝正次郎、幸はつい、チラチラと正次郎のことを気にしてしまうのである。
先ほどの写真にあった三枝将軍とは、また少し違った、目は細めで、龍二に比べるとややシャープな印象を受けた。
そう言えば、兄の啓一や弟の昭三も龍二とは雰囲気が違う。
そんな意味では三枝将軍と龍二の近似性には、妙な偶然を感じられてならなかった。
「今日はゆっくりしていってください。お泊まりはできるんですか?」
そんな父親の話に、なぜか幸だけが過剰反応する。
「いえ、あの、私はまだ、その、心の準備が・・。」
「父さん、防大は外泊禁止ですから、知っているでしょう?兄さんも外泊は長期休暇の時だけでしたよ。」
「そうか、啓一はてっきり実家を避けているだけだと思っていた。そうでしたか、では時間までくつろいでいってください」
印象に比して柔らかい方なんだなと一同は感じた。父親が去って応接間には再び5人となった。龍二は幸にこう聞き返す。
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