上 下
22 / 103
出会うはずのない二人

第21話 上条 佳奈

しおりを挟む
 上条氏は、実家の道場に良く剣道で訪れる真陰流の門下生であり、印象に残っていた。
 そんな龍二の状況とは全く関係なく、この不思議な空間の人間関係は、複雑に入り交じっていた。
 特に、佳奈の少しおっとりした思考では、中等部時代から憧れだった徳川幸先輩が、この病室に!。
 そして同じ制服を着た、やたら背が高く、顔の整った青年と、なんだか妙に美少年な小さめの人、そして10日ぶりになる、あの日見たボロボロだった兵隊さんの四人が、同じ病室に。

「あの、その節はありがとうございました。あらためまして、私、上条 佳奈と申します。」

 その場に居合わせた5人の動きが、固まっていた状況を壊すように昭三が切り出した。
 まず昭三は、彼女に言いたかったお礼を言うことができたのである。
 しかし、お礼を言ってしまうと、他に何も話すこともなく、彼は再び下を向いてしまうのである。
 病室に二人きりであれば、少しは話すこともあったろう。
 しかし、佳奈の目の前にいる、憧れの徳川幸の存在が、普通の会話を妨げていた。

「まあまあ、そう二人とも堅くならずに、ね。でもよくこの病室がわかったね、どうやって調べたの?」

「はい、介抱している時、胸に白い名札が縫いつけてあったので、覚えていたんです。それで、軍人さんが入院するなら一番大きな横須賀海軍病院かなって。」

「そっか、佳奈ちゃんは優しいのね。」

 そんな優しい幸の言葉も、ここでは逆効果である。
 佳奈は、顔を真っ赤にしながら、もはやその場に居ることが限界に近づいていた。

「あの、わたし、三枝さんのように兵隊さんとして頑張っている人を見ると、応援したくなるんです。この間は私を避けようとして怪我をさせてしまって、申し訳ないと感じていたんです。どうかこれからもお仕事頑張ってください。」

 どうも佳奈は、昭三が同じ高校1年生ではなく、一般部隊の若い兵士と勘違いしているようであった。
 佳奈は、自分の思いを告げると、流石に耐えきれず、一礼してその場を立ち去ってしまった。

 そして取り残された4人。
 何とも可愛らしい来客に、一同は和んでいた、、、昭三を除いてであるが。

「あの制服だと、高等部1学年だね、幼く見えるけど、昭三君と同い年ね」
 
 幸は、母校の制服であるので、名札の色や制服の特徴から、学年がすぐにわかった。
 自分と同い年、、、
 彼が抱えていた、もやもやとしたものの正体が、幾分かはっきりした気がした。
 そう、上条佳奈は、自分にとって理想的な女性であると確信したのである。
 守りたい、世の中の全てから。
 そんなふうに思えた。

 たしかに保護欲の強い軍人でなくとも、だれもがそう思える激甘な容姿。
 子猫と子ウサギが、そのまま女の子になったような可愛らしさ。

 陸軍工科学校での不慣れな生活の中で、忘れかけていた女性の温もりに触れた気がした。
 そして、彼もまた幼くして母親を亡くした三枝兄弟の一人であり、最もこの種の愛情に飢えているのである。
 
 彼女が去った病室には、爽やかで、どこか未成熟な少女の香りだけが残っていた。
 その日以来、昭三の心の中は、上条佳奈が大半を占めてゆくのである。



 龍二、優、幸の三人は、帰りの電車の中で、先ほどの少女と昭三の二人について、勝手に盛り上がっていた。
 そして、話題は城島の件へと移ってゆく。

「なあ三枝、お前本当に部活は諦めるつもりか?」

 幸がそう言うのにはもちろん事情がある。
 5月の段階で、大半の者は入部先が決まっており、現在では毎日のように激しい練習が繰り返されていた。
 そんな中、あの色々の意味で有名人な、三枝龍二の部活動には、学校側から物言いがついてしまったのである。
 当然、如月優も、城島や雷条も、龍二はサッカー部に入るという前提があっての入学であった。
 龍二自身も、特別拘りも無く、例によって周囲に勧められるまま、流れに逆らわずサッカー部を考えていた。
 そんな中、まず異議を申し立てたのが剣道部である。
 もちろん、高校時代と同様に、彼は家元を既に継いだ身であるため、大学剣道界には選手登録が出来ない。
 それを承知の上で、特別待遇でもよいからと入部を迫ってきていた。
 特に剣道部主将、片平の意気はすさまじく、彼自身、龍二の兄、啓一が防大剣道部時代の華々しい戦果を知っているだけに、龍二の防大入学のニュースを吉報として受け止めていたのである。
 待ちこがれた龍二が、寸前のところで剣道部に入れない、そんな失望感が、彼を一層奮い立たせた。
 そして、龍二のことを入部させたい部活は、更に多岐に渡った。
 特に、なぜか柔道部の引き込みは凄まじく、部長の春木沢はその巨体と荒々しさから、「昭和の番長」とあだ名されるほどの強烈なキャラクターを、校内に植え付けていたのである。

 そんな春木沢が、柔道部への入部をかけて龍二に勝負を挑んできたのである。

 5月の連休が終わり、梅雨のシーズンが訪れていた頃である。
 何時までも止むことのない鬱陶しい雨は冷たく、決戦に挑むこの両者を濡らし続けていた。

「春木沢先輩、本当によろしいのですか?、いくら豪腕な先輩でも、剣術ではハンデは大きすぎますよ」

 龍二がそう言うのも無理はない。
 春木沢はこの決闘を、得意の柔術ではなく、龍二の専門である剣術によってつけようとしているのである。
 決闘の場所は野球部の使用している野球場の更に外側、太平洋が美しく見える旧観測所跡地、つまり学校の最東端に位置する場所である。
 強い風と止まない雨、まるで時代劇の決闘シーンのようである。
 立会人は剣道部主将の片平となっていたが、もはや立会人を立てるまでもなく、大半の学生がこの会場に所狭しと集まっていた。
 これだけの人間が集まっていながら、辺りは異様に静かであった。

「大丈夫かなあ、三枝君、というより、この決闘ってルールとかあるのかな?」

 心配そうに優が幸に話しかける。

「いつも思うのだが、、、、三枝はこういうシチュエーション、・・・似合うな!」

 幸の的外れな感想を、真っ向から否定するように城島が

「まてまて、この理不尽な状況を、その一言でまとめようとするんじゃねえよ!。俺たち三枝とサッカーするためにこの学校に入ったんだぞ」

 いやいや、学校の趣旨を思いっきり履き違えているだろう、という冷ややかな目で幸と優は城島を見ていた。
 そんな中、雷条もまた別の視点を持っているようだった。

「あいつ、いつも楽しそうな事の中心にいやがるな、俺も混ぜろって」

 今度は城島が、ああ君はそっちね、という冷ややかな目で彼を見るのである。
 しかし、事態は重大な局面と言えた。
 この学校は、普通の大学のように3年生の後半から就職活動のため、部活を引退する必要がないので、春木沢もまた4学年でありながら引退の気配はないのである。
 つまりこの戦いは、絶対上下関係と言われている国防大学校内においては、極めて希な最上級生と最下級生との決闘を意味する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えっちのあとで

奈落
SF
TSFの短い話です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

処理中です...