自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した

独立国家の作り方

文字の大きさ
上 下
342 / 390
「Y号作戦」の発動

第340話 魚雷戦用意

しおりを挟む
 駆逐艦ベニオンの主砲は、依然こちらを向いたままだった。
 可哀想なのは、小型艇に同乗したアメリカ海軍の水兵達で、なぜ自分たちが乗っている艇に対して主砲が向けられているのか解らず、困惑の表情を浮かべていた。

 そうこうしている内に、臨検部隊の乗船要員は、輸送船の乗員との銃撃戦に押されて、ほぼ壊滅状態になっていた。

「、、、、通信手、発光信号を送れるか?」

「あ、はい、送れます、、、で、何とベニオンに送りますか?」

「いや、ベニオンへではない、、、14潜水艦へだ」 

 通信手は、少し怪訝な顔をしたが、起こる事がみんな事件のような事ばかりの現状に、従わざるを得ない事を早々に察した。

「よし、発光信号、「14潜は、直ちに潜行し、目標の輸送艦を撃沈せよ」以上だ」

「なんですって?、非武装の輸送船を、それもソビエトの輸送船を攻撃するのですか?」

「ああ、そうだ、急げ、こっちも危なくなるぞ」

 通信手は、慌てるように複数回、只今の件を発光信号で送った。
 すると、何回か送った後に、14潜側から短く「了解」の発光信号が送られると、臨検部隊の回収を待たずに急速潜行を開始した。

「、、、申し訳ないな、でも、これしか方法はない」



「艦長、米海軍小型艇より発光信号、「直ちに潜行し、目標の輸送艦を撃沈せよ」です」

 14潜の内部は、臨検部隊が予想外に反撃を受けた衝撃から、まだ抜け出せてはいなかった。
 しかし、山本提督の決断は早かった。

「よし、機関長、急速潜行、魚雷戦用意」

 それを聞いた副長も、正気に戻り、潜水艦乗りとしては異様に大きな声で命令を復唱した。

「急速潜行、魚雷戦用意、ヨーソロー」

 その号令が、艦内に次々と逓伝されて行くと、潜水艦の内部は久々の戦闘準備に表情が引き締まって行った。

「魚雷発射管、1番、2番注水、発射準備急げ」

「了解、、、、1番2番、発射準備よろし」

 終戦から半年、敗戦国とは言え、日本海軍の潜水艦乗りの優秀さは依然健在だ。
 通常の潜水艦の、何倍もの速度で攻撃準備が進行する。

「艦長、魚雷発射管、装填完了、いつでも行けます」

 それを聞いた山本艦長は、潜水艦を後退させつつ、魚雷発射に必要な安全限界距離に到達するのを、潜望鏡を除きながら待った。
 しかし、潜水艦も前進する際には早いものの、後退速度には限界があった。
 そんな時だった。
 艦内に、爆発音による激しい衝撃が走った。

「なんだ、どうした、各部署は異常の有無を直ちに指揮所へ報告」

 副長が言い終わるより早く、山本艦長は、それを遮るように言った。

「副長、大丈夫だ、あれは15潜の魚雷だ。こちらの行動を読んでたな」

 そう言うと、山本は少し笑いながら、自艦の対敵距離も起爆アーミング距離を離れた事を確認すると。

「1番、2番、魚雷発射」

 艦長の号令を聞いた水雷員達は、直ちに発射ノズルを一杯に引いた。
 艦内に、魚雷を発射した小さい衝撃音に続いて、スクリューを回すモーター音が続いた。

「臨検部隊には済まない、、、必ず仇は取るからな」

「艦長、彼らはもう、生きてはいないでしょう、、、本作戦は、最初から非情なものと解って、全員が参加しています、彼らはきっと、解ってくれますから」

 山本は、一度小さく頷いただけで、何も答えなかった。
 艦長として、彼らの中に生存者がいるか否かを確認してから魚雷戦に移る事は、常識であるが、この作戦は、そもそもが非常識である。
 ソビエトに核物質が渡れば、核の均衡は破壊される、戦後の安定の為にも、ここで輸送船に逃げられる訳には行かないのだ。

「まもなく魚雷到達します」

 それから数秒、艦内は静寂に包まれた。
 そして、激しい爆発音がすると、潜望鏡を除いていた山本艦長が「火柱を二本確認」と叫んだ。

「魚雷発射管、3番、4番、続けて注水、後続の輸送船に照準合わせ」

 2番までの戦果を確認した山本は、間髪入れずに次の魚雷を急いだ。
 輸送船団は、合計3隻、15潜の撃沈1隻を入れれば、残り1隻、護衛の駆逐艦の無い輸送船団は潜水艦にとって恰好の標的だった。

「艦長、爆雷投下音を確認、輸送船の一部、爆雷可能な船のようです」

「艤装艦か!、護衛もないのはおかしいと思ったが、そう言うことか」

「引き続きロケット爆雷の着水音を確認、方角的に、15潜がやられているようです」

「山本提督、我々が出ます、出させてください」

「待て北村、ロケット爆雷なんぞ装備した輸送船のことだ、対空兵装も必ず積んでいる、ここは自重しろ、甲型が撃墜されることだけは避けなければならない、、、まだ機会はあ必ずあるからな」

 北村の後方で、唇を噛みしめる早川がいた。
 二人とも、既に飛行服に飛行帽まで被り、いつでも出撃できる準備を整えていた。
 二人にとっては、このまま出撃機会を得ること無く、母艦ごと沈んでしまう事が、何より恐ろしいことであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちゃぼ茶のショートショート 「フラッシュモブ」

ちゃぼ茶
ミステリー
あなたの人生はあなたのもの、私の人生は私のもの……とは限らない人生も面白い

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『量子の檻 -永遠の観測者-』

葉羽
ミステリー
【あらすじ】 天才高校生の神藤葉羽は、ある日、量子物理学者・霧島誠一教授の不可解な死亡事件に巻き込まれる。完全密室で発見された教授の遺体。そして、研究所に残された謎めいた研究ノート。 幼なじみの望月彩由美とともに真相を追う葉羽だが、事態は予想外の展開を見せ始める。二人の体に浮かび上がる不思議な模様。そして、現実世界に重なる別次元の存在。 やがて明らかになる衝撃的な真実―霧島教授の研究は、人類の存在を脅かす異次元生命体から世界を守るための「量子の檻」プロジェクトだった。 教授の死は自作自演。それは、次世代の守護者を選出するための壮大な実験だったのだ。 葉羽と彩由美は、互いへの想いと強い絆によって、人類と異次元存在の境界を守る「永遠の観測者」として選ばれる。二人の純粋な感情が、最強の量子バリアとなったのだ。 現代物理学の限界に挑戦する本格ミステリーでありながら、壮大なSFファンタジー、そしてピュアな青春ラブストーリーの要素も併せ持つ。「観測」と「愛」をテーマに、科学と感情の境界を探る新しい形の本格推理小説。

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

エリカ

喜島 塔
ミステリー
 藍浦ツバサ。21歳。都内の大学に通う普通の大学生。ただ、彼には、人を愛するという感情が抜け落ちていたかのように見えた。「エリカ」という女に出逢うまでは。ツバサがエリカと出逢ってから、彼にとっての「女」は「エリカ」だけとなった。エリカ以外の、生物学上の「女」など、すべて、この世からいなくなればいい、と思った。そんなふたりが辿り着く「愛」の終着駅とはいかに?

少年館

華岡光
ミステリー
とあるヨーロッパのある国の田舎街には上中流階級の男性の欲望を満たすための秘密の場所があった。彼等からは"蜜の園"と呼ばれるその場所はおぞましい社性交界の場でもあった。

処理中です...