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横須賀鎮守府の栄光

第295話 極秘施設「邀撃基地」

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「ほら、あんまり走ると転びますよ」

 晴子は幼い息子を注意するが、その表情には柔らかいものがあった。
 桜子は、は晴子の子供に駆け寄り、一緒に遊びだした。
 その表情もまた、柔らかいものがあった。

「これ、お客さんの前だぞ、失礼ではないか」

 猪上は、教育に厳しい傾向があり、目の前に北村がいても遠慮なく叱りつけた。

「あら、大丈夫ですわ、私、子供が大好きですのよ」

 桜子は、笑顔で猪上にそう話す。
 北村は、彼女もそんな表情が出来るものなのかと、少々関心した。
 桜子は、家に来てから、ほとんど笑顔なんて見せていなかった。
 
 この長井という地区は、とても風が強い。
 三浦半島は三方向を海に囲まれている上に、この場所は太平洋に面した岬の先に建てられた家屋である。

 一体、なんだってこんな不便なところに居を構えたのか、それも海軍大将にまで上り詰めたほどの人物が。

 他愛の無い会話の中に、YやらXやらの隠語を隠しながらの短い会話は終わり、北村は猪上家を後にした。
 Xは陸軍、Yは海軍、Zはまだ見ぬ空軍を示していた。
 旧軍には、陸軍と海軍はあるが、空軍がない。
 終戦間近に、陸海軍の航空戦力を統合運用しようという「航空総軍」の話は出たが、本土決戦前に終戦となったため、それも幻の空軍となってしまった。

 途中まで晴子とその子供が送ってくれたおかげで、帰りの道は少し賑やかで、楽しいものになった。
 桜子は、晴子と子供と、すっかり仲良しになったようで、硬かった表情は、大分穏やかなものになっていた。
 北村は、ふと桜子にも良い婿がいれば、こんな毎日が訪れるのでは、と考える。
 
 すると、どうしてもあの斎藤雄介の顔が思い出されてしまうのである。

 Y号作戦の件がなければ、また戦後の混乱期でなければ、何ら疑うこともなく桜子と斎藤の結婚を祝福したことだろう。
 しかし、今は陸軍の、それも旧皇道派の連中とだけは不用意に接触する訳には行かない。

 4人はしばらく進むと、晴子がこちらの方が早いと言い、近道を教えてくれた。
 晴子が示した道は、広大な土地をコンクリートで固め、対空偽装された旧海軍の滑走路であった。
 
 、、、、横須賀海軍航空隊第2飛行場

 ここは、ほとんど知られることなく終戦を迎えた、海軍の秘密基地である。
 晴子もそんなことは知らないだろう。
 海軍が無くなってしまった今現在では、管理組織も警備兵もなく、このように近道として使われるのみだ。

「猪上閣下は、どうしてここにご自宅を建てられたのですか?」

「、、、そうですね、おかしいですわね、、、母が戦前、肺を患っていまして、父はこの場所で療養を考えて建てたようですわ、ここなら長井の集落からも離れていますし」

 北村は、猪上閣下にそのような事情があった事を知らず、随分無神経な事を聞いてしまったと、質問を悔いた。

 そして北村は、この偶然が、Y号作戦に大きな影響を与えたことに感慨深いものを感じていた。
 なぜなら、最後の海軍大将のご自宅の真横が、Y号作戦の要、横須賀海軍航空隊第2、第3飛行場であり、更に同一敷地内には、館山海軍航空隊長井分遣隊として、あの米軍による本土空襲、B-29爆撃機の迎撃専門に作られた、海軍の極秘施設「邀撃基地」があるのだから。

 当然晴子がそのような事実を知る由もなく、猪上閣下は、その重大な秘密を一人胸に閉まって語ることは無かった。
 ここではまだ、戦争は終わっていない、相手が米軍から旧日本陸軍へと変化しただけに過ぎない。
 陸軍は、再びこの日本を戦乱に巻き込む可能性が高い。
 彼らにそのつもりが無くても、結局はそうなってしまう。

 この日本に、本当の平和が訪れるよう、北村は願って止まなかった。
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