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横須賀鎮守府の栄光
第293話 桜 子
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「桜子、君は斎藤雄介という男に聞き覚えはないかい?」
北村は、帰宅するや美鈴玲子にそう尋ねた。
彼が呼ぶ「桜子」とは、北村夫妻にもし女児が生まれたら付ける予定の名前であった。
美鈴玲子が名前を思い出せない以上、何時までも名無しという訳には行かず、止むを得ず仮の名前として、桜子を充てたのである。
それは、大人しく美しい美鈴玲子に対し、この夫婦が子供に対する愛情に似た何かを感じていたからに他ならない。
本来であれば、明らかに彼女の写真を持ってきた彼に対し、美鈴玲子を引き合わせる事が最良のはずであったが、この時、北村には懸念している事があった、それを確かめるまでは、この娘を返すことは出来ないと考えていた。
「、、、申し訳ありません、斎藤雄介様、ですか?、どこかで聞いたような気もしますが、、、ちょっとわかりかねます」
美鈴玲子は、その質問に回答するや、少し頭を抱えて辛そうな素振りを見せた。
「いいんだ、辛い思いをさせたようだね、気にすることはない、体調が良くなるまで、何時までも居て構わないんだから、ゆっくりしてなさい」
何も知らない者がこの光景を見れば、中の良い親子のように映った事だろう。
それは、子供を持たない小枝子にとっても、なんだか喜ばしいことでもあった。
北村夫婦は、終戦間もない物資の無いこの時代にあって、それはもう美鈴玲子を大切にして介護した。
そんな時、写真を持ってきた男が、少し不信であったことに、北村は余計に桜子を守らねばいけないと強く感じていた。
陸軍の軍曹、そんな訳がない。
北村達、Yシャツのメンバーを、監視することが目的ではないのか、そんな風に考えてるようになっていた。
マーシャン・ディッカーソン大尉は、Yシャツを後押ししてくれている米軍関係者だ。
しかし、米軍も一枚岩ではない。
このYシャツことY号作戦に反対する勢力もいる。
このY号作戦は、戦時中から米軍との協同計画であったからだ。
それ故に、このY号作戦だけは、絶対に第一復員省のメンバー、、、つまり、旧陸軍省のメンバーにだけは悟られてはならない。
斎藤雄介という男が、陸軍であるならば、Y号作戦にとって、反対勢力である可能性が高いことになる。
そんな男に、桜子を渡す訳には行かない、北村はそんな風に思っていた。
そんな時、自宅の電話がけたたましく鳴り響く。
小枝子が電話を取ると、それは早川からの電話であった。
「北村少佐、さっきの斎藤雄介という男、東京に帰ると思いきや、この横須賀地方復員局内に居るようです」
「ん?、そんな訳はなかろう、鎮守府内の施設に居住できるのは、米海軍の関係者だけだぞ、、、、」
そう言った自分の言葉に、北村は何か閃くものがあった。
「そうか、そう言うことか、、、」
北村は早川からの電話を切ると、少し考えに耽った。
自分の考えが正しければ、あの斎藤雄介は陸軍の軍人などではない、横須賀鎮守府内に居住しているのであれば、それは即ち進駐軍の関係者であることを示している。
つまり、斎藤雄介は、米海軍か陸軍の軍曹、それなば合点が行く。
この時の北村の予想は、この時代の人間としてはなかなかの推理だったと言える。
なにしろ、米軍の協力を得て陸上自衛隊が発足するのは、まだ10年近く先の話なのだから。
北村は、帰宅するや美鈴玲子にそう尋ねた。
彼が呼ぶ「桜子」とは、北村夫妻にもし女児が生まれたら付ける予定の名前であった。
美鈴玲子が名前を思い出せない以上、何時までも名無しという訳には行かず、止むを得ず仮の名前として、桜子を充てたのである。
それは、大人しく美しい美鈴玲子に対し、この夫婦が子供に対する愛情に似た何かを感じていたからに他ならない。
本来であれば、明らかに彼女の写真を持ってきた彼に対し、美鈴玲子を引き合わせる事が最良のはずであったが、この時、北村には懸念している事があった、それを確かめるまでは、この娘を返すことは出来ないと考えていた。
「、、、申し訳ありません、斎藤雄介様、ですか?、どこかで聞いたような気もしますが、、、ちょっとわかりかねます」
美鈴玲子は、その質問に回答するや、少し頭を抱えて辛そうな素振りを見せた。
「いいんだ、辛い思いをさせたようだね、気にすることはない、体調が良くなるまで、何時までも居て構わないんだから、ゆっくりしてなさい」
何も知らない者がこの光景を見れば、中の良い親子のように映った事だろう。
それは、子供を持たない小枝子にとっても、なんだか喜ばしいことでもあった。
北村夫婦は、終戦間もない物資の無いこの時代にあって、それはもう美鈴玲子を大切にして介護した。
そんな時、写真を持ってきた男が、少し不信であったことに、北村は余計に桜子を守らねばいけないと強く感じていた。
陸軍の軍曹、そんな訳がない。
北村達、Yシャツのメンバーを、監視することが目的ではないのか、そんな風に考えてるようになっていた。
マーシャン・ディッカーソン大尉は、Yシャツを後押ししてくれている米軍関係者だ。
しかし、米軍も一枚岩ではない。
このYシャツことY号作戦に反対する勢力もいる。
このY号作戦は、戦時中から米軍との協同計画であったからだ。
それ故に、このY号作戦だけは、絶対に第一復員省のメンバー、、、つまり、旧陸軍省のメンバーにだけは悟られてはならない。
斎藤雄介という男が、陸軍であるならば、Y号作戦にとって、反対勢力である可能性が高いことになる。
そんな男に、桜子を渡す訳には行かない、北村はそんな風に思っていた。
そんな時、自宅の電話がけたたましく鳴り響く。
小枝子が電話を取ると、それは早川からの電話であった。
「北村少佐、さっきの斎藤雄介という男、東京に帰ると思いきや、この横須賀地方復員局内に居るようです」
「ん?、そんな訳はなかろう、鎮守府内の施設に居住できるのは、米海軍の関係者だけだぞ、、、、」
そう言った自分の言葉に、北村は何か閃くものがあった。
「そうか、そう言うことか、、、」
北村は早川からの電話を切ると、少し考えに耽った。
自分の考えが正しければ、あの斎藤雄介は陸軍の軍人などではない、横須賀鎮守府内に居住しているのであれば、それは即ち進駐軍の関係者であることを示している。
つまり、斎藤雄介は、米海軍か陸軍の軍曹、それなば合点が行く。
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