自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した

独立国家の作り方

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マグネラ攻防戦

第197話 暖かい沈黙

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「エレーナ殿下、マグネラの包囲部隊の中で、最後まで抵抗する一派が、我が軍に対して決闘を申し入れています、どうなさいますか?」

 いまや師団長から、遠征軍司令官と肩書を替えたベナル中将からの報告は、あまり楽しいものではなかった。
 これまでほとんど戦うことなく地域と軍を平定して来たエレーナ軍にとって、最初の大規模戦闘となることが予想されていた。

「まったく、この状況でまだ抵抗しようなどという輩がいるのね、で、その兵力は?」

「はい、おおよそ7,000名程度かと」

 エレーナは呆れて物も言えなかった。
 今や40万人に手が届きそうなエレーナ皇女軍に、たった7,000名で挑もうなどという馬鹿者が、元オルコ帝国軍に居たと言う事が不思議でならなかった。
 それであれば、帝都に逃げ帰り、兵を集結させつつある共和国軍と合流すればいいものの、それをしないでエレーナ軍を迎え撃つとは、一体何を考えているのやら、と。

「何か、事情がありそうね、、、マグネラはもう目の前ね、ベナル司令官、私がお忍びでマグネラに入ります、準備を」

「なりません皇女殿下!、貴方はもはや、この皇軍の象徴なのでございます、万が一の事があったら、この軍は瓦解《がかい》します、どうかお止めください」

「なりません、この軍を率いて挙兵したのは私なのです、私には行動の自由があるはずです。司令官が反対なされるのであれば、私は身近な人間だけ連れて参ります、エド、いいわね?」

 ベナルは呆れて、そして困り果てた。
 どうしてこう皇女とか、王女とかいう人物は、言う事を聞いてくれないのだろう、と。

 そんな時だった、エレーナの耳に、それはとても懐かしく、また焦がれた声が聞こえてくるのである。

「エレーナ様、あまり無理を言っては、司令官もお困りですよ、、、エレーナ様」

 エレーナがゆっくりその声の方向に顔を向けると、そこにはルガ・ハイヤー卿とウクルキ、少ない従者を連れたメルガが立っているではないか。

「メルガ、、、メルガ?、どうして、なぜ貴女が?、、、、メルガ?」

 エレーナは、大きな目一杯に涙を堪え、視線の先にいる大親友に釘付けになっていた。
 それは、メルガも同じであり、二人の間には、長い沈黙が流れた、しかし、それは暖かい沈黙であった。
 
 俺は、彼らの少し後ろから、皇女の幕舎にいたベナルに目で合図すると、ベナルとエドの二人は、静かに部屋を後にした。
 
 皇女エレーナと、その元影武者であるメルガとの再会を、邪魔しないために。

「エレーナ様、私のために、こんな無茶を、、、これほど大規模に挙兵までしていただき、私はもう、どのように恩を返せばよいか、わかりません、、、」

 メルガがそう言い終わるより前に、皇女の椅子を蹴飛ばし、メルガに抱き着くと、それは別れの日と同じく、それまで遠征軍を率いてきた指揮官の顔から、13歳の少女へと変貌し、その涙は一気に流れて行く。

「メルガ、ごめんなさい、もっと早く来る予定だったの。貴女が包囲されていると聞いて、急いだつもりだったんだけど、良かった、貴女が生きていてくれて、貴女は私の一番の親友よ、もうどこにも行かないでね、ずっとよ」

 痛いほどに力強い抱擁だった。
 メルガも、普段は静かに泣くのだが、この時ばかりは美しい顔をグシャグシャにしながら、エレーナと共に泣いた。

 それは嬉しい涙だった。

 もう、自分は処刑されるしかないと諦めていたあの絶望的な馬車の中で、それを奪還してくれた夫のウクルキ、共に戦ってくれたマグネラの人々、そして、自分を助けるために、挙兵し進軍してくれたエレーナ。
 メルガにとって、これほど幸福で満たされた時間は無いだろう。 
 大切な人達が、誰も傷つくことなく、奇跡的に全員が生きているのだから。

 二人の抱擁は、幕舎の中で続くのであった。
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