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マグネラ攻防戦
第196話 共和国軍の将兵に告ぐ
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「共和国軍の将兵に告ぐ、もはや戦いは決した、抵抗は無意味だ。38万のエレーナ皇女軍と我々に挟まれた貴官らの助かる術は、降伏以外にない、速やかに武装を解除し、投降せよ」
立場上、この投降の呼びかけはマグネラレジスタンスのリーダー、キタヤ・マルスルによって行われた。
これは、元軍人のレッグ・ホーウエイ少佐や、ブラックナイト・ユニットのウクルキでは、共和国軍の高級将校達の面子が保たれない、という観点からの配慮だった。
軍人同士には、色々あるようだ。
元々31,000名もいた包囲部隊は、今では7,000名まで減少し、その大半はマグネラの呼びかけに応じて降伏した。
こうなると、街の食料に不安が出て来る、やはり秋の収穫時期の後であったことが本当に幸いした。
今のマグネラならば、二万人程度増えても、なんとか食い繋ぐことぐらい可能だ。
そうなんだ、大軍を動かすという事は、実は戦術的な部分よりも、兵站《へいたん》(補給)の部分が一番難しい。
この世界の軍隊は、基本的に市民からとても慕われていて、遠征があっても村を挙げて兵士の接待をしてくれる、そのため、補給の心配があまり必要なく、基本的にこの分野の参謀が育っていないと感じた。
俺たちの世界にあった、大量殺戮、大量損耗、大量動員という方式を取っていないため、このようなレベルの兵站でもなんとかなってしまうのだ。
それ故に、今回発生した帝国の激震とも言える大戦では、数十万規模の軍隊が移動するだけで水や食料、宿泊地やトイレの問題まで、多種多様な問題が発生しているはずなのだ。
ここを間違えると、兵士の間に不満が生じ、軍が一つにまとまらなくなる、こんな所にも軍師は実力を求められる重要な場面なんだ。
ベナルなら、大丈夫だとは思うが、、、大丈夫か?
*
「キニーレイ大尉、ちょっと相談があるのだが」
新たにエレーナ皇女遠征軍に加わった、旧帝国軍の部隊長などが、大尉となったキニーレイに色々お願いに訪れる。
エレーナ付軍師となったキニーレイ大尉は、遠征軍の中で、今、引く手数多の状態にあった。
というのも、この遠征軍、元々の遠征師団時代から、ベナル師団長が人選した優秀な軍師陣を配していたため、その顔ぶれは、ドットス軍の中でも最精鋭のエリートが集められていた。
そのため、軍師とは名が付いているが、エレーナ皇女殿下付の軍師と言う、なんとも不思議な役職に、キニーレイ大尉は「お飾り」のような状態となっていた。
しかし、変化は遠征軍が最初の第8旅団を配下に置き、徐々に大きな軍隊に成長してい行く当初に現れた。
元々、この遠征軍の規模は「師団」規模であり、その水や食料、武器や整備に関する専門部隊は師団を賄う分しか連れてきてはいなかった。
師団と言えば1万人程度の規模である、それが今や38万人を超えようとしていた。
当初の40倍近い兵士を、飢えさせることなく目的地に向かわせる、これは予想以上に大変な作業である。
ドットス軍は、その総兵力が24万人の軍隊であったため、今、ベナルが抱えているエレーナ皇女遠征軍の規模は、既にドットス全軍の1.5倍を超えているのだ。
これは、真っ当な軍人の理解を超えているものだった。
作戦面では盤石の軍師陣を率いてきたベナル師団長であったが、この嬉しい誤算に今、困り果てていたのである。
エレーナ皇女殿下の元には、配下に就いた旧オルコ帝国軍の高級将校や旅団長、師団長級の将校が毎日のように謁見に音連れたが、その度に、この補給問題、いわゆる「兵站《へいたん》」についてお願いされるのである。
これには普段強気のエレーナ皇女も、参ってしまった様子だった。
「はあ、まったく、自分で食べるものくらい、自分たちで何とかなさい、って言いたくなるわね」
「まあ、そう言わず、これだけ大きな軍隊が移動するという事自体が、歴史的に稀な事態ですからね」
エド・キニーレイ大尉は、常にエレーナの傍にいたため、彼女の憂《うれ》いと言うものが手に取るように理解出来ていた。
そのような事情もあり、エドは何ら違和感なく、この巨大軍隊の兵站業務を引き受けるようになって行き、新たに傘下に加わった旧オルコ帝国軍部隊の御用聞きとして機能し始めるのである。
こうして、エド・キニーレイ大尉の「兵站幕僚《へいたんばくりょう》」としての実力が意外な形で発揮され始めるのであった。
エドはまず、兵士の数に応じた水、食料、宿営場所などの割り振りに不平等が生じないよう、大きな表を作成し、将兵の処遇に細心の注意を払った。
次に、拡大する占領地の村長や領主と積極的に会合の場を設け、秋の収穫時期に、まだ刈り取りの出来ていない村落には、兵士を派遣するなどし、これら作物に関する諸問題を、軍の兵站を超えた視点で包括的に解決していった。
遠征軍とはいえ、なにしろほとんど無抵抗でエレーナ軍への配下に志願する部隊ばかりで、共和国軍として抵抗する部隊は、まだほとんど現れていないこの状況にあって、一番功績を挙げているのは、このエガ・キニーレイ大尉と言って過言ではなかった。
これはエガ自身にとっても意外なことで、自分がまさか補給関係の業務でここまで能力を発揮できるとは思っていなかったのである。
ましてや、今回の騒動、過去に類を見ない規模の一大作戦であったことと、皇女が旧敵国の軍隊を使って挙兵するという前代未聞の事態に、皇女付軍師が、そもそも一体何をすれば良いのか、という定義すら存在していなかったため、今回のエドによる見事な手際と実力発揮は、同時に「兵站」が如何に重要な役職であるかを各高級将校陣に知らしめる結果となったのである。
このことは、平定してゆく過程において、軍隊と住民の間に信頼関係をもたらす結果ともなり、遠征軍の教科書のような行いとなりつつあった。
「まったく、エド兄さまは、私の事より、お仕事がすっかり優先になってしまったのね」
半ば嫌味半分、皮肉半分ながら、将来の夫の武勲に、満更でもないエレーナであった。
同時に、ベナルもエガの噂を聞いていただけに、将来エレーナが皇帝に返り咲いた暁には、エド・キニーレイは良い夫としてオルコ帝国平定に貢献するのだろうと、目を細めて見守るのであった。
立場上、この投降の呼びかけはマグネラレジスタンスのリーダー、キタヤ・マルスルによって行われた。
これは、元軍人のレッグ・ホーウエイ少佐や、ブラックナイト・ユニットのウクルキでは、共和国軍の高級将校達の面子が保たれない、という観点からの配慮だった。
軍人同士には、色々あるようだ。
元々31,000名もいた包囲部隊は、今では7,000名まで減少し、その大半はマグネラの呼びかけに応じて降伏した。
こうなると、街の食料に不安が出て来る、やはり秋の収穫時期の後であったことが本当に幸いした。
今のマグネラならば、二万人程度増えても、なんとか食い繋ぐことぐらい可能だ。
そうなんだ、大軍を動かすという事は、実は戦術的な部分よりも、兵站《へいたん》(補給)の部分が一番難しい。
この世界の軍隊は、基本的に市民からとても慕われていて、遠征があっても村を挙げて兵士の接待をしてくれる、そのため、補給の心配があまり必要なく、基本的にこの分野の参謀が育っていないと感じた。
俺たちの世界にあった、大量殺戮、大量損耗、大量動員という方式を取っていないため、このようなレベルの兵站でもなんとかなってしまうのだ。
それ故に、今回発生した帝国の激震とも言える大戦では、数十万規模の軍隊が移動するだけで水や食料、宿泊地やトイレの問題まで、多種多様な問題が発生しているはずなのだ。
ここを間違えると、兵士の間に不満が生じ、軍が一つにまとまらなくなる、こんな所にも軍師は実力を求められる重要な場面なんだ。
ベナルなら、大丈夫だとは思うが、、、大丈夫か?
*
「キニーレイ大尉、ちょっと相談があるのだが」
新たにエレーナ皇女遠征軍に加わった、旧帝国軍の部隊長などが、大尉となったキニーレイに色々お願いに訪れる。
エレーナ付軍師となったキニーレイ大尉は、遠征軍の中で、今、引く手数多の状態にあった。
というのも、この遠征軍、元々の遠征師団時代から、ベナル師団長が人選した優秀な軍師陣を配していたため、その顔ぶれは、ドットス軍の中でも最精鋭のエリートが集められていた。
そのため、軍師とは名が付いているが、エレーナ皇女殿下付の軍師と言う、なんとも不思議な役職に、キニーレイ大尉は「お飾り」のような状態となっていた。
しかし、変化は遠征軍が最初の第8旅団を配下に置き、徐々に大きな軍隊に成長してい行く当初に現れた。
元々、この遠征軍の規模は「師団」規模であり、その水や食料、武器や整備に関する専門部隊は師団を賄う分しか連れてきてはいなかった。
師団と言えば1万人程度の規模である、それが今や38万人を超えようとしていた。
当初の40倍近い兵士を、飢えさせることなく目的地に向かわせる、これは予想以上に大変な作業である。
ドットス軍は、その総兵力が24万人の軍隊であったため、今、ベナルが抱えているエレーナ皇女遠征軍の規模は、既にドットス全軍の1.5倍を超えているのだ。
これは、真っ当な軍人の理解を超えているものだった。
作戦面では盤石の軍師陣を率いてきたベナル師団長であったが、この嬉しい誤算に今、困り果てていたのである。
エレーナ皇女殿下の元には、配下に就いた旧オルコ帝国軍の高級将校や旅団長、師団長級の将校が毎日のように謁見に音連れたが、その度に、この補給問題、いわゆる「兵站《へいたん》」についてお願いされるのである。
これには普段強気のエレーナ皇女も、参ってしまった様子だった。
「はあ、まったく、自分で食べるものくらい、自分たちで何とかなさい、って言いたくなるわね」
「まあ、そう言わず、これだけ大きな軍隊が移動するという事自体が、歴史的に稀な事態ですからね」
エド・キニーレイ大尉は、常にエレーナの傍にいたため、彼女の憂《うれ》いと言うものが手に取るように理解出来ていた。
そのような事情もあり、エドは何ら違和感なく、この巨大軍隊の兵站業務を引き受けるようになって行き、新たに傘下に加わった旧オルコ帝国軍部隊の御用聞きとして機能し始めるのである。
こうして、エド・キニーレイ大尉の「兵站幕僚《へいたんばくりょう》」としての実力が意外な形で発揮され始めるのであった。
エドはまず、兵士の数に応じた水、食料、宿営場所などの割り振りに不平等が生じないよう、大きな表を作成し、将兵の処遇に細心の注意を払った。
次に、拡大する占領地の村長や領主と積極的に会合の場を設け、秋の収穫時期に、まだ刈り取りの出来ていない村落には、兵士を派遣するなどし、これら作物に関する諸問題を、軍の兵站を超えた視点で包括的に解決していった。
遠征軍とはいえ、なにしろほとんど無抵抗でエレーナ軍への配下に志願する部隊ばかりで、共和国軍として抵抗する部隊は、まだほとんど現れていないこの状況にあって、一番功績を挙げているのは、このエガ・キニーレイ大尉と言って過言ではなかった。
これはエガ自身にとっても意外なことで、自分がまさか補給関係の業務でここまで能力を発揮できるとは思っていなかったのである。
ましてや、今回の騒動、過去に類を見ない規模の一大作戦であったことと、皇女が旧敵国の軍隊を使って挙兵するという前代未聞の事態に、皇女付軍師が、そもそも一体何をすれば良いのか、という定義すら存在していなかったため、今回のエドによる見事な手際と実力発揮は、同時に「兵站」が如何に重要な役職であるかを各高級将校陣に知らしめる結果となったのである。
このことは、平定してゆく過程において、軍隊と住民の間に信頼関係をもたらす結果ともなり、遠征軍の教科書のような行いとなりつつあった。
「まったく、エド兄さまは、私の事より、お仕事がすっかり優先になってしまったのね」
半ば嫌味半分、皮肉半分ながら、将来の夫の武勲に、満更でもないエレーナであった。
同時に、ベナルもエガの噂を聞いていただけに、将来エレーナが皇帝に返り咲いた暁には、エド・キニーレイは良い夫としてオルコ帝国平定に貢献するのだろうと、目を細めて見守るのであった。
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