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決 意

第166話 妹のマチュア

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マチュアとニーナ(エレーナ皇女)の設定資料 ↓

「ニーナ、ニーナ、無事か?」

 エドが屋敷の広間に、大慌てで飛び込んできた、しかし、そこにエレーナの姿はない。

「父上、ニーナは何処へ?」

「それが、帰って来るなり、自室に閉じこもってしまったのだよ、お前、何かしたのか?」

「なんだ、そんなことか、驚かさないでください、てっきりニーナの身に何かあったのかと思いましたよ」

「バカ者!、お前の任務は一体なんだ、エレーナ、、ニーナ様、、ニーナさんをどうしろと国王陛下から仰せつかったのだ?」

「ええ、ですから、護衛の任務を、、、」

 この時、男爵は気が付いたのである、自分の息子はバカが付くほどの真面目な男であると。
 それ故に、女性に対して一般的な男性よりも真面目に向かい合ってしまうタイプなのだという事を。
 そして気付いていないのである、エレーナがエドに気があるという事に。
 、、、、これは少々厄介なことになった、と男爵は思った。
 普通の貴族であれば、息子の女遊びを咎めたり、むしろ父親とはブレーキの役割が一般的であるが、この息子のヘタレっぷりに、一体どんなアクセルを踏めば良いかも、皆目見当がつかないのである。
 結局、このキニーレイ男爵もまた、生真面目な男であり、愚直なのである。

 男爵は、別室に妻と妹のマチュアを呼び、三人で作戦会議を始めた。
 それは実に奇妙な会議である、一体どうしたら息子はニーナに対して女性を感じることが出来るか、、、、という内容なのだから。
 それでもこの家の気質なのか、妻もマチュアも、実にこのテーマに真面目に取り組んでくれた。
 事が事だけに、使用人にそれを悟られる訳にはゆかず、この家族による悪戦苦闘が始まるのである。

 男爵がエドに「風呂が沸いたぞ」と、普通の貴族が絶対言わないような事を言い、なんだか怪しいと考えて、浴室を覗いてみれば、案の定エレーナは入浴の真っ最中。
 部屋には何か媚薬《びやく》のような、後頭部がジンジンと来るようなお香を充満させ、息子の性欲を高める努力をした。
 もちろんエドは、そんなことだろうと薄々察してはいたが、当のエド自身もエレーナの事は決して嫌いではないし、むしろかなり好きであったが、13歳の少女、それも妹と同年代という事実に対し、強烈なブレーキがかかり、彼の煩悩《ぼんのう》は見事に退散されていたのである。
 これは任務、確実に行うべき重大な任務、そう言い聞かせながら、エドが二階の自室に入ろうとすると、部屋の中はより一層強烈な媚薬の匂いに満たされていた。
 、、、これはさすがに違法なのでは、と思えるレベルの媚薬効果が感じられた、さすがの真面目軍人のエドであっても、エロスの神に逆らえないレベルであった。
 少し横になって、このもやもやした気持ちを晴らそうとベッドに向かったエドは、自分のベッドを見て絶句した。

「、、、何で、、、エレーナ様が?、、、しかも、、」

 そう、しかもエレーナは独身男性には絶対に見せないような、薄い寝間着に着替えて自分のベッドに寝ているのである。

 思わず、エドはエレーナに見惚《みと》れてしまい、白雪姫に迫る王子の如く跪《ひざまず》き、皇女の顔を覗き込んだ次の瞬間、我に返り、自分が今、何をしようとしていたのか振り返ると、ゾッとする思いであった。
 毛布も掛けず、その身体のラインがはっきりと確認できるような際どい服装に、さすがのエドも理性が吹き飛ぶ寸前だ。
 
「一体、何なのですか?」

 エドは激しく怒り、広間で両親を問い詰めた。
 先ほどのエレーナが自室で寝ていたのは、どうやら母親の差し金らしい。
 まったく、我が母親ながら恐ろしいとすら感じた。
 自分は軍務として、エレーナを本当に大切に扱っていたつもりだけに、この悪ふざけは家族と言えども許せないと感じるのであった。

「弁明の余地はありますか、父上、これは軍務なのです、国王陛下からの勅命《ちょくめい》なのですよ、もし彼女の身に何かあれば、私は国王陛下に何と言ってお詫び申し上げれば良いのやら」

「、、、エド、あなた、それは本気で言ってるのかい?」

 母親がエドを諭すように問いかける。

「何ですか母上、その他に、まだ勅命があるような言い方ですね」

 男爵夫妻は顔を見合って、その後あきれ顔になった、妹のマチュアは、だんだん自分の行いが恥ずかしくなっていたらしく、頬を赤く染めたまま、ずっと下を向いていた。
 たまりかねた男爵が切り出す。

「、、、、お前、誰か想う女性《あいて》でもいるのか?」

 これだけの色仕掛けにも屈せず、軍務を優先する息子に、もしや特殊性癖でもあるのかと心配になったが、先に聞くべきはこちらのことであろう。

「、、、いや、、まあ、ちょっと、いいなあ、って思う女性《ひと》くらいはいますよ、僕にだって」

 男爵夫妻は、血の気が引く思いだった。
 これは逆に意外な展開だと感じた。
 まさかこの真面目人間に、よもや思い人などあろうはずもないと勝手に決めつけていたことが間違いであったのだ。
 母親も、勝手に自分の息子と皇女殿下が結婚する流れだと考えていただけに、これは大変なことになったと大いに慌てた。

「、、で、そのお相手とは、一体誰なんだ?」

「いいじゃないですか、そんなこと、いずれにせよ、僕には高嶺の花ですから」

 夫妻は再び驚愕した。
 皇女殿下よりも高嶺の花って、息子はどれだけ高みを目指すつもりなのか!、いや、そもそも皇女殿下より高い位置に居る女性なんて、一体何を指すのかすら検討もつかなかった、、、、女神様か何かか?。
 
「で、、、、その高嶺の花とは、一体、、、、?」

「ああ、もう、なんですか、、、、マキュウェル王女殿下ですよ、、ね、高嶺の花でしょ?」

 ああ、きっとこの子はバカなのだと、そしてこの子はどれだけ高嶺の花アイドル好きなんだろうと、もういい加減怒る気もしなくなった。

「では、エレーナ様の事は、どうなんだ?」

「え?、、エレーナ皇女殿下は、、、妹が一人増えたように思っていますよ」

 そう答えるエドの表情は、先ほどマキュウェルの事を話してる時よりも少し優しい顔になっていた。
 それをずっと聞いていた妹のマチュアが、下を向いたまま部屋を飛び出していった。

 残された男二人は、キョトンとした表情で取り残されたが、母親だけはこの複雑な感情をすべてお見通しのようである。


 二階のテラスから、マチュアが夕日を眺めていると、エレーナがマチュアに近付いてきた。
 マチュアは少し涙を拭きながら、寂しそうな顔をして

「どうされたんですの?、ニーナ、、、エレーナ様」

「私はニーナ、ニーナでいいわ」

「じゃあ、ニーナ、私、お兄様からの呼び出しがあったので、実はここへ来るまでとても嬉しかったの。でも、帰ってきたらあなたがお兄様の隣にいたわ」

 エレーナは、マチュアの複雑な心境を、その一言で察した。
 マチュアもまた、自分と同じように、お兄様を奪われたと思っているのだ。
 そして、マチュアからすれば、大好きなお兄様の隣と言うポジションに、妹枠ではなく、恋人枠として入る事が出来るエレーナに嫉妬しているのだ。
 エレーナは年の近い女性の友人はメルガ一人であったため、同じ目線で何かを奪い合い、求めあうという事は、これが初めてであった。
 それ故に、マチュアの儚い実兄に対する恋心が、切なくて仕方が無かった。
  エレーナは、マチュアの肩に額を押し付けると、「さっきはごめんなさい」と呟いた。
 
 マチュアとエレーナは、それから大の仲良しになった。
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