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決 意

第160話 ブラックナイト ユニットの結団

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 彼は、恐る恐る手紙を開封すると、メルガからウクルキへ宛てた最後のメッセージが書かれていた。

それは、まだ15歳の新妻からの、精一杯であった。

 手紙には、自分を妻として、メルガ・ウクルキとしてくれたことへの感謝の気持ち、彼への一途な思いと、彼女が最初にウクルキを意識したのが、実は初めて会ったその瞬間であったことなど赤裸々に語られていた。

 そして、最後に書かれた一文は、それまで我慢していた涙を、ついに流させるものだった、そこには

≪どうか私の事は忘れてください、私は最初からいなかったのです。
あなたはまだ未来があります、私に気兼ねせず、どうか初婚として新しい奥様をお迎えください。
どうかこれだけは聞き入れて頂けますよう。
それでは、さようなら。≫

 ウクルキは、もはや立場を超えて、誰かに見られようが関係なく、ただ妻のために泣いた。
 そして、怒りを露わにし、泣き崩れながら、メルガの名前を呼び続けた。

「新たな妻とは、一体なんだ、メルガ、お前が私にとって生涯ただ一人の妻ではないか、なぜそのような事を申す!」

 ウクルキも、メルガの気持ちをよく解っていた。 
 しかし、それが理屈で入って来ないのだ。
 彼は、公人として、軍人としては正しい行いをしただろう。
 しかし、一人の女性の夫として、それは正しい事だったのだろうか、ウクルキの頭の中では、それが呪文のように回り続けていた。
 そうなのだ、夫として、処刑されることが解っていながら、目の前で妻を引き渡すなど、許される行為ではない。
 涙も枯れるより前に、ウクルキは自身が一体何をすべきかを悟ったように、準備を始めた。

 一人になった部屋の隅で、彼は機動騎兵中隊長の軍服姿に身を包み、鏡台の前に立っていた。

「最初からこうすべきだったな、私は」

 頬を流れた涙の跡に、微笑む彼の笑皺《わらいじわ》が重なると、胸に描かれたドットス王立軍の軍章を勢いよく剥ぎ取り、彼は君主を持たない孤高の騎士となった。

「黒騎士《ブラックナイト》、、これじゃあユウスケ殿の事を言えないな」

 ようやく上がった朝日を横目に、ウクルキは帯剣し館を去った。
 メルガとの思い出の詰まった愛しい館に、最後一礼すると、決意を新たに最後の戦場へ向け馬を走らせた。
 ウクルキは、それが公人として落第点であることを十分に理解した上で、単騎妻の奪還に乗り出したのだ。
 
 それが、確実に負ける戦であると理解していても、彼の騎士道精神がそれを許さなかった。
 メルガが彼の良妻であろうとしたように、ウクルキも夫としての責務を果たそうとしていた。


 ウクルキは、単騎による行動としても、世話になったフキアエズ王国に迷惑をかける訳にはいかないと、メルガの護送部隊への襲撃は、正々堂々とオルコ帝国領内へ入ってから行うつもりであった。
 それであれば、ブラックナイトが単騎で仕出かしたこと、責任は自分一人で背負えると考えていた。
 ウクルキが護送部隊から一定の距離を取りながら追跡を開始してまもなく、フキアエズ王都の城門を出てすぐに、ウクルキの目には意外なものが飛び込んできた。
 何やら騎兵隊のような一団が、こちらに整列して何かを待っているかのようだった。

 ウクルキは、フキアエズの騎兵が自分に何か用でもあってのことか、不思議そうに見ていたが、それはよく見れば、、、よく見知った騎兵である。

「ヤップ曹長?、ドロエ中尉、、、みんな、どうした?」

「先ほど通過した車列は、もしやエレーナ様の、、、」

 ヤップ曹長がウクルキに聞いて来た。
 100騎以上はいるであろうその大軍は、よく見れば全員C中隊の隊員だった。
 ヤップ曹長は、下士官を束ねる先任下士官、ドロエ中尉は中隊長であるウクルキに次ぐナンバー2の立場で、先任小隊長兼ねて先任士官でもあった。
 
「どうしたみんな、と言うか、ここはフキアエズ領内だぞ」

「中隊長こそ、今の車列はエレーナ皇女を乗せた反乱勢力の車列ではありませんか、もしや、、、連行されたのですか?」

「ああ、たった今、連れて行かれた」


 指揮官と隊員の間を、静寂が支配する。


「、、、、中隊長、行かれるのですね」

「、、、、君たちには、関係の無いことだ、これは夫として、私個人のことだ」

 すると、「夫」という言葉を聞いた隊員から、少し冷やかすような口笛と笑声が聞こえてきた。

「何だと言うのだ、冷やかしに来たのなら越境してまですることではないぞ」

「いえ、中隊長へご結婚のお祝いを、一同まだ言えていませんでしたから、、、、皆、心は一つにございます」

 先ほどまでお道化ていた雰囲気が、一気に張りつめ、ウクルキは隊員が一体どのような覚悟でここへ来ているかを悟るのである。

「いかん、それはならぬぞ、これは私闘にすぎぬ、諸君らを巻き込むことなど出来る訳なかろう、速やかに転進し、原隊へ復帰せよ」

「それはできません、お解りになりませんか?我らC中隊、中隊長あってのC中隊です。それに、我々はもはやドットス軍人ではございません」

 よく見れば、マントの内に秘める彼らの胸には、本来あるべき場所にドットス軍章が剥ぎ取られ、それはウクルキと同様に全員がブラックナイトになっていた。

「よせ、まだ間に合う、愚かな選択をするのではない!」

「愚かではありあせん、単騎で花嫁を奪還しに行く中隊長よりは、よほど正常です」
「中隊長、我々はみな家族への別れも済ませ覚悟を決めてきた者です。ロームボルト旅団長も、越境演習《えっきょうえんしゅう》には興味が無いと仰っておりました」

 ロームボルド准将の、粋な計らいもウクルキの心には響いていた。
 部下たちのこれからを考えれば、それは指揮官として了承出来るものでは到底ないものであったが、彼らの真剣な眼差しに、その決意を見出したウクルキは、それ以上は何も言うまいと心を決めたのである。

 こうして、黒騎士部隊《ブラックナイト ユニット》は、皇女《メルガ》奪還作戦を開始するのである。

※ ブラック・ナイトとなったウクルキ少佐 ↓
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