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第11章 -過去罪業篇-
歩兵
しおりを挟む水無月も終わりを迎えるある日の事ーーー。
幸村は、将棋盤の前で頭を抱えていた。
「……待て」
「駄目だ」
閉眼したまま幸村の次の一手を待っている佐助はにべもなくそう言った。
幸村の泣きの一回も既に19回目。
飛車角に金銀、更には香車まで落としてもらったのだが、どうにも詰め切れない。
『俺の悪い癖だな』
手駒は山程ある。だがどうにも上手く使えないのだ。
「本当にこれが最後だ。なあ、頼む佐助。」
「………。」
顔の前で両手を合わせて、幸村は懇願する。
そもそも今日は佐助に幸村自らが与えた暇なのだが、こういう時じゃないと任務以外でまともに佐助と顔を付き合わせる機会がない。
初めて佐助と出逢った時から、何となく幸村は佐助との埋められない溝がある事に気付いていた。
佐助は誰とでも一線を引いており、決して他人を必要以上に自分の中に踏み込ませない。
特に幸村に対してだけは、殊更その傾向が強いようだった。
訳を聞こうにも、腹に一物を抱えたままでは本心など話してくれる筈もない。幾ら孫子を学べど、所詮他人の心など知る術はないのだ。
『主として、失格だな』
幸村は自嘲気味に思う。
結局自分は、佐助の心算を暴くのが怖いのだ。
そうやって考え抜いた結果、幸村は将棋の相手をしてくれないかと佐助の部屋にやって来たのだった。
引き留める理由は何でも良かった。
とにかく佐助と話がしたい。
断られるかもしれないと覚悟していたが、佐助は渋々といった様子で一局だけなら付き合ってやると言って腰を下ろした。
しかし、佐助が王手をかける度に幸村が「待った」をかける。
いい加減呆れ果てたのか、佐助は幸村の20回目の待ったに根負けして、王手をかけていた桂馬を元の位置に戻す。
『さて、ここまで引き延ばしたはいいが…。』
肝心の話題が見つからない。幸村の口から出るのは無意味な唸り声だけである。
『いや、言葉じゃ無くてもいい。一先ず行動に移さねば…』
「よし!王手だ佐助!!」
佐助が落とした飛車と金で、強引に幸村は勝負に出る。この隙だらけの布陣は抜け穴ばかりで、佐助の逃げ道は幾らでもあった。
否、正しくは幸村はわざと逃げ道を作ったのだ。
「詰めが甘いってさっきも言ったろ。こんなんじゃいつまで経っても俺に勝てねえぞ。」
佐助はため息を吐きながら、迷う事なく王将を取り巻く駒を犠牲にし、護るための一手を打つ。
『…!』
王将自身が逃げるという手もあったのに、佐助は何の躊躇いもなく駒を捨てた。
たかが将棋の一手に過ぎないのに、幸村は何故かそれが佐助の生き方のように思えてならなかった。
『佐助…』
それがお前にとって普通のことなのかーーー?
「さて、もう遊びは終いだ。」
「あ!それは…!」
歩と桂馬に阻まれた幸村の王将は為す術なく、正に八方塞がりとなった。
勝負あったとばかりに、佐助はスッと立ち上がる。
「俺に勝ちたきゃ、駒の使い方を覚えろ。大将がそんなんじゃ、兵が無駄死にするだけだ。」
『え……』
一瞬、幸村の中に一抹の違和感が芽生えた。
佐助は無意識の中で自分の事を、駒だと思い込んでいるのではないか。
数多ある〝歩兵〟の一つであると。
幸村は佐助の奥底にある、悲壮な覚悟の片鱗を見た気がした。
幸村が言い淀んでいると、佐助はさっさと踵を返して部屋を出て行った。
急に寂寞とした空間に独り残された幸村は、ふと息を吐く。
「何となくわかってしまったな…」
佐助との間にある溝の意味が。
幸村は散らばった駒を手に取り、一つ一つ丁寧に対局前の初期位置へと並べていく。
『佐助の初手は7六歩。俺は8四歩だったな』
パチリと小気味いい音を鳴らして歩兵を進める。
『二手目では6八銀…、三手目で7七銀となった時点での矢倉。きっちり定石通りだな』
信じられないことに、幸村は十手、三十手、八十手とある手数の駒の動きを全て記憶していた。
「九十二手…。俺の投了か」
佐助の歩兵を弾き、盤上に張り巡らされた戦略の糸をゆっくりと解きほぐす。そして幸村の手元には、使う事のなかった佐助の手駒が燻っていた。
「やっぱり、俺には向いてないのかもな…」
幸村はごろりと寝転び、梁の見える天井を見上げてポツリと呟いた。
「なあ先代、本当に俺が佐助の主が良かったのだろうか…?」
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