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第10章 -過去追想篇-
狂人
しおりを挟むしんと静まり返った部屋で、八雲はゆっくりと腰を下ろし、懐から煙管を取り出した。
佐助は流れるような所作で指を擦り合わせ、刻まれた葉タバコに火を灯す。
「…なんの真似だ」
「一応、今は奉仕する側の形をしてるんでね。あんたも元々そういう“目的”で来てる訳だろ?」
椿とかいう男から拝借した臙脂色の打掛をはためかせ、佐助は艶然と微笑んだ。
「やめておけ。私に房術は通じない。」
紫煙を燻らせながら、八雲はため息を吐く。
「…ま、だろうな。」
経験上、口を割らせたり交渉を有利にするためには、拷問よりも情事の中で事を進めた方が上手くいく場合が多い。
しかし、八雲のように相当な腕利きに覇気は通じないのだ。
『…ま、男に抱かれるなんざ無いに越したことはねえんだがな。』
佐助は指に灯した火をフッと吹き消し、冷え切った熱燗を徳利から直に飲み干した。
「一つわからない事がある。さっきの刺客は何故お前を狙っていたんだ?」
八雲のあの落ち着きぶりから見て、恐らく強襲されたのは初めてじゃないのだろうと佐助は勘繰っていた。
「ああ、恐らく父上の差し金だろう。」
こともなげに八雲はそう言った。
「綱成が?どうして実の父親がお前を狙う。」
そもそも息子が生きていると知っていて、何故迎えに来ないのか。佐助が首を傾げると、八雲は滔々と話し始めた。
「父上は、私がいずれ自分の脅威の存在になると危惧していた。そして原虎胤の軍勢に追われて一族が離散した時、父上は混乱に乗じて私に手を掛けたのだ。」
『…成る程。いくら一族随一の手練れとは言え、実の父親に刃を向けられるとは思わなかったんだろう』
信じていた者の裏切りーーー。
それがどれ程の憎悪と狂気を生み出すのか、佐助はよく知っていた。
「なんとか命からがら私は逃げ延びた。だが父上はどこからか風の噂で私が生きているということを聞きつけ、その度に刺客を送り込んでいるのさ。生きた亡霊をもう一度殺すためにな。」
八雲は自嘲気味に笑い、ポトリと雁首から葉タバコを叩き落とす。
「行き場を失った者がこの戦乱を生きて行くためにはどうすれば良いか、お前ならわかるだろう?」
「…それで、斯波裡を作ったのか」
戦いに敗れた者が、剣で生きて行くにはそれしかない。
武家の出であれば尚更、剣を握ること以外のことなんて所詮できはしないのだから。
「あの時、私は一度死んだ。今の名は戒めとして己に刻んでいる。」
『…それで“八”雲か…。』
しかしそれならば本来、怨みの矛先は父親へと向く筈ではないのか。
そう疑問視した佐助の心を見透かしたように、八雲は更に続ける。
「フッ、今更父上のことなどどうでもいい。原虎胤も武田の命を受けただけに過ぎぬ。何も恨んじゃいないさ」
「?だったら、何故幸村を……」
「気に入らないのさ。」
急激に氷のような空気が辺りに張り詰め、思わず佐助は身体を強張らせた。
「この町の連中は皆、何かにつけては幸村様幸村様と担ぎ上げ、持ち上げる。幸村がしているのは全て偽善に過ぎぬというのに……。 権力者の威光を笠に着て、胡座をかいているような輩が、私は反吐が出るほど嫌いだ」
そう言って、八雲は歪んだ笑みを浮かべた。
「死の匂いすら嗅いだこともないような奴が武士を名乗っている事に、腑が煮え繰り返りそうなんだよ……。そんな奴は死んで当然だ。私が殺す。殺したい。殺してやりたい!!!」
屈折した憎悪に捉われ、支配された八雲のどす黒く染まった心の深淵を見た気がして、佐助は無意識にぞくりと肌を粟立たせる。
『結局、父親の影を自ら追っている事にすら気付いていないのか…。』
狂った笑い声を上げる八雲に、佐助は憐憫の目を向けた。
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