忍の恋は死んでから。

第13章-過去改過自新篇-

御伽話

「…………っ」

ぼんやりとした光景が目の前に広がる。そこには見慣れた天井があった。

「此処は…」

真田家の屋敷だ。

嗅ぎ慣れた畳の匂い、使い込まれた絹の友禅染の蒲団。

「俺の部屋か」

ゆっくりと半身を起こすと、腹部に鈍痛が走った。

見下げると、胸元の下から下腹部にかけて包帯が巻かれている。どうやら急所は運良く外れていたらしい。

思いの外出血量が多かったのか、軽い眩暈に襲われる。しかし、朧げだった記憶が痛みと共に蘇ってきた。

八雲が放った凶弾の前に飛び出し、彼を庇ったのだ。

『彼………？』

「ーーー！」

辺りを見渡すも彼の姿は窺い知れない。

「さ、佐助っ！」

咄嗟に立ち上がろうとするも視界が揺らぎ、ぐらりと前のめりに倒れ込む。

「うわ！」

衝撃に備えて目を閉じた瞬間、幸村は大きな胸に抱き留められた。

ふわりと血と薬草の匂いがした。

「…っと！危ねえな。怪我した時くらい大人しくしてねえか」

「さ、すけ……」

いつものぶっきらぼうな物言いだが、声音はどこか穏やかで温かい。

「いいから蒲団に戻れ。傷の具合を診る」

佐助は片手に持った盆の上に乗せた薬の類いを見せて、幸村を床とこへと促す。

素直に幸村は元の蒲団に胡座をかいて座った。

佐助は慣れた手付きで包帯を巻き取ると、ぬるま湯に浸した手巾を絞り、丁寧に身体を拭いていく。

そして数種類の薬草を薬研やげんですり潰し、濾こしたものを傷口に塗り込んで新しい包帯を巻いてくれた。

お互い口を開く事は無く、沈黙が二人を包む。

「…佐助、俺はどれくらい眠っていた？」

口火を切ったのは幸村だった。部屋の窓から見える空は、微かに白み始めている。

「丸2日ってとこだ。残念だが、豊盛祭は終わっちまったよ。祭の指揮はあんたに代わって、兄の信之様が取り仕切ってくれた」

「そうか、兄上が………」

豊盛祭の核を担っていたのは幸村だったが、どうやら信之のおかげで無事に滞り無く済んだらしい。

毎年祭を楽しみにして、早くから準備をしてくれている民を落胆させなくてよかったと幸村は安堵の表情を浮かべた。

「あの男は…八雲はあの後どうなった？」

「……死んだよ。多分な。死に顔は直接見ていないが、俺が負わせたあの致命傷では生き延びることは不可能だ」

肺をやられてまともに息も出来なかった筈だ。普通なら想像を絶する痛みと苦しみでのたうち回るというのに、八雲は最期まで怨嗟と憎悪を吐き続けていた。

『生きてはいない…、それは断言できる。だが、あのまま八雲が簡単に事切れたとも思えない』

強大過ぎる狂気は時として、人智を超えた得体の知れないモノへと変貌する。

あの男八雲なら、己おのが魂を悪鬼羅刹に売り渡していても不思議じゃない。

『………なんて、そんな事あり得ねえ、か』

まるで御伽話のような自身の思考に、佐助は思わず苦笑した。