忍の恋は死んでから。

朝凪

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第7章

あの時

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多めに作ってくれていたカツも二人で綺麗に平らげ、後片付けを済ませた後、酒の肴を片手にリビングで飲み直していた。

「やっぱ美味いなこれ。全然癖がない。」

「高い酒程、悪酔いはしないもんだ。これなら、明日の試験にも影響ないだろ?」

政宗は半ば冗談めかして言う。

「俺はザルだから、元々二日酔いなんざした事ねえっての。」

「そういえばそうだな。」

二人で顔を見合わせて笑い合い、穏やかに夜が更けていく。

酒が底を尽きる頃、ふと政宗はある事を思い出した。

「そういえばお前、あの時の事覚えているか?」

「?」

思い当たる節がなく、佐助は小首を傾げる。

「俺が伊達政宗だった頃の、親父の弔い合戦の時の事だ。」

「…人取橋ひととりばしのことか。」

政宗はゆっくりと首を縦に振る。

政宗の父であった輝宗てるむねが人質に取られ、不運な最後を遂げた粟之巣の変事の後に、輝宗を殺した仇の一族を討伐するべく、政宗は父の弔い合戦と称して一万越えの軍勢を率いて戦に臨んだ。

しかし、相手は幾人もの大名が徒党を組んだ約三万の大軍勢。

両軍は人取橋で激突するも戦力差は明らかで、政宗の軍はたちまち潰走する。

その勢いのまま、連合軍は政宗の本陣に突入し、政宗自身も手負いとなり、敗戦濃厚となった。

これが、後に言う人取橋の戦いである。

ところが同日夜、政宗が圧倒的に劣勢の中で何故か約三万の連合軍が一夜にして撤退したのだ。

この出来事は、後年に政宗による裏工作があった等の様々な憶測が飛び交い、「政宗恐るべし」と言う噂が生み出されるに至る。

しかし、連合軍が撤退した理由に関しての記述は曖昧で、詳細は解明されていない。

『そりゃあそうだ。陰の存在である俺の事が、世に出る事なんて有り得ないからな。』

そう、佐助はその裏工作に関わった当事者だ。
いや、当事者どころか首謀者である。

「佐助、お前があの時いなかったら、俺はあの場で死んでたかもしれねえ。ありがとな。」

そう言って政宗は徐に頭を下げた。

「やめろよ。なんだよ突然改まって。」

佐助は気恥ずかしさを隠すように頬をかく。











……
………










当時、伊達政宗が討たれたとの情報が錯綜し、佐助は幸村から真意の程を確かめるようにと命を受け、伊達軍の兵に化けて城に潜り込んでいた。

軍の士気は下がり、戦を放棄して逃げ出す者も少なくなかった状況を見て、佐助は伊達の死があながち嘘ではないかもしれない。

城内の様子を伺いながらそう思い始めていた矢先の事だった。

「お前、伊達軍の兵士ではないな。何処の者だ!」

「っ!?」

ドスの効いた声音に呼び止められ、佐助は一瞬狼狽するも、すぐに平静を装ってゆっくりと振り向く。

その瞬間、人を呼ばれる前に喉を潰そうと目の前の男に飛び掛かった。

だが月明かりに照らされた隻眼の瞳が目に入り、佐助は寸での所で力を抜いた。

「伊達!…生きてやがったか。」

「…お前、真田の間者の佐助じゃねえか。」

何度か幸村に連れられて城に来た事はあるため顔馴染みではあるが、まさか伊達が間者である自分の名を覚えていた事に佐助は少し驚いた。

「幸村の命令で、お前が生きてるのか確認しに来ただけだ。他意はない。」

「ふっ、いいのか?今なら簡単に首級しゅきゅうが取れるぞ。」

伊達にしてはいつに無く、弱気な発言だ。

よく見れば、身体中に包帯を巻いている。呼吸も荒く、血の匂いが色濃く滲み出ていた。

『…相当な深手を負っているな。俺に対してまるで警戒心がない。』

たとえ顔馴染みとはいえ、佐助は間者だ。

もし主に首を獲ってこいと言われていれば、佐助は迷わず此処で伊達を手に掛けている。

人を殺す術を熟知している佐助の前で気を抜くなど、普段の思慮深い伊達なら考えられない。

「丁度いい。少し付き合え。」

伊達は徐にくるりと踵を返してそう告げた。

「は?何で…」

困惑する佐助を他所に、伊達は付いて来いとだけ目配せして歩き出す。

『…とりあえず、罠とかでは無さそうだな。』

佐助は伊達を警戒しながらも、伊達の後を音も無く追って行った。



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