忍の恋は死んでから。

朝凪

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第12章-過去暁闇篇-

居場所

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一体、何が起こったのか。

身体を強張らせたまま、佐助は息を詰める。

幸村あいつ、今何て……」


〝佐助は…犬なんかじゃない…。
佐助は俺にとってーーー


大切な家族だから…〟


幾多の修羅場をくぐってきた佐助でさえ、この状況は飲み込む事が出来なかった。

殺そうとした相手から手を差し伸べられるなんて。

今迄殺してきた輩が、死の間際に自分へ向けていたのは、怨讐や畏怖などの負の感情や言葉ばかりだったというのに。

もう佐助の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「わかっていたって……どういう、ことだよ…っ!」


計画が漏れていた?

ーーー否、それなら独りで来る道理はない筈だ。

家族だと?

ーーー此の期に及んで何を宣っている。

「俺は……っ!」


お前を殺そうとしたんだぞ!!


佐助は言い様のない感情で、心が押し潰されそうになる。

人を殺める時でさえ、何も感じなかったのに。

幸村の言葉が、声が、身体の奥底に響いて来る。

佐助は唯一動かせた唇を思い切り噛み、痛みで無理矢理覇気の呪縛から強引に逃れた。

口端から流れる血を拭うこともせず、佐助は呆然と足元の屋根瓦を見つめる。

幸村から佐助の姿は視認出来ない筈だが、何故か佐助は蛇に射竦められた蛙のように、その場から動けずにいた。

その時、

「佐助!貴様、何を躊躇っている⁉︎さっさと加勢しろ!!!」

八雲が余裕も策も投げ打って、形振り構わず佐助に援護を求めてきた。

佐助はその怒鳴り声で、弾かれたように顔を上げると、そのまま転げ落ちるように、幸村の前に姿を現した。

佐助の足元には、屈強な男達が折り重なり合うようにして地に伏していたが、幸村の言う通り全員の呼吸音は僅かに聞こえている。

この人数相手に、誰一人殺す事なく意識のみを奪うなど、並大抵の者には不可能に近い。

ゾクリと肌が粟立った。

「佐助」

「……っ!」

幸村はこの場にそぐわない程の綺麗な声音で、名を呼んだ。

顔が上げられない。

標的から視線を逸らすなど、最早戦いを放棄したに等しい行為であった。

ギシっと古びた床が僅かに軋み、幸村の気配がゆっくりと佐助に歩み寄る。何か八雲が叫んでいるが、佐助の耳には何も入っては来なかった。

「こっちを見ろ」

するりと佐助の頬に、温かな指先が触れる。


「一緒に帰るぞ、佐助」

「ーーーっ!」


ただ一言、幸村はそう言った。


この瞬間、佐助は生まれて初めて自身のからだに血が通った様な気がした。

此処に居てもいいと。
必要とされていると。

佐助おまえは人間なのだとーーー。

他人に存在を肯定してもらう事が、こんなにも心地良いものだとは知らなかった。


佐助は、幸村の度量の大きさを思い知った。

しかしそれと同時に、自分が犯した取り返しのつかない罪に気付く。


でも、幸村おまえになら殺されてもいいかーーー。


そう思った刹那、


パーンッ!!


耳障りな銃声が、夜空を彩る最後の打ち上げ花火の轟音に掻き消され、静かに爆ぜた。
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