忍の恋は死んでから。

朝凪

文字の大きさ
上 下
30 / 140
第3章

失われたもの

しおりを挟む



……
………




「心配せずとも、私は何処にも行きませんよ。」

「…っ!?」

一気に意識が覚醒し、真田はがばっと半身を起こした。

「漸くお目覚めですね、真田先生。」

見覚えのある白い天井、保健室か。

「北条…先生…?」

北条は銀縁眼鏡を指先で軽く押し上げていつもの柔和な笑みを浮かべたかと思うと、するりと自身の腕を上げて見せた。

「?」

「私は暫くこのままでも全然構いませんが…。この状態で別の男の名前を呼ぶのは感心いたしませんね。」

「え…?あっ!」

訝しそうに腕に目を向けると、真田はしっかりと北条の手を握り締めていた。

「すっ、すみません!俺寝ぼけてて…っ」

慌てて手を振り解こうとするも、北条はぎゅっと力を入れて更に深く真田と手を絡めてきた。

真田は訳が分からず、困惑した表情で北条を見やる。

「あの…北条せんせ…」

「遊馬と一体何があったんですか?」

「っ!!」

まるで確信をつくような質問に真田は狼狽する。とても誰かに、ましてや他の教師に言える訳がなかった。

男子生徒に貞操を、奪われそうになったなんてーーー。

断片的に思い出される自分の痴態にいたたまれなくなり、真田は顔を伏せた。

「な、なんで遊馬のこと…」

「いえ、ただ保健室に気を失ったあなたを運んできたのが遊馬だったものですから…。何があったのか聞いても、遊馬は黙ったままでしたし。それに真田先生、あなた何度も遊馬の名前を呼んでいましたよ?」

遊馬佐助ーーー。

最早、真田の中では無視できない存在となってしまっていた。まだ出会ってから一日も経ってないというのに。

「あの…気分が悪くなっていた所を…その、遊馬に助けてもらって…そのまま意識を失ってしまったみたいなんです…。」

真田は我ながら下手な言い訳だと思ったが、他に理由が思い浮かばなかった。北条は端整な顔をほんの少し歪め、ため息をつく。

「真田先生、あなた何か持病をお持ちですか?」

「へ?…いえ、特にないですけど…。」

予想外な質問に、真田は答えに詰まってしまう。すると、北条は真田の頬をそっと包み、視線を絡ませる。

相変わらずパーソナルスペース狭いなこの人。

「真田先生のお身体を診させていただきましたが、どうも貧血でも立ち眩みでもないようです。…恐らく、極度の緊張とストレスからくる心因的なものが原因だと思われるのですが…何か心当たりはありますか?」

そう聞かれて、真田は不意にあの得体の知れない感覚に支配された瞬間を思い起こす。

遊馬の蠱惑的な眼光に射抜かれたと思った刹那、全身が雷に打たれたように痺れ、動かなくなってしまったのだ。

声も掠れ、息をするのがやっとの状態だったというのに…。

遊馬に触れられた所が、どうしようもない程熱を帯びてしまった。

「い、いえ…。きっと、慣れない環境からくる疲れが原因だと思います。すみません、情けないですよね…。」

本当に情けなくて涙が出そうだ。

そんな真田の様子を見ていた北条は一瞬何か言いたそうにしたが、それ以上は何も聞かなかった。

北条はゆっくり真田と絡めていた手を解き、ふーっと息を吐いて立ち上がった。

「ま、貴方が話したくないのであれば無理強いはしません。診たところ顔色もあまり良くはないようですし、今日は早くお帰りになられた方がよろしいかと思います。」

「…はい、ありがとうございます。」

やっぱり、北条は少し苦手だけどいい人だと真田は思った。深追いして欲しくない所は、一歩身を引いてくれる。

自分にはそんな器用な事ができない。
だから余計、遊馬を困らせてしまったのだろう。

そう真田が黙考していた時、保健室の扉がガラリと開いて津田が息を切らして入ってきた。

真田は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。

「あ、あの!お騒がせして申し訳ありません。もう大丈夫ですから!」

「真田先生!良かった、気が付いたんですね。いやびっくりしましたよ、先生が倒れられたって聞いて!」

津田は安堵の表情を浮かべる。

「もう心配ないですよ。でも、大事をとって、今日はもう真田先生にはお帰りいただいた方がよろしいかと思います。」

北条がさらりとフォローを入れてくれて、なんだか真田は至極申し訳ない気持ちになった。

「ええ、それは全然構わないのですが…。一つだけ真田先生に頼みがあるんです。」

「あ、はい!何でも言ってください!」

これ以上迷惑をかけたら、真田を紹介した叔父の信用にも関わってくる。

折角、叔父が自分の事を信頼して雇ってくれたというのに、これじゃあ会わせる顔がない。

真田は津田の頼みを二つ返事で承諾した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

処理中です...