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第2章
夢幻
しおりを挟む彼は泣いていた。
声を震わせ、今にも消え入りそうなか細い声で、彼は静かな寝息と共に確かに呟いた。
幸村、とーーー。
真田は訊いた瞬間に後悔した。
遊馬は明らかに動揺し、硬直したようにその場に立ち尽くしている。
『…しまった、深く干渉し過ぎた。』
遊馬にとって触れて欲しくないことだったかもしれない。
「…なんのことですか?」
そう言った遊馬の声は酷く掠れていた。
やはり訊いちゃいけないことだったのだ。
ましてや自分と遊馬は今日が初対面で、渚みたいに親しいわけでもないのに。
また胸の奥がチクリと痛んだ。
「…いや、悪い。
でも、訊かずにはいられなかった。
だってーーー、
なんだかお前…
悲しそうな顔してたから。」
そう言って真田は遊馬の頭をぽんぽんと撫ぜ、戯けたように笑った。
嫌だ。
お前にそんな顔して欲しくない。
そんな泣きそうな顔をして欲しくない。
素直に真田はそう思った。
刹那、
「う…わっ!」
不意にするりと伸びた遊馬の手は真田の腕を掴み、ぐいっと力任せに引き寄せた。
急に反転する視界には真っ白な天井が広がり、背中にバウンドするスプリングの感触で、真田はベッドに倒れ込んだのだと悟る。
瞠目する真田の上に遊馬は素早く覆い被さり、両手をシーツにきつく縫い付ける。
何が起きたのかわからず、真田はただ目を見開いて固まっていた。
「あ…遊馬…?…どうした、やっぱりどこか具合悪いのか?」
困惑していると、遊馬と目が合った。
『…!…』
それはまるでーーー、
全てを包み込むような、優しい眸だった。
長い睫毛に縁取られた双眸は伏せられ、それでも硝子玉のように澄んだ瞳はちゃんと真田の姿を映している。
遊馬は壊れものを扱うかのように、そっと真田の頬に触れた。その手はとても温かくて、少し震えていた。
「……っ!?」
不意に頭の中に痛みが走り、何かの映像がフラッシュバックした。
蒼く澄んだ空、
悠然と羽ばたく朱鷺、
傍に立つ男ーーー、
その顔は靄がかかったように擦れ、窺い知ることができない。
『……あ、すま……?』
本能的にそう思った。
だが、靄は晴れることなく、男の姿は幻のように霧散していった。
『なんだ…?今のは……』
意識が戻った時、すぐ目と鼻の先に遊馬の整った顔があって、真田の心臓は早鐘を打ったように高鳴った。
だが、遊馬は優しげな瞳とは裏腹に、鋭利な言葉を真田に静かに投げつけた。
「……もう、俺に関わるな…。」
「……え?」
真田は言われた意味がわからないというように、小首を傾げる。
だがその答えが返ってくることはなく、遊馬は無言のまま真田の手首の戒めを解いて、そのままフラフラと保健室を出て行った。
再び静寂を取り戻した空間は冷たくて、真田は無意識に遊馬に触れられた頬を指でゆっくりとなぞる。
まだほんのりと熱を孕んだ頬を撫でる度に、真田の心と躯に深く影を落としていく。
「…佐助…」
お前は一体………誰なんだ?
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