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第1章
アスマサスケ
しおりを挟む「さーすーけー!」
間延びした声で呼ばれ、佐助はめんどくさそうに振り返る。
「朝からでけぇ声で呼ぶな。聞こえてるっつーの」
「いやぁ、お前がこんな時間にいるなんて珍しくてさ!なに、またあの夢見たのか?」
ふわふわの猫っ毛を揺らしながら、佐助の腕に抱き付いてきたのは、同じクラスの渚小太郎だ。
佐助は今年、初めて同じクラスになった小太郎の存在を知ったのだが、小太郎は初対面の佐助の所へ来るや否や、
「なあ!お前の名前さ、遊馬佐助って言うんだって?俺、ナ○トのキャラで1番好きなのアスマとサスケなんだよ!」
開口一番、そう言ってきた。
「……………」
だからなんだと佐助は言いかけたが、純真無垢な笑顔を浮かべた小太郎の顔を見ると、何も言えなくなってしまった。
こいつを一言で例えるなら、柴犬だな。
佐助は今にも尻尾まで振りそうな勢いの小太郎を見て、困ったように頬を掻いた。
「俺、渚小太郎って言うんだ!小太郎って呼んでいいからさ、俺もお前のこと佐助って呼んでいいか?」
まだ一言も喋っていないのに、小太郎は勝手にどんどん話を進めていき、あれよあれよと言う間に、いつのまにか佐助は小太郎に友達認定されていたのである。
小太郎は本当に子どもみたいな奴で、裏表のない単純馬鹿だったが、佐助にとって小太郎の隣は至極居心地が良かった。
今となっては、前世の記憶を打ち明けるまでの仲になっている。小太郎は佐助の信じ難い話をからかうことなく傾聴し、むしろその時代の話に興味津々だった。
だから佐助が、こうしていつもより早い時間に登校する時は、決まって前世の夢を見た時だと知っているのは、学校の中で小太郎だけなのだ。
小太郎はまた話を聞きたくて仕方ないような顔で、佐助の腕に抱きついてくる。
初めは小太郎の慣れないスキンシップも、最早佐助の中では日常茶飯事になりかけていた。
180cm以上ある佐助の背丈に比べて、小太郎は160前半しかないため、多少乱暴に抱き付かれても、佐助には仔犬と戯れあうようなものである。
「…おい、いい加減離れろ。もう玄関に着いたぞ。」
「おう!あ、佐助さ、今日のお昼って学食で食べる?」
大人しく腕の拘束を解くと、小太郎が上履きに履き替えながら佐助に問いかける。
佐助はいつも自分で作った粗末な弁当を持参するのだが、今日は生憎そんな気分じゃなかった。
「ああ、そんなに金もないし。バイト代貰えんの、再来週だしな…」
「なら昼休みに一緒に学食食べよーぜ!俺も今日弁当ないんだ。」
「…ま、お前なら嫌だって言ってもついてくるんだろ?」
ふと笑みをこぼし、佐助は触り心地の良い小太郎の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜる。
そうしてやると小太郎は、きゃっきゃと子どものようにはしゃいだ。
そうこうしている内に着いた教室のドアを開けて、それぞれの席に着く。
と言っても、窓側の1番後ろに位置した佐助の席の前が小太郎の席になっているため、2人の距離間は対して変わらない。
まだ朝礼が始まるまでには時間があり、教室にいるクラスメイトの数も疎らだ。
「で、今日もまた前とおんなじ夢だったのか?最後に聞こえた声の正体ってわかった?」
こうして気兼ねなく夢の話ができる小太郎といるのは、やはり心地が良い。話せる相手がいるというだけで、かなり気が楽になる。
「いや、またいつもと同じとこで終わった。やっぱ自分が死ぬ瞬間を見るっていいもんじゃねぇな。」
「だよなぁ。俺もたまに夢で草餅を喉に詰まらせて死ぬ夢見るけどめっちゃ苦しいもんな!」
「なんだよ、お前のその夢の死因は。」
いつものように他愛のない話をしていた時、
「あの…遊馬君っている…?」
不意に自分の名前を呼ばれ、佐助は無意識に声のした方へ振り向く。
そこには黒髪セミロングから大きな瞳を覗かせた細身の可愛らしい女の子が、朱色に頬を染めて教室のドアに立っていた。
見覚えがないということは、今迄一度も彼女と同じクラスになったことはないのだろう。
「……俺?」
自分を指差してその女の子に問いかけると、彼女は無言で何度もコクコクと頷いた。
佐助は渋々立ち上がって女の子の元へと赴く。
ちらほらと登校してきたクラスメイトは、他クラスの女子の訪問にしばしば好奇の目を向けている。
「…なに?」
いたたまれなさから素っ気なく女の子に問いかけると、女の子はしどろもどろしながらも、佐助にピンク色の便箋を手渡してくれた。
「あの、突然呼び出してごめんなさい!これ…よかったら読んでくださぃ……。」
最後の声のトーンは萎んでよく聞こえなかったが、なんとなく自分が呼ばれた理由は理解できた。
「…あぁ、わかった。ありがとな。」
佐助は頭を掻きながら、一応礼を言う。
途端に女の子は一気に頬を高揚させて、
「い、いえこちらこそ…!あの…お、お返事待ってます!」
慌てて教室から出て行った。
彼女が見えなくなった瞬間、クラスの男子たちが一斉に佐助の周りに群がってきた。
「お、おい佐助!まさか…その手紙は…!」
「今のって3組の結城さんだよな!?めっちゃ可愛いかったなっ!」
「くっそぉぉぉ!!何でこんな無愛想野郎がモテんだちくしょーーー!!!」
好き勝手に話を進める男子達に、佐助は深いため息を吐く。
「おい、まだお前らが期待するような内容だとは限らねえだろうが。」
「ほぉ、じゃあ一体どんな内容だ?」
むさ苦しい野郎共に迫られた佐助は、仕方なく綺麗に糊付けされた手紙の封を切り、2つ折りにされた紙を取り出してさっと目を通す。
「…おい遊馬、どうなんだよ。なんて書いてあるんだ…!」
「………」
「…………」
「……………」
佐助は無言で手紙を制服の胸ポケットに閉まった。
「おいコラ遊馬ぁぁぁ!!!」
様々な罵詈雑言が飛び交う中、佐助はうんざりとした面持ちでするすると人混みを潜り抜けて自分の席へと戻った。
「あー…うっとおしい。なんであいつら朝からあんなにテンション高ぇんだろ…」
机に突っ伏しながら、佐助は今日何度目かわからないため息を吐く。
「ま、男からしたら佐助みたいなルックスは羨ましいよ!背も高いし、運動神経もいいしね!まぁ、前世は忍者だったんだから当たり前だろうけど。」
「……そうか?」
昔から女子に言い寄られることが多かったが、佐助には今迄1度も彼女がいたことがない。
それは、小太郎にも話したことのない秘密があるからである。
佐助には、400年前からずっと
想い続けている人がいたーーー。
それは、記憶の中でしか会ったことのない
幻のような存在で。
佐助が生涯護ると決めた、唯一の人。
ーーー真田幸村、ただ1人だ。
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