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第12章-過去暁闇篇-
家族
しおりを挟む一瞬の出来事であった。
八雲の隣にいた大男の身が宙に浮いたのは。
「ーーーっ!!!?」
けたたましい金属音が遅れて聞こえてきたと錯覚する程の速度で幸村が刀身を滑らせ、相手の急所へ向けて正確無比に叩き込んだのだ。
幸村の姿を目に捉える頃には、既に刃は鞘の中へと収まっており、男達には何が起こったのか全く理解出来なかった。
「お、おい!どーなってやがる!?」
「知るかっ!!!とにかくあいつを殺せ!!」
困惑する男達の中で一人、八雲は幸村の視線から逃れられずにいた。
『嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…。話が違う!!ここに集めた奴等だって、かつては戦場で数々の武功を立てていた猛者供だぞ!?』
尋常ならざる幸村の強さを目の当たりにして、八雲はゆるゆると後退る。
幸村の事を日がな一日偽善事ばかりしている青二才だと卑下していた八雲は、次々と倒されていく手下達を呆然と見つめた。
至近距離で多勢に囲まれてもなお、幸村は隙を作るために高速の抜刀術で相手を撹乱させ、最小限の動きで敵を薙ぎ倒していく。
「かっ、頭!!此奴、本当にあの噂に聞いていた真田幸村って奴なんですか!?」
「八雲様!このままじゃ俺達全滅しちまう!!」
「ーーーっ!!」
八雲は手下に肩を揺さぶられて、漸く刀の柄に力を込める。
しかしそれと同時に、八雲以外の男達は全て地に沈み、動かなくなった。
「…八雲、と言うのかお前は」
静寂に包まれた空間に凛とした声が響く。八雲は喉に声が張り付いて上手く出せない。
「安心しろ、此奴らは死んでいない。峰打ちだ」
「…な、に…?」
倒れている手下をよく見ると、血は一滴も流れていない。気絶しているだけのようだ。
「今宵の事は不問にする。その代わり、二度とこの国の敷居を跨ぐな。早く騒ぎになる前に去ね」
幸村は八雲を一瞥すると踵を返す。
途端に、八雲の中で沸々と怒りが込み上げてきた。
格下だと思っていた相手に生殺与奪を握られた事で、自尊心をズタズタにされたのだ。
『思い上がるなよ…餓鬼が……っ!!』
日向しか歩いていない世間知らずに何がわかる。
何不自由無く生きてきた温室育ちに何がわかる。
人を殺す度胸もない癖にーーー!!!
「貴様如きが私に指図するなあああぁっ!!!」
八雲は狂った叫びを上げて、懐に忍ばせていた短銃を幸村に向けて発砲した。
しかし幸村は未来でも読んでいたかのように、八雲の方を振り返る事なく銃弾を避けた。
「なっ!!?」
これには流石に、八雲も驚かざるを得なかった。
いくら照準が定めにくい代物とは言え、この至近距離では的を外す方が困難である。
「口で言っても分からぬか!」
幸村は振り向きざまに刀の鯉口を切り、八雲の鳩尾を目掛けて重い一太刀を浴びせた。
「ぐぁ…っ!!」
八雲はもんどりうって崩れ落ちるも、何とか受け身を取って意識は飛ばさずに耐えた。息も絶え絶えに、歯を食いしばりながら幸村を睨み付ける。
「今ので倒れぬのは流石だな。しかしもう、反撃する膂力は残っていまい。出来れば手荒な真似はしたくなかったが…」
「何故…だ……っ!」
八雲の問い掛けに、幸村は動きを止める。
「何故、罠と……分かっていて…っ!のこのことやって来た⁉︎…貴様なら、あの忍の心算は読めていた筈だ…っ!!」
「………………」
幸村の何もかもが理解し得ない。
八雲は震える指先を隠すように、固く手を握り締めた。
重苦しい沈黙が薄暗い部屋に充満する。
幸村はゆっくりと刀身を鞘に納め、虚空を見つめながら呟いた。
「佐助はな……まだ、何も知らんのだ」
「……?」
「〝家族〟というものをな」
「…な、に…」
びくりと八雲の肩が大きく揺れる。
それは八雲にとって一番嫌悪し、虫唾が走る言葉だった。
「佐助は若くして一族を率いる長となった。だがそんな矢先、仕えることになった主人は初陣も済ませていない青二才。おまけに家督を継ぐ資格もない次男坊だ」
皮肉を込めて幸村は笑う。
「仕える主人を見誤れば、一族諸共路頭に迷い、飢え死にしてしまう。だから佐助は選んだのだ」
真田幸村を殺すという選択肢をーーー。
「忍は他者を欺いて喰い物にし、損得勘定のみで生きている。だがそれは、その生き方しか教えられてこなかったからだ」
八雲は無言のまま幸村を見つめる。
幸村も視線を返すが、それは八雲に向けたものではなかった。
「彼奴は…佐助はな、悦びや哀しみもまだ知らない、無垢で真っさらな、真田家に生まれたばかりの赤子なのだ。だからーーー」
例え感情を削ぎ落とされようが、殺戮兵器と呼ばれようが、これだけは幸村は譲れなかった。
「佐助は…犬なんかじゃない…。
佐助は俺にとってーーー
大切な家族だから…」
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