202 / 207
第十九章 狂神生誕
狂神生誕 第六節
しおりを挟む
「カイっ!!!」
ウィルフレッドの掛け声にカイが弓を構え、アオトのアルマ姿が吼えるっ!
「うおおああっ!絡まれえぇぇぇーーーっ!」
フェリアから放つ白銀の矢が彗星のように尾を引き、無数の月光のと化してはゾルドの体に絡み、地面へと縛りつけるっ!
「――封竜呪!」
既に場を構築した三位一対の陣がミーナの放つ呪文と重なり、二重結界となってゾルドの体を拘束するっ!
「アイシャぁぁーーーーっ!」
「ラナ様ぁっ!」
「エリーーーっ!」
カイが、レクスが、ウィルフレッドが駆けた、それぞれの思い人の元へと。
――――――
「どけよおらぁっ!」
二重結界の隙間から飛来する魔物を全て撃ち落としては、カイはただ飛ぶ。ゾルドに体の半分を取り込まれたアイシャの傍へと。
「アイシャ…っ!アーーーーイっ!」
ついにアイシャの傍へと駆けつけたカイは、ゾルドの体の壁にへばり付く。アオトのアスティル・クリスタルが二重結界と共鳴し、二人を魔物らから守るバリアを構築する。
「アイっ!しっかりしてくれよアイっ!俺だ、カイだ…っ!」
体を半分ゾルドに取り込まれたままのアイシャの体に、ゾルドの体組織が粘菌のように粘りついている。淡い光が彼女の体から、生命力か何かがゾルドへと流れているのが分かる。
「くそっ!」
超振動ナイフでアイシャに粘りつく体組織を切り払い、再び彼女に呼びかけるカイ。
「アイ、頼むよっ、目を覚ましてくれ…っ!」
愛しいアイシャは答えない。ただ今にも切れそうな息を僅かにしながら、目を閉じて俯くばかり。
「…アイ」
コツンと互いの額を触れるカイ。己の思いを直接彼女に届かせるかのように。
「アイ、目を覚ましてくれ。俺は…、俺はアイが必要なんだ。俺が一生懸命礼儀を勉強してがんばってこれたのも、世界をもっと知ろうとなったのも、今日まで一杯特訓して強くなろうとしたのも、みんなアイがいてこそからなんだ…っ」
祈るように目を閉じるカイの声は震えていた。熾烈な戦いで乾いた湖のような目からボロボロと雨のように涙が溢れ出る。
「好きだアイ。あるがままの君が、僕を変えてくれた君がだれよりも好きなんだっ。だからお願いだ…アイ…っ、君がいなければ、俺は…っ!」
「……ううん、違うの、カイくん」
「! アイっ!」
アイシャの目が弱々しくも開いた。その愛らしい瞳を潤わせながら。
「私の方こそ…カイくんが、必要なの…。だって、飾らずに伝えてくれるカイくんの気持ち、本当にとても素敵で、温かいものだもの…。環境に我慢しかできなかった自分でも、カイくんと一緒なら、きっと乗り越えられると思えるぐらい…。私、そんな気持ちをくれるカイくんが、大好き、ですよ…っ」
美しくもか弱い声にこもった真摯な気持ちが、熱となってカイの胸を燻る。
「アイ…っ!」
「…うぅっ、ごめんねカイくん…っ、年長な私が、リードすべきなのに、体が思うように、動けないの…っ。…こんな情けないお姉さん、ですけど、これからも…一緒に、いてくれますか…?」
「ああ、勿論だ…勿論だ!俺もアイが大好きなんだっ!愛してるんだっ!これからもがんばっていこう、アイと俺、二人でっ!」
強く神弓を握りしめ、カイが叫ぶっ!
「ルミアナ様っ!アオトさんっ!力をっ!」
神弓フェリアが、アイシャの聖痕が白銀の月明かりを放ち、アオトのクリスタルが輝く!月の紋章がアオトの姿と重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、アイシャに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「カイくんっ!」
「アイっ!」
解放されたアイシャとカイが抱き合う。再び確かめ合った互いへの愛とともに。柔らかな月の光とアオトのクリスタルの光が二人を包んでは、ゾルドから離れていく。
――――――
「ラナ様ぁっ!」
重厚なキースのアルマ姿が襲い掛かる魔物達をことごとく蹴散らしては、ラナの傍へと駆けつけたレクス。剣でゾルドの体にへばり付きながら、彼はラナの頬を軽く叩いていく。
「しっかりしてラナ様っ!ほらラナちゃんっ!眠ってる場合じゃないでしょっ!ラナちゃんは呼び起こされるよりも呼び起こしに来る方がお似合いだからっ!ラナちゃんっ!」
「……うるさい、わね…」
「ラナちゃんっ!」
息するだけでも億劫なラナが目を開く。たとえ命が消えかかろうとも、その目から放つ誇り高さは決して損なわれない。
「いつも来るの、遅すぎよ…っ。昔のことも…思い出すまでどれだけ待ったのか、分かってるの…、バカレンくん」
「あはは、ごめんよラナちゃん。でも、僕もちゃんとがんばってるよ?君の分までしっかり皆を束ねたし、それに今回はご覧のように間に合ってるんだから。勘弁して、ね?」
「…ほんと、こんな時でもそんなふざけができて…大したものだわ…」
苦笑するラナに、いつものニカリとした笑顔のレクス。それは互いだけに愛称を許した二人が共有するやり取り。飾らない心の現れだった。
「レ、レンくん…っ」
「ラナちゃんっ?」
「凄く、寒いわ…っ、体が、凍えそう…っ」
体を震わせながら、宝珠の如く涙がこぼれる。あの夜、暗い庭で雷に怯えながら隠れていた幼いラナのような、心細い顔だった。
「大丈夫だよラナちゃんっ。今度はちゃんと助けるよ、あの時約束したとおりにっ。だから頑張って!ラナちゃんは誰よりも強いの、僕は知ってるんだからっ!」
ラナの頭を愛おしく寄せ、強き意思とともに剣を握ってはレクスが叫ぶっ!
「エテルネ様っ!キースさんっ!お願いっ!」
聖剣ヘリオスが、ラナの聖痕が闇を切り裂く黄金の光を放ち、キースのクリスタルが輝く!太陽の紋章がキースの姿と重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、ラナに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「レンくんっ!」
「ラナちゃんっ!」
解放されたラナとレクスが抱き合う。再び確かめ合った互いへの想いとともに。輝ける太陽の光とキースのクリスタルの光が二人を包んでは、ゾルドから離れていく。
――――――
「エリーーーーっ!」
ウィルフレッドが吼える。オーラにも似た青き宇宙の輝きを帯びては、星の騎士が闇を駆けるっ。飛ばしてくる触手を両断し、おぞましく開いた蛇にも似た口を貫き、洪水の如く押し寄せる魔物を切り刻んでは血路を開く。
「うぐっ!ガアアァァーーーッ!」
飛ばされる針に装甲を貫かれ、戦艦の如き硬さを誇る魔物にバイザーを砕かれながらウィルフレッドは突き進む。人生で自分に愛と命をくれた、たった一人の元へとたどり着くために。
「おおぉ…エリーっ!」
最後の魔物を切り払い、彼はついにたどり着いた。今にもその命が消えそうなエリネの元へと。
「目を覚ましてくれエリーっ!助けにきたんだ、もう大丈夫なんだ、エリー…っ」
エリネは答えない。その小さな体は、今にもゾルドに吸収されそうに儚く、弱々しく感じられた。
「……エリー」
鋼鉄のごとき異形の掌で、ウィルフレッドは愛おしくエリネの頬を包んだ。
「エリー、君は俺のすべてだ。誰かを好きになる暖かな気持ちをくれたのも、この消えかかる冷たい体に命を注いでくれたのも、みんなエリーのおかげだ…っ。君がいなければ、俺はとっくの前に死んでいた。俺の命は君がくれたものなんだ…っ」
割れたバイザーの下にある異形の赤い目が淡く光っては血涙が流れる。ウィルフレッドは呼びかける。切実で、今にも泣きそうな震えた声で。
「愛している、エリー…。君を助けられるなら、例えこの命を君に返しても構わないっ!だからエリーっ、聞こえてるのなら、返事をしてくれ…っ」
「…聞こえて、ますよ、ずっと…」
「エリー…っ!」
エリネの目がゆっくりと開く。初めてウィルフレッドにその星空のような美しい瞳を見せた時のように。
「例え何も感じられなくなっても、ウィルさんの声だけはずっと聞こえてました…。だって…だってウィルさんの声は、まるで朝日みたいに温かくて素敵だもの。大好きなウィルさんの声があるから、私はどんな恐ろしいものの前でも踏ん張ることができたんだもの…っ」
キラリと星の雫のような涙が流れる。
「ウィルさん…私、大好きなウィルさんと一緒に世界を聞いて周りたい…っ。一緒に川の綺麗な音を聞いて、花の香りが一杯な草原で一緒に昼寝して、ウィルさんの好きな苺タルトを作ってあげて…時々喧嘩もするけど、最後はちゃんと仲直りにして…そうやってウィルさんと、ずっとずっと、一緒にいたいよぅ…っ」
冷えきっていく体に溢れる熱い願いが、エリネの声を震わせる。ボロボロと流れる涙を、ウィルフレッドの異形の指が拭った。
「ああ、君が願うなら、俺は今のようにいつでも、どこへでも君の傍にたどり着くから…っ。一緒に行こう、エリー!」
エリネと自分の願いを胸に、ウィルフレッドが吼えるっ。
「スティーナっ!ネイフェっ!力をっ!」
エリネの聖痕がが青き星々の光を放ち、ウィルフレッドのクリスタルが輝く!星の紋章がウィルフレッドと重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、エリネに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「ウィルさぁんっ!」
「エリーっ!」
解放されたエリネとウィルフレッドが抱き合う。再び確かめ合った互いへの想いとともに。
「ウィルさんっ!ウィルさぁん…っ!」
「もう大丈夫だ、エリー、もう大丈夫だ…っ」
亀裂だらけのウィルフレッドの鋼の体に抱きつく温かなエリネを、ウィルフレッドは愛おしく抱える。輝ける星の光とウィルフレッドのクリスタルの光が二人を包んでは、拘束されたまま激しく瘴気の暴風を撒き散らすゾルドから離れていく。
「ラナ、アイシャ、エリー…っ」
安心の声をあげるミーナが見届けるなか、三色の光に包まれた三人の巫女は勇者達とともに各々の三位一体の場へと降りていく。
「アイっ、体は大丈夫かっ?」
「ええ…、まだ、足にあまり力が入りませんけど、いけますよ…っ」
カイに腰を抱えられながら、アイシャは柔らかな微笑みを見せた。まるで何をすべきか既に理解しているかのように、彼とともに神弓を握る。右腕の月の聖痕が輝き出す。
「やりましょう、カイくん…っ」
「ああっ!二人で一緒に!」
「レンくん」
「はい?」
「これが終わったら遅刻のお仕置きだから、覚悟しなさい」
自分の場に着地し、虚脱してふらつく体をレクスに支えながらもいつもの不敵の笑みを見せるラナ。レクスもまたいつものにかりとした笑顔を返す。
「いいですとも。そん時はお手柔らかにお願いしますよ」
互いに笑顔を交わすと、手を重ねるよう聖剣の柄を強く握った。
「エリー、いけるなっ?」
「うんっ…、いけますよっ!私には、ウィルさんが支えてくれますから…っ!」
星の場の中で、ウィルフレッドの体に背中を任せるエリネ。彼女の声に迷いはなく、真っ直ぐで、力強かった。
「なら、終わらせようっ!ネイフェ!」
『ええ。ミーナっ』
「わかっておるネイフェ殿っ!みんな、いけるな!」
「いけますっ、先生っ!」「やってちょうだい!ミーナ殿!」
アイシャとレクス達が答えると、ミーナがサラのクリスタルに叫んだっ。
「サラ殿、力を―――」
突如に、ゾルドがハルフェンに漂う全てのマナが震えるほどの認識の絶叫を挙げた。
「「「きゃああぁぁっ!?」」」
「「「うおおぉぉっ!?」」」
エリネ達の場が揺らぎ、ウィルフレッド達のアスティル・クリスタルが荒れ狂う瘴気と認識の嵐を防ぐっ。封竜呪の結界を破り、己の危機を察したかのように暴れるゾルドは極彩色の光をその内から放たれると一本の首が槍にも似た形へと変異し、ミーナに向けて放たれるっ。
「なっ!」
ミーナが驚愕する。
「ミーナぁっ!」「先生!」
サラのアスティル・クリスタルが爆発的な光を放ち、ミーナの前に多数の玉を生成しては多重バリアを構築するっ。
だがゾルドの決死の一撃は瓦を割るかのごとく次々とバリアを砕いてはミーナの胸を狙うっ!
「ミーナ様ぁっ!」
エリネが叫ぶなか、ミーナ達の主観時間がドロリと沼のように遅くなっていく。ゾルドの槍が最後の一枚を貫き、死の切っ先が彼女の三歩前まで迫って―――
「―――闇錦幕!」
闇のカーテンが、飛び出る人影とともに槍を阻む。いとも容易くカーテンを突き破る槍だが、サラのバリアにより勢いを削がれ、槍は人影を貫くとそこで止まってしまった。
「なっ、あ…!」
ミーナ達が瞠目した。
「はは…やはり、ゾルド様由来の魔法で…ゾルド様の攻撃を防ぐのは、無理がありましたね…っ、がふっ!」
彼女の盾となったエリクは、腹を貫かれながら大きく喀血した。
「エリク…っ!」
「す、すみませんミーナ殿…、罪滅ぼしのつもりでは、ないですけど…私には、これしかできなくて…」
「お…大バカものぉっ!誰が我をかばえと頼んだっ!あんたはいつもそうだ!こっちの話も聞かずにっ!勝手に…っ!勝手に…っ!」
涙交じりの罵倒に、エリクはただ苦笑すると、場に触れて消滅していく槍とともに倒れる。
「エリクっ!」
「ぐぅ…っ!ミーナ殿っ、三位一体を…っ!」
まだ罵り足りないミーナが強く唇を噛み締め、涙を堪えては杖を掲げ、唱えたっ!
「星よっ!」
エリネとウィルフレッドがともに両手を掲げるっ。青き柱が星の場から異形の空へと駆け登り、星の紋章が輝くっ!
「月よっ!!」
アイシャとカイがともに神弓フェリアを掲げるっ。銀色の柱が月の場から異形の空へと駆け登り、月の紋章が輝くっ!
「太陽よっ!!!」
ラナとレクスがともに聖剣ヘリオスを掲げるっ。黄金の柱が太陽の場から異形の空へと駆け登り、太陽の紋章が輝くっ!
「天地万物に慈愛をもたらす女神達よ!その偉大なる名の下、我らを声とし、激情の坩堝に苛む母なる大地に、安寧もたらす鎮魂歌を謡わん!眠れよ、狂乱の神よ!」
ミーナから三色の光がラナ達へと駆け巡っては、ゾルドを囲む正三角、三位一体の陣が巫女達と勇者達に共鳴するかのように光った!
「サラ、キース、アオト!」
ウィルフレッドのクリスタルがアオト達のクリスタルとともにこの世ならざる神秘的な光を放ち、三位一体の輝きとともにゾルドを包み込んでは内なるメルセゲルの極彩色の光を抑えていくっ!
束縛を抜け出すよう激しく放たれるゾルドの力との衝突が、帝都の城下町全てを吹き飛ばしては広がっていくっ。人々は互いにかばい合い、結界を張りながら断末魔にも似た異形の神の最後のもがきを凌いでいく。力の暴威は周りのすべてを蹂躙した。
――嵐が弱まっていく。ゾルドが唸る。それは狂喜でも、絶叫でもなく、どこか徐々に安らいでいくかのような認識の声だった。歪められた外なる異形の体が崩れていき、光と化しては天へと登っていく。
「ゾルドが…」
「消えていく…」
アイシャとレクス達は見た。邪神を封印する三位一体の光とアスティル・クリスタルのエネルギーの奔流のなかで、城にも匹敵するゾルドの巨躯が段々と小さくなっていく。やがて最初に見た女性的なフォルムを最後に、安堵の溜息にも似た認識の声を挙げて。穏やかな光の彼方へと消えていった。
――――――
空を覆う雲の異形の模様が徐々に元の姿へと戻っていく。先ほどの激闘の嵐が遠雷のように遠くへと重く響くと、やがて静寂が訪れた。
「…やった、のかい?」
レクス達がボロボロになった体を立たせながら、改めて他の人達と周りを確認する。跡形もなく吹き飛ばされて半ば平原となった帝都の中央で、もはやゾルドの気配は微塵も感じられなかった。
「ネイフェ?」
ウィルフレッドが確認する。
『…。ゾルドの魔素は確認されません。三位一体の陣は無事成功しましたよ』
「やった…やったよアイっ!俺達やったんだぁっ!」
「きゃあっ!」
アイシャを抱き上げてははしゃぐカイに、彼女もまた喜びの声をあげた。
「ええ、ええっ、やりました…っ。私達、邪神を打ち倒すことができました…っ!」
「あははっ!やったねラナちゃ――あいたっ!」
レクスの肩を貸しているラナの拳が、軽く彼の頭に炸裂する。
「こらっ、今そういうのは禁止よ」
「そ、そうだったね。ごめんごめんラナ様、あまりにも嬉しくてつい」
ラナが実にだるそうなため息を吐いた。
「ああもう…体が凄くだるいわ…誰かさんが来るの遅かったせいでめっちゃ疲れた…この始末、どうしてくれるの?」
「なはは、こっちも必死だったからどうか許して、ね?お仕置きも甘んじて受けるからさ」
「そう、じゃあ今からお仕置きしても文句ないってことね」
「もちろんっ!でもどうかお手柔らかに――」
レクスの言葉を、重なるラナの唇が遮った。目を見開いたレクスはやがて口づけに応え、互いの体に手を添えては、今の温もりを享受していった。
「見たかバカエリク、ゾルドは無事封印されたぞ」
「そのよう…ですね…っ、いつつ!」
倒れたままミーナに治癒《セラディン》を掛けられているエリクが苦悶する。
「動くでないバカものっ。運よく急所は避けてはいるが、もう少し魔法かけるの遅かったら死ぬところだったんだぞっ。これ以上我に迷惑をかける出ないっ」
「ははは、仰る、通りで…自分は、昔から貴女に迷惑をかけてばかりでしたからね…」
「自覚あるのなら大人しくしろ。後で今までの分も含めてきっちりあんたがしでかしたことを清算するからな」
エリクの表情は神妙だった。
「…そう、ですね。それくらいの覚悟は、しています――っていた!」
サラのクリスタルがまるでミーナの代わりに文句を訴えるかのようにエリクの頭を叩いた。
「ふふ、感謝するサラ殿。エリクも彼女に礼を言うのだな。サラ殿の力がなければ、おぬしの傷をこうも完璧に処置することはできなかったぞ」
「そ、そうなの、ですか…?」
エリクが困惑そうに見るサラのクリスタルがどこか自慢そうに激しく点滅した。
「ウィルさん…」
「エリー…」
星の騎士ウィルフレッドとエリネは互いを見据えた。
「ウィルさん…っ!」
「エリーっ!」
傷だらけのウィルフレッドの鋼鉄の体に、エリネが抱きついた。泣きながら喜びに震えるその小さな体を鋼鉄の腕が優しく抱く。
「すまないエリー、遅くなって…怖くなかったか?」
「ううん…っ、だってウィルさん約束してたんですから…私がどこにいても、きっと助けに来るって…っ」
「エリー…」
互いに離れると、先ほどのようにウィルフレッドの鋼鉄の手がその涙をそっと拭っては、乱れた髪を愛おしく整いあげていく。暖かなこのひと時をただ感じたいかのように、エリネはただされるがままに立っては、触れてくる彼の手の感触を感じていった。
「ねえカイくん。このクリスタルって…」
「ああ、アイも知ってるんだろ。兄貴の記憶の中でみた、兄貴の親友のアオトさんだ」
二人の前でアオトのクリスタルが挨拶するように輝いた。
「アイを助けられたのもアオトさんのお陰だよ。兄貴に負けずにめっちゃ強かったぜ、なっ、アオトさんっ」
まるで照れてるように緩やかに光るアオトのクリスタル。
「まあ、ご謙遜なさって、ふふ。ありがとうございますアオト様、私たちを助けてくださって」
淡く輝いては神秘な音を発するアオトのクリスタルは、どこかとても嬉しそうだった。
「そう、やっぱりこれってキースさんのクリスタルだったのね」
レクスがラナに頷く。
「うん。理由は分からないけど、めっちゃ危なかったところで僕たちを助けてくれたんだ。ウィルくんの記憶で見た通り、とても頼りになる人だよ」
キースのクリスタルがラナに挨拶するように穏やかな音を発した。
「あら、ふふ、ありがとうキースさん。誰かさんとは違ってとても丁寧な方ね」
「え、誰かさんって誰のことなのラナ様?」
「さあ、誰の事でしょうかね?」
ラナとレクス達が笑い、キースのクリスタルもまた楽しそうに輝いた。
暫くウィルフレッドの手を感じていたエリネが、思い出したかのように彼のひび割れた鋼鉄の体に触れる。
「そういえばウィルさん、体の方は…っ?」
「ああ、ネイフェのお陰で今は大丈夫だ」
「え、ネイフェって…まさか、あの――」
『ウィルっ!』
切羽ったネイフェの警告とともに、全員が異変の方向へと顔を向いた。さきほどゾルドが消滅したところから激しい風が吹き荒れ、極彩色の光が爆発的に膨らんでいくっ。
「ちょっ!なんだぁ!?ゾルドの奴、まだくたばってないのかっ!?」
「違うわカイくん!あれは…っ」
極彩色の電光がバチバチと走り、光の中から大きな何かが浮かび上がった。
「ウィルさんっ!」
「メルセゲル…っ!」
さながら小さな恒星のようにまばゆい極彩色の光を放つメルセゲル。そのひび割れた表面には、タールにも似た暗黒の残滓が不気味に動いては悲鳴にも似た音をあげる。
「キケン、キケケケ…、チュウウウイイイイイ―――」
壊れた電子音がむなしく警告音を発する。劇的な嵐と電光を走らせ、異様に光が膨張していくメルセゲルが極めて危険な状態にあるのは一目瞭然だった。
「ネイフェっ!」
『メルセゲルにまだ狂ったゾルドの一部がこびりついていて、それがメルセゲルを暴走させていますっ。なんて力…っ!世界が丸ごと吹き飛ばされかねないほどに…っ、このまま臨界爆発したらっ!』
ウィルフレッドが一瞬にして動いた。
「ウィルさんっ!」
「兄貴っ!」
「ウィルっ!」
「ウオオォォ…っ!」
カイとミーナ達が呼びかける中、メルセゲルの嵐に焼かれてはその前に立ち、両手を広げてアスティル・クリスタルの力を走らせる。
「ウアッ!」
だが暴走するメルセゲルの出力は完全にウィルフレッドを上回り、極彩色のアスティルエネルギーに苛まれてはガクリと膝が崩れる。ラナ達が叫ぶ。
「ウィルくんっ!」
(ぐぅ…!だめだ!この状態では、エネルギーを相殺するなんて不可能だっ!だったらっ!)
「アオトっ!キースっ!サラっ!」
アオト達のクリスタルが応え、ウィルフレッドの元へと駆けるっ。
「きゃあっ!」「アオトさんっ!」
三つのクリスタルがウィルフレッドを囲む。
「アオトっ!サラっ!メルセゲルの演算回路に繋ぐよう手伝ってくれっ!キースっ!ゾルドの干渉を遮断するんだっ!」
三人のクリスタルがウィルフレッドのクリスタルと同調し、四色のアスティルエネルギーが暴走するメルセゲルの中へと流れ込むっ。ゾルドの残滓が苦悶するかのように蠢く。
「キケ、キケケケケン、エエネルギーリンカイテンオオオーバババー、アトアトサンジュウゥウゥビョオオオウ」
「ぐうぅぅ…っ!」
メルセゲルの暴走エネルギーにさらされ、体の亀裂がさらに広がるウィルフレッド。
「いやぁっ!ウィルさぁん!」
「待てエリーっ!」
「エリーちゃんっ!」
ウィルフレッドに駆け付けようとするエリネをカイやラナ達が制止する。
「! 繋がったっ!制御権掌握っ!」
メルセゲルに四色のエネルギーラインが激しくほとばしり、ゾルドの残滓がのたうち回る。
「アオトっ!メルセゲルのエネルギーを跳躍機能に回してくれっ!サラっ!跳躍座標を跳躍空間そのものに指定!」
アオトとサラのクリスタルが輝き、メルセゲルが壊れたスピーカーのように答えた。
「ガガガ…ジャ、ジャンプシークエエエンスコマンド、カカカクニン、クウカカカンレンゾクタイカンショオオオォォォ――――」
メルセゲルの光が収束し、それを中心に景色が歪め始める。次元位相のシフトが開始したのだ。エネルギーの爆風に吹かれながら叫ぶエリネ。
「ウィルさぁんっ!」
「だめですエリーちゃんっ!」
「く…っ、ウィルくんっ!」
アイシャやレクス達が思わずすくむ。歪んだ景色が一段と大きく膨張しては縮んでいき、空間そのものの震動が伝わってくる。
「うわああぁっ!」
最後の力を振り絞り、暴走するエネルギーのベクトルを制御するよう、ウィルフレッドはありったけの力をサラ達とともに注いだ。
「ウオオオォォォッ----!」
空間の歪みでさえも覆うメルセゲルとウィルフレッド達のクリスタルの光が、周りのすべてを包む。
「ジャジャジャジャンプ―――」
時間が停止したかのような錯覚の中で、すべての動きがストップし、全てが無音と化しては、極彩色の光が満ち溢れた。
******
何もない無色の世界の中。アオト達のクリスタルに囲まれたウィルフレッドは、ここで唯一色を帯びたメルセゲルと、それについているゾルドの残滓を見た。彼は異形の目を見開く。手の伸ばした先にあるメルセゲルから、ゾルドの思念にも似たものが認識として流れ込んでくるからだ。
(…もう、いい)
ウィルフレッドが声をかけた。それが意外にも、憐憫の気持ちがこもったものだった。
(もう終わったんだ。ここではあんたを狂気に駆り立てるものはなにもない。だから…もう眠れ)
まるで赤子に触れるような手つきで、軽くメルセゲルを押すと。距離感の失ったこの空間内でメルセゲルは段々と小さくなっていき、ウィルフレッドは反動で離れていく。
(どうか安らかに―――ガリア)
やがて相対的に小さくなっていくウィルフレッドも消え、メルセゲルだけがそこに揺蕩う。
―――ああ、ああ、そうだった。わらわの名は…
黒の残滓が震えるなか、メルセゲルが砕けた。空間のすべてにアスティルエネルギーが流れ、やがてそれさえも消えると、残るのは狂神の最後の思考だった。
喜びも、悲しみも、怒りも、夢も、何もかも存在しない静寂の空間。在るのは唯一、心に魅入られ、それに狂った己だけ。そして最後は狂喜までもが空間に消散し、安寧だけが満ちていく。
邪神ゾルド。人の業に狂った女神ガリアはハルフェンにあり得ざる異空間で消滅し、永遠の安息を得たのだった。
******
再び色を帯び、元の姿に戻ったウィルフレッドの前に、サラ、キース、そしてアオトのクリスタルが静かに光を放ちながら浮かんでいた。
「みんな…」
ウィルフレッドは言葉に詰まる。話したいことは一杯あった。勝手にクリスタルを手元に置いたことを謝りたかった。これまで経験した不思議なことを一杯語りたかった。他にも色々と伝えたいことが山ほどあるけど、彼はようやく、一番伝えたかったことを口にした。
「みんな、ありがとう…地球の時からずっと助けてくれて…、しかも今度はエリー達も助けてくれて…本当に…ありがとう…っ」
サラのクリスタルが彼の目の前に飛んでは、まるで叱るのような音を発しては激しく明滅する。
「あはは、分かってるさ…すまないサラ、勝手に君のクリスタルを隠しもって…けど、それでも助けてくれたサラは、やっぱり優しいな」
クリスタルがまた激しく光る。けどその光は、どこか照れにも似た輝きを含んでいるように感じられた。
ピシリと、サラのクリスタルにヒビが入る。悲しさは感じられない。ただただ彼女に対する感謝の気持ちだけが、ウィルフレッドの胸を暖かくする。
「もう、時間なんだな…最後にまたサラと話ができて、本当に嬉しかった…ありがとう」
サラのクリスタルがまるで鼻で笑ってるかのように小さな音を発した。最後に小さな黄色の輝きを発すると、キラキラと輝く星くずのように砕けていった。
「さよなら、サラ…」
キースのクリスタルが穏やかな音と共に彼の前へと出た。
「キース…ビリーの時は助けに来てくれて本当にありがとう。もう体も意識もボロボロのはずなのに…。やっぱり君は俺たちの頼れる兄さんだ。俺とアオトは、ずっとそう思ってるよ」
アオトのクリスタルも同意するかのように輝くと、キースのクリスタルが音と光を発する。いつも落ち着いた彼の顔が目に浮かぶような、とても穏やかなものだった。
ピシピシとキースのクリスタルがひび割れる。最後に数度明滅とともに鳴くと、サラのように砕けていった。さよならにも似た、とても安らかな音とともに。
「さよなら、キース…」
分かれを告げるように指で欠片に触れ、キースのクリスタルは跡形もなく消えていった。
「アオ、ト…」
目の前に浮かぶアオトのクリスタルを見て、こらえてた涙が思わず流れ出た。夢なき冷酷な世界で暖かな幻想の話を教え、ともに数多の戦いを乗り越えてきた、地球で唯一親友とも言えるアオト。いまこの瞬間でどんな言葉を口にしても陳腐になるぐらいの感情が胸を締め付ける。
「アオト、ギルのことは―――」
アオトのクリスタルが小さく鳴いた。
「やはり、知ってたんだな…」
暫くの、無言。
「…アオト。君が亡くなってから、俺はずっと君に言いたかったんだ。本当に助けられたのは、本当は俺の方だって…君こそが俺のツバメなんだって…」
アオトのクリスタルが恥ずかしそうな光とともに鳴いては、嬉しそうに微笑むウィルフレッド。
「そうか…君は、願いを叶えたんだな…。分かってるさ、カイとアイシャには、俺から礼を言っとくから」
アオトのクリスタルが割れていく。
「…アオト」
最後の、どこか切なそうにも、幸せの祈りを込めたような別れの音とともに、翠色の星屑が舞い散る。ウィルフレッドの涙もまた、彼らを送り出すようにキラキラと溢れた。
「さよなら、アオト、キース、サラ。君達に出会えて、本当に、本当に良かった…っ」
家族たちに別れの感謝を述べると、三色の光が柔らかく彼を包んでは、視界が真っ白に染めていった。
******
「あっ!みんなあそこっ!」
ウィルフレッドが姿を消えてまだ1分も足らずに、レクス達の前に再び激しい電光が走っては光が膨張し、そして収束していく。
「あぁ…ウィルくん…っ!」「ウィル…っ!」
アイシャとミーナ達が歓喜する。光が消えると、ウィルフレッドが逞しい背中を見せては佇んでいた。
「エリーっ!兄貴だよ!兄貴が戻ってきたんだっ!」
「ウィル、さん…っ」
先ほどまでに気が気でならなかったエリネの頬が涙で濡れる。ゆっくりと彼女に振り向くウィルフレッドもまた、穏やかな笑顔を見せては―――
体が砕けていった。
【第十九章 終わり 最終章に続く】
ウィルフレッドの掛け声にカイが弓を構え、アオトのアルマ姿が吼えるっ!
「うおおああっ!絡まれえぇぇぇーーーっ!」
フェリアから放つ白銀の矢が彗星のように尾を引き、無数の月光のと化してはゾルドの体に絡み、地面へと縛りつけるっ!
「――封竜呪!」
既に場を構築した三位一対の陣がミーナの放つ呪文と重なり、二重結界となってゾルドの体を拘束するっ!
「アイシャぁぁーーーーっ!」
「ラナ様ぁっ!」
「エリーーーっ!」
カイが、レクスが、ウィルフレッドが駆けた、それぞれの思い人の元へと。
――――――
「どけよおらぁっ!」
二重結界の隙間から飛来する魔物を全て撃ち落としては、カイはただ飛ぶ。ゾルドに体の半分を取り込まれたアイシャの傍へと。
「アイシャ…っ!アーーーーイっ!」
ついにアイシャの傍へと駆けつけたカイは、ゾルドの体の壁にへばり付く。アオトのアスティル・クリスタルが二重結界と共鳴し、二人を魔物らから守るバリアを構築する。
「アイっ!しっかりしてくれよアイっ!俺だ、カイだ…っ!」
体を半分ゾルドに取り込まれたままのアイシャの体に、ゾルドの体組織が粘菌のように粘りついている。淡い光が彼女の体から、生命力か何かがゾルドへと流れているのが分かる。
「くそっ!」
超振動ナイフでアイシャに粘りつく体組織を切り払い、再び彼女に呼びかけるカイ。
「アイ、頼むよっ、目を覚ましてくれ…っ!」
愛しいアイシャは答えない。ただ今にも切れそうな息を僅かにしながら、目を閉じて俯くばかり。
「…アイ」
コツンと互いの額を触れるカイ。己の思いを直接彼女に届かせるかのように。
「アイ、目を覚ましてくれ。俺は…、俺はアイが必要なんだ。俺が一生懸命礼儀を勉強してがんばってこれたのも、世界をもっと知ろうとなったのも、今日まで一杯特訓して強くなろうとしたのも、みんなアイがいてこそからなんだ…っ」
祈るように目を閉じるカイの声は震えていた。熾烈な戦いで乾いた湖のような目からボロボロと雨のように涙が溢れ出る。
「好きだアイ。あるがままの君が、僕を変えてくれた君がだれよりも好きなんだっ。だからお願いだ…アイ…っ、君がいなければ、俺は…っ!」
「……ううん、違うの、カイくん」
「! アイっ!」
アイシャの目が弱々しくも開いた。その愛らしい瞳を潤わせながら。
「私の方こそ…カイくんが、必要なの…。だって、飾らずに伝えてくれるカイくんの気持ち、本当にとても素敵で、温かいものだもの…。環境に我慢しかできなかった自分でも、カイくんと一緒なら、きっと乗り越えられると思えるぐらい…。私、そんな気持ちをくれるカイくんが、大好き、ですよ…っ」
美しくもか弱い声にこもった真摯な気持ちが、熱となってカイの胸を燻る。
「アイ…っ!」
「…うぅっ、ごめんねカイくん…っ、年長な私が、リードすべきなのに、体が思うように、動けないの…っ。…こんな情けないお姉さん、ですけど、これからも…一緒に、いてくれますか…?」
「ああ、勿論だ…勿論だ!俺もアイが大好きなんだっ!愛してるんだっ!これからもがんばっていこう、アイと俺、二人でっ!」
強く神弓を握りしめ、カイが叫ぶっ!
「ルミアナ様っ!アオトさんっ!力をっ!」
神弓フェリアが、アイシャの聖痕が白銀の月明かりを放ち、アオトのクリスタルが輝く!月の紋章がアオトの姿と重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、アイシャに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「カイくんっ!」
「アイっ!」
解放されたアイシャとカイが抱き合う。再び確かめ合った互いへの愛とともに。柔らかな月の光とアオトのクリスタルの光が二人を包んでは、ゾルドから離れていく。
――――――
「ラナ様ぁっ!」
重厚なキースのアルマ姿が襲い掛かる魔物達をことごとく蹴散らしては、ラナの傍へと駆けつけたレクス。剣でゾルドの体にへばり付きながら、彼はラナの頬を軽く叩いていく。
「しっかりしてラナ様っ!ほらラナちゃんっ!眠ってる場合じゃないでしょっ!ラナちゃんは呼び起こされるよりも呼び起こしに来る方がお似合いだからっ!ラナちゃんっ!」
「……うるさい、わね…」
「ラナちゃんっ!」
息するだけでも億劫なラナが目を開く。たとえ命が消えかかろうとも、その目から放つ誇り高さは決して損なわれない。
「いつも来るの、遅すぎよ…っ。昔のことも…思い出すまでどれだけ待ったのか、分かってるの…、バカレンくん」
「あはは、ごめんよラナちゃん。でも、僕もちゃんとがんばってるよ?君の分までしっかり皆を束ねたし、それに今回はご覧のように間に合ってるんだから。勘弁して、ね?」
「…ほんと、こんな時でもそんなふざけができて…大したものだわ…」
苦笑するラナに、いつものニカリとした笑顔のレクス。それは互いだけに愛称を許した二人が共有するやり取り。飾らない心の現れだった。
「レ、レンくん…っ」
「ラナちゃんっ?」
「凄く、寒いわ…っ、体が、凍えそう…っ」
体を震わせながら、宝珠の如く涙がこぼれる。あの夜、暗い庭で雷に怯えながら隠れていた幼いラナのような、心細い顔だった。
「大丈夫だよラナちゃんっ。今度はちゃんと助けるよ、あの時約束したとおりにっ。だから頑張って!ラナちゃんは誰よりも強いの、僕は知ってるんだからっ!」
ラナの頭を愛おしく寄せ、強き意思とともに剣を握ってはレクスが叫ぶっ!
「エテルネ様っ!キースさんっ!お願いっ!」
聖剣ヘリオスが、ラナの聖痕が闇を切り裂く黄金の光を放ち、キースのクリスタルが輝く!太陽の紋章がキースの姿と重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、ラナに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「レンくんっ!」
「ラナちゃんっ!」
解放されたラナとレクスが抱き合う。再び確かめ合った互いへの想いとともに。輝ける太陽の光とキースのクリスタルの光が二人を包んでは、ゾルドから離れていく。
――――――
「エリーーーーっ!」
ウィルフレッドが吼える。オーラにも似た青き宇宙の輝きを帯びては、星の騎士が闇を駆けるっ。飛ばしてくる触手を両断し、おぞましく開いた蛇にも似た口を貫き、洪水の如く押し寄せる魔物を切り刻んでは血路を開く。
「うぐっ!ガアアァァーーーッ!」
飛ばされる針に装甲を貫かれ、戦艦の如き硬さを誇る魔物にバイザーを砕かれながらウィルフレッドは突き進む。人生で自分に愛と命をくれた、たった一人の元へとたどり着くために。
「おおぉ…エリーっ!」
最後の魔物を切り払い、彼はついにたどり着いた。今にもその命が消えそうなエリネの元へと。
「目を覚ましてくれエリーっ!助けにきたんだ、もう大丈夫なんだ、エリー…っ」
エリネは答えない。その小さな体は、今にもゾルドに吸収されそうに儚く、弱々しく感じられた。
「……エリー」
鋼鉄のごとき異形の掌で、ウィルフレッドは愛おしくエリネの頬を包んだ。
「エリー、君は俺のすべてだ。誰かを好きになる暖かな気持ちをくれたのも、この消えかかる冷たい体に命を注いでくれたのも、みんなエリーのおかげだ…っ。君がいなければ、俺はとっくの前に死んでいた。俺の命は君がくれたものなんだ…っ」
割れたバイザーの下にある異形の赤い目が淡く光っては血涙が流れる。ウィルフレッドは呼びかける。切実で、今にも泣きそうな震えた声で。
「愛している、エリー…。君を助けられるなら、例えこの命を君に返しても構わないっ!だからエリーっ、聞こえてるのなら、返事をしてくれ…っ」
「…聞こえて、ますよ、ずっと…」
「エリー…っ!」
エリネの目がゆっくりと開く。初めてウィルフレッドにその星空のような美しい瞳を見せた時のように。
「例え何も感じられなくなっても、ウィルさんの声だけはずっと聞こえてました…。だって…だってウィルさんの声は、まるで朝日みたいに温かくて素敵だもの。大好きなウィルさんの声があるから、私はどんな恐ろしいものの前でも踏ん張ることができたんだもの…っ」
キラリと星の雫のような涙が流れる。
「ウィルさん…私、大好きなウィルさんと一緒に世界を聞いて周りたい…っ。一緒に川の綺麗な音を聞いて、花の香りが一杯な草原で一緒に昼寝して、ウィルさんの好きな苺タルトを作ってあげて…時々喧嘩もするけど、最後はちゃんと仲直りにして…そうやってウィルさんと、ずっとずっと、一緒にいたいよぅ…っ」
冷えきっていく体に溢れる熱い願いが、エリネの声を震わせる。ボロボロと流れる涙を、ウィルフレッドの異形の指が拭った。
「ああ、君が願うなら、俺は今のようにいつでも、どこへでも君の傍にたどり着くから…っ。一緒に行こう、エリー!」
エリネと自分の願いを胸に、ウィルフレッドが吼えるっ。
「スティーナっ!ネイフェっ!力をっ!」
エリネの聖痕がが青き星々の光を放ち、ウィルフレッドのクリスタルが輝く!星の紋章がウィルフレッドと重なり、迸るマナとアスティルエネルギーが二人を包んでは、エリネに絡みつくゾルドの体組織を浄化した!
「ウィルさぁんっ!」
「エリーっ!」
解放されたエリネとウィルフレッドが抱き合う。再び確かめ合った互いへの想いとともに。
「ウィルさんっ!ウィルさぁん…っ!」
「もう大丈夫だ、エリー、もう大丈夫だ…っ」
亀裂だらけのウィルフレッドの鋼の体に抱きつく温かなエリネを、ウィルフレッドは愛おしく抱える。輝ける星の光とウィルフレッドのクリスタルの光が二人を包んでは、拘束されたまま激しく瘴気の暴風を撒き散らすゾルドから離れていく。
「ラナ、アイシャ、エリー…っ」
安心の声をあげるミーナが見届けるなか、三色の光に包まれた三人の巫女は勇者達とともに各々の三位一体の場へと降りていく。
「アイっ、体は大丈夫かっ?」
「ええ…、まだ、足にあまり力が入りませんけど、いけますよ…っ」
カイに腰を抱えられながら、アイシャは柔らかな微笑みを見せた。まるで何をすべきか既に理解しているかのように、彼とともに神弓を握る。右腕の月の聖痕が輝き出す。
「やりましょう、カイくん…っ」
「ああっ!二人で一緒に!」
「レンくん」
「はい?」
「これが終わったら遅刻のお仕置きだから、覚悟しなさい」
自分の場に着地し、虚脱してふらつく体をレクスに支えながらもいつもの不敵の笑みを見せるラナ。レクスもまたいつものにかりとした笑顔を返す。
「いいですとも。そん時はお手柔らかにお願いしますよ」
互いに笑顔を交わすと、手を重ねるよう聖剣の柄を強く握った。
「エリー、いけるなっ?」
「うんっ…、いけますよっ!私には、ウィルさんが支えてくれますから…っ!」
星の場の中で、ウィルフレッドの体に背中を任せるエリネ。彼女の声に迷いはなく、真っ直ぐで、力強かった。
「なら、終わらせようっ!ネイフェ!」
『ええ。ミーナっ』
「わかっておるネイフェ殿っ!みんな、いけるな!」
「いけますっ、先生っ!」「やってちょうだい!ミーナ殿!」
アイシャとレクス達が答えると、ミーナがサラのクリスタルに叫んだっ。
「サラ殿、力を―――」
突如に、ゾルドがハルフェンに漂う全てのマナが震えるほどの認識の絶叫を挙げた。
「「「きゃああぁぁっ!?」」」
「「「うおおぉぉっ!?」」」
エリネ達の場が揺らぎ、ウィルフレッド達のアスティル・クリスタルが荒れ狂う瘴気と認識の嵐を防ぐっ。封竜呪の結界を破り、己の危機を察したかのように暴れるゾルドは極彩色の光をその内から放たれると一本の首が槍にも似た形へと変異し、ミーナに向けて放たれるっ。
「なっ!」
ミーナが驚愕する。
「ミーナぁっ!」「先生!」
サラのアスティル・クリスタルが爆発的な光を放ち、ミーナの前に多数の玉を生成しては多重バリアを構築するっ。
だがゾルドの決死の一撃は瓦を割るかのごとく次々とバリアを砕いてはミーナの胸を狙うっ!
「ミーナ様ぁっ!」
エリネが叫ぶなか、ミーナ達の主観時間がドロリと沼のように遅くなっていく。ゾルドの槍が最後の一枚を貫き、死の切っ先が彼女の三歩前まで迫って―――
「―――闇錦幕!」
闇のカーテンが、飛び出る人影とともに槍を阻む。いとも容易くカーテンを突き破る槍だが、サラのバリアにより勢いを削がれ、槍は人影を貫くとそこで止まってしまった。
「なっ、あ…!」
ミーナ達が瞠目した。
「はは…やはり、ゾルド様由来の魔法で…ゾルド様の攻撃を防ぐのは、無理がありましたね…っ、がふっ!」
彼女の盾となったエリクは、腹を貫かれながら大きく喀血した。
「エリク…っ!」
「す、すみませんミーナ殿…、罪滅ぼしのつもりでは、ないですけど…私には、これしかできなくて…」
「お…大バカものぉっ!誰が我をかばえと頼んだっ!あんたはいつもそうだ!こっちの話も聞かずにっ!勝手に…っ!勝手に…っ!」
涙交じりの罵倒に、エリクはただ苦笑すると、場に触れて消滅していく槍とともに倒れる。
「エリクっ!」
「ぐぅ…っ!ミーナ殿っ、三位一体を…っ!」
まだ罵り足りないミーナが強く唇を噛み締め、涙を堪えては杖を掲げ、唱えたっ!
「星よっ!」
エリネとウィルフレッドがともに両手を掲げるっ。青き柱が星の場から異形の空へと駆け登り、星の紋章が輝くっ!
「月よっ!!」
アイシャとカイがともに神弓フェリアを掲げるっ。銀色の柱が月の場から異形の空へと駆け登り、月の紋章が輝くっ!
「太陽よっ!!!」
ラナとレクスがともに聖剣ヘリオスを掲げるっ。黄金の柱が太陽の場から異形の空へと駆け登り、太陽の紋章が輝くっ!
「天地万物に慈愛をもたらす女神達よ!その偉大なる名の下、我らを声とし、激情の坩堝に苛む母なる大地に、安寧もたらす鎮魂歌を謡わん!眠れよ、狂乱の神よ!」
ミーナから三色の光がラナ達へと駆け巡っては、ゾルドを囲む正三角、三位一体の陣が巫女達と勇者達に共鳴するかのように光った!
「サラ、キース、アオト!」
ウィルフレッドのクリスタルがアオト達のクリスタルとともにこの世ならざる神秘的な光を放ち、三位一体の輝きとともにゾルドを包み込んでは内なるメルセゲルの極彩色の光を抑えていくっ!
束縛を抜け出すよう激しく放たれるゾルドの力との衝突が、帝都の城下町全てを吹き飛ばしては広がっていくっ。人々は互いにかばい合い、結界を張りながら断末魔にも似た異形の神の最後のもがきを凌いでいく。力の暴威は周りのすべてを蹂躙した。
――嵐が弱まっていく。ゾルドが唸る。それは狂喜でも、絶叫でもなく、どこか徐々に安らいでいくかのような認識の声だった。歪められた外なる異形の体が崩れていき、光と化しては天へと登っていく。
「ゾルドが…」
「消えていく…」
アイシャとレクス達は見た。邪神を封印する三位一体の光とアスティル・クリスタルのエネルギーの奔流のなかで、城にも匹敵するゾルドの巨躯が段々と小さくなっていく。やがて最初に見た女性的なフォルムを最後に、安堵の溜息にも似た認識の声を挙げて。穏やかな光の彼方へと消えていった。
――――――
空を覆う雲の異形の模様が徐々に元の姿へと戻っていく。先ほどの激闘の嵐が遠雷のように遠くへと重く響くと、やがて静寂が訪れた。
「…やった、のかい?」
レクス達がボロボロになった体を立たせながら、改めて他の人達と周りを確認する。跡形もなく吹き飛ばされて半ば平原となった帝都の中央で、もはやゾルドの気配は微塵も感じられなかった。
「ネイフェ?」
ウィルフレッドが確認する。
『…。ゾルドの魔素は確認されません。三位一体の陣は無事成功しましたよ』
「やった…やったよアイっ!俺達やったんだぁっ!」
「きゃあっ!」
アイシャを抱き上げてははしゃぐカイに、彼女もまた喜びの声をあげた。
「ええ、ええっ、やりました…っ。私達、邪神を打ち倒すことができました…っ!」
「あははっ!やったねラナちゃ――あいたっ!」
レクスの肩を貸しているラナの拳が、軽く彼の頭に炸裂する。
「こらっ、今そういうのは禁止よ」
「そ、そうだったね。ごめんごめんラナ様、あまりにも嬉しくてつい」
ラナが実にだるそうなため息を吐いた。
「ああもう…体が凄くだるいわ…誰かさんが来るの遅かったせいでめっちゃ疲れた…この始末、どうしてくれるの?」
「なはは、こっちも必死だったからどうか許して、ね?お仕置きも甘んじて受けるからさ」
「そう、じゃあ今からお仕置きしても文句ないってことね」
「もちろんっ!でもどうかお手柔らかに――」
レクスの言葉を、重なるラナの唇が遮った。目を見開いたレクスはやがて口づけに応え、互いの体に手を添えては、今の温もりを享受していった。
「見たかバカエリク、ゾルドは無事封印されたぞ」
「そのよう…ですね…っ、いつつ!」
倒れたままミーナに治癒《セラディン》を掛けられているエリクが苦悶する。
「動くでないバカものっ。運よく急所は避けてはいるが、もう少し魔法かけるの遅かったら死ぬところだったんだぞっ。これ以上我に迷惑をかける出ないっ」
「ははは、仰る、通りで…自分は、昔から貴女に迷惑をかけてばかりでしたからね…」
「自覚あるのなら大人しくしろ。後で今までの分も含めてきっちりあんたがしでかしたことを清算するからな」
エリクの表情は神妙だった。
「…そう、ですね。それくらいの覚悟は、しています――っていた!」
サラのクリスタルがまるでミーナの代わりに文句を訴えるかのようにエリクの頭を叩いた。
「ふふ、感謝するサラ殿。エリクも彼女に礼を言うのだな。サラ殿の力がなければ、おぬしの傷をこうも完璧に処置することはできなかったぞ」
「そ、そうなの、ですか…?」
エリクが困惑そうに見るサラのクリスタルがどこか自慢そうに激しく点滅した。
「ウィルさん…」
「エリー…」
星の騎士ウィルフレッドとエリネは互いを見据えた。
「ウィルさん…っ!」
「エリーっ!」
傷だらけのウィルフレッドの鋼鉄の体に、エリネが抱きついた。泣きながら喜びに震えるその小さな体を鋼鉄の腕が優しく抱く。
「すまないエリー、遅くなって…怖くなかったか?」
「ううん…っ、だってウィルさん約束してたんですから…私がどこにいても、きっと助けに来るって…っ」
「エリー…」
互いに離れると、先ほどのようにウィルフレッドの鋼鉄の手がその涙をそっと拭っては、乱れた髪を愛おしく整いあげていく。暖かなこのひと時をただ感じたいかのように、エリネはただされるがままに立っては、触れてくる彼の手の感触を感じていった。
「ねえカイくん。このクリスタルって…」
「ああ、アイも知ってるんだろ。兄貴の記憶の中でみた、兄貴の親友のアオトさんだ」
二人の前でアオトのクリスタルが挨拶するように輝いた。
「アイを助けられたのもアオトさんのお陰だよ。兄貴に負けずにめっちゃ強かったぜ、なっ、アオトさんっ」
まるで照れてるように緩やかに光るアオトのクリスタル。
「まあ、ご謙遜なさって、ふふ。ありがとうございますアオト様、私たちを助けてくださって」
淡く輝いては神秘な音を発するアオトのクリスタルは、どこかとても嬉しそうだった。
「そう、やっぱりこれってキースさんのクリスタルだったのね」
レクスがラナに頷く。
「うん。理由は分からないけど、めっちゃ危なかったところで僕たちを助けてくれたんだ。ウィルくんの記憶で見た通り、とても頼りになる人だよ」
キースのクリスタルがラナに挨拶するように穏やかな音を発した。
「あら、ふふ、ありがとうキースさん。誰かさんとは違ってとても丁寧な方ね」
「え、誰かさんって誰のことなのラナ様?」
「さあ、誰の事でしょうかね?」
ラナとレクス達が笑い、キースのクリスタルもまた楽しそうに輝いた。
暫くウィルフレッドの手を感じていたエリネが、思い出したかのように彼のひび割れた鋼鉄の体に触れる。
「そういえばウィルさん、体の方は…っ?」
「ああ、ネイフェのお陰で今は大丈夫だ」
「え、ネイフェって…まさか、あの――」
『ウィルっ!』
切羽ったネイフェの警告とともに、全員が異変の方向へと顔を向いた。さきほどゾルドが消滅したところから激しい風が吹き荒れ、極彩色の光が爆発的に膨らんでいくっ。
「ちょっ!なんだぁ!?ゾルドの奴、まだくたばってないのかっ!?」
「違うわカイくん!あれは…っ」
極彩色の電光がバチバチと走り、光の中から大きな何かが浮かび上がった。
「ウィルさんっ!」
「メルセゲル…っ!」
さながら小さな恒星のようにまばゆい極彩色の光を放つメルセゲル。そのひび割れた表面には、タールにも似た暗黒の残滓が不気味に動いては悲鳴にも似た音をあげる。
「キケン、キケケケ…、チュウウウイイイイイ―――」
壊れた電子音がむなしく警告音を発する。劇的な嵐と電光を走らせ、異様に光が膨張していくメルセゲルが極めて危険な状態にあるのは一目瞭然だった。
「ネイフェっ!」
『メルセゲルにまだ狂ったゾルドの一部がこびりついていて、それがメルセゲルを暴走させていますっ。なんて力…っ!世界が丸ごと吹き飛ばされかねないほどに…っ、このまま臨界爆発したらっ!』
ウィルフレッドが一瞬にして動いた。
「ウィルさんっ!」
「兄貴っ!」
「ウィルっ!」
「ウオオォォ…っ!」
カイとミーナ達が呼びかける中、メルセゲルの嵐に焼かれてはその前に立ち、両手を広げてアスティル・クリスタルの力を走らせる。
「ウアッ!」
だが暴走するメルセゲルの出力は完全にウィルフレッドを上回り、極彩色のアスティルエネルギーに苛まれてはガクリと膝が崩れる。ラナ達が叫ぶ。
「ウィルくんっ!」
(ぐぅ…!だめだ!この状態では、エネルギーを相殺するなんて不可能だっ!だったらっ!)
「アオトっ!キースっ!サラっ!」
アオト達のクリスタルが応え、ウィルフレッドの元へと駆けるっ。
「きゃあっ!」「アオトさんっ!」
三つのクリスタルがウィルフレッドを囲む。
「アオトっ!サラっ!メルセゲルの演算回路に繋ぐよう手伝ってくれっ!キースっ!ゾルドの干渉を遮断するんだっ!」
三人のクリスタルがウィルフレッドのクリスタルと同調し、四色のアスティルエネルギーが暴走するメルセゲルの中へと流れ込むっ。ゾルドの残滓が苦悶するかのように蠢く。
「キケ、キケケケケン、エエネルギーリンカイテンオオオーバババー、アトアトサンジュウゥウゥビョオオオウ」
「ぐうぅぅ…っ!」
メルセゲルの暴走エネルギーにさらされ、体の亀裂がさらに広がるウィルフレッド。
「いやぁっ!ウィルさぁん!」
「待てエリーっ!」
「エリーちゃんっ!」
ウィルフレッドに駆け付けようとするエリネをカイやラナ達が制止する。
「! 繋がったっ!制御権掌握っ!」
メルセゲルに四色のエネルギーラインが激しくほとばしり、ゾルドの残滓がのたうち回る。
「アオトっ!メルセゲルのエネルギーを跳躍機能に回してくれっ!サラっ!跳躍座標を跳躍空間そのものに指定!」
アオトとサラのクリスタルが輝き、メルセゲルが壊れたスピーカーのように答えた。
「ガガガ…ジャ、ジャンプシークエエエンスコマンド、カカカクニン、クウカカカンレンゾクタイカンショオオオォォォ――――」
メルセゲルの光が収束し、それを中心に景色が歪め始める。次元位相のシフトが開始したのだ。エネルギーの爆風に吹かれながら叫ぶエリネ。
「ウィルさぁんっ!」
「だめですエリーちゃんっ!」
「く…っ、ウィルくんっ!」
アイシャやレクス達が思わずすくむ。歪んだ景色が一段と大きく膨張しては縮んでいき、空間そのものの震動が伝わってくる。
「うわああぁっ!」
最後の力を振り絞り、暴走するエネルギーのベクトルを制御するよう、ウィルフレッドはありったけの力をサラ達とともに注いだ。
「ウオオオォォォッ----!」
空間の歪みでさえも覆うメルセゲルとウィルフレッド達のクリスタルの光が、周りのすべてを包む。
「ジャジャジャジャンプ―――」
時間が停止したかのような錯覚の中で、すべての動きがストップし、全てが無音と化しては、極彩色の光が満ち溢れた。
******
何もない無色の世界の中。アオト達のクリスタルに囲まれたウィルフレッドは、ここで唯一色を帯びたメルセゲルと、それについているゾルドの残滓を見た。彼は異形の目を見開く。手の伸ばした先にあるメルセゲルから、ゾルドの思念にも似たものが認識として流れ込んでくるからだ。
(…もう、いい)
ウィルフレッドが声をかけた。それが意外にも、憐憫の気持ちがこもったものだった。
(もう終わったんだ。ここではあんたを狂気に駆り立てるものはなにもない。だから…もう眠れ)
まるで赤子に触れるような手つきで、軽くメルセゲルを押すと。距離感の失ったこの空間内でメルセゲルは段々と小さくなっていき、ウィルフレッドは反動で離れていく。
(どうか安らかに―――ガリア)
やがて相対的に小さくなっていくウィルフレッドも消え、メルセゲルだけがそこに揺蕩う。
―――ああ、ああ、そうだった。わらわの名は…
黒の残滓が震えるなか、メルセゲルが砕けた。空間のすべてにアスティルエネルギーが流れ、やがてそれさえも消えると、残るのは狂神の最後の思考だった。
喜びも、悲しみも、怒りも、夢も、何もかも存在しない静寂の空間。在るのは唯一、心に魅入られ、それに狂った己だけ。そして最後は狂喜までもが空間に消散し、安寧だけが満ちていく。
邪神ゾルド。人の業に狂った女神ガリアはハルフェンにあり得ざる異空間で消滅し、永遠の安息を得たのだった。
******
再び色を帯び、元の姿に戻ったウィルフレッドの前に、サラ、キース、そしてアオトのクリスタルが静かに光を放ちながら浮かんでいた。
「みんな…」
ウィルフレッドは言葉に詰まる。話したいことは一杯あった。勝手にクリスタルを手元に置いたことを謝りたかった。これまで経験した不思議なことを一杯語りたかった。他にも色々と伝えたいことが山ほどあるけど、彼はようやく、一番伝えたかったことを口にした。
「みんな、ありがとう…地球の時からずっと助けてくれて…、しかも今度はエリー達も助けてくれて…本当に…ありがとう…っ」
サラのクリスタルが彼の目の前に飛んでは、まるで叱るのような音を発しては激しく明滅する。
「あはは、分かってるさ…すまないサラ、勝手に君のクリスタルを隠しもって…けど、それでも助けてくれたサラは、やっぱり優しいな」
クリスタルがまた激しく光る。けどその光は、どこか照れにも似た輝きを含んでいるように感じられた。
ピシリと、サラのクリスタルにヒビが入る。悲しさは感じられない。ただただ彼女に対する感謝の気持ちだけが、ウィルフレッドの胸を暖かくする。
「もう、時間なんだな…最後にまたサラと話ができて、本当に嬉しかった…ありがとう」
サラのクリスタルがまるで鼻で笑ってるかのように小さな音を発した。最後に小さな黄色の輝きを発すると、キラキラと輝く星くずのように砕けていった。
「さよなら、サラ…」
キースのクリスタルが穏やかな音と共に彼の前へと出た。
「キース…ビリーの時は助けに来てくれて本当にありがとう。もう体も意識もボロボロのはずなのに…。やっぱり君は俺たちの頼れる兄さんだ。俺とアオトは、ずっとそう思ってるよ」
アオトのクリスタルも同意するかのように輝くと、キースのクリスタルが音と光を発する。いつも落ち着いた彼の顔が目に浮かぶような、とても穏やかなものだった。
ピシピシとキースのクリスタルがひび割れる。最後に数度明滅とともに鳴くと、サラのように砕けていった。さよならにも似た、とても安らかな音とともに。
「さよなら、キース…」
分かれを告げるように指で欠片に触れ、キースのクリスタルは跡形もなく消えていった。
「アオ、ト…」
目の前に浮かぶアオトのクリスタルを見て、こらえてた涙が思わず流れ出た。夢なき冷酷な世界で暖かな幻想の話を教え、ともに数多の戦いを乗り越えてきた、地球で唯一親友とも言えるアオト。いまこの瞬間でどんな言葉を口にしても陳腐になるぐらいの感情が胸を締め付ける。
「アオト、ギルのことは―――」
アオトのクリスタルが小さく鳴いた。
「やはり、知ってたんだな…」
暫くの、無言。
「…アオト。君が亡くなってから、俺はずっと君に言いたかったんだ。本当に助けられたのは、本当は俺の方だって…君こそが俺のツバメなんだって…」
アオトのクリスタルが恥ずかしそうな光とともに鳴いては、嬉しそうに微笑むウィルフレッド。
「そうか…君は、願いを叶えたんだな…。分かってるさ、カイとアイシャには、俺から礼を言っとくから」
アオトのクリスタルが割れていく。
「…アオト」
最後の、どこか切なそうにも、幸せの祈りを込めたような別れの音とともに、翠色の星屑が舞い散る。ウィルフレッドの涙もまた、彼らを送り出すようにキラキラと溢れた。
「さよなら、アオト、キース、サラ。君達に出会えて、本当に、本当に良かった…っ」
家族たちに別れの感謝を述べると、三色の光が柔らかく彼を包んでは、視界が真っ白に染めていった。
******
「あっ!みんなあそこっ!」
ウィルフレッドが姿を消えてまだ1分も足らずに、レクス達の前に再び激しい電光が走っては光が膨張し、そして収束していく。
「あぁ…ウィルくん…っ!」「ウィル…っ!」
アイシャとミーナ達が歓喜する。光が消えると、ウィルフレッドが逞しい背中を見せては佇んでいた。
「エリーっ!兄貴だよ!兄貴が戻ってきたんだっ!」
「ウィル、さん…っ」
先ほどまでに気が気でならなかったエリネの頬が涙で濡れる。ゆっくりと彼女に振り向くウィルフレッドもまた、穏やかな笑顔を見せては―――
体が砕けていった。
【第十九章 終わり 最終章に続く】
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる