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第十九章 狂神生誕
狂神生誕 第五節
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「サラあああぁぁぁーーーー!!!うああああぁぁぁーーーっ!!!」
地球のロドニー宅でサラを失ったあの夜。サラのためにひたすら鳴き続けたウィルフレッドは、やがて床で静かに黄色の輝きを湛えるサラのクリスタルを見た。
「うっ、ううぅ…サラ…」
震える手で持ち上げられるサラのクリスタルを、ウィルフレッドの涙が濡らしていく。その神秘的な輝きを見つめ、彼女と過ごした日々が走馬灯のように胸を去来する。
「…安心してくれサラ。君のことは、絶対にビリー達に渡さない…っ」
応えるはずもないサラの形見を強く握りしめると、ウィルフレッドの胸の結晶が青く輝いた。アルマ化した時の服のように、サラのクリスタルがその中へと収納されていく。
「サラ…どうか最後まで、一緒にいてくれ…っ!」
******
「なっ、なんなんだ…っ、なんなんだこれっ!?」
カイが目を引ん剝くほどに驚く。目の前に浮かぶ翠色のアスティル・クリスタルの光がアルマ形態のアオトを形作り、自分を包んでいることにっ。
「これっ、確かキースさんのアスティル・クリスタルだよね…っ!?」
「それがどうしてここに…っ!?」
同じように体が浮んでいるレクスやミーナも、いきなりの出来事に唖然としていた。
そして当然、これを誰よりも驚いてるのは、他でもないウィルフレッドだった。
「そんな…そんなっ、どうしてっ?」
その思考をネイフェの声が遮る。
『! みなさまっ!三位一体の陣をっ!』
彼女の呼びかけに全員が反射的に動いた。
「「「うおおぉぉぉーーーーっ!」」」
神器がアスティル・クリスタルとともに激しく輝いた。ネイフェの力を借りたウィルフレッドのアスティル・クリスタルもまた同じく輝いては、ミーナの詠唱により三位一体の正三角が眩しく光るっ。
「あぁ…っ!ジュリアス様っ!あれをっ!」
ルヴィア含め、狂神の狂喜に晒されて狂乱の瀬戸際にいた人々が見上げる。天にある世界の境界線へと登る極彩色の光を中心に、囲むように上る七色の光、四つの光柱をっ。
輝く三位一体の陣からゾルドを苛むように電光が走り、ゾルドが初めて認識の悶え声をあげた。荒れ狂う認識と感情の嵐が弱まり始め、世界の境界線が地鳴りをも起こす重々しい音とともに明滅するっ。
「ウオォォォォーーーっ!」
ウィルフレッドが注ぐアスティルエネルギーが主導し、四つのクリスタルの輝きが縛るようにゾルドの体に纏わり付く。ゾルドから天へと放たれる極彩色の光がついにかき消され、境界線の歪みが、地球の景色が重々しい音とともに消えていった。
「やっ、やったぁ!」
興奮して声を挙げるカイに、いつの間にか巨大な手の一本が振り下ろされる。ここに来てついにゾルドが反撃に出たのだ。
「うわぁっ!」
思わず傍へと跳躍したカイが予想だにせず飛んで攻撃を避け、ゾルドの手が彼がいた地面を大きく陥没させる。
「いけねぇっ!魔法陣がっ!」
「大丈夫だカイっ!」
同じように浮遊しているミーナが伝える。
「魔法陣の場はすでに構築されているっ。たとえ持ち場を離れても陣が消えることはないぞっ!」
彼女の言うとおり、砕かれた地面から依然として柔らかな月の光が翠色の輝きを帯びて登っていた。
「ほんとだ…って、ちょっと!俺達っていま飛んでるのかっ?」
カイだけでなく、彼のように浮遊しているレクスも、自分と重なるキースのアルマ姿、彼のクリスタルをいまだに信じられない顔を浮かべる。
「どうやらそうらしいけど、どういうことなのウィルくんっ?」
声をかけられた当のウィルフレッドは、他の誰よりも驚いていた。
「俺も分からない…っ、そもそもこんなの、ありえない…ありえないっ!アスティル・クリスタルが意志を持つように自分で動いて…っ!しかもアオト達の姿をしてっ!これじゃまるで…っ!」
ウィルフレッドが大きく震えた。アスティル・クリスタルのオーラが形作るアオト、サラ、そしてキースのアルマの姿が、自分の方に顔を向けて、頷いたのだ。バイザーの下にある異形の目がドクンと血涙を流す。
(本当に…、本当に君達なのかっ?サラ、キース、アオト…っ!君達の意識がアスティル・クリスタルに生き続けて、いまこうして俺たちを助けてくれてるのかっ?)
三つのクリスタルがウィルフレッドに応えるかのように鳴り響き、アオト達のアルマの姿がどこか微笑んでるかのように見えた。
さきほどまでただ狂笑していたゾルドが動く。ウィルフレッド達を、自分の身を脅かす敵と認識したかのように、全身から手や異形の口を開く触手を無数に伸びだしては攻撃をしかけるっ。
「うおっ!」
再びそれを避けようとするカイが凄まじいスピードで飛翔し、慣れない速度に戸惑う。
「うおぉっ、なんて力なんだこれっ!」
「カイ、落ち着けっ」
「兄貴っ」
同じように飛翔するウィルフレッドがレクチャーする。
「アスティルの力を無理に抗わず、同時に飲み込まれずにクリスタルに精神を集中するんだっ!」
「クリスタルに集中…っ」
カイが目を閉じ、集中する。自分を包むアオトのアルマ姿を形なす、その光の源である翠色のアスティル・クリスタルに。
(あ…っ)
カイの心に声が響く。
「アオトさん…アオトさんなのかっ?」
アオトのアルマ姿が嬉しそうに頷き、翠色のクリスタルが応えるかのように鳴り響いた。そして声とともにさらに記憶と感情がカイの心に流れてくる。
「これは…」
それは純粋な夢への憧れだった。誤って片思いの人を殺めた後悔の念だった。そして、とても温かく楽しい、ウィルフレッド達と過ごす日々の記憶と、彼を案じながら逝った時のやり切れない気持ちだった。
「アオトさん…」
その感情に共感しているかのように、カイが軽く自分の胸を掴む。
「アオトさんのことは知ってるよ。兄貴の記憶から見てたんだけど、あんたには一度礼を言いたかったんだ。兄貴から教えられたあんたの技術のお陰で、俺は人を守る力を身に付けられたんだから」
アオトのクリスタルが小さく鳴いた。
「あはは、恥ずかしがることないじゃんか。…なあ、アオトさん、いきなりあんたにお願いするのは恥ずかしいけど、いまあいつの中に、俺の大事な人たちが閉じ込められてるんだっ」
狂うゾルドを見て、神弓を強く握るカイ。
「悔しいけど、俺一人だけじゃとてもあいつに太刀打ちできないっ。だからアオトさん…っ、ラナ様やエリーを助けるためにも、何よりも大事な俺のアイシャを助けるためにもっ、どうかあんたの力を貸してくれっ。アイシャを助けてくれっ!」
アオトのアルマ姿が異形の口を大きく開いたっ。クリスタルがより一層輝き、オーラを纏ってはカイがアオトとともに飛翔するっ。まるで一羽のツバメのようにっ。
自分を狙うゾルドの一噛みを避けるレクスが驚嘆の声をあげる。
「うひゃあっ、本当に鳥みたいに飛んでるっ!君達はいつもこんな感じで敵と戦っていたのキースさんっ?」
自分を包むキースのアルマ姿、それを構築する光を放つ茶色のクリスタルが穏やかに鳴り響く。
「あははっ、本当に凄いよっ。こっちでは空飛ぶ手段なんてめっちゃ限られてるからさ」
キースのアルマ姿が笑ってるかのように口を開くと、クリスタルが再度鳴いては彼の記憶が感情とともにレクスの方へと流れていく。それは弟を殺めた罪悪感、自責への逃避に後悔、そして、新たに出来た家族であるウィルフレッドに救われたという、暖かな気持ちだった。
「…分かるよキースさん。家族とちゃんと話も出来ずに別れてしまうのは辛いよね…喧嘩したままってなると尚更だよ」
キースのクリスタルが寂しく鳴いた。
「だから今度こそ、キースさんの家族であるウィルくんを助けるために、どうか君の力を僕に貸してくれないかい?ゾルドの中には僕の大事な人もいて、早く助けないと僕ってまた彼女に引っ叩かれるからさっ!」
キースのアルマ姿が大笑いするように口を大きく開けては、クリスタルが力強く輝くっ。さきほどまで光が消えそうになっていた聖剣ヘリオスもまた黄金の輝きを取り戻し、レクスがキースとともに飛翔したっ。
「おぬし…サラ殿か?」
サラのアルマ姿と重なるミーナは、黄色のクリスタルから自分へと流れる意識を感じていた。サラのクリスタルがチカチカと鮮烈に光る。
「ははは、ウィルめの記憶で見た通り、なかなか豪快な方だなサラ殿は」
ウィルフレッドのことを突っ込むかのように激しく明滅すると、サラの記憶が、気持ちがミーナ流れ込んだ。それは自分勝手な父への、縄の結び目のように複雑に絡んだ愛しさと怒り、そしてそれを上回るほどの、ウィルフレッド達との楽しい毎日の記憶、彼を置き去りにした無念だった。
「お互い、身勝手な人に色々と苦労させられているな。サラ殿」
離れた場所に吹き飛ばされた気絶したままのエリクを一瞥して苦笑するミーナに、サラのクリスタルもまた苦笑めいた音を発した。
「サラ殿、丁度我にも気が済むまで殴りたい相手がおってな。おぬしの分までにはいかないが、我の鬱憤を発散するためにも、ここは一つ手伝ってはくれぬか。それにウィルのことも心配はしているのだろう?」
最後の言葉だけ否定するかのようにサラのクリスタルが激しく明滅すると、アルマ姿が大きく笑い、ミーナとともに駆けたっ。
『ウィルっ』
「ああ…っ」
バイザーの下に流れる血涙が止まり、ウィルフレッドはレクス達を、アオト達を見た。ネイフェの力を通して、彼はカイ達に声をかける。
「レクスっ、カイっ、ミーナっ!みんな大丈夫かっ?」
「うんっ、大丈夫だよ!キースさんがフォローしてくれてるからっ!」
「問題ないぜ兄貴っ!それに神器も凄く絶好調なんだっ!アオトさんのお陰かなっ?」
「サラ殿達のアスティルエネルギーとやらが何故か我らのマナと同調しているからだっ。だが細かいことは後だっ!みな良く聞けっ!」
暴れるゾルドから少し離れた地面に着地したミーナは杖を地面に刺し、ゾルドに向けて両手を構えていた。ゾルドの周りには、サラのアルマ形態が使っていた玉に似た光が飛びまわっている。
「すごいなこれは…ビットによるスキャン機能というのか?とにかくっ、サラ殿のお陰でわかったことがあるっ。ゾルドに取り込まれてはいるが、ラナ達はまだ生きておるぞっ!」
「ほんとなのミーナ殿っ!?」
「うむっ、生体反応とやらとか、マナの存在も感じられているっ。だがその位置はゾルドのあの巨大な体のせいで正確に掴められないっ。位置を把握するためにはまず外側を削らねばならんっ」
アオトのクリスタルが鳴き、カイが神弓を強く握りしめる。
「つまり、あいつを思いきって叩けばいいんだなっ?」
「そうだ、奴の肉体の外環を削げっ!スキャン範囲に届くまで削げば位置を掴められるとサラ殿は言っている。そうすれば後は彼女達をゾルドから引き離すだけだっ!」
「ネイフェっ」
『ミーナの、サラの言うとおりです。ゾルドの中からまだ辛うじてエリネ達のマナを感じられます。地球との境界線が閉じられ、三位一体の陣によりゾルドの力が抑えられてる今がチャンスです。彼女達を助け出し、三位一体の封印秘法を完全なものにすれば、再びゾルドは封印されましょうっ』
「分かった、カイ、ミーナ、レクスっ!」
「いつでもいけるよ兄貴っ!」
「ここはおぬしアサルトが指揮すべきとサラ殿が言っておるぞウィルっ」
「いこうウィルくんっ、ラナ様やアイシャ様を…エリーちゃんを助けるためにっ」
「ああ…っ」
ウィルフレッドはアオト達のアルマ姿を見た。かつて地球でいた時のようにキース達が力強く頷く。また流れそうな涙を抑えては、ウィルフレッドが叫んだ。
「みんな…サラ、キース、アオト…っ、行こうっ!一緒にっ!」
七つの光が狂神の領域を照らすように輝いては飛翔したっ。その中心で己達を敵と認識し、狂喜に駆られては攻撃を仕掛けてくるゾルドに向かって!
******
「うわああぁんっ!こわいよぅっ!」
「うええぇぇんっ!」
「みな落ち着くんだっ!…うぐぅ…!」
ガルシアの庭に避難した子供達が泣きじゃくる。彼らをなだめようとするガルシアやメイドもまた、引き裂かれそうな胸を押さえて悶えていた。そらの暗雲がいつの間にかこの世ならざる冒涜的な模様に変わり、狂神ゾルドが放つ狂喜の嵐はハルフェン全土へと広がっているからだ。
「うぅぅ…ガ、ガルシア様…っ」
「耐えよリーザっ、我々が倒れたら、誰が子供達を…っ、むっ、これは?」
ガルシア達が訝しむ。自分達を苛む嵐の勢いが弱まり、空の模様が再び赤みの帯びた暗雲へと戻ったからだ。
「…あっ!みんな見て!」
子供の一人が帝都の方を指差した。先ほどまで異質な極彩色を放ち続けていた山々の向こうは、今度は七色の美しい光が、低く腹に響く音とともに次々と明滅していた。どこか神々の戦いを連想させるほどの神々しい光景だった。
「また帝都の方向か。一体何が起こって――」
「…ツバメさんだ」
ツバメのメダルを強く握るノアが囁いた。リーザが心配そうに顔を覗く。
「ノアくんっ?」
「よくわかんないけど、あれはツバメさんだよっ。それにオオカミのお兄ちゃんだけじゃないっ」
「うんっ、僕も分かるっ!」
「きみたちっ?」
「わたしもっ!何故か知らないけど、分かるの」
「あそこにツバメさんが一杯いて、悪い邪神と精一杯戦っているんだっ!」
******
「うおおぉぉーーー!」
カイがアオトとともにツバメの如く飛翔し、流麗に次々と己を噛み砕こうとするゾルドの触手を避けながら神弓フェリアを打ち込むっ。破魔の矢が無数の花火を咲かせてはゾルドのおぞましい身体に穴を開けるが、そこからさらに触手じみた口と手が伸ばされるっ。
「くそっ、これじゃ埒があかねぇ…!」
さながら乱れる髪のような密度で飛来するゾルドの触手に追い詰められそうになるカイ。
(アイシャ…っ!)
ゾルドを見て、その中に囚われている思い人への気持ちが戦意を昂ぶらせる。高揚する感情がカイを駆り立て、半ば本能的にフェリアを天高く掲げては懇願して叫んだっ。
「アオトさぁーーーーんっ!!!」
アオトのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、翠色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがカイに流れ、神弓フェリアの神鋼グラーディアが応じて変形するっ!
カイの左手を包み、翠色のエネルギーラインが流れてはリムが翼のように展開するフェリアが、アオトのビームボウの姿と同調する!
「らああぁぁぁーーーーーっ!」
一羽のツバメのように飛翔するカイから、幾億もの月の輝きが闇を駆ける流星群ように放たれるっ!とめどない破魔の矢の連射が月にも似た無数の爆発とともにゾルドの触手を撃ち落し、本体の肉を削ぐっ。
「うぉぉ…!」
ツバメは三日月の軌跡を描くようにUターンし、
「うらうらああぁぁぁぁっ!!!!」
放たれた無数の矢がビームと化して恣意に触手の間を飛び、ゾルド本体に着弾していくっ。
ゾルドが喚いたっ。巨大な体が地鳴りを立てては、千年神樹よりも太い首が何本も生やされ、カイに急襲していく。
「うおぉっ!」
後退しながらアオトとともにフェリアの矢を連発する。だが竜一匹にも匹敵する巨大な質量は容易く止まらないっ。
「カイくんっ!たぁっ!」
キースのアルマ姿とともにレクスが横から痛烈な体当たりをかますっ。ゾルドの首が悲鳴の認識を撒き散らしながら揺らぐと、他の首が、触手が目標を変え、レクスめがけて一斉に襲い掛かった。
「キースさぁんっ!頼むよっ!」
キースのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、茶色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがレクスに流れ、聖剣ヘリオスの神鋼グラーディアが応じて変形っ!
聖剣の柄が長く伸び、太陽の光を束ねたかのような黄金の刃が剣先から闇を切り裂くように構築され、キースのハルバードと同調するっ!
「とおぉりゃああぁぁーーーーーっ!」
レクスが猛々しく吼えては切り込むっ!幾何的模様を描きながら、首と触手の間を飛び交っては閃光が走るっ!異形の首が、触手が認識の咆哮を挙げては細切れに切り刻まれて燃えていくっ!
「でぇいっ!」
勢いのままに聖剣ヘリオスをゾルド本体へと切りつけ、この世ならざる異形の体に白炎の焼かれ痕が刻まれる。狂喜にも絶叫にも似た認識が撒き散らされたっ。
「ヒュウ~~~!すごいねキースさんっ!インドア派の僕にこんなパワーファイトスタイルはきついけどっ!」
横から噛み付こうとする首を巧みに交わしては一回転して切り落とすっ。
「あははっ!仰るとおりでっ!戦いが終わったら考えておくよっ!」
ゾルドが咆哮をあげてはさらに体を揺らしたっ。その体から無数の飛行型魔物が放たれるっ。先ほどのただの影ではない。この世ならざる冒涜的な姿へと変異した狂神の眷属である。
「うわぉっ!やばっ!?」
「レクス様っ!」
ゾルドに一番近いレクスに魔物の群が触手らと連係して彼を囲む。カイが救助しようとするその時だった。
『GAOooooo!』
空を翔る大きな翠色の獅子が魔物の群を蹴散らすっ!
「ミーナ殿っ!」
「サラ殿っ!サポートをっ!」
サラのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、黄色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがミーナに流れ、彼女の全身にマナが溢れ、意識がアスティル・クリスタルと同調する!
「――銀牙狼!――七虹鳥!」
ゼロ時間差で放たれる銀色のオオカミが、七羽の異様な光彩を放つ鳥が、その体の中心となるサラの玉とともに飛翔するっ。異質に変異している精霊達の姿は、しかしどこか勇ましくもあり、黄色のアスティルエネルギーを纏っては獅子とともに魔物とゾルドの触手を迎撃するっ。
「すごいなこれはっ、演算装置というのかっ!?呪文が超高速で処理されて…っ!これならっ!」
ミーナが両手を掲げては呪文を唱えるっ。
「――光槌っ!――破魔っ!――星天光っ!」
アスティルバスター級の光炎のビームが、月の明かりと流星群とともに駆けるっ。異形の暗雲さえも眩く照らすほどの閃光が炸裂し、魔物が消し去れ、ゾルド本体さえも届いてはその巨躯を震撼させたっ。ザナエルの同時詠唱よりも超えた呪文斉射だっ。
「こんなこともできるとは…っ!この演算装置とやらがあれば研究もものすごく捗るだろうなっ!」
ミーナ達の攻撃でのた打ち回るゾルドの前に青の輝きが飛来するっ。
「ネイフェっ!」
魔人化したウィルフレッドのアスティル・クリスタルが輝き、ネイフェの癒しの力がその体を流れては包むっ。
「おおおぉぉっ!ガアァァァーーーーっ!」
輝ける二本の剣が翼を成す青きツバメが、魔物や触手を切り裂いてはゾルドの体に沿って駆け、深々と谷にも似た傷跡を抉っていくっ。
ゾルドが吼える。長大な首をウィルフレッドに向け、禍々しく変形しては瘴気にも似た異質なブレスを吐き出したっ。
「ミーナっ!カイっ!レクスっ!」
レクス達三人が、キース達含めた六人が同時に動いた。意識をアオト達と同調しているカイ達はまるで昔からウィルフレッドとずっとともに戦ってきたかのように連係するっ!
「―――月極壁っ!」
サラの玉が円状のバリアを形成し、ミーナの月極壁がそれに沿って展開されるっ。ゾルドのブレスが結界と衝突しては極彩色の光を放ちながら阻まれるっ。
「らあああぁっ!」
カイの叫びとともに神弓フェリアから月の矢がガトリングの如く打ち出され、
「「うおおぉぉーーーっ!」」
その後ろをレクスが先導してウィルフレッドが続くっ!
フェリアの月の矢が同じルミアナ由来の月極壁と同調するっ。結界を貫くと同時にそれをオーラのように纏っては、サラの玉とともに螺旋を描いてゾルドのブレスを散らしていくっ。
レクスの繰り出す聖剣ヘリオスがその巨大なアルマ姿とともにゾルドの巨躯へと打ち込まれ、強襲艦の衝角にも匹敵する衝撃がゾルドを襲うっ!
認識の絶叫とともに揺らぐゾルドに、レクスに続いていたウィルフレッドが双剣を交差させるっ。
「ガアァァッ!」
ゾルドに刻まれた青のアスティルエネルギーと茶色のアスティルエネルギーが、黒のキャンバスに撒かれた二色の蛍光水彩のように混ざり合っては、化学反応を起こすかのように連鎖して爆発する。城にも匹敵するゾルドの体が大きく削られていった!
「よっしゃあ!凄いよ兄貴っ!レクス様っ!」
「うむっ、良い連携だっ!」
「あははっ!僕よりもキースさんのお陰なんだけどねっ!」
滑空しては旋回し、歓声をあげるミーナ達を見るウィルフレッド。アオト達の姿がまるで自分に笑顔を向けるかのように頷くと。彼の胸に思わず熱が込み上がる。死別したはずの地球での家族と、ハルフェンで新たに出来た友人達。自分はいま、その双方とともに戦っていることに。
(アオト…サラ…キース…っ、ありがとう。最後の最後に、またこうして一緒に戦えて…やはり、ここは女神がおわす世界なんだな)
体を大きく削がれ、苦悶にも似た呻きをあげるゾルドだが、それでもまるでこの状況を楽しんでるかのように狂笑を続けた。傷だらけの身体はすぐにアメーバにも似た異様な蠢きとともに新たな手首と触手が生やされ、カイ達を砕けようと動きだす。
「くそっ!これだけやってもまだ動けるのかよっ!ミーナっ!アイシャ達の位置はまだ分かんないのかっ!?」
慌てて飛翔しては牽制射撃するカイっ。
「あともう少しだっ!後もう少し削れば…っ!」
「うおおぉっ!」
アスティルエネルギーを纏いながら光の矢の如く飛翔するウィルフレッドが、ゾルドを更に削るように突撃してはヒット&アウェイを繰り返すっ。単にアスティル・クリスタルの力場に包まれるだけのレクス達と違い、アルマ化した肉体をもつ彼こそできる技だ。
(エリー…、エリーっ!どこにいるんだっ!)
「アイシャっ!返事をしてくれ…っ!」
カイがまるで糸を通る針のように絡みつこうとする触手群を避け、放たれるフェリアの矢の閃光がゾルドの体を薙いでいくっ。
「ラナ様…!ぐっ!」
二重の口で噛みつこうとする巨大な飛行型魔物を貫き、レクスはさらに日輪の如く聖剣を頭上で振り回し、大きく振り下ろしては群がる魔物の雲を両断するっ。
「ミーナ殿っ!これ以上長引くと僕達も危ないよっ!」
「分かっておるっ!急かすでないっ!」
サラのクリスタルもまた怒鳴るように激しく明滅すると、杖を両手で掴んでは意識を集中するミーナと深く同調する。
「…どこだ、ラナ、アイシャ、エリー…、どこにおるっ…」
ゾルドの体にしがみついている精霊達から波紋が走る。ウィルフレッドから放たれる星屑の光が魔物を貫き、カイの神弓とレクスの聖剣が幾度もゾルドに切り込まれる。六色の明かりが異形の空の下でネオンのように輝き―――
「! 見つけたぞっ!」
ミーナが杖を掲げる時、既に呪文は詠唱し終えたっ。
「―――光雷ォっ!」
一秒にも満たさないうちに数度も詠唱された光雷がミーナの杖から放たれるっ。アスティルエネルギーを帯びたおびただしい数の光の雷が、光蛇の如くゾルドの体に絡まり、抉るように走るっ!冒涜的な体が悲鳴にも似た破砕音とともに崩れていくっ!
「! アイシャっ!」
「ラナ様っ!」
「…エリーっ!!!」
砕かれては撒き散らされる粉塵の向こうで、ゾルドの体で逆三角を形作るかのように、ゾルドの体に半分取り込まれたままのエリネ達の、愛する人たちの姿があった。
【続く】
地球のロドニー宅でサラを失ったあの夜。サラのためにひたすら鳴き続けたウィルフレッドは、やがて床で静かに黄色の輝きを湛えるサラのクリスタルを見た。
「うっ、ううぅ…サラ…」
震える手で持ち上げられるサラのクリスタルを、ウィルフレッドの涙が濡らしていく。その神秘的な輝きを見つめ、彼女と過ごした日々が走馬灯のように胸を去来する。
「…安心してくれサラ。君のことは、絶対にビリー達に渡さない…っ」
応えるはずもないサラの形見を強く握りしめると、ウィルフレッドの胸の結晶が青く輝いた。アルマ化した時の服のように、サラのクリスタルがその中へと収納されていく。
「サラ…どうか最後まで、一緒にいてくれ…っ!」
******
「なっ、なんなんだ…っ、なんなんだこれっ!?」
カイが目を引ん剝くほどに驚く。目の前に浮かぶ翠色のアスティル・クリスタルの光がアルマ形態のアオトを形作り、自分を包んでいることにっ。
「これっ、確かキースさんのアスティル・クリスタルだよね…っ!?」
「それがどうしてここに…っ!?」
同じように体が浮んでいるレクスやミーナも、いきなりの出来事に唖然としていた。
そして当然、これを誰よりも驚いてるのは、他でもないウィルフレッドだった。
「そんな…そんなっ、どうしてっ?」
その思考をネイフェの声が遮る。
『! みなさまっ!三位一体の陣をっ!』
彼女の呼びかけに全員が反射的に動いた。
「「「うおおぉぉぉーーーーっ!」」」
神器がアスティル・クリスタルとともに激しく輝いた。ネイフェの力を借りたウィルフレッドのアスティル・クリスタルもまた同じく輝いては、ミーナの詠唱により三位一体の正三角が眩しく光るっ。
「あぁ…っ!ジュリアス様っ!あれをっ!」
ルヴィア含め、狂神の狂喜に晒されて狂乱の瀬戸際にいた人々が見上げる。天にある世界の境界線へと登る極彩色の光を中心に、囲むように上る七色の光、四つの光柱をっ。
輝く三位一体の陣からゾルドを苛むように電光が走り、ゾルドが初めて認識の悶え声をあげた。荒れ狂う認識と感情の嵐が弱まり始め、世界の境界線が地鳴りをも起こす重々しい音とともに明滅するっ。
「ウオォォォォーーーっ!」
ウィルフレッドが注ぐアスティルエネルギーが主導し、四つのクリスタルの輝きが縛るようにゾルドの体に纏わり付く。ゾルドから天へと放たれる極彩色の光がついにかき消され、境界線の歪みが、地球の景色が重々しい音とともに消えていった。
「やっ、やったぁ!」
興奮して声を挙げるカイに、いつの間にか巨大な手の一本が振り下ろされる。ここに来てついにゾルドが反撃に出たのだ。
「うわぁっ!」
思わず傍へと跳躍したカイが予想だにせず飛んで攻撃を避け、ゾルドの手が彼がいた地面を大きく陥没させる。
「いけねぇっ!魔法陣がっ!」
「大丈夫だカイっ!」
同じように浮遊しているミーナが伝える。
「魔法陣の場はすでに構築されているっ。たとえ持ち場を離れても陣が消えることはないぞっ!」
彼女の言うとおり、砕かれた地面から依然として柔らかな月の光が翠色の輝きを帯びて登っていた。
「ほんとだ…って、ちょっと!俺達っていま飛んでるのかっ?」
カイだけでなく、彼のように浮遊しているレクスも、自分と重なるキースのアルマ姿、彼のクリスタルをいまだに信じられない顔を浮かべる。
「どうやらそうらしいけど、どういうことなのウィルくんっ?」
声をかけられた当のウィルフレッドは、他の誰よりも驚いていた。
「俺も分からない…っ、そもそもこんなの、ありえない…ありえないっ!アスティル・クリスタルが意志を持つように自分で動いて…っ!しかもアオト達の姿をしてっ!これじゃまるで…っ!」
ウィルフレッドが大きく震えた。アスティル・クリスタルのオーラが形作るアオト、サラ、そしてキースのアルマの姿が、自分の方に顔を向けて、頷いたのだ。バイザーの下にある異形の目がドクンと血涙を流す。
(本当に…、本当に君達なのかっ?サラ、キース、アオト…っ!君達の意識がアスティル・クリスタルに生き続けて、いまこうして俺たちを助けてくれてるのかっ?)
三つのクリスタルがウィルフレッドに応えるかのように鳴り響き、アオト達のアルマの姿がどこか微笑んでるかのように見えた。
さきほどまでただ狂笑していたゾルドが動く。ウィルフレッド達を、自分の身を脅かす敵と認識したかのように、全身から手や異形の口を開く触手を無数に伸びだしては攻撃をしかけるっ。
「うおっ!」
再びそれを避けようとするカイが凄まじいスピードで飛翔し、慣れない速度に戸惑う。
「うおぉっ、なんて力なんだこれっ!」
「カイ、落ち着けっ」
「兄貴っ」
同じように飛翔するウィルフレッドがレクチャーする。
「アスティルの力を無理に抗わず、同時に飲み込まれずにクリスタルに精神を集中するんだっ!」
「クリスタルに集中…っ」
カイが目を閉じ、集中する。自分を包むアオトのアルマ姿を形なす、その光の源である翠色のアスティル・クリスタルに。
(あ…っ)
カイの心に声が響く。
「アオトさん…アオトさんなのかっ?」
アオトのアルマ姿が嬉しそうに頷き、翠色のクリスタルが応えるかのように鳴り響いた。そして声とともにさらに記憶と感情がカイの心に流れてくる。
「これは…」
それは純粋な夢への憧れだった。誤って片思いの人を殺めた後悔の念だった。そして、とても温かく楽しい、ウィルフレッド達と過ごす日々の記憶と、彼を案じながら逝った時のやり切れない気持ちだった。
「アオトさん…」
その感情に共感しているかのように、カイが軽く自分の胸を掴む。
「アオトさんのことは知ってるよ。兄貴の記憶から見てたんだけど、あんたには一度礼を言いたかったんだ。兄貴から教えられたあんたの技術のお陰で、俺は人を守る力を身に付けられたんだから」
アオトのクリスタルが小さく鳴いた。
「あはは、恥ずかしがることないじゃんか。…なあ、アオトさん、いきなりあんたにお願いするのは恥ずかしいけど、いまあいつの中に、俺の大事な人たちが閉じ込められてるんだっ」
狂うゾルドを見て、神弓を強く握るカイ。
「悔しいけど、俺一人だけじゃとてもあいつに太刀打ちできないっ。だからアオトさん…っ、ラナ様やエリーを助けるためにも、何よりも大事な俺のアイシャを助けるためにもっ、どうかあんたの力を貸してくれっ。アイシャを助けてくれっ!」
アオトのアルマ姿が異形の口を大きく開いたっ。クリスタルがより一層輝き、オーラを纏ってはカイがアオトとともに飛翔するっ。まるで一羽のツバメのようにっ。
自分を狙うゾルドの一噛みを避けるレクスが驚嘆の声をあげる。
「うひゃあっ、本当に鳥みたいに飛んでるっ!君達はいつもこんな感じで敵と戦っていたのキースさんっ?」
自分を包むキースのアルマ姿、それを構築する光を放つ茶色のクリスタルが穏やかに鳴り響く。
「あははっ、本当に凄いよっ。こっちでは空飛ぶ手段なんてめっちゃ限られてるからさ」
キースのアルマ姿が笑ってるかのように口を開くと、クリスタルが再度鳴いては彼の記憶が感情とともにレクスの方へと流れていく。それは弟を殺めた罪悪感、自責への逃避に後悔、そして、新たに出来た家族であるウィルフレッドに救われたという、暖かな気持ちだった。
「…分かるよキースさん。家族とちゃんと話も出来ずに別れてしまうのは辛いよね…喧嘩したままってなると尚更だよ」
キースのクリスタルが寂しく鳴いた。
「だから今度こそ、キースさんの家族であるウィルくんを助けるために、どうか君の力を僕に貸してくれないかい?ゾルドの中には僕の大事な人もいて、早く助けないと僕ってまた彼女に引っ叩かれるからさっ!」
キースのアルマ姿が大笑いするように口を大きく開けては、クリスタルが力強く輝くっ。さきほどまで光が消えそうになっていた聖剣ヘリオスもまた黄金の輝きを取り戻し、レクスがキースとともに飛翔したっ。
「おぬし…サラ殿か?」
サラのアルマ姿と重なるミーナは、黄色のクリスタルから自分へと流れる意識を感じていた。サラのクリスタルがチカチカと鮮烈に光る。
「ははは、ウィルめの記憶で見た通り、なかなか豪快な方だなサラ殿は」
ウィルフレッドのことを突っ込むかのように激しく明滅すると、サラの記憶が、気持ちがミーナ流れ込んだ。それは自分勝手な父への、縄の結び目のように複雑に絡んだ愛しさと怒り、そしてそれを上回るほどの、ウィルフレッド達との楽しい毎日の記憶、彼を置き去りにした無念だった。
「お互い、身勝手な人に色々と苦労させられているな。サラ殿」
離れた場所に吹き飛ばされた気絶したままのエリクを一瞥して苦笑するミーナに、サラのクリスタルもまた苦笑めいた音を発した。
「サラ殿、丁度我にも気が済むまで殴りたい相手がおってな。おぬしの分までにはいかないが、我の鬱憤を発散するためにも、ここは一つ手伝ってはくれぬか。それにウィルのことも心配はしているのだろう?」
最後の言葉だけ否定するかのようにサラのクリスタルが激しく明滅すると、アルマ姿が大きく笑い、ミーナとともに駆けたっ。
『ウィルっ』
「ああ…っ」
バイザーの下に流れる血涙が止まり、ウィルフレッドはレクス達を、アオト達を見た。ネイフェの力を通して、彼はカイ達に声をかける。
「レクスっ、カイっ、ミーナっ!みんな大丈夫かっ?」
「うんっ、大丈夫だよ!キースさんがフォローしてくれてるからっ!」
「問題ないぜ兄貴っ!それに神器も凄く絶好調なんだっ!アオトさんのお陰かなっ?」
「サラ殿達のアスティルエネルギーとやらが何故か我らのマナと同調しているからだっ。だが細かいことは後だっ!みな良く聞けっ!」
暴れるゾルドから少し離れた地面に着地したミーナは杖を地面に刺し、ゾルドに向けて両手を構えていた。ゾルドの周りには、サラのアルマ形態が使っていた玉に似た光が飛びまわっている。
「すごいなこれは…ビットによるスキャン機能というのか?とにかくっ、サラ殿のお陰でわかったことがあるっ。ゾルドに取り込まれてはいるが、ラナ達はまだ生きておるぞっ!」
「ほんとなのミーナ殿っ!?」
「うむっ、生体反応とやらとか、マナの存在も感じられているっ。だがその位置はゾルドのあの巨大な体のせいで正確に掴められないっ。位置を把握するためにはまず外側を削らねばならんっ」
アオトのクリスタルが鳴き、カイが神弓を強く握りしめる。
「つまり、あいつを思いきって叩けばいいんだなっ?」
「そうだ、奴の肉体の外環を削げっ!スキャン範囲に届くまで削げば位置を掴められるとサラ殿は言っている。そうすれば後は彼女達をゾルドから引き離すだけだっ!」
「ネイフェっ」
『ミーナの、サラの言うとおりです。ゾルドの中からまだ辛うじてエリネ達のマナを感じられます。地球との境界線が閉じられ、三位一体の陣によりゾルドの力が抑えられてる今がチャンスです。彼女達を助け出し、三位一体の封印秘法を完全なものにすれば、再びゾルドは封印されましょうっ』
「分かった、カイ、ミーナ、レクスっ!」
「いつでもいけるよ兄貴っ!」
「ここはおぬしアサルトが指揮すべきとサラ殿が言っておるぞウィルっ」
「いこうウィルくんっ、ラナ様やアイシャ様を…エリーちゃんを助けるためにっ」
「ああ…っ」
ウィルフレッドはアオト達のアルマ姿を見た。かつて地球でいた時のようにキース達が力強く頷く。また流れそうな涙を抑えては、ウィルフレッドが叫んだ。
「みんな…サラ、キース、アオト…っ、行こうっ!一緒にっ!」
七つの光が狂神の領域を照らすように輝いては飛翔したっ。その中心で己達を敵と認識し、狂喜に駆られては攻撃を仕掛けてくるゾルドに向かって!
******
「うわああぁんっ!こわいよぅっ!」
「うええぇぇんっ!」
「みな落ち着くんだっ!…うぐぅ…!」
ガルシアの庭に避難した子供達が泣きじゃくる。彼らをなだめようとするガルシアやメイドもまた、引き裂かれそうな胸を押さえて悶えていた。そらの暗雲がいつの間にかこの世ならざる冒涜的な模様に変わり、狂神ゾルドが放つ狂喜の嵐はハルフェン全土へと広がっているからだ。
「うぅぅ…ガ、ガルシア様…っ」
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ガルシア達が訝しむ。自分達を苛む嵐の勢いが弱まり、空の模様が再び赤みの帯びた暗雲へと戻ったからだ。
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「あそこにツバメさんが一杯いて、悪い邪神と精一杯戦っているんだっ!」
******
「うおおぉぉーーー!」
カイがアオトとともにツバメの如く飛翔し、流麗に次々と己を噛み砕こうとするゾルドの触手を避けながら神弓フェリアを打ち込むっ。破魔の矢が無数の花火を咲かせてはゾルドのおぞましい身体に穴を開けるが、そこからさらに触手じみた口と手が伸ばされるっ。
「くそっ、これじゃ埒があかねぇ…!」
さながら乱れる髪のような密度で飛来するゾルドの触手に追い詰められそうになるカイ。
(アイシャ…っ!)
ゾルドを見て、その中に囚われている思い人への気持ちが戦意を昂ぶらせる。高揚する感情がカイを駆り立て、半ば本能的にフェリアを天高く掲げては懇願して叫んだっ。
「アオトさぁーーーーんっ!!!」
アオトのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、翠色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがカイに流れ、神弓フェリアの神鋼グラーディアが応じて変形するっ!
カイの左手を包み、翠色のエネルギーラインが流れてはリムが翼のように展開するフェリアが、アオトのビームボウの姿と同調する!
「らああぁぁぁーーーーーっ!」
一羽のツバメのように飛翔するカイから、幾億もの月の輝きが闇を駆ける流星群ように放たれるっ!とめどない破魔の矢の連射が月にも似た無数の爆発とともにゾルドの触手を撃ち落し、本体の肉を削ぐっ。
「うぉぉ…!」
ツバメは三日月の軌跡を描くようにUターンし、
「うらうらああぁぁぁぁっ!!!!」
放たれた無数の矢がビームと化して恣意に触手の間を飛び、ゾルド本体に着弾していくっ。
ゾルドが喚いたっ。巨大な体が地鳴りを立てては、千年神樹よりも太い首が何本も生やされ、カイに急襲していく。
「うおぉっ!」
後退しながらアオトとともにフェリアの矢を連発する。だが竜一匹にも匹敵する巨大な質量は容易く止まらないっ。
「カイくんっ!たぁっ!」
キースのアルマ姿とともにレクスが横から痛烈な体当たりをかますっ。ゾルドの首が悲鳴の認識を撒き散らしながら揺らぐと、他の首が、触手が目標を変え、レクスめがけて一斉に襲い掛かった。
「キースさぁんっ!頼むよっ!」
キースのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、茶色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがレクスに流れ、聖剣ヘリオスの神鋼グラーディアが応じて変形っ!
聖剣の柄が長く伸び、太陽の光を束ねたかのような黄金の刃が剣先から闇を切り裂くように構築され、キースのハルバードと同調するっ!
「とおぉりゃああぁぁーーーーーっ!」
レクスが猛々しく吼えては切り込むっ!幾何的模様を描きながら、首と触手の間を飛び交っては閃光が走るっ!異形の首が、触手が認識の咆哮を挙げては細切れに切り刻まれて燃えていくっ!
「でぇいっ!」
勢いのままに聖剣ヘリオスをゾルド本体へと切りつけ、この世ならざる異形の体に白炎の焼かれ痕が刻まれる。狂喜にも絶叫にも似た認識が撒き散らされたっ。
「ヒュウ~~~!すごいねキースさんっ!インドア派の僕にこんなパワーファイトスタイルはきついけどっ!」
横から噛み付こうとする首を巧みに交わしては一回転して切り落とすっ。
「あははっ!仰るとおりでっ!戦いが終わったら考えておくよっ!」
ゾルドが咆哮をあげてはさらに体を揺らしたっ。その体から無数の飛行型魔物が放たれるっ。先ほどのただの影ではない。この世ならざる冒涜的な姿へと変異した狂神の眷属である。
「うわぉっ!やばっ!?」
「レクス様っ!」
ゾルドに一番近いレクスに魔物の群が触手らと連係して彼を囲む。カイが救助しようとするその時だった。
『GAOooooo!』
空を翔る大きな翠色の獅子が魔物の群を蹴散らすっ!
「ミーナ殿っ!」
「サラ殿っ!サポートをっ!」
サラのアルマ姿が異形の口で雄々しく吼え、黄色のアスティル・クリスタルが応えたっ!
膨大なアスティルエネルギーがミーナに流れ、彼女の全身にマナが溢れ、意識がアスティル・クリスタルと同調する!
「――銀牙狼!――七虹鳥!」
ゼロ時間差で放たれる銀色のオオカミが、七羽の異様な光彩を放つ鳥が、その体の中心となるサラの玉とともに飛翔するっ。異質に変異している精霊達の姿は、しかしどこか勇ましくもあり、黄色のアスティルエネルギーを纏っては獅子とともに魔物とゾルドの触手を迎撃するっ。
「すごいなこれはっ、演算装置というのかっ!?呪文が超高速で処理されて…っ!これならっ!」
ミーナが両手を掲げては呪文を唱えるっ。
「――光槌っ!――破魔っ!――星天光っ!」
アスティルバスター級の光炎のビームが、月の明かりと流星群とともに駆けるっ。異形の暗雲さえも眩く照らすほどの閃光が炸裂し、魔物が消し去れ、ゾルド本体さえも届いてはその巨躯を震撼させたっ。ザナエルの同時詠唱よりも超えた呪文斉射だっ。
「こんなこともできるとは…っ!この演算装置とやらがあれば研究もものすごく捗るだろうなっ!」
ミーナ達の攻撃でのた打ち回るゾルドの前に青の輝きが飛来するっ。
「ネイフェっ!」
魔人化したウィルフレッドのアスティル・クリスタルが輝き、ネイフェの癒しの力がその体を流れては包むっ。
「おおおぉぉっ!ガアァァァーーーーっ!」
輝ける二本の剣が翼を成す青きツバメが、魔物や触手を切り裂いてはゾルドの体に沿って駆け、深々と谷にも似た傷跡を抉っていくっ。
ゾルドが吼える。長大な首をウィルフレッドに向け、禍々しく変形しては瘴気にも似た異質なブレスを吐き出したっ。
「ミーナっ!カイっ!レクスっ!」
レクス達三人が、キース達含めた六人が同時に動いた。意識をアオト達と同調しているカイ達はまるで昔からウィルフレッドとずっとともに戦ってきたかのように連係するっ!
「―――月極壁っ!」
サラの玉が円状のバリアを形成し、ミーナの月極壁がそれに沿って展開されるっ。ゾルドのブレスが結界と衝突しては極彩色の光を放ちながら阻まれるっ。
「らあああぁっ!」
カイの叫びとともに神弓フェリアから月の矢がガトリングの如く打ち出され、
「「うおおぉぉーーーっ!」」
その後ろをレクスが先導してウィルフレッドが続くっ!
フェリアの月の矢が同じルミアナ由来の月極壁と同調するっ。結界を貫くと同時にそれをオーラのように纏っては、サラの玉とともに螺旋を描いてゾルドのブレスを散らしていくっ。
レクスの繰り出す聖剣ヘリオスがその巨大なアルマ姿とともにゾルドの巨躯へと打ち込まれ、強襲艦の衝角にも匹敵する衝撃がゾルドを襲うっ!
認識の絶叫とともに揺らぐゾルドに、レクスに続いていたウィルフレッドが双剣を交差させるっ。
「ガアァァッ!」
ゾルドに刻まれた青のアスティルエネルギーと茶色のアスティルエネルギーが、黒のキャンバスに撒かれた二色の蛍光水彩のように混ざり合っては、化学反応を起こすかのように連鎖して爆発する。城にも匹敵するゾルドの体が大きく削られていった!
「よっしゃあ!凄いよ兄貴っ!レクス様っ!」
「うむっ、良い連携だっ!」
「あははっ!僕よりもキースさんのお陰なんだけどねっ!」
滑空しては旋回し、歓声をあげるミーナ達を見るウィルフレッド。アオト達の姿がまるで自分に笑顔を向けるかのように頷くと。彼の胸に思わず熱が込み上がる。死別したはずの地球での家族と、ハルフェンで新たに出来た友人達。自分はいま、その双方とともに戦っていることに。
(アオト…サラ…キース…っ、ありがとう。最後の最後に、またこうして一緒に戦えて…やはり、ここは女神がおわす世界なんだな)
体を大きく削がれ、苦悶にも似た呻きをあげるゾルドだが、それでもまるでこの状況を楽しんでるかのように狂笑を続けた。傷だらけの身体はすぐにアメーバにも似た異様な蠢きとともに新たな手首と触手が生やされ、カイ達を砕けようと動きだす。
「くそっ!これだけやってもまだ動けるのかよっ!ミーナっ!アイシャ達の位置はまだ分かんないのかっ!?」
慌てて飛翔しては牽制射撃するカイっ。
「あともう少しだっ!後もう少し削れば…っ!」
「うおおぉっ!」
アスティルエネルギーを纏いながら光の矢の如く飛翔するウィルフレッドが、ゾルドを更に削るように突撃してはヒット&アウェイを繰り返すっ。単にアスティル・クリスタルの力場に包まれるだけのレクス達と違い、アルマ化した肉体をもつ彼こそできる技だ。
(エリー…、エリーっ!どこにいるんだっ!)
「アイシャっ!返事をしてくれ…っ!」
カイがまるで糸を通る針のように絡みつこうとする触手群を避け、放たれるフェリアの矢の閃光がゾルドの体を薙いでいくっ。
「ラナ様…!ぐっ!」
二重の口で噛みつこうとする巨大な飛行型魔物を貫き、レクスはさらに日輪の如く聖剣を頭上で振り回し、大きく振り下ろしては群がる魔物の雲を両断するっ。
「ミーナ殿っ!これ以上長引くと僕達も危ないよっ!」
「分かっておるっ!急かすでないっ!」
サラのクリスタルもまた怒鳴るように激しく明滅すると、杖を両手で掴んでは意識を集中するミーナと深く同調する。
「…どこだ、ラナ、アイシャ、エリー…、どこにおるっ…」
ゾルドの体にしがみついている精霊達から波紋が走る。ウィルフレッドから放たれる星屑の光が魔物を貫き、カイの神弓とレクスの聖剣が幾度もゾルドに切り込まれる。六色の明かりが異形の空の下でネオンのように輝き―――
「! 見つけたぞっ!」
ミーナが杖を掲げる時、既に呪文は詠唱し終えたっ。
「―――光雷ォっ!」
一秒にも満たさないうちに数度も詠唱された光雷がミーナの杖から放たれるっ。アスティルエネルギーを帯びたおびただしい数の光の雷が、光蛇の如くゾルドの体に絡まり、抉るように走るっ!冒涜的な体が悲鳴にも似た破砕音とともに崩れていくっ!
「! アイシャっ!」
「ラナ様っ!」
「…エリーっ!!!」
砕かれては撒き散らされる粉塵の向こうで、ゾルドの体で逆三角を形作るかのように、ゾルドの体に半分取り込まれたままのエリネ達の、愛する人たちの姿があった。
【続く】
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