上 下
198 / 207
第十九章 狂神生誕

狂神生誕 第二節

しおりを挟む
帝都の外周では、三国の人々がいまだに教団兵相手に戦いを繰り広げていた。逆三角ネガ・トリニティがなくなり、ウィルフレッドの一撃により大半の兵力が失われ、女神の三神器の輝きが再び人々を奮い立たせたが、マナの消耗と物理的な疲労ばかりはどうしようもなく、いまだに外から攻めてくる教団の増援と、邪神の揺りかごから発する瘴気は、戦う騎士や兵士達に再び重い枷をかけてくる。

「シャッ」
「おおおおっ!」
ザレが放つ毒針をルドヴィグが弾く。
「たあっ!」
踏み込んでくるシスティの一撃をザレは巧みに二つの短剣でいなし、鋭い蹴りがシスティを捉える。

「ぐうっ!」
咄嗟に腕で防いだシスティが軽く吹き飛ばされ、ルドヴィグがとっさに受け止める。
「システィ殿、大丈夫かっ?」
「は、はい、かたじけないです…っ」

ルドヴィグはシスティを観察した、ザレと交戦していら、その身体は負傷が増えるばかりで、息も相当あがっている。彼女だけではない、周りで戦闘を続けている兵士や騎士達も既に満身創痍で、既にマナが切れて後退を余儀なくされた魔法使いも少なくない。
(さすがにこれ以上戦いが長引いては…っ)

ルドヴィグが逡巡するなか、ザレもまたチラリと、先ほどウィルフレッドとギルバートが飛び去った方向を一瞥する。
(…魔人)

睨み合いながら互いにおもうところのあるルドヴィクとザレの思考を、邪神の揺りかごから響くおぞましい咆哮が遮った。近くにいる騎士や兵士達が、システィが思わず暗黒のドームの方を向いて身構える。
「なっ、なにっ?まさか邪神が…っ」

ルドヴィグが冷静に観察する。咆哮はすぐに止んだが、揺りかごから只ならぬ邪気が発散してくる。
「…いや、どうやら違うみたいだ」
揺りかご自体に大きな変化はないからだ。
(けどこの重く圧し掛かる邪気…中にいったいなにが。アイ、カイ、無事でいてくれ…っ)
(エリー様…っ)


******


「「「ウルオオォォォーーーーー!!!」」」
その巨躯を立ち上がらせた邪神竜の三頭が身も凍えるおぞましき咆哮を挙げては、左右の頭がブレスを吐いたっ。蒼白の邪気と黒の瘴気を纏った炎が、苦悶する死霊を混じりながらレクス達に襲い掛かるっ。

「散って!」
レクスら三人それぞれ異なる方向へと駆け出してブレスを避けては、カイがすかさず神弓フェリアを構えるっ。
「こいつっ!」

神秘な月の輝きが形成す矢が連続で放たれ、邪神竜の巨躯へと命中した。月の破魔の力が竜の身体に融合した死霊を焼き、邪神の邪気を消滅させてはその体を削るよう大きく爆発する。邪神竜は悶えるよう唸ったが、傷口は湧き出る蒼白の死霊達により瞬く間に塞がっていった。

「なっ、再生しやがったっ!?」
精霊魔法で呼び出した銀のオオカミに跨るミーナが警告する。
「あやつは屍竜ドラゴンゾンビの特性を持っておるっ!しかもレギオンレイスによってその特性が強化されて、生半可な攻撃ではすぐに再生してしまうぞっ!」
「くそっ!これじゃまるで変異体ミュータンテスみたいじゃないかっ!」

「ヴオオォォッ!」
蒼白の死霊が形なす左首がレクスに向けて口を大きく開いては飲み込もうとする。
「うおっとぉ!」
間一髪で大きく跳んで噛み付きを避け、空中で一回転しながらレクスは黄金の聖剣をその首に切りつけるっ。

「ウギャオアアァッ!」
太陽に焼かれたような傷跡が深々と死霊の首に切りつけられる、だがやはり湧き出る死霊がそれを塞いでいく。
「んもうっ!こういうインチキは変異体ミュータンテスだけにして欲しいなっ!」

着地したレクスを邪神竜の鋭い爪が引き裂こうとし、彼は慌ててバックステップしてこれを避ける。
「うわおっ!」
ネイフェの加護により身体能力が強化されていなかったら、間違いなく直撃を受けることだった。

「一本の首だけでも苦労するのに、首が三本にもなると苦労が三倍にもなってやりづらいねっ!」
「ンははははっ!あまりドラゴンに気を取られるのは得策ではありませんぞっ!」
真ん中の頭にあるザナエルが嗤うっ。

「――黒炎喰ネクリフィム!」
竜のブレスにも匹敵する暗黒の火炎が放たれ、再び攻勢に転じようとするレクスはまた回避を余儀なくされる。

「うわぁっ!」
炎に焼かれた瓦礫がドロドロと黒いタールへと溶けて行く。
「ちょっとちょっと!反則でしょ魔法も一緒に撃ってくるなんて―――」
「―――黒雷噛ネクリファス!」
「はやっ!?」
すかさず放たれる二発目の黒の雷を、レクスは慌ててヘリオスを掲げてそれを防ぐっ。黒と黄金の衝突が眩しい火花を散らすっ。

「あちっ!あちちっ!」
バチバチと雷の余波がレクスの体を焼き、意識が朦朧としていたラナが呟く。
「…レン…くん…っ」

「ちょっ、呪文を二連発できる魔法使いなんて聞いたこともないけどっ!?」
「おのれっ、なめるでないぞザナエルっ!――森霊獅レオーネル!」
オオカミで駆け回っていたミーナが精霊の獅子を召喚するっ。翠の獅子は雄叫びをあげ、振り下ろしてくる邪神竜の爪を避けてはとびかかる。

「他愛ないっ、――黒炎喰ネクリフィム!」
「ギャオォォッ!」
ザナエルの手から放たれる黒炎が獅子を焼き尽くし、爆砕しては緑色のマナが飛散する。しかしミーナはすでに次の動きに入っていた。

「凍える永久凍土の息吹よ、集いで罪深き囚人を冬の静寂で包めよ!――氷冽波クリュアソル!」
巨大な冷気の塊をミーナはザナエル目掛けて解き放つ。
「――闇錦幕ネクリヴェール!」
ザナエルが連続して二つ目の魔法を放ち、闇のカーテンが冷気を飲み込むっ。

「其の輝きは闇を引き裂く大蛇、其の轟きは大気を震わす古竜の咆哮!撃ち砕け!――光雷ヘリオネイト!」
闇のガーテンが消えた瞬間、すかさずミーナが二発目の呪文を唱え終えた。光の蛇ごとき雷が、連続呪文を終えたばかりのザナエルに命中するっ。絡みつく光蛇がザナエルを苛み、その暗黒のローブを焼いては、死体人形の体が露わになる。
「ぬぅっ!」

「当たったっ!さっすがミーナ殿っ!」
「ふんっ、簡略旋律による連続呪文ぐらい、我に造作もない――」
「んハハハハっ!――黒雷噛ネクリファス!」
ザナエルが放つ黒い雷が、その体を焼く魔法の雷を喰らい、相殺した。
「なっ!三連射だとっ!?」

「さすが当代封印管理者、ビブリオン族のミーナ殿っ、見事な呪文の冴えだっ!敵対した立場にいなければ、ぜひ互いに魔法を切磋琢磨したいところだっ!」
瞠目したミーナは、継ぎ接ぎの醜悪な体をさらけ出したザナエルを観察してようやく理解した。
「そうだったのか…ザナエルっ、おぬし、術師の口を己の体に…っ!」

左肩に縫い付けられ、パクパクとしている口に手を添えるザナエル。
「いかにもっ!屍魂転生ネクロ・マリオネットの応用で、我はこうして同時に複数の呪文を唱えることができるのだっ!ンくくくくっ、この方もまた実に素晴らしい心の持ち主であったぞ!」

竜の三頭にブレスを吐き続けながらザナエルが語る。
「彼には一人の親友がいた。幼い頃から仲の良かった二人はいつしか道を違え、親友は強盗の罪を問われた。だが男は逃亡していた親友を庇って騎士に討たれ、死んでいった。なんと美しい友情かっ!我は良心の呵責に苦しむその親友に告げたのだ。そなたが罪人になったからこそ、男は二人の友情をより輝かせたのだとっ!ゾルド様の下で、女神達が許さぬその罪は免除され、二人の友情は永遠になるとっ!忠実なる信者となったその親友はやがてその身をゾルド様に捧げ、そしてご覧のように…」

左肩を愛おしく撫でるザナエル。
「その親友は我の左肩と化し、男の唇とともに永遠に互いを支え合い、その尊い友情を今でも輝かせているのだっ!」

「てめぇっ!どこまで腐ってやがるんだぁっ!」
カイが放つフェリアの矢を、もう一つのドクロの首が盾となって受け止めては炸裂し、やはりタールのように死霊が湧き出ては復原していく。

「んハハハハッ!その激しい気性!やはり往年のダリウスに似ているなぁっ!ルミアナの勇者よっ!だが無駄だっ!すぐそこにいるゾルド様が復活目前のいま、我は千年前のように直々にその加護を受け、魔力マナは無限に等しいっ!このようにっ!」

ザナエルが邪神の卵を背に大きく両手を広げるっ。赤黒の後光を背負いながら、彼の魔力が可視化するほど高まっていく。まるで邪神がじかに彼を祝福するかのように。
「「冥府で流るる黒き溶岩よ、怒涛に猛り爆ぜては生ある物を全て溶かし、飲み込め――爆闇砕ネクリドーカ!」」

詠唱が重なり、煮えたぎる二つの瘴気の塊が交差するザナエルの両手から放たれるっ。
「うおっ!」
「ぐぅっ!」
沸騰する瘴気の爆発が瓦礫を散らし、カイとミーナ達は爆発から逃れるよう必死に走り回るっ。

「――爆闇砕ネクリドーカ爆闇砕ネクリドーカ!ンははははははぁっ!」
複数詠唱と絶大な魔力により絶え間なく放たれる闇の爆撃。祭壇一体がとめどない爆発の嵐が巻き起こされ、三人はただひたすら逃げ回ることしか出来ないっ。

「畜生っ!どうすりゃいんだよこれっ!?」
アイシャとエリネが小さく囁く。
「カ、カイくん…っ」
「お兄ちゃん…っ」

オオカミを駆けてまわるミーナが顔をしかめる。
「ぐぅっ!この詠唱速度に魔力量、まさに無尽蔵…っ」
荒れ狂う爆撃を避け続けながら、ミーナが精霊念話で呼びかける。
(レクスっ!カイっ!このままでは拉致があかんぞっ!)
(分かってるよミーナ殿っ。でももしあの屍竜ドラゴンゾンビがメルベの採掘場で会った奴と同じ原理で動いているのならば…、カイくんっ)
(ああっ!)

「おらおらああぁぁっ!」
爆撃に耐えながら、カイが攻勢に転じるっ。矢の威力を落として連発される月の矢が、バババンと中央の頭に小さな連鎖爆発を起こす。
「ぬぅっ」
「――あまねく大地と海を見下ろす風の鳥たちよっ、虹に乗って飛翔せよっ。七虹鳥アンターイル!」
ミーナの杖から七匹の異なる色を堪えた鳥たちが鮮やかな軌跡を描きながらザナエルの周りを飛び交う。
「ほうっ、目くらましかっ!」

カイの矢の爆風が砂塵を巻き上げ、闇の空間を彩る鳥たちが邪神竜の周りで付き纏う。その隙にレクスが邪神竜の元へと駆けつけ、高く跳んではその首元を聖剣ヘリオスで切りつけたっ。
「たあっ!」
だが邪神竜はとっさに身をひねり、聖剣の刃は首元をかするだけしか出来なかった。
「だめだ、浅い…っ!」

「残念であったなぁ」
邪神竜がその身を大きく一回転すると、付き纏う鳥たちを振り払うと同時に横振りされた巨大な尻尾がレクスに命中し、剣で防御したレクスを思い切って瓦礫の中へと吹き飛ばしていく。
「うあっ!」

「レクス様っ!」
「「――黒炎喰ネクリフィム!」」
「うおっ!」
襲い掛かる黒の炎をカイが慌てて避け、
「――腐獄息ネクリレーズ!」
ザナエルが放つ腐食性の瘴気が残りの精霊の鳥達を蝕み、砕けていった。

「くっ、ザナエル…っ」
歯軋りするミーナにザナエルがせせら笑う。
「ンははははっ!どうした戦士たちよ、よもやこれで終わり――」
ザナエルが異変を察する。さっきまでオオカミに乗って移動していたミーナがいつの間にか徒歩になっていた。

一瞬のことだった。先ほど吹き飛ばされたはずだったレクスがミーナにより呼び出したオオカミに乗って、黒煙と砂塵に紛れては中央の頭付近まで接近していた。狙いは当然、ザナエルの本体そのものだ。
「おお――」
「チェックメイトだっ!」

聖剣ヘリオスの輝きが暗黒のドーム内を照らし、黄金の刃がザナエルの身体を周りの闇もろとも両断するよう振り下ろされる。
「なっ!」
ガィンと鈍い音が鳴り響き、レクスが瞠目する。手ぶらだったザナエルの右手に、先ほどまでその体内に潜めていた邪神剣が握りしめられていた。邪神剣がギャリリと聖剣の刃を受け止め、黄金の光が邪神剣の邪気と反発して火花を散らす。

「さすが女神軍の軍師殿。核心たる我に目を付けるとは。その智謀はどことなくロジェロに似ておるな…っ!」
邪神剣の邪気を解放し、強烈な衝撃波とともにザナエルはレクスを吹き飛ばすと、精霊魔法が作り出すオオカミをもかき消した。
「うわあぁっ!」
「ギャウアウッ!」

「レクス様っ!」
「レクスっ!」
弾かれて落下するレクスを慌ててキャッチするカイ。
「いてっ!…大丈夫かレクス様っ?」
「なっ、なんとかね…っ。まったく、もう少し手心とういの知らないのザナエルっ?年長者が年下に暴威を振るってさぁっ、大人げないのもほどがあるよっ?」

「んクククク。やはり油断ならぬな、エテルネの勇者。軽口を叩きながらも今でも我を打倒する思考を巡らせるその狡猾さ、千年前には見かけないタイプだ。まさに新たな勇者として相応しい。オズワルドがそなたに破れたのも頷ける」
「お褒めにあずかり光栄だけど、僕は別にそんなに器用じゃないけどね。オズワルドは自分の欲を制御しきれずに滅びただけ。あんたもその歪みに歪んんだ欲望にいつか身を滅ぼすと思うよ?あ、いつかじゃなくて今日か」

「言うも言うたりっ、女神の勇者よ!ならばその輝きをもって、わが混沌の魂をみごと滅ぼすがよいっ!」
ザナエルが邪神剣を高く掲げ、死体の口とともに異なる呪文を詠唱した。
「――黒雷噛ネクリファス!」「――黒炎喰ネクリフィム!」

暗黒の炎と雷が絡み合い、邪神剣の柄にある目にも似た宝珠が怪しき光を放ては、その雷炎が邪気をまとって何倍にも膨らむ。
「なっ、二つの魔法を融合させただとっ!?」
「ハハァッ!」
ザナエルが邪神剣を振るう。暗黒の雷炎が邪神剣の邪気とともに放たれる。

「危ないっ!」
レクス達が再び散って攻撃を避けていく。雷炎が瓦礫を一瞬に溶かしては爆砕させ、ザナエルが狂笑する。
「さぁ早くっ!我を焼き尽くせ!徹底的に滅ぼすがいいっ!その時そなたらの善性は最高の輝きを放つのだっ!ンはははははぁーーーっ!」

「くそぉっ!どこまでふざけてるんだよあの野郎はっ!」
邪神剣の邪気の斬撃、邪神竜のブレスとその巨躯から繰り出爪と尻尾の薙ぎ払いに、防戦一方を余儀なくされるミーナ達は、必死に打開策を見出そうとした。
(ザナエル…っ!)


******


邪神の邪気より生じた暗雲が覆うある山脈。木々が生えずに荒れ果てたその山に、さきほど落ちた流れ星の一つが明けた大きなクレーターがあった。その中心で、ぶすぶすとその装甲に煙が立つウィルフレッドがゆっくりと体を起こす。
「う、うぅ…っ」

胸のアスティル・クリスタルが輝いては、青きオーラが彼の体を優しく覆い、彼は再び星の騎士の姿へと変化した。体の痛みが引いていく。
「ネ、ネイフェ…」
『無茶もほどほどにしてください。さすがに冷や汗かきましたよ。こちらが必死にクリスタルから癒しの力を体に巡らせなかったら、とっくに肉体が砕けてもおかしくありませんでした』

落ち着いた声に含まれた不満の気持ちにウィルフレッドはバツが悪そうな声をあげる。
「す、すまない…。君にも俺のワガママに付き合わせてもらって…」
『本当にです。あとでラナ達に貴方をしっかり叱るよう伝えておかないといけませんね』
「そ、それだけは勘弁してほしいな…」
意地悪そうでありながらどこか楽しそうなネイフェの声に、ウィルフレッドが苦笑する。

ふらつきながらもなんとか立ち上がった彼は周りを観察してスキャンを行った。
「ギル…っ!」
彼は飛翔する。少し離れたところで、自分と同じようにクレーターの中央で横たわっているギルバートの元に。

「ぜぇ…ぜぇ…」
体中の装甲が崩れていたギルバートは、荒く息づきをしては立ち上がろうとも、もはや体はいうことを聞かないことに気づく。
「…くそったれ」

「ギルっ!」
駆け付けたウィルフレッドが彼の傍で屈んだ。ギルバートの体が赤い光に包まれ、元の姿へと戻る。ボロボロになった彼の体の一部はキース達と同じように、すでに白くなって崩れ始めていた。
「へ…どうやら、ここまでのようだな…もう、喋るのもめんどくせぇ…」
かつてサラ達を失った時の痛みを思い出し、胸が締め付けられるウィルフレッド。

「ギル、あんた…」
「触るなっ!」
ウィルフレッドは彼に伸ばそうとする手を打ち払った。
「俺に触るんじゃねぇ…てめぇはもう、家族ファミリーでもなんでもねぇ…っ」

大きく息を吐きながら顔をそっぽ向くギルバート。
「てめぇはこの甘ったれた世界に肩入れしたんだ。チームでも家族ファミリーでもない赤の他人なぞ知ったこっちゃねぇ…好きなとこに勝手に行ってろ……」

「………ギル」
ウィルフレッドは何か言葉をかけようとも、今の自分にもはやその資格がないのは他の誰よりも理解している。別れはさきほどの戦いですでに済ませたのだから。彼は拳を握りしめると、ふと先ほど二人が最後に衝突した時の光景を思い出す。

「…なあギル、さっきのあんた、ひょっとしたら最後で手加減したのか?」
「はぁっ?」
ギルバートが不愉快そうな声をあげる。
「なにふざけたこと言ってやがる。俺はてめぇのような甘ちゃんでもねぇし、何でそんなことしなきゃならねぇんだ…っ、げほっ!」
「ギルっ」

大きく咳き込んでは、脇腹の崩壊箇所が広がっていく。
「はぁ…、とっとと失せな。それとも俺が惨めに死んでいくの見なきゃ気が済まねぇのか?」

暫く俯いては、ウィルフレッドが顔をあげた。
「ギル…最後に一つ教えてくれ。メルセゲル…戦術艦ヌトの動力源コアであるメルセゲルはどこにある?」
ギルバートは空を仰いだまま黙する。

「あんたがザナエル達を転移させた時は通信でコマンドを入力していたから、いま手元にないのはわかる。それをどこに置いた?教団の本拠地か?それとも――」
「…へ、へへへ…」
「ギル?」

「なあウィル…この世界の人口はどれぐらいあると思う?まあ、地球は月のコロニーとかも含めて何億以上にもなってるから、こっちじゃ全然比べもんにならねぇよなぁ?」
「どうしたんだいきなり」
「歴史の積み重ねも違うし…けほっ、色々と単純シンプルなここと比べちゃ、地球の人たちの心理構造はめっちゃ複雑になってんだろ?」
「なにが言いたい…?」

「…ザナエルの旦那が言ってたが、あのゾルドって奴、感情の混沌カオスを糧としてるそうじゃねえか。ちなみにさ、メルセゲルの内部には、俺たちがここに跳躍ジャンプした時の座標パラメータがちゃんと履歴に残ってるんだ。この意味、分かるか…?」
ウィルフレッドの体が大きく震えた。
「…っ、あんた、まさか!」

ギルバートが愉快そうに一笑する。
「感情の混沌カオスねぇ、俺たちの世界地球はまさにそれが混然としているんだよなぁ。それを餌にしたら…面白そうになると思わねぇか?ここの平和ボケした野郎たちも知ることになるだろうよ、生きるってのは、いったいどういうことをなぁ…っ」
「ギルっ!」

「これで最後だウィル…。ここのボケ野郎らと一緒になりてぇなら、止めてみろよ…俺からの置き土産を…っ」
「ネイフェっ!」
『ええっ』
ウィルフレッドは迷いもせず空高く飛翔し、一瞬にして地平の彼方に消えた。

「…へっ、…振り返りもせずに、か…」
一人となったギルバートが、地球の重金属雲を思わせる暗雲を仰いだ。雲の中で光る赤い雷は、自分のクリスタルの色と似ていて、どこか皮肉めいていた。
「なんともまぁ殺風景だ…地球が懐かしく感じるぐれぇだ…死に場所にしちゃあ、悪くはねえな…」

(((さっきのあんた、最後でひょっとしたら手加減したのか)))
「…ふんっ、ウィルの野郎……」
さきほど、互いに得物を構えて刺し違えようと突撃した時の光景を思い出す。アスティルエネルギーの光の乱流の中で、自分に向かってくるウィルフレッドの姿が一瞬だけ、キースやサラ、アオト達の姿が重なった。それは肉体崩壊による幻覚なのかどうかは分からない。けどそれを見て、思わず槍を構える力が逸れてしまったのだ。

「揃いもそろって俺に楯突いてきてよ…ふざけるのもほどがあるってもんだ…」
愚痴りながらも、何故かかつてのアルファチームとしての日々を思い出す。キースとサラの漫才に、いつも無愛想な顔をしているミハイル、そして、無数の死線をともに越えてきたアオトとウィルフレッド。
「だけどまあ…あいつらのお陰でこっちもクソみてぇな人生の割りに…ちったぁ楽しめたからなぁ…」

(((ギルには今でも本気で感謝している………ありがとう)))
ギルバートがニヤリと笑う。
「はっ、にしてもいつまでたっても甘い奴だ…、最初に出会ったころと何一つかわらねぇ…。まあ…だからこことの相性が良かったのかもな…バカモノ同士で仲良くなれってんだ…っげほぉっ!」

大きく喀血しては、足や腕の一部が崩れて灰と化す。
「ぜぇ…ぜぇ…、だがよ…俺は違う…っ」
荒れた山に風が吹きだす。山が孤独であるギルバートを抱くかのように。
「魔法の世界だと、舐めんなよクソ野郎…っ」

その風を拒絶するかのように、ギルバートは風を振り払うかのようにボロボロの右手を大きく挙げると、黒き短剣が生成された。
「俺はレッドランス隊の、アルファチームの、ギルバートだ…っ。こんな甘ったれた世界を認めて…たまるかってんだぁーーーっ!!!」

短剣がギルバートの赤きアスティル・クリスタルを貫いた。赤を帯びた暗雲をさらに赤く染めるほどの深紅の光があたりを照らし、激しい赤の電光が走ると山を震撼する衝撃とともにクリスタルの欠片が鮮血のように巻き上がる。一際大きな風が吹くと、儚く消えていくその欠片を吹き散らした。

傭兵隊レッドランス、そしてアルファチームの隊長。邪神教団の傭兵であり、ウィルフレッドの恩人であるギルバート・ラングレンは、愚直な執着と信念とともにその生を終えた。



【続く】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

神造小娘ヨーコがゆく!

月芝
ファンタジー
ぽっくり逝った親不孝娘に、神さまは告げた。 地獄に落ちて鬼の金棒でグリグリされるのと 実験に協力してハッピーライフを送るのと どっちにする? そんなの、もちろん協力するに決まってる。 さっそく書面にてきっちり契約を交わしたよ。 思った以上の好条件にてホクホクしていたら、いきなり始まる怪しい手術! さぁ、楽しい時間の始まりだ。 ぎらりと光るメス、唸るドリル、ガンガン金槌。 乙女の絶叫が手術室に木霊する。 ヒロインの魂の叫びから始まる異世界ファンタジー。 迫る巨大モンスター、蠢く怪人、暗躍する組織。 人間を辞めて神造小娘となったヒロインが、大暴れする痛快活劇、ここに開幕。 幼女無敵! 居候万歳! 変身もするよ。    

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

絶滅危惧種のパパになりました………~保護して繁殖しようと思います~

ブラックベリィ
ファンタジー
ここでは無いどこかの世界の夢を見る。起きているのか?眠っているのか?………気が付いたら、見知らぬ森の中。何かに導かれた先には、大きな卵が………。そこから孵化した子供と、異世界を旅します。卵から孵った子は絶滅危惧種のようです。 タイトルを変更したモノです。加筆修正してサクサクと、公開していたところまで行きたいと思います。

処理中です...