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第十九章 狂神生誕
狂神生誕 第一節
しおりを挟むヘリティアの帝都ダリウスを中心に、邪神ゾルドの揺りかごから広がる赤黒の暗雲は、いまやハルフェン全体を覆い尽くした。赤い雷が規律に轟くたび、雲には邪神の影が揺らぎ、三国の人々と教団らとの戦いの鬨と叫びは、どこか邪神の復活を祝う賛美歌にも聞こえた。
だが闇黒に轟く雷よりもなお眩しく、剣戟の音と魔物の咆哮よりもなお雄々しく激しい戦いが、帝都上空で繰り広げられていた。
「らあぁっ!」
「ぐっ!」
深紅のアスティルエネルギーを帯びたギルバートの槍の一振りがウィルフレッドの双剣を弾く。アルマの装甲の奥深くまで響く衝撃とともにウィルフレッドが大きく後へと退けられ、それを隙に胸のクリスタルを狙ったギルバートの一撃が音速の壁を突破しながら強襲する。
「がぁぁっ!」
「うぉっ!?」
ウィルフレッドは弾かれた反動を借りて体を大きく回転させ、同じくコーティングされた双剣をハンマーの如き勢いで槍の真下から叩きつける。両者のアスティルエネルギーが衝突し、双色の火花が散らされては槍が仰け反られる。
「せぃっ!」
ウィルフレッドはそのまま双剣を斬りつける、だが。
「しゃらくせぇっ!」
仰け反るギルバートは背中の結晶スラスターを全力で吹かして姿勢を安定させ、切りつけてくる双剣を受け止める。切り結んだ二人は互いの得物を振り回し、乱舞する槍と双剣が空中でぶつかり合う。二色の閃光が咲き乱れ、爆音が大気を震撼させた。
「かあぁっ!」
「うおぉっ!」
互いの強烈な一撃が大気を震わせ、ウィルフレッドとギルバートは距離を取る。荒い息遣いとともに二人は睨みあった。
「くくっ…やるじゃねえかウィル。腕が鈍ったと心配してたが、どうやら無用の心配だったな」
ギルバートが嬉しそうに笑い、胸の深紅のアスティル・クリスタルが興奮にも似た共鳴音を発する。
「これで最後の交流になるんだっ。時間もねぇし、ここは思い切って全力を出しきった方が、いいよなぁ…っ!」
ギルバートが両手を大きく広げ、胸の鮮血色のアスティル・クリスタルから赤き雷光が全身を覆う。
「うおおぉぉぉっ!」
おびただしい赤のエネルギーラインが体を走っていくっ!
「ギル!あんた、それじゃ体がっ!」
「うがおあおぉ…っ!」
ギルバートの全身に激痛が走る、だが彼は止めないっ。この戦いこそ彼が残る全てだからっ。全身に赤いアスティルエネルギーが走るたびに、その体がさらに異形へと変形し、ブースト結晶がメキメキと増えていく!
「ルアアアアァァァァァーーーーーーっ!」
真下の戦場までも震撼させる吼え声をあげるギルバート。最大出力となったアスティル・クリスタルから放たれるエネルギーは大気をも歪み、たとえ離れてもウィルフレッドを威圧するっ。
「ぐうぅ…っ」
『! ウィルっ』
内なるネイフェが止めようと声をかける。
「うおおおおぉぉぉ…っ!」
けれどウィルフレッドもまた止めない。誰も止めることはできない。この戦いはハルフェンでの戦いではない。地球人であるウィルフレッドとギルバートの、戦術艦ヌトから続く互いの価値を賭けた戦いなのだからっ。
「ガアアアアァァァァァーーーーーーーーー!」
青きアスティル・クリスタルが大気を震撼させ、その体がより異形へと変化し、メキメキとブースト結晶が増えていくっ。全動力解放形態となった二人のアルマが再び槍と双剣を構え、コーティングされたアスティルエネルギーは今や刃そのものと化したかのように延び、両者が再び切り結ぶっ!
「お、おぉ…っ」
三国と教団の人々がみな見上げる。高き空で無数の線を描きながら衝突する二つの光を、全力全開の二つのアスティルエネルギーがぶつかるたびに爆発が周りの大地を照らしては震撼させ、吼えるたびに魔物らさえもすくむっ。
「でぃっ!」
ギルバートがアスティルエネルギーを纏わせた槍を突き出し、アスティルバスター級のビームが撃たれるっ!
「がぁぁっ!」
青き長刃を形作るアスティルエネルギーを帯びた双剣でそれを弾き、ビームは邪神の暗雲さえも貫きながら夜空へと無限に駆けて行くっ!
激しくもどこか美しいその戦いを目にしたハルフェンの人々は、みな畏れを抱きながらこう後世に言い伝えるだろう。それはかつて三女神と邪神の戦争、神々の戦いにも等しい二人の魔人…いや、魔神の激闘であるとっ。
二人は飛んだ。疑問も感傷も何もかも置き去りにして、幾何的な軌跡を描きながら一瞬にして無数の山脈と流域を超え、軌跡が交差するたびに爆発が大地を揺らすっ。
「ぜりゃあああっ!」
ギルバートから再び打たれるビームが大地を抉って谷を作り、
「おおおぁぁっ!」
ウィルフレッドの双剣から放たれる光弾が山を抉るっ。その一撃一撃が互いへの気持ちの代弁かのように、二人は激しく言葉を交わしながら飛翔するっ。ヘリティアを、ルーネウスを、エステラを瞬く間に飛び越えていくっ!
「みんな、あれっ!」
ガルシアが庭へと連れ出した子供の一人が空を指差し、見上げたノアが思わず震えた。
(あ、あ…っ)
どれだけ離れてもノアはすぐに分かった。光の一つが、かつて自分の両親を惨たらしく殺したあの赤い悪魔であることを。けどノアの震えはすぐに止まった。
(ツバメさん…っ)
なぜならその赤い悪魔と、いま正に青き輝きを纏ったツバメが羽ばたきながら戦っているからだ。
「あれ、ツバメさんだっ!」
「オオカミさんだよっ!オオカミさんが悪魔と戦ってる!」
「がんばってツバメさんっ!邪神の悪魔なんかに負けないでっ!」
「がんばってーーーっ!」
空の暗雲がもたらす不安に覆われた子供達の心はツバメによって払われる。ノアもまた手に持っているメダルを強く握りしめ、応援した。
「ツバメさん、お兄ちゃん、がんばって…がんばって!」
「ウィル殿…っ」
子供と一緒にその光を見上げるガルシアがツバメの名を呟きながら祈った。彼らだけではない。
「ウィルさん…」
ソラの町の教会にいるカトーとアリスも。
「ウィルさんっ」
カスパー町で人々の避難を助けているミリィとフレンも。
「ギルバート様…」
「ギルバート様っ」
畑にいるアネッタや、町の人々と避難しているルニでさえも、みな闇黒の雲を切り裂く二つの光を見上げては、祈りを胸に抱いた。
(エテルネ様、ルミアナ様…スティーナ様…っ)
たとえ近くにいなくとも、愛する人が戦っているのを感じたエリネもまた懸命に祈った。
(お願いです、ウィルさんに、ウィルさんに貴方がたのご加護を…っ!)
ウィルフレッドとギルバートが駆け抜ける。譲れない決意を抱き、今までの全てを清算するかのように叫び、ぶつかり合うっ。荒ぶる海を越え、もう一つの大陸を横断し、赤黒の暗雲を突き破っては遥かなる上空、この星の成層圏まで飛翔するっ!
「ぐぅぅっ!」
「うおぉっ!」
交差して閃光を散らすウィルフレッドとギルバートが、星とこの世界の宇宙の境界線から昇る太陽の光に照らされ、対峙するよう滞空する。
「ふぅ…ふぅ…ギル…っ」
「ぜぇ…ぜぇ…、へへ、流石に、限界が近いな」
月を背にしたギルバートが槍を収めた。
「正真正銘、最後の最後だ。これで終わりにしようぜ、ウィル…っ!」
全身のサイバー筋肉を強張らせ、一段と眩く輝くアスティル・クリスタルっ。両手を前に突き出し、全身のブースト結晶から赤い雷光がほとばしり、ギルバートの手前の赤き太陽に集中していくっ。
「ああ、これで最後だ、ギル…っ!」
ウィルフレッドもまた剣を収め、呻りを上げてアスティル・クリスタルの出力をさらに高めたっ。手を突き出した手前に青き星が生まれ、全開したブースト結晶がそれに全てを注ぎ始めるっ!
この世ならざる外なる神秘、世界の理をも歪める二つのアスティル・クリスタルの最高出力が互いに共鳴、反発し、激しく光るっ!その輝きは邪神の暗雲さえも遮ることができず、超常の力のぶつかり合いは、遥か下の星《ハルフェン》の大地さえも揺らぎ始めたっ!
邪神の祭壇が揺れるっ。ザナエルによるビジョンが映り出す空の青と赤の星は一等星のように眩しく、二人の魔神により揺らされる大地にハルフェンの人々が畏怖の声をあげる。祭壇にいるザナエルもまた倒れぬよう踏ん張りながら、囁いた。
「…化け物め」
「おおお…っ!くたばりやがれええぇぇぇーーーー!」
「吹き飛べええぇぇぇぇーーーーーーー!」
ギルバートとウィルフレッドから発する赤と青の光がぶつかり合うっ。ハルフェンの成層圏が白く塗りつぶされ、星に二つ目の太陽が生まれたっ。ハルフェンを覆う暗雲に巨大な穴が開き、爆心地となるその中心上空でアスティルエネルギーの乱流が発する光が二人を飲み込むっ。
ハルフェン全土にも及ぶ震動とともに乱流の光がだんだんと収束していく。
「おぉぉぉぉぉーーーーっ!」
満身創痍のギルバートが、
「うああぁぁーーーーーっ!」
亀裂だらけのウィルフレッドが剣と槍を構えながら乱流の光から飛び出て、互いに向けて突進するっ!
「ウィィィィィルウゥゥアアァーーーーっ!」
「ギル-------っ!」
エネルギーの乱流が激突に誘発され、光の嵐が再び二人を飲み込んだ。
唸る閃光の中から無数の流星がハルフェンへと降り注がれていく。青と赤の流れ星もまた、邪神の闇雲に再び覆われ始める大地に落ちていった。
******
邪神の揺りかごとなる闇黒のドームの天幕の中で、レクス、カイとミーナは半ば廃墟と化した帝都中心部の中を進んでいた。黒いタールがブクブクと至るところから湧き出るその光景は、さながら千年前の邪神戦争で語り告げられた、邪神が生まれし地といわれる地獄にも似た不気味さだった。
「カイくん、ミーナ殿。身体の方は大丈夫かい?」
身体に青いオーラが纏っているカイは同じく神々しい月の光を放つ神弓フェリアを見て頷いた。
「ああ、あの忌々しい逆三角はもういないし、ネイフェ様の加護や神器のお陰でなんともないぜっ」
「こちらも問題はない。だがここは魔法的にすでに邪神の領域と化している。何か起こるの分からないから油断するでないぞ」
「うん、そうだね」
レクスが掲げている聖剣ヘリオスの光を頼りに皇城を目指す三人。先ほどの地揺れを思い出し、カイが思わず呟いた。
「…兄貴、大丈夫なんだろうか」
「きっと大丈夫さ。今のウィルくんはネイフェ様もついているし、エリーちゃんのためにも、彼はきっと無事合流してくるよ」
「そう、だよな…。兄貴はきっと来るよな」
自分に言い聞かせるように頷くと、三人は皇城へと続く大橋をわたっていく。雄大で絢爛だった皇城はいまや見る影もなく、暗黒のタールに覆われたその様に、カイは思わず震え出す。
「…にしても妙に静かだなぁ。この中からあの気味の悪い魔物たちが一杯でてきてたから、てっきり中もあいつらでぎっしり詰まっていると思ってたのに」
「恐らくだが、ゾルドが魔物を作り出すリソースまでも回収し始めてるからだ。この異様なマナの濃度からみて、間も無く奴が封印から末端を伸びだすだろう」
レクスが振り向く。
「だったら急ごうっ、ラナ様たちを早く助けなくちゃっ!」
「そうだなっ、アイシャ、エリー、待ってくれ…っ!」
互いに頷く三人は程なくして、邪神の祭壇と化したダンスホールが見えてきた。暗黒のタールにより、最後に見た時の外見とはもはやかけ離れた形となった祭壇の外壁めがけ、レクスが聖剣ヘリオスを振り下ろすっ。
「たあっ!」
黄金の衝撃波が容易く外壁を粉砕した。逆三角がなくなり、三神器が揃った今、神器の威力は今まで以上の威力を発揮している。開いた穴から、レクス達はついに再びホール内へと足を踏み入れた。
「――ようこそ戻ってまいられた、巫女の勇者たちとミーナ殿よ」
祭壇の最奥から、邪神剣を手にしたザナエルの不気味な姿が見えた。彼の後ろには、いまや白色の寒気だけでなく、赤みの帯びた黒い邪気までもが発散している邪神の卵が、祭壇に鳴り響く鼓動音とともに妖しく脈動していた。
その真下に、柱に縛られたラナ、アイシャとエリネが息することさえも苦しそうに俯いている。逆三角や邪神剣がなくとも、邪神の卵から発する邪気が彼女たちを蝕み続け、卵はすでに自力でそのマナを吸い取るようになっていた。
「ラナ様っ!」
「アイシャっ!エリーっ!」
レクスとカイの声に、三人は辛そうに顔をゆっくりと上げ、目を細く開いた。
「レク、ス…」
「カイ、くん…」
「お兄ちゃん…」
ミーナは邪神の卵を観察した。
(やはり。あの様子ではいつゾルドが中から手を伸び出してもおかしくないぞ…っ)
ふと彼女の視界に、ラナ達の傍に立っているエリクが入った。ミーナは杖を強く握り締めて彼を睨んだ。
「エリクっ!おぬし…っ」
「先ほどは慌しくてきちんと挨拶できませんでしたね、ミーナ殿。どうか喜んでください。あともう少しで貴女は真の自由を得ることができますよ」
「大バカモノっ!ザナエルの言いようになりおって…っ!」
「んクククク、お二人とも積もる話が一杯あるであろうが、その続きは後にして頂きたい」
ミーナ達を阻むようにザナエルが前へと進んだ。
「エリク、巫女殿たちを見張れ。決して彼らに手を出させるでない」
「御意」
ザナエルが指示する傍ら、ミーナの注意はザナエルらのすぐ傍にある、布で覆われた大きな何かに注目した。
(なんだあれは…あの下から発するこの邪悪な気配は…まさか…)
「ザナエル、てめぇ…っ」
ワナワナと震えるカイがザナエルに向けて啖呵を切る。
「どこまで腐ってやがるんだっ!戦争で俺達の平和な生活を奪って、こんな大勢の人達を死なせてっ、いったい何になるんだというんだっ!そんなに平和が嫌いっていうのかよっ!?」
「巫女殿にも申し上げていたが、勇者殿は我のことを誤解しておる。我は寧ろ平和を、愛を勇気を持つ命を何よりも、誰よりも尊く重んじておるのだよ」
「なんだって?」
ザナエルがカイを指差す。
「巫女のためにゾルド様のこの揺りかごの中へと邁進したそなたを見よ。その愛は、瘴気に満ちたこの中で実に眩しく輝いているのではないか」
外のビジョンに向けて、ザナエルはまるで称えるように両手を大きく広げた。
「みよ、外で奮戦する勇敢なる人々達を。彼らの高潔なる精神は、罪人と呼ばれる我らが悪事を働いてこそ強く輝くもの。この感情の衝突、激流こそが人の究極の体現、人の業そのものだ!これほど美しい光景があるものかっ!」
満ち溢れる感動に声さえも震え出すザナエル。
「そう、愛も憎悪も勇気も恐怖も、すべからく尊いものだっ。これらは表裏一体、互いを輝かせる対となるものがなければ意味がない!人々が罪人を裁き、追い払うのは良いっ。それもまた輝ける美徳なゆえにっ。だが根絶やしにするのはいけないっ、悪徳ありきて美徳あり!」
もしザナエルが涙を流せるのなら、いま間違いなくそれを流しているであろう感涙極まりない声で賛美する。
「善良の人達が平凡の幸せを求め、罪人もまた己の幸せを求めて両者が複雑に絡み合うっ。その交じり合い、ぶつかり合いこそ感情の混沌、人が人である証なのだっ!おぉっ、おおっ、故に我は呼んだ、求めたっ、その体現たる神ゾルド様の名前を献上した!」
ぴくりとミーナの眉が動いた。
(名前を献上?)
「それによって善に傾く一方だけのこの世界に、愛おしき混沌をもたらして――」
「いい加減にしやがれぇっ!」
フェリアの白銀の矢がザナエル目がけて放たれる。ザナエルは邪神剣でこれを弾き、矢は壁を貫いて外へと飛んでいく。ザナエルの身体が衝撃でぐらつく。
「ぬぅ」
「こっちはあんたの妄言に付き合ってる暇はねえんだよイカレ野郎っ!さっさっとそこをどきやがれっ!でなければこのまま叩き潰してやるっ!」
「カイくんの言うとおりだね。これ以上あんたにゾルド復活の時間稼ぎはさせないよ」
レクスが聖剣ヘリオスを構え、ミーナも杖を握りしめて応戦態勢に入る。
「ウィルは思想が根本的に違う奴に時間をかけるなとは言ったが、正にそのとおりだな。ザナエル、おぬしの動機がなんであれ、それは我らと相容れぬものだ。わが師とエウトーレ殿の無念を晴らすためにも、ここでおぬしを倒す。魔法に精通する我がいるのだ。屍魂転生で命を永らえられると思うなよ」
「んククク、よい、よいっ、それでこそ善たる女神の戦士よっ」
ザナエルが、先ほどミーナが注目していた、何かを覆う黒い布の前へと移動する。
「聖剣ヘリオスの覚醒、ネイフェの加護に加えて、擬似的ではあるが三神器が揃うことによる神器の威力向上。完全に覚醒したこの邪神剣でもいささか分が悪いな。クライマックスを盛り上げるためにも、ここは一つ手品でも披露しよう」
ザナエルが布を取り払うと、魔法陣が描かれた床に、整然と並べられた骨が露わになった。
「なにそれ?あの形、ひょっとして竜…」
「あ、あれは…っ!まさか暗黒竜の骨っ!」
「ミーナっ?暗黒竜ってまさか、邪神の眷属の…っ」
「さすがミーナ殿、その通りっ!これはかつての勇者達によって打ち滅ぼされた暗黒竜ディザレアの遺骨よっ!」
ミーナは注意深く骨に刻まれた呪文模様を観察した。
「あの術式…そうかっ、おぬしは死霊術で暗黒竜を屍竜として復活させようとするのだなっ!」
「いかにもっ、だがミーナ殿も存じよう。人為的な屍竜化の儀式は大勢の活気溢れた人の生気を必要とする。強大な力を持つ暗黒竜ならば尚更だ。しかし残念ながら、この場にいる同志たちの献身的な犠牲でもディザレアの復活には遠く及ばなかった」
「おぬし、信者達をみな生贄に捧げて…っ」
「みなゾルド様への復活の一心によるものだ。だがしかし!」
ザナエルが懐から一つの大きな箱を取り出した。
「ここでやはりギルバート殿に感謝せねばならぬなっ!彼がもたらしたヒントのお陰で、復活の素材はここで揃うことになった!」
箱を思い切って握りつぶすと、人々の苦悶する顔がその蒼白の霊体に埋め尽くされる、巨大な死霊が怨嗟の声を挙げながら祭壇上に顕現したっ。
「うわっ!なんだあれきしょいっ!」
「あれは…邪神の眷属レギオンレイスかっ!」
「そうだっ!本来なら死霊は死霊術自体の生贄には使えん、だがっ!」
ザナエルが両手を大きく広げ、レギオンレイスは不気味な呻き声とともにザナエルへと憑依していくっ。
「この我がっ!屍魂転生により魂転移の特性をもち、暗黒竜らと同じゾルド様の御子である我自身がっ、レギオンレイスを宿して生贄として捧げればっ!」
魔法陣が蒼白の光を発しっ、祭壇全体を揺るがす巨大な邪気が放出されるっ。ミーナ達は吹き飛ばされないよう踏ん張るっ。
「ぐうぅ、ザナエル…っ!」
「地下深きで眠る死者の王よ、我の願いを生贄とともに受け入れよっ。死の冥府より生者の魂を食らい、腐敗の臓腑にその吐息を吹き込みたまえっ!」
蒼白の色が混じる黒き瘴気がザナエルに絡みつき、悲鳴をあげる死霊とともに吹き乱れるっ。すぐ傍にいるエリクさえも思わず後ずさり、既に体力の大半を削がれたラナ達が瘴気を受けて苦しそうに呻く。
「「「「うあぁぁ…っ!」」」
「ラナ様っ!」
「アイシャっ!エリーっ!」
暗き瘴気の中から、死人の蒼白の顔からなる膜が付いた巨大な翼が広げられた。強烈な風圧が祭壇の壁全てを吹き飛ばし、暗黒の天幕の下でザナエルが哄笑する。
「ンははははははっ!刮目するがよいっ!アニマ・ナノマシンからヒントを得て、この我自身を媒介として作り上げた、ハルフェン初の合成獣の姿をっ!」
ズシンと、巨大な前肢が前へと踏み出された。黒色に光る鱗、腐るはずの血肉が悶える蒼白の死霊で補強され、禍々しい赤き模様がその巨大な身体の至るところに浮んでいる。フゥゥと瘴気を吐き出す竜の頭が、もう二つの死霊と骸骨の頭とともにその長い首を高くあげては、身も凍える咆哮をあげた。
「「「ウオォォォオォォーーーーっ!」」」
右目が赤の模様に入れ替わり、左目が蒼白色の死霊の口により成す真ん中の頭の上に、継ぎ接ぎ死体のザナエルの上半身が生えるようにあった。その歪な姿はもはや暗黒竜とも死霊の王とも言えない。もし名付けるのなら――――邪神竜ザナエル。そう呼ぶのに相応しいおぞましき合成獣は、レクス達に向けて牙を剥いたっ!
「くっ…なんてこったいっ!まさかこんなデタラメなものまで用意されてたなんてっ!」
ザナエルがせせら笑いながら、ミーナ達を称えるかのよう声高らかに叫んだ。
「女神の戦士たちよっ!まもなくゾルド様が目を覚ますっ!それまでに死力を尽くして抗えっ!その美しき輝きを遺憾なく披露し、千年前のように再び後世に語り継がれる神話を作りたまえっ!」
「ふざけやがってぇ…っ!望みどおりにぶっ倒してやるっ!」
「カイ、レクスっ!焦るなっ!一筋縄でいける相手ではないぞっ!」
「そりゃもうねっ!いくよ二人共!」
カイが、レクスが、ミーナが構えるっ。三頭の邪神竜が再びけたたましい咆哮をあげては、三人めがけてその巨躯を大きく立ち上がらせたっ!
【続く】
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