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第十八章 邪神胎動
邪神胎動 第八節
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「アンチ変異体ウィルス…?」
「ああ」
掌に小さなシリンジを持ってレクス達に説明するウィルフレッド。それはある日、レクスとラナが隠れていたヌトの残骸から回収した武器などをウィルフレッド、ミーナとともに確認していた時のことだった。
「詳細は省くが、このアンチ変異体ウィルスはこっちの試作撹乱グレネードと同じ変異体対策の装備だ。これを変異体の体内に打ち込めば、ナノマシンウィルスは変異体を構成するナノマシンを侵食し、一分も満たないうちに変異体の身体を壊死させて灰に帰すことができる」
「へぇ~めっちゃ便利じゃないっ。それじゃあこれがあればもう変異体なんて怖くなくなるってことなんだねっ?」
「残念だがそうもいかないんだ。このウィルスはかなり初期の変異体を対象にして調整されたものだし、何より開発途中のものだから、全ての変異体に効くって訳じゃない。それに、見ての通り見つけたシリンダはこの一本しかない。こっちの撹乱グレネードもここにあるのが全部だから、万が一に備えて、ここぞという時に使う必要がある」
「あらら、やっぱ万能って訳でもないんだね」
ミーナが頷く。
「だがウィル以外に変異体対策が増えるのは大変嬉しいことだ。これらの装備はレクスに預けた方がいいだろう」
「僕がかい?」
「おぬしはわが軍の軍師だろう。大事な装備をいつどこで使う判断を下すのに一番適していると思うが、違うか?」
「確かにそうだな。レクス、これらの使い方を簡単に説明するから、どうかうまく使ってくれ」
「うん、任せてよ。きっと上手く使いこなして見せるさ」
******
「うおあぁ…っ、うあああああああーーーーー!」
オズワルドが絶叫とともにもがき、暴れる。レクスにアンチ変異体ウィルスを注入された箇所の異常な膨張が全身に拡散し、異様な色彩に変化しては、破裂と再生を繰り返す。強烈な激痛がオズワルドを苛み、頭に棒がかき回されてるように思考がぐちゃぐちゃとなっていく。
「おううおおおっ!ウガァァァaaaaaa-----!」
この世ならざる咆哮を上げ、人型だったオズワルドの体がギチギチと変化し、かつてレクスがウィルフレッドの記憶で見たミミック変異体の蝶じみた姿へと変貌していく。だがアンチウィルスのせいか、その一部はどこか奇怪な形に歪み、いまだに激しい蠕動を繰り返していた。
(どうやら効いているらしいねっ、でもウィルくんが言ったように灰になっていない。やっぱ効果は限られるか…っ)
傷だらけのレクスは先ほどオズワルドに打たれた所を押さえ、聖剣の方へと這い寄っていく。
「Ouooo…!UuuoOooOo…!」
まるで裂かれた昆虫をチグハグな姿に繋ぎ合せたかのような姿へと変わり果てたオズワルド。ミミック変異体の擬態機能が異常をきたし、その表面に数多くの老若男女の顔や動物の姿が浮んでは、外なる異形の声で呻き声をあげる。
アンチウィルスによる体組織の変貌は思考中枢までも蝕み、多くの記憶が壊れたスライドプロジェクターからの影像のように彼の意識に流れる。怒鳴るガルシア、己への思慕を利用させたシルビア、忠義を尽くすよう仕向けたメディナ、自分に関心を向ける姉のヒルダ、そして――
「Lana…Lanaaaaーーー!」
この世界で唯一の関心を持つ人の名を吼えながらオズワルドがその変わり果てた巨躯を走らせる。聖剣を握りなおしたレクスに向かって。
「ぐぅ…ヘリオスっ!」
さきほどネイフェに願ったようにレクスは聖剣に呼びかける。勇者の声に応えるようヘリオスはその黄金色の刀身を眩く輝かせ、レクスにかけられたネイフェの加護と共鳴する。傷はさらに癒され、太陽の光が凝集したかのような魔力の刃を作り出した。レクスはネイフェの加護により強化された身体能力を頼りに、突進してくるオズワルド変異体へと自ら走っていく。
「でぇりゃあぁぁっ!」
「Lanaaaーーー!」
巨大な質量の横をすり抜け、一回転しながら聖剣ヘリオスをその巨躯に叩き込むレクス。黄金のオーラをまとう聖剣の一撃が、深々と深い傷跡をオズワルド変異体に刻んだっ。変異体の絶叫が周りにコダマする。
「OAAAaaaAA----!」
(いける!これなら!)
「OooOoOo----!」
オズワルド変異体の異形の腕が不定形に歪みながら闇雲にレクスに向けて振り下ろされる。レクスは足を重く大地に立たせ、聖剣を巧みに振り回し、左右交互と袈裟斬りを繰り出す。聖剣が刻む黄金の光輪の軌跡が、異形の腕を次々と切り落としていく。オズワルド変異体はもはや身体の強度を維持できないのだ。
「OaaAAAaaoo!!!Lanaaa!Lanaaa----!」
再び生やされる異形の触手と腕がレクスに襲い掛かる。レクスは身を低くして疾走してそれらを間一髪で掻い潜る。オズワルド変異体の攻撃速度も先ほどより格段と落ちており、もはや彼を捉えることはできない。
「うおおぉぉっ!」
「OAAAoo!!!Lananana----!」
至近距離へと踏み込んだレクスの滅多斬りが、いびつに歪んだオズワルド変異体の身体に切り込まれる。聖剣の光の炎はオズワルド変異体を容赦なく焼き、膨らんだ部分がダメージに耐え切れず大きく炸裂し、菫色の血を帯びた肉片が飛散る。
「GAAAaaaAA----!」
爆発が聖剣の炎に焼かれたところから連鎖していくっ。もはや攻撃に転ずることもできず、オズワルド変異体は次々と崩れ行く腕を虚しく振り回しながら暴れる。レクスが高々と聖剣を掲げて構え、ヘリオスの刀身から太陽の光が成す刃が天をも貫くかのように伸びたっ。
「これで終わりだっ、オズワルドっ!」
大岩をも両断する大剣と化した聖剣ヘリオスが振り下ろされる。黄金の刃はオズワルド変異体の肩らしき部分からその体を切り裂き、その後ろの瓦礫がもろとも両断されるっ。
「AAAAAAAA------!」
真っ二つにされたオズワルド変異体が断末魔とともに炸裂した。破片が白の灰となって撒かれ、次々とその残骸が炸裂し、泡となって消えていく。
「O、OooOOおおお…!」
巻き上げられる煙のなかから、元の人型サイズに戻ったオズワルドがゆらりと歩み出る。左肩は先ほどの一撃でごっそり切り落とされ、全身に刻まれた切り裂き痕と一部吹き飛ばされた頭からはもはや血は出ず、大地の亀裂かのように乾いては、死の白色が広がっていく。
「お、おぉぉ、ラ、ラ――」
残り半分の頭に残る目が弱々しく光、がくがくとその口が震え、オズワルドが思い切って叫んだ。自分を狂わせた人の名を。
「ラナアァァァーーーがふぁっ!!!」
その絶叫を、懐へと飛び込んでは聖剣を突き刺すレクスによって遮られた。
「これ以上は体に毒だからそろそろ静かにした方がいいよ、オズワルド殿。それに…」
「あがぁ…っ!」
聖剣を一段とオズワルドの身体へと押し込むレクス。その目は氷のように鋭く、放つ言葉は冷たかった。
「これ以上ラナちゃんの名前をあんたの口から出されるのは癪なんだからね…そろそろ黙っててちょうだい」
聖剣を抜き出すと、オズワルドの体がさらに崩れ、無残に地面に倒れていく。
「あっ…あ、が…」
瞳から妖しい光が消え、その目に再び理性が宿っていく。
「がは……は、はは…やはり、こうなったか」
傷だらけの体を押さえ、レクスは虫の息のオズワルドを見下ろす。
「いや…異世界の怪物になっても…願いが変わらなかった時点で…やはり俺は…なるべくして、なったのだな…ゾルドに、与するという、運命の一環として…」
「なに言ってんのオズワルド殿?」
「ふふ…ただのたわごと、ですよ…勇者、レクス殿…」
闇に淀んだ血の赤が滲む空を見上げながら、オズワルドは崩れかけた口で最後の言葉を絞った。
「…あの、気まぐれが…どうなるのか、見届けられないのが残念ではありますが…少なくとも、最低限の願いは、一度叶いましたからね…ラ、ラナの目がわた―――」
オズワルドの言葉は続かなかった。レクスが聖剣でボロボロのその頭を貫いたから。
「言ったでしょ、これ以上その口からラナちゃんの名前が出るのは嫌だって」
オズワルドの残骸がビクビクと壊れた人形かのように震えると、やがてボロボロと崩れ、白い灰となって散っていった。天才と謳われ、戦争の引き金を引いたヘリティア宰相の最後だった。
虚しく飛散する灰に向けて、レクスは言葉を吐いた。
「何か言いたいのなら女神様に直接言ってちょうだい。あのガリア様なら聞いてくれるんじゃない?」
そう言った途端、レクスの身体がぐらりと揺れ、視界が再びかすみ始めては仰向けに倒れこんだ。
「ぐふ…っ」
オズワルドに付けられた傷跡から再び血が流れ始める。急場凌ぎに近いネイフェの加護による癒しの効果が切れたからだ。変異体との極限な戦いが終わったばかりもあって、蓄積した疲労が一気にレクスを襲う。
「ぜぇ…ぜぇ…、こ、こりゃあちょっとマズイかなぁ…」
『GiiRyaaa---!』
「なっ、なんだっ!?」
カイと対峙していた蜘蛛型変異体たちが悲鳴を上げては倒れ、ブクブクと泡を吹いては消えていった。
「これって…あのドッペルゲンガー変異体の時と同じ…?ってことは――」
「カーーーイ!」
遠方からミーナがマティ達や他の騎士達とともに駆けつけてくる。
「ミーナ!そっちはもう片付けたのかっ?」
「いや、こっちの騎士たちから支援が必要だと言われて駆けつけたんだ、レクスはどこにいるっ?」
「あっちだよ、さっきまであそこでオズワルドと――」
カイ達が目を見開く。闇のドームから這い出た魔物たちの一部が、いままさに倒れこんで微動だにしないレクスに向かっている。なんとか頭を小さく持ち上げるレクスもまたその魔物の群を確認した。
「さ、さすがに本当にまずいなあ…っ」
何とか手足を動かそうとしたら、鋭い痛みが全身を襲っては危うく意識が飛びそうになる。無理に体を動かした反動がいまになって大きく帰ってきたのだ。
「あいたたたた…っ、だ、だめだこりゃ…っ」
「いけないっ、レクス様っ!」
「マティ殿!」
主の危機にマティは即座に駆け出す。クラリスもすぐに後を追った。
ミーナが口笛を吹くと、精霊魔法により作られし狼と獅子が現界し、彼女は狼の方へと跨る。
「カイ!そっちに乗れ!急ぐんだ!」
「あぁ!」
獅子の方にカイが跨ると、他の騎士達らとともにレクスの元へと駆け出す。
魔物がだんだんと接近するのを見たレクスは歯を食い縛ってもう一度体を動かそうとする。
(さすがに、このままやられてちゃ、またラナちゃんに叱られちゃうよね…っ)
激痛に耐えては力を込めて行くレクスだが、その動きはすぐに止まってしまった。けどそれは痛みのせいではなかった。
「…っ、あれは――」
――――――
「はぁぁっ!」
「フシャアアァァ!」
帝都の外周で邪神獣と化した死霊鎧をようやくその槍で貫いて砕いたルヴィア。だが激戦に耐え切れなかったのか、ルヴィアの騎馬が一際大きくいななくと、口から泡を吹いて倒れ込んでしまう。
「うあっ!?」
馬の下敷きになって倒れたルヴィアに教団兵が揃って止めを刺そうと爪とカタールを構えて飛びかかった。
「シャアアァッ!」
「おおぉぉぉっ!」
間一髪でジュリアスが横から駆けつけ、流麗な剣捌きが次々と教団兵の攻撃を受け止め、切り倒していく。
「ぐあっ!」
最後の教団兵を倒すと、ジュリアスはルヴィアを馬の死体から助け出した。
「無事ですか、ルヴィア様っ」
「ええ、ですが…っ」
ルヴィアは、自分と同じように疲労を顔に浮かべ、いたるところに軽い傷を負っているジュリアスを見た。
「このままでは、やはりいずれ…っ」
「そう、ですね」
ジュリアスが軽く顔をしかめては彼女とともに周りの戦況を確認する。
ロバルトは未だに猛々しく騎士達を率いて奮戦し、教会国の神官騎士たちのサポートにより一応民達は守られているが、全体の旗色はだんだんと教団側の方に傾いている。外からの敵増援と、帝都から湧き出る魔物と教団兵の挟み撃ちも勿論あるが、何よりも彼らの脅威となるものは――
ドゥン…ッ
規律的に鼓動にも似た赤い雷が轟く暗雲の下、逆三角と邪神の揺りかごが放つ重圧は、いまや無視できない程に膨らんでいた。たとえ妖しい輝きを脈動させ続ける三つの塚から目を逸らそうとも、耳を塞いで怨嗟と狂笑の混じった声を聞かなくとも、邪神の揺りかごが血管じみた赤い光を脈動させるたびに、人々の心は蝕まれてしまう。いまや兵士たちは戦いに疲れ、現状を愚痴り始める人も出始める人もいれば、戦況に絶望して戦いを止め、恐怖に体がすくむ人までもいた。
「…ぐぅ…っ」
思わず塚を一瞥してしまったジュリアスは慌てて目を逸らす。
「ですが耐えるのです、ルヴィア様っ。ここで私達が倒れたら、やつらはここから世界へと広がり…ルヴィア様?」
ジュリアスはルヴィアの異変に気付いた。
「ジュリアス様、あれ…」
彼女が指差す方向に、ジュリアスは顔を向けた。
「おぉぉっ!」
ザレの短剣の連撃を凌ぎ、大剣の一振りで彼を退かせては距離を取るルドヴィグ。彼の傍で支援しようと立ち並ぶシスティが突如声をあげる。
「ルドヴィグ様…っ」
最初は自分への容態についてのものだと思った、だがすぐに違うと察した。同じく察したザレの顔に悦びの笑みが浮ぶ。
ミーナ、カイやレクス達、そしていまだに奮戦している三国の人々、怯えてすくむ帝都の民達はみな見えていた。空を覆い、太陽を遮断した闇黒の雲の中でまるで星のように輝く一点の青を。
「あ…兄貴!」
「ようやっときたかっ!」
「ウィルくん…!」
カイが、ミーナやレクス達が希望に満ちた声を上げた。
――――――
(みんな…っ)
再び帝都上空近傍へと戻ったウィルフレッドのサイバネアイに、壮絶な戦いが繰り広げられる光景が映り、思わず拳を握る。こちら側が極めて劣勢に追い込まれているのは明らかだった。
(アイシャ、ラナ、…エリーっ)
禍々しき明かりと音を発する逆三角の結界、その中央に座す邪神の揺りかご、闇黒のドーム。そこに囚われた友人と最愛の人を思うウィルフレッドの鋼鉄の胸の奥が強く締め付けられる。
(((貴方の願いを、祈りをください。この世界では、思いと言葉には力が宿ります)))
(…っ、お願いだ、ネイフェ、俺に力をくれ)
思いがウィルフレッドの冷たき鋼の体を熱くさせる。
(((貴方が願えば、私は貴方を肉体の崩壊から守る鎧と化しましょう)))
(力を…みんなを助けられる力をっ…)
熱が衝動となってウィルフレッドを駆り立てる。仲間への、エリネへの愛を込めながら叫べと。
「エリーを助けられる力をーーーっ!」
星の輝きが闇黒の空に満ちた。
胸のアスティル・クリスタルから溢れ出る美しくも眩いオーラが飛び出て、ネイフェが微笑みとともに顕現した。まるでウィルフレッドを、新たなる勇者を祝福するようにその周りを舞うと、大きく両手を広げては清らかな鳴き声とともに青の鳳凰が羽ばたく。二つの異なる神秘の青が舞い、空で一つとなる。
ウィルフレッドの鋼鉄の身体に光と化したネイフェのオーラが走り、呪文となりてその全身を包む。腕の装甲が、足の装甲が、身体が変化し、青を帯びた鋼鉄へと変化する。この世ならざる異形の顔を包む光が弾き、この世界の騎士を彷彿とさせる姿へと変わる。
全身に漲る力を解放するように大きく雄叫びをあげ、バイザーの下の異形の目が光るると、女神スティーナの紋章が後ろで輝いたっ。その風貌はさながら凛々しき星の騎士、女神の祝福を受けて新たに誕生した勇者のようだった。
「お、おおおっ…!みんな見ろ!」
「さっきのあれは、スティーナ様の紋章かっ?」
その姿を見て人々がどよめき、ランブレが興奮とともに叫んだ。
「ああっ、間違いないっ!ウィル殿が、ネイフェ様の加護を受けて戻ってきたんだ!新たな勇者が誕生したんだ!」
「こ、これは…っ」
己の変化に驚くウィルフレッドの頭の中にネイフェの声が響いた。
(調整が間に合ってよかったです。本当は元の姿のままでもいけるのですが、せっかくの新生勇者ですから、少し意匠を凝ってみました)
その口調は少し子供っぽかった。
(というのは冗談で、ウィル、私はいま貴方を覆う装甲へと変化し、大樹が大地に根差すかのように装甲のある程度の深さまで私の末端を延ばしています。アスティルエネルギーはこの世界のマナと理レベルで競合しますが、エリネの魔法が貴方に効くため、同じスティーナの化身たる私はこうしてある程度同化し、サポートすることができます。今の貴方なら感じられるはずです。この世界を駆け巡るマナの存在を)
ウィルフレッドは言われたとおり周りに集中し、驚愕する。感じられるレベルじゃない。見える。いま大地に、風に、近くの山々で流れ、駆け巡る|この世界の理を、いま逆三角と邪神の揺りかごから放たれる、真っ黒に染められた泥のような邪気も含めて、はっきりとっ。
「おおぉ…っ!」
ウィルフレッドは両手に力を込め始める。アスティルエネルギーが、ネイフェが与えたマナが集中し、異なる神秘が一つとなりて、腕の結晶で強き光を放つっ。
「らああぁぁーーーっ!」
雄々しき声とともに両手を広げて突き出すと、無数の流星がウィルフレッドを中心に放たれ、戦場へと降り注ぐっ!
「「「モギャアアァァ!」」」
「「「うああぁぁっ!」」」
まるで闇夜を切り裂く流星群かのように、ウィルフレッドから放たれた流れ星が大地を覆う闇黒を照らす。ホーミングするエネルギー弾は彗星にも似た尾を引きながら邪神獣を、教団兵を、ドームから外へと這い出る魔物をことごとく貫き、帝都の地平が青の爆発光に染められていく!ウィルフレッドは体を確認する。…痛みは、ないっ。
(ウィル)
「分かってるっ!」
体を慣らし終わったウィルフレッドは狙いを定めた。いまだに人々の心身を蝕む、恐るべき逆三角の結界を構築する三つの塚をっ!
「コーティング!」
右手に剣を生成してアスティルエネルギーを注ぎ込んでは、剣先から大地をも切り裂けそうな青の刃が伸びる!彼は流れ星のように、羽ばたく青き鳥のように飛翔するっ。純真な子供達の怨嗟の血を吸って築き上げられた、赤き憎悪の塚に向かって!
「うおおぉぉっ!」
一閃っ。結界をものともせず、一瞬にして塚を通り過ぎたウィルフレッドの一撃が塚に青の線を刻み込むっ。重い音を立て、青の断面からずれて倒れ込んでいく憎悪の塚っ!
ウィルフレッドはそのまま急旋回して飛ぶっ。カトー達の夢を踏みにじり、その残骸を啜ってきた怪しき緑の光を纏う虚無の塚に!
「カアアァァーーーっ!」
左手にアスティルエネルギーを溜め、一気に放たれた青の光弾が塚に命中し、炸裂するっ。真っ二つに折れた塚が飛散る破片とともに虚無へと帰るかのように崩れていく!
ウィルフレッドは最後の塚を睨んだっ。人々の恐怖を喰らい、ミリィや愛するエリネの命まで脅かしたドッペルゲンガー変異体によって積もりあげた屍が成す、紫色に脈動する恐怖の塚を!
「ガアアァァァッ!!!」
双剣を前に構え、全身にアスティルエネルギーを纏ってはドリルのように回転し、青の弾丸と化したウィルフレッドが体当たりするっ。大地をも振るわせる衝撃とともに恐怖の塚は粉々に砕かれ、巻き上がる砂塵を穿ってウィルフレッドが飛び出たっ。
数秒足らずに三つの塚が粉砕され、おぞましき逆三角の結界が断末魔にも似た悲鳴とともに消滅する!
「! 体が…!」
アラン達は即座に感じられた。己の心と身体に圧し掛かる重圧が完全に消え去ったのを。
「ウィルくん…!」
「兄貴っ!やっぱ兄貴はすげえやっ!」
「ウィルっ!」
なんとか上半身を起こしたレクス、カイとミーナの体に青のオーラが浮び、聖剣ヘリオスと神弓フェリアが黄金と銀の光を放つ。同じように身体の青きオーラが眩く輝くウィルフレッドに呼応するかのように。
レクスとカイがウィルフレッドに向けて神器を掲げた。三色の光が絶望の戦場を照らすっ。三神器がいまこの場に集い、真に覚醒を果たしたっ。
「みなのもの見よ!」
傷だらけのロバルトもまた声高らかに叫ぶ。
「いま三女神の勇者がここに集った!女神達の加護は、神器の力は我らとともにあるのだっ!奮い立てっ!たとえこの身がいつか滅びようとも、それは決して今日ではない!今日の我々は子らの明日を繋げるために、命燃え尽きるまで戦うのだっ!」
戦場の隅々まで再び角笛の音が響き渡り、絶望に陥った人々の胸に神器の輝きとともに希望の炎が再び灯される。武器を取り直し、力強く吼えては魔物と教団の軍勢に立ち向かう。ようやく希望が見えた中、赤き雷が空を、いまだそこにある邪神ゾルドの揺りかご、闇黒のドームのシルエットを照らした。
【続く】
「ああ」
掌に小さなシリンジを持ってレクス達に説明するウィルフレッド。それはある日、レクスとラナが隠れていたヌトの残骸から回収した武器などをウィルフレッド、ミーナとともに確認していた時のことだった。
「詳細は省くが、このアンチ変異体ウィルスはこっちの試作撹乱グレネードと同じ変異体対策の装備だ。これを変異体の体内に打ち込めば、ナノマシンウィルスは変異体を構成するナノマシンを侵食し、一分も満たないうちに変異体の身体を壊死させて灰に帰すことができる」
「へぇ~めっちゃ便利じゃないっ。それじゃあこれがあればもう変異体なんて怖くなくなるってことなんだねっ?」
「残念だがそうもいかないんだ。このウィルスはかなり初期の変異体を対象にして調整されたものだし、何より開発途中のものだから、全ての変異体に効くって訳じゃない。それに、見ての通り見つけたシリンダはこの一本しかない。こっちの撹乱グレネードもここにあるのが全部だから、万が一に備えて、ここぞという時に使う必要がある」
「あらら、やっぱ万能って訳でもないんだね」
ミーナが頷く。
「だがウィル以外に変異体対策が増えるのは大変嬉しいことだ。これらの装備はレクスに預けた方がいいだろう」
「僕がかい?」
「おぬしはわが軍の軍師だろう。大事な装備をいつどこで使う判断を下すのに一番適していると思うが、違うか?」
「確かにそうだな。レクス、これらの使い方を簡単に説明するから、どうかうまく使ってくれ」
「うん、任せてよ。きっと上手く使いこなして見せるさ」
******
「うおあぁ…っ、うあああああああーーーーー!」
オズワルドが絶叫とともにもがき、暴れる。レクスにアンチ変異体ウィルスを注入された箇所の異常な膨張が全身に拡散し、異様な色彩に変化しては、破裂と再生を繰り返す。強烈な激痛がオズワルドを苛み、頭に棒がかき回されてるように思考がぐちゃぐちゃとなっていく。
「おううおおおっ!ウガァァァaaaaaa-----!」
この世ならざる咆哮を上げ、人型だったオズワルドの体がギチギチと変化し、かつてレクスがウィルフレッドの記憶で見たミミック変異体の蝶じみた姿へと変貌していく。だがアンチウィルスのせいか、その一部はどこか奇怪な形に歪み、いまだに激しい蠕動を繰り返していた。
(どうやら効いているらしいねっ、でもウィルくんが言ったように灰になっていない。やっぱ効果は限られるか…っ)
傷だらけのレクスは先ほどオズワルドに打たれた所を押さえ、聖剣の方へと這い寄っていく。
「Ouooo…!UuuoOooOo…!」
まるで裂かれた昆虫をチグハグな姿に繋ぎ合せたかのような姿へと変わり果てたオズワルド。ミミック変異体の擬態機能が異常をきたし、その表面に数多くの老若男女の顔や動物の姿が浮んでは、外なる異形の声で呻き声をあげる。
アンチウィルスによる体組織の変貌は思考中枢までも蝕み、多くの記憶が壊れたスライドプロジェクターからの影像のように彼の意識に流れる。怒鳴るガルシア、己への思慕を利用させたシルビア、忠義を尽くすよう仕向けたメディナ、自分に関心を向ける姉のヒルダ、そして――
「Lana…Lanaaaaーーー!」
この世界で唯一の関心を持つ人の名を吼えながらオズワルドがその変わり果てた巨躯を走らせる。聖剣を握りなおしたレクスに向かって。
「ぐぅ…ヘリオスっ!」
さきほどネイフェに願ったようにレクスは聖剣に呼びかける。勇者の声に応えるようヘリオスはその黄金色の刀身を眩く輝かせ、レクスにかけられたネイフェの加護と共鳴する。傷はさらに癒され、太陽の光が凝集したかのような魔力の刃を作り出した。レクスはネイフェの加護により強化された身体能力を頼りに、突進してくるオズワルド変異体へと自ら走っていく。
「でぇりゃあぁぁっ!」
「Lanaaaーーー!」
巨大な質量の横をすり抜け、一回転しながら聖剣ヘリオスをその巨躯に叩き込むレクス。黄金のオーラをまとう聖剣の一撃が、深々と深い傷跡をオズワルド変異体に刻んだっ。変異体の絶叫が周りにコダマする。
「OAAAaaaAA----!」
(いける!これなら!)
「OooOoOo----!」
オズワルド変異体の異形の腕が不定形に歪みながら闇雲にレクスに向けて振り下ろされる。レクスは足を重く大地に立たせ、聖剣を巧みに振り回し、左右交互と袈裟斬りを繰り出す。聖剣が刻む黄金の光輪の軌跡が、異形の腕を次々と切り落としていく。オズワルド変異体はもはや身体の強度を維持できないのだ。
「OaaAAAaaoo!!!Lanaaa!Lanaaa----!」
再び生やされる異形の触手と腕がレクスに襲い掛かる。レクスは身を低くして疾走してそれらを間一髪で掻い潜る。オズワルド変異体の攻撃速度も先ほどより格段と落ちており、もはや彼を捉えることはできない。
「うおおぉぉっ!」
「OAAAoo!!!Lananana----!」
至近距離へと踏み込んだレクスの滅多斬りが、いびつに歪んだオズワルド変異体の身体に切り込まれる。聖剣の光の炎はオズワルド変異体を容赦なく焼き、膨らんだ部分がダメージに耐え切れず大きく炸裂し、菫色の血を帯びた肉片が飛散る。
「GAAAaaaAA----!」
爆発が聖剣の炎に焼かれたところから連鎖していくっ。もはや攻撃に転ずることもできず、オズワルド変異体は次々と崩れ行く腕を虚しく振り回しながら暴れる。レクスが高々と聖剣を掲げて構え、ヘリオスの刀身から太陽の光が成す刃が天をも貫くかのように伸びたっ。
「これで終わりだっ、オズワルドっ!」
大岩をも両断する大剣と化した聖剣ヘリオスが振り下ろされる。黄金の刃はオズワルド変異体の肩らしき部分からその体を切り裂き、その後ろの瓦礫がもろとも両断されるっ。
「AAAAAAAA------!」
真っ二つにされたオズワルド変異体が断末魔とともに炸裂した。破片が白の灰となって撒かれ、次々とその残骸が炸裂し、泡となって消えていく。
「O、OooOOおおお…!」
巻き上げられる煙のなかから、元の人型サイズに戻ったオズワルドがゆらりと歩み出る。左肩は先ほどの一撃でごっそり切り落とされ、全身に刻まれた切り裂き痕と一部吹き飛ばされた頭からはもはや血は出ず、大地の亀裂かのように乾いては、死の白色が広がっていく。
「お、おぉぉ、ラ、ラ――」
残り半分の頭に残る目が弱々しく光、がくがくとその口が震え、オズワルドが思い切って叫んだ。自分を狂わせた人の名を。
「ラナアァァァーーーがふぁっ!!!」
その絶叫を、懐へと飛び込んでは聖剣を突き刺すレクスによって遮られた。
「これ以上は体に毒だからそろそろ静かにした方がいいよ、オズワルド殿。それに…」
「あがぁ…っ!」
聖剣を一段とオズワルドの身体へと押し込むレクス。その目は氷のように鋭く、放つ言葉は冷たかった。
「これ以上ラナちゃんの名前をあんたの口から出されるのは癪なんだからね…そろそろ黙っててちょうだい」
聖剣を抜き出すと、オズワルドの体がさらに崩れ、無残に地面に倒れていく。
「あっ…あ、が…」
瞳から妖しい光が消え、その目に再び理性が宿っていく。
「がは……は、はは…やはり、こうなったか」
傷だらけの体を押さえ、レクスは虫の息のオズワルドを見下ろす。
「いや…異世界の怪物になっても…願いが変わらなかった時点で…やはり俺は…なるべくして、なったのだな…ゾルドに、与するという、運命の一環として…」
「なに言ってんのオズワルド殿?」
「ふふ…ただのたわごと、ですよ…勇者、レクス殿…」
闇に淀んだ血の赤が滲む空を見上げながら、オズワルドは崩れかけた口で最後の言葉を絞った。
「…あの、気まぐれが…どうなるのか、見届けられないのが残念ではありますが…少なくとも、最低限の願いは、一度叶いましたからね…ラ、ラナの目がわた―――」
オズワルドの言葉は続かなかった。レクスが聖剣でボロボロのその頭を貫いたから。
「言ったでしょ、これ以上その口からラナちゃんの名前が出るのは嫌だって」
オズワルドの残骸がビクビクと壊れた人形かのように震えると、やがてボロボロと崩れ、白い灰となって散っていった。天才と謳われ、戦争の引き金を引いたヘリティア宰相の最後だった。
虚しく飛散する灰に向けて、レクスは言葉を吐いた。
「何か言いたいのなら女神様に直接言ってちょうだい。あのガリア様なら聞いてくれるんじゃない?」
そう言った途端、レクスの身体がぐらりと揺れ、視界が再びかすみ始めては仰向けに倒れこんだ。
「ぐふ…っ」
オズワルドに付けられた傷跡から再び血が流れ始める。急場凌ぎに近いネイフェの加護による癒しの効果が切れたからだ。変異体との極限な戦いが終わったばかりもあって、蓄積した疲労が一気にレクスを襲う。
「ぜぇ…ぜぇ…、こ、こりゃあちょっとマズイかなぁ…」
『GiiRyaaa---!』
「なっ、なんだっ!?」
カイと対峙していた蜘蛛型変異体たちが悲鳴を上げては倒れ、ブクブクと泡を吹いては消えていった。
「これって…あのドッペルゲンガー変異体の時と同じ…?ってことは――」
「カーーーイ!」
遠方からミーナがマティ達や他の騎士達とともに駆けつけてくる。
「ミーナ!そっちはもう片付けたのかっ?」
「いや、こっちの騎士たちから支援が必要だと言われて駆けつけたんだ、レクスはどこにいるっ?」
「あっちだよ、さっきまであそこでオズワルドと――」
カイ達が目を見開く。闇のドームから這い出た魔物たちの一部が、いままさに倒れこんで微動だにしないレクスに向かっている。なんとか頭を小さく持ち上げるレクスもまたその魔物の群を確認した。
「さ、さすがに本当にまずいなあ…っ」
何とか手足を動かそうとしたら、鋭い痛みが全身を襲っては危うく意識が飛びそうになる。無理に体を動かした反動がいまになって大きく帰ってきたのだ。
「あいたたたた…っ、だ、だめだこりゃ…っ」
「いけないっ、レクス様っ!」
「マティ殿!」
主の危機にマティは即座に駆け出す。クラリスもすぐに後を追った。
ミーナが口笛を吹くと、精霊魔法により作られし狼と獅子が現界し、彼女は狼の方へと跨る。
「カイ!そっちに乗れ!急ぐんだ!」
「あぁ!」
獅子の方にカイが跨ると、他の騎士達らとともにレクスの元へと駆け出す。
魔物がだんだんと接近するのを見たレクスは歯を食い縛ってもう一度体を動かそうとする。
(さすがに、このままやられてちゃ、またラナちゃんに叱られちゃうよね…っ)
激痛に耐えては力を込めて行くレクスだが、その動きはすぐに止まってしまった。けどそれは痛みのせいではなかった。
「…っ、あれは――」
――――――
「はぁぁっ!」
「フシャアアァァ!」
帝都の外周で邪神獣と化した死霊鎧をようやくその槍で貫いて砕いたルヴィア。だが激戦に耐え切れなかったのか、ルヴィアの騎馬が一際大きくいななくと、口から泡を吹いて倒れ込んでしまう。
「うあっ!?」
馬の下敷きになって倒れたルヴィアに教団兵が揃って止めを刺そうと爪とカタールを構えて飛びかかった。
「シャアアァッ!」
「おおぉぉぉっ!」
間一髪でジュリアスが横から駆けつけ、流麗な剣捌きが次々と教団兵の攻撃を受け止め、切り倒していく。
「ぐあっ!」
最後の教団兵を倒すと、ジュリアスはルヴィアを馬の死体から助け出した。
「無事ですか、ルヴィア様っ」
「ええ、ですが…っ」
ルヴィアは、自分と同じように疲労を顔に浮かべ、いたるところに軽い傷を負っているジュリアスを見た。
「このままでは、やはりいずれ…っ」
「そう、ですね」
ジュリアスが軽く顔をしかめては彼女とともに周りの戦況を確認する。
ロバルトは未だに猛々しく騎士達を率いて奮戦し、教会国の神官騎士たちのサポートにより一応民達は守られているが、全体の旗色はだんだんと教団側の方に傾いている。外からの敵増援と、帝都から湧き出る魔物と教団兵の挟み撃ちも勿論あるが、何よりも彼らの脅威となるものは――
ドゥン…ッ
規律的に鼓動にも似た赤い雷が轟く暗雲の下、逆三角と邪神の揺りかごが放つ重圧は、いまや無視できない程に膨らんでいた。たとえ妖しい輝きを脈動させ続ける三つの塚から目を逸らそうとも、耳を塞いで怨嗟と狂笑の混じった声を聞かなくとも、邪神の揺りかごが血管じみた赤い光を脈動させるたびに、人々の心は蝕まれてしまう。いまや兵士たちは戦いに疲れ、現状を愚痴り始める人も出始める人もいれば、戦況に絶望して戦いを止め、恐怖に体がすくむ人までもいた。
「…ぐぅ…っ」
思わず塚を一瞥してしまったジュリアスは慌てて目を逸らす。
「ですが耐えるのです、ルヴィア様っ。ここで私達が倒れたら、やつらはここから世界へと広がり…ルヴィア様?」
ジュリアスはルヴィアの異変に気付いた。
「ジュリアス様、あれ…」
彼女が指差す方向に、ジュリアスは顔を向けた。
「おぉぉっ!」
ザレの短剣の連撃を凌ぎ、大剣の一振りで彼を退かせては距離を取るルドヴィグ。彼の傍で支援しようと立ち並ぶシスティが突如声をあげる。
「ルドヴィグ様…っ」
最初は自分への容態についてのものだと思った、だがすぐに違うと察した。同じく察したザレの顔に悦びの笑みが浮ぶ。
ミーナ、カイやレクス達、そしていまだに奮戦している三国の人々、怯えてすくむ帝都の民達はみな見えていた。空を覆い、太陽を遮断した闇黒の雲の中でまるで星のように輝く一点の青を。
「あ…兄貴!」
「ようやっときたかっ!」
「ウィルくん…!」
カイが、ミーナやレクス達が希望に満ちた声を上げた。
――――――
(みんな…っ)
再び帝都上空近傍へと戻ったウィルフレッドのサイバネアイに、壮絶な戦いが繰り広げられる光景が映り、思わず拳を握る。こちら側が極めて劣勢に追い込まれているのは明らかだった。
(アイシャ、ラナ、…エリーっ)
禍々しき明かりと音を発する逆三角の結界、その中央に座す邪神の揺りかご、闇黒のドーム。そこに囚われた友人と最愛の人を思うウィルフレッドの鋼鉄の胸の奥が強く締め付けられる。
(((貴方の願いを、祈りをください。この世界では、思いと言葉には力が宿ります)))
(…っ、お願いだ、ネイフェ、俺に力をくれ)
思いがウィルフレッドの冷たき鋼の体を熱くさせる。
(((貴方が願えば、私は貴方を肉体の崩壊から守る鎧と化しましょう)))
(力を…みんなを助けられる力をっ…)
熱が衝動となってウィルフレッドを駆り立てる。仲間への、エリネへの愛を込めながら叫べと。
「エリーを助けられる力をーーーっ!」
星の輝きが闇黒の空に満ちた。
胸のアスティル・クリスタルから溢れ出る美しくも眩いオーラが飛び出て、ネイフェが微笑みとともに顕現した。まるでウィルフレッドを、新たなる勇者を祝福するようにその周りを舞うと、大きく両手を広げては清らかな鳴き声とともに青の鳳凰が羽ばたく。二つの異なる神秘の青が舞い、空で一つとなる。
ウィルフレッドの鋼鉄の身体に光と化したネイフェのオーラが走り、呪文となりてその全身を包む。腕の装甲が、足の装甲が、身体が変化し、青を帯びた鋼鉄へと変化する。この世ならざる異形の顔を包む光が弾き、この世界の騎士を彷彿とさせる姿へと変わる。
全身に漲る力を解放するように大きく雄叫びをあげ、バイザーの下の異形の目が光るると、女神スティーナの紋章が後ろで輝いたっ。その風貌はさながら凛々しき星の騎士、女神の祝福を受けて新たに誕生した勇者のようだった。
「お、おおおっ…!みんな見ろ!」
「さっきのあれは、スティーナ様の紋章かっ?」
その姿を見て人々がどよめき、ランブレが興奮とともに叫んだ。
「ああっ、間違いないっ!ウィル殿が、ネイフェ様の加護を受けて戻ってきたんだ!新たな勇者が誕生したんだ!」
「こ、これは…っ」
己の変化に驚くウィルフレッドの頭の中にネイフェの声が響いた。
(調整が間に合ってよかったです。本当は元の姿のままでもいけるのですが、せっかくの新生勇者ですから、少し意匠を凝ってみました)
その口調は少し子供っぽかった。
(というのは冗談で、ウィル、私はいま貴方を覆う装甲へと変化し、大樹が大地に根差すかのように装甲のある程度の深さまで私の末端を延ばしています。アスティルエネルギーはこの世界のマナと理レベルで競合しますが、エリネの魔法が貴方に効くため、同じスティーナの化身たる私はこうしてある程度同化し、サポートすることができます。今の貴方なら感じられるはずです。この世界を駆け巡るマナの存在を)
ウィルフレッドは言われたとおり周りに集中し、驚愕する。感じられるレベルじゃない。見える。いま大地に、風に、近くの山々で流れ、駆け巡る|この世界の理を、いま逆三角と邪神の揺りかごから放たれる、真っ黒に染められた泥のような邪気も含めて、はっきりとっ。
「おおぉ…っ!」
ウィルフレッドは両手に力を込め始める。アスティルエネルギーが、ネイフェが与えたマナが集中し、異なる神秘が一つとなりて、腕の結晶で強き光を放つっ。
「らああぁぁーーーっ!」
雄々しき声とともに両手を広げて突き出すと、無数の流星がウィルフレッドを中心に放たれ、戦場へと降り注ぐっ!
「「「モギャアアァァ!」」」
「「「うああぁぁっ!」」」
まるで闇夜を切り裂く流星群かのように、ウィルフレッドから放たれた流れ星が大地を覆う闇黒を照らす。ホーミングするエネルギー弾は彗星にも似た尾を引きながら邪神獣を、教団兵を、ドームから外へと這い出る魔物をことごとく貫き、帝都の地平が青の爆発光に染められていく!ウィルフレッドは体を確認する。…痛みは、ないっ。
(ウィル)
「分かってるっ!」
体を慣らし終わったウィルフレッドは狙いを定めた。いまだに人々の心身を蝕む、恐るべき逆三角の結界を構築する三つの塚をっ!
「コーティング!」
右手に剣を生成してアスティルエネルギーを注ぎ込んでは、剣先から大地をも切り裂けそうな青の刃が伸びる!彼は流れ星のように、羽ばたく青き鳥のように飛翔するっ。純真な子供達の怨嗟の血を吸って築き上げられた、赤き憎悪の塚に向かって!
「うおおぉぉっ!」
一閃っ。結界をものともせず、一瞬にして塚を通り過ぎたウィルフレッドの一撃が塚に青の線を刻み込むっ。重い音を立て、青の断面からずれて倒れ込んでいく憎悪の塚っ!
ウィルフレッドはそのまま急旋回して飛ぶっ。カトー達の夢を踏みにじり、その残骸を啜ってきた怪しき緑の光を纏う虚無の塚に!
「カアアァァーーーっ!」
左手にアスティルエネルギーを溜め、一気に放たれた青の光弾が塚に命中し、炸裂するっ。真っ二つに折れた塚が飛散る破片とともに虚無へと帰るかのように崩れていく!
ウィルフレッドは最後の塚を睨んだっ。人々の恐怖を喰らい、ミリィや愛するエリネの命まで脅かしたドッペルゲンガー変異体によって積もりあげた屍が成す、紫色に脈動する恐怖の塚を!
「ガアアァァァッ!!!」
双剣を前に構え、全身にアスティルエネルギーを纏ってはドリルのように回転し、青の弾丸と化したウィルフレッドが体当たりするっ。大地をも振るわせる衝撃とともに恐怖の塚は粉々に砕かれ、巻き上がる砂塵を穿ってウィルフレッドが飛び出たっ。
数秒足らずに三つの塚が粉砕され、おぞましき逆三角の結界が断末魔にも似た悲鳴とともに消滅する!
「! 体が…!」
アラン達は即座に感じられた。己の心と身体に圧し掛かる重圧が完全に消え去ったのを。
「ウィルくん…!」
「兄貴っ!やっぱ兄貴はすげえやっ!」
「ウィルっ!」
なんとか上半身を起こしたレクス、カイとミーナの体に青のオーラが浮び、聖剣ヘリオスと神弓フェリアが黄金と銀の光を放つ。同じように身体の青きオーラが眩く輝くウィルフレッドに呼応するかのように。
レクスとカイがウィルフレッドに向けて神器を掲げた。三色の光が絶望の戦場を照らすっ。三神器がいまこの場に集い、真に覚醒を果たしたっ。
「みなのもの見よ!」
傷だらけのロバルトもまた声高らかに叫ぶ。
「いま三女神の勇者がここに集った!女神達の加護は、神器の力は我らとともにあるのだっ!奮い立てっ!たとえこの身がいつか滅びようとも、それは決して今日ではない!今日の我々は子らの明日を繋げるために、命燃え尽きるまで戦うのだっ!」
戦場の隅々まで再び角笛の音が響き渡り、絶望に陥った人々の胸に神器の輝きとともに希望の炎が再び灯される。武器を取り直し、力強く吼えては魔物と教団の軍勢に立ち向かう。ようやく希望が見えた中、赤き雷が空を、いまだそこにある邪神ゾルドの揺りかご、闇黒のドームのシルエットを照らした。
【続く】
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