ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第十八章 邪神胎動

邪神胎動 第五節

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今や邪神ゾルド復活の祭壇と化した皇城ダンスホールの中、邪神ゾルドの卵の真下にある柱に縛り付けられたアイシャが周りの変化に驚愕する。
「なに…一体、何が起こってるのっ?」

鼓動と共にゾルドの卵から放たれる邪気が、祭壇を中心とする 逆三角ネガ・トリニティの中に満ち溢れ、それに触れた床や壁に黒いタールのような淀みが染みついていく。タールがブクブクと泡吹くと、まるで卵のように破裂し、赤い光の模様を帯びた黒い塊の怪物達が次々と生まれてくる。産み落とされたばかりの赤子かのように呻き声をあげては、結界の外へと進んでいった。邪神剣を手に持ったザナエルがせせら笑う。

「ンくくくく、千年前のようにゾルド様は己の眷属を作っているのだ。ゆえにな」
「邪神の権能、ですって…?」
力が削がれ、息苦しそうにも鋭い眼差しを向けるラナ。

「そうだ。もっとも、封印されたままの状態では完全な命は産み落とせないがな。ゾルド様が完全に復活すれば、再び完璧なる眷属らが生まれよう。眷属らが世界にばらまければ、感情の混沌が世界を席巻し、罪人たちの祝福の時代が訪れるっ!罪人を含めた全ての人々はついに人らしく生きていけるのだっ!」

「…ふざけないでっ」
今や泣き止んだエリネは、辛そうに息しながらも強い声でザナエルを糾弾した。
「他の人達を苦しめておいて何が人らしく生きるっていうのっ?詭弁にも程があるわっ!」
「詭弁ではないのだ、憎悪は愛あってこそ生じ、虚無に怖れてこそ夢を追い、勇気をもってその恐怖に対峙する。それらは生と死のように全て表裏一体、人を構成する要素に他ならない。ゆえに、感情の坩堝が渦巻く世界こそが人の心が至る極致とは思わんかねっ?」

つまらなそうな顔で立っているギルバートをザナエルは一瞥する。
「スティーナの巫女殿よ、そなたがそのような混沌が渦巻く世界から来た魔人を愛したのも、その人の坩堝より生まれた美しさに魅入られてこそではないのか?我もその気持ちはわかる。ギルバート殿が語るその世界地球の風景は、実に素晴らしく感じられるものだからな」
「ウィルさんのことを何も知らないくせに彼を語らないで!」

怒りと悲しみが混じり合う涙がボロボロとエリネの頬を濡らす。
「ウィルさんは…ウィルさん達は誰一人あのような生活を、人生を望んでいないっ!善だの悪だの関係ないわ…あの人達はただただ自分たちなりにがんばって生きようとしただけ…。ウィルさん達のその意志を、あんたの勝手な屁理屈で歪ませないでっ!」

「やめなさいエリーちゃん。ウィルくんも言ったでしょ、根本的からイカれた人と論争しても意味ないわ」
「ラナさん…っ」
たとえ辛くとも、ラナが不敵な眼差しをザナエルに向ける。
「ザナエル、貴様には一つだけ言っておく。人というのは、勝利を確信した時が一番足元をすくわれ易いものだぞ」

「ンくくく、確かにその通りだ。ご忠告、痛み入る」
低く冷笑すると、ザナエルは空に手をあげた。すると景色が歪み、帝都の外の風景が浮かび上がる。

「これは…外の様子か?」
「その通りだ、オズワルド殿。いまやこの一帯はゾルド様の権能の支配下にある。我ならばゾルド様を通してこうすることもできよう」
次々と帝都、そしてその外周へと進んで人々を襲う魔物たち。パニックに陥る人々とともに混乱を極めていた騎士団だったが、突如隊列を組みなおし、魔物相手に戦いを挑んでは民たちの避難を誘導していた。

そんな騎士達の先頭に立つのは、月の破魔の光を堪えた神弓フェリアで魔物を射抜くカイと、暗黒を打ち払う太陽の輝きを発する聖剣ヘリオスを掲げたレクスだった。
「カイくん…っ!」
(レンくん)
オズワルドの顔にわずかな綻びが浮かぶ。ギルバートはウィルフレッドの姿がないのを確認すると、すぐに興味を失った。

「ほほう。これはこれは、まさか聖剣ヘリオスまで覚醒したとは。魔人の姿は見えんが、巫女殿の言う通り慎重を期せねばならぬな」
うす気味悪い笑い声を発するザナエルが指示する。
「ザレよ。作業している同志を除いた全ての兵力を率いて、ゾルド様の眷属とともに打って出よ。もうすぐ外からくる他の同志と合流し、勇者と勇敢なる騎士達を外に押し止めよ」

「御意」
短く応じると、ザレは部下たちと共に結界の闇の中へと消えていった。
「んクククク、さて、ゾルド様が復活するのが先が、勇者たちがここに攻め入るのが先か、果たして星辰の未来はどちらに傾くのかな?」

ザナエルの言葉を介さずに、ラナは奮戦するレクス達の方に注目した。アイシャも逸らそうとした目をしっかりと移さずにカイ達を見つめ、エリネは思い人の無事を祈った
(カイくん、がんばって…っ)
(ウィルさん、どうか、どうか無事でいて…っ)


******


『…ウィルフレッド。聞こえますか?』
暗雲が広がっていく空を流星のように翔るウィルフレッドの内から、精霊ネイフェの声が響いた。
「え、あ、ああ、聞こえるよ。どうしたんだ?」
『何か気になることがあるのですか?何か考えてるように感じられますが』

暫く黙してから彼は答える。
「…君の本体が隠れてるところ、ロードレン山だったな。ラナ達は本来そこを行軍する予定だったのを思い出して…。俺の偵察結果で最終的に通らないことになったが、もし俺がいなかったら、ラナ達はロードレン山のルートを通って、先に君の本体と出会っていたのではと思って。もしそうだったら、あの時点で既に俺がエリー達の運命を干渉していることになるんだな…」

『そうかもしれませんね』
ネイフェの声は穏やかだった。
『ですが今となってはもう知ることもできませんから、ここは貴方達の世界風で、、と考えるのもいいのではありませんか?』

かつてのキースの言葉に心を打たれながら、少し怪訝とするウィルフレッド。
「ネイフェ、ひょっとしたらキースのことも知っているのか?」
『ずっと貴方達を見守ってきましたからね。貴方に限らず、ラナやエリネ、他の勇者のことも。霊体の維持に限度がありましたから、テオちゃんとハナちゃんに協力してもらってますけど、お陰でエリネが見てきた貴方の記憶も知ることができました』

(テオとハナ…?)
どこかでその名前を聞いたことあるウィルフレッドは、夢の中に出てくる二人の子供をおぼろげに思い出す。だがそれよりももう一つの事実に気付いてしまう。

「…あっ」
『どうかしましたか?』
「ネイフェは、いつも俺達のことを見守っていたって言ったけど…」
『ええ』
「そ、その…、俺とエリーのやりとり、も?」

優雅でありながらどこか稚気の篭った笑い声が返ってきた。
『さあ、どうでしょうか。ただ、エリネは真にスティーナ様の魂の一部を受け継いだ巫女ですから、同じくスティーナ様によって作り出された私にとっては、貴方達のいう親戚とか、姉妹とか、ご主人様の一人娘みたいなものですし、人一倍感心を寄せるのも当たり前だと思いません?』
いま魔人アルマ形態でなかったら、真っ赤に染められたウィルフレッドの顔が見られただろう。

「そ、そういえば、ネイフェの魔法はエリーと同じように俺に効くようになってるんだな。それはやはり、君とエリーが同じスティーナの力の一部を持ってるからなんだな」
『正確には、私とエリネはどちらもスティーナ様と直接の関わりをもってる故、魔法的などにおいて強い繋がりをもってるからかと。もっとも、先ほども言ったように、エリネの魔法が貴方に効く詳細自体は判別してませんし、私は所詮エリネ本人ではありませんから、あの子と比べて貴方の体を癒す効果は相当劣ります』

「それでも十分楽になってる、ありがとう」
『どういたしまして。本体さえ動ければ、より直接的に貴方の体を補強することができますので、それまで辛抱してくださいね』
「ああ」
暫くの沈黙が流れる。

『…ウィルフレッド』
「ウィルでいいさ」
『ありがとう。ウィル、貴方には一つ教えておきたいことがあります。この世界に属さない、異邦人である貴方こそ知って欲しいことが』

「なんだ?」
『邪神ゾルド…その正体についてです』
「なんだってっ?」
驚くウィルフレッドに、ネイフェは邪神発生の経緯を静かに語った。

「そ、そうだったのか…それじゃに関する情報が殆ど残ってなかったのは…」
『はい、ウィルも存じてると思いますが、この世界ハルフェンでは言葉や思い、名前などには力が宿ります。それを利用して、あの方の本質を変質させた人がいました』
その人の名前は言うまでもなく、彼はすぐにわかった。

『今ザナエルと名乗る、邪神教団の大神官その人です』


******


今や黒の混じった赤に染められた暗雲に完全に覆われたヘリティア帝都。邪神の鼓動のごとく間接的に轟く雷鳴が打たれるたびに、空と大地の間におぞましい何かが見えるようだった。あるいは、それは 逆三角ネガ・トリニティの中央にある闇黒の 子宮揺りかごで眠る邪神ゾルドの寝返りなのか。

その揺りかごから次々と現れる闇黒の魔物が恐怖の雄叫びを上げながら逃げ惑う民達に襲う。ほとんどの人達は既に心を砕かれていた。希望を捨て、恐怖に委ねたまま半狂乱する人もいた。誰かが悲鳴をあげて血を散らすたびに、逆三角《ネガ・トリニティ》の三本の塚が歓喜にも似た音を発し、脈動する光の妖しさを増していく。

だが世の終わりを呈した光景に、誇りを失わずに奮戦する人達がいた。かつての邪神戦争のように。輝きを内包する三日月があしらわれたルーネウス王家の旗の下で、ロバルトがおよそ優雅さとはかけ離れた大きな戦斧を振り回し、万夫不当の気迫をもって自国の騎士団達を指揮する。

「ジュリアス!ホルン騎士団達とともに左翼から敵を押し留めて民を誘導せよ!ウルサ!騎士団を率いて右翼から敵をひきつけ!ルイとクルト達はレクス殿とともに帝都に入って民達を助けよ!残りの騎士団は我に続けっ!」
「「「御意!」」」

かつて優雅さという見かけだけで、中身は軟弱と揶揄されていたルーネウスの軍勢は、勇猛なロバルトの元で誰もが一騎当千の豪傑さをもって、帝都の外周部にあふれ出る魔物達と対峙し、押し留めていた。

帝都内、 逆三角ネガ・トリニティの結界周縁には、まだ辛うじて精神を保ちながらも逃げ遅れた民達が散在していた。ある人達は家の中でおびえ、ある人達は巷の中で徘徊する魔物から隠れるようにしていた。
「パパぁ、僕こわいよぉ…っ」
「しっ!静かに!化け物に聞かれるぞ…っ!」
「あなた…っ」

カランと、一家が隠れる巷の上から瓦が落ちた。三人が見上げると、恐怖が体を支配した。建物よりも高い巨人に似た魔物が、巷の外から首を文字通り長くして、禍々しい赤い模様で作られた一つ目で彼らを覗いていた。
「あ、ああ…っ」
その頭が大きな口と化し、彼らに食いかかる。
「「「きゃああぁぁっ!」」」

「たあぁぁっ!」
まるで太陽が夜を照らすかのように、馬で駆けつけたレクスの聖剣ヘリオスの一撃が巨人の魔物の胴体を粉砕した。ヘリオスが放つ眩い黄金の奔流は焦がすように宙を舞う魔物の首に纏いつき、魔物は大きな唸り声をあげて焼き尽くされ、消滅した。

「君達、大丈夫かいっ!?」
「あ、は、はい…っ」
「そこの騎士達と一緒に逃げて!マティ!こっちにも人がいたよ!」
「いますぐ行きます!」

マティが一家の誘導を見届けると、レクスは黄金の神器、太陽の聖剣ヘリオスを掲げ、彼につくヘリティアの騎士団らに力強く呼びかけた。
「ヘリティアのみんな!ラナ様たちを助けるためにっ、今はどうか僕に力を貸してくれ!」

カレスやルシアらヘリティアの騎士達の雄叫びが陰鬱とした帝都内に響き渡り、おびえる民達の心をも震わせた。自国の聖剣の輝きのもとで、己の祖国を取り戻すために、誇り高きヘリティアの騎士と兵士達は太陽の如き熾烈な戦意を燃やす。

あの小心者のジルコでさえも、その熱に当てられたかのように剣を強く握る。
「くぅぅ、これが年貢の納めときかい…っ?仕方ない、今のうちに少しだけでも戦功を立てりゃ、後でラナ殿下の信頼をもっともらえるかもしれないしなっ!」

「おらおらあぁぁっ!」
レクスから少し離れた道で、黄金のヘリオスと対照的に月の神秘な銀色の輝きを放つ神弓フェリアを構え、疾走する馬上から次々と魔物達を蹴散らしていくカイ。彼の周りには三国の騎士たちが雄々しく勇者と女神の名を称えながら、彼に近寄ろうとする魔物を排除していく。

太陽と月の輝きが暗黒の戦場を切り裂く。闇を照らす神器、そして女神の精霊ネイフェの顕現。奮戦する騎士と兵士達はいま誰もが、千年前から言い伝えられた邪神戦争に身を投じていると実感していた。

「アラン殿!こちらの方達の誘導をお願いします!」
「承知した!」
崩壊した城壁に先ほどの一家を誘導したマティ。彼ら目がけ、虫にも似た小型の複数肢を持った魔物たちが飛びかかる。
「! マティ殿!」

「―― 光矢ヘリオアロー!」
彼らの間にクラリスが素早く割り込んでは魔法の光矢を打ち込む。光の矢に射抜かれた魔物たちは炎上してのた打ち回り、奇怪な声を挙げては逃げ、または消散していった。クラリスは真っ先にマティの方へと駆けて行く。

「無事でしたかマティ殿っ?」
「ええ、お陰様でっ。クラリス殿の魔法はやはり頼りになりますね」
「あ、ありがとうございます…」
マティのお礼の笑顔に、クラリスは顔を隠すようにそそくさとアランの方に顔を向ける。

「クラリスっ。さすがだ、母さんも今の君を見たら、きっと誇りに思いますよ」
「私もお父様と肩を並べられて嬉しいです」
「アラン殿!クラリス殿!」
マティの呼び掛けで、先ほど虫型の魔物らに加えて馬型の魔物まで迫ってくることに気付く二人。

「くっ、これではきりが無い――」
クラリスが剣を構えなおす。だが。
「ギャオオォォッッ!」
群れをなす魔物たちを緑の獅子が突っ込み、嚙み砕いていく。

「ミーナ殿!」
ミーナが杖を構えながらマティ達に背を向けるよう立つ。
「ぼさっとするでない!民たちの誘導を続けよ!」
「はい!行きましょうアラン殿、クラリス殿!」
マティ達が民たちを連れて離れていくのを見ると、ミーナは 逆三角ネガ・トリニティの塚と、その中心にある不気味に鼓動する暗黒のドームを見た。

(先ほどのように力が抜かれる感じはない。ネイフェ殿の加護が効いているな。だが中に入れるまでは至らない。やはりウィルがネイフェの本体から加護を受けて戻ってくるのを待つしかないか。ラナ、アイシャ、エリー…っ)

レクスとカイもまた、襲い掛かる魔物を切り払うとドームを一瞥した。
(ラナちゃん、アイシャ様、エリーちゃん、もう少し辛抱してくれ、ウィルくんがすぐ戻ってくるから…っ)
(兄貴、間に合ってくれよ…!)

帝都外周部。エステラの軍勢を率いるルヴィアが剣を掲げて号令する。
「ってぇ!」
エステラが誇る弓兵隊と魔法隊の射撃が、タウラーに似た魔物に集中攻撃を浴びせると、怯んだ魔物に向けてジュリアスが騎士団を率いて突撃する。
「おおおぉぉっ!」
ジュリアスの剣が魔物の踵を切り裂く。跪く魔物に向けて馬を急回転させると、すかさず低く下げたその首を跳ねた。ルヴィアとジュリアスは互いに微笑む。

民を誘導していたシスティがその様をみて感嘆する。
(ジュリアス様の戦いは初めて見るけど、なんて鋭い動き。優雅とさえ感じられるほどの洗練さだ…っ)
そして暗黒のドームに顔を向けるシスティ。
(エリー様、どうかもう少し辛抱してくださいっ。…あっ!)

「なっ、あいつら…っ!」
カイ達は一斉に異変を起きたドームの方を見た。光を通さないドームの闇の壁から、次々と重武装した教団兵と、一つ目の模様を頂くフードを被った『赤い目』たちが現れる。

「あれは…っ、マティ殿!」
「分かってます、クラリス殿っ」
マティが遠くからレクスに警告する。
「気を付けてくださいレクス様!あれは教団の精鋭でおそらく暗殺者の類です!武器の毒などに気を付けてください!」
「分かったよ!ありがとさん!ザナエルの奴、いよいよもってこっちをせん滅しにかかってるのかい…っ」

帝都の異変を察したジュリアスが顔をしかめる。
(まずい、パニックと奇襲から立ち直ったばかりの兵士達では、民を避難させながら対峙するのは…)
この時、清らかな角笛の音が陰鬱とした戦場全体に響き渡った。

「おお、あれは…っ」
ジュリアスら三国の人々は、帝都のさらなる外側の丘にはためく、太陽、月と星を頂く旗印を見た。騎士の黄金色の鎧、神官の銀のローブ、そして弓兵隊の青という三色からなる軍勢が放つ神々しくも美しいオーラは、帝都の暗雲を打ち払うと感じさせるほど清廉で力強いものだった。
「教会国ミナスの神官騎士団っ、ようやく到着したか!」

教会国の旗の間に自国の旗も確認したシスティ。
「ルヴィア様!」
「ええっ、メアリー陛下の後発隊も到着したようね!」
ルヴィアが一旦遠方にいるジュリアスと目を合わせ、二人は視線を交わしながら互いに頷いた。

「システィ!ここはジュリアス様たちに任せて帝都内を支援します!貴方は三番隊を率いて右翼の方をサポートして!」
「分かりました!三番隊!続け!」
騎士達を率いて城壁内へと疾走し、ドームから出てくる教団兵の迎撃を支援しようとするシスティ。

(…むっ?)
だが道中、システィがある光景を目撃した。


「ぐあぁっ!」
「ぎゃぁぁっ!」
屈強な騎士達の間を、さながら風のように駆け抜ける『赤い目』がいた。騎士たちの傍を通り過ぎるだけで、ある人は首を裂かれ、ある人は鎧の隙間から刺された毒針に絶命する。その鮮やかな殺しの わざは終焉を迎えるこの時において、ある種の美しささえ感じられた。
(あの動き、あいつは…っ!)

「あっ!システィ殿っ!?」
いきなり方向転換したシスティに戸惑う小隊長。
「そなたらはそのまま前進して敵を迎撃せよ!」
「えっ?ちょっ、お待ちくださいっ!」
小隊長の呼びとめも介せずに、システィは一直線で駆ける。己の仇敵に向かって。

「あぐっ…!」
自分と対峙する最後の騎士の脇に深々と突き刺さした毒入りの短剣を引き抜き、倒れ込む騎士の死を確認するザレ。その心は戦場の熱に燻られることもない。

(やはりいないか)
戦場で魔人ウィルフレッドの姿を確認できなかったザレはどこか興ざめだった。
(まあ、来なかったら所詮そこまでの男だ)
短剣を一振りして血を払い、次の騎士達目掛けて駆けようとするザレ。

「ザレーーーーーーっ!!!」
一人のエルフの騎士が憤怒の相を浮かべて突如切りかかり、ザレはとっさに両手の短剣で応戦する。

「おおおおおーーーーー!」
エルフの攻勢はすさまじく、先手を取られたザレは攻撃をいなすことに専念し、タイミングを計って一気に飛び離れる。
「らあぁっ!」
エルフの、システィの一撃が離れるザレのフードを切り裂き、彼の素顔が晒される。

距離を取って互いに武器を構えて対峙するザレとシスティ。
「ようやく会えたぞ、ザレとやらっ!わが主マリアーナ様とロイド様の仇、ここで取らせてもらう!」
(こいつは…)
ザレは暫くして、システィがかつてマリアーナと一緒にいた騎士であると思い出した。

「そうか、あの時の間抜け騎士か。己の騎士の不甲斐なさで妻が命を落としたと知れば、ロイドもあの世で嘆くのだろうな」
「貴様あああぁぁっ!」
激情に駆られてシスティが切りかかる。ザレは他人への皮肉による快感を求めていない。すべてはただ、致命の一撃に繋がるためのものだ。

「うおおっ!」
システィの大ぶりな斬撃を、まるで幽霊かのようにひらりと避けて軽く足払いをしただけで、彼女は大きく前に転んでしまう。
「あうっ!」
ザレが冷たき声で囁く。
「さらばだ、間抜け騎士」
「…っ!」

「システィ殿っ!」
危険を察知したザレがとっさに後ろへと飛ぶ。 月光刃ルミナテルムの輝きを帯びた大剣の剣圧が彼の胸に小さな切り裂き傷を作る。
「ルドヴィグ様!?」

「はあぁぁっ!」
ズンズンとザレに踏み込み、 魔晶石メタリカが織り込まれた大剣を軽々と切り込むルドヴィグ。
「―― 邪闇牙ネクリテルム
闇のオーラを両手の短剣に纏わせ、月光を帯びた大剣の斬撃をいなしながら避けるザレ。機を見払って大きく後ろへ跳躍するとともに無数の毒針を投擲した。

「ふんっ!」
大剣を切り込んだばかりのルドヴィグは瞬時に反応し、斬撃の勢いに乗ってさらに強く踏み込み、魔法の大剣で地面をえぐっては瓦礫を弾丸のように飛ばす。
「!」
毒針を全て弾いた瓦礫はそのままザレに打ち込まれ、彼はとっさに防御の構えを取りながらバックステップする。黒のローブが引き裂かれていく。

「大丈夫か、システィ殿!」
地面に倒れているシスティをかばうように大剣を構えるルドヴィグ。
「ルドヴィグ様…っ」

(ルーネウスの第二王子ルドヴィグ…三国の中でもっとも勇者に近しいと言われるもの…)
破れたフードで顔があらわになったザレは、頬を伝わる血を舐める。
(こいつなら魔人が来るまでの退屈凌ぎにはなるか?)
ザレが両手の短剣を構える。

「ルドヴィグ様、申し訳ありません。醜態を晒してしまって…。かつての主の仇です、奴のことは私が…っ」
「なればこそ、ここは二人で確実を期しましょう」
「ですが…っ」
「貴方の腕を信じていない訳ではないですよ。一曲のご縁もあるし、ここで貴方を一人戦わせるのは騎士の恥でもあるからね。ご安心を、トドメはしっかりと貴方に譲ってあげますから」
「ルドヴィグ様…」

軽く唇を噛み締め、立ち上がったシスティはルドヴィグと肩を並べた。
「かたじけない。よろしくお願いしますっ」
力強く頷いて応えるルドヴィグ。
「ならばいこう!」

ザレはなにも言わずに、自分に切りかかる二人と切り結んだ。赤色の雷光が、 逆三角ネガ・トリニティの塚の禍々しい輪郭を照らす。



【続く】
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