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第十八章 邪神胎動

邪神胎動 第二節

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ザナエルのボロ人形の如き姿に、ミーナ達は思わず震えた。
「お、おぬし…っ、まさかっ、屍魂転生ネクロ・マリオネットの邪法を…!」
「さすが博識のビブリオン族、知っていて当然か」
カタカタと体のパーツを鳴らすザナエル。不気味極まりないその姿にレクスが苦笑する。

「仮面被りが趣味だと思ったら、まさかそれ以上にヤバイ人だったとはね…っ。ミ、ミーナ殿…屍魂転生ネクロ・マリオネットってなんなの…っ?」
死霊術師ネクロマンサーが己の体の一部を使って組み立てた木偶に魂を移して命を永らえる禁法だ。だがその儀式は極めて複雑で、その詳細も千年前に既に紛失して久しいはず。…そうかザナエル、おぬしは…っ」

「ンくくく、ミーナ殿のお察しのとおりだ。我こそは千年前にゾルド様を崇め、邪神教団をこの世に築き上げた初代大神官その人よっ」
カイ達が瞠目する。
「ま、マジかよ…っ、千年前の伝承に出てきた奴がずっと生きていたってことなのか…っ?」

薄笑いながら、ザナエルは不気味に鼓動する邪神の卵を振り返り、どこか懐かしみを含んだ声で語る。
「千年…長くも短い歳月だった。ゾルド様が封印され、殆どの戦力を勇者らに倒された我は、いつか再びゾルド様を復活させるために屍魂転生ネクロ・マリオネットを使ってわが魂をこのカラクリの中に移した。教団に力を付けるために強力な魔獣モンスターを集め、暗黒魔導の研究に費やしてきた。女神の封印を破る手立ての研究も同時にな。もっとも、かつて自分が書いた逆三角ネガ・トリニティのノートが不意で他人に渡されてしまったのは予想外だったが、ククク…」

「そうか…だからドッペルゲンガーの亜種や、妖魔のような極めて珍しい魔法も手に入れてたのか…っ」
「長生きとは便利なものですからな。心の行くまま研究ができ、珍種の集めにたっぷり時間をかけることができた。当然、ゾルド様を崇める同士を集め、力をつけて三国に浸透する時間もだ。もっとも、星の巫女の件でまた暫く身を隠すのが余儀なくされたのは残念ではあったが」
ザナエルの陰湿な笑い声に、ルヴィアやシスティ達が強く顔をしかめる。

「ザナエル様」
ザレが持参した新品のローブを纏うと、ザナエルは剣を手にして柱に縛られるラナ達と、大きく鼓動する邪神の卵を一瞥しては、地にへばっているレクス達に手を広げた。
「さて…最後のフィナーレを迎えるためにも、諸君らには最後の働きをしてもらおう」

その言葉とともに、ザレ達教団兵が各々の武器を取り出した。
「ここにはそなたらが愛する人達もおろう。安心したまえ、すぐに殺しはしない。これから彼らの前にたっぷり時間をかけていたぶるだけだ。愛憎渦巻く感情の混沌…それこそがゾルド様が欲する糧ゆえにな、ンははははははっ!」

(くそ…っ!いい気になりやがって…!)
(でもこのままじゃ、本当にまずいな…!)
カイとレクスが己の無力に噛み締めると、彼らとミーナ、そしてアイシャ、エリネ達はみな同じ人を思った。

(兄貴…っ、いまどこにいるんだよ…!)
(ウィル…!)(ウィルくん…!)
(ウィルさん…!)

スガァンと、唐突に天井が崩れる。
「うわっ!?」「きゃああっ!?」
崩落した天井とともに、魔人アルマ化したウィルフレッドが落ちてきた。
「ぐああぁっ!」
「ウィル!」「ウィルさんっ!?」

重々しく床へと落下するウィルフレッドは、縛られたエリネを仰向けに見た。
「あが…っ、エ、エリー…っ」
「ウィルさん…っ!」
彼は剣を地面に刺して、傷を堪える鋼鉄の体を無理やり起こし、エリネの方に歩み寄ろうとした。

だが二人を阻むように、天井の穴からギルバートが降りてきた。
「ちぃぃ…っ!だらしねえ、だらしねえぞウィル!」
「ギ、ギル…っ」

「ギルバート殿」
「すまねえなザナエルの旦那、今こっちは取り込み中だ」
振り返りもしないギルバートは苛立つ声を隠そうともしなかった。漆黒の槍でウィルフレッドを指し、怒鳴る。

「ウィル!なんだこのザマはっ!?動きが隙だらけでまったくなってねぇ!この世界の平和ボケした奴らに染まり過ぎてねぇかっ!?」
「うぐぅ…」

ギルバートは今にも泣きそうなエリネを一瞥する。
「このガキがそんなに大事ってのかっ?バカがてめえは、いまだにこいつらが本当にてめぇを受け入れるって本気で思ってんのかよっ!?お人よしにもほどが――」

「あが…っ」
ガクリと膝をつくウィルフレッドの様子に、ギルバートは訝しんだ。
「おいウィル?」
「ウィル、さん…?」

「あ、が…っ、があああぁぁあぁぁっーーーーー!!!!」
ウィルフレッドが絶叫する。強烈な痛みが、胸のアスティル・クリスタルから流れる赤いエネルギーラインとともに彼の全身を苛んだ。

「ウィルくんっ!」
「いかん、ウィル…!」
アイシャとミーナ達はすぐにその理由が分かった。勿論、エリネとギルバートも。
「いやああぁっ!ウィルさんっ!ウィルさんーーーっ!」
「ウィル、てめぇ…肉体崩壊を」

まるでウィルフレッドの痛みをその身にも感じるかのような悲痛の涙を流し、エリネはもがきながら叫んだ。
「お願い!ウィルさんのところに行かせて!治癒セラディンをかけさせてぇっ!」

涙の変わりの血の涙がドクンとウィルフレッドの目から流れ、彼は異形の手をエリネに伸ばす。
「あああ…っ、エリー…っ、エ、リー…っ」
「お願い…っ、ウィルさんっ、ウィルさぁん…っ!」

だが、二人に届いたのは虚しい叫びと互いの名前だけだった。エリネの小さな手が彼を包むことも、ウィルフレッドの手が震える彼女を掴むことも叶わない。アイシャやラナ達が己の無力さに強く唇を噛み締める。
「エリーちゃん…ウィルくん…っ!」
「ウィルくん…っ!」
何度か体がびくつき、ウィルフレッドの銀色の体に赤い電光がバチバチと走ると、元の姿へと戻ってしまう。

カラランと、何かが彼の懐から落ちてギルバートの足元へと転んだ。
「んっ、なんだこれ…」
彼は無造作にそれを拾い上げた。ミーナ達が目を見張る。
「あっ、あれは…!」

「ほほぅ」
ザナエルが興味深い声をあげた。
「これが何なのか知ってんのかザナエル」
「勿論ですとも。千年前のままで懐かしいな」
腕輪ヴィータが、ギルバートの手の中で淡い兆しの輝きを発し続けていた。

「それは三神器の一つ、神環ヴィータですな。ゾルド様封印の陣に不可欠な神器の一つで、巫女が選んだ勇者にそれを渡すことでこの邪神剣のように覚醒する仕組みなのだが…」
ウィルフレッドとエリネを見て、彼はすぐに事情を理解した。
「これはこれは、星の巫女がまさか異世界の人を勇者として選んだというのか。だが腕輪が覚醒してないところを見ると、どうやら異世界の方には覚醒しないことになってるようですな」

「ギ、ギル…!それを、返せ…!」
全身に走る激痛に耐えながら、ウィルフレッドは手を伸ばす。ギルバートは腕輪と、いまだにウィルフレッドの名を呼び続けるエリネを見た。

「おいウィル」
腕輪を手に転ばして遊ぶギルバートが改めてウィルフレッドを見る。
「ここまで頑固に考えを変えないようじゃ、そろそろキツイお仕置きしなきゃあんたは夢から覚めねぇようだな」

ギルバートが腕輪を手に強く握り始めた。ウィルフレッドの顔から血の色が引いていく。
「や、やめろギル…っ!」
ギルバートの腕にバチバチとアスティルエネルギーが流れ、魔人アルマの膂力がミシミシと腕輪を軋ませる。
「いいかウィル、俺達は家族ファミリーのところ以外、どこにも居場所がねえんだっ!」
「やめろーーーーーっ!!!」


あっけないほどに粉々となった腕輪ヴィータの破片が、絶望の音とともに飛散した。
レクスやミーナ達が、縛れてるエリネ達が、そこにいる全ての人が、そして、誰よりもウィルフレッドが、絶望の顔を浮かべ、呆気に取られたまま固まった。

「あっ、あ…神器が…邪神を封じるための、神器が…」
レクスが震える。
「く、砕けてしまった…」
魂を抜かれたようにミーナががくりと膝をつく。その場にいる人はみな、それが何を意味するのか理解しているから。

ギルバートは腕輪の残骸を、わなわなと床にへばりながら震えるウィルフレッドの前に投げた。
「見ろよウィル。こいつらの頼みの綱がなくなったぞ。もう邪神とかを封じることはできねえ」
「うっ、くっ…!」
泣き声に近い呻りをあげるウィルフレッド。血の中に涙が滲み、彼の頬を塗らせる。

「これもみんな状況を理解しないてめえのせいだ!」
「黙れ…」
「あんたがこいつらと仲間ごっこしなけりゃ、こんなことにはならなかった!」
「黙れ…っ!」
「あそこのガキだって、ちゃんと《《あんた以外のまともな人を愛せ選べたんだっ》》!」

「黙れってんだぁーーーー!」
逆上した子供のように、ウィルフレッドは血涙を散らしてはギルバートに突っ込む。
「ばかやろうがっ!」
ギルバートの槍の一振りがウィルフレッドを吹き飛ばし、彼は無様に地面を転んでいった。

「があぁぁっ!」
「ウィルさああぁんっ!」
虫の息で倒れているウィルフレッドに、ギルバートは苛立つ気持ちしか感じられなかった。
「ほんっとうにだらしねぇ…っ!こうなると知ってたら無理やりでもてめぇを連れ出すべきだったっ!」
「あ、が…っ」

「ふむ、神器の一つが砕け、そちらの頼みの綱である魔人もこうでは、もはや我らの勝利は揺るがないものか」
ザナエルの声は勝利に大いに喜ぶものではなく、淡々としていた。
「ここまで順調だと流石に興ざめではあるな。もっとも、ことが無事運ぶのに越したことはないが」
無様に倒れているウィルフレッドを見るザレもまた、そのフードの下でどこか失望そうな顔を浮かべていた。

「ウィル…っ」
ミーナは虫の息のウィルフレッド、そして周りを見渡した。やはり女神の巫女であるためか、或いは邪神の間近にいるせいなのか、ラナ達は力が出ない上に他人よりも一段と息苦しそうにしている。レクスやロバルト、ルヴィア達も逆三角ネガ・トリニティのせいで立ち上がることも出来ない。こうとなっては、取れる策は一つだけだ。

「この…っクソ野郎が…っ」
邪神剣の衝撃から回復したカイは、せめてもう一撃と神弓を構えようとした。
(((やめろカイっ)))
「なっ、この声…ミーナっ?」
(((そうだ、精霊魔法でおぬしらに言葉をかけている。心で念じろ、奴らに聞かれるぞ)))
カイはチラリとザナエルやエリク達の方をみた。彼らはまだウィルフレッドとギルバートの方に気を取られている。

(((レクス、ロバルト、ルヴィア、それにほかの奴らも我の声が聞こえるなっ?)))
(((うん、聞こえるよっ)))
(((問題、ない…っ)))
(((こちらも…なんとか…っ)))

(((ならいい。カイ、良く聞け。後で神弓にありったけの力を注いで、に向けて放て)))
(((帝都の外だって…?)))
(((そうだ。さっきのおぬしの一撃、完全にかき消されてる訳ではない。全力で矢を放てば、逆三角の結界に一時的に穴を穿つことができるはずだ。我はその隙に、精霊魔法でこのホールにる全員を帝都の外へ吹き飛ばすっ)))

レクス達が訝しむ。
(((できるのそんなことっ?)))
(((うむ。女神の力を対象としたこの結界の中で精霊魔法が辛うじて効くのは、こうして念話が通じるのがなによりの証拠だ。神弓が結界に穴を開ければ間違いなく出来る。だがここにいる特定の人達全員を、帝都の外…結界の範囲外まで吹き飛ばすには我一人だけでは無理だ。精霊魔法が使える人はみな我に同調してくれ)))

(((ちょ、ちょっと待ってくれ!結界の外までって…アイシャ達はっ?)))
ミーナは柱に縛られてるラナ達を見て、強く拳を握った。
(((残念だが、彼女達はゾルド本体に近すぎて精霊魔法が届かない。だから今はアイシャ達を残しておくしかない…っ)))
(((そ…そんなことできるかよ!)))
(((私も同意できませんっ!)))
システィが割り込む。

(((エリー様をこのまま残しておくなんて!またあるじを置いておくなんてこと、私には…っ)))
(((システィ、気持ちは分かるわ)))
(((ルヴィア様…っ)))
(((けど今は、まず私達だけでもここから脱出しないと後がないのよ…っ)))
システィは悔しさに涙し、エリネを見て、ザレを睨んだ。

(((ミーナ殿やルヴィア様の言うとおりだよ、カイくん)))
(((レクス様…っ)))
(((辛いのは分かってる。でもこのままここにいては、みんな全滅するだけだ。いまは僕達だけでも脱出して、ラナ様たちは後で助けるしか方法はないんだよ…っ)))
いつもの余裕がなく、レクスの声に彼の無念が篭っていた。

ミーナがちらりと柱に縛られてるラナを見た。苦しそうなラナは思わずミーナと目が合うと、その意図を察した。彼女は一緒に縛られてるアイシャとエリネに耳打ちする。
「アイシャ姉様、エリーちゃん。辛いだろうけどよく聞いて」
「ラナ、ちゃん…っ」
「ラナさん…っ」

(((これ以上迷う暇は無いっ。精霊魔法が使えるものは我に合わせろ。カイ、合図を出したら神弓を放つんだ、いいなっ)))
(((う、く…っ)))
ミーナはルヴィア達に視線を配ると、彼女達は呪文を詠唱し始めた。
「「「大いなる鷹の王よ、その羽ばたきは大樹をも巻き上げる竜巻のごとく…」」」

いまだに不機嫌極まりないギルバートがウィルフレッドに歩み寄る。
「少し目が覚めたかウィル?俺達がこいつらと本気でつるんでも良いことは一つもねえんだ」
「ギ、ギル…っ、ギル…!」
「これでもまだ仲間ごっこがしてぇのなら仕方ねぇ。てめぇの手足を砕いて――」

「今だカイっ!」
「クソおおおああぁぁーーーーーーっ!」
カイの叫びがホールに轟いた。目一杯の力で神弓を引き、眩く大きな月の矢が形を成す。

「ぬっ!」
ザナエルやエリク達が彼の動きを止めようとした瞬間、今度はラナ達が叫んだ。
「「「ああああぁぁーーーっ!」」」
ラナ、アイシャ、エリネの聖痕が共鳴して輝き、その力を大きく放出して周りを震撼させる。
「ぬおっ!?」
その衝撃にザナエル達が怯んだ。

「らああーーーーっ!」
神弓フェリアの輝ける破魔の矢が外に向けて撃ち出される。暗雲を切り裂く光の如く、矢はホールを、外に漂う邪気を、そして結界の壁を打ち破り、外へ続く道が開かれた。
「「「――鷹嵐アルコダ!!!」」」

一瞬、教団とラナ達三人を除いたホールの人々に、無数の鷹の形をした激しい突風が巻き起こされ、ルルを抱えたカイにレクス達、そして倒れているウィルフレッドもろとも、神弓が穿った道から外へと吹き飛ばされていく。カイは残された思い人に向けてその名を叫んだ。
「アイシャーーーーーっ!」
「カーーーイ!」

ラナとレクスは互いを一瞥した。
(レンくんっ!)(ラナちゃんっ!)

「エリーーーー!」
「ウィルさぁぁーーーんっ!」
互いを叫ぶウィルフレッドとエリネの声もやがて爆風にかき消されていった。



嵐が落ち着き、逆三角の結界が元に戻ると、ザレはラナ達がまた行動を起こさないように強く縄を縛った。
「大人しくしていろ」
「ぐぅ…!」

埃を払ったエリクがザナエルに謝罪する。
「申し訳ありませんザナエル様。自分の不注意で彼らを逃がしてしまって…」
「よい。ここは寧ろミーナ殿の機転や巫女殿の健闘を賞賛すべきであるな」

ザナエルはギルバートとオズワルドを見た。魔人アルマ化したギルバートの表情は計り知れず、ただウィルフレッドが飛ばされた方向を見つめているだけ。オズワルドも、もはや関心がラナにしかいないように、ただラナをじっと見つめている。
(ククク、まあ良い、少しぐらいアクシデントがなければ面白くなかろう)

「どちらにしても、既に大局の流れは決まった。もはや誰も止めることはできん」
ザナエルはラナ達、邪神の卵の真下に邪神剣を突き刺す。帝都一帯が大きな呻き声をあげ、混沌が再びオーラとなりて電光を帯びながら邪神剣に集まり、禍々しさを一層濃くなって卵へと流れていく。

「く、くぅぅ…!」
邪神ゾルドの邪気に当てられたのか、アイシャ達が苦悶する。ザナエルは満足そうなせせら笑いを挙げた。
「勇者よ、まだ抗うのならば存分に抗え!愛と勇気をもって!それこそが心であり、感情の混沌の源ゆえに!ンはははははははっ!」


******


「マティ殿!早く!急いでください!」
「分かってます!もうこれで全速力ですよ!」
いよいよ帝都とは一つの森の距離まで近づいたマティとクラリスは、禍々しい暗雲によって覆われた帝都に向けて馬を走らせる。クラリスが背負っている聖剣の兆しの光と音は、前よりもその勢いを増していた。

「聖剣が熱い…っ。やはり、いま帝都の異変に反応しているのでしょうかっ」
「それ以外ないでしょうねっ。ここにいても感じるこのおぞましい邪気…っ、パルデモン山脈の教団拠点近くにも感じられましたからっ」
マティは前方の空で広がる赤みを帯びた暗雲を見上げる。
(それにこの感覚…っ、あの三本の柱を見た時と同じ、いや、それよりも強くなっているっ。いったい帝都に何が起こっているっ?レクス様…っ)

マティの思索は、林道の両脇から突如飛び出した、黒馬に乗った赤目のフード達により遮られ、彼とクラリスに向けて無数の針が投擲される。
「シャシャッ!」
「なっ!」

マティとクラリスは瞬時に剣を抜けて針を撃ち落すが、それはブラフだった。前方からさらに数名の赤き目らが飛び出て、投擲された針がマティ達の馬へと直撃した。
「ヒイィィィイィンっ!」
「うわぁっ!」「きゃああっ!」
勢い相まって馬もろとも転んでしまう二人。

「くっ、不覚…!クラリス殿、大丈夫ですかっ?」
「ええっ、聖剣も無事です…っ」
なんとか立ち上がる二人は、既に多勢の一つ目フードの教団兵に囲まれてしまった。クラリスが剣を構える。
「よりにもよってこんなところで教団と、しかもこんなに?いったいどこから湧き出て…っ」

同じく剣を構えるマティは、思わず敵を抑えると告げたテムシーを思い出す。
(テムシー、貴方は無事なのですか…っ?)

「「「シャアアァッ!」」」
教団兵が一斉に動いた。無数の針がマティ達を襲い、二人は真っ先にこれを落としていく。
「「はあぁっ!」」
だがその隙に、高く飛びあがる教団兵と、滑空するほど姿勢を低くした教団兵が同時に二人に仕掛ける。

「たあぁっ!」
マティは剣を振り出す勢いとともに素早く屈み、低空で仕掛けてくる教団兵と切り結び、離れる。
「ぐぅ!」
腕の切り裂き痕から血が飛び出る。

「はぁっ!」
クラリスは上からの教団兵を迎撃、両者もまた交差し、教団兵の鉄の爪が彼女の背中を滑った。
「ぐあっ!」
ギャリンと鈍い音が響く。クラリスが背負っている聖剣が盾代わりとなり、攻撃を防いだのだ。

「クラリス殿、無事ですかっ!?」
「え、ええ、なんとか…っ」
背中合わせするマティ達と距離を取り、再び構える教団兵たち。

「…っ、クラリス殿、ここは貴方が聖剣を持って先に行ってくださいっ」
「またそれですかマティ殿!貴方を置いておくだなんて私にはできません!」
「言い争う時間なんてありませんクラリス殿!いま帝都が尋常な状態でないのは、貴方にも分かるでしょうっ!」
クラリスは、暗雲から稲妻が轟く帝都の方向を見た。

「いまは何よりも聖剣をラナ様に届くのが先決。それに貴方では、彼らを食い止めることは困難です。ですからどうか先に行ってくださいっ」
「けどっ、マティ殿…っ」
二人にこれ以上会話を許す慈悲も与えず、教団兵が一斉に二人に飛びかかる。

「――七光彩ラトゥーカ!」
マティが放った魔法から、羽を広げた小人の風が鮮やかな色彩の光を纏って飛びまわる。惑わしの風の光に教団兵たちが思わず後退する。
「行ってくださいクラリス殿!おおお!」
「マティ殿っ!」

目くらましに眩む教団兵に向かってマティが切りかかる。だが――
「――――黒雷噛ネクリファス!」
眩んでいたと思われし数名の教団兵が瞬時に攻勢に転じて暗黒の雷を放ち、マティはもろにそれを受け、倒れてしまう。
「があぁっ!」
「マティ殿!」
エルの森での教訓で、一部教団兵がフードに目くらまし避けの加護を施していたのだ。

「シャアァァッ!」
「――黒炎喰ネクリフィム!」
倒れたマティめがけ、教団兵が一斉に魔法と武器を放った。
「マティ殿ーーーー!」
クラリスが叫ぶ中、激しい魔法の爆風があたりを蹂躙した。帝都を覆う遠方の暗雲から、雷が周りを不吉極まりなく照らす。

青色の風が、森の木々を大きく揺らした。



【続く】

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