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第十七章 決戦前夜
決戦前夜 第六節
しおりを挟む(まあ、システィ…)
ルドヴィグとシスティが踊っているのを遠巻きに気付いたルヴィアが嬉しそうに笑うと、彼女にもまた一人の弾性が手を差し出す。
「ルヴィア様。よろしければ一曲、付き合っていただけますか」
その男を見て、ルヴィアは穏やかな笑顔を見せる。
「勿論です、ジュリアス様」
手を取り合い、二人は熟練したステップを互いに合わせて踊り出す。
「貴方と踊るのはいつぶりでしょうね。ルーネウスの王位継承者として多忙な貴方でしたから、お会いする機会に中々恵まれなかったから」
「エステラの王位継承者である貴女にそう言われるのはいささか心外ですね。…巫女の件で、継承権に変化が起こりそうではありますが」
「確かにそうですけど、ジュリアス様は継承権をやすやす手放すつもりは無いですよね」
「勿論だとも、王という責務を背負うのは私で十分だ。巫女以前に、アイは私の大事な妹なのだから」
「存じてますよ。今の私なら、その気持ちも少なからず理解できますから」
一度エリネの方向を見るルヴィア。
「どうやら私達が苦労から解放されるのはまだまだ先のことのようですね」
「それはお互い、王位継承権を手放さないと決めた時から覚悟したことでしょ」
「仰るとおりです」
互いに苦笑すると、二人はこれ以上言葉を交わさなかった。見つめ合う瞳と踊りだけが、二人の気持ち代弁していた。
――――――
楽団の演奏が一旦停止すると、ラストダンスとなる最後の曲目が奏でられる。
(ついにか…!)(今こそ巫女様たちにアプローチする最後のチャンス…!)
ダンスが始まったとき以上の人混みがさっそく、既に勇者を選んだアイシャを除いたラナとエリネ目がけて集まっていく。
「ラナ様っ、最後はぜひ私とっ」
「いえラナ殿下、ここはどうか私にその名誉を与えてください」
懸命にアプローチする彼らに向けて、ラナはただ小さく微笑んでは、その手を差し出した。
(おお…っ)(これは、私に…っ)
だがその手は諸侯達を通り過ぎ、やがて後ろから恭しくお辞儀しているレクスの方へと届けられた。
「麗しいラナ様、最後の一曲はこの僕と一緒にいかがですか?」
「ええ。喜んで」
ラナの手を丁寧に取るレクス。その動きに諸侯達だけでなく、アイシャの手を取ったばかりのカイも怪訝としていた。
「えっ、ラナ様とレクス様が…ど、どういうこと?」
「ふふ、カイくんったら鈍いですよ。ラナちゃんとレクス様、結構前から脈ありだったんですから」
「ふへ~…そうなんだ…。そうだ、エリーは…っ」
カイとアイシャだけでなく、ミーナやラナ達もまたエリネの方を見やった。先ほどまで彼女を囲んで騒ぐ貴族達は、段々と静かになって次々と道を開けていく。有無を言わさない雰囲気を漂よわせながら、エリネへと真っすぐ歩いていくウィルフレッドから離れるために。
「エリー…」
「ウィルさん…」
彼女の前に立ち止まっては、暫く互いに向き合って立ち尽くしていた。やがて二人の顔が綻ぶ。
「ドレス、とても似合ってるよ」
「ふふ、ありがとうございます」
褒められて照れるエリネに、ウィルフレッドは手を差し伸べた。
「一緒に踊ろうか」
「はいっ」
悦びに満ちた声で答えながら彼の手を取り、二人は踊り始めた。
「…よかった。エリーと兄貴、無事に踊れたな」
「ええ…。ほらカイくん、私達も踊りましょう」
「ああ」
パーティ最後の優美な曲の旋律とともに、三名の巫女は彼女達が選んだ人とともに踊り出した。他の貴族達もそれぞれの相手とダンスをし始め、パーティは盛り上がりを見せる。他にワインや料理を楽しんでいる人々も、巫女達のダンスを眺めながら会話に興じていた。
「みてみて、アイシャ様とカイ様が踊ってるわ」
「ああ…巫女様と勇者様をこの目で見られるだなんて。とてもお似合ですし」
「ほんと、まさに神話の再来でご利益すごそうよね。…でもカイ様、踊りはあまり得意じゃないようね」
「いいんじゃない。それぐらいが愛嬌あって可愛いと思うわ」
その言葉を聞いたカイが恥ずかしそうに顔を赤くし、アイシャもくすりと笑い出す。
「ふふ、カイくんったらモテモテですね。さっきもダンスの申し込みが一杯あったし」
「そ、それは俺というより勇者と踊りたいって感じで…」
「そういう割りには、カイくん結構鼻を伸ばしてましたけど?」
「してねぇよっ」
赤面して否定するカイにアイシャが意地悪そうな笑顔を見せ、周りの人達は雑談を混じりながらそれを見守る。だが、誰もがこの二人の組み合わせをこころよく思っている訳でもなかった。
「まったく、どこの馬の骨も知らない平民の出が勇者に選ばれるとは…いったいどんな手でアイシャ殿下を篭絡したのだが」
「それに見ろ、踊りの足もおぼつかない感じじゃないか。貴族の礼儀もなってないとは、なんとだらしない」
「よいではないか。何度か恥を晒せば、いつかアイシャ様に見限られるかもしれんからな」
彼らの小言を傍から聞いていた、カイの父の友であるトルヤは少し心配そうにカイの方を見た。アイシャもまた、ボソボソと何かを囁いている周りの貴族に気付き、カイに声をかける。
「カイくん…」
だがカイはまったく意に介さず、ただアイシャの足に合わせることに専念する。それでも、危うく彼女の足を踏みそうになって慌てて態勢を直した。
「ととっ、大丈夫かアイシャ?」
「ええ…」
「ごめんな、踊りは先日大急ぎでルイ王子達に教えてもらったけど、やっぱまだ慣れなくてさ。さっきもちょっとドジって他の子に笑われたよ、あはは」
周りから聞こえる小さな嘲笑に気も向けずに笑うカイ。
「カイくん、本当に大丈夫ですか?」
彼は力強く頷く。
「いまさらだよアイシャ。俺はオヤジとは違って絶対に逃げはしないし、君と一緒にがんばると何度も覚悟を見せたじゃないか。ロバルト陛下の時とかさ」
「カイくん…」
「それに、大好きなアイシャと一緒に踊れることと比べれば、他人の言葉なんて屁でもないさ」
その言葉に軽く頬を染めながら、くすりと笑うアイシャ。
「ふふ、カイくんったら調子が良いですね」
「へへっ」
次のターンをなんとか合わせられたカイが、改まった口調でアイシャに話しかける。
「…なあアイシャ」
「はい?」
「このまま無事教団と決着つけたら、俺はこのまま王宮入りになるよな?」
何の話題に続くのか少し察したアイシャの胸が軽く弾む。
「そうですね…たぶんお父様から正式に叙勲されてからとは思いますけど…」
「それで…俺のがんばり次第だけど…アイシャと、その、本当の家族に、なるんだよな?」
ドクンと、自分の心臓とカイの心臓が同時に高鳴ったのを感じた。
「カ、カイくん…っ」
「だからさ…、やっぱ君のことアイって呼んでもいいか?今から慣れるってことで…」
カイを直視できないほどの恥ずかしさがアイシャの全身を覆い、真っ赤な顔を逸らそうとした。
「もうっ、ですからそんな恥ずかしい――」
その動きが災いし、辛うじて合せていた二人のステップが乱れてしまう。
「ちょっ、アイシャっ、わっ!」
「きゃあぁっ!?」
アイシャがカイに倒れこむような形で、二人はグラスが載っていた小さなテーブルに向けて盛大に転んだ。ガシャガシャーンと大きな声がホールに響き、ワインが周りにぶちまけられる。
「アイシャ様っ!?」
「アイシャ様っ!カイ様っ!」
周りの人々が慌てて駆けつけ、ロバルト達を含む一部の人が動きを止めて二人を見た。カイはアイシャを抱いたまま倒れ込んでいるが、特に大事はないようだった。
「だ、大丈夫か、アイシャ?」
「え、ええ…」
お互いを支えて立ち上がる二人は、ワインがかけられた相手のなんとも狼狽な姿を見る。楽団はさすがにプロか、演奏をそのまま続けていたが、周りの囁きは増すばかりだ。
「ほれみろ、早速アイシャ様に恥をかかせて…」
「しかも大事なラストダンスでとは、やはり平民の出はどこでも――」
その囁きを、カイとアイシャ当人達によって遮られた。
「ぷふっ、はは、あはははは!」
「ふふふ、あははははっ!」
「ア、アイシャ様…?」
「カイ様…」
訳も分からず二人は楽しそうに盛大に笑い出した。その行動に諸侯達は唖然とする。
「こ、こんな状況で笑うだなんて。ルーネウスでこんな大恥は普通に一生の汚点ですぞ…っ」
「ですが…」「ええ…」
「アイシャ様のあんな楽しそうな笑顔、初めて見ました」
面白おかしくも、二人の笑顔はどこか爽やかさまで感じるほどの清々しいものだった。暫くしてカイはアイシャとともに貴族達に詫びの一礼をする。
「見苦しいところを見せてしまってすまない、みなさん。ダンスがまだまだ未熟なせいで迷惑をかけてしまって」
「次は注意しますから、どうか今回は大目に見てくださると助かります」
あまりにも率直で真っ直ぐに感じられるカイと、アイシャの明るく柔らかい笑顔の前で、諸侯達は逆に丸め込まれてしまう。
「あ、いや、お二人様がそういうのであれば…」
「その、特に私達も気にはしてませんので…」
囁きがこれでなくなった訳では無いが、先ほどよりも俄然と少なくなっていた。
ともに立っているジュリアスとルドヴィグは、そんな二人の笑顔を見て釣られて微笑む。
「やはりアイの選択は間違ってないようだな」
「ああ。カイくんならきっと、堅苦しいルーネウスに新しい風を吹き込んでくれるに違いない」
同じくカイとアイシャを眺めていたロバルトも同じ思いを抱いてるような顔をし、先ほどまでカイ達のことでハラハラしていたトルヤは安堵の笑みを浮かべた。
(ディーダ殿、どうかご安心を。貴方のご子息は実に立派な勇者になってますよ)
乱れたアイシャの服を整えるのを手伝うカイ。
「こりゃ一旦着替えた方がいいな。一旦部屋に戻って侍女さん達にお願いしようか」
「そうですね。…ごめんなさいねカイくん、情けないお姉さんのせいで恥を掻かせてしまって」
「いいさ、さっきのは俺のせいなんだし。なんてか、恥ずかしがるアイシャってとても可愛かったしさ」
「もうカイくんっ、本当に調子がいいんだから」
気恥ずかしながらも楽しそうに笑う二人。
「…終わったら」「え」
「全て終わったら、その、二人きりの時だけなら…ア、アイって呼んでも、いいのですから…いまはもう少し、慣れる時間をください…」
嬉しさと恥ずかしさが同時にカイの胸を満たる。
「…ああ、その時まで我慢するよ」
力強く頷くカイにアイシャは照れながら彼の腕を握り、二人は一旦会場を離れた。
――――――
「うんうん、カイくんって本当に成長したね。恥までも笑い飛ばせるとなれば、これから何があってもやっていけるな」
「よそ見する余裕あるだなんて随分じゃないの、レクス殿」
離れるカイを見ていたレクスと一緒に踊ってるラナは、そんな彼を引き離すようターンをする。
「おおっと」
だがレクスは難なくそれに対応し、巧みなフットワークですぐにラナに合せた。
「やるじゃない。この私についてこれるだなんて」
「そりゃもう、この大事な場で愛するラナ様に恥を欠かせる訳にもいかないしね」
小さく目をパチクリして、ラナが不敵に笑う。
「言うわね。でも本番はこれからよ」
さらに洗練されたステップを駆使するラナに、レクスはさらに追いついていき、途中で逆にラナを手を繋いだまま放り出し、彼女は一瞬にして流れるような動きで優美にポーズをとってレクスの元に戻る。二人のそれは踊りと同時に競技にも見え、何とも言えない魅力を編み出していく。
「なんと見事なダンスだ…あの男は確か連合軍の軍師でしたな?」
「ええ、こたびの帝都奪還の作戦も彼が仕立てたとか。確かルーネウスのレタ領の領主だと」
「レタ領?聞いたことのない領地ですな」
「当然です、わがルーネウスでも普段殆ど耳にしないぐらいの僻地にある小さな領地ですから」
「そのような男がいったいどうやってラナ殿下の軍師に…?」
「それに良く見るとどこか間抜けそうな顔をしていますね…。本当に彼が今回の作戦を仕立てたのですか?」
「案外、ラナ様のご智慧にあやかってただけかも知れんな」
諸侯らの小言が周りに囁かされる。
「貴方、色々と言われてるけどいいのかしら?」
ラナの問いに、レクスはいつものとぼけた表情を見せた。
「あはは、まっ、別にいいじゃないかなあ。僕が間抜けなのは本当なことだし、それに…そう思ってくれたほうが、僕としては色々と助かるんけどね。労せずに隙を見せてくれるからさ」
「ふふ、そうこなくっちゃ、ねっ」
「なんのっ」
ラナはさらに巧みに足を運び、レクスは難なく追いついてみせる。激しい踊りの中で見せる楽しそうなラナの笑顔に、ヒルダは心の底から喜んだ。
(ふふ、あの子がこんなにダンスを楽しんでるだなんて…よほどレクス殿を気に入ってるのね)
激しい踊りが一段落し、穏やかなステップに戻るラナとレクスは満足そうな笑顔を互いに見せた。
「悪くないわね。今回は貴方の勝ちにしておくわ」
「それはどうも。ラナ様の勇者としてこれぐらい当たり前さ」
「あら、もう私の勇者気取りなの?」
「えっ?僕はてっきりさっきのキスで既に意思表明されたと思ったけど」
「それは今までの感謝の印よ。それにレタ領で私、ことが済んだら報酬を取らせるとも言ったし、あれはそれも含めてのお礼ね」
「うそんっ、そっちは別途料金として支払って欲しかったのにぃっ。暇が出た時に一緒にデートするとかさぁ」
「グダグダ言わないの。これから先までも私の心を勝ち取りたいのなら、もっともっと頑張りなさい。デートだけが貴方の終着点でもないでしょう?」
苦笑するレクス。
「まったく、相変わらず厳しいこと。んじゃ見てくださいよ、これからはもっともっとアピールして、さっき先回りされた分も含めて必ずラナ様の心をゲットしますからね、覚悟してね~」
「ふふ、楽しみにしているわ」
ラナが不敵な笑みを見せる。少しだけ女性の艶やかさを含みながら。
――――――
アイシャ達が離れて、ラナ達の様子を見届けたウィルフレッドとエリネはダンスを続けていた。身長差のある二人だが、ウィルフレッドの丁寧なフォローでエリネは難なくついていけた。
「大丈夫かエリー、足、辛くないか?」
「はい、平気ですよ。ウィルさんがダンス上手でちょっとビックリしましたけど」
「元の世界では潜入任務の時に役立つこともあるから、基礎訓練に組み込まれていたんだ。ハルフェンのとは違いもあるけど、ラナ達が丁寧に教えてくれたから問題ないさ」
「そうなんだ。ふふ、やっぱりウィルさんは凄いです」
ダンスを楽しむ二人に反して、その周りの囁きはカイ以上のものだった。
「あの人が、噂の…」
「ああ、異世界から来た魔人だそうだ。わが国の多くの軍勢を滅ぼした奴と同じで」
「まことか、確かにこう見るだけで異様な雰囲気を感じさせる男ではあるが…」
「異様で済むものかっ。あやつが魔人と化した姿…それにあのおぞましいほどの力…この世にあるとは思えない冒涜的なものだったぞっ」
「そんな男が、なぜ星の巫女様たるティア王女とラストダンスを…?」
「それが、噂では二人は恋仲であるだそうで」
「なんとっ、神聖なる巫女様がかような冒涜の魔人と恋仲…っ?」
「まったく、ラナ殿下の考えが理解できん。あんな奴を巫女様とともにいることを許すだなんて…っ」
「まあ良い、聞けばティア様に授けられた神器。結局覚醒しなかったそうだ。チャンスはまだあるぞ」
それら一字一句を嫌でも聞いてしまうエリネが俯く。
「大丈夫だ、エリー」
ウィルフレッドの温かい声がそれらを遮った。
「ウィルさん…」
彼は優しく微笑むと、そっとエリネの顔を自分の胸へと寄せた。
「あ…」
胸を通して、サブ動力炉としてのウィルフレッドの力強い心臓の鼓動が聞こえた。ドクン、ドクンと、竜の如き力強い鼓動の音がざわめく周りの囁きを全てかき消した。
「こうすれば、踊りに専念できるだろう?」
「…うん」
緩やかな旋律の中で、エリネはさらに甘えるように、彼の存在をより感じられるよう、耳を胸にすませた。強い鼓動と、暖かなウィルフレッドの体温。それは光のない世界に生きるエリネにとって、彼は自分の傍にいることを何よりも雄弁する音と感触だった。幸せだけが、二人の世界に満ちていく。
「ちぃ、いい気になりおって…っ」
「でもティア様、とても幸せそう…それに…」
「ええ、あの方、こうして見るとそんなに怖く見えませんね…」
その光景に、ジュリアスがルドヴィグと意見を交わす。
「あの魔人、ウィルフレッド殿だったな。ルイはどう思う?」
「そうですね…まだそこまで交流したわけではないけれど、とても頼もしい方なのは間違いないと思う。アイが全幅の信頼を寄せるのも納得だ。ただ…」
「ただ?」
「いや、初めて彼と会話を交わしてたとき、少し妙な感覚を覚えてね」
「妙な感覚?」
「自分もよく言えないけど、ウィル殿によるものというより、状況的な違和感みたいで…」
「なんか曖昧な言い方だな」
「それだけ妙な感覚なんです。でもまあ、今はまったく感じられなくなってるし、そんなことは別にどうでもいいです」
幸せに浸かるウィルフレッドとエリネを見て、つられたように微笑むルドヴィグ。
「エリーさんはあの人を心のから愛してるのは見て分かるし、それだけでも信頼に値する方だと俺は思いますよ」
「そうか…」
ジュリアスはそれ以上問わなかった。ルドヴィグは同じくエリネ達を見守ってるシスティに気付き、二人の目が合った。ルドヴィグはいつもの爽やかな笑顔を見せると、システィは顔を赤くして逸らした。
******
ラストダンスも終わり、パーティもいよいよ締めを迎える頃。
「ラナちゃん」
「あ、アイシャ姉様」
着替え終わったアイシャとカイが、ステージ近くにある控え室で待ってるラナ達と合流する。
「パーティもあと少しかあ…。ステージで締めの演説を行うのはヒルダ陛下達だけど、巫女達三人と勇者も付き添いにいくんだから、最後までしっかりねカイくん」
「分かってるさレクス様。…って、エリー大丈夫か?なんか元気なさそうだけど」
少し元気がないエリネの傍に立っていたウィルフレッドも心配そうに問うた。
「エリー?どこか気分が悪いのか?」
「ううん、そうじゃないの。ただこういうパーティ初めてなんだから、少しだけ疲れを感じてるのかも…」
ラナやアイシャが互いを見て頷く。
「だったらエリーちゃんはウィルくんと一緒に休んでて。締めの主役は母上達なんだから、エリーちゃんが無理に出なくてもいいのよ」
「いいですよ、皆さんに悪いですしってあぅっ」
ラナのチョップが軽くエリネの頭に叩かれる。
「こら、体調管理も巫女には大事なのよ。明日の出発に備えなければならないし、貴女の体調が万全でないとウィルくんだって困るんだからね」
「ラナさん…。でも…」
「ラナちゃんの言うとおりよ、エリーちゃん。…そうね、今のうちにウィルくんと二人っきりで庭の方で休むのがいいではないかしら」
ウィルフレッドとエリネの顔が軽く赤色に染められる。
「ご安心を、エリー様」
システィがそっとエリネの手を取る。
「少し失礼しますね。…――水鏡」
「わっ」
淡い輝きがエリネとシスティを包むと、もうひとりのエリネがそこにいた。
「そこにいるだけでしたら私でも十分対応できます。ですから安心して休んでください。こういうのも近衛騎士である私の務めですから」
「システィさん…」「システィ…」
ウィルフレッドにも感謝の眼差しを送られ、システィは少し照れながらも顔をそっぽ向く。
「か、勘違いするなよウィル殿、私はあくまで――」
「エリーのためなんだろ、分かってるさ。それでも俺は君に感謝したい」
「…礼はいらんっ。それよりも、エリー様の面倒をしっかりみといてやるのだ、いいなっ」
システィは照れを隠すように目を逸らしたままだった。
「そういうことだ、二人とも」
ミーナも後押しをした。
「締めはヒルダ達だけいればいい。今は寧ろウィルと過ごすことを第一に考えるべきだ。おぬし達にとっては何よりも大事な二人きりの時間だからな」
二人は思わず唇を強く噛み締め、お互いの手を握っては一礼する。
「うん。それじゃお言葉に甘えますね」
「兄貴と思いきって休んでくれエリー。締めの方は俺達ががんばるからさ」
「キュキュ~ッ」
すでにカイの方に飛び移ってるルルも同意するように嬉しく鳴いた。
「庭はホールのすぐ傍にあるから、本当に何かあったらこちらから呼ぶわ。だから思う存分楽しんでいって」
「ありがとうラナ、みんな…。いこう、エリー」
「うんっ」
エリネの手を引いて、ウィルフレッド達はこっそりと廊下から抜け出した。システィは心なしか切なそうな表情を浮かべていた。水鏡で読み取った、エリネのウィルフレッドへの思いと彼を思う幸福感の影響を少なからず受けてるせいか。
アイシャは思わずカイの手を強く握る。
「エリーちゃん、ウィルくん、口では言わないけど、やっぱり辛いですよね…」
「ああ…。明日でパルデモン山脈に向かって進軍を始めたら、もう本当に一休みできる暇もなくなるからな…。兄貴の体も、パルデモンにつく前に治療法が見つかればいいけど…」
ミーナの杖を握る手に力が入るのを察し、レクスがパンッと手を叩いた。
「よし、ヒルダ陛下たちも待っていることだし、僕達もそろそろ会場に戻ろうか」
「ええ。…システィ様、お気遣い本当にありがとうございます」
「恐縮です、アイシャ様、エリー様の近衛騎士として当然のことをしたまでですから」
ラナがシスティ達に頷く。
「それじゃ行きましょう、会場では私達がフォローするわ。それとカイくん、後でまた転ばないように注意してね」
「たはは、分かってるってラナ様」
陰鬱な雰囲気を飛ばすよう、控え室に笑い声が響いた。
【続く】
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