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第十六章 帝都奪還
帝都奪還 第六節
しおりを挟む「結界でギルバートの動きを止めるぅっ?」
レクスの提案に、カイが懐疑的な声をあげた。
「そう。ギルバートの動きさえ封じれば、ウィルくんは自由に動けるようになる。そうなれば、あとは彼がひとっ飛びして城門のレバーを引けば、門は開いて晴れて帝都の中に入ることができる」
例の会議中でレクスが挙げた提案は、他の誰よりもウィルフレッド本人が疑問の声をあげた。
「それはさすがに無理じゃないかな、レクス。この世界の魔法をいままで受けてきたが、アルマを拘束できるほどの力はないと思う」
ミーナが頷く。
「確かに、竜をも屠る魔人の強大さは、恐らくこの世界に対抗できる術は殆ど――」
「正にそれだよ」「なに?」
「魔人の力を実際見てきた人ならきっと誰もが、ハルフェンで匹敵できるものは殆どいないと考える。それは教団の方も同じだと思う。だからこそそこに突き入れる隙がでてくるんだよ。僕達の力でギルバートの動きを止めることに彼らはまったく予想はしていないはずだからね」
諸侯達がどよめく。
「でもレクス様。ウィルさんに呪いなど魔法の類って基本的に凄く効きにくいですよね?」
「けどまったく効かない訳じゃないでしょ、エリーちゃん。例えば妖魔ライムの呪いは、めっちゃ効き難いけど一度は効いてたよね。この前、ウィルくんに憑いた変異体の魔素もそうだったし」
「それは、確かにそうですけど…」
「それに、ギルバートを拘束する魔法をかける人選も特別だから、多分いけるかなと僕は思うよ」
アイシャが首を傾げる。
「特別な人選…?」
「うん。女神様の巫女たち、つまりラナ様、アイシャ様、そしてエリー様三人でギルバートに結界を張ってもらう」
「ええっ?」「なんだってっ!?」
アイシャやカイ達、諸侯達が瞠目する。
「私達が…」「あのギルバートを…」
「みんなの言うとおり、魔人に魔法は効き難いし、その力は強大だ。そんな奴を結界で縛るには、そこらへんの魔法使いが務められるものじゃない。でも創世の女神の巫女だったら、少しはマシな程度に効くかも。どうかなミーナ殿」
ミーナが真剣に考え込む。
「ふぅむ…魔法学的に、この世界の理自体に関わる女神の巫女が施す結界なら、効き具合も違ってくる可能性は確かにある。まだ原理は分からないが、ウィルとエリーの例もあるからな…」
ウィルフレッドが少し心配そうな顔を浮かべる。
「けどレクス、それではエリー達が直接危険に晒されてしまう。仮に結界が効いても、ギルを長時間拘束するのはやはり――」
「別に長時間拘束する必要はないよ、ウィルくん。例えばだけど、城門前のこの位置から城壁内のレバーのあるところまで行ってそれを倒すの、魔人化した君ならどれぐらい時間かかると思う?」
レクスが地図で指差した位置と、レバーの位置がマークされた位置を確認するウィルフレッド。
「…五秒、いや、四秒ぐらいだと思う」
「であればギルバートを四秒、最悪でも三秒拘束できれば、ウィルくんはレバーを引くことができるよね。今回の目的はなにもギルバートを倒すことじゃない。僕たちが帝都内に入れるようにすればいいんだ。勿論、彼を拘束する状況を作り出す必要はあるし、それをオズワルド達に悟らせないためにも、まず普通に城攻めする必要はあるけどね。あと実際に効くかどうかも、後でラナ様たちとウィルくんで実験してもらう必要はある。不安要素がない訳じゃないけど、成功すれば間違いなく城門を突破できるはずだ」
******
「おおおっ!?」
ギルバートを中心に描かれた魔法陣に、ラナ、アイシャとエリネ三人から発する三色の光がほとばしり、彼の体に纏わりつくようにバチバチと火花を散らした。杖を掲げて三人の補助をしているミーナが叫んだ。
「行けウィルっ!」「ああっ!」
ウィルフレッドが飛んだ。城門目がけて一直線に。
「ウィルっ!待ちやが――、ぬおっ!?」
ウィルを追おうとするギルバートだが、体が重い。まるで超高圧の水の中にいるかのような感覚で、体が思い通りに動かないっ。
「無駄だっ!これは竜の動きを封じることを前提に編み出された、我らの世界最強の拘束魔法!それを巫女たる我らがかけたんだ!魔人といえど、そう容易く破れるものではないっ!」
「てめぇ…っ」
ギルバートの唸り声に、ラナは臆せずに不敵に笑み、叫んだ。
「我らの世界を舐めるなよっ!」
――――――
「隊長!霧が晴れました!」
「よし!砲撃を再開――」
「「「う、うわああぁぁっ!」」」
城壁の大砲兵達が自分達めがけて、流星の如き飛来する銀色の魔人に一斉に悲鳴をあげる。彼から放たれる数発の青のエネルギー弾が複数の大砲を一瞬にして粉々に粉砕した。
だがそれはあくまで牽制。ウィルフレッドは城壁を一度飛び越え、城壁裏側から入れる城門制御用のレバーのある部屋めがけて飛翔する。事前に教えてもらった位置にある壁を、そのままぶち抜いて侵入した。
「「「ひゃああぁぁっ!」」」
恐ろしき銀色の魔人を見て、レバー室を守っていた兵士達が腰を抜けて逃げていく。部屋には他に偽装魔法や潜入、侵入などを防ぐための魔法アイテムなどが設置されてはいたが、ウィルフレッドには関係なかった。
「おおおっ!」
ラナ達が稼いだ貴重な数秒を無駄にしないよう、ウィルフレッドは城のレバーに一直線で駆けてそれを倒した。ゴゥウンと重々しい音が響き、帝都ダリウスの城門がゆっくりと開いていった。そして他の人にまた戻させないよう、力任せにレバーを引っこ抜いた
――――――
ラナ達に拘束されたギルバートが低く笑った。
「くくくっ、てめえらこそ――」
彼の胸のアスティル・クリスタルが赤く輝く。それだけで、途轍もないプレッシャーがエリネ、アイシャ達にかかってしまう。
(ぐうぅ…っ!)(なんて力なの…っ!)
「俺を舐めるンじゃねえーーーっ!」
「結界を解けっ!」「おおぉっ!」
ミーナの叫びとともに、ラナ達は拘束を解いて自分達を守る結界を一瞬にして張る。
「らあぁぁぁっーーーー!」
ギルバートのひと吼えとともに、アスティル・クリスタルの爆発的なエネルギーが放出され、深紅の衝撃が戦場を震撼する。
「「「きゃあああぁぁっ!」」」「「「うわああぁぁあっ!」」」
ドウゥンと強烈な爆発が、結界を間一髪で張ったエリネ達を吹き飛ばし、その周りにいる両軍の兵士達、そしてミーナとカイ達までも巻き込まれてしまう。
「ふぅぅ…っ!」
拘束から解き放たれるギルバートは、重々しい音とともに城門が開いていくのが見えた。
「ちぃぃっ!ウィルーーーー!」
舌打ちして彼は飛んだ、レバー室からたった今飛び出たウィルフレッドに向かって。
さきほどウィルフレッドの牽制の一撃で倒れていた城壁の大砲兵達がようやく落ち着きを取り戻す。
「けほっ…!た、隊長っ、大砲が…っ!」
「ぐぅ…、慌てるな!まだ残っている方で砲撃を続け――」
「あぁっ!隊長!」
兵士達の驚愕の声で、隊長はようやく気付いた。先ほどのアイシャの霧とウィルフレッドによる混乱に乗じて、陣地に控えていた連合軍全軍が既に戦場の半ばまで前進し、開いた城門目がけて突撃していた。その先頭にいるのは、他でもないレクスだった。
「全軍前進!城壁を制圧して皇城を目指すんだ!」
――――――
ギルバートに吹き飛ばされて倒れているアイシャ達に、いち早く立ち上がったカイが駆けつける。
「アイシャ!エリー!みんな無事かっ!?」
「え、ええ、なんとか…」「くぅ…大丈夫よ、お兄ちゃん…」「キュウ~~~」
「うぅ…っ、ラナ、立てるかっ?」
「問題ないわ、先生…っ」
エルドグラムを杖代わりにふらりと立ち上がるラナ。その額に血が滲んでいるものの、彼女の戦意は少しも損なわれてはいない。
「ラナ様ぁっ!」
後方からアランがラナの乗馬を連れて彼女の傍に駆けつけた。
「ご無事ですかっ!?」
「ああ…っ」
体を奮い立たせ、顔についた血を拭うと、ラナは何事も無いように乗馬に乗った。
「いくぞアランっ、皇城を目指すんだ!」
「御意!」
ラナ達が駆ける。オズワルドと母のいるところへ。
カイもアイシャに手を貸して立たせる。
「いけるかアイシャっ!城外でみんなの援護をするぞ!」
「ええ、行きましょうカイくんっ」
カイは頷き、二人で乗馬に跨る。
「ミーナ!エリーのこと頼んだぜ!」
「分かってる!」
最後に大丈夫と頷くエリネを見て、カイは馬を走らせて連合軍と合流する。
そしてようやく立ち上がったエリネは、上空でギルバートと鍔迫り合いしているウィルフレッドに顔を向いた。
「ウィルさん…っ」
――――――
戦場上空でウィルフレッドの双剣とギルバートの槍がギリリと鈍い音を立て、二人は睨み合った。
「やるじゃねえかウィル。あの女の霧とチャフ、魔法ってやつの下準備を隠すためのものだったんだな…っ」
「ああっ、用心深いあんたのことだからな…っ。俺に注意を注いでばかりだったお陰で、こうしてうまくいった」
「くくっ、てめえがこの世界に来て怠けてると思ってたが、どうやら他人のことは言えないようだな…っ」
金属の火花を散らすと、互いに弾けた二人は一歩後退して対峙する。ギルバートはちらりと下を見た。連合軍は続く砲撃を凌ぎながら、すでに城門を抜けて帝都内部になだれ込んでいる。城壁の一部も制圧され始め、反対にあるロバルト側の城門が開かれてしまうのも時間の問題だろう。
「…ふう、まあいい」「ギル?」
ギルバートが構えを解いて肩をすくめた。
「あんたの牽制が仕事なんだが、城門が突破されてちゃ意味ねえからな。それに、お互い残り時間が少ないんだ。本気で交流するってんなら、ここぞというタイミングで気兼ねなくやっていきたいものだ。そうだろ、ウィル?」
「ギル…」
ウィルフレッドの声は、どこか悲しかった。
「ギル。どうしても教団に手を貸すのをやめてくれないのか?サラもキースも、アオトも亡くなったいま、チームはもう俺とあんたしかいかいないのに」
ギルバートは答えない。
「他の誰のためでもない、家族のためだと思っても、だめなのか…?」
暫く、戦場の兵士達の鬨だけが聞こえた。
「…へっ、その答え、ヌトの上でもう既に出したと思ってたんだが」
「ギル…っ」
「たとえあんたの頼みでも聞けねえよ。平和ボケした奴らと組むなんてな」
「ギルっ!」
「今日のところは引いてやる。まっ、どうせすぐ会うことになるさ。そん時は正真正銘の決戦だ。ザナエルの旦那もあんたらとまたやり合うのを楽しみにしていると、あの女たちに伝えてやれ」
ギルバートの槍が分解して彼の腕の結晶に戻る。
「また会おう、ウィル。次こそはあいつらに懲りてこっちに戻ると信じてるぜ」
そう言って、ギルバートはその場を離れるよう飛んでいった。
「ギル…」
ギルバートが離れていくのを見て、アオト達のことを思い出してウィルフレッドの胸が痛む。そして次の瞬間、その体に赤いエネルギーラインが走った。
「うっ!ぐああぁっ!」
強烈な痛みに襲われ、ウィルフレッドが空から地面へズシンと落ちてしまい、赤い電光が苛むように体を走り、彼は悶える。
「うがっ!があぁぁぁ…っ!」
「ウィルさぁん!」「キュキュキュッ!」
そんな彼の元に、エリネが駆けつけた。
「エ、エリー…っ!」
「しっかりしてウィルさん!大丈夫だから!」
銀色の異形の体にエリネの治癒の光が優しく包む。体を苛む痛みが緩和されるなか、ウィルフレッドは彼女の顔についた小さな擦り傷に気付く。
「エリー…君、傷が…」
「え?…あ、うん、これぐらい大丈夫ですよ。私よりもウィルさんの方が大事ですから」
「エリー…っ」
自分お怪我をも省みずに駆けつけてくれたエリネの小さな体を、ウィルフレッドはその大きな異形の片腕腕で抱き寄せた。
「ウィル、さん…」
エリネの小さな頭がコツンと、人外のウィルフレッドの額に当てられる。帝都に向けて突撃する騎士や兵士たちの中で、魔人と巫女が寄り添うその姿は、どこか宗教画めいて厳かで、美しかった。
******
「どけっ!私の前に立ち塞がるのなら誰であろうと切り捨てる!」
「う、うあああぁっ!」
ラナがアランとレクス、カレスとルシア、そして一部小隊を率いながら、帝都内のオズワルドの私兵達を造作も無く蹴散らしていく。
「くるぞっ!ラナ殿下を騙る逆賊達を必ずここで食い止めるんだっ!」
ラナ達の前方で道を塞がるオズワルドの私兵達。その指揮を執る隊長が兵士達に号令した。
「で、ですが隊長。あれはどう見てもラナ殿下本人にしか…、しかも女神の巫女様ですよっ」
「いかにオズワルド様のご命令でも、邪神教団と結託していることはさすがにおかしいのでは…」
「黙れ!貴様らオズワルド様に逆らうっぐあっ!?」
隊長の頭にいきなり大きなかぼちゃがぶつけられる。それを皮切りに、周りの建物の窓から次々と物が彼ら目がけて投げつけられる。
「あんたら!ラナ殿下に手出しなんかさせないよ!」
「教団に手を貸すとは、この皇国の恥さらしがっ!」
それは、取締りのせいでずっと家に閉じこもっていた皇国民たちだ。ラナ達が城壁へと入ったのを呼び水に、帝都内のいたるところで皇国民の蜂起が始まっていた。
「おっ、おまえら何のマネだっ!?」
非難の的になり、もとから動揺していた兵士達の戦意はたやすく瓦解した。
「くぅぅっ!た、隊長…!私はもうこれ以上やっていけません!」
「お、俺ももうやめだっ!」
「あっ!逃げるな!敵前逃亡は――」
「どけっ!」
「うぎゃあああ!」
馬上のラナの剣がすれ違いさまに隊長を切り倒し、やすやすと包囲を突破した。
「さすがラナ殿下だっ!」
「ラナ殿下がんばって!」
「僕たちも打って出るぞ!」
窓から手を振る皇国民にラナは剣を掲げて応え、彼女を称える歓声が轟いた。
レクスと併走してラナの後ろに続くアランが嬉しそうに頷く。
「帝都の民達がいまだ誇りを失ってはいなくて嬉しい限りです。これなら皇城まで容易に到達できそうですねレクス殿…レクス殿?」
「え?あ、うん、そうだよね」
「どうかしました、何か気になることが?」
「いや、何でもないよ。それよりもオズワルド達が皇妃を連れて逃げる可能性もあるから、早いとこ城を制圧しないと」
「ええ、そうですね」
平然と話すレクスだが、その心中は穏やかではなかった。
(オズワルドの兵士達の反応、それと今回の戦い…あいつ、色々とふざけているなぁ)
「ルシア!合わせろ!――風塊っ!」
「――風塊!」
「「「うわあぁぁっ!」」」
ラナと騎士ルシアから放たれる巨大な風の塊が、皇城へと続く荘厳な大橋を塞ぐバリゲートを兵士達もろとも吹き飛ばした。
「! ラナ様!」
カルスの一声で振り向くラナ達、橋の中ぐらいまで突破した彼女の後ろから、別の敵小隊が現れて追撃してくる。ラナが歯軋りする。
「挟み撃ちか、小ざかしいマネをっ」
レクスは瞬時に判断し、カルスとルシア達に声かけた。
「カルス殿!ルシア殿!第二、第三小隊は僕と一緒に殿をお願い!」
「承知!」「了解です!」
ラナが彼を見る。
「レクス殿っ!」
「ここは僕に任せて先に行ってラナ様!皇妃の救出が最優先だっ!」
二人の目に迷いも相手への心配もなく、ただ信頼の頷きを交わした。
「アラン!いくぞっ!」「はっ!」
ラナはアランと残りの兵士達を率いて、聳え立つ雄大な皇城に向かって振り返りもせずに駆けた。
(ラナちゃん、皇妃のこと、きっと助け出してね…っ)
******
外の交戦音が反響する皇城の広い廊下を、ラナ達が敵兵を蹴散らしながら駆ける。ついに自分の城へと帰還した彼女だが、その胸に感傷や感慨を感じる暇もなく、ただ一心に奥へと進む。
「なめるなぁっ!」
「ぐあぁっ!」
バキンと、ラナのエルドグラムが廊下を塞ぐ最後の兵士の剣をへし折る。倒れこむ兵士の体を足で地面へと踏みつけ「ぐふぅっ!」剣の切っ先を彼の喉に突き出す。ラナの目には、まるで太陽の火の如き怒りを含んでいた。
「ここまでだ愚か者っ。オズワルドと皇妃はどこにいるっ?」
「まっ、まってくれラナ様!ヒ、ヒルダ陛下はご自分の寝室におられるっ、オズワルド様なら謁見の間だ…っ、そこで貴方を待ってるとへぶっ!」
ラナの蹴りが兵士の顔に直撃し、彼は気を失った。
「オズワルドの奴、誘ってるな。なめた真似を…っ」
他の兵士達とともにアランがラナの元に集まる。
「ラナ様!廊下を制圧しました!早くヒルダ陛下の元へ参りましょう!」
だがラナは頭を横に振った。
「いや、ヒルダ陛下のところは君が行け。私は謁見の間に行く」
「ラナ様…っ」
何か言おうとするアランだが、強い決意を込めたラナの目を見てただ苦笑した。
(ラナ様らしいですね。本当はヒルダ陛下の方が何よりも気がかりのはずなのに)
「…御意。ではこちらは陛下の元に参ります」
「頼むっ。全員、アランについていけ!陛下の安全が最優先だ!」
「「「はっ!」」」
アランとラナが振り返りもせずに二手に分かれた。
――――――
謁見の間を目指して駆けるラナ。皇城の奥へと行くにつれ、外の剣戟や砲撃の音が遠くなっていく。城に入ったばかりは何度か敵兵に遭遇はしたが、今はもはや人影の一つも見当らない。まるでラナを迎え入れるかのように。その意図を察して軽く舌打ちするラナの足の速度がやがて徐々に落ち、そして止まった。閉じられた謁見の間の扉の前で。
次の瞬間、ようやく父の王座に戻ったことへの感傷に浸かることもなく、ラナはその扉を一気に蹴り開けた。
ヘリティア皇家の家紋である太陽と剣の紋章が描かれた旗が無数に垂らされた謁見の間を、女神エステラが勇者ダリウスに聖剣ヘリオスを授ける色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が明るく照らす。そして皇帝の権威を表す黄金の玉座の前に、その男が立っていた。
「――相変わらず勇ましいですね。ラナ殿下」
「オズワルド…っ」
彼の表情は、最後に見た時のまま、感情を帯びてはいなかった。
「最後にお会いしたのはいつぶりでしょうか。姉上とともに午後の茶を飲みながら、神学問題について論議した時でしたか」
「そこまで覚えてるのなら、私がつまらぬ御託を嫌うことも当然覚えているだろうな」
ラナの言葉はいつにも増して激しい怒りが篭っていた。
「ええ、勿論覚えています」
いつものオズワルドらしい淡々とした返答だった。彼にペースを掴ませないよう、ラナは心を律しながら、エルドグラムを地面へと突き立て、両手を柄頭に置いては凛として問い質した。
「一応ここで言い訳を聞こうっ。貴様は無愛想な男ではあるが、愚かではなかった。有能ではあるが、不相応な野心を抱くほどの道化ではなかった。そんな貴様が、教団と結託し、あまつさえ父を暗殺した理由はなんだ!」
暫く間を置いてから、オズワルドが答えた。
「私も結局、そこらへんにいる欲望に満ちた凡俗と変わりはなかったと分かったのですよ。類稀なる才能を持って生まれた以上、やはり一度は三国統一という夢を見たくなるものですから」
ラナがクッと一笑する。
「戯れことを、そんな言葉で私をはぐらかせると本気で思っているのか?」
まるで眩い光を宿すようなラナの目が鋭くオズワルドを見据える。
「正直に言え!貴様の本当の目的はなんだっ!?あのザナエルとどんな約束をしてこんな茶番劇を仕込んだ!」
彼は答えない、ただ自分を見射抜くラナの目をじっと見つめていた。
「…答える気はないということか」
ラナがエルドグラムを構え、ゆっくりとオズワルドに向かって歩いていく。
「まあ良い、貴様がどんな理由で教団と手を組んだのか分からんが、今更どうでも良いことだ」
二人の距離が徐々に縮められる。オズワルドはただそこに立っていて動かない。
「戦争を仕掛け、多くの民を苦しめた罪。そして何よりも、わが父を殺した大罪――」
オズワルドが、ラナの剣の間合いに入った。
「その血で償えっ!」
ラナが大きく踏み込んだ。エルドグラムの輝ける軌跡が、オズワルド目がけて切り落とされる。その切込みを、一つの人影が横から遮った。
「ぬっ!?」
エルドグラムを紫の刀身が受け止めた、ギャアンッと剣のぶつかり合いが謁見の間に鈍い音を響かせる。
ラナは咄嗟に離れ、数歩バックステップして剣を構えなおす。
「お初にお目にかかります。ラナ殿下」
それは体形や髪色、動きに至るまで殆ど自分と瓜二つの顔を持つ女性だった。黒い剣士服と、その目に宿る妖艶な雰囲気を除いては。
「貴様は…そうか、帝都で私の名を騙る皇女とは貴様のことだな」
目の前の女性が艶やかに微笑んだ。
「ええ、私はメディナと申します。かの聡明で気高きラナ殿下に扮することができて、大変光栄に思います」
その笑みはわざとらしく、パーティでラナが良く見せる穏やかな笑顔そのものだった。なるほど確かに非常に似ているとラナが一笑する。
「ほう、偽者にしては実によく出来ている。私を熟知している人でも見分けられる人は殆どいないのだろうな」
「お褒めに預かり光栄です。貴方に似せるようがんばった甲斐があったものです」
ラナはちらりとメディナの持った紫色の剣を見た。ミスリル製のエルドグラムを受け止めるほどの強靭さ、そして剣を交えた時の奇妙な感触、加えて先ほどのメディナの身のこなし、油断できる相手ではない。
「死にたくなければそこをどくがいい。私が用があるのはオズワルドだけだっ」
「申し訳ありませんが、それは出来ない相談です。オズワルド様に御用があるのでしたら――」
メディナが身を低くし、剣を構える。
「先に私を倒してください」
「ほざけっ!」
ラナがメディナに飛びかかった。メディナは不敵に笑いながら、ラナを迎え撃つよう前に踏み出した。剣戟の火花が謁見の間に散らばった。
【続く】
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