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第十六章 帝都奪還

帝都奪還 第五節

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帝都奪還戦の火蓋が切って落とされ、邪神兵化した教団軍の魔獣モンスターや兵士達が禍々しい赤い紋様と黒い邪気を発しながら連合軍に向けて咆哮と怒声をあげる。その威嚇をものともせず、女神軍は吶喊しながら前進する。

先陣を切るのは、神々しいまでの銀の輝きを発する神弓フェリアを構え、月の巫女たるアイシャを後ろに乗せたカイ。そして彼と離れては同じラインで併走し、エルドグラムを手に勇ましく先導する太陽の巫女たるラナ。二人の後ろにそれぞれ騎士団の数個大隊が、女神のシンボルたる三位一体トリニティの旗印を掲げ、勇壮な角笛の音とともに進撃する。

「てぇーーーーっ!」
帝都城壁の大砲群が連鎖するように火を噴いた。打ち出された弾が空気を切り裂く音を発しながら連合軍目がけて降り注いでいく。
「アイシャ!」
「――月極壁フィブレアァっ!」

アイシャの聖痕がカイの神弓と共鳴して輝き、高く掲げた両手から銀のヴェールが広がり、切り込む連合軍の頭上を天蓋のように覆った。ドドドォンと砲弾が次々と結界に阻まれ、連合軍は砲撃をものともせずに推し進む。

「モアアァアァーーーー!」「フシャシャアアァーーーッ!」
レギオンレイスの魔素マナを通して邪神ゾルドの邪気を帯びたタウラーと死霊鎧リビングメイルの邪神獣が雄叫びを上げて地を踏み鳴らしては進路を阻む。
「うらあぁぁーーー!」
「フジャアァァァア!」
カイが連続して放つ神弓の破魔の輝きがそれらの巨躯が成す壁を容易く貫いていった。

「―――光雷ヘリオネイトっ!」
「ぐがああぁぁぁっ!」
ともに突撃するラナが放つ魔法の雷が、邪神獣の合間で守りを固める槍兵たちを焼き、エルドグラムで残りの敵兵を容赦なく切り裂いていった。

「全員!巫女様と勇者様に続けっ!」
その勇姿に戦意が高ぶる後続の兵士や騎士達もまた雄叫びを挙げては仕掛けてくる敵兵と交戦に入り、破竹の勢いで彼らを打ち倒す。砲撃が全て遮られる銀の天蓋の下で、二条の光が闇を切り裂くように敵の陣形を崩していく。

星見の塔にいるオズワルドは冷たい目で戦場を見下ろしていた。
(やはり、巫女と勇者が先陣を切って切り込んだか。攻城兵器がない以上、最大戦力は魔人を除いてラナ様たちしかいないからな。第一陣も巫女の結界が覆えるぐらいの少数精鋭で構成されている。ここまでは予想どおりだ)

「オズワルド様!反対側からロバルトの軍勢も攻撃を仕掛けてきました!いかがなさいますかっ?」
「慌てるな。ロバルトの攻城兵器の数では城壁は落とせん。単なる撹乱だ。そこはダーン将軍に任せ、注意は全て正門にある連合軍の方に注げよ。こっちこそが本命だ」
「はっ!」

数名待機している伝令の一人が下がると、下の戦場でいきなり重々しい衝撃音が響いた。敵陣の半ばを突破したカイが、隙を見て正門めがけて神弓の一発を当てたからだ。爆発の衝撃が砂塵を巻き上げる。
「どうだっ!?」
だが砂塵が散ると、鋼鉄の門はやはりビクともせずにそこに佇んでいた。
「くそっ!神器でもだめか!」

その様子にオズワルドは冷静に分析する。
(ふむ。軍を切り抜け、神器を攻城兵器代わりに正門を打ち破ろうとしたのか?だがザナエルが言ったとおり、神器は邪神の邪気を帯びるものには絶大な威力を発揮するが、その他のものに対しては強い攻撃魔法ぐらいのものか。そしてドワーフ製のその門は魔法防御の加工がなされている。いかな巫女や神器といえどそう簡単には破れん)

城壁の上に立つギルバートもまたその様子を見て軽く口笛を吹いた。
「ほおぉ、あのガキが撃ってる弓、小型荷電粒子砲といった感じなのに、あの門がそれを防げるったあ、ドワーフってのは中々良い仕事するじゃねえか。へたしたら巡洋艦の装甲並みはあるか」

最初の攻勢は連合軍が優勢だと見えたが、正門が破れない以上、その進撃はやむなく止まってしまう。しかも既に敵軍と直接衝突したにも関わらず、城壁からの砲火や矢と魔法の射撃は一向止まる気配がない。

「どうした!砲を打ち続けろっ!」
「し、しかし隊長っ、それでは友軍までも巻き込んでしまいます!」
「構わんっ!いかな時でも砲撃を止めるなとオズワルド様からの命令だ!撃って撃って撃ちまくれ!」

中、遠距離には大砲の爆撃が、近距離には弓と魔法の射撃が容赦なく猛威を振るう。後方で戦況を観察するレクスが軽く顔をしかめる。
「あのオズワルド、やっぱ友軍なんてお構いなしに射撃を続けている…。いくら魔獣モンスターは簡単にやられないとしても、他の兵士達は普通の人間だよっ?まったく引いちゃうなあっ」

両軍の交戦場に砲火が連続して打ち込まれ、それを防ぐのに必死なアイシャは結界魔法を解けることができない。
「アイシャ!大丈夫かっ!?」
「ええ、なんとかっ!でもあまり長く持ちません…っ!」
アイシャの顔に余裕はない。神器との共鳴で魔法力が強化されても、圧倒的な砲火を長時間防ぐ結界を一人で張るにはやはり辛いものがある。

「ラナ様!右翼の方から敵軍が押し寄せてきます!」
「左翼からも!タウラーとリノケラス数体が向かってきます!」
敵の砲火を凌ぐために少数精鋭で切り込んだ連合軍を敵軍が囲もうと移動した。ラナが指示を下す。
「全軍後退!いったん本陣まで下がれ!」

第一陣が後退し始めると、レクスがすかさず叫んだ。
「よし!第二陣前へ!敵の進撃を止めるんだ!」
ルヴィアを先頭に、ミーナやエーデルテ達第二陣が駆け出す。
「魔法隊!結界を展開!」
「「「――月極壁フィブレア」」」

ルヴィアの号令とともに、複数人で一組の魔法隊がさきほどのアイシャのように頭上に結界を展開。巫女の力を持たない点を人数でカバーし、第二陣が後退する第一陣と交差して追撃してくる敵軍と交戦する。エリネや他の看護担当のシスター達が急いで第一陣の負傷兵達の治療を始めた。

その動きをオズワルドが細かに観察する。
(ああやって交互に攻めて平原の兵士を掃討してから門を攻略しようとするのか?だが――)

スドォンッ!と、大砲と弓などの砲火が一部魔法隊の結界を突破し、連合軍の兵士が負傷していく。横から敵兵の熾烈な攻撃が護衛の騎士達を抜けて魔法隊に届き、注意が分散されて結界が弱まってしまったからだ。ルヴィアが士気を維持するように叫ぶ。
「怯むなっ!戦線を維持するように!女神様は常に我らとともにありますっ!」

(…妙だ)
その様子にオズワルドは困惑した。
(このような攻め方、総力戦のように一気に消耗することはないが、門への決定的な一撃が欠けては、結局はただの消耗戦になる。こんなのが、あの各地で勝利をあげた連合軍の軍師の策なのか?)

彼は望遠鏡を未だに城壁に立っているギルバートと、彼の視線の先にある、連合軍の陣地で佇んでいるウィルフレッドに焦点を当てた。
(あれがギルバート殿の言ってたもう一人の魔人か。この境地を打破する可能性が一番高いのが彼だ。ギルバート殿の牽制が一応効いているようだが…)

そんなギルバート本人は、ズーム機能で陣地で自分を睨むウィルフレッドを見つめ返しながら、軽く愚痴をこぼす。
「やれやれ、こうして互いに睨めっこしかできないのはマジで退屈だな。まっ、オズワルドのリクエストだから暴れるのは不味いがよ」

(((ギルバート殿。今回の戦いにあたって、非常時を除いてラナ様側の魔人との正面衝突は避けていただきたい。エリク殿からかねがね魔人としての力を教えてもらってはいるが、ドラゴン以上の力を持つもの同士が戦場で暴れては、予想外のことが起こりやすいからな)))

オズワルドの言葉を思い出すギルバートがクッと嗤い、まるで遠くにいるウィルフレッドに語りかけるように話す。
「まあ確かに、ここはあのなんたら谷でもないし、アルマ同士がぶつかり合っては周りも無事ではいられねぇからな。アスティルバスターが撃ち漏らして、城壁を吹き飛ばされては目も当てられねえしよ。あんたもそれが分かるよな?ウィル」
彼に返答しているのか、陣地で立ち尽くしているウィルフレッドが顔をしかめる。

「む?」
次の瞬間、オズワルド側は連合軍の方に、鼓舞の叫びとともに何かが前へと出てくるものに注目した。普通のサイズよりも一回り大きく堅牢な黒鉄製の破城槌だ。数多くの兵士達が懸命にそれを推し進め、護衛のカイが騎士達とともに第二陣が開いた道を進んでいく。その先頭にはラナにアイシャ、後ろにはミーナが同行していた。

(ほう。あれが決定打になるか。しかし他の攻城兵器の援護なしで果たしてどこまで行けるのか)
オズワルドが鏡で下の城壁で指揮を取る隊長に信号を送り、指示を下した。
「全員っ、あの破城槌に集中砲火だっ!」
その瞬間、射程内にある大砲が、魔法隊と弓兵隊の狙いが全て破城槌に集注される。

「「「――月極壁フィブレアっ!」」」
ラナとアイシャ、そしてミーナと護衛の魔法隊の結界魔法が破城槌を包み、それを中心に爆撃の嵐が地面を抉るかの勢いで吹き荒れた。
「ぐぅぅっ!大丈夫っ!?アイシャ姉様!先生!」
「な、なんとか!」「くぅっ!これは流石にきついな!」

「フオォォォッ!」
砲撃だけでなく、一部魔獣モンスターと敵兵もまた、その進路を阻むように破城槌目がけて仕掛けてくる。カイが再び神弓を打ち出してそれを止める。
「みんな!破城槌を守るんだ!」
騎士と兵士達が雄叫びをあげ、破城槌を阻止しようとする敵軍に立ち向かう。

砲撃と敵軍の攻撃により、いかな巫女による結界で守られても、破城槌の進み具合は非常に遅く、とても城門まで辿りつけられるには見えなかった。オズワルドには妙な違和感を感じた。
(おかしい。このような結果は誰でも予測できたはず。あのレクス、いったい何を考え――)
「なにっ!?」
オズワルドが思わず声を挙げるほどの異変が起こった。

「なんだぁっ!?」
ギルバートもまた目を見開く。牛歩しか進めない破城槌が突如、さながらジェットエンジンか何かを付けたかのように急加速し、城門目がけて一直線に飛ばしていく。大砲などがあまりの速度に狙いが定まらず、砲撃が止んでしまう。
「全員走れっ!」
ラナ達が思い切って結界を解いて馬を全力で走らせてそれについていく。

「なんだあの速度!?この世界にあんな鉄の塊を飛ばせる魔法でもある――」
ギルバートは気付いた。それを成しているのがただ一人でそれを推している兵士によるものだと。そしてその兵士の体に、バチバチと青い電光が発しているのを。

「ウィルっ!?…まさかっ!」
ギルバートはいまだ連合軍の陣地に立つを見た。そのウィルフレッドが不敵に笑うと、体が光だし、元の姿であるに戻った。

「ははぁっ!まさかこう来るとはなぁっ!」
ギルバートが狂喜の顔を浮かべ、赤い電光が彼を包んでは砂塵が吹き上がり、黒き魔人アルマが槍を振り回しながら飛び出て破城槌へと飛翔していく。

「ウィルっ!」
アスティルエネルギーを纏って赤い流星と化したギルバートが、兵士に装ったウィルフレッド諸とも両断する勢いで、破城槌めがけて槍を大降りに振り下ろした。
「みんな散れっ!」
ラナ達と破城槌を推していた兵士が離れると同時に、漆黒の槍が破城槌を両断し、大地が震撼するほどの衝撃が周りに走る。

「ぐぅっ!」
兵士の兜が吹き飛ばされ、ウィルフレッドの銀色の髪が靡いた。ギルバートがすかさず槍を彼目がけて突き出す。
「おおおぉっ!」
雄叫びとともにウィルフレッドが魔人アルマ化し、双剣を生成しては槍を弾いた。

「くく、ウィル…っ!」「ギル…っ!」
弾いた勢いで離れた二人が互いに武器を構えて対峙する。
「まさか替玉を用意していたとはなあ。動きの癖がまんまだったし、距離もあって気づかなかったぜ…っ」

二人の周りに、粉々になった破城槌の破片が次々と落ちていった。
「この世界の偽装魔法はそのあたりも完ぺきに再現できるらしいからな」
「そうかよ。だが残念だったな。破城槌はご覧のとおり粉砕した。あんたはこれ以上進めさせやしねえ――」

ギルバートの言葉を、アイシャの呪文が遮った。
「――月幻霧フィネーベル!」「ぬっ!?」
銀色の幻惑の霧が一瞬にして彼らを中心に戦場全体を覆う。かつてガルシアとシルビアの戦場を覆った時のように。

「目くらましかっ!?こんなので――」
今度はラナの方が何かをギルバートの方に投げつけ、それが爆発してはキラキラと輝く金属片が撒き散らされる。
「チャフかぁっ!」
それはヌトの残骸から見つけ、念のために取っておいた対サイボーグ用チャフだった。

霧に覆われた戦場を見て、城壁の大砲兵や弓兵達が慌てふためく。
「た、隊長っ!下の様子が見えませんが、砲撃は――」
突発的な状況にさすがの隊長も一度皇城を振り返った。オズワルドからの指示の信号が光った。
「全員、砲弾を装填して一旦待機!」

チャフにより索敵機能を封じられ、幻惑の霧に視界を遮られたギルバートはククッと笑う。
「おいウィル、こんなので俺を――」
槍をぶんぶんと振り回し、その人外の目を光らせては、側面の方に思い切って槍を突き出した。
「止めると思ったのかよっ!」

槍の先にいたウィルフレッドが双剣を交差して突きを受け止め、ギャリリと火花を散らしてはギルバートに剣を押し込む。互いの両足が地面に抉り跡を作りながら、二人が鍔迫り合いの体勢になった。

「こんな目くらましで奇襲しようとするなんざ、性格だけでなく戦い方まで甘くなってんのか?これで俺を仕留められると思ってる訳じゃねえよな?」
「甘くなったのはあんたの方だ、ギル」
「なに?」

ガィンと一段と激しい火花を散らし、再び距離を取って対峙する二人。
「こんな小細工であんたを仕留めれるなんて思ってはいないさ。寧ろギルの方が、この世界で自分を過信してはいないか?」
「何を言ってやがる…」
戦場を覆う幻惑の霧が晴れていく。そこでギルバートはようやく気付いた。ウィルフレッド達の本当の意図を。

「よっしゃ!」
望遠鏡で状況を確認したレクスがガッツポーズをとった。ギルバートを中心に、いつの間にか地面に魔法陣が描かれていた。その円環上で三角を成すようにラナとアイシャ、そして知らないうちに前へと出ていたエリネが立っており、手で印を結んでは既に呪文を唱えている。魔法陣の上に最後の魔法アイテムを置いたミーナが確信の笑みを浮かべ、ラナが、アイシャが、エリネの聖痕が輝いた。

「「「――封竜呪リヴェルゾネ!!」」」



【続く】
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