ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第十六章 帝都奪還

帝都奪還 第二節

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優しい月の明かりが、谷の中にある同盟軍のキャンプ地を照らす夜。いつもは戦いの勝利に浸かるような歓談で賑わうはずだが、その日の夜はいつもとは違って雑音が飛び交っていた。

「おい、今日のあれ見たか?」
「ああ、魔人の噂は聞いていたが、この目で見るまで信じられなかったよ」
「どうやら異世界から来たという話は本当らしいな」

エステラで同盟軍を組んだ三国諸侯所属の騎士と兵士達が、今日初めてみる魔人アルマ化したウィルフレッドと変異体ミュータンテスの戦いについて話し合っていた。

「魔人だけじゃないぞ。いきなり化け物になったあのリノケラスもだ。どう見ても私達の世界のもの普通じゃないよな。それにあの魔人と雰囲気は似ていたし」
「あんたもそう思うのか。それじゃあの怪物、まさかあの魔人が異世界から持ち込んだものなのかっ?」
「そういえばこの前、ヘリティアのカスパー町で怪物騒ぎがあったみたいだが、なんでもそこに出た怪物もこの世には思えないおぞましい奴だとか」
「俺もその話聞いたことある。…まさかあの異世界の怪物が他にもあって、既に我々の世界に放たれたのか?」
「とんだ迷惑だな…」

「けどあの魔人、巫女様であるティア様に勇者として選ばれたようだが…」
「あんな恐ろしい魔人が勇者?冗談にもほどがあるぞっ。あいつ、きっとなんらかの手で巫女様を篭絡して――」
「ウィル殿への中傷はそこまでにして頂きたい」

彼らの会話を遮ったのはレクスの騎士団のランブレだった。彼の後ろには他にウィルフレッドとともに戦ってきた連合軍の兵士、騎士達もいた。
「あ、あんたはレクス様のところの――」
「たとえ人ではなかろうと、ウィル殿は私達の大事な仲間です。例の怪物も、他の魔人によってもたされたもので、彼はその怪物から私達を守るために命をかけて戦っているのですよ」

「…それはどちらかというと自分の後始末じゃないのか?」
ぼそりと呟く兵士をランブレ達が一瞥する。怒りこそ表してはいないが、ランブレの顔は真剣そのものだった。
「その後始末を放り投げずに自分の命を削ってまでする人に、そのような言い草は私はしませんね」
「命を削って…?」
「貴方がたが見るあの魔人の姿になるために、ウィル殿は寿命を削ることになっているのです」

諸侯らの騎士達がどよめく。
「そ、そういえば、確かにあのあと、彼はとても苦しそうにしていたな…」
「ええ、言ったでしょう、彼は命をかけて戦っていると。ですからどうか彼の動機だけは疑わないでいただきたい。正しき心を持つ騎士であると、良識ある人間であると自負するのであれば」

騎士と兵士達が黙したが、目にはいまだに疑問と困惑に満ちてはいた。ランブレが軽くため息をついては、一礼する。
「…休憩を邪魔して申し訳ない、皆様がた、失礼します」

他の人達と一緒に離れるランブレ達。そのうち一人が愚痴った。
「ウィル殿も災難だよなあ。恐らくこの戦いが終わるまで陰口は絶えないだろう」
「仕方ないですよ。彼の人柄を知るまで、僕たちも似たような感じでしたから」
「…けど、あまりこう言いたくはないけど、巫女の勇者となる件に、彼らが心配するのも無理はないかと」

ランブレの顔が軽くしかめる。
「なにを言う。ウィル殿を、巫女様のご決定を疑うというのか?」
「まさかっ、エリー殿…巫女様の考えは尊重するし、ウィル殿は勇者を名乗るのに相応しいとも思ってる。ただその、女神の巫女様と、異世界の人間で人ならざるものと寄り添うのは、どうも不安を感じられて…」

「…実は僕も、同じ感じがします」
「君まで…っ」
「も、もちろん、ウィル殿のことは信頼していますよっ。ただその、エリーちゃ…様が普通の女性ならまだしも、女神の巫女様となると話が違ってきて…どうしても違和感を感じてしまうんです」

ランブレは言い返さなかった。その言い分は理解できなくないものだから。女神はこの世界における宗教の中心、神聖にして至高なるもの。その信仰の対象である女神の化身とも言える巫女が、異世界の人ならざるものと結ばれる話を聞くのは、どうしても思想的に受け付けない部分はある。

しかもウィルフレッドの世界に絡むの物事への不安感は、もはや本能レベルと言って良いほどのものだ。実際、たとえランブレが彼に全幅の信頼を置いた今でも、魔人化したウィルフレッドや変異体ミュータンテスを見てもいまだに体が言う事聞かずにかすかに震えるものだ。

「…それでも、私はウィル殿を信じる。創世の女神の化身たる巫女こそ、その決定を、エリー殿の決定を最後まで支持する」
「ランブレ殿…」
ランブレの目に込めた決意は、本能の恐れを抑えるほど固かった。かつての過ちを犯さないために、自分が信じる騎士道のために。

(ウィル殿、エリー殿。このランブレ、いかなることがあっても二人を応援いたしますっ)


******


休憩する兵士達を通って目的地のテントへと向かうレクスの周りにもまた、ボソボソとウィルフレッドに関する噂が独りでに広がっていく。その内容は両極端のもので、自分達を守ったウィルフレッドや、巫女であるエリネを支持する内容もあれば、ウィルフレッドに不信感を募り、疑う言葉も少なくはなかった。

(やれやれ、予想はしてたけど、思ったよりも反応が大きいね。教団が今までこれを突いて心理戦を仕掛けこなくて良かったよ。まああのギルバート、そういうのを好まないっぽいからかもしれないけど…)

目的地のテントに入ると、そこにはいまだにウィルフレッドに治癒セラディンをかけているエリネと、二人を囲んでいるカイやラナ達がいた。
「あ、レクス様っ」
「やあカイくん、今日はお疲れ様、相変わらずの大活躍だったね」
レクスの言葉に反して、カイの表情は沈んでいた。
「いや…完全にそうとは言い切れないよ」

カイやラナ達がウィルフレッドを見た。胸のクリスタルから流れるエネルギーラインはすでに青色に戻っていた。彼はそっと手を自分にかけているエリネの手を握る。
「もう大丈夫だ、エリー。随分と楽になったから」
「本当ですか?私まだまだいけますよ」
「本当だ、だからもう休んで良いから」

「キュッ」
肩に乗ってるルルもまた休むのを促すように鳴くと、エリネはまだ少し納得できなそうに魔法を止めた。ウィルフレッドが申し訳なさそうに謝る。
「今日はその、すまない。君に心配をかけてしまって…」
「…ううん。あの時は、本当に仕方なかったのは理解はしてます。してます、けれど…」

エリネが顔をウィルフレッドの胸に埋めた。小さくすすり泣きながら。
「それでも、それでも…あんまり無茶はしないでください…っ」
エリネはいまでも鮮明に覚えている。魂となって直に彼の記憶に触れたときに感じた、キース達が灰となって散ったあの喪失感を。それが彼を失うことへの恐れと不安に重なり、エリネの不安を煽いでいた。
「エリー…」
小さく震える彼女を、ウィルフレッドはそっと抱き寄せた。

「私からもお詫びさせて、ウィルくん」
ラナが拳を強く握りしめた。
「悔しいけれど、あの時はウィルくんに助けてもらう以外に手はなかったのは事実だから」
「ああ、兄貴の負担を減らすと言ったのに、情けねえったらありゃしねえよ…」
「二人とも気にしないでくれ。あのミラー変異体は俺達でも相当にてこずった相手だ。それに変異体ミュータンテスは元から俺の担当だからな」

「けどよ、もしこれからまた変異体ミュータンテスが出てきたらどうすんだ?ありゃ明らかに兄貴対策の奴なんだろ?」
「う~む、僕はそんなに心配しなくても良いと思うなぁ」
カイ達がレクスの方を見た。

「僕たちがヘリティアの領土に入ってから随分と進軍してきて、何度も教団軍やオズワルドとの勢力と対峙したよね。もし彼らの目的が変異体ミュータンテスでウィルくんの力を削ぐつもりなら、もっと前の段階から複数で仕掛けてくるはずと思う。それができないってことは――」
ミーナが続けた。
変異体ミュータンテスの数に限界が来たということか」

「そっ。そもそも変異体ミュータンテス化するアイテムって大量に生産できるものでもないよねウィルくん?」
「ああ。それに大破したヌトの残骸から発掘したものだから、無傷なシリンダ自体の数もそう多くないはずだ」
アイシャが同意する。
「この前ラナちゃん達が見つけた残骸にあった武器も大抵は壊れていましたからね」

心配そうに擦ってくるルルを撫でているエリネ。
「それじゃ、変異体ミュータンテスはもう殆どなくなったってことでいいでしょうか…?」
レクスが頷く。
「数が少なくなってるのは間違いないと思うよ。今回それを使ってきたのは、こっちへの嫌がらせ…というよりも、全体の戦力を測るためのものかもしれない。残りの奴を帝都で使われる可能性も考えてるけど、それは多分無しだと思うな」

「どうしてだ?」
カイの質問にラナが答えた。
「今日の変異体ミュータンテス、敵味方関係なく攻撃してたでしょ。制御できないものは戦術的に価値は低いし、例の意識を保つアドバンスドタイプは適性がなければいけない。帝都で指揮を取るのがオズワルドなら、彼がこのような不確定要素の大きいものを使うのは考え難いわ」

ウィルフレッドが同意するよう頷く。
「そうだな。帝都で俺へのカウンター対策があるとすれば、ギルだ。彼は間違いなく帝都で俺を待ち構えてると思う」
「ええ。変異体ミュータンテスのことよりも、寧ろそちらの方を心配すべきね。攻城兵器の輸送隊と合流した後、それも交えた作戦会議を開かないと」

この時、テントの入口の方からシスティが礼儀正しく一礼した。
「ティア様、ラナ様、それにアイシャ様、失礼致します。今日の小会議の用意が整いました。ルヴィア様や他の方達はすでにお待ちしております」

エリネが心配そうにウィルフレッドの手を握る。それを察したラナが手を彼女の肩に優しく置いた。
「エリーちゃん、今日の会議は私達でするから、貴方はウィルくんの傍にいてあげなさい」
「ラナさん…。ありがとうございます」
「いいのよ別に」

システィは何か言いたげだが、ウィルフレッドの手を握るエリネを見て、口をつぐんだ。
「システィ殿、貴方もここで彼女と一緒にウィルくんを見ていただけますか?」
「はっ、勿論ですラナ様」
「ありがとう。それではいきましょう、みんな。ほらカイくんも」
「あ、ああ」

教団軍に対抗する主力となり、同盟軍の支えの一つとなった立場上、カイは常に会議へと出ることをになった。権力や地位あるものには大きな責任も伴うことは、ラナ達を見て十分理解したつもりだが、勇者になってからは改めてそれをもどかしいほど実感した。

「すまねえエリー、本当は俺も一緒に兄貴を見てやりたいけど…」
「いいのお兄ちゃん。それよりも会議で失礼を働かないようにね」
「俺のことは大丈夫だカイ。会議、がんばってくれ」
「…ああ。いこうアイシャ」
「ええ。――またあとでね。エリーちゃん、ウィルくん」

カイやラナ達がぞろぞろとテントから出て行くと、エリネは先ほどウィルフレッドにあげた水のコップとケトルが空になっていることに気付く。
「あ、私、ちょっと水入れてきますね」
「いいんだエリー、別に喉は渇いてないから――」
「だめですよウィルさん。こういう時こそ水分補充はこまめにしないと」
「ティア様、なにも貴方の手を煩わずに、これぐらい私が――」

システィに対してエリネが頭を横に振った。
「大丈夫、こういうのには慣れてますから。それと、ずっと前から言いたかったのですけど、できればティアではなく、気軽にエリーと呼んでください」
「そ、そんなぁ。ティアの名前がお嫌いなのですか…っ?」

今にも泣きそうなシスティを慌ててなだめるエリネ。
「違いますよ。お母さんとお父さんがくれたティアという名前、私はとても好きですし、大事にするつもりでいます。ただ、同じぐらいエリネという名前は私にとって大事なものですし、今はちょっと、ティアという名前にあまりにも色んなことが絡んでますから…」
「ティア様…」

「ですから、ティアの名はできれば、全て落ち着いてからどう使うか考えたいです。システィさんには申し訳ないですけど、その名前がまったく嫌いな訳ではありませんから」
「……分かりました。そういうことでしたら、暫くはエリー様と呼ばせていただきますね」
「別に呼び捨てでもいいんですよ」
「いいえ。そこだけは私も譲れませんから」

エリネとシスティが互いに小さく笑いだす。
「分かりましたよ。システィさんの好きなようにしてください。それじゃ私が戻るまでウィルさんをお願いしますね。ルル」「キュ~」
「あ、エリーさ――」
システィが止めるよりも先に、ケトルを手に持ったエリネはルルとともテントの外へと出かけた。

二人きりになったウィルフレッドとシスティが互いを見ては、彼が苦笑した。
「色々と苦労をかけてすまない。システィ」
システィの顔に今まで彼への嫌悪さはなく、なんとも言えない複雑そうな表情を浮かべていた。

「あんたのことは、ラナ様たちから改めて聞いた、ウィル殿。今日の怪物や、教団にいる魔人と、寿命のことを…」
「そうか」
「正直に言うが、あんたとエリー様のこと、私はやはり反対だ。いかな事情があれど、三女神様の巫女と人ならざる異世界人が恋仲など、たとえエリー様が王家に戻らなくとも、世間の評価的に悪い噂しか立たなくなるのは目に見えている」

ウィルフレッドは反論しない。
「…けれど、あんたが命を削ってまで教団と戦い、エリー様を守ろうとするその気持ちは本物だと思う。エリー様も、あんたと一緒にいると、とても幸せになれていることもだ。だから――」
強い意志を込めた目でシスティは彼を見据えた。

「やはり前に言ったように、これからも私は見届けさせてもらう。あんたがしっかりとエリー様を守り抜けるのかを。エリー様の心を盗んだ責任はちゃんと負ってもらうからなっ。私も私なりに助けはするが、勘違いするなよ。それはあくまでエリー様の幸せのためなだけだぞっ。それと、エリー様の名誉を傷つけるようなマネなんざしたらただでは置かないからな!」
「ああ、ありがとう、システィ。その言葉だけでも十分嬉しいよ」

照れ混じりにふんっとそっぽ向くシスティに、ウィルフレッドが小さく笑うと、そっと懐から腕輪ヴィータを取り出した。今でも淡く光るそれは、やはり覚醒しようとする様子は見せない。
「システィ。どうしてもの場合、君が言ったようにこれを預けるよ。エリーは見ての通りとても頑固だが、きっと分かってくれると思う」

「そんなこと言われるまでもないっ。それよりも間違ってもそれを失くすなよ。首を刎ねるだけでは済まさないからなっ!」
再びそっぽ向くシスティに苦笑したウィルフレッド。だが次の瞬間、彼がいきなり立ち上がってはテントの外を見つめた。

「? どうしたいきなり…って、ちょっと!?」
困惑するシスティを置いて、ウィルフレッドは一瞬にしてテントの外へと駆け出した。

――――――

「あのっ、こっちは用事がありますから通してくださいっ」「キュ!キュキュ!」
「そう仰らずに、ティア様」
ケトルに水を入れてテントへと戻ろうとするエリネを、数名の三国の諸侯らが彼女の行く先を塞いでいた。

「セレンティアや此度の行軍中では中々ティア様とお話できる機会がありませんでしたから、親睦を深まり、ご心労を労わるためにもぜひ粗末なお茶でもご招待しようと」
「そうですとも。我らはみなティア様の巫女様としての激務にそのか弱い体が潰されるのかと心配で心配で、少しでもその負担を減らせばと案じるだけですよ」

エリネの全身に嫌悪感が走る。彼らの言葉に含まれる声の表情が、その裏のねっとりとするほどの不快な意図を赤裸々と伝えてくるのだから。ルルもまた彼女と同調するように毛を逆立てて唸っている。
「結構なお世話ですっ。私は皆様が思うほどヤワではないですからっ」
「キュキュウ…っ」
「そう仰らずに、少しだけ時間を取るだけですからっ」

強行突破しようとするエリネを、諸侯の一人が強引に引きとめようと彼女の手を掴もうとした。
「ちょっと!」
怒りを露にするエリネが諸侯の手を振り払うと、ケトルが滑って地面へと落ちてしまい、中の水が地面へとぶちまけられてしまう。

「ああっ」「キュ~~~ッ!」
「とっ、これは失礼しましたっ。後でお詫びとして使用人に上等の果物ジュースを用意しますから――」
「この…っ」
怒り心頭のエリネがヘラヘラと笑って再び彼女の手を掴もうとする諸侯に平手打ちを見舞おうとするその時だった。

「どわっ!?」「あっ!?」
エリネと諸侯の間に、闇夜の中からターンと高く跳んで着地したウィルフレッドが遮る。
「ウィルさんっ!」「キュウゥ~ッ」

「お、お前は…っ」「魔人…っ」
諸侯達が後ずさる。ウィルフレッドがいかに異質な存在なのか、今日の戦いでその目で直に見てきたのだから。エリネがホッと安心したように彼の後ろでその腕を掴んだ。

「嫌がっている女性に強引にアプローチするのは、貴族としてあまり名誉ある行動には思えないな」
「な、なんだと…っ」
この世界に合わせた文言で貴族らを咎めるウィルフレッド。その顔は怒りを露わにしてはいないが、とても冷たいものだった。

その並々ならぬ気迫に諸侯らは思わずたじろぐ。だがうち一人が怖気を払うように服を正しては軽蔑するよう一笑する。
「ふんっ、化け物が騎士ナイト気取りとは、正式に騎士の称号タイトルを頂いてる私達から見れば実に滑稽極まりないですな」
ウィルフレッドの表情は微動だにせず、冷たいままだった。
「ウィルさんの悪口はやめてください!」「キュキュ!」

エリネがまだ若いゆえか、巫女の叱責を気にもせずに諸侯が続いた。
「巫女様にここまで気に入られるとは羨ましいですな。今日の戦いでのご活躍を見れば納得もいきます。それほどの力があれば女も金も、果ては世界までも思うがままにできるでしょうなあ。いやはや異世界の方には本当に恐れ入る」
諸侯への怒りで前に出ようとするエリネをウィルフレッドが制した。
「ウィルさん…っ」「俺は――」

「これは何事でしょうか」
声の方向に諸侯らが向くと、そこには厳しい顔をしたルヴィアが立っていた。
「ル、ルヴィア様っ?ラナ様たちの会議に行かれたのでは…」
「今日の小会議だけですからすぐに終わりましたよ。それよりも諸侯の皆様、わが国のティア王女を前にいったい何を騒いでるのですか?良く見ればわが国の方もいますし…何か用事があれば私が代わりに聞いてあげましょう」
「い、いえ。特になんでも。失礼致します」

同盟軍のエステラ側を代表するルヴィアの前にさすがばつが悪いのか、諸侯らがぞろぞろとその場を離れていく。エリネがルヴィアにお辞儀した。
「ありがとうございますルヴィア様。お陰で助かりました」
「いえ、として当然のことをしたまでですよ」
ルヴィアがルヴィアでない声で返事した。
「あ、この声っ?」「君は…」「キュウっ?」

二人の前のルヴィアがボウッと光り、元の姿であるシスティがそこに立っていた。
「システィさん!?魔法でルヴィア様の姿になっていたのですかっ?」
「はい、水鏡ルテーミネという、わが一族の守護精霊オルテ様を借りた精霊魔法秘術ですよ」

ウィルフレッドが肝心そうに頷いた。
「そういえばミーナからそういう話を聞いていたな。けど声姿だけでなく仕草や口調までも本人みたいで凄いな…」

ウィルフレッドに褒められるのがこそばゆいのか、素っ気無い表情を作るシスティ。
「精霊オルテ様の力があっての賜物だ。私としては、あんたがどうやってエリー様がやつらに絡まれたと分かったのが不思議に思うが」
「別に大したことない。俺は遠く離れた音でも収集できる機能を持っているし、エリーが困っている声を絶対に聞き逃さないようにしているから」
「ウィルさん…」

嬉しそうに互いを見つめる二人に、システィは気恥ずかしさが混じるような困り顔を浮かべた。
「エリー様。先ほどは申し訳ありません。他の二国はともかく、我がエステラでも先ほどのような俗物が何名もいて、恥ずかしいばかりです…」
「ううん。別にシスティさんのせいではありませんから」
「ありがとうございます。…もっとも、彼がいるうちには、ああいう輩が近寄るのは難しそうですが」

システィなりの賛辞だと受け取ったエリネは少し意外そうだった。
「システィさん。ウィルさんのこと受け入れてくれたのですか?」
エリネとウィルフレッドに感謝の眼差しを送られては恥ずかしがるシスティ。
「た、単にその力は本物だと認めただけですっ。私はこれで失礼しますっ、エリー様も早めにお休みくださいっ」

そそくさと顔を隠してはその場を離れるシスティ。
「ふふ、システィさんってちょっと思い込みが激しいけど、やっぱりちゃんとウィルさんのことも分かってくれて良かった」
「ああ。とても良い人だ」
ウィルフレッドが地面に落ちたケトルを拾う。

「もう夜も遅いし、そろそろテントに戻ろうか、エリー」
「あ、待ってウィルさん」
「どうした?」
少し恥ずかしながらも、彼にそっと寄り添うエリネ。
「できれば、もう少し夜風に当たりたいです。…ウィルさんと一緒に」

ウィルフレッドが小さく微笑んで、その小さな背中に手を添えた。
「そうだな。それじゃもっと風の感じられるところに行こうか、二人で」
「うんっ」「キュ~キュキュっ」


【続く】

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