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第十五章 星の巫女

星の巫女 第十一節

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ヘリティア皇国の帝都ダリウス。品格のある町並みと勇壮な皇城が誇りであった都はいま騒乱の真っ只中にあった。町中に溢れかれる教団の兵士達が人々に外出禁止令を敷き、皇城自体にも不祥な暗雲が立ち込めるかのような雰囲気に覆われている。

「これはいったい何の真似だオズワルドっ!」
皇城の会議室で集う諸侯達が、先ほどオズワルドに呼び出された教団兵に押さえられながらオズワルドに問い詰めていた。
「さきほど告げたとおりです。ゴーゼ卿に他の皆様」
彼の表情と声はいつものように感情を帯びなかった。

「これから帝都は我と我の協力者である教団ゾルデの管理下に入る。協力してくださる方には相応の自由と報酬をあげ、そうでない方達には牢で大人しくなっていただきます」
「ぐぅ…っ!ガルシア殿の言ったとおりかっ!ついに本性を表したな…っ!貴様らもだ!よもや奴とグルとは思わなかったぞ!」
会議席で不安そうに座ってる諸侯達はゴーゼの視線を誤魔化す。事前からすでにオズワルドによって懐柔された諸侯達だ。

「オズワルドめっ!貴様が陛下を暗殺したという噂も本当だったのだな!その上にヒルダ陛下を人質にとって…っ!だが思い上がるなよ!真のラナ殿下が率いる連合軍が、必ず貴様と卑しい教団めを誅してくれよう!」
オズワルドはまったく意に介さずに指示するようジェスチャーし、ゴーゼは他の反抗的な諸侯達とともに連行されていった。

そしてそれは、城中にいる他の貴族、大臣達も同じだった。
「大人しくしてろっ!」「ぐぅっ!」
一足先に騒動を察知して逃げようとしたヒュースが床に押さえられる。
(ラナ殿下っ、我が伝令が無事このことを伝えるのを祈っております!)

今や帝都は、オズワルドと同調した諸侯の兵士達と教団の兵士達に完全に支配された。当の本人はいつものポーカーフェイスをしながら、ヒルダ皇妃を軟禁している部屋へと入る。そこには車椅子に座ってるヒルダ以外に、彼女の監視役である偽ラナことメディナとエリクがいた。

「どうやら順調のようですね」
「もとよりこの手配を進んでいた。当然の結果だ」
緊迫した状況にかかわらず、ヒルダは微動だにせず威厳に満ちた真っ直ぐ車椅子に座ってはオズワルドを見据えた。

「オズワルド。このようなことをして、当然ただで済むとは思いませんね?」
「もちろんです姉上、全ては覚悟の上で行ったこと」
オズワルドの声は淡々としていた。凛とするヒルダの眼差しに、少しだけ憐憫の気持ちがこめられる。

「…やはり、幼い頃からわたくしはもっと貴方に気を遣うべきだったの知れません。一人で全てをこなせることが孤独に繋がることを、わたくしは本当は知っているはずなのに…」
「それは違いますよ姉上」

オズワルドは少しだけ間を置いてから続いた。
「全てはなるべくしてなった。ただそれだけです」
「オズワルド…」
もはや言う事はないと悟り、ヒルダは口を強くつぐむ。
「貴方が邪神の徒と何をしようとも、ラナは決して看過しません。彼女は必ずや貴方を阻止して見せましょう」

オズワルドは返事しない。ただメディナに頷くと、彼女はヒルダをさらに奥の部屋へと運んだ。それを見届けては、彼はエリクを見る。
「帝都内の制圧はほぼ完了した。私達と同調した各地の諸侯達も君達の指示に従うよう通達した。すぐにでも国内は大混乱に陥るだろう」

エリクが小さく拍手した。
「見事ですオズワルド殿。これで感情の混沌カオスは全国に満ち、ゾルド様復活の糧になるでしょう。あと少しで、貴方の望みも叶いますよ」
「…ラナ殿下は既にセレンティアに到着し、泳がせていた諸侯達との合流を果たしている。暫くすれば、女神連合軍の大軍が押し寄せて来るだろう」

「そうですね。戦いは可能な限り混乱を広げるようお願いします。私達のロスを取り戻すためにもね」
「ああ、相手には腕の利く軍師もいるようだが、なんとかやって見せる。そのためにあの魔人を借りたのだからな」

二杯のグラスに果実ジュースを注ぐと、オズワルドはその一つをエリクに差し出した。
「ワインがだめならジュースはどうだ。景気付けとして」
「貴方は景気なんて気にしない方だと思いましたよ」
「創世の女神に反旗を翻すのだ。だからこそ景気付けも意味が出てくる」
「ふふ、確かにそうですね。盟友の誘いを断り続けるのも失礼ですし」

エリクがグラスを受け取ると、互いのグラスをチンと軽く交わし、そして飲み干した。空になったワイングラスを手にして、オズワルドは窓から帝都を見下ろす。まるで今の情勢を反映するかのように暗雲が空を覆い、雷がその氷のように冷たい顔に影を落とした。


******


エステラの王都セレンティア、その白塔城の接待室で、ラナ達七人は一同に集まっていた。
「…以上が、ヒュース殿の伝令が伝えた内容よ。帝都はいま教団との結託を公言したオズワルドによって完全な占領状態になり、しかも各地からも、教団の旗を上げた軍が至るところで騒乱を引き起こしてることが報告されてるわ。数は少ないけど、邪神獣や邪神兵の姿も確認されたそうよ」

アイシャが両手を祈るかのように握りしめる。
「数日前の襲撃は私達にだけでなく、三国全土に向けてのものだったということなんですね。先生」
「うむ。しかも三国で同時蜂起とは、この前の襲撃のように事前で各地で潜伏しながら蓄えた軍勢に違いない。ここまで用意周到とは、やはりあのザナエル、一筋縄ではいかんな」
「それにまさか帝都を堂々と占領するなんて…っ、いつでも俺達を待ち構えてるってことなのかよっ!」

カイがパンと拳を打つなか、ウィルフレッドは顎に手を沿えていたレクスに気付く。
「どうしたレクス?」
「ん?いや、ちょっと気になってね。何故いまになって帝都をに占領したって考えてたの」
「どういうことですかレクスさん?」「キュキュ?」

「いやね、確かに教団が表舞台に出て蜂起したのは事実だよ。だからと言って、オズワルドまでわざわざ協力を公言して前に出る必要はないじゃないかな。そうしなくとも、僕たちが帝都まで攻めること自体は変わらないから」
ウィルフレッドも考え込む。
「単にそのことでより混乱を招くためとか考えられないか?」

「どうだろうね。軍という手段を引き出すことを加味しても、どうしても違和感を感じるんだよなあ」
ミーナが推論する。
「…あるいは、急いでるのかもな。ゾルドの復活の進捗が遅れたために」
「う~んでも、逆に復活間近で一気呵成に行こうとする可能性もあるんじゃない?」
「それもありえるが、例の邪神の眷属のことがあるからな」

アイシャが続く。
「確かレギオンレイスでしたね。教団が兵士や魔獣モンスターを強化する手段として利用した…」
「うむ。ゾルドと同じよう消滅でなく封印された眷属は、ゾルドの封印ほどでもないが、どれも強力なものばかりだ。その詳細は各々封印を管理する一族しか知らないものだが、あれだけの封印を破るには儀式に沿って解くにも時間はかかるし、強引に破る場合、相応の魔力を必要とする。そしてそのような手段がやつらにあるとすれば――」
「あっ、例の短剣…っ」

「そのとおりだ。あの短剣に蓄えられた邪気、仮にそれはゾルドを復活させるために使われるもので、それが眷族の封印を破るために消耗した場合、当然ゾルドの復活は遅れることになる」
なるほどとラナが頷く。
「そのロスを取り戻すために、今回の動きがあったって訳ね。確かにありえるわ」
「それじゃそのお陰で俺達に時間の余裕がまたできたってことか?あいつら割と間抜けじゃないか」

だがミーナの表情にあまり余裕はなかった。
「これで安心できる訳でもないぞ。このことをあのザナエルめが考えてない訳がないし、それによって強化された邪神兵が引き起こす混乱は間違いなく想像以上のものだ。なにより神器が覚醒し、三巫女が集った今、決戦の時が近いのは確かだ。帝都の戦いもそれを踏まえて挑むべきだ」

(う~ん、気になることは他にもあるけどね。三国での同時蜂起…。各地での規模次第だけど、なんか引っかかるなあ…。まあ情報が少ない以上、考えても仕方ないか…)
レクスは考えを振り払うようにした。
「ミーナ殿の言うとおりだね。それにこれで政治的にも気兼ねなくオズワルドと対峙できるんだから、諸侯達とは改めて戦略の相談をしなくちゃ。そうでしょラナ様」
「ええ。道中の教団軍の対処も練っておかないと」
ラナは改めてウィルフレッドやカイ達に顔を向ける。

「みんな、いよいよね。ここまでずっと私とレクス殿についてくれて本当にありがとう。帝都を奪還してからが本番だけど、どうか最後まで私達に力を貸して頂戴」
「勿論さラナ様っ!」
「そのために私達は連合軍を結成したんですものね」
「私だって、いつも以上にがんばりますよっ」「キュキュウっ!」
「俺も最後まで付き合うさ」
「うむ。言われるまでもないな」

一同が覚悟を再度確認するように互いに頷くと、アランが部屋へと入ってきた。
「ラナ様。そろそろ儀式の準備時間です」
「ありがとうアラン。みんな、行きましょう」
カイが少し緊張する。
「うぅ、昨日一度リハーサルしてたけど、大丈夫かな俺…」
「大丈夫よカイくん。私がちゃんとフォローしてあげますから」

励ますカイやアイシャ達に、エリネはウィルフレッドの手を握り、彼はすぐに察して握り返しては優しく彼女に語り掛けた。
「大丈夫。俺はいつも君を見てるから。…がんばれよ」
彼の声がエリネの僅かな不安をかき消した。
「…うんっ」


******


夜の帳が下りる。白塔城の外にある、祭事や演劇用の円形フォーラム。その周りには各国諸侯と騎士、兵士達が一同に集まり、大司教であるアイーダの主導のもと、イリスを含めた多くのシスターと司祭達が、正式な儀礼服に着替えたエリネ、アイシャ、そしてラナに従って儀式を執り行っていた。アイーダ達が歌うハーモニーの中で、ラナ達は祈りを捧げる。

「女神よ、汝らの恵みは子たる我らの悦び」
祈祷の言葉が、儀礼用の杖を持ったアイシャの透き通った声に乗ってフォーラムに響き渡る。
「女神よ、汝らの導きは子たる我らの道標」
少し緊張しながらも、心地良い香りを漂わせる花と葉付きの枝を手に持っては軽く振り回すエリネ。
「女神よ、汝らの慈しみは子たる我らの支え。――されど勝利を制するは我らが誇り、我らが決意、我らが心」
凛とした勢いを発しながらも、儀礼用の剣を持って祈りを捧げるラナ。

彼女が大きく剣を掲げると、神弓を持ったカイがゆっくりとステージに上がり、ラナ達のやや後ろに立っては同じく神弓を高く掲げた。
「三女神の名の元にっ」
カイに続いて、ラナ達が声高らかに祈る。
「「「我らに勝利の祝福をっ!」」」

フォーラムにいる全員が祈祷の一礼をした。巫女達による戦勝祈願の儀だった。
「ふぅ、もはや月並みだけど、ほんと絵になるよねラナ様たちは」
顔をあげ、儀式の仕上げを見守るレクスとウィルフレッド達。
「ああ。それに太陽の女神は戦の女神だったな。そんな女神の巫女が戦勝祈願の儀を行うんだから、縁起が良いどころじゃないな」
「うんうん。実際こうして見るだけでも負ける気はしないよね」

ウィルフレッドの傍に座るミーナが、申し訳なさそうに彼に声をかける。
「…すまないウィル。お主の本格的な治療の続きは、結局帝都についてからになったな」
「いいんだミーナ。君がこうして尽力してくれるだけで俺は十分だ。それに、こう言うとラナ達は怒るが…」

そっと首元のツバメと、双色蔦のペンダントに触れるウィルフレッド。
「万が一の覚悟も、ちゃんとするつもりでいるから」
「ウィル…」
ミーナが唇を噛み締める。知識に豊富なビブリオン族としての矜持ももちろんあるが、エステラの霊薬庫でさえも、ウィルフレッドの体に効く薬が一つもないことにミーナは大きな不安を感じていた。

(マナに関係ない霊薬でさえも効かないとは…。いくらその体が未知の物質でも、生体的な特徴を有している体が少しも治療効果が見えないのはさすがにおかしい。中にはゴーレムに効くものだってあったのに。それだけウィルの体が特別かもしれんが…。やれやれ、神器のこともあるし悩みは尽きな…――ん?)
何かが、ミーナの頭に引っかかった。

治癒セラディンやマナに関係ない霊薬が反応せず、神器も覚醒しないウィル…これらはどれもが、条件さえ満たせば、阻害要因さえない限りどれも実現されるもの、そういうのはず。そしてウィルへのこれらはみな、阻害に見える拒絶反応は一切なく、純粋に反応しない…)

(((――ウィル殿は、魔法が効かないというより、のです。そこに、注目してください)))
大地の谷でエウトーレが亡くなる前に伝えた言葉、そしてマナを帯びない剣に魔法は反応しないのではなく、これら現象を繋いでいく。

(…まさかっ…あの言葉の意味は…っ)
やがて導き出された一つの結論にミーナが強く拳を握る。

(なんということだ…、もし本当にそうだとしたら、いくら治療しても、神器の覚醒を待っても意味がないじゃないかっ)
続く考えを振り払うよう頭を振った。それを結論にするにはまだ早計だ。その推論を否定する唯一の例外がちゃんと存在しているからだ。

(エリーだ。エリーの治癒セラディンが、聖痕が封印されたままでも効いた理由さえ分かれれば、何か突破口が見つかるはずだっ。諦めるにはまだ早いっ)
ウィルフレッドに自分の動揺を見せずに、ミーナは決意を固める。迷いを振り払うために。

ラナ達の祈祷の声が響くフォーラムで、ウィルフレッドはつい、その超人的な聴覚で一部諸侯達の自分への悪口を聞いてしまう。その内容は推して知るもので、彼はただ小さく苦笑しながら、ステージの上で儀式を行うエリネに注目する。たとえ彼女の目が見えなくとも、こうするだけで彼女は自分を感じ、安心して儀式に専念できると知っているし、数日前に儀式が決めた時に互いに約束したことだから。

しかし、幼いながらもしっかりと儀式を進めるエリネを見て、やはり不安を感じては、懐に忍ばせている神器ヴィータに触れる。腕輪はいまだに兆しを見せるものの、やはり覚醒はしない。

(((いびつな怪物でも生まされたらどうするっ!?)))
ボロネの言葉が再び蘇り、ウィルフレッドの胸が痛む。覚悟はしている。エリネの気持ちから決して逃げないことを。辛いことを二人で必ず受け止めることを。けれど、自分の体が人間でないのも、神器が覚醒しないのも事実で、このどれもがエリネに不幸をもたらす可能性はないとは言い切れない。

(エリー…)
自分の視線を感じたのか、エリネが自分に向けて微笑むのを見た。胸に溢れる喜びを感じ、ウィルフレッドは不安を隠す。それがエリネも動揺させるかもしれないから。
(これ以上考えるな。エリーは一緒にいてくれると言ったんだ。なら今はまず、目の前の事に集中しないと)

それは言うまでもなく、帝都か教団の本拠地で必ず鉢合わせることになるギルバートのことだった。
(ギル…)
ツバメの首飾りに触れるウィルフレッド。
(アオト。俺は必ずギルを止める。見ていてくれ…っ)

他の誰かを思っているのはウィルフレッドだけではなかった。
(マティ。あんたのことだから問題ないと思うけど、命を大事にしてくれよ…)
レクスはフォーラムの向こうの星空を見ながら、マティの身を案じる。

(クラリス…今の君がどこにいようとも、女神様は必ず導いてくれると信じています…。マティ殿もどうかご無事で…)
同じフォーラムにいるアランもまた同じだった。

儀式が終わり、ラナが儀礼の剣を持ったまま大きな声で告げた。
「連合軍結成時からともに戦ってきた兵士達よ!我らの志に同調し、くつわを並べてきた騎士達よ!そして、ともに邪神教団を討つと覚悟を決めた諸侯らよ!まずは礼を述べて頂きたい!諸君らの尽力あってこそ、今日我々はこうして一同に集い、世界を闇で覆うとする邪神に立ち向かうことができるっ!」

フォーラムが静まりかえる。
「先ほどの戦勝祈願は間違いなく女神様たちは聞き届け、我らに祝福を授けてくださるだろう!だが忘れるな!我々が勝ち続け来られたのは女神様のご加護があっただけではない!我らが心に、信ずるに値する善なる信念があってこそなのだっ!最後に我らを支え、勝利をもたらすのは、この世全ての心にある女神という名の善性、良き物事への信念に他ならないっ!たとえ世界が闇に覆われようとも忘れるなっ!守るべき物事を!愛すべき人たちを!その気持ちこそが邪神に抗い、勝利を掴む真なる力なのだっ!」

フォーラムに万雷の拍手と大気をも揺るがす喝采に溢れた。剣を高々と掲げるラナに、その場にいる全員が、女神達の名を、巫女達の名を、勝利と賞賛の言葉をあげた。レクスやミーナ達も拍手するとともに己の決意を固める。ウィルフレッドもまた、自分の世界とは似て非なる戦いへの熱に軽く当てられたよう、強い思いを胸にしてエリネを見つめる。いまだにくすぶる不安はしばし、息を潜めた。


******


夜が明ける。出陣の日を迎える。王都セレンティアの郊外に、三女神を表す三位一体トリニティの旗印が大軍の間で無数になびく。メアリーが随伴するなか、かつてブラン村を旅立つ時のように、イリスはウィルフレッド、カイとエリネに出発の挨拶を交わしていた。彼女は高齢であることもあって、今回の行軍に参加せずにメアリーとともにいることになった。

「カイ。もう一人前の貴方にこう言う言葉はいらないかもしれないけれど、体にはちゃんと気をつけるのよ」
「そんなことないよ。シスターの言葉なら、いつでもありがたいさ」
二人が抱擁を交わす。本当の親子のように。
「またすぐに会えるよ、シスター。その時はまたシチューを作ってくれると嬉しいけど」
「ええ。たんと用意して待ってるわ」

カイから離れ、エリネの前に屈んではルルとともに優しく撫でるイリス。
「エリー。まだまだ色んな困難が立ちはだかるかもしれないけど、私や貴方の両親はいつも貴方を見守ってるのを忘れないでね」
「うん、ありがとうシスター。…私達、いつまでも家族ですよね」
「もちろんよ、貴方がそう思う限り」
「シスター」「キュキュッ」

カイのようにエリネと抱擁を交わすと、イリスは後ろに立っているウィルフレッドの前に立った。
「ウィルさん、また貴方に頼むのが心苦しいですけど、カイとエリーのこと、どうか最後までよろしくお願いします。…エリーは特にね」
含みのある口調と笑顔にウィルフレッドは恥ずかしながら頬を染めると、小さく顔を下げた。

「すみません。シスター、自分のことずっと黙っていて…」
「いいのですよ。言ったでしょ、あなたは村のみんなを、カイやエリーを助けた優しいウィルさん。それ以上でもそれ以下でもありませんから」
イリスの年老いた手が、優しく彼の両手を握る。
「過酷な運命を背負ってても、どうか諦めないでください。ここは女神様の加護のおわすハルフェン世界。私は、女神様がきっと貴方を受け入れ、道を示してくれると信じていますから」

イリスの穏やかな笑顔がジェーンの面影と重なり、ウィルフレッドの目に思わず涙が流れる。
「ありがとう、シスター…」
イリスが微笑むと、二人は抱擁を交わした。地球で過ごした日々の苦い思い出が、ここでの暖かな気持ちと混ざり合ったような気がした。

やがて二人が離れると、メアリーもエリネ達に挨拶する。
「エステラの王家からは、ルヴィアとシスティが同行します。国内の教団の軍勢を野放しにはいけませんからね。それらが安定し、帝都を奪還した暁には、大司教とイリスとともにわたくしも帝都へと赴きます。それまでには暫しのお別れです。エリー」
「はい。その時にまたです、伯母様。また一杯、お母さんとお父さんの話を聞かせてくださいね」
「ええ」

メアリーはイリスとともに手を振りながら、ラナ達のところへ合流するエリネ達を見送った。
「…本当に、とても強かな子達ですね、シスター」
「はい。特にエリーは、巫女という運命に参ってしまうのかと心配してましたけれど、どうやら杞憂で本当に良かった。巫女ゆえにかも知れませんが、私はそれがエリー自身の強さだと信じたいです」

「そうですね。それに頼もしい彼氏もできてますし」
「ほんとですよね。ふふふ」
二人が含みのある笑いを交わすと、イリスはもはや見えなくなった三人のことを偲んだ。
(エリー、カイ、どうかご無事で。ウィルさん、どうか貴方に、女神様のご慈悲がありますように――)

――――――

「うんしょっと…」
「大丈夫かエリー」
「うん。いつでもいけますよウィルさん」「キュ~ッ」
自分の馬にエリネが前でしっかりと座ったのを確認するウィルフレッド。諸侯たちの視線や囁きを介さずに、彼はラナやレクス達に頷いた。

レクスは改めてアランや他の人達からの合図を確認すると、ラナに告げる。
「ラナ様、全軍出陣の用意ができたよ」
ラナが力強く頷くと、三位一体トリニティの紋章が描かれた女神連合軍の旗を高々と掲げた。
「女神連合軍、出陣っ!」

万にも達する軍勢が大地を踏み鳴らしながら一斉に前進する。ラナとレクス、アイシャとカイ、ウィルフレッドとエリネにミーナ、アランやルヴィア、システィ達に、三国諸侯らはそれぞれの胸に思惑と決意を抱きながら、王都セレンティアから出発した。最終戦の前哨戦にもなる、ヘリティア帝都ダリウスに向かって。


【第十五章 終わり 第十六章へ続く】
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