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第十五章 星の巫女

星の巫女 第九節

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日も完全に暮れた白塔城の三女神の間に、三大聖王国の王族達と教会国ミナスの大司教が、三国諸侯とともに一堂に集まっていた。上席となる横長い席には、エステラ王国女王メアリーに封印管理継承者ミーナ、大司教アイーダ、ヘリティア第一皇女ラナに連合軍軍師のレクス、ルーネウス第三王女アイシャとその勇者カイが並んでおり、エリネもまたイリスに随伴されて座っていた。ルヴィアは下席の一番前に、システィは上席から少し離れた場所に立っていた。

ウィルフレッドはアランとともに下席で、目を逸らさずにしっかりとエリネを見つめていた。正式な貴族の会議にいても、エリネは少しも臆せずに真っ直ぐに座っている。今この場に、大好きな人も一緒にいて自分を見てるのが分かるから。

「遠路はるばるこのセレンティアに集まってくださった三大国の諸侯達よ。まずは私の呼びかけに応じてくれたことに礼を申し上げるっ」
毅然と立って会議をしきるのはラナ。その一言でさえも凜とした気迫が込められ、初めて彼女を目にする諸侯達は感心し、昔から彼女を知るヘリティアの諸侯達はおのずと体を引き締める。

「ここまで馳せ参じた諸君らならば既に存じているはずっ。此度のルーネウスとヘリティアの戦争は、わが国の逆臣オズワルドがかの伝承にあった邪神教団と屈託した結果によるもの。邪神教団の真偽については、邪神の封印を管理する一族のミーナ殿と、先日直接彼らと手合わせしたシャフナス殿やエーデルテ殿が保証できようっ」
シャフナスとエーデルテ達が頷いて応える。

「そして奴らは逆賊オズワルドを傀儡にして邪神ゾルド復活の計画を推し進めているっ。それを阻止するためにも、私は帝位の正当後継者、ヘリティア第一皇女として帝都を奪還し、同時に女神の巫女として邪神教団と戦いに挑むつもりだ。――オズワルドめは教団との結託を否定し、ここにいる私は偽ものだと主張するが、女神の巫女の名のもと、もう二人の巫女とともにそれが狂言であることを証明しよう」

ラナはアイシャとエリネに向けて頷くと、アイシャとエリネはそれぞれカイとイリスに鼓舞されながら立ち上がり、三人はそれぞれの聖痕を見せた。諸侯達が大きくどよめく。
「おお…っ、あれが巫女の聖痕…っ!」
「いやはや、元から疑ってはいませんが、こうして実物を見ますとなんと神々しいことか…」
「あの若い子も、やはり巫女なのか…」

大司教であるアイーダが続いた。
「この場にいる彼女らが女神の巫女であることは、メアリー女王と大司教である私が保証致します。私達とロバルト王、そして今は亡きエイダーン皇帝は、兼ねてより巫女の正体を知り、隠匿してきました。十六年前、邪神教団がエステラ王国の王妹マリアーナが儲けた星の巫女を抹消するためがゆえの処置です」

会場が、特にエステラ諸侯達がどよめいた。
「なんとっ、マリアーナ様の件はどこかの強盗かによる噂もあったが、巫女絡みの事件だったとは」
「いや、邪神教団が現れたいま、その話も恐らくは真実でしょう」
「で、では、あそこにいるあの子は…っ」

メアリーとイリスが優しくエリネの背中に手を沿った。エリネは一度ウィルフレッドの方を向いてその存在をしっかりと感じてから、イリス達に頷いて立ち上がる。やはり強い子だと思いながら、メアリーは諸侯らに告げた。
「皆様が思うとおり、こちらの星の巫女は我が妹マリアーナの一人娘、ティア・スフィア・エステラでございます。あの襲撃を生き延び、女神の導きによりようやっとわが国へ戻られたのです。もっとも、今はご本人の意向により、王族への帰還は保留として、エリネ・セインテールと名乗ることになっておりますが」

どよめきの声がさらに大きくなった。
「ではそちらのティア様はエステラ王国の第二王女となるのかっ」
「いやしかし、王族への帰還が保留とはどういうことだ…?」

困惑する諸侯らを抑えるようにラナが大きな声で遮った。
「今や三名の巫女がここに揃い、先日は勇者の一人が神器を覚醒せしめたっ。これは伝承の通り我らが邪神教団を再び倒すという啓示であることに他ならないっ。我らが使命を果たすため、何よりも我らが愛するこのハルフェン世界を邪神ゾルドから守るためにも、諸君らに帝都を奪還し、邪神の郎党を打ちのめす手助けを願いたいっ」

熱烈した拍手が広間に満ちた。
「勿論ですともラナ様っ!」
「そのために我々はここに集ったのですからっ」
「どうかお任せあれ!我が領地の全力をもって巫女様をお助けいたしますぞ」
「それに戦の女神エテルネ様の巫女たるラナ様がいれば、この戦いも勝利したと同然だしなぁ!」

その光景にカイがアイシャに耳打ちする。
(みんなそれを理解してここに来てるのに、一々こうして会議開いて宣言するのってなんかくどくないか?)
(政治とはこういうものですよ。形式というのもあるけど、正式な場で正当性を表明すれば確かな証明となる証人が増えますし、その出来事を公けに発表して民衆達を認識させるのが大事なんです)

(そっか…、これからはこういうのにも注意しなきゃならないな)
(やっぱり大変に感じます?)
(いや、大好きなアイシャのためにがんばるって決心したしさ)
(カイくんっ、会議中ですよ…っ)
(あはは、ごめん)

やがて拍手が落ち着くと、エステラ諸侯の一人が質問する。
「ラナ様、伝承によれば邪神への対抗に神器は必要不可欠です。ルーネウス国の神弓はそちらのカイ様がお持ちのようですが、残り二つの神器の在り処はどうなっているのでしょうか」

先ほどとはうって変わって、落ち着いた声でラナは答えた。
「そうですね。まず残りの神器の在り処について説明しましょう。ヘリティアが守る聖剣ヘリオスは開戦以来、我がヘリティアの騎士より幸運にオズワルドらに奪われずに済んではいますが、いまその騎士が何処にいるのかは確認されてません」
会場がどよめく、アランは愛娘のことを思い、胸が小さく痛む。
(クラリス…)

「現在はオズワルドらによる戦争中でもあって、その捜索は難航してはいますが、余力ある諸侯らにはかの騎士の捜索も協力して頂きたいと思います」
「勿論ですっ」「ぜひお任せくださいっ」
諸侯らが勇ましく返事する。

「感謝致します。詳細は後で改めて相談するとして、残りの神器、神環ヴィータについては大司教様に伺うべきですね」
「ええ。神環ヴィータについてはどうかご安心ください。事前にラナ様の要望もあって、すでにここに持ち参じております」

アイーダが控えの教会騎士に合図を出すと、騎士は美しく刺繍された包みを彼女の前へと置いてそれを解いた。会場に諸侯達の感嘆の声が響いた。簡素な造りでありながら、まるで美しい星空に見えるような光を堪えた宝珠がはめ込まれた茶色の腕輪。その神々しい模様は、一目で神弓と同じ意匠のものだと分かる。だがそれ以上にその場の人達を驚かせているのは、腕輪が神秘的な淡い青色の輝きを発していることだ。

それを見てミーナが納得するように頷く。
(なるほど、神弓の方は確認できなかったが、エウトーレ殿が言う兆しというのはこれを指しているのか)

アイーダが説明する。
「数日前からヴィータはこのように不思議な輝きを発し続けていました。私はこれを何らかの兆しと見受けていますが、同じ神器の神弓フェリアが覚醒したことは、やはりそういうこでしょうか、ミーナ様」

ミーナが頷いた。
「アイーダ殿の言うとおり、これは神器覚醒の兆しだ。この兆しが現れた時、対応する巫女が選んだ勇者にそれを手渡せば、神器は覚醒するようになっている」

「なるほど正に伝承通りですね。カイ様は正にアイシャ様がお選びになった勇者ということですか」
「では…星の女神スティーナ様により授けられたこの腕輪は、星の巫女たるティア様が選ばれた勇者の手によって覚醒されると…」

会場はすぐさま騒然とした。
「であれば恐縮ながら、我こそそれに相応しいと自薦いたしますぞティア様」
「殿方はせっかちですね。まだ幼いティア様にはわたくしのような女性がお傍にいた方が安心できるでしょうに」
「いえ、ここはやはり同じエステラ王国である私がティア王女の勇者になるのが道理でしょう」
まだエリネが王族帰還を決めてないことなんざお構いなしに、諸侯らはそれを前提に我先にとエリネに向けて自薦し始めた。

一部諸侯のエリネを見る目にカイが顔を強くしかめる。
(あいつら、いやな目でエリーを見やがって…!)
(落ち着いてカイくんっ)
システィも同じぐらい嫌そうな顔を浮かべて毒づく。
(卑しい奴らめ…っ)
そしてウィルフレッドは言わずもなが、無言で腕を組んでる両手はミシミシと力が入っていた。

レクスもまた頬杖をかいては心の中で愚痴る。
(あ~あ、下心丸出しな奴もやっぱ結構いるなぁ。そりゃまあ、たとえ王家に復帰せずとも、巫女様に選ばれりゃ名誉ある勇者として名を売れるし、王家の血筋という点だけでも色々と利用できるからなあ。ましてや宗教的な地位の高いエステラの王女を娶れば、巫女という身分も相まって大きな権力を確保できる。…まったく、こうして見ると巫女であることが逆に呪いめいて見えるよ)

そしてエリネ本人は当然、自分に向けられた諸侯達の混沌とした声を快く思わなかった。確かに、忠義と騎士道を抱く誠実な声の表情もあるが、陰湿でねっとりとした感情の篭った声の表情は、それ以上に不快な気持ちを掻きたてる。

それを察したかのようにイリスがそっと手をエリネの背に沿えた。けどエリネはそこまで参ってはいなかった。ドッペルゲンガー変異体の恐怖を退けたように、肌で感じるウィルフレッドの存在が、視線が、エリネに大きな勇気を与えているのだから。
「大丈夫ですよ、シスター」
「エリー…?」
いつもの笑顔をイリスに見せると、彼女は決意を固めた。

騒然とする会場を制するよう、ラナが声をあげようとするその時だった。
「皆さんっ、一つ申し上げたいことがありますっ」
いきなり立って発するエリネの声に、会場が一瞬にして静寂になった。

「エリーちゃんっ?」
「ラナ様」
エリネの毅然とした顔は、何をしようとするのかを強く訴えていた。ラナはそれを察し、意見を求めるようにミーナやメアリー達を見た。それに同意するよう彼女やレクス達が頷く。アイシャがぐっと手を強く握った。
(そうよねエリーちゃん、あなたならそうしますよね)

(エリー…?)
彼女が何をしようとするのかまだ理解してないウィルフレッドに見守られながら、エリネは一度大きく深呼吸して、告げた。
「三国諸侯の方々、皆様のお気持ちは大変嬉しいものではありますが、私には既に心に決めた勇者がいます」
ウィルフレッドの胸が大きく脈を打った。

「なっ、なんとっ?すでに勇者を…?」
「それはいったいどの方が…もうこの場におられるのですか?」
困惑する諸侯達を無視し、エリネはアイーダの方に歩いた。

「アイーダ様…」
諸侯達と同じように困惑していたアイーダは、エリネが何をしようとするのか理解すると、優しく微笑んだ。
「どうぞあなたの思うがままに、星の巫女様」
「はい、ありがとうございますっ」

淡く輝く腕輪をエリネが手に取ると、左目の聖痕が応じるかのよう淡く光る。アイーダ達が軽く声をあげる。
エリネは、腕輪にどこか懐かしそうな感覚を覚えながら顔を向いた。思い人がいる方向に。

会場全ての視線が集まるウィルフレッドは戸惑っていた。
「エ、エリー…」
そんな彼を、アランが優しくその背中を叩く。
「行ってください、ウィル殿」
アランを、ラナ達を一度見て、自分を待ち焦がれてるエリネを見た。戸惑いは決意に変わり、彼は立ち上がってはエリネのところへ歩いていく。

「誰だあの男は…どこかの騎士か…?」
「見慣れない服ですね、別大陸の人でしょうか…」
「それに…なんか妙な雰囲気がする…」
他人の雑音ノイズなど意も介さずに、ウィルフレッドは腕輪を持つエリネの前に立った。

二人は暫く見つめあった。まるでお互いの気持ちを再確認するかのように。
「…ウィルさん、ごめんなさいね。ハルフェン私達の世界のいざこざに巻き込んでしまって」
「いいんだ。それは俺も同じ、おあいこだろう?それに言ったじゃないか、俺は決して逃げないって。君が望めば、どこまでも一緒にいるって」

じんわりとした温かみがエリネの胸を満たし、嬉し涙が零れる。微笑ましく思うラナ達、まだどこか不満そうに口の端を吊り上げるシスティ、そして今や無言で呆然としている諸侯達に見られながら、彼女は腕輪を差し出した。彼への思いとともに。
「どうか受け取ってください、私の勇者様」
「ああ」
ウィルフレッドは腕輪を手に取った。彼女の全てを受け止める覚悟とともに。

会場は静まり返っていた。



――暫く続いた静寂を囁きが破った。囁きはどよめきにかわる。どよめきは困惑へと変化していき、会場全体を染めていった。

「…? これで神器は覚醒した、のか?」
「いや、先日神弓が覚醒したときは実に神々しい光が戦場を照らしていたのだが」
「けど腕輪に特に変化はありませんよ?」
「それじゃ…神器は覚醒していない…?」

諸侯達ではない、カイ達もまた戸惑いを隠せなかった。
「ちょ、どうなってんだっ?俺が神弓を手にした時はすぐ覚醒したのにっ」
ミーナが手を強く握りしめた。
(まさか…っ、なんて迂闊なっ!この可能性を考えていなかったとは!)

諸侯達に議論が飛び交う。
「それはつまり…彼は勇者として認められてない…?」
「だが、ティア様は確かに彼を勇者として選ぶと仰ってたぞ?」
「ではなぜ…?」

「エリー…っ」
「ウィルさん…っ」
同じように状況を飲み込めないエリネとウィルフレッド。段々と疑問の声が諸侯らの間で飛び交う。レクスがラナに耳打ちする。
(ラナ様まずいよっ!一旦休息を挟んだほうが…っ)

だがそれよりも早く、エステラの有力諸侯の一人が声をあげた。
「失礼、一つ伺いたいのですが」
ラナは彼を遮る訳にはいかなかった。

「少し話が逸れますが、どうしても気になりまして。私はそれなりに魔法の造詣があると自負しておりますが、そちらのお方、奇妙なことにマナを一切纏っていません。この世はたとえ小石一つでもマナの痕跡は必ずあるはずなのに、何か理由がおありでしょうか?」

もう一人のヘリティアの諸侯が続いた。
「申し訳ありません。実は彼のことについては一つ心当たりがありまして…」
「誠か、ヴィウス伯爵」
「ええ。先日、会議準備の合間でこの城で散策していた頃、かの方とそちらの騎士が決闘していたのを見かけましてね。そこであの騎士は気になる単語を口にしておりました。異世界だの魔人だのと…」

(あっ!)
システィが思わず震えた。
「異世界はともかく、魔人という単語には聞き覚えがあります。近頃の戦場で時おり出没している、恐ろしい魔人がいるとの噂がありまして――」

ガタン!

ルーネウスの諸侯の一人が、大きく椅子から転げ落ちる。
「ボロネ殿、どうかしましたかっ?」
ボロネが恐怖に染められた目をしながら、震えた手でウィルフレッドを指差した。
「きっ、ききき貴様…っ!そうかっ、あの時感じた違和感はそういうことだったのかっ!」
「落ち着けボロネ殿っ、一体なにがあったのですか?」

「わ、私の騎士団はヘリティア軍と交戦の際、あと一歩勝利をつかめるところで全滅させられたのだ。たった一体の、地獄の悪魔如き槍を持った黒い魔人によって!」
ウィルフレッドの体が大きく震えた。
(ギル…っ!)

「誠かボロネ殿っ?」
「ああっ、忘れるものか…っ、恐怖のあまり無様に命乞いした私を、生き恥に晒すために見逃したあの恐ろしい魔人の姿を…っ。あの時は余裕がなくて、違和感を感じたようなおぼろげな記憶しかなかったが、そういえばあの魔人、こいつと同じようにマナを一切感じられなかった…っ」

「そういえば、確かにそのような噂を聞いたことがある。てっきりどこかのドラゴンだとは思ったが…」
「では、今まで戦場でわがルーネウスの軍勢を殲滅してきたのは、あの男だというのか…っ?」
ボロネが声を荒げた。
「そうに違いないっ!貴様っ!よもやこんなところで――」

「みなのもの静粛に!」
ラナが大声で諸侯達を押さえた。
「彼のことは私が説明する」

(ラナ様…っ)(ラナ…)
エリネとウィルフレッド、そしてレクス達が苦い表情を浮かべた。
(ここまできたら流石にもう隠せないね…。いや、ギルバートが教団とともに行動している以上、いつかは明かさないといけないか)

「まず、各地の戦場でルーネウスの軍勢を殲滅してきた魔人というのは、ここの彼ではない。教団に加勢したギルバートというもう一人の魔人の仕業だ。そして、そのギルバートとここにいるウィルフレッド殿は、ともに異世界から来られた人間だ。マナを発しない理由はそこにある」

諸侯達が騒然とした。
「異世界だと…この世界とは違う別の場所からの人間なのか?」
「しかもそれが二人もいると…?」
ボロネが問い詰める。
「あの魔人が彼とは別人物…?証拠は、証拠はあるのですか?」

「ボロネ殿はあの魔人の姿を忘れまいと言っていたが、そなたが見る魔人の胸にあった結晶も覚えてるか?」
「勿論ですとも!あの血のように赤い色の結晶、嫌でも目に付きます!」
ウィルフレッドはラナを見てその意図を理解した。ラナが頷き返す。

「そんな、ラナ様…っ!」
抗議しようとするエリネを、ウィルフレッドが制した。
「大丈夫だ、エリー」
「ウィルさん…!」

「兄貴…っ」
カイ達が見守る中、ウィルフレッドは諸侯らに顔を向け、いったん目を閉じてから開くと、シャツをたくしあげた。会場内が大きくどよめく。彼の胸にある、宇宙の青を堪えたアスティル・クリスタルに向けて。

「な、なんだあの結晶は…っ、体に生えてあるのかっ?」
「マナを発してないから魔晶石メタリカではないよな…」
「それに妙な違和感を感じる。なんとも面妖な…」
ボロネはガタガタと震える。
「…っ、た、確かに色や形も違う…しかし、しかしこの感覚、間違いなく魔人のもの…っ」

ラナが声量をあげた。
「これでお分かりいただけたか、ボロネ殿。彼はかの魔人と違う人物だ。それに彼は今までずっと我らとともに教団と戦ってきた。かの魔人ギルバートと対抗するための重要な仲間なのだ」

それでも諸侯らの声が段々と騒がしくなり、ボロネも寧ろ逆上した。
「冗談ではないっ!彼と協力するというのですかっ。私の兵達を皆殺しにした魔人と同じ奴と共同戦線を張るなどと!私は反対だ!死んでも同意せんぞ!こんな…こんなが仲間などと!」
ウィルフレッドの手がピクリと小さく震えた。

「ボロネ様の仰るとおりです!」
あのジルコが勢いに乗って抗議した。
「しかもそれ以上に深刻な問題がありますぞっ!もしボロネ様の言うように、こやつが噂の魔人と同類であれば、かのような化けものが高貴なる女神の巫女様の勇者になるなどと、伴侶になるなどと言語道断です!」

「あ、あいつ…っ!」
「カイくん、だめ、抑えて…っ」
怒りで拳を握るカイをなだめるアイシャ。

エステラのエルフの諸侯が落ち着いた声でジルコを注意した。
「伴侶になるなど、話が飛躍し過ぎませんかジルコ殿。勇者はあくまで巫女様とともに戦うものであって、婚姻を結べなければならない決まりなんてありませんよ」
「お言葉ですが、エステラの方々はいささか形式を、血統を軽視しすぎています。女神様の代弁者たる巫女様ですぞ。その血脈は王家に帰属し、伴侶は選ばれし勇者でこそ相応しい。それがあのような、異世界という得体の知れない男を勇者などと…っ」

流石にメアリーも言葉を挟んだ。
「言葉が過ぎますよジルコ様。女神の巫女が選んだお方に間違いがあると仰るのですか?」
「きっとあの男がティア様をたぶらかしたに違いありません。ティア様は巫女様といえどまだお若い、少しぐらい間違いは犯しましょう。それに、実際に巫女が選んだにも関わらず、女神様が作りし神器はご覧のとおり覚醒していません。これこそ女神は異世界からとかいうあの男を拒絶した何よりの証拠ではありませんかっ!」
「それは…」

ミーナ達もまた眉を寄せた。
(確かに腕輪が覚醒していないのは紛れもない事実だ。まずいことにカイという先例もあって、ますますウィルへの心証を悪くしてしまってる…っ。我が先に思いついていれば…っ!)

「ジルコ殿の仰るとおりですな」
一部の諸侯たちがジルコに同調し始めた。
「マナとは我らの世界の礎で、あまねくものに存在する女神様の加護、恩恵の証そのもの。それを纏わないあの男は、女神の加護を受けない異端な存在と言っていいでしょう」
「そうですっ。それにあの結晶、見るからに異質しすぎる。ボロネ殿でなくとも危険な代物だと分かるぐらいにっ」
「しかし、曲がりなりにも巫女様たちが仲間と認めた方ですよ」
「いいやっ、なにせ我らとは異なる世界の人間だ。我々の知らない手段で巫女様を騙ってるかもしれませんぞ」

「そんなことっ、ウィルさんはちゃんと優しい人でっ――」
反論しようとするエリネをレクスが慌てて前に出て抑えた。
「エリーちゃん、いま何を反論しても無駄だ。ウィルくんと一緒に一度後ろに下がっててっ」
「でも、レクスさん…っ」「レクス…っ」

辛そうなエリネを見て、システィが唇を噛み締め、イリスの胸が痛む。
(ティア様、私はまた…っ)
(ウィル、エリー…っ)

会議場が沸騰していく。擁護と抗議の声が混ざり、混沌とした雑音が広がる。恐怖と怒りに染められた面相で、ボロネがウィルフレッドを指差し、罵倒した。
「ジルコ殿の言う通りだ!あの化け物が勇者だとっ?巫女様の伴侶だとっ!?なんて汚らわしい…!想像するにも憚るおぞましさだっ!それこそ女神様への冒涜だ!巫女様が穢されて、!?」
ウィルフレッドの心に、剣に刺されたかのような痛みが走った。

「てめぇっ!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがってぇっ!」
「カイくんっ!」
「みなさま!どうか静粛に!」
飛びかかろうとするカイをアイシャが押さえ込む。ボロネ達の罵声が、場を抑えようとするルヴィア達の声が会議場内を充満する。混乱はますます膨らんでいき――


「黙らんか痴れものどもがっっっ!!!」


ラナの一喝が、床に強く突き叩かれるエルドグラムの重々しい音とともに全ての人を黙らせた。凛と立つその後ろに神々しい後光が見えるほどの威厳に気圧されながら。

「ラナ様!どうか考え直してください!この男はどう見ても――」
「ジルコ、貴様いつから私に指図できるほど偉くなった?」
「えっ」
ギクリとするジルコ。

「この場を仕切れるほどに、大司教様と女王様、そして皇女たる私に口を挟むほどに貴様は偉いのかと聞いているっ」
ラナの有無を言わさない迫力にジルコは慄いた。
「い、いえ、私は別にそういうつもりは――」
「ならば大人しく黙って座ってろっ!余計な口を挟むなっ!」
「はっ、はいぃっ!」

ジルコが萎縮して座ると、ラナが諸侯達に告げた。
「いいか!そもそもこの会議は邪神教団に対抗するために開かれたものだ!巫女の縁談のために開いたのではないっ!そこを履き違えるなっ!それに彼女の婚姻は、彼女が属するエステラの内政問題だっ!他の二国が口を挟む権利はどこにもいないっ!」

そして一度ウィルフレッドを見て、さらに声量をあげて堂々と宣言する。
「異世界の人間である彼のことについては、全幅の信頼を寄せるのに値すると、女神エテルネ様の名にかけて、巫女である私が保証するっ!私だけではない、彼とともに戦ってきた連合軍全ての騎士や兵士達も、その名誉で彼を擁護すると断言しよう!」

「女神ルミアナ様の名にかけて、このルーネウスのアイシャも保証します」
アイシャが毅然と立ち上がると、カイやミーナ、レクスにイリス達も続いた。
「巫女の勇者であるこのカイも命で保証する!」
「封印管理者である我もだ」
「ルーネウス、レタ領のレクスもだよ」
「このイリスも彼のことを保証します」

「みんな…」
エリネもまた、真っ直ぐに立てては宣言した。
「…女神スティーナ様の名にかけて、私もウィルさんのことを保証しますっ」
「エリー…」

次々と声明するラナ達に沈黙する諸侯達からも、一人の声があがった。
「私も彼を支持しましょう」
「シャフナス殿っ?」
シャフナスが立ち上がる。

「先日の戦いで、彼の助けがなければ私はすでに命を亡くしていました。彼の正体がどうであれ、その事実だけでも信頼に値すると思います」
(シャフナスさん…)
自分を見るウィルフレッドに、シャフナスが笑顔を返した。

「このルヴィアもウィル殿を支持します」
「エステラの女王であるわたくしも、彼を支持しましょう」
ウィルフレッドのことを一ミリも知らないアイーダも、彼とラナ達の間にある絆を感じ取っては、微笑んで告げた。
「女神様は、良き導きを良き人にもたらすという。その巫女全員が彼を信じるのであれば、私もその導きを信じましょう。教会国のアイーダも、彼を支持します」

ラナは感謝するかのようにアイーダに会釈し、続けた。
「ボロネ殿や他の方々、もしこれでも彼を受け入れないのであれば、このままこの場を去っても責めはしない。だが、何が真に信ずるに値するのか、諸君らならば見分けられると信じていよう」

異論を出す諸侯はもはや誰もいなかった。不服そうにその場を離れるボロネを除いて。レクスが頬を掻く。
(仕方ないか。ギルバートが彼に付けた傷は相当に根深いものみたいだからね)

「…その、ラナ様。彼のことはそれで構いませんが」
エステラの諸侯がおずおずと発言する。
「神器が覚醒していないのは、やはり看過できるものではありません。伝承からみても、ゾルドに対抗するには三神器が必要不可欠と考えられます。帝都の後は教団との本格的な戦いも控えてるこの状況で、覚醒させないままなのは良くないと存じますが」

(確かに、もっともな質問だ…)
ミーナが強く手を握る。
(ゾルドに対抗する三位一体トリニティの封印秘法は、三名の女神とその勇者に三神器が揃わなければならない。その一つでも欠けたままではダメなのだ)

ラナは暫し考えて、告げた。
「神器の件については、他にも覚醒条件があるのかもしれん。すでに覚醒した神弓もあるし、帝都を奪還して聖剣を確保してから対処しても遅くはない。いざという時になっても覚醒しなかった場合は…、巫女には他の勇者を選んでもらえば良い」
ウィルフレッドとエリネが互いの手を強く握った。

「この件については以上だっ!異論がなければ次の課題に入るっ!」



【続く】

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