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第十五章 星の巫女

星の巫女 第七節

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白塔城の一角にあるガラスドームの建物。魔法によって加工されたガラスに覆われ、一日中に煌びやかな夜の星空が拝めるゆえに星原の庭と呼ばれるそのドームの中で、アイシャは神弓フェリアを手に持ちながらカイと向き合っていた。

カイの鼓動は高鳴っていた。アイシャに一人で呼び出された理由は、言わずとも分かるのだから。
「…とても綺麗ですよね。王都一美しい庭と呼ばれるのも頷けます」
「ああ、そうだな…っ」
そう言って、神弓を抱えたまま俯くアイシャ。どこか憂いを帯びたその顔は、魔法のガラスが映りだす月の輝きと相まって、美しかった。

「そ、その、アイシャ…。神弓のことなんだけど…」
アイシャが少し震えた声で答えた。
「…私、怖かったんです」
「え?」

「私、本当はとっくの前から気付いてたんです。カイくんへの気持ちがただの親愛なのか、それとも別の感情なのか」
どきんとするカイ。
「でも…その感情を理解すれば理解するほど、不安もまた同じぐらい膨らんでいって…。もしこの気持ちを受け入れて、貴方を勇者に選んでしまったら、カイくんは邪神と正面から戦うことになる。…エリクと戦っていた時みたいに、大事な貴方を危険に晒すことになってしまう」
「アイシャ…」

ぎゅっと神弓を強く抱きしめるアイシャ。
「カイくんが私のせいで危険な目にあわせたくない…。私、カイくんを失いたくない…」
不安で震えるアイシャの声にカイの胸が強く締め付けられる。
「だからずっと迷ってました。理由をつけて、ずっと思いを伝えることを避けてきました。…でも、もう迷いません」

アイシャは真っ直ぐカイを見つめた。
「たとえ限りある命だと知っても、二人で一緒に歩いていくと決意したウィルくんとエリーちゃんのように、私もカイくんと一緒に支え合いながらこれからの道を歩むって決めたのです。…ですから、ここでカイくんに伝えますね」

神弓を両手で持ちながら、アイシャはカイの目の前に歩み寄った。
「カイくん、私、貴方のことが好きです。弟とかではなくて、一人の男性として、大好きです。…どうかこの弓を、私の気持ちとともに受け取ってくれますか?私の、勇者様」
自分への気持ちで潤うアイシャの目は麗しく、緊張で震えるアイシャの声は愛嬌に満ちていた。強く唇を噛み締めたカイは、弓ごとアイシャを抱きしめた。

「きゃっ…」
年下なのに、自分よりも高く逞しいカイの身体と、その力強い両腕が、今まで以上にカイが男の子であることを感じさせた。恥ずかしさ以上に安心感と幸福感がアイシャの身体に満ちていく。
「勿論さ。ありがとうアイシャ、俺を選んでくれて…。もう怖がらなくていい、俺は絶対に最後まで生き延びる。ずっとアイシャの傍から離れないから」
「カイくん…」

月を髣髴ほうふつとさせるアイシャの白く美しい頬が赤く染められる。甘えるようにカイの胸板に身を任せ、安心の涙を流す。
「こんな面倒なお姉さんでごめんなさいね…。これからも、こうしてカイくんに甘えてもいいのでしょうか…」
「ああ、弟役と恋人役を兼ねるだなんて、これ以上美味しいこともないしさ」
「ふふ、カイくんったら」

満天の星空と月の明かりが照らす庭の中で、二人は暫く抱きしめあった。美しいアイシャの青髪をカイが愛おしく撫でると、アイシャは頬に微熱を感じては、カイの胸板から伝わるその力強い鼓動に耳を傾けていた。

やがて惜しむかのように離れると、カイは手渡された弓をしっかりと手に握りしめた。
「アイシャ、君の気持ちを、君が託したこの弓とともにしっかりと受け止めるよ。これからも一緒にがんばろうな」
「ええ。これからもよろしくお願いしますね。勇者様」

アイシャの一言にカイは照れながら頬をかいて弓を背負った。
「そうだ、アイシャ、これ…」
カイは、ずっと腕につけていた腕輪をはずして手に持った。

「あ、カトーさんがくれた双色蔦の腕輪…」
カイがそれを二つに分けると、片方を自分の腕につけては、もう片方を持ったまま手を差し出す。
「アイシャ、俺の方からも伝えるよ。アイシャのこと、大好きなんだ。君への気持ちを、この腕輪とともに受け取ってくれないか。俺の、巫女様」

恥じらいで手を口元に沿えるアイシャは、やがてこくりと小さく頷いて、手を差し出した。カイはその手を大事な宝を扱うかのように持ち、腕輪を通した。

お互いに笑顔を見せると、カイは手を離さず、そのままゆっくりとアイシャを引き寄せた。彼の震える手が彼女の繊細そうな腰に回り、さらに顔を近づける。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってカイくんっ」
「アイシャ?」

慌てて動きを止めるカイ
「カイくんっ?その、な、何をするつもりなんですか?」
「なにって、その、キスをしようと思って…」
「…え、キス…え、えええ~~~っ!?」
アイシャの顔が一瞬にして沸騰した。

「そ、そんなに驚くことなのか?」
「驚きますよそんなのっ!どうしていきなりキスなんか…っ?」
「いや、だってアイシャ、兄貴にデートのアドバイスしてた時に言ってたじゃないか。キスはデートのクライマックスに必要不可欠だって」
ふと、自分がノリノリとウィルフレッドを唆してた場面を思い出すアイシャ。

「あっ、たっ、確かに私はそう言ってましたけど…っ」
「うん。だからほら、俺達、もう恋人同士なんだし、アイシャには最高の思い出をあげたいから、その、君のアドバイスどおりにキスをしようと思ってたんだ」
「カ、カイ君…っ」

彼の思いに少し感動してしまったが、実際自分に迫られると想像以上の恥ずかしさに体がすくむアイシャ。そんな彼女を見てカイが小さく笑い出す。
「はは、アイシャって自分のことになるといつも凄く慌てるよな。可愛いや」
「も、もうっ、からかわないで…っ!」

「あはは、ごめん。ついな」
そう言うと、カイは全身が厚く火照るアイシャを優しく解放する。
「無理はしなくていいよアイシャ。俺達はこれから一杯時間あるからさ、一歩一歩やっていけばいいから」
いまでも心臓が喉から飛びでそうなアイシャは必死に落ち着けようと胸を押さえる。
「カ、カイくん、私――」

頬に伝わる温かい感触が、アイシャの言葉を遮った。
「ぁ―――」
カイの顔がゆっくりと離れると同時に、軽くかかる彼の吐息が距離の近さを訴える。
「今日はこれぐらいで我慢するよ。いつもアイシャがしてくるんだから、今度は俺がしてもいいよな?」
アイシャから返事はない、そのまま固まっているからだ。

「それじゃ、先に行くよ。後でミーナ達と会議もあるから、アイシャも少しは休んどけよ」
手を振って庭から離れるカイ。彼が見えなくなるまで、アイシャはずっとその場で立ち尽くしたままだった。

(…うぅっ、うわ~~~っ!アイシャの頬、やわらけ~…っ!)
先ほどの自分の大胆な行動に、今になって恥ずかしさが怒涛に押しよせるカイ。人気のない通路で、先ほどアイシャに触れた唇に残る彼女の頬の感触を思い出しながら、真っ赤に燃える顔を冷やすよう壁に顔を当てていた。
(めっちゃいい匂いもしてたし、あれじゃ次、冷静さを保てる自信が…っ。だめだっ!アイシャのためにもしっかり自分を律しないと…っ!)

ようやく我に返ったアイシャも、とめどなく沸きあがる羞恥心に責められては、もはやトマトそのものの顔を両手で覆いながら悶えていた。
(きゃああああぁぁぁ~~~~っ!きゃあああああぁぁぁ~~~~っ!恥ずかしいっ!凄く恥ずかしいっ!小説で書かれてたよりも生々しくて恥ずかしい…っ!ほ、頬にだけでこれじゃ、本番になると私、どうなってしまうの…っ!?)

二人がようやく落ち着いて休むことになるまでに、暫く時間を要した。


******


白塔城から離れ、幾つかの区画を通っていく女王の馬車を、システィやパスカル、そして数名の騎士が馬に乗って随伴していた。馬車の中で、女王メアリーはイリスと同席で座り、その向かい側にウィルフレッドとエリネがいた。エリネとイリスはブラン村での生活や、ウィルフレッドが村で初めて出会った時のことを語っていた。

「それでですね、ウィルさんが一人で盗賊達全員、素手で打ち倒したんですよっ」「キュキュ~ッ」
「私はあの場にはいませんでしたけど、それからもウィルさんは私達の教会に留まって、村で一杯お手伝いをして下さって、すっかり人気者になってましたね」
「まあ、そうなんですね。異世界人と言われてどこか変わってる方だと最初は思いましたけど、お二人さんの話やこうして貴方とお話しすると、至って普通な好青年なんですね」
「いえ、自分はただやれることをしたまでですから…」

エリネやイリス、メアリーの語りに思わず照れて俯いてしまうウィルフレッド。窓から馬車内の談笑風景を見るシスティのしかめっ面とは対照的だ。
(ぐぬぬぅ、いい気になりおってぇあいつ…っ)

会話が一段落すると、イリスはウィルフレッドとエリネがつけてる双色蔦のペンダントを見てくすりと小さく笑いだした。メアリーが顔をかしげる。
「あら、どうかしましたかシスター」
「いいえ。ただですね、実はウィルさん達が旅立つ前にエリー達のことをお願いしますと言ってましたけど、それがまさか別の意味でのお願いになるなんて、ちょっと思わなくて」

まるでその言葉に煮られたかのようにウィルフレッドとエリネの顔が真っ赤になる。
「あっ、そ、その、俺はそういう意図があってエリー達と一緒に…っ」
「シスター…っ」
「ふふ、分かってますよ。ただなんて言いますか、自分と親しい二人がこうして恋仲になるのを見るのって、とても嬉しいものだと思っただけ」

メアリーも実に微笑ましそうに頷く。
「分かりますシスター。わたくしの近衛騎士だったロイドがマリーにプロポーズした時も凄く嬉しかったですからねえ。結婚式で仲人を立候補したぐらいですもの」
「まあっ、いいですねっ。私もエリーとウィルさんの式には仲人として参加しようかしら」
「とても楽しいものですよイリス様。なんでしたら私も同席したいですね。マリーの子の結婚式も参加できれば、姉冥利だけでなく伯母冥利ですものねぇ~」
「ねぇ~」

盛り上がるメアリーとイリスの前に、エリネとウィルフレッドはもはや言葉も出ずにただ俯いたまま湯気を昇らせていた。外にいるシスティは面白おかしく見えるような顔でギリギリと歯を鳴らす。

「…メアリー陛下、着きました」
大臣パスカルの一言で、メアリー達が窓の外を見た。密集した建物群から抜け、そこから少し離れた丘の上に建てられた三階建ての館。その形を感じ取ったエリネが呟く。
「あそこが…お母さんとお父さんの家…」

――――――

「この館は、マリアーナ様とロイド様がご結婚を決められた際に新築されたもので、建造当時は私がよく監督しにきたものですよ。造りこそ簡素なものの、工法や材質などは当時最上の物を使ってました」
館に入った一行は、システィの案内下で館内を見回っていた。
「あの襲撃事件が起こった後、この館も本来取り壊す予定でしたが、メアリー様のご厚意でずっとあの時のまま保存されてきました。本当に…メアリー様には感謝してもしきれません…ぐすっ」

熟練した動きでハンカチをシスティに渡すメアリーが頷く。
「この館は私も良く遊びに来て、マリーとの思い出が一杯詰まっているのです。だからこれを壊すのは、あの子が本当に亡くなったと感じられて気が進まなかったの。けどいま貴方がここに来られて、本当に残してよかったと思うわ」
「うんっ、ありがとうございますメアリー様」

エリネが感激そうに頷くと、システィ達は明るく採光された大きな寝室にたどり着いた。
「ここはマリアーナ様とロイド様の寝室です」
エステラ風のアンティークベッドに、部屋に置かれている家具などからの木の香りが心を落ち着かせる。部屋の中には、マリアーナとロイドが親しそうに交流している絵画や彫刻などが至るところに置かれていた。ウィルフレッドが感嘆の声を挙げる。

「これ、みんなマリアーナさんとロイドさん、なのか?」
「様を付けろ様をっ!…こほん、そうだとも、これらはみな、デートする度にその睦ましい思い出を絵画や彫刻に留めるよう、マリアーナ様とロイド様がアーティストに頼んで描かれたものだ」
イリスもまたその量に軽く驚く。
「にしては物凄い量ですよね…」

メアリーが苦笑する。
「ええ。マリーとロイドはね、それはもう万年新婚ぐらいにべったりなのよ。プライベートは勿論、他国の方との舞踏会でも堂々と熱いところを見せるし、もう隙あればいちゃつく感じなんです。夫婦仲睦まじいとは言うけれど、二人の場合は見てて恥ずかしくなるぐらいだから、少しやりにくいところもあったわね」

それを誇らしそうに胸を張るシスティ。
「そこがマリアーナ様とロイド様の良いところですよ。見栄えで婚姻を結ぶほかの貴族らとは違って、真の愛で結ばれるお二人…。近衛騎士である私も鼻が高いです」

エリネは部屋の匂いをしっかりと感じるように息を吸っては、部屋に置かれた家具などにゆっくりと触れていく。それらから伝わる、見知らぬ両親の生活風景を肌で感じるかのように。やがて触れる、マリアーナとロイドが互いに見つめあう二つの胸像に。二人の顔を確かめるように触れる手の動きは、彼女の気持ちが伝わるぐらいに感情が篭っていた。

ギュッと、エリネが胸像を抱く。その気持ちを察して余りあるウィルフレッド達はただ静かに見守り、感涙するシスティはハンカチでズビビと鼻水を拭いた。
「キュ…」
ルルがそっと、彼女の頬をなめた。

それからシスティは書房、接待室などへ次々と案内し、その都度にエリネはそこのものに触れ、空気を感じ取った。最後にエリネ達は、先ほどの寝室と同じぐらい明るい、小さな部屋へと案内された。
「システィさん、ここは…?」
「ここは貴方の部屋ですよ、ティア様」
「え…」

「マリアーナ様が貴方を身篭ったと知った時、ロイド様とマリアーナ様はすぐにこの部屋を用意したんです。いつか生まれるあなたをここで育てるために…」
エリネが部屋の中を確認するように意識を集中した。エステラ風に簡素な、王家御用達のベビーベッド。床一面に散らばれている子供用の玩具に、天井から垂らされる、星々や鳥たちの意匠がなされたベッドメリー。

先ほど以上に、エリネはそれらを一つ一つ触れていく。可愛らしい形の玩具、簡素だけれど確認のため何度も触れられた跡のついたベッド、つつくととても涼やかな声が響くベッドメリー。それら全てが、これらを用意した人達の気持ちがひしひしと伝わるような気がした。

「マリアーナ様とロイド様は毎日ここで子供の名前を相談していました。私の意見も時おり聞いてきましたよ。最終的に、もし女の子でしらた、純粋な雫を意味する『ティア』と決めたんです。…エリネと言う名前、とても素敵な響きですが、マリアーナ様たちが必死に考えて思いついたティアという名前も、どうか大事になさってください」
「システィさん…」
エリネは拾い上げた玩具を手に持ち、両親に思いを馳せた。システィに教えられた、もう一つの自分の名前の意味とともに。

――――――

館から出て、その小さな庭にある墓碑の前に、エリネ達が立っていた。ロイドとマリアーナの名前が刻まれていたその墓碑をメアリーが切なそうに見つめる。
「ここにはあの日、焼かれた離宮の館から見つけたロイドの遺体が眠っています。本来なら王家の墓地で丁重に安置しようとしたけれど、彼ならマリーと長らく過ごしたこの地に眠りたいはずとシスティからの要望があってね。公式的に亡くなった扱いのマリーの葬儀とともに、ここに墓を建てることにしたの」

「お父さん…お母さん…」
エリネが跪いては墓碑に触れる。彼女に両親との会話の時間をあげるように、メアリー達は少し距離を取った。
「マリーの亡骸も一緒に安置できなかったのが残念だけど、シスターが丁重に火葬してくださって本当に良かった。マリーの魂はきっと、この墓碑の下で眠るロイドのところへ戻れたのですから」
「それもまた女神様のお導きゆえです、メアリー様。こちらこそエリーに、…ティアに本当の両親のことを知る機会を与えてくださってありがとうございます」

ウィルフレッドは黙祷したままのエリネを見つめた。産みの親に捨てられた自分に、真の親を知るという気分なんて知る由もないが、もし自分の親が、本当は自分を守るためにやむなく捨てることになっていたと知ったら、いまのエリネみたいになるのか、それともサラみたいに寧ろ怒りに染めるのか――。そう考えてるうちに、エリネが自分の方に歩いてきたのを見た。

「もういいのか…ってエリーっ?」
「ウィルさん、こっち来て」
「ちょ、ティア様っ?」
制止しようとするシスティをメアリーが止め、ウィルフレッドは訳分からずにエリネに墓碑前へとひっぱられっる。

「どうしたんだエリー?」
「えへへ…」
エリネはウィルフレッドを自分の隣に立たせると、墓碑に向けて『報告』を始めた。

「お父さん、お母さん、紹介します。彼はウィルさん。私の大事な彼氏なんです」
「!?」
ウィルフレッドの顔が赤く炸裂する。

「ウィルさん凄く強いんですよっ、タウラーも屍竜ドラゴンゾンビもイチコロですし、面白いお話とか一杯知ってますし、声もとても温かくて優しいんですっ。彼の傍にいると、すっごく安心できるんですっ」
自分の腕を掴みながらの褒め言葉の連発にウィルフレッドが思わず俯く。
「…ですから、私のことはどうか心配しないでください。シスターやお兄ちゃんのお陰で、私はとても幸せに育てられたし、こうして素敵な人もできたんですから」
「エリー…」

涙を拭うエリネ。
「えへへ…。私を愛してくれてありがとう。守ってくれてありがとう。素敵な名前を、ありがとう。お父さん、お母さん。王家に戻るかどうかはまだ分からないけど、ティアという名前、私、大事にしておきますね」

気丈に振舞うエリネに胸を締め付けられるウィルフレッドもまた黙祷し、囁いた。
「…マリアーナさん、ロイドさん。どうか安らかに。エリーのことは、俺の命がある限り必ず守り抜いて見せます」

エリネが軽く笑い出す。
「どうしたんだエリー?」
「ううん。たださっきのウィルさんの言葉、なんだか結婚前の挨拶みたいでちょっと恥ずかしいなって」「キュッ」
「えっ、あ、そうなのか…?」
もはや何度目かも分からない赤面して口を手で隠すウィルフレッド。

「…ねぇウィルさん。さっきメアリー様やシスティさんが言ってましたよね。お母さんとお父さん、万年新婚みたいでとても仲が良かったって」
「ああ」
「私達も負けられないぐらい、ずっと仲良くなれればいいなあ」
そっと頭を自分に寄せるエリネの声は、どこか不安が感じられた。理由は言わずとも理解するウィルフレッドは、そっと彼女の肩を抱き寄せた。
「きっとなれるさ。そのためにも、これからも二人で一緒にがんばろう、エリー」
「…うん」

遠目で寄り添う二人を温かく見守るメアリー達。
「…あの子が生きてくれただけでも奇跡なのに、まさかあのような頼もしそうな人と一緒に戻ってくるだなんて、マリー達もきっと喜んでいるのでしょうね」
「そう言ってくださって嬉しい限りです。私も、エリーの傍に立つのがウィルさんで本当に良かったと思います」

イリス達の会話にムスッとするシスティだが、ウィルフレッドに寄り添ってるエリネの背中は、見ていてとても温かく感じられるものだと思った。
(ティア様…凄く、幸せそう…)

傾き始める日差しの中で、エリネは気が済むまで館に留まった。ここに残された両親の痕跡を、隅々まで感じ取るために。



【続く】

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