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第十五章 星の巫女
星の巫女 第六節
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「――その翌日、王都から館に駆け付けた騎士たちに私は無様にも助けられました。マリアーナ様とティア様は、精霊魔法の追跡で近くの川に落ちたのを知って、至急捜索を始めましたけれど…」
謁見の間で当時のことを説明するシスティが無念さに唇をかみしめ、ルヴィアが代わりに説明した。
「マリアーナ伯母が落ちたテレネ川はエステラとルーネウスを跨る大きな流域を有する川ですから、当然捜索は難航しました。ロバルト王やエイダーン皇帝にも密かに協力しましたが、結局何の収穫もなく…。数ヶ月経ても教団がまったく動きを見せなかったことから、最終的に公けでの捜索を打ち切きることにしました。派手に動き回っては無駄な混乱を招いてしまいますし、まだ巫女であることを隠し通しているラナ様とアイシャ様の安全も考えなければならのですから」
「それもこれも、私の不徳の致すところで…っ、私、私は…っ」
震えるシスティが突如子供のように号泣する。
「も゛う゛し゛わ゛け゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛ティアさまあ゛あ゛あ゛あ゛~~~!このシスティ、いかなる罰も甘受いたします゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛~~~え゛え゛え゛え゛えっ!」
「シ、システィさんっ、どうかそんなに思い詰まらずに…っ」
慌ててなだめるエリネにラナやルヴィア達が苦笑する。
「こらシスティ、メアリー様たちの前にはしたないですよ」
「は゛い゛ぃ゛~~~っ」
ルヴィアに渡されたハンカチでズビビと鼻水を拭くシスティ。
「それからのことは、私が説明すべきですね」
「シスター…」
エリネ達がイリスの方を見た、彼女は優しく彼女に手を添える。
「あれは私がシスターとして各地を巡礼していた時でした。ルーネウスの国境にある小さな村の教会で、手伝いとしてその近くの川に水を汲みに行きましたけど――」
******
それは晴れやかな午後、小鳥もさえずる穏やかな日だった。
(ふう、ここでの祈祷を終えれば、いよいよ巡礼も終わるわね。このままどこかの教会に務めるか、または他の村で新たな教会を起こすか、どうしましょうか…)
悠々と流れる川で水を汲みながら、イリスはこれからのことを考えていた。
(…あら?泣き声)
そして気づく、遠い上流の方向から、赤ん坊らしい泣き声が聞こえてくるのを。
(子連れの旅人かしら)
気になって声の方向へと歩くと、イリスは瞠目する。川の岸に、大きな声で泣きじゃくる赤ん坊を抱えた、傷だらけの婦人が倒れていたのを見たのだ。
「あ…っ、ご婦人っ、ご婦人っ、大丈夫ですかっ?」
婦人の元に駆けつけたイリスは急いで彼女を確認する。高貴そうな服装を纏ったその身体はひどく衰弱して意識もないが、赤ん坊を抱くその手は力強かった。そしてその背中には一本の毒入りと思われるナイフが刺していた。
(これは、まさか強盗にやられて…?)
イリスは急いでナイフを抜いて治癒をかけていくが、すぐに手遅れだと察した。
「だめ、毒がもう拡散して…」
「うぅっ、う…」
女性がゆっくりと目を開いた。
「目を覚ましたのですね。ご婦人」
「あ、あなた、は…?」
「私は女神に仕えるイリスと申します。どうかじっとしてください、いますぐ助けを――」
女性がイリスの手を掴んで引き止めた。
「よ、よいのです。自分はもう、助からないのは、承知、してますから…」
「ご婦人…」
「こうして…教会の方に、出会ったのも、女神様のお導き…シスターよ、どうか、この子を…」
いまだに泣き止まない赤ん坊を女性から受け取ると、イリスは驚愕した。赤ん坊の左目には、星の形の聖痕がはっきりと見えたから。
「これは、まさか巫女の聖痕…っ?」
「わ、私は…エステラの、マリアーナ…この子を、ティアをどうか教団の手から匿ってください」
「教団って…まさか、邪神教団ですかっ?それにマリアーナって、確かメアリー女王の…」
「はぁ…っ、このことは…たとえエステラにも、知らせないでください。いまの王宮は、安全ではありませんから…っ。時がくるまで、どうか彼女を匿って…けふっ!」
マリアーナが大きく喀血する。紫色の混じった赤い血が吐き出される。
「マリアーナ様っ!しっかり…っ」
「はぁ…ティア…っ、私の愛しいティア…っ」
血まみれながらも、涙を流しながら微笑むマリアーナはそっとティアの顔に触れる。
「ごめんなさいね…。私もロイドさんも、あなたの傍にいてやれなくて…。けど私達はこれからも、女神様のもとで貴方をずっと見守るから…」
ティアの顔に触れたまま、マリアーナが祈りを捧げた。
「女神よ…スティーナ様よ…どうかあなたの巫女であるティアをお守りください…。この子が、真に心から許せる勇者に出会う日まで…どうか…っ」
不思議な青の輝きがティアを包んだ。さきほどまではっきりとしていたエリネの聖痕がなぜか見えなくなった。イリスが訝しむ。
「ああっ、スティーナ様が、聖痕を隠して…っ」
「はぁ…はぁ…ティア…ずっと、愛、して――」
最後の言葉を言い終えることもできず、マリアーナの手がガクリと落ちた。
「マリアーナ様っ!マリアーナ様っ!」
マリアーナはこれ以上答えることはなかった。イリスの腕の中のティアの泣き声が、森の中で響き渡った。
******
「――その後、私は痕跡を残さないようマリアーナ様の遺体を火葬してその場を離れました。ルーネウスでも辺鄙なブラン村でのシスターを務め、まだ赤ん坊であるティアを、貴方をエリネと名づけて密かに育てました。…貴方の両親は、最後の最後まで貴方を思っていたのですよ、エリー」
「シスター…っ、お母さん…っ」
イリスは優しく流れるエリネの涙を拭いてあげた。
「ごめんなさい、エリー、今までずっと黙っていて…。マリアーナ様のことも、本当はもっと丁重に弔ってあげたかったのに…」
「ううんっ。それが私を守るためなんだし、お母さんもお父さんも、きっと私みたいにシスターのこと、いくらしてもしきれないぐらい感謝してると思うの」
エリネが溢れ出る感謝の気持ちとともにイリスに抱きついた。
「ありがとうシスター、それにシスティさん…っ。お母さんとお父さんのことを、教えてくれて…っ、ありがとう…っ」
メアリーが微笑む。
「私からもお礼を述べさせてください、シスターイリス。貴方のお陰で私達はマリーの遺児とこうして再会することができました。このご恩、我がスフイア家は決して忘れません」
「メアリー様、エリー…。ありがとうございます…」
自分に抱きつくエリネを実の母のように優しく撫でては嬉し涙を流すイリス。システィはまさに感涙極まったようにうるうると泣いて、ウィルフレッド達も、そんなエリネを微笑みながら見守った。
(良かったな、エリー)
暫くしてレクスがぽんと軽く手を叩く。
「そっか、巫女の緘口令ってあの襲撃事件のせいだったんですねメアリー様」
「ええ、襲撃事件直後、私とエイダーン皇帝、ロバルト王と大司教、そしてミーナ殿は、最初の巫女であるアイシャ様が生まれた時と同じように秘密裏で会議を開きました。巫女に関する厳重な緘口令を敷き、各国内の教団の勢力を確実に駆除するよう、内政整頓に傾注すると合意したのです」
「教団が王家周りまで浸透していたのですからね。厳しい緘口令にも納得がいきます」
システィが実に嬉しそうにハンカチで涙を拭う。
「ぐすっ…けどこうして巫女様たち全員が揃ったのですから、もう緘口令に憚る必要はありませんよねっ!ティア様も正々堂々とエステラ王家にご復帰なさることができて、これほどめでたいことはありませんよ…っ」
システィの言葉にエリネが難色を示し、メアリー達の方を見やった。
「あの、そのことについてなんですが…ひとつ申し上げたいことがあります」
「なんですか?」
「その…、王家への復帰については、少し考えさせてもらえるのでしょうか」
メアリー達はもちろんのこと、その言葉に一番反応したのはシスティだった。
「えっ、ええぇ~~~っ!?どうしてですかぁティア様ぁっ!?ようやくご自分の実家に戻られるのですよっ!?はっ、まさか不甲斐ない自分が嫌気さして戻るのが嫌になってるとか…っ」
苦笑するエリネ。
「そうじゃないです、システィさんのことは寧ろとても感謝してますよ。ただ…、私は今までずっとブラン村のエリネとして育てられましたから、いきなり王家の人間と言われても、正直実感が沸かなくて…」
「そ、それでしたらご心配なくっ!このシスティ、全身全霊でティア様の王家での生活をフォローする所存んんんむっ!」
だんだんと早口になるシスティをルヴィアが押さえた。
「こらシスティ、少しは落ち着きなさい」
「…それ以外に何か理由があるのですね?」
「そ、それは…」
メアリーの一言に申し訳なさそうにエリネが俯く。ウィルフレッド達が心配そうに彼女の背中を見つめる。
(エリー…)
暫く考え込んでいたメアリーが再び優しい笑顔を見せた。
「…分かりました。あなたの王家復帰の件、暫く保留することに致しましょう」
「メアリー様ぁっ!?」
声を挙げたのはシスティだけでなく、今までずっと黙して見守ってたメアリーの傍の大臣までもが口を挟んだ。
「僭越ながら陛下、ティア様は女神の巫女様でもあられるお方です。王家に戻っていただかなければ、諸侯達が黙っておられませんよ」
「それはもちろん存じてます、パスカル。ですが今はそれ以上に対処しなければならないことがあります。邪神教団が本格的に動き始め、勇者により神器の一つが覚醒した今、私たちと教団との戦いが本番を迎えようとしているのですから」
メアリーの顔は、女王らしく静かな威厳に満ちていた。
「彼らの脅威と比べて、エリネの王家復帰なぞ急務でもなんでもありません。巫女として前に立つのに、必ず王家でなければならない訳でもないですし、この件については、教団との戦いが一段落してから相談しても遅くないでしょう」
また何か言おうとするパスカルは暫し思案した後、一礼した。
「…御意」
女王の英明な姿勢にエリネ達は心から安堵する。
「メアリー様…ありがとうございます。私のわがままを許してくださって」
「そうかしこまらずに。ちなみに、王家の件は別として、私のことは伯母と呼んでくれると嬉しいわ」
「…はいっ、私のこともぜひエリーと呼んでくださいっ」
ここに来てようやくいつもの元気な笑顔を見せるエリネに、メアリーもまた嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば一つ気になることがあります。マリーの話を聞く限り、貴方の聖痕が見えるようになったのは、貴方に心から勇者であると信頼できる方ができたことになると考えて間違いないですか?」
エリネとウィルフレッドの顔が赤に染まる。
「あ、その、多分…そういうことに、なるかと…」
「その方はここにいますか?差し支えなければ、ぜひ顔を拝んでみたいです」
エリネが振り返る。ウィルフレッドは戸惑いながらも一歩前へと出た。寄り添うエリネとウィルフレッドを見たイリスは、実にこれまでにない嬉しそうな表情を浮かべた。
(まあっ…、まあまあまあ…っ!)
「メアリー伯母様、ご紹介しますね。彼はウィルフレッドと言って、私の…大事な人なんです」
「初めまして、メアリー女王。ウィルフレッドと申します。ウィルと呼んでください」
「まあ、貴方が…?」
最初は嬉しそうなメアリーの顔は、すぐに困惑の色を顕した。大臣パスカルも同じようにウィルフレッドの異様な雰囲気を察した。
「なっ、なななななんですって!?なりませんっ、なりませんよティア様っ!こんな胡散臭い野郎を勇者に選ぶだなんてっ!貴方にはもっと高潔な騎士がお似合い――」
ルヴィアを振りほどいて猛抗議するシスティにエリネはムッとし、見せ付けるようにギュッとウィルフレッドの手に抱きついた。
「胡散臭くないです。ウィルさんはとても優しい人で、私、ウィルさんのこと大好きなんですから」
柔らかな感触にウィルフレッドが赤面する。一方、システィの世界がガガァンと音を立てて崩壊した。
「そっ、そんな…っ、ティア様が…っ、ふ、不良にぃぃ…っ」
涙が止まらないシスティをルヴィアが苦笑しながら引かせる。
「だからシスティ、話の最中で割り込むのはやめなさい」
カイがミーナに耳打ちする。
「なあミーナ、あのエルフ、マティ様やあんたと違ってめっちゃ感情豊かよな」
「ううむ。フェクト族はその守護精霊の影響もあって人間以上に情動的と言われてるが、ここまでとはな…」
ウィルフレッドを暫く見つめるメアリー。
「ウィルさんと仰るのですね。とても逞しい方なのは分かりますが…マナを纏わないのは何か特殊体質ゆえなのですか?」
ウィルフレッド達に緊張が走った。ミーナが前に出る。
「それは我が説明しよう。丁度、彼について協力して欲しいこともあるからな」
ミーナは、ウィルフレッドが異世界の人間であること、噂されている魔人であること、教団にいるギルバートのことを明かし、そして分かりやすいよう、寿命のことを避けてその体は病に冒されていると説明した。メアリー達は当然のように驚いていた。
「そのようなことが…。魔人の噂は一応聞いたことはありますけど、まさか異世界からの方だったなんて…」
ルヴィアは先ほどの戦いを思い出し、納得する。
(なるほど、彼の人間離れした身体能力はそういう理由があったのね)
ミーナは話を続けた。
「俄かには信じられない話だが、全て事実だメアリー」
「貴方がそう言うのですからそうとは思いますが…。もう一人の方は教団にいると仰ってましたね?」
「うむ。だが彼の人柄は勇者と名乗るに恥じないものだとここにいる全員が保証する。教団に寝返るようなことも決してしない」
「…そうですね、他ならぬエリーが勇者と選ぶぐらいですもの」
エリネが照れるように俯く。
「教団にいる魔人ギルバートと対抗するためにも、ウィルの力はどうしても必要なのだ。だから彼の体を治すためにここの霊薬庫を貸してくれぬか」
「ええ、そういうことでしたら助けない道理はありませんね。霊薬庫はどうぞ好きに使ってくださいな。助手も必要でしたら手配いたします、ミーナ殿」
「助かる、メアリー」
無事助力を得て安堵するミーナ達。
「さて、ラナ様とは他にも相談すべきことが一杯ありますが、先ほど激しい戦いをしたばかりですもの、一旦休息を挟んでからにしましょうか」
ラナが会釈する。
「ありがとうございます、メアリー様」
「それとエリー、もし宜しければ一緒にマリーの家を見に行きませんか?」
「お母さんの家ですかっ?」
「ええ。あの子の家はマリーが亡くなってからも私の一存でずっとあの時のまま残してたの。貴方とはもっとお話をしたいですし、どうでしょう?」
「はいっ、私、行きますっ、行きたいですっ!」
「良かった、シスターもご一緒にいかがですか。マリーもきっと、貴方に来て欲しいと思いますよ」
「はい、それはもうぜひ」
「それでは…。ルヴィア、ラナ様たちの案内をお願いね。パスカル、マリーの館への馬車を」
「はっ」「かしこまりました」
「あ、その、メアリー様…」
エリネがおずおずと尋ねた。
「もしよろしければ、ウィルさんも一緒に見に行っていいのでしょうか」
「エリー…」
「ええ、構いませんよ、あなたの大事な人なのですからね――」
「お待ちをっ!メアリー様っ!ティア様っ!」
ルヴィアがラナ達を案内しようとする隙にシスティが再び割り込んだ。
「メアリー様やティア様の御意志に背くことになっても、このシスティ、得体の知れないこの男をマリアーナ様の家に入れるなんて決して認めませんっ!どうしてもというのなら――」
ルヴィアが制止するよりも早く、システィがずかずかとウィルフレッドの前に立った。
「私に勝ってからにしろ!ウィルフレッドとやらっ!一対一の勝負だ!」
ルヴィアは溜息をつき、メアリーはどことなく微笑ましそうに見えた。
(相変わらずね、システィ。マリーの騎士になってから全然変わってないわ)
******
白塔城の中にある小さな庭の中で、ウィルフレッドは困惑しながらも、自分の前に立つシスティと対峙していた。メアリーとイリスは一旦離れて、レクス達は二人の決闘を見届けるためにギャラリーとして周りに座っていた。
「んん~、まさかこんな展開になるなんて思わなかったよ、ねぇラナ様?」
「面白がらないの。…まあ、結末が気になるのは否定しないわ」
かくいうラナの表情もわりと楽しそうではあった。
「あの~、システィさん?兄貴との決闘なんてやめた方がいいぞ」
「そうですよシスティさん。下手すれば怪我してしまいます…っ」
カイとエリネの警告に反し、システィは自慢げに胸を張った。
「ご心配なく、勇者様、ティア様、このシスティ、自慢ではありませんが剣術の腕だけならばこのエステラではルヴィア様に次ぐといわれるほどの腕前を持ってますからっ」
もうシスティを止められないことを悟り、カイが苦笑する。
「あいつ、さっきの兄貴の戦い見てなかったのかなぁ…」
立会人を務めるルヴィアもまた苦笑する。
「ごめんなさい、エリー。あの子は昔からこうなの。ロイド卿がマリアーナ伯母にプロポーズした時も、システィは決闘を申し込んでたわ」
「えっ、ほんとですか?」
「ええ。彼女はマリアーナ伯母が幼いころから付き添ってる騎士で、二人は主従としてだけでなく、良き友人としての絆も築いてきたの。だからこそ彼女はマリアーナ伯母や貴方のことをここまで気にかけてるのですよ」
「そうですか…」
母の騎士だけでなく、良き友人でもあったシスティに、エリネはどこか嬉しそうに思った。それを聞いたレクスもまた妙な親近感を覚える。
(なんか僕とマティに似ているなぁ…)
「とはいえ、こんなことで時間を費やすのもなんですから、さっさと済ませましょう。ウィルフレッド殿の腕前ならすぐに決着がつくでしょうし」
そう言ってルヴィアは二人の間に立ち、手を挙げた。
「女神エテルネ様の名のもとに、これよりシスティ・ケフトスレーテとウィルフレッドは、各々の誇りをかけて正々堂々と一対一の決闘を行う。両方、前へ!」
前に進むシスティがイキイキと剣を構え、声高らかに威嚇した。
「覚悟しろよこのロリコン野郎!異世界からの人間だか魔人だか知らないが、高貴なるティア様をかどわかした罪、ここで贖ってもらうからなっ!病に冒されてるからって手加減なんざしないぞっ!」
そんな彼女をウィルフレッドはどうするべきか悩んでいた。
(ここで手を抜いたら逆に怒られるのだろうか、やっぱり…)
ラナやアイシャ達がわくわくと見物するなか、ルヴィアが手を振り落とした。
「――始めっ!」
「たあぁぁぁっ!」
――――――
「…そんな、バカなぁ~~~っ」
両手を床につき、真っ二つに折れた剣を見つめるシスティは、いまだに自分の敗北を信じられなかった。
勝負は一瞬で決まった。システィの最初の一撃の軌道を見切り、ウィルフレッドは狙いすましたかのように初撃で全力を込めた斬撃を繰り出しては、システィの剣を破壊した。全力で相手しながらシスティを傷つけない最善の方法だと彼は思ったから。
「勝者、ウィルフレッド!」
ルヴィアが宣告を下した。ミーナとアイシャ達が拍手する。
「まあ、予想通りの結果だな」
「でもシスティ様ちょっと可哀想ですよね…」
勝負がついたのをようやく認識し、システィが悔し涙を流した。
「くうぅ…っ、お許しをマリアーナ様ぁ、私が不甲斐ないばかりにティア様をお守りできなくてぇ…っ!」
ウィルフレッドは少し申し訳なく思い、彼女の前に屈んだ。
「…その、システィ」
「なんだっ!?この私を笑いものにしようとするのかっ!?」
「いや、その、単に君にお礼を言いたくて」
「ぐす…っ、お礼だって…?」
「ああ、エリーと彼女の母に忠義を尽くしてくれてありがとう。エリーが肉親のことを聞けたのも君のおかげだ」
「くっ…!貴様にそう言われてもぜんっぜん嬉しくないぞっ!」
「分かってる。けど、これだけは言わせてくれ」
首につけた双色蔦のペンダントに触れながらウィルフレッドは語った。
「ティア…、エリーのことは、俺は心から愛している。たとえこの命を全部彼女に捧げても構わないぐらいに。そんなエリーに尽くしてる君に俺は誓おう、エリーのことはきっと大事に守り抜いて見せると」
こそばゆいその言葉に、エリネの顔が真っ赤に茹でられる。
「ウ、ウィルさんったら、もう…っ」
「ふふ、良かったですねエリーちゃん、ウィルくんの愛の告白ですよ」
「からかわないでよアイシャさんっ」
システィもまた、ウィルフレッドの今までになく真剣で力強い眼差しに思わず顔を逸らす。
「ふっ、ふんっ!口だけならどうとでも言える!」
顔をそっぽ向いて立ち上がる。
「今回は負けを認めてやるっ!だがティア様との仲を認めたわけじゃないぞっ!貴様がティア様に相応しい男なのかどうか、これから私がしっかりと見定めてやるからなっ!」
「それで十分だ、ありがとうシスティ」
嬉しそうにウィルフレッドは握手を求めるよう手を差し伸べるが、彼女は顔をそっぽ向いた。
「馴れ合うつもりはない!それに忘れるなっ、少しでもティア様に悲しい目をあわせたら、私の剣が貴様の首を容赦なくはねるぞっ!」
「ああ、構わないさ」
レクスがぽりぽりと頬をかく。
「はは、どうやらウィルくんの苦難はまだまだ続きそうだね、ラナ様」
「ええ、まあウィルくんなら問題ないでしょう」
丁度この時、大臣パスカルが庭へとやってきた。
「ルヴィア様、馬車の用意ができました。陛下とシスターイリスがお待ちしております」
ルヴィアが頷く。
「システィ、パスカルと一緒にエリーとウィルフレッド殿を案内しなさい。ラナ様、私が客室に案内いたします」
「りょ、りょうかいっ」「お願いです、ルヴィア様」
ラナ達は歓談しながらルヴィアについていき、システィは不服そうにカスパルとともにウィルフレッドを案内する。彼らは気付いてなかった。システィが声高らかにウィルフレッドと決闘している時、少し離れた客室の窓にいた人影を。
【続く】
謁見の間で当時のことを説明するシスティが無念さに唇をかみしめ、ルヴィアが代わりに説明した。
「マリアーナ伯母が落ちたテレネ川はエステラとルーネウスを跨る大きな流域を有する川ですから、当然捜索は難航しました。ロバルト王やエイダーン皇帝にも密かに協力しましたが、結局何の収穫もなく…。数ヶ月経ても教団がまったく動きを見せなかったことから、最終的に公けでの捜索を打ち切きることにしました。派手に動き回っては無駄な混乱を招いてしまいますし、まだ巫女であることを隠し通しているラナ様とアイシャ様の安全も考えなければならのですから」
「それもこれも、私の不徳の致すところで…っ、私、私は…っ」
震えるシスティが突如子供のように号泣する。
「も゛う゛し゛わ゛け゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛ティアさまあ゛あ゛あ゛あ゛~~~!このシスティ、いかなる罰も甘受いたします゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛~~~え゛え゛え゛え゛えっ!」
「シ、システィさんっ、どうかそんなに思い詰まらずに…っ」
慌ててなだめるエリネにラナやルヴィア達が苦笑する。
「こらシスティ、メアリー様たちの前にはしたないですよ」
「は゛い゛ぃ゛~~~っ」
ルヴィアに渡されたハンカチでズビビと鼻水を拭くシスティ。
「それからのことは、私が説明すべきですね」
「シスター…」
エリネ達がイリスの方を見た、彼女は優しく彼女に手を添える。
「あれは私がシスターとして各地を巡礼していた時でした。ルーネウスの国境にある小さな村の教会で、手伝いとしてその近くの川に水を汲みに行きましたけど――」
******
それは晴れやかな午後、小鳥もさえずる穏やかな日だった。
(ふう、ここでの祈祷を終えれば、いよいよ巡礼も終わるわね。このままどこかの教会に務めるか、または他の村で新たな教会を起こすか、どうしましょうか…)
悠々と流れる川で水を汲みながら、イリスはこれからのことを考えていた。
(…あら?泣き声)
そして気づく、遠い上流の方向から、赤ん坊らしい泣き声が聞こえてくるのを。
(子連れの旅人かしら)
気になって声の方向へと歩くと、イリスは瞠目する。川の岸に、大きな声で泣きじゃくる赤ん坊を抱えた、傷だらけの婦人が倒れていたのを見たのだ。
「あ…っ、ご婦人っ、ご婦人っ、大丈夫ですかっ?」
婦人の元に駆けつけたイリスは急いで彼女を確認する。高貴そうな服装を纏ったその身体はひどく衰弱して意識もないが、赤ん坊を抱くその手は力強かった。そしてその背中には一本の毒入りと思われるナイフが刺していた。
(これは、まさか強盗にやられて…?)
イリスは急いでナイフを抜いて治癒をかけていくが、すぐに手遅れだと察した。
「だめ、毒がもう拡散して…」
「うぅっ、う…」
女性がゆっくりと目を開いた。
「目を覚ましたのですね。ご婦人」
「あ、あなた、は…?」
「私は女神に仕えるイリスと申します。どうかじっとしてください、いますぐ助けを――」
女性がイリスの手を掴んで引き止めた。
「よ、よいのです。自分はもう、助からないのは、承知、してますから…」
「ご婦人…」
「こうして…教会の方に、出会ったのも、女神様のお導き…シスターよ、どうか、この子を…」
いまだに泣き止まない赤ん坊を女性から受け取ると、イリスは驚愕した。赤ん坊の左目には、星の形の聖痕がはっきりと見えたから。
「これは、まさか巫女の聖痕…っ?」
「わ、私は…エステラの、マリアーナ…この子を、ティアをどうか教団の手から匿ってください」
「教団って…まさか、邪神教団ですかっ?それにマリアーナって、確かメアリー女王の…」
「はぁ…っ、このことは…たとえエステラにも、知らせないでください。いまの王宮は、安全ではありませんから…っ。時がくるまで、どうか彼女を匿って…けふっ!」
マリアーナが大きく喀血する。紫色の混じった赤い血が吐き出される。
「マリアーナ様っ!しっかり…っ」
「はぁ…ティア…っ、私の愛しいティア…っ」
血まみれながらも、涙を流しながら微笑むマリアーナはそっとティアの顔に触れる。
「ごめんなさいね…。私もロイドさんも、あなたの傍にいてやれなくて…。けど私達はこれからも、女神様のもとで貴方をずっと見守るから…」
ティアの顔に触れたまま、マリアーナが祈りを捧げた。
「女神よ…スティーナ様よ…どうかあなたの巫女であるティアをお守りください…。この子が、真に心から許せる勇者に出会う日まで…どうか…っ」
不思議な青の輝きがティアを包んだ。さきほどまではっきりとしていたエリネの聖痕がなぜか見えなくなった。イリスが訝しむ。
「ああっ、スティーナ様が、聖痕を隠して…っ」
「はぁ…はぁ…ティア…ずっと、愛、して――」
最後の言葉を言い終えることもできず、マリアーナの手がガクリと落ちた。
「マリアーナ様っ!マリアーナ様っ!」
マリアーナはこれ以上答えることはなかった。イリスの腕の中のティアの泣き声が、森の中で響き渡った。
******
「――その後、私は痕跡を残さないようマリアーナ様の遺体を火葬してその場を離れました。ルーネウスでも辺鄙なブラン村でのシスターを務め、まだ赤ん坊であるティアを、貴方をエリネと名づけて密かに育てました。…貴方の両親は、最後の最後まで貴方を思っていたのですよ、エリー」
「シスター…っ、お母さん…っ」
イリスは優しく流れるエリネの涙を拭いてあげた。
「ごめんなさい、エリー、今までずっと黙っていて…。マリアーナ様のことも、本当はもっと丁重に弔ってあげたかったのに…」
「ううんっ。それが私を守るためなんだし、お母さんもお父さんも、きっと私みたいにシスターのこと、いくらしてもしきれないぐらい感謝してると思うの」
エリネが溢れ出る感謝の気持ちとともにイリスに抱きついた。
「ありがとうシスター、それにシスティさん…っ。お母さんとお父さんのことを、教えてくれて…っ、ありがとう…っ」
メアリーが微笑む。
「私からもお礼を述べさせてください、シスターイリス。貴方のお陰で私達はマリーの遺児とこうして再会することができました。このご恩、我がスフイア家は決して忘れません」
「メアリー様、エリー…。ありがとうございます…」
自分に抱きつくエリネを実の母のように優しく撫でては嬉し涙を流すイリス。システィはまさに感涙極まったようにうるうると泣いて、ウィルフレッド達も、そんなエリネを微笑みながら見守った。
(良かったな、エリー)
暫くしてレクスがぽんと軽く手を叩く。
「そっか、巫女の緘口令ってあの襲撃事件のせいだったんですねメアリー様」
「ええ、襲撃事件直後、私とエイダーン皇帝、ロバルト王と大司教、そしてミーナ殿は、最初の巫女であるアイシャ様が生まれた時と同じように秘密裏で会議を開きました。巫女に関する厳重な緘口令を敷き、各国内の教団の勢力を確実に駆除するよう、内政整頓に傾注すると合意したのです」
「教団が王家周りまで浸透していたのですからね。厳しい緘口令にも納得がいきます」
システィが実に嬉しそうにハンカチで涙を拭う。
「ぐすっ…けどこうして巫女様たち全員が揃ったのですから、もう緘口令に憚る必要はありませんよねっ!ティア様も正々堂々とエステラ王家にご復帰なさることができて、これほどめでたいことはありませんよ…っ」
システィの言葉にエリネが難色を示し、メアリー達の方を見やった。
「あの、そのことについてなんですが…ひとつ申し上げたいことがあります」
「なんですか?」
「その…、王家への復帰については、少し考えさせてもらえるのでしょうか」
メアリー達はもちろんのこと、その言葉に一番反応したのはシスティだった。
「えっ、ええぇ~~~っ!?どうしてですかぁティア様ぁっ!?ようやくご自分の実家に戻られるのですよっ!?はっ、まさか不甲斐ない自分が嫌気さして戻るのが嫌になってるとか…っ」
苦笑するエリネ。
「そうじゃないです、システィさんのことは寧ろとても感謝してますよ。ただ…、私は今までずっとブラン村のエリネとして育てられましたから、いきなり王家の人間と言われても、正直実感が沸かなくて…」
「そ、それでしたらご心配なくっ!このシスティ、全身全霊でティア様の王家での生活をフォローする所存んんんむっ!」
だんだんと早口になるシスティをルヴィアが押さえた。
「こらシスティ、少しは落ち着きなさい」
「…それ以外に何か理由があるのですね?」
「そ、それは…」
メアリーの一言に申し訳なさそうにエリネが俯く。ウィルフレッド達が心配そうに彼女の背中を見つめる。
(エリー…)
暫く考え込んでいたメアリーが再び優しい笑顔を見せた。
「…分かりました。あなたの王家復帰の件、暫く保留することに致しましょう」
「メアリー様ぁっ!?」
声を挙げたのはシスティだけでなく、今までずっと黙して見守ってたメアリーの傍の大臣までもが口を挟んだ。
「僭越ながら陛下、ティア様は女神の巫女様でもあられるお方です。王家に戻っていただかなければ、諸侯達が黙っておられませんよ」
「それはもちろん存じてます、パスカル。ですが今はそれ以上に対処しなければならないことがあります。邪神教団が本格的に動き始め、勇者により神器の一つが覚醒した今、私たちと教団との戦いが本番を迎えようとしているのですから」
メアリーの顔は、女王らしく静かな威厳に満ちていた。
「彼らの脅威と比べて、エリネの王家復帰なぞ急務でもなんでもありません。巫女として前に立つのに、必ず王家でなければならない訳でもないですし、この件については、教団との戦いが一段落してから相談しても遅くないでしょう」
また何か言おうとするパスカルは暫し思案した後、一礼した。
「…御意」
女王の英明な姿勢にエリネ達は心から安堵する。
「メアリー様…ありがとうございます。私のわがままを許してくださって」
「そうかしこまらずに。ちなみに、王家の件は別として、私のことは伯母と呼んでくれると嬉しいわ」
「…はいっ、私のこともぜひエリーと呼んでくださいっ」
ここに来てようやくいつもの元気な笑顔を見せるエリネに、メアリーもまた嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば一つ気になることがあります。マリーの話を聞く限り、貴方の聖痕が見えるようになったのは、貴方に心から勇者であると信頼できる方ができたことになると考えて間違いないですか?」
エリネとウィルフレッドの顔が赤に染まる。
「あ、その、多分…そういうことに、なるかと…」
「その方はここにいますか?差し支えなければ、ぜひ顔を拝んでみたいです」
エリネが振り返る。ウィルフレッドは戸惑いながらも一歩前へと出た。寄り添うエリネとウィルフレッドを見たイリスは、実にこれまでにない嬉しそうな表情を浮かべた。
(まあっ…、まあまあまあ…っ!)
「メアリー伯母様、ご紹介しますね。彼はウィルフレッドと言って、私の…大事な人なんです」
「初めまして、メアリー女王。ウィルフレッドと申します。ウィルと呼んでください」
「まあ、貴方が…?」
最初は嬉しそうなメアリーの顔は、すぐに困惑の色を顕した。大臣パスカルも同じようにウィルフレッドの異様な雰囲気を察した。
「なっ、なななななんですって!?なりませんっ、なりませんよティア様っ!こんな胡散臭い野郎を勇者に選ぶだなんてっ!貴方にはもっと高潔な騎士がお似合い――」
ルヴィアを振りほどいて猛抗議するシスティにエリネはムッとし、見せ付けるようにギュッとウィルフレッドの手に抱きついた。
「胡散臭くないです。ウィルさんはとても優しい人で、私、ウィルさんのこと大好きなんですから」
柔らかな感触にウィルフレッドが赤面する。一方、システィの世界がガガァンと音を立てて崩壊した。
「そっ、そんな…っ、ティア様が…っ、ふ、不良にぃぃ…っ」
涙が止まらないシスティをルヴィアが苦笑しながら引かせる。
「だからシスティ、話の最中で割り込むのはやめなさい」
カイがミーナに耳打ちする。
「なあミーナ、あのエルフ、マティ様やあんたと違ってめっちゃ感情豊かよな」
「ううむ。フェクト族はその守護精霊の影響もあって人間以上に情動的と言われてるが、ここまでとはな…」
ウィルフレッドを暫く見つめるメアリー。
「ウィルさんと仰るのですね。とても逞しい方なのは分かりますが…マナを纏わないのは何か特殊体質ゆえなのですか?」
ウィルフレッド達に緊張が走った。ミーナが前に出る。
「それは我が説明しよう。丁度、彼について協力して欲しいこともあるからな」
ミーナは、ウィルフレッドが異世界の人間であること、噂されている魔人であること、教団にいるギルバートのことを明かし、そして分かりやすいよう、寿命のことを避けてその体は病に冒されていると説明した。メアリー達は当然のように驚いていた。
「そのようなことが…。魔人の噂は一応聞いたことはありますけど、まさか異世界からの方だったなんて…」
ルヴィアは先ほどの戦いを思い出し、納得する。
(なるほど、彼の人間離れした身体能力はそういう理由があったのね)
ミーナは話を続けた。
「俄かには信じられない話だが、全て事実だメアリー」
「貴方がそう言うのですからそうとは思いますが…。もう一人の方は教団にいると仰ってましたね?」
「うむ。だが彼の人柄は勇者と名乗るに恥じないものだとここにいる全員が保証する。教団に寝返るようなことも決してしない」
「…そうですね、他ならぬエリーが勇者と選ぶぐらいですもの」
エリネが照れるように俯く。
「教団にいる魔人ギルバートと対抗するためにも、ウィルの力はどうしても必要なのだ。だから彼の体を治すためにここの霊薬庫を貸してくれぬか」
「ええ、そういうことでしたら助けない道理はありませんね。霊薬庫はどうぞ好きに使ってくださいな。助手も必要でしたら手配いたします、ミーナ殿」
「助かる、メアリー」
無事助力を得て安堵するミーナ達。
「さて、ラナ様とは他にも相談すべきことが一杯ありますが、先ほど激しい戦いをしたばかりですもの、一旦休息を挟んでからにしましょうか」
ラナが会釈する。
「ありがとうございます、メアリー様」
「それとエリー、もし宜しければ一緒にマリーの家を見に行きませんか?」
「お母さんの家ですかっ?」
「ええ。あの子の家はマリーが亡くなってからも私の一存でずっとあの時のまま残してたの。貴方とはもっとお話をしたいですし、どうでしょう?」
「はいっ、私、行きますっ、行きたいですっ!」
「良かった、シスターもご一緒にいかがですか。マリーもきっと、貴方に来て欲しいと思いますよ」
「はい、それはもうぜひ」
「それでは…。ルヴィア、ラナ様たちの案内をお願いね。パスカル、マリーの館への馬車を」
「はっ」「かしこまりました」
「あ、その、メアリー様…」
エリネがおずおずと尋ねた。
「もしよろしければ、ウィルさんも一緒に見に行っていいのでしょうか」
「エリー…」
「ええ、構いませんよ、あなたの大事な人なのですからね――」
「お待ちをっ!メアリー様っ!ティア様っ!」
ルヴィアがラナ達を案内しようとする隙にシスティが再び割り込んだ。
「メアリー様やティア様の御意志に背くことになっても、このシスティ、得体の知れないこの男をマリアーナ様の家に入れるなんて決して認めませんっ!どうしてもというのなら――」
ルヴィアが制止するよりも早く、システィがずかずかとウィルフレッドの前に立った。
「私に勝ってからにしろ!ウィルフレッドとやらっ!一対一の勝負だ!」
ルヴィアは溜息をつき、メアリーはどことなく微笑ましそうに見えた。
(相変わらずね、システィ。マリーの騎士になってから全然変わってないわ)
******
白塔城の中にある小さな庭の中で、ウィルフレッドは困惑しながらも、自分の前に立つシスティと対峙していた。メアリーとイリスは一旦離れて、レクス達は二人の決闘を見届けるためにギャラリーとして周りに座っていた。
「んん~、まさかこんな展開になるなんて思わなかったよ、ねぇラナ様?」
「面白がらないの。…まあ、結末が気になるのは否定しないわ」
かくいうラナの表情もわりと楽しそうではあった。
「あの~、システィさん?兄貴との決闘なんてやめた方がいいぞ」
「そうですよシスティさん。下手すれば怪我してしまいます…っ」
カイとエリネの警告に反し、システィは自慢げに胸を張った。
「ご心配なく、勇者様、ティア様、このシスティ、自慢ではありませんが剣術の腕だけならばこのエステラではルヴィア様に次ぐといわれるほどの腕前を持ってますからっ」
もうシスティを止められないことを悟り、カイが苦笑する。
「あいつ、さっきの兄貴の戦い見てなかったのかなぁ…」
立会人を務めるルヴィアもまた苦笑する。
「ごめんなさい、エリー。あの子は昔からこうなの。ロイド卿がマリアーナ伯母にプロポーズした時も、システィは決闘を申し込んでたわ」
「えっ、ほんとですか?」
「ええ。彼女はマリアーナ伯母が幼いころから付き添ってる騎士で、二人は主従としてだけでなく、良き友人としての絆も築いてきたの。だからこそ彼女はマリアーナ伯母や貴方のことをここまで気にかけてるのですよ」
「そうですか…」
母の騎士だけでなく、良き友人でもあったシスティに、エリネはどこか嬉しそうに思った。それを聞いたレクスもまた妙な親近感を覚える。
(なんか僕とマティに似ているなぁ…)
「とはいえ、こんなことで時間を費やすのもなんですから、さっさと済ませましょう。ウィルフレッド殿の腕前ならすぐに決着がつくでしょうし」
そう言ってルヴィアは二人の間に立ち、手を挙げた。
「女神エテルネ様の名のもとに、これよりシスティ・ケフトスレーテとウィルフレッドは、各々の誇りをかけて正々堂々と一対一の決闘を行う。両方、前へ!」
前に進むシスティがイキイキと剣を構え、声高らかに威嚇した。
「覚悟しろよこのロリコン野郎!異世界からの人間だか魔人だか知らないが、高貴なるティア様をかどわかした罪、ここで贖ってもらうからなっ!病に冒されてるからって手加減なんざしないぞっ!」
そんな彼女をウィルフレッドはどうするべきか悩んでいた。
(ここで手を抜いたら逆に怒られるのだろうか、やっぱり…)
ラナやアイシャ達がわくわくと見物するなか、ルヴィアが手を振り落とした。
「――始めっ!」
「たあぁぁぁっ!」
――――――
「…そんな、バカなぁ~~~っ」
両手を床につき、真っ二つに折れた剣を見つめるシスティは、いまだに自分の敗北を信じられなかった。
勝負は一瞬で決まった。システィの最初の一撃の軌道を見切り、ウィルフレッドは狙いすましたかのように初撃で全力を込めた斬撃を繰り出しては、システィの剣を破壊した。全力で相手しながらシスティを傷つけない最善の方法だと彼は思ったから。
「勝者、ウィルフレッド!」
ルヴィアが宣告を下した。ミーナとアイシャ達が拍手する。
「まあ、予想通りの結果だな」
「でもシスティ様ちょっと可哀想ですよね…」
勝負がついたのをようやく認識し、システィが悔し涙を流した。
「くうぅ…っ、お許しをマリアーナ様ぁ、私が不甲斐ないばかりにティア様をお守りできなくてぇ…っ!」
ウィルフレッドは少し申し訳なく思い、彼女の前に屈んだ。
「…その、システィ」
「なんだっ!?この私を笑いものにしようとするのかっ!?」
「いや、その、単に君にお礼を言いたくて」
「ぐす…っ、お礼だって…?」
「ああ、エリーと彼女の母に忠義を尽くしてくれてありがとう。エリーが肉親のことを聞けたのも君のおかげだ」
「くっ…!貴様にそう言われてもぜんっぜん嬉しくないぞっ!」
「分かってる。けど、これだけは言わせてくれ」
首につけた双色蔦のペンダントに触れながらウィルフレッドは語った。
「ティア…、エリーのことは、俺は心から愛している。たとえこの命を全部彼女に捧げても構わないぐらいに。そんなエリーに尽くしてる君に俺は誓おう、エリーのことはきっと大事に守り抜いて見せると」
こそばゆいその言葉に、エリネの顔が真っ赤に茹でられる。
「ウ、ウィルさんったら、もう…っ」
「ふふ、良かったですねエリーちゃん、ウィルくんの愛の告白ですよ」
「からかわないでよアイシャさんっ」
システィもまた、ウィルフレッドの今までになく真剣で力強い眼差しに思わず顔を逸らす。
「ふっ、ふんっ!口だけならどうとでも言える!」
顔をそっぽ向いて立ち上がる。
「今回は負けを認めてやるっ!だがティア様との仲を認めたわけじゃないぞっ!貴様がティア様に相応しい男なのかどうか、これから私がしっかりと見定めてやるからなっ!」
「それで十分だ、ありがとうシスティ」
嬉しそうにウィルフレッドは握手を求めるよう手を差し伸べるが、彼女は顔をそっぽ向いた。
「馴れ合うつもりはない!それに忘れるなっ、少しでもティア様に悲しい目をあわせたら、私の剣が貴様の首を容赦なくはねるぞっ!」
「ああ、構わないさ」
レクスがぽりぽりと頬をかく。
「はは、どうやらウィルくんの苦難はまだまだ続きそうだね、ラナ様」
「ええ、まあウィルくんなら問題ないでしょう」
丁度この時、大臣パスカルが庭へとやってきた。
「ルヴィア様、馬車の用意ができました。陛下とシスターイリスがお待ちしております」
ルヴィアが頷く。
「システィ、パスカルと一緒にエリーとウィルフレッド殿を案内しなさい。ラナ様、私が客室に案内いたします」
「りょ、りょうかいっ」「お願いです、ルヴィア様」
ラナ達は歓談しながらルヴィアについていき、システィは不服そうにカスパルとともにウィルフレッドを案内する。彼らは気付いてなかった。システィが声高らかにウィルフレッドと決闘している時、少し離れた客室の窓にいた人影を。
【続く】
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