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第十五章 星の巫女

星の巫女 第四節

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「システィ!エーデルテ殿の右翼に行きなさい!」
「はいっ!」
ルヴィアの命を受け、システィが守りが薄くなっているエーデルテ軍の右翼へと移動する。いま戦場全体の風向きが完全にラナ達へと傾いていた。その流れの中心にいるのは、神弓フェリアで次々と邪神軍を薙ぎ払っていくカイと、彼と共に駆け抜けるアイシャだ。

「おらおらおらぁっ!」
「――凍戟グラステラ!」
「グカカカカッ!」「ぐぁぁっ!」
カイの神弓が放つ月の破魔の矢が、アイシャの魔法が容赦なく邪気をまとう魔獣モンスターや教団の兵士たちを倒していく。二人の後方には、かつての勇者の再来に戦意高揚とした騎士や兵士達が破竹の勢いで敵陣を砕いていく。

「「ギャウァァ…ッ!」」
「うあっ!?」
邪気を纏ったブルゲスト二頭が左右から同時に騎士ランブレに飛び掛かる。

(やばいっ!)
それを見て弓を引くカイの手に二本の矢が瞬時に生成された。

「たあっ!」
「「ギャウアゥッ!」」
二条の軌跡が同時に放たれ、ランブレの両側を通ってはブルゲストを撃ち落した。
「あんた、大丈夫か!?」「はいっ、ありがとうございます!」

他の騎士と共に敵陣へ再び駆け込むランブレを見送るカイは先ほどの一撃を思い出す。あれは間違いなくウィルフレッドが教えてくれたアオトの戦技。繰り返す特訓で染み付いたそれが自然に動きに反映してたのだ。
(アオトさん、ありがとなっ)

今度こそ勝敗は決まっていた。神弓と月の巫女の輝きによって教団軍が纏う邪気は萎縮し、ウィルフレッドはエリネの援護のもと再び猛威を振るい始める。ラナやレクス達の巧みな指揮、熱気沸騰するほどの騎士達の戦意は、容赦なく邪神の軍勢を打ち砕いていく。

教団軍の後方に控えていたエリクの表情はしかし、淡々としたものだった。
(やはりあれは神弓フェリア。では彼が月の巫女により選ばれた勇者なのですね。星の巫女を燻りだそうとするだけでしたが、少しいぶりし過ぎましたか。…まあいいでしょう。いずれはこうなる予定でしたし、星の巫女の在り処を確認できて実験成果も上々ですからね)

エリクの口元が緩むと、手をあげて指示を下した。
「撤退の合図を出しなさい。一旦退却――」
「――銀牙狼フェブリル!」

突如銀色オーラが形成した狼二頭がエリクの周りの教団兵を噛み伏せる。
「「うわあああっ!」」
「なっ!?」
「エリクーーーーーーっ!!!」
エリクが狼に気を取られた一瞬、物陰からミーナが飛び出し、杖で思いきって彼の脳天へと大きくぶち込んだ。

「ぐはぁっ!」
「この大バカモノがぁっ!!!」
ぐらつくエリクに二発目を打ち込もうとも、彼はすかさず手を挙げてマナを放出し、バシンと大きな火花が二人を隔てた。
「ぬぅっ!」
機を掴み損ねたミーナは狼ととともに後ずさり、構える。

「いたたた~~~…。さすがミーナ殿、相変わらずきついツッコミ入れてきますね」
頭をさすりながら苦笑するエリク。
「ツッコミで済ませるかこのたわけ!こっちがお主のせいでどれほど苦労しているのか分かってんのかっ!」

「ははは、確かに心労が溜まってるようですね。適度発散するのはいいですが、怒りすぎると綺麗な顔が台無しですよ」
「茶化するなっ!逆三角ネガ・トリニティの禁法に手を出すほど愚かなその頭、百回叩かなければ気が済まん…っ!」
柔らかな笑顔を浮かべるエリク。
「さすがです。もうそこまで知ったのですか」

「全てという訳ではないがな。あのおぞましい邪気を纏った兵士達はどういうことだ。お主がまた何かしでかしたのかっ?」
「たいしたことではないですよ。ギルバート殿から頂いたヒントから、少しばかりゾルド様の眷属から力を頂いただけです。さしずめ邪神兵か邪神獣と言ったところでしょうか」

ミーナの杖を握る手に力が入る。
「眷属だと…っ」
「神器の一つが覚醒したのですから、ミーナ殿も分かるはずです。近づいてきたのですよ、ゾルド様復活の時が。喜んでください。ゾルド様の封印が破れば、貴方は真の意味で自由になれますから」
「まだそのような戯言を…っ!」

パリンッ!

「ぬおっ!?」
エリクがとっさに地面に小瓶を割ると、おびただしい黒煙が彼とミーナを包んだ。
「またお会いしましょう、ミーナ殿」
「くっ、――風よ!」
杖を掲げて風を起こすと、そこにエリクの姿はもはやいなかった。
「ぐぅっ、エリク…っ!」

戦場に教団の撤退の角笛が吹かれた。勢いを完全になくした教団軍は森へと敗走していく。
「深追いするな!戦場に残る残党だけを片付けろ!」
自軍の消耗を見てのラナの指示だった。

カイが最後に残る教団兵を倒すと、ついに戦場はラナ達連合軍によって制された。
「はぁ…アイシャ…俺達、やったのか?」
「ええ、カイくん。私達の勝利ですよっ」
騎士達の勝ち鬨が戦場に轟いた。その中心はもちろん、ラナやエリネという巫女達と、アイシャが選んだ勇者、覚醒したばかりの神弓を携えたカイだった。

「やったぞっ!邪神の軍勢は敗走した!俺達のっ、巫女様の勝利だっ!」
「しかも神器まで覚醒した!もう怖いものなしだ!」
「勇者カイを称えよっ!巫女を称えよっ!」
「巫女様ばんざいっ!勇者様ばんざいっ!」

森を震撼するほどの歓声にアイシャとカイがたじろぐ。
「あ、あはは…なんだか恥ずかしいな」
「カイくん…」
照れるカイにアイシャはそっと手を彼の腕に添えて頷く。カイは周りを見回すと、勝利を宣言するかのように大きく神弓を掲げた。歓声が再びその場を震わせる。

「カイっ!」「お兄ちゃんっ!」
「兄貴!エリー!ラナ様!」
ウィルフレッドやミーナ達がカイとアイシャのところへと駆け込んだ。

「お兄ちゃんっ!アイシャさんっ!二人とも大丈夫っ?」
「ああ、神弓これのお陰でな」
「平気ですよエリーちゃん。今の私、凄く力に溢れてる感じがしますもの」
アイシャが腕の聖痕に触れる。先ほどの眩い輝きはいまや神弓とともに落ち着き、消えていた。

レクスがマジマジとカイの手で淡く輝く神弓を見た。
「これ、神弓フェリアだよね。後方で大事にしまってたはずなのにどうしてここに…?」
「俺も良く分からないんだ。なんか妙な風が吹いたら、これが目の前に落ちて、つい手にとったらこうなっていて…」

ラナが微笑んだ。
「とにかく、カイくんにはお礼を言わないとね。お陰で無事戦いに勝てたのだから。そうでしょミーナ先生」
「そうだな。今回ばかりは上手くやったと褒めざるを得ない」

ウィルフレッドが頷く。
「俺からも礼を言わせてくれ。カイのお陰で俺はアルマ化せずに済んだのだから」
「うん。お兄ちゃんありがとう」
「よ、よしてくれよ兄貴、みんなも」
照れくさくて頭をかくカイ。

「それに俺の方こそ兄貴に礼を言わないと」
「なぜだ?」
「これを手にした時、兄貴の言葉を思い出したんだ。人を守ることに力を使えってさ。そのお陰で俺は調子乗らずに済んだし、だから神弓は俺に力を貸してくれたと思う」
「そうか…助けになられてなによりだ」
微笑むウィルフレッドの手をエリネが嬉しそうに握った。

「でもすごいねお兄ちゃん、これで本当に一人前の勇者になったんだから」「キュキュ~」
「たはは、一人前はおおげさだよ。みんなあっての勝利だからさ。…あれ、でも神弓が俺の手で覚醒したってことは…」
カイはアイシャを見た。彼女の頬が赤く染められる。

「ラナ殿下ぁっ!」
「アイシャ様っ!」
エーデルテとシャフナスが自軍の騎士達とともにラナ達のところへと駆け寄り、跪いた。
「ラナ殿下、ご無事でなによりです。このエーデルテ、殿下を助ける立場でありながら逆に救われたことに深く恥じる所存であります」
「ご機嫌麗しゅう、アイシャ様。ヤーダン領のシャフナス、同じく騎士としてこの上なく情けない姿を晒したことをどうかお許しください」

ラナ達が微笑む。
「相変わらず律儀ですね、エーデルテ殿。二人とも顔をお上げください。こちらこそ己の身を省みずに私の呼びかけに応えてこの地に来たことに感謝しなければなりません」
「ラナ様の言うとおりです、シャフナス子爵。邪神教団が動いた今こそ、どうかこれから私達にその力をお貸しください」
「はっ!どうか存分に私達の力をお使いください」

「ラナ様っ!ミーナ殿っ!」
二人の騎士の後方から、今度は赤い髪をなびかせるルヴィアとエルフの女騎士システィが寄ってきた。
「ルヴィア様っ」

「お久しぶりですラナ様。昔と変わらない剣捌き、実に見事でした。お陰で助かりましたよ」
「そちらこそ、相変わらず見惚れるほどの勇猛振りでしたよ、ルヴィア様」
「お戯れを。ミーナ殿も息災で何よりです」
「おぬしも前に見たときよりも成長されてるな。メアリーは元気か?」
「ええ、母上は貴方との再会をずっと楽しみにしてますよ」

「ルヴィア様、大変お久しぶりです」
「そちらも元気そうですねアイシャ様。ジュリアス様やルドヴィグ様はお元気でらっしゃいますか?」
「はい、ルヴィア様もお変わりなくて安心しました」
「お互い様です。今回は貴女とその勇者に最上の敬意を申し上げなければなりませんね」

まるで久しぶりに会う旧友のように笑顔を交わすラナ達を見るレクス。
(ルヴィア様は巫女と教団の件を最初から知っている方だとラナちゃんから聞いてたけど、思った以上に仲良しなんだね)

暫くすると、ルヴィアの視線はアイシャ達の後ろへと移った。
「ラナ様。そちらが…?」
「ええ。ようやく見つかりました」
ラナもまた振り返った。少し困惑しているエリネの方に。

「大丈夫よエリーちゃん」
ラナのフォローにエリネが頷き、ラナに背を添えられては前に出た。
「ルヴィア様。こちらはずっとブラン村で育てられたエリネ・セインテール。…星の巫女です」
ルヴィアの後ろのシスティがエリネを見て大きく目を見開く。ルヴィアはエリネの前でそっと屈んだ。
「貴方が…。すみません、もう少しその顔を見せてもらえますか?」
「は、はいっ」

そのまま動かないエリネは自分をじっと見つめるルヴィアの存在を感じた。
(この人が…私の、従姉…)
どこか懐かしいような切ないような表情を見せるルヴィア。
「…なるほど、確かにマリアーナ伯母の面影が見えますね」
「お母さんの…?」

ルヴィアが微笑む。
「ええ。詳しいことは王都に戻ってから母上と一緒に語りましょう。
その言葉に、エリネはルヴィアの優しさを感じた。
「はいっ、あの…、エリーって呼んで構いませんよ」
「ええ。よろしくお願いね。エリー」

微笑む二人にウィルフレッド達が一安心すると、ルヴィアの後ろからシスティがおずおずと声をかけた。
「あ、あの、ルヴィア様…」
「あ、そうでした。彼女のことも先にエリーに紹介しないと」
ミーナはシスティの耳などの特徴を観察した。
(珍しいな。まさかフェクト族のエルフをここで見かけるとは)

自分を見るシスティの様子がどこかおかしいとエリネが感じた。
「ルヴィア様?こちらの方は?」
「紹介するわ。この子はシスティ・ケフトスレーテ。貴方の――」
「テ゛ィ゛ア゛ざま゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~!」
「ひゃああっ!?」「キュキュウッ!?」

ルヴィアの言葉を待たずに、システィが突如顔がぐしゃぐしゃとなるほどの涙を流しながらエリネに抱きついた。
「よくぞっ、よくぞごぶじでえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛~~~っ!うええぇぇ~~~んっ!」
いきなりの出来事にエリネは勿論、ラナやカイ達までもがポカンとエリネにしがみついてガン泣きするシスティに唖然とした。

「こらシスティ。はしたないですよ。それにまだ公の場でその名を呼ぶことは許されません」
苦笑するルヴィアがななだめながらシスティをエリネから引き離した。
「はいっ、す゛、す゛み゛ま゛せ゛ん゛~~~…」
「ル、ルヴィア様…?」
「ごめんねエリー。この子、少し感情の起伏が激しいと言いますか…」
「は、はぁ…」

カイがこっそりとレクスに耳打ちする。
(こりゃまた個性的な騎士だな…)
(ほんと。色んな騎士がいるものだねってぇ!)
ラナのツッコミ拳がレクスの頭に炸裂する。
(人のこと言えるの貴方?)

「システィはね。かつてマリアーナ伯母とロイド伯父直属の近衛騎士だったのよ」
「母さんと父さんの…?」
エリネは思わずシスティの方を向いた。当の本人はいまだに感激の涙を流してた。

「とにかく今は王都へ向かいましょうラナ様」
「ええ、ルヴィア様。レクス殿」
「あいよっ」
レクスが手を挙げると、アランとともに連合軍の移動を指示する。ラナやルヴィア達もそれぞれの騎馬へと移動した。

「エリー」「うん」
ウィルフレッドもまた自分の騎馬に乗ってはエリネを前へと乗せた。
「あ~~~~~っ!!!」

いきなりの叫びにレクス達がビクッとした。
「わわっ!?今度はなんなのっ?」
声の主はシスティからだった。その剣幕は、エリネを自分の前に座らせるウィルフレッドに向けられていた。

「何モンだ貴様っ!ティ…エリネ様にそんなベタベタくっついててっ!」
「えっ、いや俺は…」
「あ、あの、システィ様?ウィルさんのことなら大丈夫ですよ。とても頼りになれる仲間ですから――」
「なりませんエリネ様っ!こんな得体の知れない男に大事な御身を触らせんぐぐぅっ!?」

興奮するシスティをルヴィアが優雅にその口を手で塞ぐと、これまた優しい笑顔をウィルフレッド達に向けた。
「申し訳ない剣士殿。システィはこういう子ですから」
「い、いえ、お構いなく…」
ルヴィアはシスティを連れて離れながら、エリネとウィルフレッドを見た。
(…ふふ、なるほどね)

システィ達が離れるのを見て、エリネとウィルフレッドが苦笑する。
「なんだか面白い方ですね、システィさんって」
「そうだな」

全軍の移動用意が済んだのを確認すると、ラナとルヴィア達はそれぞれの軍勢に指揮を下し、今回行軍の目的地であるエステラ王都へと向かった。


******


瘴気と溶岩の煮えたぎるパルデモン山脈の奥に座す、邪神教団の神殿。その奥にものものしい鋼鉄の扉が一つ、その向こう側に広がる大きな空間に、蒼白の邪気が巨人に似た形を成していた。その身体には封印用の帯などが絡まり、周りには邪神の信者達が道具をもち、その巨人から何かを抽出するような作業をせわしなく行っていた。その様子を、ザナエルは手に邪神剣を持ちながら満足そうに眺めていた。

「…ザナエル様。報告いたします」
「エリクか。実地実験はどうだった?」
「上々です。分量加減にはまだ試行錯誤が必要ですが、それなりに良い戦果を挙げました」

ザナエルが低くせせら笑う。
「それは重畳。本当に、ギルバート殿には感謝しきれんな」
「そうですね。ドワーフの同志たちのお陰でシリンダの製造も順調に進んでますし、『この方』も大変協力的ですからね」
エリクが蒼白の巨人を見やった。その邪気の中から苦悶する顔たちが浮かび上がってはまた沈み、死霊の呻き声が低く響いた。

「心配は無用だ。眷属らは全て邪神剣を持つ我に従う。作業中で暴れ出すことはまずないだろう。何かあったらまたその時だ」
「はい。…それと一つ、いえ、二つ大事な報告があります」
「なんだ?」
「月の巫女アイシャとその勇者によって、神弓フェリアが覚醒しました」
「ほぉ」
ザナエルの声は幾分の悦びを帯びていた。

「邪神剣が半覚醒したのだ。それに応じて神器の一つぐらいは目覚めるか」
「ええ。そしてもう一つの報告ですが…。星の巫女ティアの在り処が判明しました。ラナ達とともにずっと行動していた村娘です」
「まことかっ!」
仮面を通しても感じられるほどの興奮だった。
「ンはははははははぁっ!ついに巫女たち三人とも揃ったかっ!良き事は続いてやってくるものだなっ!エリク!同胞らを広場に集めよ!時がきたのだ!」

――――――

その身に刻まれし呪文が妖しく脈動三つの岩塔が描く逆三角の形。その中央に座す神殿の頂に、エリクを従えたザナエルは広場に集まった邪神の信者達を見下ろす。その手に持つ邪神剣を高らかに掲げ、それに呼応するようにパルデモン山脈のマグマが大きく噴出する。

「わが同胞よ!ゾルド様の敬虔なる信者達よ!我らはこの地で長らく潜伏し、力を蓄えてきたが、雌伏の時は今や終わりを告げた!ゾルド様がついにその復活の兆しを見せたゆえに!各地に潜伏している同胞へ伝えよ!世界に戦火を撒き散らせ!人々に我らの存在を知らしめよ!この世を感情の混沌カオスで満たし、ゾルド様に捧げて我ら罪人に幸福をもたらすのだっ!」

信者たちが狂喜の声をあげる。飼い馴らされた魔獣モンスターが咆哮し、パルデモン山脈を覆う血色を帯びた雲が雷鳴を轟かせる。マグマが祝福を賜るかのように高く噴き出し、大地さえも震わせた。

神殿の奥にあるギルバートの部屋にも、その反響と熱気が伝わった。エリクの護送任務を終わらせたギルバートとベッドで戯れていたルニとアネッタが彼にしがみつく。
「うぅ~、なんか騒がしいですギルバート様ぁ~」
「珍しいですね、ここがこんなに騒がしくなるなんて」

「はは、あんたらにゃ分からねえか、この高揚感が」
ギルバートは彼女らを両腕で抱き寄せ、ニヤリと笑った。
「ようやくマシな戦争が起こるだそうだな。騎士様同士の高尚な戦いなんかじゃなく血生臭い奴のな」

万雷の歓声の中でザナエルが演説を終えると、エリクに指示を下した
「このことをオズワルド殿にも伝えよ。そして例のものを各地に配らせ。だがあまり勢いを込めすぎてはいかん。混乱を適度に広がせればよい」
「御意」

エリクが下がると、ザナエルもまた屋上から離れ、神殿の奥の奥、信者が祈りを捧げ続ける暗黒の祭壇へと足を運んだ。その中央の台座の上に、いまや一人ほど丸々と飲み込めるほどの大きさまで成長した黒い水晶が、真白い寒気を発しながら浮んでいた。部屋へと入るザナエルを察したかのように、その中に孕んだ闇がまるで生き物のように蠢き、ドクンと脈動した。

信者達が歓喜する。邪神剣が応えるかのように共鳴し、ザナエルの全身に力が満ちていく。
(ククククっ、なんと心地良い鼓動か。もうすぐだ…ゾルド目覚めし時、三名の巫女と勇者が集う。ここまでは星見の予兆とおりよ)
手元の邪神剣をザナエルは見つめた。

逆三角ネガ・トリニティは最後のピースを除いてすでに完成間近だ。あとはこの剣がこれからのいくさでどれほど混沌カオスの感情を稼げるかによるな…。剣の完全覚醒が先か、それとも集いし巫女と勇者たちが先にここへ攻め込んでくるのか。ンくくくく、星見の未来の先を切り開けるのは、果たしてどちらかかな)

高まる期待が溢れ出たかのように、ザナエルの高笑いが祭壇の間で反響する。水晶の闇が、再び大きな鼓動音をあげた。


【続く】

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