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第十五章 星の巫女
星の巫女 第三節
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「うおおおぉっ!」
「フシャアアァ!」
魔法剣の輝きをまとうラナのエルドグラムが死霊鎧の鎧を切り裂く!
「――凍戟っ!」
「クカカカカァッ!」
アイシャが打ち出す氷の槍が死霊兵をことごとく貫いて凍らせる!
「――治癒!」
エリネの治療魔法の輝きが、戦場の半分ほど広がっては傷ついた騎士達の傷を癒す!
「六番隊!ってぇ!」
レクスの指示により連合軍の魔法使い部隊が魔法攻撃をしかけ、教団兵士たちの足取りが乱れる。
「アラン殿っ!」
「七番隊!続けっ!」
アランが突撃する。レクスの巧みな指揮により、教団の後続部隊は足止めを喰らう。
「なんて錬度なんだっ、これが常勝不敗を誇る女神連合軍…っ」
「暖かい…、巫女様の力が私達を癒してるのが分かるっ」
「死霊鎧の鎧をああも簡単に…。まさに女神の力の再臨だっ、女神様の加護は、巫女らの力は我らとともにあるっ!」
「俺達も負けていられない!やつらを押し返せっ!」
ラナ達の勇姿に当てられ、エーデルテ達の騎士の士気がかつてない程に高められるっ。
「モガアアァァッ!」
「危ない!タウラーがくるぞ!」
重武装されたタウラーが棘のメイスを振り撒いては騎士達に突進する。だがっ!
「おおおぉっ!」
「モギャアッ!?」
横からウィルフレッドの強烈な蹴りが、鎧の覆っていないタウラーの脇腹に直撃する。その巨体が吹き飛ばされるっ。
「なっ、あのタウラーを蹴飛ばしたぁっ!?」
「モオォォォッ!」
再び立ち上がろうとするタウラーよりも早く、黒い風と化したウィルフレッドが一瞬にしてその首元へと接近し、黒剣の一閃がその首を胴体から切断した。
「モァッ?」
タウラーの頭が落ち、ズシンと体が倒れこむ。騎士達が驚嘆の声をあげる暇もなく、ウィルフレッドはすでに次の目標へと駆け込んだ。
「るあぁっ!」
黒剣が再び黒の軌跡を描き、死霊鎧が真っ二つに切り裂かれる。
「「フシャシャアアァァッ!」」
さらに二体の死霊鎧が大斧と大剣を振り回して切りかかるっ。彼は自らその一体に突っ込んではすれ違いに大斧ごと鎧を切り裂いた
「フシャーーー!?」
そして振り返るように跳んでは黒剣一本を大剣の死霊鎧に投げ、黒の弾丸と化した剣が深々と鎧内に刺さる。
「フシャアッ!?」
よろめく死霊鎧に駆け込んで剣柄を掴む。
「かあぁっ!」
雄々しい叫びと共に剣で鎧をかっさぱいて、倒れこむ鎧を蹴っては目にも止まらぬ速度で次の教団兵士の群へと突っ込むっ。
たとえアルマ化しなくとも、アスティル・クリスタルの力を使わずとも、数々の修羅場をくぐり抜けた戦闘センス、改造された肉体の驚異的膂力、そして戦術艦ヌトの強化装甲より鋳造されし黒の双剣の切れ味は容易に魔獣を薙ぎ倒していく!
「すっ、凄い…っ!なんだあの強さは、あの剣士は誰だ!?」
「よそ見するな!彼が道を開いているうちに前進するぞ!」
自分が鋳造した双剣で獅子奮迅の活躍を見せるウィルフレッドを遠巻きから見るドーネは自慢げにニヤリとした。
「へへっ、やっぱ俺の作品が活躍してるのを見ると胸がすくむ、なぁっ!」
ハンマーを思い切って振り下ろして教団兵士を鎧ごと地面に打ち倒すドーネ。
「やっぱすげーな兄貴っ!」
魔法をかけようとする教団信者を弓で射抜くカイ。その背中には精霊魔法で騎士達を援護するミーナ。
「油断するでない!奴らはまだ戦力を出し切ってないぞ!」
「分かってらぁっ!」「ギャウッ!」
カイが超振動ナイフを抜き、自分に飛びかかろうとするブルゲストを切り払うっ。
ミーナは教団軍の後ろの森を見やった。
(あそこからまだ邪悪な気配を感じる。それにこの感覚…まさかエリクっ?)
「「「「キシャアアァァッ!」」」」
「うわああぁぁっ!?」
背筋も凍る吠え声の方向にミーナ達は見やった。
「ハイドラスだとっ!?」
見るからに堅い鱗を生やした蛇の胴体。その先端が六つに分かれ、それぞれ異なる形の角が生えた蛇にも似た首が、シャフナスの騎士団のすぐ傍の森から這い出た。
「ちょっとミーナっ、なんだあの魔獣っ!?」
「腐敗の沼で生息するレア種のハイドラスだっ!教団め、ライムといい、ドッペルゲンガーといい、レアもの好きのコレクターでもいるのかっ!?」
「「「キシャアアァッ!」」」
ハイドラスの六つの首が咆哮とともにブレスを吐いた。
燃える炎。轟く雷。凍える冷気に腐食する毒霧。異なる吐息がそれぞれの頭から噴出され、騎士達を無残にも焼いていく。
「「「ぐわああぁっ!」」」
「ひるむな!長槍隊!前に出てあいつを――」
「キシャアァァ!」
指示を出したばかりのシャフナスにハイドラスの雷ブレスが襲うっ。
「シャフナス様っ、ぐあぁっ!」「うおっ!」
騎士達が彼をかばい、傷ついて倒れる彼らにシャフナスは下敷きになってしまう。
「いけない!シャフナス殿!」
ルヴィアが敵を突破して救援に向かおうとするが、間に合わないっ。ハイドラスの六つの頭が大きく口を開けてはシャフナスを飲み込もうとした。
「「シャアアァァッ!」」
「はぁっ!」
「「「キシャアァッ!?」」」
間一髪に、横からウィルフレッドが目にも止まらぬ速度でハイドラスの首の一つを上から剣を突き刺す。思わぬ横槍にハイドラスが暴れる。
「おお…っ」
シャフナスが驚嘆の声をあげた途端、ウィルフレッドはハイドラスに刺さった剣を掴みながら、もう片方の剣を大きく切りつける。雷を放つ首が空を舞った。
「ギシャアァッ!」
残りの頭が彼を捉えようとする。だがそれらを彼は軽々と跳んで避け、双剣が黒の竜巻のごとく回転してはさらに二つの首が切り落とされる。ハイドラスの緑色の血が飛散り、地面をジュウジュウと焼いていった。
「ウィルさんっ!」
エリネの声を聞いてウィルフレッドが飛び離れるっ。
「――星天光!」
きらめく星屑の光が続々と撃ち込まれ、ハイドラスが悶える。
「「「ギシャアアァァッ!」」」
「おおぉ…っ、――光槌!」
その隙にラナの必殺呪文、太陽の如き光炎を存分に込めた光槌が膨大な熱量とともにハイドラスへと撃ち込まれ、残りの首が全て爆散した。
「やった!…って、あれ再生してるのっ?」
レクスの言うとおり、切断され、爆散したハイドラスの首がブクブクと泡を立てて再生していく。驚異的な生命力を持つハイドラスならではだ。
「アイシャ姉様っ!」
「――凍結獄!」
北風が凝集したかのような真白い冷気がハイドラスにぶつかり、再生しかかった首が凍結しては躯体までも凍り付いて動けなくなった。騎士達が歓声をあげる。
「おおおっ!さすが巫女様だっ!」
ウィルフレッドは他の騎士と共に倒れこんだシャフナスを起こした。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、問題ない。君のお陰で助かったな。感謝する、剣士よ」
「ウィルフレッドです」
戦いの情勢はもはや決まった。連合軍の装備の後方支援をしているボルガはその光景を丘から見渡し、誇らしげそうに腰に手を当てた。
「さすが巫女様たちにウィル殿だ。カイらも本当によくやっているな」
しかし、教団軍の後ろで控えていたエリクは劣勢にも関わらず悠然としていた。
「そろそろですね。巫女たち相手ならば試運転に申し分ない。…合図を」
彼の命令に従い、教団兵が角笛を吹いた。
「ん?なんだ?撤退の合図?」
先ほどとはまた違った角笛の音に、レクスは教団軍の奇妙な動きに気付いた。教団の兵士達が、信者が次々と懐から針のついた手のひらサイズの筒状容器を取り出した。
「なにあれ、何かの魔法アイテム…?」
レクスが物言えぬ胸騒ぎを感じた。
取り出した容器を手に持ち、教団兵たちが躊躇いもなく容器の針を自分の首に、太腿に、そして魔獣に向けて強く突き刺した。ウィルフレッドがデジャヴを覚える。
(あの動き…っ)
「うっ!」「くぅっ!?」「きゃあっ!?」
ラナ、アイシャにエリネが思わず自分達の聖痕を押さえた。異様な痛みと熱が、教団兵らから湧き出る邪悪な気配に反応しているのだ。
「「「「ウカアアァアアァッ!!!」」」」
人には思えない遠吠えを教団兵らがあげる。その身体にビキビキと血管が浮き立ち、黒い邪気がふつふつと内より湧き出て身体を包む。邪気に包まれたその額に、血のように赤い、教団のシンボルたる踊る悪魔に似た模様が浮き上がった。
「ラナちゃん、これ…っ!」
「ええっ、この感じ、ザナエルの時にも感じた…っ!」
「「「カァァァァァッ!」」」
「う、うおおぉっ!?」
おぞましき邪気を纏った教団兵たちが人とも思えぬ膂力とともに再び騎士達を圧倒する。
「なんなんだこいつらっ!?この…っ!」
騎士の一人が教団兵に切りつけるが、痛みを介さずに教団兵は剣を受けたまま騎士に槍を突き立てた。
「があぁっ!」
身体能力が大きく向上した教団兵が邪気を漂わせながら前進し、段々とラナ達の軍勢を押さえていく。
「くそっ!」
物狂いに自分に取り掛かろうとする教団兵をカイは超振動ナイフでようやく切り倒せた。
「ミーナっ!こいつらいきなりどうしちまったんだっ!?」
「わからんっ!まさか狂化っ?けど統率は乱れてないっ?それにこの気配…まるであのザナエルが発した邪気そのものではないかっ」
力が強化されたのは教団兵だけではない。
「モガアアァァァッ!」「ブシャシャシャッ!」
針を刺されたタウラーや死霊鎧ら魔獣までもが、黒の邪気に赤い模様を浮かび上がらせては、先ほど以上の猛威を振るい始めた。
「くっ、おおお!」
ウィルフレッドが再びタウラーの一体に飛びかかり、その首めがけて全力で黒剣を振るった。
「うっ!?」
本来易々と切断できたはずの剣が半分より少し進んだところで止まった。身体強度が向上しただけではない。身の毛よだつあの黒い邪気が斬撃の物理的勢いを殺したのだ。
「ウモガアァァッ!」
「くそっ!」
やむなく飛び離れるウィルフレッド。その様子を見てエリクが満足そうな笑顔を浮かべた。
「上々な結果ですね。ザナエル様も喜ぶでしょう」
「ルヴィア様!」
「うろたえてはなりませんシスティ!友軍と陣を組みなおして持ちこたえるのですっ!」
ラナのところへと駆けつけたレクスが叫ぶ。
「ラナ様!なんだか知らないけどこのままではまずいよ!」
「分かってる!軍を一旦後退させて陣を組みなおせ!」
「ウガアァァァッ!」
ラナの前方に赤い模様を浮かべたタウラーが猛々しくメイスを振って突進してくる。彼女は瞬時に反応した。
「――光雷!」
「モギャアアァァッ!」
光雷の蛇がタウラーに絡まり、バチバチとその身体を焼いていく。しかし。
「モウオオオォォッ!」
タウラーは止まらない。ラナ目がけてそのまま押し寄せるっ。
「ラナちゃん!」
アイシャが助けようとも、いま対峙している死霊鎧から手を放せない。
「――光槌!」
「ギャギャアアーーー!」
今日で三発目の聖なる太陽の炎がタウラーを貫き、今度こそ光の炎は邪気もろともタウラーを燃やし尽くした。
「うっ…!」「ラナ様っ!」
ぐらつくラナをレクスが慌てて支える。強力な魔法の連発で体力の限界がきてるのだ。
「「「ギャシャアアァァッ!」」」
おぞましい遠吠えに兵士達が後ずさる。首を切断され、凍りついたはずのハイドラスがいつの間にか氷から解放され、首が全て再生していた。六つの頭に赤い模様を浮かび上がらせて。ミーナが歯軋りする。
「あの状態で再生できたのかっ!?こやつら、いったいどんな手を使って強化をっ?」
「「「ギャギャアアァッ!」」」
ハイドラスの二つの首から黒き邪気を纏った雷と氷が騎士達に向けてほとばしる。
「うわああああっ!」
「――月極壁!」
アイシャの輝く月の結界障壁が間一髪で騎士達を死のブレスから守った。
「うっ、くうっ!」
アイシャの右腕の聖痕が疼く。ブレスに込められた邪神の邪気がくすぶっているかのように。
「――たああぁっ!」
魔力を一気に込め、ブレスが障壁にはじき返されてハイドラスに当たる。
「「「ギャギャッ!?」」」
「はぁ…はぁ…っ!」
アイシャの息が上がる。マナの消費があまりにも激しいのだ。
「はぁ…っ、――治癒!」
負傷者が増え、不慣れな戦い方にエリネもまた疲れが見え始めた。
「こ、このままじゃ…っ」
連合軍の戦力の要となる巫女三人が疲労に追われ、旗は再び教団軍に傾いていく。
「ラナ様、エリー、アイシャ…っ!」
カイが周りを見渡す。ルヴィアやエーデルテ達は救援に来た連合軍もろとも包囲されてしまい、レクスは陣形を乱された自軍を指揮するのに余裕がなく、頼みの綱であるウィルフレッドは肉体崩壊の危惧があって本領を発揮できない。
「ミーナ!こいつらなんとかならないのかよっ!?このままじゃやばいぞっ!」
「言われなくても分かっておるっ!…悔しいが、この状況じゃ打つ手なしだっ、一度撤退するしか手は…っ」
「うっ…くそぉっ!」
自分の無力さにカイが歯を噛み締める。
「兄貴とあんなに特訓しても、俺はなにもできないのか…っ!?俺も…っ、俺も兄貴や巫女みたいな力があれば…っ!」
後方の丘でみたボルガもまた慌て出す。
「畜生っ!こりゃまずいぞ…っ!お前らも武器をを取れ!本隊の奴らを助けないと!」
ボルガは支援部隊に指示を出していく。あまりにも緊迫した状態ゆえ、ボルガも含めて誰も気づいてなかった。彼の後方にある武具を置く荷台に、一羽の青い鳥が舞い降りたのを。
「「「ギシュュュュ…!」」」
「はぁ…はぁ…っ」
自分に返ったブレスが消えると、ハイドラスは獲物に狙いを付けるように低い唸りをあげながらふらつくアイシャに近づく。
「アイシャ様…っ!ホルン騎士団!アイシャ様を守るんだっ!」
シャフナスや連合軍の騎士達がアイシャに駆けつける。
「アイシャッ!」
カイもまたミーナから離れ、彼女めがけて走り出した。
連合軍の、アイシャの危機にウィルフレッドが胸を抑える。近くにいたエリネは彼の動きを察して顔を向ける。
「ウィルさん…っ?」
「エリー…っ」
彼女はすぐその意図を理解した。
「エリー…やはり俺は…っ」
「だめ…ウィルさん…っ」
「アイシャ様っ!」「みなさま!」
騎士達がアイシャを守るように彼女を囲むと、ハイドラスの六つの首が同時にブレスを吐いたっ。
「「「ギャギャアアァァッ!!!」」」
邪気を帯びた六つの属性のブレスが絡み合い、凶悪な悪霊にも似た形を成してはアイシャと騎士達へと突貫する。
「くうぅ…っ!――月極壁ぁぁっ!」
疲労した体を強引に立たせ、ありったけのマナを注いで月の結界が邪気のブレスを防ぐ。聖と邪の力の衝突が眩い光を発し、激しい爆発と共にブレスが再び弾かれ、結界もまた砕け散った。
「きゃあぁぁっ!」「「「うわああぁぁっ!」」」
強烈な爆風で騎士達が吹き飛ばされ、アイシャもまた地面に倒れてしまう。
「アイシャぁぁっ!」
カイが全力で疾走する。
「アイシャ姉様!」「アイシャ様!」
ラナとレクス達が救援に向かおうとするも、強化ブルゲストと教団兵に遮られてしまう。
後方で装備を整えたボルガが丘から駆け下りようとする。
「よし!行くぞお前ら…うぉっ!?」
この時、後方から突如青色の風が大きく吹き荒れ、装備を積んでいた荷台の一つの積荷が大きく吹き飛ばされる。
「な、なんだぁっ!?」
散らかれた荷物から何かが青の風により運ばれ、一瞬にして下の戦場へと飛ばしていく。
「アイシャぁっ!」「カイくん…っ」
「「「ギシュウウゥゥッ…!」」」
人波を掻き分け、アイシャへと駆け込もうとするカイに気づいたハイドラスの六つの首が、彼に向けて再びブレスを溜め込める。
「だめっ、カイくん、こないでっ!」
「くっ、がああぁぁ…っ!」
「ウィルさんやめてっ!」「キュウゥッ!」
バチンとウィルフレッドの胸に電光が走り、目が人外の赤い目に変わる。
丁度その時だった。
ゴウッ!
「うわっ!?」
「「「ギャギャッ!?」」」
カイの後ろから一陣の風が吹き通り、ハイドラスに当たってはその巨躯がすくんだ。ウィルフレッドやラナ達は動きを止めた。風が通り過ぎると、カイのすぐ前に何かか落ちていた。
「あれは…!」
アイシャが目を見開いた。
「う、うおおぉぉっ!」
理由は分からない、だがカイは直感的にそれを取ろうとした。神秘的な淡い光を発している、白銀の弓にっ。
「「「ギャシャアァァァッ!!!」」」
ハイドラスの死のブレスが吐き出された。アイシャ達の叫びさえも遮る轟音とともに。
「いやぁあっ!カイくんーーーっ!」
カイの手が、弓を掴んだ。
「「「ギャギャアァッ!?!?」」」
「うおっ!?」
エリク達含む戦場全ての動きが止まった。眩い光がカイから爆発的に発せられ、ハイドラスのブレスを打ち払ってはあたり一面に広がったからだ。
「こ、この光はっ?」「まさかっ!?」
ウィルフレッドやミーナ達が光の中心を見る。そこには、いまや神々しく美しき月の輝きを発する神弓フェリアを手に持った、カイの姿があった。
「なっ、なんなんだ…っ。いったい何が起こって…っ」
いきなりの出来事に本人さえも状況が理解できずに、ただ呆然とその手に持つ、清らかな白銀の輝きを堪えた神弓フェリアを見つめた。
「カイくん!」「アイシャ!」
彼のもとへアイシャが駆けつけると、その右腕にある聖痕がまるで神弓と共鳴するかのように柔らかな光を発する。二人の頭上に一瞬、月の紋章が浮かび上がった。
「「「ウカカカァァァッ!!!」」」
白銀の光の奔流が戦場を駆け巡る。それに照らされた邪神兵や魔獣が怯えるかのように震え、後ずさっていく。邪気を帯びた一部魔獣は、それに照らされただけで燃え上がり、倒れていく。
「カイくん!無事なのですねっ、良かった、本当に良かった…っ」
涙を浮かべて自分に寄り添うアイシャにカイは頬を赤くし、彼女の震える肩にそっと手を添えた。
「ああ、俺は大丈夫だよアイシャ。…それよりもこれ、神器だよな?ボルガのおっさんのところにいたはずなのにどうして――」
「「「ギシャアアアアッ!」」」
弓の輝きに焼かれながら、ハイドラスがカイ達に向けて再びブレスを喉に蓄えた。
「カイくんっ!」「このぉ!」
まるで初めから使い方を知ってるかのように、カイは弓をハイドラスに向けてその弦を引いた。光がさながら糸のように弓から編み出され、一本の白銀の矢が紡がれる。
「「「ギャギャアアッ!」」」
ハイドラスのブレスが放たれる。
「らあぁっ!」
カイもまた矢を撃ち出した。
大気を震わす衝撃とともに、月の力が凝縮した破魔の矢はブレスをたやすく貫き、その身にまとう邪気ごとハイドラスの六つの首全てを吹き飛ばしたっ。
「「「ギャアァァァーーーッ!」」」
「うおっ!」「きゃあ!」
ハイドラスを爆散させた破魔の力が残りの胴体をも消滅させ、その衝撃にカイとアイシャ、周りの兵士達がすくんだ。
ミーナ達全員が驚愕のあまりにどよめく。
「信じられん!強化されたハイドラスを一撃でっ!?しかもあれは神弓フェリアではないかっ、神器が…覚醒したというのかっ!」
「す、すげぇ…っ、これが、これが神器の、神弓フェリアの真の力かよ…っ、あはっ」
「カイくん?」
かつてない力を手にしたカイが思わず失笑する。
「見てくれよアイシャっ!これさえあれば、どんな敵でもやっつけられ――」
(((カイ、その技術をしっかりと大事な誰かを守るために使ってくれ)))
「あ…」
ふと、ウィルフレッドの言葉がカイの頭をよぎる。
(((君ならその技術を、力を良い道に使ってくれると信じてる)))
自分にかけてる超振動ナイフに触れる。ウィルフレッドの記憶の中で見た陰惨な戦争の光景が、暴走したアオト達が築き上げた屍の山を思い出す。さきほどハイドラスを倒した時の衝撃で負傷している周りの兵士達の姿が目に映った。
(そ、そうだっ。これはただ敵を倒すためのものじゃない。兄貴がくれたナイフみたいに、みんなを、アイシャを守るための力なんだっ)
「カイくんどうかしました?」
「大丈夫だアイシャ。少し調子に乗っただけさ」
心配そうなアイシャにカイが微笑むと、神弓がよりその輝きを増した。まるで彼を真の持ち主と認めたかのように。
「みんな見ろ!あの人の手に持っているあれ…っ」
「なんて神々しい光だ…。あの弓はいったいなんなんだ?」
「俺、見覚えがあるぞ!確か数年前の三女神聖誕祭で、ロバルト陛下がそれを携えていらした…っ。間違いない、あれは我が国の神器、かつて勇者ロジェロに授けられたと言われる、神弓フェリアだ!」
「それじゃ、あそこの彼は…神弓の力を行使してる彼は、まさか勇者…勇者の再来なのか…っ?」
騎士達がどよめく中、光に焼かれながら邪気を纏う邪神軍団たちが再び動き出す。
「「「ウカアァァァ…っ!」」」
カイは弓を再び構えた。
「いけるかアイシャッ!」
「ええっ!行きましょうカイくん!」
カイとアイシャが走り出す!群がる邪神の先兵に向かって!
(神弓フェリア!俺に皆を守る力を貸してくれ…!)
カイが再び弓を引く。破魔の矢が再び編み出されるっ。
「おらおらぁぁっ!」
「クガァァァァ!」「モガアァッ!」
神弓フェリアから放たれる月の矢が、邪気をまとう教団兵士やタウラーを次々と射抜いていく。彼の守る思いに応えたのか、矢の衝撃は抑えられていた。
「――破魔!」
「フシャシャアアァッ!」
アイシャの退魔の魔法が死霊鎧の邪悪なる魂を消し去り、もぬけの殻となった鎧が崩れる!神器との共鳴が、彼女に再び力を吹き込んだのだ。
「お兄ちゃんっ」「カイ…っ」「カイくんっ」
神弓を使い、アイシャとともに果敢に敵を蹴散らす姿にエリネが、ウィルフレッドにレクス達が感嘆の声をあげる。ラナが再びエルドグラムを高々と掲げたっ!
「見よ!巫女のもとに一人の勇者が目覚めた!かつての戦争のように、邪神らの敗北は必至なのだ!勇者に続け!邪神の走狗を蹴散らせぇっ!」
戦場で再び兵士達の歓声が轟いた。伝承の再現が、神弓と巫女の輝きが人々の絶望を全て拭い去ったのだ。
【続く】
「フシャアアァ!」
魔法剣の輝きをまとうラナのエルドグラムが死霊鎧の鎧を切り裂く!
「――凍戟っ!」
「クカカカカァッ!」
アイシャが打ち出す氷の槍が死霊兵をことごとく貫いて凍らせる!
「――治癒!」
エリネの治療魔法の輝きが、戦場の半分ほど広がっては傷ついた騎士達の傷を癒す!
「六番隊!ってぇ!」
レクスの指示により連合軍の魔法使い部隊が魔法攻撃をしかけ、教団兵士たちの足取りが乱れる。
「アラン殿っ!」
「七番隊!続けっ!」
アランが突撃する。レクスの巧みな指揮により、教団の後続部隊は足止めを喰らう。
「なんて錬度なんだっ、これが常勝不敗を誇る女神連合軍…っ」
「暖かい…、巫女様の力が私達を癒してるのが分かるっ」
「死霊鎧の鎧をああも簡単に…。まさに女神の力の再臨だっ、女神様の加護は、巫女らの力は我らとともにあるっ!」
「俺達も負けていられない!やつらを押し返せっ!」
ラナ達の勇姿に当てられ、エーデルテ達の騎士の士気がかつてない程に高められるっ。
「モガアアァァッ!」
「危ない!タウラーがくるぞ!」
重武装されたタウラーが棘のメイスを振り撒いては騎士達に突進する。だがっ!
「おおおぉっ!」
「モギャアッ!?」
横からウィルフレッドの強烈な蹴りが、鎧の覆っていないタウラーの脇腹に直撃する。その巨体が吹き飛ばされるっ。
「なっ、あのタウラーを蹴飛ばしたぁっ!?」
「モオォォォッ!」
再び立ち上がろうとするタウラーよりも早く、黒い風と化したウィルフレッドが一瞬にしてその首元へと接近し、黒剣の一閃がその首を胴体から切断した。
「モァッ?」
タウラーの頭が落ち、ズシンと体が倒れこむ。騎士達が驚嘆の声をあげる暇もなく、ウィルフレッドはすでに次の目標へと駆け込んだ。
「るあぁっ!」
黒剣が再び黒の軌跡を描き、死霊鎧が真っ二つに切り裂かれる。
「「フシャシャアアァァッ!」」
さらに二体の死霊鎧が大斧と大剣を振り回して切りかかるっ。彼は自らその一体に突っ込んではすれ違いに大斧ごと鎧を切り裂いた
「フシャーーー!?」
そして振り返るように跳んでは黒剣一本を大剣の死霊鎧に投げ、黒の弾丸と化した剣が深々と鎧内に刺さる。
「フシャアッ!?」
よろめく死霊鎧に駆け込んで剣柄を掴む。
「かあぁっ!」
雄々しい叫びと共に剣で鎧をかっさぱいて、倒れこむ鎧を蹴っては目にも止まらぬ速度で次の教団兵士の群へと突っ込むっ。
たとえアルマ化しなくとも、アスティル・クリスタルの力を使わずとも、数々の修羅場をくぐり抜けた戦闘センス、改造された肉体の驚異的膂力、そして戦術艦ヌトの強化装甲より鋳造されし黒の双剣の切れ味は容易に魔獣を薙ぎ倒していく!
「すっ、凄い…っ!なんだあの強さは、あの剣士は誰だ!?」
「よそ見するな!彼が道を開いているうちに前進するぞ!」
自分が鋳造した双剣で獅子奮迅の活躍を見せるウィルフレッドを遠巻きから見るドーネは自慢げにニヤリとした。
「へへっ、やっぱ俺の作品が活躍してるのを見ると胸がすくむ、なぁっ!」
ハンマーを思い切って振り下ろして教団兵士を鎧ごと地面に打ち倒すドーネ。
「やっぱすげーな兄貴っ!」
魔法をかけようとする教団信者を弓で射抜くカイ。その背中には精霊魔法で騎士達を援護するミーナ。
「油断するでない!奴らはまだ戦力を出し切ってないぞ!」
「分かってらぁっ!」「ギャウッ!」
カイが超振動ナイフを抜き、自分に飛びかかろうとするブルゲストを切り払うっ。
ミーナは教団軍の後ろの森を見やった。
(あそこからまだ邪悪な気配を感じる。それにこの感覚…まさかエリクっ?)
「「「「キシャアアァァッ!」」」」
「うわああぁぁっ!?」
背筋も凍る吠え声の方向にミーナ達は見やった。
「ハイドラスだとっ!?」
見るからに堅い鱗を生やした蛇の胴体。その先端が六つに分かれ、それぞれ異なる形の角が生えた蛇にも似た首が、シャフナスの騎士団のすぐ傍の森から這い出た。
「ちょっとミーナっ、なんだあの魔獣っ!?」
「腐敗の沼で生息するレア種のハイドラスだっ!教団め、ライムといい、ドッペルゲンガーといい、レアもの好きのコレクターでもいるのかっ!?」
「「「キシャアアァッ!」」」
ハイドラスの六つの首が咆哮とともにブレスを吐いた。
燃える炎。轟く雷。凍える冷気に腐食する毒霧。異なる吐息がそれぞれの頭から噴出され、騎士達を無残にも焼いていく。
「「「ぐわああぁっ!」」」
「ひるむな!長槍隊!前に出てあいつを――」
「キシャアァァ!」
指示を出したばかりのシャフナスにハイドラスの雷ブレスが襲うっ。
「シャフナス様っ、ぐあぁっ!」「うおっ!」
騎士達が彼をかばい、傷ついて倒れる彼らにシャフナスは下敷きになってしまう。
「いけない!シャフナス殿!」
ルヴィアが敵を突破して救援に向かおうとするが、間に合わないっ。ハイドラスの六つの頭が大きく口を開けてはシャフナスを飲み込もうとした。
「「シャアアァァッ!」」
「はぁっ!」
「「「キシャアァッ!?」」」
間一髪に、横からウィルフレッドが目にも止まらぬ速度でハイドラスの首の一つを上から剣を突き刺す。思わぬ横槍にハイドラスが暴れる。
「おお…っ」
シャフナスが驚嘆の声をあげた途端、ウィルフレッドはハイドラスに刺さった剣を掴みながら、もう片方の剣を大きく切りつける。雷を放つ首が空を舞った。
「ギシャアァッ!」
残りの頭が彼を捉えようとする。だがそれらを彼は軽々と跳んで避け、双剣が黒の竜巻のごとく回転してはさらに二つの首が切り落とされる。ハイドラスの緑色の血が飛散り、地面をジュウジュウと焼いていった。
「ウィルさんっ!」
エリネの声を聞いてウィルフレッドが飛び離れるっ。
「――星天光!」
きらめく星屑の光が続々と撃ち込まれ、ハイドラスが悶える。
「「「ギシャアアァァッ!」」」
「おおぉ…っ、――光槌!」
その隙にラナの必殺呪文、太陽の如き光炎を存分に込めた光槌が膨大な熱量とともにハイドラスへと撃ち込まれ、残りの首が全て爆散した。
「やった!…って、あれ再生してるのっ?」
レクスの言うとおり、切断され、爆散したハイドラスの首がブクブクと泡を立てて再生していく。驚異的な生命力を持つハイドラスならではだ。
「アイシャ姉様っ!」
「――凍結獄!」
北風が凝集したかのような真白い冷気がハイドラスにぶつかり、再生しかかった首が凍結しては躯体までも凍り付いて動けなくなった。騎士達が歓声をあげる。
「おおおっ!さすが巫女様だっ!」
ウィルフレッドは他の騎士と共に倒れこんだシャフナスを起こした。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、問題ない。君のお陰で助かったな。感謝する、剣士よ」
「ウィルフレッドです」
戦いの情勢はもはや決まった。連合軍の装備の後方支援をしているボルガはその光景を丘から見渡し、誇らしげそうに腰に手を当てた。
「さすが巫女様たちにウィル殿だ。カイらも本当によくやっているな」
しかし、教団軍の後ろで控えていたエリクは劣勢にも関わらず悠然としていた。
「そろそろですね。巫女たち相手ならば試運転に申し分ない。…合図を」
彼の命令に従い、教団兵が角笛を吹いた。
「ん?なんだ?撤退の合図?」
先ほどとはまた違った角笛の音に、レクスは教団軍の奇妙な動きに気付いた。教団の兵士達が、信者が次々と懐から針のついた手のひらサイズの筒状容器を取り出した。
「なにあれ、何かの魔法アイテム…?」
レクスが物言えぬ胸騒ぎを感じた。
取り出した容器を手に持ち、教団兵たちが躊躇いもなく容器の針を自分の首に、太腿に、そして魔獣に向けて強く突き刺した。ウィルフレッドがデジャヴを覚える。
(あの動き…っ)
「うっ!」「くぅっ!?」「きゃあっ!?」
ラナ、アイシャにエリネが思わず自分達の聖痕を押さえた。異様な痛みと熱が、教団兵らから湧き出る邪悪な気配に反応しているのだ。
「「「「ウカアアァアアァッ!!!」」」」
人には思えない遠吠えを教団兵らがあげる。その身体にビキビキと血管が浮き立ち、黒い邪気がふつふつと内より湧き出て身体を包む。邪気に包まれたその額に、血のように赤い、教団のシンボルたる踊る悪魔に似た模様が浮き上がった。
「ラナちゃん、これ…っ!」
「ええっ、この感じ、ザナエルの時にも感じた…っ!」
「「「カァァァァァッ!」」」
「う、うおおぉっ!?」
おぞましき邪気を纏った教団兵たちが人とも思えぬ膂力とともに再び騎士達を圧倒する。
「なんなんだこいつらっ!?この…っ!」
騎士の一人が教団兵に切りつけるが、痛みを介さずに教団兵は剣を受けたまま騎士に槍を突き立てた。
「があぁっ!」
身体能力が大きく向上した教団兵が邪気を漂わせながら前進し、段々とラナ達の軍勢を押さえていく。
「くそっ!」
物狂いに自分に取り掛かろうとする教団兵をカイは超振動ナイフでようやく切り倒せた。
「ミーナっ!こいつらいきなりどうしちまったんだっ!?」
「わからんっ!まさか狂化っ?けど統率は乱れてないっ?それにこの気配…まるであのザナエルが発した邪気そのものではないかっ」
力が強化されたのは教団兵だけではない。
「モガアアァァァッ!」「ブシャシャシャッ!」
針を刺されたタウラーや死霊鎧ら魔獣までもが、黒の邪気に赤い模様を浮かび上がらせては、先ほど以上の猛威を振るい始めた。
「くっ、おおお!」
ウィルフレッドが再びタウラーの一体に飛びかかり、その首めがけて全力で黒剣を振るった。
「うっ!?」
本来易々と切断できたはずの剣が半分より少し進んだところで止まった。身体強度が向上しただけではない。身の毛よだつあの黒い邪気が斬撃の物理的勢いを殺したのだ。
「ウモガアァァッ!」
「くそっ!」
やむなく飛び離れるウィルフレッド。その様子を見てエリクが満足そうな笑顔を浮かべた。
「上々な結果ですね。ザナエル様も喜ぶでしょう」
「ルヴィア様!」
「うろたえてはなりませんシスティ!友軍と陣を組みなおして持ちこたえるのですっ!」
ラナのところへと駆けつけたレクスが叫ぶ。
「ラナ様!なんだか知らないけどこのままではまずいよ!」
「分かってる!軍を一旦後退させて陣を組みなおせ!」
「ウガアァァァッ!」
ラナの前方に赤い模様を浮かべたタウラーが猛々しくメイスを振って突進してくる。彼女は瞬時に反応した。
「――光雷!」
「モギャアアァァッ!」
光雷の蛇がタウラーに絡まり、バチバチとその身体を焼いていく。しかし。
「モウオオオォォッ!」
タウラーは止まらない。ラナ目がけてそのまま押し寄せるっ。
「ラナちゃん!」
アイシャが助けようとも、いま対峙している死霊鎧から手を放せない。
「――光槌!」
「ギャギャアアーーー!」
今日で三発目の聖なる太陽の炎がタウラーを貫き、今度こそ光の炎は邪気もろともタウラーを燃やし尽くした。
「うっ…!」「ラナ様っ!」
ぐらつくラナをレクスが慌てて支える。強力な魔法の連発で体力の限界がきてるのだ。
「「「ギャシャアアァァッ!」」」
おぞましい遠吠えに兵士達が後ずさる。首を切断され、凍りついたはずのハイドラスがいつの間にか氷から解放され、首が全て再生していた。六つの頭に赤い模様を浮かび上がらせて。ミーナが歯軋りする。
「あの状態で再生できたのかっ!?こやつら、いったいどんな手を使って強化をっ?」
「「「ギャギャアアァッ!」」」
ハイドラスの二つの首から黒き邪気を纏った雷と氷が騎士達に向けてほとばしる。
「うわああああっ!」
「――月極壁!」
アイシャの輝く月の結界障壁が間一髪で騎士達を死のブレスから守った。
「うっ、くうっ!」
アイシャの右腕の聖痕が疼く。ブレスに込められた邪神の邪気がくすぶっているかのように。
「――たああぁっ!」
魔力を一気に込め、ブレスが障壁にはじき返されてハイドラスに当たる。
「「「ギャギャッ!?」」」
「はぁ…はぁ…っ!」
アイシャの息が上がる。マナの消費があまりにも激しいのだ。
「はぁ…っ、――治癒!」
負傷者が増え、不慣れな戦い方にエリネもまた疲れが見え始めた。
「こ、このままじゃ…っ」
連合軍の戦力の要となる巫女三人が疲労に追われ、旗は再び教団軍に傾いていく。
「ラナ様、エリー、アイシャ…っ!」
カイが周りを見渡す。ルヴィアやエーデルテ達は救援に来た連合軍もろとも包囲されてしまい、レクスは陣形を乱された自軍を指揮するのに余裕がなく、頼みの綱であるウィルフレッドは肉体崩壊の危惧があって本領を発揮できない。
「ミーナ!こいつらなんとかならないのかよっ!?このままじゃやばいぞっ!」
「言われなくても分かっておるっ!…悔しいが、この状況じゃ打つ手なしだっ、一度撤退するしか手は…っ」
「うっ…くそぉっ!」
自分の無力さにカイが歯を噛み締める。
「兄貴とあんなに特訓しても、俺はなにもできないのか…っ!?俺も…っ、俺も兄貴や巫女みたいな力があれば…っ!」
後方の丘でみたボルガもまた慌て出す。
「畜生っ!こりゃまずいぞ…っ!お前らも武器をを取れ!本隊の奴らを助けないと!」
ボルガは支援部隊に指示を出していく。あまりにも緊迫した状態ゆえ、ボルガも含めて誰も気づいてなかった。彼の後方にある武具を置く荷台に、一羽の青い鳥が舞い降りたのを。
「「「ギシュュュュ…!」」」
「はぁ…はぁ…っ」
自分に返ったブレスが消えると、ハイドラスは獲物に狙いを付けるように低い唸りをあげながらふらつくアイシャに近づく。
「アイシャ様…っ!ホルン騎士団!アイシャ様を守るんだっ!」
シャフナスや連合軍の騎士達がアイシャに駆けつける。
「アイシャッ!」
カイもまたミーナから離れ、彼女めがけて走り出した。
連合軍の、アイシャの危機にウィルフレッドが胸を抑える。近くにいたエリネは彼の動きを察して顔を向ける。
「ウィルさん…っ?」
「エリー…っ」
彼女はすぐその意図を理解した。
「エリー…やはり俺は…っ」
「だめ…ウィルさん…っ」
「アイシャ様っ!」「みなさま!」
騎士達がアイシャを守るように彼女を囲むと、ハイドラスの六つの首が同時にブレスを吐いたっ。
「「「ギャギャアアァァッ!!!」」」
邪気を帯びた六つの属性のブレスが絡み合い、凶悪な悪霊にも似た形を成してはアイシャと騎士達へと突貫する。
「くうぅ…っ!――月極壁ぁぁっ!」
疲労した体を強引に立たせ、ありったけのマナを注いで月の結界が邪気のブレスを防ぐ。聖と邪の力の衝突が眩い光を発し、激しい爆発と共にブレスが再び弾かれ、結界もまた砕け散った。
「きゃあぁぁっ!」「「「うわああぁぁっ!」」」
強烈な爆風で騎士達が吹き飛ばされ、アイシャもまた地面に倒れてしまう。
「アイシャぁぁっ!」
カイが全力で疾走する。
「アイシャ姉様!」「アイシャ様!」
ラナとレクス達が救援に向かおうとするも、強化ブルゲストと教団兵に遮られてしまう。
後方で装備を整えたボルガが丘から駆け下りようとする。
「よし!行くぞお前ら…うぉっ!?」
この時、後方から突如青色の風が大きく吹き荒れ、装備を積んでいた荷台の一つの積荷が大きく吹き飛ばされる。
「な、なんだぁっ!?」
散らかれた荷物から何かが青の風により運ばれ、一瞬にして下の戦場へと飛ばしていく。
「アイシャぁっ!」「カイくん…っ」
「「「ギシュウウゥゥッ…!」」」
人波を掻き分け、アイシャへと駆け込もうとするカイに気づいたハイドラスの六つの首が、彼に向けて再びブレスを溜め込める。
「だめっ、カイくん、こないでっ!」
「くっ、がああぁぁ…っ!」
「ウィルさんやめてっ!」「キュウゥッ!」
バチンとウィルフレッドの胸に電光が走り、目が人外の赤い目に変わる。
丁度その時だった。
ゴウッ!
「うわっ!?」
「「「ギャギャッ!?」」」
カイの後ろから一陣の風が吹き通り、ハイドラスに当たってはその巨躯がすくんだ。ウィルフレッドやラナ達は動きを止めた。風が通り過ぎると、カイのすぐ前に何かか落ちていた。
「あれは…!」
アイシャが目を見開いた。
「う、うおおぉぉっ!」
理由は分からない、だがカイは直感的にそれを取ろうとした。神秘的な淡い光を発している、白銀の弓にっ。
「「「ギャシャアァァァッ!!!」」」
ハイドラスの死のブレスが吐き出された。アイシャ達の叫びさえも遮る轟音とともに。
「いやぁあっ!カイくんーーーっ!」
カイの手が、弓を掴んだ。
「「「ギャギャアァッ!?!?」」」
「うおっ!?」
エリク達含む戦場全ての動きが止まった。眩い光がカイから爆発的に発せられ、ハイドラスのブレスを打ち払ってはあたり一面に広がったからだ。
「こ、この光はっ?」「まさかっ!?」
ウィルフレッドやミーナ達が光の中心を見る。そこには、いまや神々しく美しき月の輝きを発する神弓フェリアを手に持った、カイの姿があった。
「なっ、なんなんだ…っ。いったい何が起こって…っ」
いきなりの出来事に本人さえも状況が理解できずに、ただ呆然とその手に持つ、清らかな白銀の輝きを堪えた神弓フェリアを見つめた。
「カイくん!」「アイシャ!」
彼のもとへアイシャが駆けつけると、その右腕にある聖痕がまるで神弓と共鳴するかのように柔らかな光を発する。二人の頭上に一瞬、月の紋章が浮かび上がった。
「「「ウカカカァァァッ!!!」」」
白銀の光の奔流が戦場を駆け巡る。それに照らされた邪神兵や魔獣が怯えるかのように震え、後ずさっていく。邪気を帯びた一部魔獣は、それに照らされただけで燃え上がり、倒れていく。
「カイくん!無事なのですねっ、良かった、本当に良かった…っ」
涙を浮かべて自分に寄り添うアイシャにカイは頬を赤くし、彼女の震える肩にそっと手を添えた。
「ああ、俺は大丈夫だよアイシャ。…それよりもこれ、神器だよな?ボルガのおっさんのところにいたはずなのにどうして――」
「「「ギシャアアアアッ!」」」
弓の輝きに焼かれながら、ハイドラスがカイ達に向けて再びブレスを喉に蓄えた。
「カイくんっ!」「このぉ!」
まるで初めから使い方を知ってるかのように、カイは弓をハイドラスに向けてその弦を引いた。光がさながら糸のように弓から編み出され、一本の白銀の矢が紡がれる。
「「「ギャギャアアッ!」」」
ハイドラスのブレスが放たれる。
「らあぁっ!」
カイもまた矢を撃ち出した。
大気を震わす衝撃とともに、月の力が凝縮した破魔の矢はブレスをたやすく貫き、その身にまとう邪気ごとハイドラスの六つの首全てを吹き飛ばしたっ。
「「「ギャアァァァーーーッ!」」」
「うおっ!」「きゃあ!」
ハイドラスを爆散させた破魔の力が残りの胴体をも消滅させ、その衝撃にカイとアイシャ、周りの兵士達がすくんだ。
ミーナ達全員が驚愕のあまりにどよめく。
「信じられん!強化されたハイドラスを一撃でっ!?しかもあれは神弓フェリアではないかっ、神器が…覚醒したというのかっ!」
「す、すげぇ…っ、これが、これが神器の、神弓フェリアの真の力かよ…っ、あはっ」
「カイくん?」
かつてない力を手にしたカイが思わず失笑する。
「見てくれよアイシャっ!これさえあれば、どんな敵でもやっつけられ――」
(((カイ、その技術をしっかりと大事な誰かを守るために使ってくれ)))
「あ…」
ふと、ウィルフレッドの言葉がカイの頭をよぎる。
(((君ならその技術を、力を良い道に使ってくれると信じてる)))
自分にかけてる超振動ナイフに触れる。ウィルフレッドの記憶の中で見た陰惨な戦争の光景が、暴走したアオト達が築き上げた屍の山を思い出す。さきほどハイドラスを倒した時の衝撃で負傷している周りの兵士達の姿が目に映った。
(そ、そうだっ。これはただ敵を倒すためのものじゃない。兄貴がくれたナイフみたいに、みんなを、アイシャを守るための力なんだっ)
「カイくんどうかしました?」
「大丈夫だアイシャ。少し調子に乗っただけさ」
心配そうなアイシャにカイが微笑むと、神弓がよりその輝きを増した。まるで彼を真の持ち主と認めたかのように。
「みんな見ろ!あの人の手に持っているあれ…っ」
「なんて神々しい光だ…。あの弓はいったいなんなんだ?」
「俺、見覚えがあるぞ!確か数年前の三女神聖誕祭で、ロバルト陛下がそれを携えていらした…っ。間違いない、あれは我が国の神器、かつて勇者ロジェロに授けられたと言われる、神弓フェリアだ!」
「それじゃ、あそこの彼は…神弓の力を行使してる彼は、まさか勇者…勇者の再来なのか…っ?」
騎士達がどよめく中、光に焼かれながら邪気を纏う邪神軍団たちが再び動き出す。
「「「ウカアァァァ…っ!」」」
カイは弓を再び構えた。
「いけるかアイシャッ!」
「ええっ!行きましょうカイくん!」
カイとアイシャが走り出す!群がる邪神の先兵に向かって!
(神弓フェリア!俺に皆を守る力を貸してくれ…!)
カイが再び弓を引く。破魔の矢が再び編み出されるっ。
「おらおらぁぁっ!」
「クガァァァァ!」「モガアァッ!」
神弓フェリアから放たれる月の矢が、邪気をまとう教団兵士やタウラーを次々と射抜いていく。彼の守る思いに応えたのか、矢の衝撃は抑えられていた。
「――破魔!」
「フシャシャアアァッ!」
アイシャの退魔の魔法が死霊鎧の邪悪なる魂を消し去り、もぬけの殻となった鎧が崩れる!神器との共鳴が、彼女に再び力を吹き込んだのだ。
「お兄ちゃんっ」「カイ…っ」「カイくんっ」
神弓を使い、アイシャとともに果敢に敵を蹴散らす姿にエリネが、ウィルフレッドにレクス達が感嘆の声をあげる。ラナが再びエルドグラムを高々と掲げたっ!
「見よ!巫女のもとに一人の勇者が目覚めた!かつての戦争のように、邪神らの敗北は必至なのだ!勇者に続け!邪神の走狗を蹴散らせぇっ!」
戦場で再び兵士達の歓声が轟いた。伝承の再現が、神弓と巫女の輝きが人々の絶望を全て拭い去ったのだ。
【続く】
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