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第十四章 逆三角
逆三角 第三節
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それは連合軍がエステラ王国に入り、フィロースの町に入る一日前の夜のことだった。
「えっ!?デートのアドバイスですかっ!?」
「しーっ!アイシャ声が大きい…っ」
林にあるキャンプ地からやや離れた木の下で、ウィルフレッドの指摘で慌てて口を塞ぐアイシャ。
「すっ、すみません。まさかウィルくんからデートなんて言葉を聞くとは思わなくて…」
「まあ、その、俺もまさかこんなことをお願いする日が来るとは思わなかったから…」
アイシャの驚きは、当然ながらすぐ輝く表情に変わった。
「それってやっぱり、エリーちゃんを誘うためなんですねっ?」
思わず顔を赤く染めては口を手で隠し、小さく頷くウィルフレッドにアイシャの顔が実にツヤツヤと光る。
「そ、その、俺はこの通り、女性とは付き合ったことは一度もないし、元の世界での男女文化はここのとは間違いなく違うから、できればどこを注意すべきか、どうすれば彼女が喜ぶとか、そこあたりを教えてくれると助かる…」
「あぁ、確かに…ウィルくんの記憶を見て思いましたが、そちらの世界は、その、なんて言いますか、とても開放的、ですよね…」
アイシャもまた少し恥ずかしそうに頷く。ウィルフレッドの地球での記憶を見たとき、クァッドフォース社などで彼が時おり見た社員達の『交流』や、シティの中の煽情的な広告に多種多様なセクサロイド、激情的なメディアから、なんとなく彼の世界の男女関係を垣間見ることができたから。実際そういう記憶の場面では、正に教師が学生を諭すようにラナ達のレクス達へのツッコミなどが飛び交っていた。
「あ、ああ…。だからお願いだアイシャ。こういうのに一番熟知してそうなのが君だと思うから、俺にアドバイスをしてくれないか。エリーにはできるだけ楽しい思い出を作ってあげたいんだ」
アイシャの胸が痛んだ。その言葉が、彼の余命ゆえであることを知っているから。
「分かりました。そういうことでしたらどうか私にお任せ――」
「話は聞かせてもらったよっ!」
「うわっ!?」「きゃあっ!?」
二人の傍にレクスとカイ、ラナの三人が突如として現れた。
「安心してウィルくん。僕達が二人のために飛びっきりロマンチックなデートをアドバイスしてあげるよっ」
「ああっ、エリーの好みは俺が一番良く知ってるからな。ここは思い切って任せてくれ兄貴」
「次の町では長めの補給をするのだし、デートの時間を作るには丁度いいわね。それにしてもウィルくんったら、私よりもアイシャ姉様と相談するなんて、私じゃ役不足ってことなの?」
少し意地悪そうなラナの言葉にウィルフレッドが申し訳なさそうになる。
「あ、その、すまない、別にそういう訳では…」
「まああれだよね。ラナ様は男性以上に勇ましいイメージがするからってイタァッ!」
ほっぺつねり攻撃により涙ぐむレクス。
「冗談はさておいて、ウィルくんのエリーちゃんとのデートアドバイス、私達がしっかりしてあげるから安心しなさい」
******
「あ、ウィルさん」
宿の入口で待っていたウィルフレッドを感じ取って、ルルやいつもの杖も持ってないエリネは照れながら嬉しそうに微笑んだ。その首には当然、双色蔦のペンダントがあった。思わず自分のにも触れて、彼は話しかける。
「エリー。その…あ、ありがとう、俺ので、デートの誘いに応えてくれて」
「ううん、こっちこそ。まさかウィルさんが、その、こういう誘いするだなんて…。ふふ、凄く嬉しいですっ」
緊張しながらも、恥じらいの赤で染められたエリネの元気な笑顔は実に愛らしく、ウィルフレッドの心は強く鷲掴みされる。勇気を出してアイシャ達のアドバイスどおりにしたことに安堵を感じた。
最初にエリネをデートに誘うと考えてた時、この未曾有の緊張感に克するのは中々困難であった。あまりにも手ごわくて、最初は別の言い方で切り抜けようともしていた。
(((そ、その、普通に一緒に散策しようって誘ってはいけないのか…?デートって言い出すは、少し恥ずかしくて…)))
(((だめですっ、こういうのはちゃんと口でデートって言うのが重要なんですっ。それをちゃんと伝えておかないと曖昧さで不完全燃焼になってしまいますからっ)))
アイシャの気迫に圧され、アドバイスを自ら求めた身としては拒否する訳でもいかず、覚悟を決めて先程エリネを誘った。そのお陰でこうも嬉しそうなエリネの笑顔を見れたのだから、ウィルフレッドも思わずつられて嬉しそうに微笑んだ。
「そ、そうか…。そういえばルルは?」
「アイシャ様とお兄ちゃんのところにいるの。今日はルルと一緒に遊びたいって言ってたから」
先日アイシャ達の打ち合わせの通りだが、これで正真正銘の二人きりになることを意識したらさらに胸が高鳴る。
「なるほど。…それじゃあ、その」
軽く頭を掻いて、ウィルフレッドがおずおずと手を差し伸べた。
「行こうか、エリー」
「はいっ」
気恥ずかしくも、いつもの元気な声と笑顔で応えるエリネは彼の手を取り、ともに町へと歩き出した。
…その微笑ましい姿をこっそり観察していたレクスやアイシャ達が物陰から出てくる。
「うんうん、どうやら上手くいってるみたいだねアイシャ様」
「はい…っ、私もう感激で感激で…っ」
「落ち着いてアイシャ姉様。エリーちゃんに聞かれてしまうわよ」
「まあ、アイシャじゃなくてもエリーと兄貴が幸せなのはみんな嬉しいもんだよ。なっ、ルル」
「キュキュッ」
そんな四人プラス一匹のさらに後ろにミーナが苦笑する。
「まったく、皆こそこそ隠れてて何事かと思ったらそういうことか」
「ミーナ殿っ。これから町に散策にいくのかい?」
「うむ。さっそくウィル用の霊薬を探しに行こうと思ってな」
「でしたら私も手伝いますよ先生」
「構わんぞラナ。この町では薬草屋は二軒しかいないから一人で十分だ。それよりも存分に休むといい。お主も言ってただろう、この町を出れば、のんびりできる時間は殆どなくなるからな」
そう言って、ミーナは町の方へ歩いていった。
ミーナを見送ったカイはアイシャ達に振りかえる。
「ミーナの言うとおりだな。俺達も今のうちに…ってちょっとアイシャっ」
「あぅっ」
こっそりとウィルフレッドとエリネが歩いていった方向に行こうとするアイシャをカイはその肩を掴んで止めた。
「だめだよアイシャ、この前決めてただろ。今日は兄貴とエリーに存分二人きりの時間をあげるって」「キュキュッ」
「わ、分かってますよ。その、もうちょっとだけ見届けようと思って…」
「今ので十分だよそういうの。それよりもアイシャもこの町を散策したくないか?…俺と一緒にさ」
「え…」
その意味をすぐさま理解して軽く頬を染めるアイシャに、ポリポリと頬を掻くカイ。
「その、まだ返事ももらってないから、アイシャが嫌なら別に…」
「そ、そんなことないですよ。その、寧ろ喜んで…」
照れては俯くアイシャにカイも恥かしながら彼女の手を握った。ウィルフレッドとエリネの進展を見て、カイもまたもう少し強く押すことを決めていたのだ。
「それじゃさっそく行こう、ルルもな」「キュキュッ」
「あっ、カ、カイくん、待って…っ」
アイシャの手を痛くしないよう注意しながら、カイは少し強引に彼女を連れて別の道から町へと向かっていった。ラナとレクスをその場に残して。
「いやぁ~、まだ僕達がここにいるというのに、カイくんも中々大胆だよねぇ」
「アイシャ姉様にはそれが丁度良いのよ。どのみち、王都セレンティアに着けば否が応でも決断をしなければならないし」
それが、巫女としてカイを勇者に選ぶかどうかのことだとレクスはすぐに察した。
「…そうだよね。この行軍もいよいよ一つの節目に辿りつくんだよね。その前に僕達も思い切ってリラックスしようか。それともやっぱり、アラン殿と一緒に軍の補給作業を見届ける?」
「いえ、ここはアランに少しがんばってもらって思う存分に休んでいくわ」
「それがいいよ。それじゃ行きましょうか」
「…え?」「え?」
二人がお互い怪訝な顔を見せた。
「行きましょうって…私と貴方が一緒にってこと?」
「そうだよ?ウィルくんもアイシャ様たちもデートに行ったからさあ。ここは僕達もロマンなデートをしてトリプルデートってことで」
のんきなレクスにラナは少し嫌そうに睨む。
「…勇ましくて女らしくないってこのまえ言ったばかりなのに?」
「いやいや、後半は言ってないよっ!?前半だって本当はちゃんと聡明で綺麗なラナ様だと補完するつもりだったんだし~」
「…ふぅ~、よく白々しく言えたものね貴方。ある意味逞しすぎるぐらいよ」
「お褒めに預かり恐縮ですよ。という訳だから――」
レクスは改めてしっかりと立ち、正式なルーネウス上流社会の、女性へのお誘いのお辞儀をした。
「麗しいラナ様。どうか僕に、貴方とともに素敵な一時を過ごす栄誉を与えて貰えませんか?」
いつもの抜けた顔でない、あの日を思い出させるレクスの優しい笑顔に、ラナは小さく揺らいだ心の動悸を落ち着かせては苦笑する。
「ほんと、逞しいわね貴方」
差し出されたレクスの手に、自分の手をラナは置いた。
「エスコートはしっかりね」
「どうかお任せくだされ」
再びいつもの呑気な笑顔に戻ったレクスに、ラナもまた嬉しそうに微笑んだ。
******
色鮮やかな花や植物の緑が違和感なく街燈や建物などに溶け込んでる通りを、エリネとウィルフレッドは頬を軽く染め、手を繋ぎながら歩いていた。身長差で少し互いの手の姿勢がおかしく感じるも、それでも二人はしっかりと互いの手を握って離さない。
(((いいかいウィルくん。歩く時はしっかり手を繋いでエリーちゃんをエスコートするんだよ。恋人になった以上、普段以上に安心させないとね。ちなみに君とエリーちゃんの場合、腕組みもいいけど、少し無理しても手を握った方がいいかな)))
レクスのアドバイスどおり、勇気を出して手を繋いだウィルフレッドだが、やはり少し不安そうに尋ねた。
「大丈夫かエリー、腕、辛くはないか?」
「ううん、大丈夫ですよ。ブラン村では昔からよく背の高い人達に助けられてて慣れてるし…」
彼女は照れながら小さくくすりと微笑んだ。
「ふふ、いつものリードとは違って、大好きな人とこうして手を繋いでると、また全然違った感覚で、その、なんていうか…、色々と意識してしまいますけど、同時にとても幸せで…、凄く嬉しいなって感じるんです」
感じた幸せを飾り気なく表すような、純粋な幸福の微笑だった。
幸せそうな笑顔を浮かべたエリネに、ウィルフレッドはレクスのアドバイスの意味を理解した。目の見えない彼女にとって、こうした触れ合いは恐らくなによりもエリネの心に響くものなのだから。
「エリー…」
(ぁ…)
ウィルフレッドの指がエリネの手を愛おしく撫でた。優しく、けれど積極的に自分を求めるかのような手の触れ合いを敏感に感じ取ったエリネは、恥ずかしそうに頬を赤くしながらもそのまま委ね、応えるように彼の手をさらに強く握った。手から伝わる彼の感触、体温、感情が、熱となって全身を駆け巡り、幸せの気持ちに発酵していく。
ウィルフレッドも今の気持ちを、彼女が目一杯感じるように言葉を伝えた。
「俺も、こうしてエリーと手をつなげられて、とても幸せだ」
「…うんっ、嬉しいですっ」
エリネの満面の笑顔を見て、ウィルフレッドはそれと共に沸き上がる切ない気持ちを押さえ込んだ。
この時間も所詮、余命一杯の夢幻に過ぎないなどと、後ろめいた考えや言葉で翳りを作ることは決してしないと決めたのだから。エリネの中にある自分との記憶は、ただただ楽しい思い出にしたい。自分がやはり亡くなることになっても、他人が入り込む隙間を作らないぐらいの悦びで、幸せで、彼女の体と心を自分への思いで隅々まで満たしたい。
だから笑おう、前を向いて堂々と歩こう。今の自分はもう、冷たい酸性雨に打たれて縮こまっては泣き続ける自分じゃないのだから。
「それじゃ、まずは市場にいこうか。宿の主人から色々面白そうな店を聞いてきたんだ」
「うんっ、行きましょ!」
お互いの手をしっかりと握り、幸せな気持ちをしっかりと噛み締めては、二人は市場へと向かった。
******
辺境にある古い森の中を、マティとクラリスを乗せた馬は悠々と駆けていた。空中でキラキラと輝く軌跡を辿りながら。
「そうですか。ラナ様が女神軍を結成してたのは知ってましたけど、マティ殿の主であるレクス殿が軍師を担っていたとは思いもよりませんでした…」
マティは追跡と同時に、ラナがレタ領まで来て、最終的にアイシャ達一行とともにエステラ王国を目指す経緯を全てクラリスに伝えた。
「私もまさかここでアラン殿のご息女と出会うとは思いませんでしたよ。この巡り合わせもまた、女神様のご采配といったところでしょうか」
「ええ。…ラナ様やお父様を助けてくださってありがとうございますマティ殿。帝都から離れてから、ずっと二人の身を案じてきましたが、頼もしい方達と一緒にいて安心しました。なのに私ときたら…剣の一つ送り届けることもできず…」
後ろで心底から悔しそうに顔を俯いてるクラリスに、マティは問いかける。
「…アラン殿から聞いたのですが、クラリス殿は騎士になって間もないのでしたね」
「え?ええ…。それ故に腕も心構えとしても未熟で、聖剣を奪われるような醜態を晒してしまって…」
「いえ。寧ろ若騎士として、よくぞここまでがんばったと自慢していいくらいだと思います」
「ありがたいですけど、私のような未熟な騎士にそんな勿体無いお言葉は――」
「立派な騎士の両親を持つ故に逸る気持ちは分かりますが、焦って失敗しては本末転倒ではないでしょうか」
クラリスがピクリと震えた。
「どうして、それを…」
「アラン殿から聞いたのです。自分も妻も騎士であることが娘に重圧になって、功を焦っているのではいないかと、ね。もう少し肩の力を抜いた方が良いと伝えるべきか悩んでいたとも言ってました」
「父が、そんなことを…?」
「ええ。ヘリティア騎士でもなく、人間でもない一介のエルフの私が語るのもおこがましいかもしれませんが、貴方はまだ若い。目的の達成や自分を磨くめの時間は十分ありますから、焦りすぎて足を踏み外さずにしっかりと歩めばいいのです」
クラリスは返事せずに俯いていた。
「それに、さっき言ってた言葉も気休めではありません。先ほどの黒装束の人達…察するに教団お抱えの精鋭工作員といった感じでした。そんな彼らを相手に、聖剣を持ってこれほど長い時間その手から逃れるなんて、熟練の騎士でも果たしてここまでやりきれたかどうか分かりませんですから」
「ですが…それは単に運が良かったってことも…」
「天運もまた実力の内とも言います。実際貴方は必死に追跡を逃れ、こうしてラナ様やアラン殿と縁のある私と出会いました。聖剣もまだ奪還できるチャンスは残ってます。どうかその事実を見てください」
返す言葉が見つからず、クラリスは少し不満げな口調になる。
「…マティ殿。見た目は私とそう違わないのに、妙に大人びてますね」
苦笑するマティ。
「レクス様にも良く言われます。比較的長命なエルフゆえに、どうかご容赦ください」
苦笑するマティにまだ少し不満を感じるクラリスは、話題を自分から変えるように問うた。
「そういえば、さきほどのエルフ達は何者なのですか?あのテムシーというエルフ、マティ殿と面識があるようですが…」
前方を見つめながらマティは答えた。
「大昔からこの森で暮らしてるエル族のエルフ達ですよ。そしてテムシーは私の幼なじみです」
「幼なじみ…っ?それじゃマティ殿はこの森の出身者ですかっ?でも先ほどは…」
「あまりそんな雰囲気ではなかったですよね。それは、自分は一族から追放された身だからです」
「追放、ですか?」
「はい。私の一族は決して森から出てはいけない掟がありまして。私はそれを破ってしまったために追放されました」
「そのようなことが…マティ殿が禁を破ってまで森を出るってことは、何か重大なことがあったからですか?」
「さっきのテムシーを助けるためですよ」
「あのエルフを?」
まだ幼い頃、テムシーとともに森を駆けた日々を思い出すマティ。
「私とテムシーは里ではそれなりに仲のいい友人でしたが、ある日、彼はかなり厄介な病に患ってしまって。それを治せる薬草が森の外にある湖近くにしか生えてなかった」
記憶の風景で、ベッドで苦しむ幼いテムシーをマティが心配そうに眺めていた。
「彼や里の長老は、薬草が採れない以上、これもまた彼の宿命だと言って治療を諦めてましたが、私は反発したんです。なぜ里を出てはならない理由さえも忘れた掟には昔から疑問を抱いてましたし、掟が誰かの命、しかも友人の命以上に大事な訳ないと、長老と、そしてテムシーとも言い争ってました」
思わず小さくため息をするマティ。
「それで私は皆に黙って一人で森を抜け、湖の薬草を採りに行ったのですが、運悪くそこに居座ってたワイバーンに襲われて命を落そうとしたところを、辺境の調査をしていたロムネス様に助けられたんです」
「ロムネス殿…レクス殿の父と仰ってましたね」
頷くマティ。
「ロムネス様のお陰で助かった私は無事、薬草を里に届けはしましたが、その代償として里から追放されるハメになりました」
「ですけど…それはご友人を助けるために仕方なかったことでは…」
マティは何事もないように小さく微笑んだ。
「ロムネス様もそう言ってくれましたね。けど仕方ありません。そういう里でしたから。それにさっき言ったように、掟に盲従する里の風習には元々嫌気がさしてましたし、テムシーが今でも無事であることが、私にとって何よりも大事ですから」
クラリスは無言にマティの後ろ姿を見つめた。
「むっ」
マティの声にクラリスが気付く。先ほどまでに新緑の木々が茂ってる森から、いつの間にか枯れ木ばかり続く林になっていたのを。
「マティ殿、これは…」
「どうやら近づいてきたようですね。クラリス殿、これを」
バッグからマティは、事前にミーナが用意した瘴気避け用の護符を取り出し、一つを彼女に渡してもう一つを馬の方につけた。さらに前へと進むたびに、枯れ木はどんどんと歪な形を呈し、地面も徐々に色彩を失っては命の感じない灰色になる。木々の間には瘴気らしきガスが漂っているのも見え始めた。
クラリスが背筋に寒気を感じたその頃に、枯れ木の林が途切れた。
「ここは…っ」
クラリスは思わず息を呑んだ。木の根さえも生やさない灰色の大地が続く先に、さながら空を切り裂くノコギリのような禍々しい形の赤黒い山脈が聳え立っていた。
山脈の至るところから毒々しい色の瘴気が、猛々しく煮えたぎる溶岩とともに間歇的に噴き出される。それが山々を赤黒く彩り、暗雲で覆われた空と山の境界線を深紅に染めていた。その風貌はさながら、かつて邪神と女神との戦いが残した爪痕から流れるこの地の血の色のようであり、大気さえ震わせる噴火の轟音は、その傷跡で苦しむ大地の呻り声のようだった。
「マティ殿…っ」
「ええ、パルデモン山脈…。かつての邪神戦争の終焉の地といわれる、この世でもっとも危険な魔山です」
追跡の光の筋は、そのまま山脈の麓へと続いた。
「聖剣をこのような場所に持ってくることは、やはり邪神教団の本拠地はここにあるみたいですね。急ぎましょう、しっかり掴まってください!」
「はいっ!」
馬をさらに加速させては、マティとクラリスは昏き魔山へと向かっていった。
【続く】
「えっ!?デートのアドバイスですかっ!?」
「しーっ!アイシャ声が大きい…っ」
林にあるキャンプ地からやや離れた木の下で、ウィルフレッドの指摘で慌てて口を塞ぐアイシャ。
「すっ、すみません。まさかウィルくんからデートなんて言葉を聞くとは思わなくて…」
「まあ、その、俺もまさかこんなことをお願いする日が来るとは思わなかったから…」
アイシャの驚きは、当然ながらすぐ輝く表情に変わった。
「それってやっぱり、エリーちゃんを誘うためなんですねっ?」
思わず顔を赤く染めては口を手で隠し、小さく頷くウィルフレッドにアイシャの顔が実にツヤツヤと光る。
「そ、その、俺はこの通り、女性とは付き合ったことは一度もないし、元の世界での男女文化はここのとは間違いなく違うから、できればどこを注意すべきか、どうすれば彼女が喜ぶとか、そこあたりを教えてくれると助かる…」
「あぁ、確かに…ウィルくんの記憶を見て思いましたが、そちらの世界は、その、なんて言いますか、とても開放的、ですよね…」
アイシャもまた少し恥ずかしそうに頷く。ウィルフレッドの地球での記憶を見たとき、クァッドフォース社などで彼が時おり見た社員達の『交流』や、シティの中の煽情的な広告に多種多様なセクサロイド、激情的なメディアから、なんとなく彼の世界の男女関係を垣間見ることができたから。実際そういう記憶の場面では、正に教師が学生を諭すようにラナ達のレクス達へのツッコミなどが飛び交っていた。
「あ、ああ…。だからお願いだアイシャ。こういうのに一番熟知してそうなのが君だと思うから、俺にアドバイスをしてくれないか。エリーにはできるだけ楽しい思い出を作ってあげたいんだ」
アイシャの胸が痛んだ。その言葉が、彼の余命ゆえであることを知っているから。
「分かりました。そういうことでしたらどうか私にお任せ――」
「話は聞かせてもらったよっ!」
「うわっ!?」「きゃあっ!?」
二人の傍にレクスとカイ、ラナの三人が突如として現れた。
「安心してウィルくん。僕達が二人のために飛びっきりロマンチックなデートをアドバイスしてあげるよっ」
「ああっ、エリーの好みは俺が一番良く知ってるからな。ここは思い切って任せてくれ兄貴」
「次の町では長めの補給をするのだし、デートの時間を作るには丁度いいわね。それにしてもウィルくんったら、私よりもアイシャ姉様と相談するなんて、私じゃ役不足ってことなの?」
少し意地悪そうなラナの言葉にウィルフレッドが申し訳なさそうになる。
「あ、その、すまない、別にそういう訳では…」
「まああれだよね。ラナ様は男性以上に勇ましいイメージがするからってイタァッ!」
ほっぺつねり攻撃により涙ぐむレクス。
「冗談はさておいて、ウィルくんのエリーちゃんとのデートアドバイス、私達がしっかりしてあげるから安心しなさい」
******
「あ、ウィルさん」
宿の入口で待っていたウィルフレッドを感じ取って、ルルやいつもの杖も持ってないエリネは照れながら嬉しそうに微笑んだ。その首には当然、双色蔦のペンダントがあった。思わず自分のにも触れて、彼は話しかける。
「エリー。その…あ、ありがとう、俺ので、デートの誘いに応えてくれて」
「ううん、こっちこそ。まさかウィルさんが、その、こういう誘いするだなんて…。ふふ、凄く嬉しいですっ」
緊張しながらも、恥じらいの赤で染められたエリネの元気な笑顔は実に愛らしく、ウィルフレッドの心は強く鷲掴みされる。勇気を出してアイシャ達のアドバイスどおりにしたことに安堵を感じた。
最初にエリネをデートに誘うと考えてた時、この未曾有の緊張感に克するのは中々困難であった。あまりにも手ごわくて、最初は別の言い方で切り抜けようともしていた。
(((そ、その、普通に一緒に散策しようって誘ってはいけないのか…?デートって言い出すは、少し恥ずかしくて…)))
(((だめですっ、こういうのはちゃんと口でデートって言うのが重要なんですっ。それをちゃんと伝えておかないと曖昧さで不完全燃焼になってしまいますからっ)))
アイシャの気迫に圧され、アドバイスを自ら求めた身としては拒否する訳でもいかず、覚悟を決めて先程エリネを誘った。そのお陰でこうも嬉しそうなエリネの笑顔を見れたのだから、ウィルフレッドも思わずつられて嬉しそうに微笑んだ。
「そ、そうか…。そういえばルルは?」
「アイシャ様とお兄ちゃんのところにいるの。今日はルルと一緒に遊びたいって言ってたから」
先日アイシャ達の打ち合わせの通りだが、これで正真正銘の二人きりになることを意識したらさらに胸が高鳴る。
「なるほど。…それじゃあ、その」
軽く頭を掻いて、ウィルフレッドがおずおずと手を差し伸べた。
「行こうか、エリー」
「はいっ」
気恥ずかしくも、いつもの元気な声と笑顔で応えるエリネは彼の手を取り、ともに町へと歩き出した。
…その微笑ましい姿をこっそり観察していたレクスやアイシャ達が物陰から出てくる。
「うんうん、どうやら上手くいってるみたいだねアイシャ様」
「はい…っ、私もう感激で感激で…っ」
「落ち着いてアイシャ姉様。エリーちゃんに聞かれてしまうわよ」
「まあ、アイシャじゃなくてもエリーと兄貴が幸せなのはみんな嬉しいもんだよ。なっ、ルル」
「キュキュッ」
そんな四人プラス一匹のさらに後ろにミーナが苦笑する。
「まったく、皆こそこそ隠れてて何事かと思ったらそういうことか」
「ミーナ殿っ。これから町に散策にいくのかい?」
「うむ。さっそくウィル用の霊薬を探しに行こうと思ってな」
「でしたら私も手伝いますよ先生」
「構わんぞラナ。この町では薬草屋は二軒しかいないから一人で十分だ。それよりも存分に休むといい。お主も言ってただろう、この町を出れば、のんびりできる時間は殆どなくなるからな」
そう言って、ミーナは町の方へ歩いていった。
ミーナを見送ったカイはアイシャ達に振りかえる。
「ミーナの言うとおりだな。俺達も今のうちに…ってちょっとアイシャっ」
「あぅっ」
こっそりとウィルフレッドとエリネが歩いていった方向に行こうとするアイシャをカイはその肩を掴んで止めた。
「だめだよアイシャ、この前決めてただろ。今日は兄貴とエリーに存分二人きりの時間をあげるって」「キュキュッ」
「わ、分かってますよ。その、もうちょっとだけ見届けようと思って…」
「今ので十分だよそういうの。それよりもアイシャもこの町を散策したくないか?…俺と一緒にさ」
「え…」
その意味をすぐさま理解して軽く頬を染めるアイシャに、ポリポリと頬を掻くカイ。
「その、まだ返事ももらってないから、アイシャが嫌なら別に…」
「そ、そんなことないですよ。その、寧ろ喜んで…」
照れては俯くアイシャにカイも恥かしながら彼女の手を握った。ウィルフレッドとエリネの進展を見て、カイもまたもう少し強く押すことを決めていたのだ。
「それじゃさっそく行こう、ルルもな」「キュキュッ」
「あっ、カ、カイくん、待って…っ」
アイシャの手を痛くしないよう注意しながら、カイは少し強引に彼女を連れて別の道から町へと向かっていった。ラナとレクスをその場に残して。
「いやぁ~、まだ僕達がここにいるというのに、カイくんも中々大胆だよねぇ」
「アイシャ姉様にはそれが丁度良いのよ。どのみち、王都セレンティアに着けば否が応でも決断をしなければならないし」
それが、巫女としてカイを勇者に選ぶかどうかのことだとレクスはすぐに察した。
「…そうだよね。この行軍もいよいよ一つの節目に辿りつくんだよね。その前に僕達も思い切ってリラックスしようか。それともやっぱり、アラン殿と一緒に軍の補給作業を見届ける?」
「いえ、ここはアランに少しがんばってもらって思う存分に休んでいくわ」
「それがいいよ。それじゃ行きましょうか」
「…え?」「え?」
二人がお互い怪訝な顔を見せた。
「行きましょうって…私と貴方が一緒にってこと?」
「そうだよ?ウィルくんもアイシャ様たちもデートに行ったからさあ。ここは僕達もロマンなデートをしてトリプルデートってことで」
のんきなレクスにラナは少し嫌そうに睨む。
「…勇ましくて女らしくないってこのまえ言ったばかりなのに?」
「いやいや、後半は言ってないよっ!?前半だって本当はちゃんと聡明で綺麗なラナ様だと補完するつもりだったんだし~」
「…ふぅ~、よく白々しく言えたものね貴方。ある意味逞しすぎるぐらいよ」
「お褒めに預かり恐縮ですよ。という訳だから――」
レクスは改めてしっかりと立ち、正式なルーネウス上流社会の、女性へのお誘いのお辞儀をした。
「麗しいラナ様。どうか僕に、貴方とともに素敵な一時を過ごす栄誉を与えて貰えませんか?」
いつもの抜けた顔でない、あの日を思い出させるレクスの優しい笑顔に、ラナは小さく揺らいだ心の動悸を落ち着かせては苦笑する。
「ほんと、逞しいわね貴方」
差し出されたレクスの手に、自分の手をラナは置いた。
「エスコートはしっかりね」
「どうかお任せくだされ」
再びいつもの呑気な笑顔に戻ったレクスに、ラナもまた嬉しそうに微笑んだ。
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色鮮やかな花や植物の緑が違和感なく街燈や建物などに溶け込んでる通りを、エリネとウィルフレッドは頬を軽く染め、手を繋ぎながら歩いていた。身長差で少し互いの手の姿勢がおかしく感じるも、それでも二人はしっかりと互いの手を握って離さない。
(((いいかいウィルくん。歩く時はしっかり手を繋いでエリーちゃんをエスコートするんだよ。恋人になった以上、普段以上に安心させないとね。ちなみに君とエリーちゃんの場合、腕組みもいいけど、少し無理しても手を握った方がいいかな)))
レクスのアドバイスどおり、勇気を出して手を繋いだウィルフレッドだが、やはり少し不安そうに尋ねた。
「大丈夫かエリー、腕、辛くはないか?」
「ううん、大丈夫ですよ。ブラン村では昔からよく背の高い人達に助けられてて慣れてるし…」
彼女は照れながら小さくくすりと微笑んだ。
「ふふ、いつものリードとは違って、大好きな人とこうして手を繋いでると、また全然違った感覚で、その、なんていうか…、色々と意識してしまいますけど、同時にとても幸せで…、凄く嬉しいなって感じるんです」
感じた幸せを飾り気なく表すような、純粋な幸福の微笑だった。
幸せそうな笑顔を浮かべたエリネに、ウィルフレッドはレクスのアドバイスの意味を理解した。目の見えない彼女にとって、こうした触れ合いは恐らくなによりもエリネの心に響くものなのだから。
「エリー…」
(ぁ…)
ウィルフレッドの指がエリネの手を愛おしく撫でた。優しく、けれど積極的に自分を求めるかのような手の触れ合いを敏感に感じ取ったエリネは、恥ずかしそうに頬を赤くしながらもそのまま委ね、応えるように彼の手をさらに強く握った。手から伝わる彼の感触、体温、感情が、熱となって全身を駆け巡り、幸せの気持ちに発酵していく。
ウィルフレッドも今の気持ちを、彼女が目一杯感じるように言葉を伝えた。
「俺も、こうしてエリーと手をつなげられて、とても幸せだ」
「…うんっ、嬉しいですっ」
エリネの満面の笑顔を見て、ウィルフレッドはそれと共に沸き上がる切ない気持ちを押さえ込んだ。
この時間も所詮、余命一杯の夢幻に過ぎないなどと、後ろめいた考えや言葉で翳りを作ることは決してしないと決めたのだから。エリネの中にある自分との記憶は、ただただ楽しい思い出にしたい。自分がやはり亡くなることになっても、他人が入り込む隙間を作らないぐらいの悦びで、幸せで、彼女の体と心を自分への思いで隅々まで満たしたい。
だから笑おう、前を向いて堂々と歩こう。今の自分はもう、冷たい酸性雨に打たれて縮こまっては泣き続ける自分じゃないのだから。
「それじゃ、まずは市場にいこうか。宿の主人から色々面白そうな店を聞いてきたんだ」
「うんっ、行きましょ!」
お互いの手をしっかりと握り、幸せな気持ちをしっかりと噛み締めては、二人は市場へと向かった。
******
辺境にある古い森の中を、マティとクラリスを乗せた馬は悠々と駆けていた。空中でキラキラと輝く軌跡を辿りながら。
「そうですか。ラナ様が女神軍を結成してたのは知ってましたけど、マティ殿の主であるレクス殿が軍師を担っていたとは思いもよりませんでした…」
マティは追跡と同時に、ラナがレタ領まで来て、最終的にアイシャ達一行とともにエステラ王国を目指す経緯を全てクラリスに伝えた。
「私もまさかここでアラン殿のご息女と出会うとは思いませんでしたよ。この巡り合わせもまた、女神様のご采配といったところでしょうか」
「ええ。…ラナ様やお父様を助けてくださってありがとうございますマティ殿。帝都から離れてから、ずっと二人の身を案じてきましたが、頼もしい方達と一緒にいて安心しました。なのに私ときたら…剣の一つ送り届けることもできず…」
後ろで心底から悔しそうに顔を俯いてるクラリスに、マティは問いかける。
「…アラン殿から聞いたのですが、クラリス殿は騎士になって間もないのでしたね」
「え?ええ…。それ故に腕も心構えとしても未熟で、聖剣を奪われるような醜態を晒してしまって…」
「いえ。寧ろ若騎士として、よくぞここまでがんばったと自慢していいくらいだと思います」
「ありがたいですけど、私のような未熟な騎士にそんな勿体無いお言葉は――」
「立派な騎士の両親を持つ故に逸る気持ちは分かりますが、焦って失敗しては本末転倒ではないでしょうか」
クラリスがピクリと震えた。
「どうして、それを…」
「アラン殿から聞いたのです。自分も妻も騎士であることが娘に重圧になって、功を焦っているのではいないかと、ね。もう少し肩の力を抜いた方が良いと伝えるべきか悩んでいたとも言ってました」
「父が、そんなことを…?」
「ええ。ヘリティア騎士でもなく、人間でもない一介のエルフの私が語るのもおこがましいかもしれませんが、貴方はまだ若い。目的の達成や自分を磨くめの時間は十分ありますから、焦りすぎて足を踏み外さずにしっかりと歩めばいいのです」
クラリスは返事せずに俯いていた。
「それに、さっき言ってた言葉も気休めではありません。先ほどの黒装束の人達…察するに教団お抱えの精鋭工作員といった感じでした。そんな彼らを相手に、聖剣を持ってこれほど長い時間その手から逃れるなんて、熟練の騎士でも果たしてここまでやりきれたかどうか分かりませんですから」
「ですが…それは単に運が良かったってことも…」
「天運もまた実力の内とも言います。実際貴方は必死に追跡を逃れ、こうしてラナ様やアラン殿と縁のある私と出会いました。聖剣もまだ奪還できるチャンスは残ってます。どうかその事実を見てください」
返す言葉が見つからず、クラリスは少し不満げな口調になる。
「…マティ殿。見た目は私とそう違わないのに、妙に大人びてますね」
苦笑するマティ。
「レクス様にも良く言われます。比較的長命なエルフゆえに、どうかご容赦ください」
苦笑するマティにまだ少し不満を感じるクラリスは、話題を自分から変えるように問うた。
「そういえば、さきほどのエルフ達は何者なのですか?あのテムシーというエルフ、マティ殿と面識があるようですが…」
前方を見つめながらマティは答えた。
「大昔からこの森で暮らしてるエル族のエルフ達ですよ。そしてテムシーは私の幼なじみです」
「幼なじみ…っ?それじゃマティ殿はこの森の出身者ですかっ?でも先ほどは…」
「あまりそんな雰囲気ではなかったですよね。それは、自分は一族から追放された身だからです」
「追放、ですか?」
「はい。私の一族は決して森から出てはいけない掟がありまして。私はそれを破ってしまったために追放されました」
「そのようなことが…マティ殿が禁を破ってまで森を出るってことは、何か重大なことがあったからですか?」
「さっきのテムシーを助けるためですよ」
「あのエルフを?」
まだ幼い頃、テムシーとともに森を駆けた日々を思い出すマティ。
「私とテムシーは里ではそれなりに仲のいい友人でしたが、ある日、彼はかなり厄介な病に患ってしまって。それを治せる薬草が森の外にある湖近くにしか生えてなかった」
記憶の風景で、ベッドで苦しむ幼いテムシーをマティが心配そうに眺めていた。
「彼や里の長老は、薬草が採れない以上、これもまた彼の宿命だと言って治療を諦めてましたが、私は反発したんです。なぜ里を出てはならない理由さえも忘れた掟には昔から疑問を抱いてましたし、掟が誰かの命、しかも友人の命以上に大事な訳ないと、長老と、そしてテムシーとも言い争ってました」
思わず小さくため息をするマティ。
「それで私は皆に黙って一人で森を抜け、湖の薬草を採りに行ったのですが、運悪くそこに居座ってたワイバーンに襲われて命を落そうとしたところを、辺境の調査をしていたロムネス様に助けられたんです」
「ロムネス殿…レクス殿の父と仰ってましたね」
頷くマティ。
「ロムネス様のお陰で助かった私は無事、薬草を里に届けはしましたが、その代償として里から追放されるハメになりました」
「ですけど…それはご友人を助けるために仕方なかったことでは…」
マティは何事もないように小さく微笑んだ。
「ロムネス様もそう言ってくれましたね。けど仕方ありません。そういう里でしたから。それにさっき言ったように、掟に盲従する里の風習には元々嫌気がさしてましたし、テムシーが今でも無事であることが、私にとって何よりも大事ですから」
クラリスは無言にマティの後ろ姿を見つめた。
「むっ」
マティの声にクラリスが気付く。先ほどまでに新緑の木々が茂ってる森から、いつの間にか枯れ木ばかり続く林になっていたのを。
「マティ殿、これは…」
「どうやら近づいてきたようですね。クラリス殿、これを」
バッグからマティは、事前にミーナが用意した瘴気避け用の護符を取り出し、一つを彼女に渡してもう一つを馬の方につけた。さらに前へと進むたびに、枯れ木はどんどんと歪な形を呈し、地面も徐々に色彩を失っては命の感じない灰色になる。木々の間には瘴気らしきガスが漂っているのも見え始めた。
クラリスが背筋に寒気を感じたその頃に、枯れ木の林が途切れた。
「ここは…っ」
クラリスは思わず息を呑んだ。木の根さえも生やさない灰色の大地が続く先に、さながら空を切り裂くノコギリのような禍々しい形の赤黒い山脈が聳え立っていた。
山脈の至るところから毒々しい色の瘴気が、猛々しく煮えたぎる溶岩とともに間歇的に噴き出される。それが山々を赤黒く彩り、暗雲で覆われた空と山の境界線を深紅に染めていた。その風貌はさながら、かつて邪神と女神との戦いが残した爪痕から流れるこの地の血の色のようであり、大気さえ震わせる噴火の轟音は、その傷跡で苦しむ大地の呻り声のようだった。
「マティ殿…っ」
「ええ、パルデモン山脈…。かつての邪神戦争の終焉の地といわれる、この世でもっとも危険な魔山です」
追跡の光の筋は、そのまま山脈の麓へと続いた。
「聖剣をこのような場所に持ってくることは、やはり邪神教団の本拠地はここにあるみたいですね。急ぎましょう、しっかり掴まってください!」
「はいっ!」
馬をさらに加速させては、マティとクラリスは昏き魔山へと向かっていった。
【続く】
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