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第十三章 ウィルフレッド
ウィルフレッド 第二十五節
しおりを挟む白猫亭の女将さんから借りた大きめの寝室のベッドで、ウィルフレッドは今や穏やかに眠っている。部屋では、看護用のタオルなどを用意しているカイやアイシャ達、そしてベッドの横で彼の体調を確認しているミーナと、心配そうに彼を見守るエリネの姿がいた。
「…体調は完全に安定している。もう大丈夫だろう。少なくとも今はな」
「良かった…ありがとうミーナ様」
「なに、一番がんばったのはお主だエリー。体に異常がないとはいえ、油断は禁物だ。あまり無理はせんように」
ミーナに代わり、エリネがウィルフレッドの傍に座り、彼に毛布をかけなおす。
「キュキュッ」
ルルもまたベッドに飛び移っては彼の寝顔を舐める。エリネは愛おしそうにウィルフレッドの手を握り続けた。
「ラナとアイシャもご苦労様だ。カイもな」
ミーナの労いに笑顔で返すと、ラナが問うた。
「先生、ウィルくんに取り付いていた魔素の残滓なんですけど、ウィルくんの体は呪いみたいな類が働きにくいはずですよね?」
「うむ。あくまで推測だが、エリーとの関係で精神が不安定になってたのと、例の肉体崩壊で変異した魔素が突き入る隙ができたのかも知れん。それによる精神不安定で肉体崩壊の症状が顕現されたといったところか。とにかくもうドッペルゲンガーの魔素は完全に排除された。容態も安定している。あとは彼が目を覚ますのを待つだけだ」
部屋に吹き込まれてくる心地良き風を受けながら、エリネは握るウィルフレッドの手から伝わる体温を感じていた。自分を支え、守り、包んでくれた優しい手。彼女の耳元に、今までのウィルフレッドの様々な声の表情が通り過ぎる。優しく落ち着いた声、可愛らしく狼狽する声、そして…
(((オオオォォッ!)))
魔人化の時にいつも発する、雄々しくもどこか悲しく感じられる咆哮。今思えば、それは彼の人生に向けての怒り、悲哀、抗いの意志表明でもあるのだと理解できる。
(((本当に美味しくて、その…)))
そして、まるで捨てられた子犬のように泣く彼の声。
(((夢をかなえる希望があるって言うのは、素晴らしいなんだなと…)))
なんとも言えないやりきれなさを内包した声。
かつて小さな棘のように心に引っかかって残った声の意味も、なぜそれが気になって仕方がなかったのかも、自分が彼に惹かれる理由も含めて彼女はようやく理解できた。
(ウィルさん…)
ハルフェンとは根本的に違う過酷な世界で、全てを失い、余命僅かでボロボロに傷つきながらも、いまだに優しさを忘れていない、その魂。ハルフェンではありえない痛みに削れまくられて痛んだ心だからこそ、それが発する輝きは何よりも尊く見え、この世界で一番の宝石のように美しいと感じられた。
(ウィルさん…私…私…)
胸を強くくすぶる感情に小さく火照られながら、心で小さく囁いた。
(貴方の安らぎに、なりたい)
――――――
「…う………ん……」
顔に妙なくすぐりを感じて目を開くと、フサフサとしたルルの尻尾がまずウィルフレッドの目に映った。
「ルル…?」「キュッ!」
次に手に違和感を感じた。ゆっくりと身を起こすと、すぐ隣でうつ伏せなまま自分の手を握っているエリネがいた。
「エリー…?」
「う…ん、あ…、あぁ…っ」
起き上がったエリネが少し間を置いてようやく彼が目を覚ましたことを認識する。
「ウィルさん…、目が…覚めたんですね…っ」
「エリー…俺はいったい――」
「ウィルさんっ!」
「おわっ!」
ウィルフレッドに抱きつき、顔を彼の胸に埋めながら、安心の涙がエリネの頬に伝わる。ドッペルゲンガー変異体から彼女を救った時のように。
「良かった、本当に良かった…っ。ウィルさん…っ」
「エ、エリー…」
「あっ!ウィルくん!みんな!ウィルくんが目を覚ましたよ!」
部屋の入口から果物などを持ったレクス達が次々と入ってきた。起き上がったルルまでもが祝うかのように彼とエリネの間を跳ね回る。
「ウィルくんおはよ!いや、もう夕方だからこんばんはかな?」
「兄貴!体はもう大丈夫なのかっ?」
「良かった、ウィルくんがこのまま目が覚めなかったらどうしようかと心配してましたよ」
「アイシャ姉様の言うとおりね。特にエリーちゃんはもう気が気でならなかったのよ」
「まったくだ。あまり人を心配させるでない」
「キュキュキュッ!」
「みんな………」
――――――
「そうか…そんなことが…」
椅子で付き添ってるエリネの隣。体を起こしてベッドに座ったまま、ウィルフレッドはミーナ達から朝で起こったこと、エリネ達が自分を助けるために意識の中へと潜ったことを聞かされた。
「うむ。不本意だが見させてもらったぞ。お主の過去と…肉体崩壊のことを」
暫く、部屋に沈黙が訪れていた。
「ウィルくん。命を削ってまで私達を助けたこと、貴方の経歴も含めてひとこと労わせて。ありがとう。本当に、大変だったんでしょうね」
「ラナ…」
「でもまあ、だからこそしっかりと言わなきゃいけないことがあるのよね」
「え?」
ラナはどこからともなく大きな硬めの紙を取り出した。
「ラナ様?」「ラナちゃん?」
レクス達も困惑している中、ラナはそれを持ったままウィルフレッドのそばに移動した。
「ラナ…?」
「この――」
ラナはその紙を細長く丸まり、
「大うつけがぁーーーーっ!!!」
スパーーーンッ!
それで思い切ってウィルフレッドの頭を叩いた。
「いたぁっっ!?!?」
「おわわっ!なんだぁっ!?」「わわ、ラナ様っ!?」
ウィルフレッドだけでなく、カイやエリネ達までもがラナの行動に驚愕の声をあげた。
「このたわけものっ!私たちをもっと信頼してって前にちゃんと言ってたわよね!?それなのにこんな、命に関わる大事なことをどうして私たちに教えなかったの!?」
大気さえも震わせるほどの怒りを放つラナにさすがのウィルフレッドもたじろぐ。
「い、いや…君達に教えても、ただ心配させるだけでったぁッ!」
再びスパーンっ!と、レクス達が思わずビクつくほどの見事な打ち込み音が部屋に響く。
「それがたわけだと言っているのよ!」
わなわなと丸めた紙を震わせながらラナが叱る。
「たとえどんな不治な病でも、それを受け止めて気配るのが仲間ってものでしょ!しかも貴方の場合、現実的な問題にも繋がるわ!精神が暴走して他人を傷つけるとか、力が暴走して周りに被害をばら撒いてしまうとか、その可能性はちゃんと考えていたっ!?」
「…っ、勿論考えてるっ!考えてない訳がない!もし本当にそうなりそうになったら…俺は…俺はその前にケジメとして自決をっっぶあっ!?」
パァァンッ!と鋭い一振りが頬にクリーンヒットし、一際大きく響く声にレクスまでもが思わず震えた。
(ひ、ひえぇ~、痛そ~…)
「自決っ?自決ですって!?だから朝は剣で自分を刺そうとしたのねっ!?」
「あ、ああ……」
ラナの気迫に気圧され、ウィルフレッドはたじたじと答える。
「あきれた…っ、よくもまあそんなことが言えるわね…っ。陰湿な世界で生きて頭までカビついたの!?そうして貴方は気が済むかもしれないけど、いつも必死に貴方を治療し続けたエリーちゃんの気持ち、貴方は考えたことあるっ!?」
ハッと、ウィルフレッドはエリネを見た。恐らく彼がエリネと出会って以来一番怒っている顔で、少しだけ悲しそうな表情も混じりながら涙ぐむってグヌヌと自分を睨みついていた。アイシャは不謹慎ながらもその顔がちょっと可愛いと思ってしまった。
「ウィルさん…っ、ひどい…っ」
「エ、エリー…違うんだ。その、お、俺は…っうあっ!!!」
今度は意外にもミーナの杖が炸裂した。
「ったぁ…、ミーナまで…っ?」
「お、おいミーナっ!?」
「流石に我も少し腹が立ってきたぞウィル。エリクみたいに自分の中で背負い込むから、こっちまで迷惑がくるのが分からんのか…っ」
「うぐ…っ」
ラナ、ミーナ、そしてエリネの三方包囲網に囲まれたウィルフレッドは、もはや完全に抵抗する言葉を失ってしまった。
「ええと、その…、ウィルくんも反省しているようだから、そろそろウィルくんを許してあげても――」
レクスの言葉も耳に入らないほど怒ってるのか、ラナがギリギリと手元の凶器に力をこめる。
「話を続ける前に先にそのひねくれた根性を叩きなおしておこうかしら!このバカタレっ!」
「少しは反省しろっ!」
ズパンズパンと、ラナとミーナの連係攻撃が叩き込まれる。
「いたっ!いたぁっ!わ、悪かった!悪かったから許してくれっ!」
エリネに助けを求めようと顔を向けるも、顔を膨らませたままぷいっと彼女はそっぽ向く。
「ウィルさん、知らないっ」
ウィルフレッドに絶望の影が落とされた。
「ちょ、ちょっとラナちゃん、ミーナ先生…」
「お二人さん…お二人さんっ、さすがにこれぐらいでっぶふぉっ!?」
ラナの繰り出す一撃がレクスにも打ち込まれた。
「というか貴方もよ!覗きとか寝過ごしとかダサいことしてっ!もう少し真面目になれないのっ!?」
「ちょっとちょっと!?いまその話するのっぶひぃっ!?」
「だから! もう少し! 真面目にいいところ! 見せなさいっての!」
「うわぁ~~~っ!暴力はんた~~~いっ!」
「わわわっ!落ち着いてくださいラナちゃん、皆様ぁっ!」
「もうやめろよみんな~っ!」
「キュキュキュ~~~っ」
暫くの間、これまでにない賑やな交流の声が部屋に響き続けた。
******
ラナ達の連係攻撃でボロボロに大破したウィルフレッドは、ベッドに座りながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「みんなすまない…。俺のせいで迷惑をかけてしまって…」
「ま、まあまあ、ウィルくんも僕達のことを考えて黙ってたんだから別に―――」
同じぐらいボロボロなレクスはラナの一睨みで黙り込む。そんなラナは腕を組みながら小さく溜息をついた。
「本当に申し訳ないと思うのなら、私達よりもちゃんと顔を向けてあやまるべき相手がいるんじゃないかしら?」
「あ…」
ウィルフレッドは、いまだ口を尖らせて傍で座っているエリネを見た。
「その…、すまない、エリー。いつも一生懸命に癒してくれたのに、君の気持ちを考えずに勝手に死のうとして…」
顔を深く下げてあやまるウィルフレッドに、エリネはすぐには返答しなかった。暫くしてその手は、冷や汗をかき続けていた彼の顔にそっと触れる。
「エリー…?」
そして小さくパチンと、指でウィルフレッドの鼻を軽く弾いた。
「つっ?」
ウィルフレッドが目をぱちくりさせると、エリネがようやく微笑んだ。
「今回はこれぐらいで許してあげます。でもまだ全部許した訳ではありませんからねっ」
意地悪さも混じったエリネの笑顔にウィルフレッドもまた鼻を押さえては申し訳なさそうに笑い、アイシャ達もホッと胸を撫で下ろした。
「ウィルくん。あなたの肉体崩壊はいつから始めたのですか?」
「…本当は、この世界に来る前からいくつか兆候は見られていたんだ。実際に明らかな症状が出たのは、メルベとの戦いの後だった」
レクスが回想する。
「メルベ…。そうか、あの時離れようとしたウィルくん、いきなり苦しそうに倒れ込んでたよね」
「ああ、あの時すぐにそれが肉体崩壊の兆候だと分かったんだ」
「んじゃあのギルバートの野郎は、兄貴?あいつも既に肉体崩壊が始まってるとか?」
「分からない…少なくとも前回会った時にそういう兆候はなかったし、彼のアスティル・クリスタルは元から赤色だから、判断がつかなくて…」
「そっか…」
「…ハルフェンに来てエリーの治癒魔法で痛みが和らいだ時は、実は少し嬉しかったんだ。ここの魔法ならひょっとしたら肉体の崩壊を治せると思って…」
「でもできなかったんですね」
悲しそうなエリネにウィルフレッドは小さく頷いては俯き、自分の手を見つめた。
「大地の谷でギルと戦って以来、アルマ化後の痛みは厳しくなる一方で、しまいには朝の出来事だ。まだアオト達みたいに精神までイカレてはいないけれど、朝のあの様子じゃ、魔法でも痛みを緩和するだけで、崩壊を完全に治すことはできないようだ。多分…もう限界まであまり時間は残ってないと思う」
「…具体的にはどれぐらいですか…?」
「あの時ヴェルパーは、俺達は長くても一年しか寿命がないと言っていた。もし彼のいう事が本当なら、恐らく、ここの時間換算であと二ヶ月ぐらいが限界だと思う」
「二ヶ月…っ」
暫く沈黙が続いた。
「みんな、どうか俺のことで悲しまないでくれ」
ウィルフレッドが微笑んだ。
「正直、俺がここまで持ちこたえられたこと自体が奇跡なんだ。こうして皆と素晴らしい旅ができて、十分満足――」
「――せない」
「え」
涙を流すエリネがウィルフレッドの手を掴んだ。
「死なせないっ。絶対に死なせないっ。私が、私がきっとウィルさんを助けますから…っ」
「エ、エリー…」
「エリーちゃんだけじゃないよウィルくん」
レクスが頼れるアピールをするように胸を張る。
「僕達だって、ウィルくんを助けたい気持ちはエリーちゃんに全然負けないからね」
「そうだよ兄貴!いつもあんたに俺達は頼ってきたんだ。今度は俺達の方に頼ってくれてもいいじゃないかっ!」
「ウィルくんはもう私達の大切な仲間なんです。仲間をこのまま放っておくことなて、私達にはできませんっ」
「み、みんな…。けど、俺の体はもう―――」
「まだそう悲観するものでもないぞ」
ウィルフレッド達がミーナの方を見る。
「おぬしの知識によるハルフェンへの影響を危惧して詳しく調査しようとしなかったが、お主の過去から得た断片的な技術情報で、我はさっきようやくお主の体をより緻密に診査することができたのだ。あのヴェルパーめの言うとおり、おぬしの体はアスティル・クリスタルから活動のためのエネルギーを得ると同時に、緩やかに崩壊させてもいることが分かった。それにつられて脳にも影響がでて、それが精神崩壊を起こす原因だと我は睨んでいる」
一回息継ぎをすると、ミーナは少し顔をしかめた。
「我が言いたいのは、おぬしがもう少し早く打ち明ければ、こっちももっとじっくり分析できたとか、助けの手立てができたかも知れないってことだ、このたわけ。事情が事情だけに言いにくいのは理解できるが、事の優先順位ぐらいちゃんと分別しろ」
「ミーナ…」
ミーナの眼差しにこめられた決意は強かった。先ほどのウィルフレッドの心の独白で、自分のことを言及された時に彼女は決心がついていたのだ。ザーフィアスの警告よりも、いま感じた暖かな気持ちを優先する。それがもっとも自分らしい、善性の表れだと信じているのだから。
「そういうことよ、ウィルくん」
さっきの鬼のような様相とは違って優しく微笑むラナ。
「まだ希望を捨てるのは早いわ。貴方の世界とは違って、ここは女神様の加護と祝福のおわすハルフェンなのよ。貴方の世界では治療できなかった肉体崩壊も、ここではひょっとしたら治療法が存在するかも知れないじゃない。それに言ったでしょ、私達をもっと信頼しなさいって。…がんばって一緒に生きる方法を探しましょ。ウィルくんの仲間たちも、アオト達もきっとそれを望んでいると思うわ」
(((僕達の分まで…生きて…)))
アオト達の言葉が、ラナ達の気持ちが温かな流れとなってウィルフレッドの心を満たし、涙となって流れ出した。
「みんな…ありがとう…っ」
それを隠すように、ラナ達に礼を言うように頭を深々と下げるウィルフレッド。ラナ達は、そしてエリネはただそんな彼を温かく見つめていた。
(ウィルさん…)
パンッと拳を打って気合を入れるレクス。
「よしっ!これからは行軍と同時にウィルくんの治療法も探さないといけないから、気合入れないとねっ」
ミーナ達が頷く。
「うむ、残り時間も少ないのだ。魔法の霊薬や特殊な治療儀式など、試してない方法が一杯ある。これからは時間があればたっぷりと実験してやるから、覚悟しておけ」
ウィルフレッドが苦笑する。
「はは…よろしく頼む、みんな」
「よっしゃ!それでこれからどうするんだっ?どっかで薬草探しか?素材の野獣狩りかっ?俺ができることならなんでも言ってくれミーナっ」
ミーナよりもラナが苦笑した。
「慌てないの、今はとにかく明日の朝の出発準備をしておかないと。誰かさんのお陰で行軍がまた一日遅れたことになったんだから」
彼女の意地悪そうな睨みにウィルフレッドは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そういうことでレクス殿、一緒に一度キャンプ地の方へ行きましょう、アイシャ姉様は―――」
ラナ達が話し合う中、エリネがウィルフレッドに話しかけた。
「ウィルさん…私の告白を拒んだのも、肉体崩壊のことがあったからなのですね?」
ウィルフレッドの手に力が篭る。アイシャ達がピクリと二人を見る。
「…俺はどのみち、もうすぐ死ぬんだ。未来のない俺といてもエリーが悲しくなるだけで…」
「そんなこと…っ、ウィルさんのことは、私達が絶対に助けますから…っ、だから…っ」
「でもそれも絶対じゃないだろ…っ?助ける保証がどこにもいない以上、俺は…」
ラナ達が外に出るようと互いに相槌を打つと、カイはルルを連れて、イヤイヤとその場に留まろうとするアイシャをレクスと一緒に連行していく。
「俺は…自分の死でエリーを悲しませたくない、だから俺なんかよりも他の人――」
「勝手に決め付けないでくださいっ!」
いきなり立ち上がりながら大きく叫び出すエリネ。
「ウィルさんが死んで悲しむことになっても、それは私の気持ちなんです!それを受け止めるかどうかは私が決めるものなんです!他の誰でも変えることはできません!」
「エ、エリー…」
「ウィルさんが私のことが好きじゃないのでしたら話は別です。でも…、でも私は、例えウィルさんの命があと僅かでも、その最後までウィルさんと一緒にいたいんです……」
再び座り込み、必死に訴えるエリネ。
「エリー…。けれど、けれど俺の体は…普通の人間とは違って…」
「普通でないのなら、私だって普通じゃないですっ」
彼女の目の事を指してるのをすぐに理解した。
「そんな私が幸せになる権利があるのなら、ウィルさんだって同じ権利があります!どんな恐ろしい力と外見を持っても、私がいつも聞こえる姿は、あの優しいウィルさんの、私が大好きになったウィルさんの姿だもの!」
ウィルフレッドは言い返すこともできずに唖然としていた。今まで誰にも、自分にここまで強い好意をさらけ出したことなんてなかったから。
「…ウィルさんは、私のことは、嫌いですか?」
嫌いな訳あるものか、どこかの男性が君に言い寄った時、どれほど苛立ったのか。君が自分を好きだと言ってくれた時、どれほど嬉しかったのか。
涙をこぼし、かすれた声でエリネが訴える。
「私は…私は、ウィルさんのことが大好き……」
「エリー…っ」
「ウィルさんが辛い時は、貴方の傍にいたくて…」
初めて出会った時に聞いた、寂しい泣き声。
「私が怖い時は、貴方に傍にいて欲しくて…」
ザナエルや変異体と対峙した時に、支えてくれた暖かな声。
「ウィルさんの嬉しそうな声を、私は一杯聞きたくて…」
お礼としての苺タルトを作る時に溢れる、幸せな気持ち。
「私の中はもうウィルさんで一杯で一杯で…私にとってウィルさんは…ウィルさんは…この世界でたった一人の…」
その気持ち全てを言葉にして、伝えた。
「大好きな人なんです」
ウィルフレッドの頬にも、涙が零れた。
「エリー…っ。お、俺は…怖かったんだ…っ」
「え…」
ウィルフレッドの心が叫ぶ。怖い?何を?彼女が悲しむことにか?違う、それはもっと単純な、心の根底にある恐れ…より自己中心的な、欲望。
「俺は死ぬことなんて怖くないっ、元々俺に何も残ってなかったから…っ。けど…けど俺は、エリーを失いたくない!死んでエリーに会えなくなることが怖いんだ!だって…、そうなるとエリーは…っ、離れて…っ」
ひょっとしたら他人を愛することになるから。その心が自分から離れるかも知れないから。たとえ死んでそれを目にすることがなくても、今その光景を想像するだけで吐き気がするほど辛くなる、心が引き裂かれそうな孤独感に襲われる。だから怖かった、その自己中心的な考えを認めたくなかった。
「俺はもう…アオト達みたいに…っ、大事な誰かを失くすのは…一人ぼっちな気持ちを味わうのは、もう嫌なんだ…っ!」
膝を抱え込んではベッドの隅にうずくまり、ウィルフレッドは泣きじゃくる。今まで溜め込んだ全ての感情を吐露する。
「どうしてだ…サラ…キース…アオト…っ、どうしてあんた達が死ななきゃならないんだ…っ!俺にとっては誰よりも大事な家族なのに…っ、どうして俺だけが生き残ったんだ…っ!」
「ウィルさん…っ」
彼の心からの叫びがエリネの胸に痛むほど突き刺さる。
「俺は…俺は…っ」
路地に捨てられたあの夜からずっと奥底に仕舞いこんだ気持ちが、吐き出された。
「寒かったんだ!寂しかったんだ!怖かったんだ!誰かに大丈夫って…言って欲しかったんだ…っ、なのに…いくら泣いても…誰も来なかった…誰も…っ!ずっと一人で―――」
「ウィルさんっ!」
エリネが怯えるウィルフレッドを抱きしめた。彼の意識の中で、冷たい雨で震える幼い彼を抱きしめたように。
「大丈夫…っ、私がいますから…っ、ずっといますから…っ、必ず、助けますから…っ!」
「エリーっ、エリー…っ!」
孤独で潰されそうなウィルフレッドをエリネは愛おしく慰める。
暖かな温もりをくれるエリネをウィルフレッドは全てさらけ出すようしがみつく。
雨のように涙を流すウィルフレッドの、その幼い心に降る冷たい酸性雨は、いつの間にか止んでいた。
【続く】
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