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第十三章 ウィルフレッド

ウィルフレッド 第二十三節

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広大な荒野バッドランズの中央にあるレイチェルシティ。工場ファクトリーシティと呼ばれるほど、敷地の九割が工場エリアになっているそのシティで住む市民は全員、どこかの企業の従業員で、ただ自社の自動化工場の稼働を維持するためだけに暮らしていた。保守も含めて工場自体は殆どが自動化されている。

故に広大な都市面積に対し、その総人口は極めて少なく、五万人も超えてはいない。半自律的に機能するそのシティは、機械が生きるリビングシティとも呼ばれている。

そこで最大の敷地を有するロズウェル・インダストリー社の工場地下に、『組織』所有の建設ドッグがあった。ギルはすでに内部へ潜入しているのをセキュリティで確認した俺は。数少なく残る『上層部』の一人、ロバート・カウフマンと彼が保有する最後のアルマモドキイプシロン達を撃破した。

アオトが残したアクセスコードを使って、アルマ化したまま大深度地下建設ドッグへ通じる広大な資材搬送用エレベータに乗った。斜面に沿って長い時間降り続けると、やがてドッグの全貌が見えてきた。

(…っ、あれが、次元跳躍戦術艦ヌト…)
多くの自律型作業ドローンが飛び交い、ロボット達が規律正しく作業しているその中心に、ヌトがあった。宇宙の闇を連想させる漆黒の船体。芸術的と思わせる独特なライン。異星人の技術を取り込んでるからか、地球の技術で作られたにも関わらず、その造形はどこか異質的に感じられた。

ドッグ内にドローン達以外の人影はなく、あちこちに戦闘による破壊跡や作業員達の死体を確認できた。恐らく先に潜入してきたギルが、さっきロバートが言ってたもう一人の『上層部』マーセルとの戦いによるものだろう。
(ギルはどこにいる…もうヌトの中に入ったのか…?)

ドッグに降りた途端、ドローンやロボット達が次々とヌトから離れ、ドッグ全体にけたたましいサイレンが響いた。
(まさか発進シークエンスにっ?どこにも発射口はいないのに!)
ロバートにやられた傷口を押さえながら、俺は閉鎖しようとするヌトのドローン発射口から艦内部へと侵入した。

「戦術艦ヌト、全機関起動」
ドローン格納庫に降り立った瞬間に、AIによる船内アナウンスが放送された。艦内の装置などが次々と起動していき、特殊な駆動音が響き渡る。艦体が固定アームからガコンと離れると空中でノズル噴射なしに浮遊する。

「エネルギーチャージ率100%、跳躍ジャンプシークエンス開始」
跳躍ジャンプっ?そうか、発射口がないのはそのために――)
「アスティルエネルギー、船体循環および空間連続体への干渉、開始」
「うあっ!?」
いきなりの異変に思わず胸を押さえては膝をついた。胸のアスティル・クリスタルが神秘な青の光と音を発していたのだ。

「座標固定、次元位相シフト確認。―――跳躍ジャンプ
次の瞬間、世界のレイヤーが変わったような感覚に襲われた。自分から離れた位置に、大きな虹色の光が放つエネルギーを感じた。それがこのヌトの動力源、アスティル・クリスタルのメルセゲルだと直感的に理解する。

そして、それに共鳴する胸のクリスタルと同じような赤い輝きが、その光の向こう側にあったのを感じた。
「ギル――――」

白い輝きが溢れた。




――――――



光が収まると、そこはさっき見たばかりのドローン格納庫だった。
(さっきのが跳躍ワープ…なのか?)
外敵が来るのを予想してないのか、艦内に迎撃タイプのセキュリティはなく、或いはまだ起動しておらず、俺は何の阻害もなく艦内を移動できた。ある長い通路に入ると、その片方の壁が外の光景を映し出した。

「な…っ」
暗い宇宙に浮ぶ月と地球が見えた。現在座標は分からないが、地球や月の大きさから見て相当離れているのが分かる。だがそれ以上に、いまヌトが向かっている人工物、宇宙の星空が表面に映り込んでいる球状体の方に俺は瞠目する。
(あれは…宇宙ステーションなのか?あの中に『組織』の最高指導者が…?)

思考が巡るうちに、球体に大きな出入り口が開いてはヌトを受け入れた。新造したばかりかのように綺麗な人工通路を進むと、ヌトは浮遊したまま停止した。内部と接続するブリッジは展開されていない。そして艦の先から、アルマ化したギルが通路内へ飛び出たのを見た。

「ギル…っ」
アオトの情報にあるヌトの見取り図を元に、最寄のエアロックに駆けては外に出た。外の空間は無重力状態のままだった。

「ギルッ!」
遠くで飛翔しているギルが壁に開いている通路口の一つに入ると、それに追って入った途端に彼を見失ってしまう。
「ギル!どこにいる!」
ギルを探すよう、俺は暫くその構造物内部を飛び続けた。

無重力移動を前提とした通路は奇妙に分岐してはうねりくねており、かすかな機械の駆動音も聞こえない、不気味な無音が周りを俺を包んでいた。そしてそれ以上に、構造物から伝わるなんともいえない異質的な感覚が、嫌な気分にさせるほど神経をかゆく刺激してくる。

(このステーション、何か妙だ…。最先端の技術で作られてるのは間違いないはずだが…。まさかヌトと同じアウター1の技術で作られた…?いや、にしてはなんか違和感が…)

暫く進んでは狭い通路から出ると、その中に不思議な光の模様を刻む液体が詰まれたチューブが、ひっきりなしに並ぶ部屋に出た。
(これ…見覚えがある…。まさかイミテーション・ドローン?)

間違いない、あの光が独特な模様を描くさまは、今まで変異体ミュータンテス事件の裏で工作を行ってたイミテーション・ドローンと同じものだ。これはそれを構築するナノマシンの培養槽という訳か。

(あのドローン、ビリーが作ったものじゃなく、ここで直接作られたってことなのか…?)
俺は部屋の反対側にある出口から、また長い通路を通ると、目の前の光景に思わず声をあげた。
「! これは…っ」

谷のように上下に空き空間が続く場所だった。いや、重力がないから天井と床が無限に横に広がってるとも言える。先ほどの無音とはうって変わって、光りながら空間内を飛び交う大小様々な六角形の板が不思議な共鳴音を発しており、壁にはエネルギーラインがさながら脈動するように輝いてはある方向に向けて走っていく。
(これは…アウター1の技術か?にしてはどこか違うような気が…)

俺はなんとなく、エネルギーラインが走る方向へと飛翔していく。無限に続きそうな前方の地平を暫く飛んで、胸のアスティル・クリスタルにそっと手を置いた。何か妙な違和感をクリスタルに感じられたから。
(なんだこのムズかゆい感覚……この場所に反応を示してるのか?)

理解できないことをずっと考えても仕方なく、俺は目の前のことに集中するようにした。奇妙なリズムを刻みながら、共鳴の音を発する輝く六角板の群。その中を進みながら、今だ正体の見えない人物に思考をめぐらせた。

(…『組織』の、最高指導者…)
『上層部』を含めた『組織』の構成員の誰にもその顔を見せたことなく、そもそもその存在さえ疑わしい存在…。そいつの指示によりアルマ計画プロジェクトが行われ、今の俺が形作られた。

今まで『組織』でそれを探ろうとする人は誰もが悲惨な目に会い、アオト達も結局『上層部』からは何一つ情報を得ることはできなかった。明確な目的も見えず、今の地球の殆ど全てを裏から干渉するほどの『組織』を作り出した奴の正体は、いったいなんなんだ?そもそも『組織』はいつから作られた?なんのために『組織』を作った?

(そういえば、さっきのイミテーション・ドローン…)
喉に引っかかるような違和感を感じた。肉体崩壊の件で深く考える余裕がなかったが、いま思えばビリーが俺たちに異星人の仕業だと誤認させるだとしても、あれを使うには大げさすぎた感が否めない。

先ほどのドローン培養槽を見る限り、ドローンはここで作られたものだ。つまりあれはビリーではなく、このステーションの管理者と思われる、最高指導者が直接制御してるものではないだろうか。

ミハイルによると、現在の地球技術ではあのドローンを作れないという解析結果が出ていた。変異体ミュータンテスが異星人の先兵であると俺たちが信じて疑わなかった理由の一つはそこにある。ビリーのことを知らなかったミハイルがこれについて嘘を言っても意味ないから、恐らくそれは真実だろう。けどそうだとしたら…

(! まさか…まさか、最高指導者の正体は…っ)
ある一つの可能性が、頭の中に浮かんだ。
(いや、それじゃわざわざ『組織』を使ってアウター1の技術を解析させる必要性が…っ。けど、けどもし本当にそうだとしたら…っ)

ふと、前方からアスティルエネルギーの放出を感じた。
「ギルっ!?」
飛翔速度をあげ、放出を感じた方向へ飛び続けると、やがてそれが見えてきた。水銀が空中に浮んでいるかのような、直径がビル六階の高さぐらいある球状体を。
(なんだあれは…?)

その正体を逡巡していると、球状体が一段と大きく震え、腹に響くほどの震動音とともに再びアスティルエネルギーの放出を感じた。
(この感覚…ギルに違いない!)
それを理解した途端、俺は迷いもせずにその銀色の球状体へと突っ込んだ。
「ギルっ!」

抵抗を少しも感じず、すんなりと球状体の中へと入った。水の中を抵抗なしに移動でして入るかのような、奇妙な感覚。方向性が失われ、本当に進んでいるかも分からずに、俺はとにかく進み続け―――


アルマ化したまま、あるリビングの中に立っていた。
「え…」

部屋の家具などから、それがアパートのリビングだとすぐに分かった。けれど同時に強い違和感を感じた。そのリビングが、完全に旧世紀規格のものだから。

食卓と思われるテーブルに、バターやジャムが塗られたパンとスクランブルエッグの載せた皿。隣のキッチンに、コトコトと水を沸かしてるコーヒーメーカー。博物館でさえも中々見られないブラウン管テレビ。かつてキースが雑談時に見せた、旧世紀の欧米スタイルというリビングそのまんまだ。窓の外は夜のように真っ黒であることを除いては。

「う…うう…」
「! ギル!」
ソファの隣に、アルマ化したままのギルが倒れ込んでるのが見えた。
「ギル、しっかりしろ!ギ――」

彼の元に駆けつけようとする足が止まる。ギルが倒れた場所の更なる先に、人が立っていた。青いジーンズと着崩しの白いシャツ、精悍な体格でどことなく軍人を彷彿とさせる中年の男だ。

「お前は…っ!」
ナノマシンソードを生成して即座に構えた。こいつが…目の前の女が、『組織』の最高指導―――
「え、女……」

そこに立っていたのは、ボロボロの厚いコートを着込んだ憔悴している婦女だった。
「? あんたは――」
目の前の安いブランドシャツを着た黒人の子供を問い質そうとした。
「!? あっ、なっ?」
呆然と立って俺を見つめるジプシー少女の目は真っ黒だった。

なにかがおかしいっ、姿を変えている訳じゃないっ、俺の意識が目を瞬くような短い空白を縫って、のかっ!?
「くっ…貴様、いったい何者なんだっ!?」
頭を押さえては強く振り、剣を構える!目の前の和服の老人が次に何かをする前に、奴を―――

「あ………」
可愛らしい赤い服を着た女の子が、ゆっくりと手を上げては、口を開けた。


――――ハチドリ


「ウガアアァァァァーーーーーーッ!?!?!」


        ハゲワシ

 コガネムシ

「あがぁ!あぁぁぁ…っ!」
が響いてい
   響いてくる。耳にじゃない。


      花咲き 
       白咲き


空間に、世界に、満ちてく
         意識にが直接カタチを成して響いてくる。


夢誘い


「あァあぁァーーーー!」
が大きい、あまりにも大きい、
           頭が、いや、意識が攪拌されてるような気が


星が墜ちる
 星が堕ちる
  二桁■■の数字が星の監獄


「あぐああぁっ…!」
        今度はイメージだ。手術台の明かり
無数の黒い人影。コンクリートに書かれた番号


  が逃げ回る
フラスコ倒れる割れる
    ペンキ■ィ■スが風に乗ってキャンバス■き■■を塗り替える


真白の部屋から白服の人たちが逃げ惑う        
   建物が燃えて動物たちが四散する

空が落ちる鞭が舞う 強く打たれて血肉ち■■うが裂ける

「ぐおおあぁぁーーー…っ!」
  が詩を唄い、
                    
                      願い   育成
            収穫      
    目的        

絵画イメージを描き続けながら、

    主の寝所
          閨房への道       

へと入ってきた。


――アスティル・クリスタルアスティル・クリスタル――


「アガアァァァァァーーーー!!!」
胸のクリスタルが眩しく輝く。狂喜の絶叫を発しながら。

           フラスコの星

「やっ、やめろ…!」
  それの意識侵入し伸びて俺の意識を掴んでくる。それに応じるかのようにクリスタルの力が体内で激しくの荒れ狂う。

   渇望の実験 

「やめるんだ…っ!」
体が引き裂かれるような衝撃に苛まれる。

  輝く道の奥、我々の■の庭、深淵の源――

                 ■■なる■■へ
             回帰する ための

「あっ、あぁ…っ」
俺の意識が飲み込まれる。吸い込まれる。

             コル

クリスタルの内なる宇宙の奥で、眩しく輝くも暗い天体の道が開いた。心が押し込まれて吸い込まれていく。

        求めし     もの   

時間と空間を全て超越していく中、俺は感じた。輝く道の底の底で、が歓喜してるかのように渦巻くのを。渇望し続けたものが、ついに己が元へ―――



(((―――うあぁぁーーん…)))
…子供の泣き声が、聞こえた。

(((…ありがと、フレディ…どうか…君、は、い、きて――)))
■ニー…

(((君にとって人生の価値はなんだ?)))
…ミ■イル…

(((兄さんと呼んでくれて…ありがとさん)))
(((ウィル…っ、てめぇは、長生きしろよ…っ)))
キ■ス…、サラ…っ

(((僕達の分まで…生きて…最後、まで)))
アオトっ!

「うっ、うおお…!」
自分の手を認識する、自分の足を認識する。
俺は自我をより強く認識する、クリスタルを植え付けられたあの時のように!
            
「うあああああーーーっ!!!うるさい、うるさぁいっ!!!」
全身全霊で拒絶の叫びを上げたっ。俺を押し込もうとする意識を押し退け、暴れるクリスタルの力を御して輝く道を強引に閉ざしたっ!

「これはもう俺のものだっ!おれ自身なんだっ!他の誰にも渡すものかっ!」
俺は前を見据えた、認識の乱流の中で、未だに訳の分からない情報言葉を並べてるそれを、しっかりと自分の目で!

「あんたらが何者だろうと関係ない…!これ以上…この世界に、他の誰かに俺から大事なものを奪われてたまるか…っ!」
足を前に踏み出した。それがさらに意識の叫びを荒げる。

「ぐぅ…!もし俺からまた何かを奪うというのなら…っ!」
剣を生成し、アスティルエネルギーをコーティングさせるっ。

「誰であろうと倒すまでだあぁぁーーーーーーっ!!!」
認識の乱流の中心に、剣を深く突き刺した。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「ぐあああぁぁっーーー!!!」
周りの全てが叫びの認識に飲まれこむ。視界が白で塗りつぶされては、世界が遠のいた。









「………………はっ!」
視界が、意識が戻ってきた。周りを確認すると、そこは仄暗いドーム状の空間だった。すぐ隣にはアルマ化したまま意識を失っているギルバートが倒れ込んでいた。

「ギル……う、ぐっ」
自由を取り戻した体にどっと脱力感が襲い、膝をついてしまう。
「くぅ…っ!」
なんとか意識を保ちながら、確認するように胸のアスティル・クリスタルに触れる。今やそれは安定していて、ただ静かに青い光を堪えていた。
「さ、さっきのはいったい…。あっ」

前方の地面に、小さく広がる黒い染みと白い粉、そして赤い血を浴びている何らかの機械がそこにあった。地面はブスブスと焼き跡がついてあり、その形状からさっき俺が刺した剣の跡だと分かった。
(これが、さっきの…?)

スキャン分析してみると、黒い染みと白い粉が人間の肉と骨の成分であると分かった。落ちている機械パーツの方は壊れていて、非常に古いタイプのものではあるが、人体用の生体パーツなのは確かだ。

(さっきのあれは、人間なのか…?俺に刺されて蒸発して…?あれが『組織』の最高指導者…?)
そのシミなどから元の人間体がどんな人なのか知ることはできない。もっとも、今となってそれを知ってもあまり意味はないのかもしれないが。

ズウンと、空間が重く揺れた。
「!? これはっ」
壁に亀裂が走っては崩れ始め、重力が失われてはその破片と俺の体が浮きあがる。ドームが砕けて四散すると、そこはさきほど俺が球状体に突入した空間だった。

ズズゥンとさらに音が重々しく響き、建造物全体が揺れ始めて亀裂が走り、崩壊が始まる。
「くっ、早くここから離れないと…っ」

意識を失ったまま浮んでいるギルを掴もうとも、さらなる虚脱感が視界と体の自由を再び奪っていく。
「ギ、ギル…っ」

低い崩壊音が段々と大きくなり、亀裂からは制御を失ったステーションのエネルギーが噴出し始めていた。
「あっ…」
ステーションの破片が飛び交う中、俺の意識はまた闇の中へと沈んでいった。


【続く】




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