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第十三章 ウィルフレッド
ウィルフレッド 第十八節
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メテロシティの高級住宅エリア。人が住める土地が希少であるこの時代で、贅沢に大きな敷地を独占した三階立ての豪邸。製薬会社ミラージュセルの社長の所有地であるその庭で、俺とサラは潜入を果たしていた。
ミラージュセル社の社長であるロドニー・ウィーバーがミハイルやビリーと同じ、『組織』の最高指導者との会見が許された数少ない『上層部』の一人だ。そのことをようやく掴んだ俺達は、彼を確保いまだ謎に包まれている最高指導者の正体を掴もうとした。ビリー含む強大な力を持つ『組織』を叩くには、これが一番にして唯一の道だから。
屋敷の周りの防衛を固めるドローンと自立型アームドスーツの作動ランプが点滅し、ハッキングされたことを、庭の潅木の中で隠れながら確認した。
「…よし、リモートセキュリティの方はギル達が片付けたようだ」
ロドニーは極度な人間不信なため、屋敷のセキュリティシステムは全て自動化機械任せにしていた。システムの制御は屋敷内にある独立システムと、ここから離れた自動化セキュリティ会社にあるリモートサーバーが別けて行うようになっている。ギルやアオトはサーバーの方を片付け、俺とサラが屋敷の潜入してロドニーを捕獲する手立てだ。
キースは今や精神が殆どいかれて、もはやまともに動けなくなっていたから、やむなく隠れ家に置いてきた。孤立無援で、いつ肉体崩壊によって死が訪れるのかも分からない俺達に、さらに彼の面倒を見る余力は残っていなかった。
一人でいるキースへの心配を頭から振り払い、俺は念のため目のスキャン機能を起動した。だが予想通り、アンチスキャン建材によりそれが阻まれている。
「サラ、屋敷のシステムの方はいけそうか。…サラ?」
「ん、ああ…?」
腕部の接続端末を屋敷のローカルネットケーブルに繋げてハッキング行ってるサラが、我に返ったかのように目を瞬く。
「大丈夫かサラ?…まさか…」
「いや、問題ない。ちと頭が痛いだけだ」
端末を抜き、軽く頭を抑えるサラ。
「屋内のアラームやタレットは全部切った。もうロドニーを守るもんは何もねえ。あの野郎、思ったとおり書斎でのんびりしてやがる」
サラのいつもの口調に、自分が何もできないと言う無力感に苛まれ、思わず唇を軽く噛み締める。キースに続き、五人の中で肉体崩壊による記憶の混乱が頻繁に発作しているのが彼女だった。毒づきながらも俺やアオトを案じてるいつものサラが段々と壊れていくのを見るのは、とても辛かった。
「だが気をつけろよ、内部カメラもなく、ネットから完全に独立した部屋が一つある。中になにがあるのか分からねえから、ロドニーの野郎を確保したらすぐにずらかるぞ」
「サラ…本当に大丈夫なのか。ここからは俺一人でも――」
「うっせぇぞウィル。アタシはまだアンタに心配されるほど落ちぶれちゃあいねぇんだよ。ほら、手はずどおりあんたは書斎の正面から、アタシは隠し通路から入って囲むんだ」
胸にざわつく嫌な感覚に俺は戸惑った。このままサラを一人にいかせて本当にいいのかを。だが、セキュリティをいつまで落とせるか分からないのも事実であり、『組織』の『上層部』の一人だけであって、あまり時間かけてはビリー達モドキが追ってくる可能性も高い。それに迷う時間など、とうになくなっているのだから。
「…分かった。気をつけてくれ、サラ」
「わぁってるよ」
最後に一度、弱々しい声で毒づくサラを見ると、雑念を振り払っては屋敷に向かった。
「―――くそ…頭いてぇ…」
――――――
覆面して手に拳銃を持ち、高価そうなモダンアートの油絵などが贅沢に飾られた廊下を進むと、落ち着いた音楽が流れる書斎のドアの横に俺はへばりつく。
(この音楽…確かクラシックとかいう奴か?)
むかしキースから何度か聞かされたことがある。童話と同じぐらい骨董品扱いの旧世紀の遺産らしくて、一部物好きな裕福層の地位の象徴として扱われているそうだ。
逃亡生活で荒れていた心を安らげそうなメロディに、かつてキースが気さくな笑顔で俺やアオトにそれを聞かせることを思い出し、やるせない気持ちが溢れ出る。
(…だめだ、目の前のことに集中しないと)
雑念を払うよう頭を強く振っては、俺はドアを開いた。
「――なっ、なんだ君はっ!?」
大きな高機能エグゼクティブチェアで気持ち良さそうにメロディに浸かっていた中年男性が、驚愕した顔を浮かべては起き上がろうとする。
「ロドニー・ウィーバーだな」「ひっ」
そんな彼をデスク越しに銃を突きつけて座らせる。
「騒いでも無駄だ。セキュリティは全て黙らせた。命が惜しければ『組織』の最高指導者について全部教えろ」
「なっ、そ、『組織』のことを知って…?ハッ、あ、あんたまさか、逃亡中のアルマ――」
「質問に答えろ」「うぅっ!」
かつてエージェント時代のように、冷徹とした声で銃口をロドニーの目に押し当てながら俺は問うた。
「『組織』の最高指導者は誰だ?どうやったらあいつに会える?」
「そっ、そんなこと聞いても意味無いぞっ!そもそも『上層部』だからと言って、直接あのお方に会える訳では――」
「デタラメを言うな」
銃をさらに押し付け、ナイフを抜いては彼の口の歯を突き上げる。
「あがぁっ!」
「こちらは時間が十分にある。『組織』の人間ならば、エージェントの様々な拷問方法も当然熟知しているだろ?」
「がっ、や、やめてくれ…っ、本当なんだっ!あの方とは通達がなければまず会話することができないし、会話する時はいつもアバター越しだから顔も見たことがない!会話方法もその都度変わるんだ!」
切羽って入るその表情、そして『組織』の性質から考えて、恐らく嘘ではないだろう。
「だったら、一度あんたに一緒に来てもらう必要がありそうだな」
「そ、そんな…っ、他に欲しい情報なら何でも教える!私はここから離れるわけには――」
「――パパ?」
幼い女の子の声に、後ろの入口を振り返った。まだ10歳ぐらいの、痩せこけた体に生命維持装置らしきものが付けられた、白髪女の子だった。まだ幼い彼女の困惑した目は大きく見開いて、親に暴行を加えようとしてる俺を見据えていた。
「ちょっとキャシーっ?勝手に部屋から出てはいけないでしょっ!あんた体が――」
もう一人の母らしき女性がキャシーの後ろに現れては、俺を見た途端に震えて彼女を抱き寄せた。
「ロ、ロドニー…っ!?あ、あんた何っ!?ここで一体何を――」
かつて血まみれの女性が俺を見たときと同じ怖れの目に、そして幼いキャシーの困惑の眼差しに、体が硬直し、心が揺さぶられる。
「あ…、俺は…」
「動くなロドニーっ!」「きゃあぁっ!?」
俺とロドニーの傍にある本棚がスライドしてはサラが飛び出た。彼女の声に女性が軽く悲鳴をあげ、キャシーの体がビクリと大きく震える。
「あ…?」
サラの目が二人の女性と合い、そして俺に抑えられたロドニーの方に視線が移る。その体に赤いエネルギーラインが走った。
「つぅっ!」「サラっ?」
頭を押さえては大きく目を見開くサラ。
「オ、ヤジ…?」
ロドニーが困惑する。
「はっ…?」
サラの発言に俺はすぐに察した。記憶の混乱だ。
「まじかよ、オヤジ…勝手に家出して…勝手に死んだと思ったら…」
ゆらりとサラが歩み寄る。全身に赤いエネルギーラインを走らせながら。
「な…ちょっと、あんた何を言って…」
「待てサラっ、落ち着けっ」
「こんなとこでなにやってんだよ…っ!」「サラっ!」
ナイフをそのままロドニーに当てながら、銃をサラの方に向ける。
「あん?何のまねだウィル…」
「落ち着くんだサラ!良く見ろ!こいつはロドニーだ、あんたの父じゃないっ」
サラの虚ろな目が剥き出しの敵意を見せる。元より緊迫した空気がキャシーも分かるぐらい重くなり、女性にしがみついて怯える彼女に俺は心を痛ませた。故に気付かなかった。ロドニーがひっそり、デスクの下の緊急ボタンを押したのを。
「なにふざけたこと言いやがる…、こいつぁどうみてもあのクソオヤジじゃねぇかよっ!」
「だから違う―――」
スドォンッ!
「「きゃああぁぁっ!」」
突如、書斎の壁が突き抜けられる。成人よりも一際大きい自律型アームドスーツEDI-902が、突進しながら巨大なパイルバンカーアームを俺に叩き込んだ。
「ぐあぁっ!」
強化装甲なぞ軽々とぶちぬけられる一撃とともに壁へとめり込み、サラもその衝撃で弾かれては床に倒れこむ。
「うああああっ!キャシー!モニー!」
「パパぁ!」「ロドニー!」
ロドニーがキャシー達と慌てて逃げ出し、それを見たサラは呻き声を上げた。
「…クソ…オヤジがぁ…っ」
『ピピーピピピ?』
EDIが異常を察した電子音を発する。打ち込んだパイルバンカーを引き抜こうとするが、それができない。危機を感じて反射的にアルマ化した俺がその先端を掴んでるからだ。
「ぐう…っ、おおおぉぉっ!」
パイルバンカーを持ち上げ、さらに両腕の結晶に力を込めてアスティルエネルギーを放出する。激しい衝撃が書斎を震撼させ、EDIが吹き飛ばされる。
『ピィーーーー!!!』
「カァァっ!」
結晶スラスターをふかして突進し、生成したナノマシンソードをEDIの装甲の隙間へと深々と差し込んでは思い切ってアスティルエネルギーを流し込んだ。
『ピガーガガガガーーーッ!』
青と赤の火花が機体全体からほとばしり、ボウンッ!と大きな声を立ててはガラクタと化したEDI。
「ぐぅっ!くそ…!」
剣を抜くと危うく転倒そうになり、自分の不覚に強く恥じた。普段ならばこんな大型なアームドスーツが接近したら、音なりなんなりとすぐに気付くはずなのに、キャシーや女性で動揺したせいで気付く余裕はなかった。…それとも、肉体崩壊がついに注意力に働き始めたからなのか?
(サラはどうした…っ)
一縷の不安を拭うよう、俺はサラの容態を見ようとする。だがサラは既に部屋にはいなかった。
「サラ…っ」
――――――
「はぁはぁ…大丈夫だキャシー、何も心配することはないぞ」
「ぐすっ、パパ…っ」「ロドニー…っ」
キャシーを抱え、モニーの手を引きながら、ロドニーは屋上の飛行ビーグルに向かっていた。
「JULIAのイプシロン達が今こちらに向かっている。とにかくここを離れて――」
目の前のビーグルポートへと駆け上がろうとする瞬間、金属のような玉がビーグルに直撃し、黄色の電光が走ると盛大に爆発した。
「うわああぁぁっ!」「「きゃああぁっ!」」
爆発の衝撃で思わず転んでしまうロドニー達。燃え盛るビーグルの炎の逆光が、彼らの前に降り立ったサラのアルマ化の輪郭を移りだす。異形の黄色い目が光る。
「くそオヤジ…また逃げようとするってんのか…あん時みたいに…っ」
「ち、近寄らないでくれっ!わ、わわ私はアンタのことなんか全然知らな――」
「しらばっくれるんじゃねぇっ!!!」
サラがズガンと鉄製の手すりを殴り壊す。
「ひぃぃっ!」「や、やめて…お願い…っ」
「パパぁ…怖い…」
赤いエネルギーラインが走るサラは、泣きじゃくるキャシーを見ては強烈な頭痛に苛まれ、頭を強く抑えた。
「ぐっ…、アタシと母さんを捨てて…こんな場所で愛人と子供を作って…っ。あんたが死んだと聞いた時、アタシがどんな思いしてたのか分かってんのかよ…っ」
「だから違うっていってるんだ…っ」
「けどそんなのもう関係ねえ…っ、愛人達と一緒に仲良く母さんに詫びに行きやがれぇっ!」
「うわああぁぁっ!」「「きゃあぁぁっ!」」
容易く人を両断できるサラの手刀が振り下ろされた。だがロドニー達には届かなかった。
「ウィル…っ!」
「やめるんだサラ…っ!」
サラが振り下ろす手を、俺は間一髪で割り込んで剣で受け止めた。
「あんたら早く逃げろ!」
「あ、あああ…っ!」
互いに支えながら立ち上がって逃げようとするロドニー達。
「どきやがれウィルっ!」
「ぐあっ!」
記憶が混乱してるサラからでは想像もつかない膂力で俺を弾き、「逃がすかよっ!」サラは玉をロドニー目がけて打ち出そうとした。
「サラぁっ!」「ぐあっ!」
咄嗟にスラスターを全力で吹かしてはサラにタックルを仕掛け、ともに倒れこむ。撃ち出された数発の玉は軌道を逸らしたが、一つがロドニーの片足にかすめてしまう。
「ぎゃあぁっ!」「ロドニーっ!」「パパぁっ!」
「ぐおおあぁっ!」「がぁっ!」
雄叫びとともに俺を押し弾き、ゆらりと頭を抑えて立ち上がるサラ。
「ウィル…てめぇ…」
俺は傷ついたロドニーをかばうように抱いているキャシーを見ては、サラの行く手を阻むために、痛みに耐えながら両者の間に立った。
「ぐっ…、落ち着けサラ…っ、あんた自分がなにしようとしてるのか分かってるのか…っ!」
「当たり前だっ!散々アタシを裏切ってきたクソオヤジとその愛人や隠し子もろともあの世に送ってやるんだ!あんたはそれの邪魔をするってのかぁっ!?」
「違う!サラの父のことはどうでもいいんだ!だけど…っ!」
ロドニーにしがみついて泣きじゃくるキャシーを見た。サラがかつて自分に教えた昔話を思い出しながら。
「だけどもしこの女の子を殺したら、サラはきっと後悔することになる。俺はもう、これ以上サラが苦しむのを見たくない…っ。だから――」
「…ふふふ、あはははは」
「サラ?」
「なるほどそういうことかよ…ウィル…」
体が軽く揺れるほど笑いながら、サラがこちらに向かって歩み出した。
「サ、サラ…っ」
「家族を裏切らないってご大層なこと言いながら…」
その手に黄色のアスティルエネルギーが流れる。
「やめるんだサラ…っ」
俺は剣を構えた。
「結局てめぇも裏切るつもりなんだなっ、クソオヤジみてぇにっ!!!」
「やめろっ!」
「ウィルーーーー!!!」
眩いほどのアスティルエネルギーを右手に纏いながら飛びかかってくるサラに、反射的に剣を持ち上げた。サラの手刀が左肩を削る触感を感じる。剣から伝わってくる異様な感覚と同時に。
「うああっ!」「「きゃああっ!」」
激しい衝突で吹き飛び、床を削りながらロドニー達の横を転び過ぎた。視界が一度ブラックアウトし、キャシー達が泣いては必死にロドニーを引きずって離れていくのを感じた。
「あ…うあ…サ、サラ…っ?」
失った視界が徐々に戻る。
サラが、俺に倒れ込んでいた。起き上がろうとすると、握っている剣が何かが引っかかている。血で濡れた手を恐る恐る見ると、剣は彼女の腹を貫いていた。
「あ、あああ…っ、そ、そんなっ」
頭が真っ白になった。思わず剣を手放し、仰向けに倒れこむサラの体が淡い黄色の明かりと共に人間体に戻る。
「サラ!しっかりしてくれサラ!」
どうすべきか分からなかった。無意識にアルマ化が解かれ、剣が雲散すると、サラの腹に開けられた穴から赤い血がたらたらと流れ出てくる。
「くそっ!どうすればいい!?どうすれば…っ」
穴を塞ごうと俺は服を破って傷口を抑えようとした。
「あ…っ!」
そして気付く、サラの腹の流血はすでに止まっていた。いや、干からびたのだ。そして穴を中心に石灰のような白い亀裂がまるで干からびた土のように走っていた。
「ま、まさか…っ、サラ、サラっ!」
俺は狼狽した。どうすべきか分からずに泣き出そうとする子供ように涙がとめどなく流れ出す。
「……ウィ、ル……」
「サラ!」
「…うる、せえな…青臭いガキのように泣いて、よ…」
「すまない!俺が…俺がヘマをしたせいで…っ!」
間違いを犯した子供が懺悔するように、俺は必死に謝った。
「…別に…謝るこたぁねえ…お陰でようやく頭が痛くなくなった…感謝してぇくらいだ……」
「サラ…?」
サラが弱々しく右手を挙げ、グローブを外した。
「あ…っ」
その手の甲に、腹と同じ真っ白い染みがあった。
「三日前に…もうこうなっちまってたんだ…。どのみちもう長くなかったんだよ…」
「じゃあ…君は…これを隠してここまで…っ」
「へっ、アタシがひねくれてるのは、あんたが一番良く知ってるんだろ…?大人しく座って死ぬのを待つよりは…最後まで前のめりにいたいんだよ…」
「サラ…っ!」
「な、なぁ、ウィル…さっきの、女の子は…?」
「あの子は、無事だ…もう、ここから出ている…」
「そっか…あの子を泣いてるのを見て…オヤジがアタシ達を捨てた時の自分に見えたんだ…。あの時バカみたいに泣いててな…つい、カッとなってしまった…。けどあんたのお陰で、あの子を手にかけずに済んだよ、ありがとな…」
彼女の笑顔は、穏やかだった。
「う…うぐっ!サラぁ…!」
情けないほど泣きまくる俺の頭を、サラがクシャリといつものように乱暴に撫でた。
「だから泣くな…あんたにやられたのなら、文句はねぇ…ビリーのクソ野郎にやられるよりは、百倍マシってもんだ…げほっ!」
「サラッ!」
「…へへ、オヤジに捨てられ、ストリートの底辺で這いずり回るままのクソまみれな人生、だったが…、出来の悪い弟に、看取られて…、最後の幕引きにしちゃあ…悪くは無い、かもな…」
グシャッとサラの手が粉々に砕ける。白い染みがまるで伝染してるかのように彼女の全身に広がっていく。
「あぁ…っ!」
「っ、くそ…っ、アタシが先に逝くってんのかよ…!キースのクソ野郎に、まためんどくさい説教…されるな…っ」
サラの残る片手が俺の肩を強く掴む。
「ウィル…っ、てめぇは、長生きしろよ…っ。アタシに代わって、ビリーのクソ野郎にっ…一発かましてくれっ…!」
「サラ…っ!」
「はあ…最後に一発…クソオヤジを…ぶん殴りたかったなあ……」
「しかっりしろサ――」
ボウッと、サラの体が一瞬にして白い粉と化した。カラランとアスティル・クリスタルが虚しい音をたてて床に落ちた。彼女がこの世にいたという証を示す服だけを残して。
「あ――」
酸性雨が降る前兆の冷たい風が、サラだった粉を吹き散らした。吹き飛ばされそうになる彼女のグローブや服をサラ本人のように慌てて抱き止めた。喪失感だけが、世界を支配した。
「―――サラ」
(((お前があのガキに気負う必要なんざどこもいねえんだよ!)))
「サラ…っ!」
(((次はビールだけでなくスパーリングにも付き合えよ)))
「サラあああぁぁぁーーーー!!!うああああぁぁぁーーーっ!!!」
心の行くままに思いっきり叫んだ。サラの残した服とグローブを握りしめながらひたすら泣いた。いつか来る時だと理解しても、感情はそれを受け入れることはしなかった。ビリーや『組織』の追手なんか知ったことか、俺はただ、サラのために泣いたかった。
【続く】
ミラージュセル社の社長であるロドニー・ウィーバーがミハイルやビリーと同じ、『組織』の最高指導者との会見が許された数少ない『上層部』の一人だ。そのことをようやく掴んだ俺達は、彼を確保いまだ謎に包まれている最高指導者の正体を掴もうとした。ビリー含む強大な力を持つ『組織』を叩くには、これが一番にして唯一の道だから。
屋敷の周りの防衛を固めるドローンと自立型アームドスーツの作動ランプが点滅し、ハッキングされたことを、庭の潅木の中で隠れながら確認した。
「…よし、リモートセキュリティの方はギル達が片付けたようだ」
ロドニーは極度な人間不信なため、屋敷のセキュリティシステムは全て自動化機械任せにしていた。システムの制御は屋敷内にある独立システムと、ここから離れた自動化セキュリティ会社にあるリモートサーバーが別けて行うようになっている。ギルやアオトはサーバーの方を片付け、俺とサラが屋敷の潜入してロドニーを捕獲する手立てだ。
キースは今や精神が殆どいかれて、もはやまともに動けなくなっていたから、やむなく隠れ家に置いてきた。孤立無援で、いつ肉体崩壊によって死が訪れるのかも分からない俺達に、さらに彼の面倒を見る余力は残っていなかった。
一人でいるキースへの心配を頭から振り払い、俺は念のため目のスキャン機能を起動した。だが予想通り、アンチスキャン建材によりそれが阻まれている。
「サラ、屋敷のシステムの方はいけそうか。…サラ?」
「ん、ああ…?」
腕部の接続端末を屋敷のローカルネットケーブルに繋げてハッキング行ってるサラが、我に返ったかのように目を瞬く。
「大丈夫かサラ?…まさか…」
「いや、問題ない。ちと頭が痛いだけだ」
端末を抜き、軽く頭を抑えるサラ。
「屋内のアラームやタレットは全部切った。もうロドニーを守るもんは何もねえ。あの野郎、思ったとおり書斎でのんびりしてやがる」
サラのいつもの口調に、自分が何もできないと言う無力感に苛まれ、思わず唇を軽く噛み締める。キースに続き、五人の中で肉体崩壊による記憶の混乱が頻繁に発作しているのが彼女だった。毒づきながらも俺やアオトを案じてるいつものサラが段々と壊れていくのを見るのは、とても辛かった。
「だが気をつけろよ、内部カメラもなく、ネットから完全に独立した部屋が一つある。中になにがあるのか分からねえから、ロドニーの野郎を確保したらすぐにずらかるぞ」
「サラ…本当に大丈夫なのか。ここからは俺一人でも――」
「うっせぇぞウィル。アタシはまだアンタに心配されるほど落ちぶれちゃあいねぇんだよ。ほら、手はずどおりあんたは書斎の正面から、アタシは隠し通路から入って囲むんだ」
胸にざわつく嫌な感覚に俺は戸惑った。このままサラを一人にいかせて本当にいいのかを。だが、セキュリティをいつまで落とせるか分からないのも事実であり、『組織』の『上層部』の一人だけであって、あまり時間かけてはビリー達モドキが追ってくる可能性も高い。それに迷う時間など、とうになくなっているのだから。
「…分かった。気をつけてくれ、サラ」
「わぁってるよ」
最後に一度、弱々しい声で毒づくサラを見ると、雑念を振り払っては屋敷に向かった。
「―――くそ…頭いてぇ…」
――――――
覆面して手に拳銃を持ち、高価そうなモダンアートの油絵などが贅沢に飾られた廊下を進むと、落ち着いた音楽が流れる書斎のドアの横に俺はへばりつく。
(この音楽…確かクラシックとかいう奴か?)
むかしキースから何度か聞かされたことがある。童話と同じぐらい骨董品扱いの旧世紀の遺産らしくて、一部物好きな裕福層の地位の象徴として扱われているそうだ。
逃亡生活で荒れていた心を安らげそうなメロディに、かつてキースが気さくな笑顔で俺やアオトにそれを聞かせることを思い出し、やるせない気持ちが溢れ出る。
(…だめだ、目の前のことに集中しないと)
雑念を払うよう頭を強く振っては、俺はドアを開いた。
「――なっ、なんだ君はっ!?」
大きな高機能エグゼクティブチェアで気持ち良さそうにメロディに浸かっていた中年男性が、驚愕した顔を浮かべては起き上がろうとする。
「ロドニー・ウィーバーだな」「ひっ」
そんな彼をデスク越しに銃を突きつけて座らせる。
「騒いでも無駄だ。セキュリティは全て黙らせた。命が惜しければ『組織』の最高指導者について全部教えろ」
「なっ、そ、『組織』のことを知って…?ハッ、あ、あんたまさか、逃亡中のアルマ――」
「質問に答えろ」「うぅっ!」
かつてエージェント時代のように、冷徹とした声で銃口をロドニーの目に押し当てながら俺は問うた。
「『組織』の最高指導者は誰だ?どうやったらあいつに会える?」
「そっ、そんなこと聞いても意味無いぞっ!そもそも『上層部』だからと言って、直接あのお方に会える訳では――」
「デタラメを言うな」
銃をさらに押し付け、ナイフを抜いては彼の口の歯を突き上げる。
「あがぁっ!」
「こちらは時間が十分にある。『組織』の人間ならば、エージェントの様々な拷問方法も当然熟知しているだろ?」
「がっ、や、やめてくれ…っ、本当なんだっ!あの方とは通達がなければまず会話することができないし、会話する時はいつもアバター越しだから顔も見たことがない!会話方法もその都度変わるんだ!」
切羽って入るその表情、そして『組織』の性質から考えて、恐らく嘘ではないだろう。
「だったら、一度あんたに一緒に来てもらう必要がありそうだな」
「そ、そんな…っ、他に欲しい情報なら何でも教える!私はここから離れるわけには――」
「――パパ?」
幼い女の子の声に、後ろの入口を振り返った。まだ10歳ぐらいの、痩せこけた体に生命維持装置らしきものが付けられた、白髪女の子だった。まだ幼い彼女の困惑した目は大きく見開いて、親に暴行を加えようとしてる俺を見据えていた。
「ちょっとキャシーっ?勝手に部屋から出てはいけないでしょっ!あんた体が――」
もう一人の母らしき女性がキャシーの後ろに現れては、俺を見た途端に震えて彼女を抱き寄せた。
「ロ、ロドニー…っ!?あ、あんた何っ!?ここで一体何を――」
かつて血まみれの女性が俺を見たときと同じ怖れの目に、そして幼いキャシーの困惑の眼差しに、体が硬直し、心が揺さぶられる。
「あ…、俺は…」
「動くなロドニーっ!」「きゃあぁっ!?」
俺とロドニーの傍にある本棚がスライドしてはサラが飛び出た。彼女の声に女性が軽く悲鳴をあげ、キャシーの体がビクリと大きく震える。
「あ…?」
サラの目が二人の女性と合い、そして俺に抑えられたロドニーの方に視線が移る。その体に赤いエネルギーラインが走った。
「つぅっ!」「サラっ?」
頭を押さえては大きく目を見開くサラ。
「オ、ヤジ…?」
ロドニーが困惑する。
「はっ…?」
サラの発言に俺はすぐに察した。記憶の混乱だ。
「まじかよ、オヤジ…勝手に家出して…勝手に死んだと思ったら…」
ゆらりとサラが歩み寄る。全身に赤いエネルギーラインを走らせながら。
「な…ちょっと、あんた何を言って…」
「待てサラっ、落ち着けっ」
「こんなとこでなにやってんだよ…っ!」「サラっ!」
ナイフをそのままロドニーに当てながら、銃をサラの方に向ける。
「あん?何のまねだウィル…」
「落ち着くんだサラ!良く見ろ!こいつはロドニーだ、あんたの父じゃないっ」
サラの虚ろな目が剥き出しの敵意を見せる。元より緊迫した空気がキャシーも分かるぐらい重くなり、女性にしがみついて怯える彼女に俺は心を痛ませた。故に気付かなかった。ロドニーがひっそり、デスクの下の緊急ボタンを押したのを。
「なにふざけたこと言いやがる…、こいつぁどうみてもあのクソオヤジじゃねぇかよっ!」
「だから違う―――」
スドォンッ!
「「きゃああぁぁっ!」」
突如、書斎の壁が突き抜けられる。成人よりも一際大きい自律型アームドスーツEDI-902が、突進しながら巨大なパイルバンカーアームを俺に叩き込んだ。
「ぐあぁっ!」
強化装甲なぞ軽々とぶちぬけられる一撃とともに壁へとめり込み、サラもその衝撃で弾かれては床に倒れこむ。
「うああああっ!キャシー!モニー!」
「パパぁ!」「ロドニー!」
ロドニーがキャシー達と慌てて逃げ出し、それを見たサラは呻き声を上げた。
「…クソ…オヤジがぁ…っ」
『ピピーピピピ?』
EDIが異常を察した電子音を発する。打ち込んだパイルバンカーを引き抜こうとするが、それができない。危機を感じて反射的にアルマ化した俺がその先端を掴んでるからだ。
「ぐう…っ、おおおぉぉっ!」
パイルバンカーを持ち上げ、さらに両腕の結晶に力を込めてアスティルエネルギーを放出する。激しい衝撃が書斎を震撼させ、EDIが吹き飛ばされる。
『ピィーーーー!!!』
「カァァっ!」
結晶スラスターをふかして突進し、生成したナノマシンソードをEDIの装甲の隙間へと深々と差し込んでは思い切ってアスティルエネルギーを流し込んだ。
『ピガーガガガガーーーッ!』
青と赤の火花が機体全体からほとばしり、ボウンッ!と大きな声を立ててはガラクタと化したEDI。
「ぐぅっ!くそ…!」
剣を抜くと危うく転倒そうになり、自分の不覚に強く恥じた。普段ならばこんな大型なアームドスーツが接近したら、音なりなんなりとすぐに気付くはずなのに、キャシーや女性で動揺したせいで気付く余裕はなかった。…それとも、肉体崩壊がついに注意力に働き始めたからなのか?
(サラはどうした…っ)
一縷の不安を拭うよう、俺はサラの容態を見ようとする。だがサラは既に部屋にはいなかった。
「サラ…っ」
――――――
「はぁはぁ…大丈夫だキャシー、何も心配することはないぞ」
「ぐすっ、パパ…っ」「ロドニー…っ」
キャシーを抱え、モニーの手を引きながら、ロドニーは屋上の飛行ビーグルに向かっていた。
「JULIAのイプシロン達が今こちらに向かっている。とにかくここを離れて――」
目の前のビーグルポートへと駆け上がろうとする瞬間、金属のような玉がビーグルに直撃し、黄色の電光が走ると盛大に爆発した。
「うわああぁぁっ!」「「きゃああぁっ!」」
爆発の衝撃で思わず転んでしまうロドニー達。燃え盛るビーグルの炎の逆光が、彼らの前に降り立ったサラのアルマ化の輪郭を移りだす。異形の黄色い目が光る。
「くそオヤジ…また逃げようとするってんのか…あん時みたいに…っ」
「ち、近寄らないでくれっ!わ、わわ私はアンタのことなんか全然知らな――」
「しらばっくれるんじゃねぇっ!!!」
サラがズガンと鉄製の手すりを殴り壊す。
「ひぃぃっ!」「や、やめて…お願い…っ」
「パパぁ…怖い…」
赤いエネルギーラインが走るサラは、泣きじゃくるキャシーを見ては強烈な頭痛に苛まれ、頭を強く抑えた。
「ぐっ…、アタシと母さんを捨てて…こんな場所で愛人と子供を作って…っ。あんたが死んだと聞いた時、アタシがどんな思いしてたのか分かってんのかよ…っ」
「だから違うっていってるんだ…っ」
「けどそんなのもう関係ねえ…っ、愛人達と一緒に仲良く母さんに詫びに行きやがれぇっ!」
「うわああぁぁっ!」「「きゃあぁぁっ!」」
容易く人を両断できるサラの手刀が振り下ろされた。だがロドニー達には届かなかった。
「ウィル…っ!」
「やめるんだサラ…っ!」
サラが振り下ろす手を、俺は間一髪で割り込んで剣で受け止めた。
「あんたら早く逃げろ!」
「あ、あああ…っ!」
互いに支えながら立ち上がって逃げようとするロドニー達。
「どきやがれウィルっ!」
「ぐあっ!」
記憶が混乱してるサラからでは想像もつかない膂力で俺を弾き、「逃がすかよっ!」サラは玉をロドニー目がけて打ち出そうとした。
「サラぁっ!」「ぐあっ!」
咄嗟にスラスターを全力で吹かしてはサラにタックルを仕掛け、ともに倒れこむ。撃ち出された数発の玉は軌道を逸らしたが、一つがロドニーの片足にかすめてしまう。
「ぎゃあぁっ!」「ロドニーっ!」「パパぁっ!」
「ぐおおあぁっ!」「がぁっ!」
雄叫びとともに俺を押し弾き、ゆらりと頭を抑えて立ち上がるサラ。
「ウィル…てめぇ…」
俺は傷ついたロドニーをかばうように抱いているキャシーを見ては、サラの行く手を阻むために、痛みに耐えながら両者の間に立った。
「ぐっ…、落ち着けサラ…っ、あんた自分がなにしようとしてるのか分かってるのか…っ!」
「当たり前だっ!散々アタシを裏切ってきたクソオヤジとその愛人や隠し子もろともあの世に送ってやるんだ!あんたはそれの邪魔をするってのかぁっ!?」
「違う!サラの父のことはどうでもいいんだ!だけど…っ!」
ロドニーにしがみついて泣きじゃくるキャシーを見た。サラがかつて自分に教えた昔話を思い出しながら。
「だけどもしこの女の子を殺したら、サラはきっと後悔することになる。俺はもう、これ以上サラが苦しむのを見たくない…っ。だから――」
「…ふふふ、あはははは」
「サラ?」
「なるほどそういうことかよ…ウィル…」
体が軽く揺れるほど笑いながら、サラがこちらに向かって歩み出した。
「サ、サラ…っ」
「家族を裏切らないってご大層なこと言いながら…」
その手に黄色のアスティルエネルギーが流れる。
「やめるんだサラ…っ」
俺は剣を構えた。
「結局てめぇも裏切るつもりなんだなっ、クソオヤジみてぇにっ!!!」
「やめろっ!」
「ウィルーーーー!!!」
眩いほどのアスティルエネルギーを右手に纏いながら飛びかかってくるサラに、反射的に剣を持ち上げた。サラの手刀が左肩を削る触感を感じる。剣から伝わってくる異様な感覚と同時に。
「うああっ!」「「きゃああっ!」」
激しい衝突で吹き飛び、床を削りながらロドニー達の横を転び過ぎた。視界が一度ブラックアウトし、キャシー達が泣いては必死にロドニーを引きずって離れていくのを感じた。
「あ…うあ…サ、サラ…っ?」
失った視界が徐々に戻る。
サラが、俺に倒れ込んでいた。起き上がろうとすると、握っている剣が何かが引っかかている。血で濡れた手を恐る恐る見ると、剣は彼女の腹を貫いていた。
「あ、あああ…っ、そ、そんなっ」
頭が真っ白になった。思わず剣を手放し、仰向けに倒れこむサラの体が淡い黄色の明かりと共に人間体に戻る。
「サラ!しっかりしてくれサラ!」
どうすべきか分からなかった。無意識にアルマ化が解かれ、剣が雲散すると、サラの腹に開けられた穴から赤い血がたらたらと流れ出てくる。
「くそっ!どうすればいい!?どうすれば…っ」
穴を塞ごうと俺は服を破って傷口を抑えようとした。
「あ…っ!」
そして気付く、サラの腹の流血はすでに止まっていた。いや、干からびたのだ。そして穴を中心に石灰のような白い亀裂がまるで干からびた土のように走っていた。
「ま、まさか…っ、サラ、サラっ!」
俺は狼狽した。どうすべきか分からずに泣き出そうとする子供ように涙がとめどなく流れ出す。
「……ウィ、ル……」
「サラ!」
「…うる、せえな…青臭いガキのように泣いて、よ…」
「すまない!俺が…俺がヘマをしたせいで…っ!」
間違いを犯した子供が懺悔するように、俺は必死に謝った。
「…別に…謝るこたぁねえ…お陰でようやく頭が痛くなくなった…感謝してぇくらいだ……」
「サラ…?」
サラが弱々しく右手を挙げ、グローブを外した。
「あ…っ」
その手の甲に、腹と同じ真っ白い染みがあった。
「三日前に…もうこうなっちまってたんだ…。どのみちもう長くなかったんだよ…」
「じゃあ…君は…これを隠してここまで…っ」
「へっ、アタシがひねくれてるのは、あんたが一番良く知ってるんだろ…?大人しく座って死ぬのを待つよりは…最後まで前のめりにいたいんだよ…」
「サラ…っ!」
「な、なぁ、ウィル…さっきの、女の子は…?」
「あの子は、無事だ…もう、ここから出ている…」
「そっか…あの子を泣いてるのを見て…オヤジがアタシ達を捨てた時の自分に見えたんだ…。あの時バカみたいに泣いててな…つい、カッとなってしまった…。けどあんたのお陰で、あの子を手にかけずに済んだよ、ありがとな…」
彼女の笑顔は、穏やかだった。
「う…うぐっ!サラぁ…!」
情けないほど泣きまくる俺の頭を、サラがクシャリといつものように乱暴に撫でた。
「だから泣くな…あんたにやられたのなら、文句はねぇ…ビリーのクソ野郎にやられるよりは、百倍マシってもんだ…げほっ!」
「サラッ!」
「…へへ、オヤジに捨てられ、ストリートの底辺で這いずり回るままのクソまみれな人生、だったが…、出来の悪い弟に、看取られて…、最後の幕引きにしちゃあ…悪くは無い、かもな…」
グシャッとサラの手が粉々に砕ける。白い染みがまるで伝染してるかのように彼女の全身に広がっていく。
「あぁ…っ!」
「っ、くそ…っ、アタシが先に逝くってんのかよ…!キースのクソ野郎に、まためんどくさい説教…されるな…っ」
サラの残る片手が俺の肩を強く掴む。
「ウィル…っ、てめぇは、長生きしろよ…っ。アタシに代わって、ビリーのクソ野郎にっ…一発かましてくれっ…!」
「サラ…っ!」
「はあ…最後に一発…クソオヤジを…ぶん殴りたかったなあ……」
「しかっりしろサ――」
ボウッと、サラの体が一瞬にして白い粉と化した。カラランとアスティル・クリスタルが虚しい音をたてて床に落ちた。彼女がこの世にいたという証を示す服だけを残して。
「あ――」
酸性雨が降る前兆の冷たい風が、サラだった粉を吹き散らした。吹き飛ばされそうになる彼女のグローブや服をサラ本人のように慌てて抱き止めた。喪失感だけが、世界を支配した。
「―――サラ」
(((お前があのガキに気負う必要なんざどこもいねえんだよ!)))
「サラ…っ!」
(((次はビールだけでなくスパーリングにも付き合えよ)))
「サラあああぁぁぁーーーー!!!うああああぁぁぁーーーっ!!!」
心の行くままに思いっきり叫んだ。サラの残した服とグローブを握りしめながらひたすら泣いた。いつか来る時だと理解しても、感情はそれを受け入れることはしなかった。ビリーや『組織』の追手なんか知ったことか、俺はただ、サラのために泣いたかった。
【続く】
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