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第十三章 ウィルフレッド

ウィルフレッド 第一節

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「邪神復活の手段の目処がついたって、本当なのミーナ殿っ?」
白猫亭の休憩室でのミーナの一言に、レクス、アイシャやラナ達は目を見張った。
「そうだ。このカスパー町の出来事でようやくピースが揃ってな」
「それで、具体的にはいったいどんな手段なんですか、先生」
「恐らく、教団の奴らは―――」

「ガァァアアアァアッ!」

「おわっ!なになにっ、何事なの!?」
「この声…ウィルくん!?」
その声から間違いなくただ事ではないと察したラナ達はすぐに駆け出した。

「ウィルさんっ!しっかりしてウィルさんっ!!!」「キュキュキュ~!」
「アアァァアアッ!アガアァアァアァァッ!」
強烈な痛みに苛まれてシャツを破り、苦しみの絶叫を上げては、ウィルフレッドの体がまるで張り詰めた弦のように強張る。胸のクリスタルから体を走るエネルギーラインはいつもの青色ではなく、真っ赤な赤色となっていた。エリネは必死に治癒セラディンをかけ続けるが、状況は一向に改善しない。

「ウィルくん!?」「ウィル!」
「兄貴っ、大きな声出してていったい…なっ!?」
ラナとミーナ、そして自室からカイがウィルフレッドの絶叫で集まってくる。

「どうしたんだよこれっ!?何があったんだエリー!」
「私も分からないの!いきなりウィルさんが苦しみ出して…っ!」
「ちょっと!ウィルくん抑えるの手伝って!」
ラナの指示でカイとレクスがなんとか暴れるウィルフレッドを押さえ込もうとし、ミーナやアイシャ達がエリネと一緒に治癒セラディンをかける。

「だめだ、我らの魔法ではやはり効かない!エリー!」
「さっきからずっとかけてます!でも何故か全然効かなくて…っ」
「うわっ!僕たちじゃウィルくんを押さえられないよ!」
「ウィルくん、しっかり…っ!」
「ウィルくん!私の声が聞こえる!?いったい何があったの!?」
「ウゥゥウッ!グアアァァァ…っ!」

ラナに応えるかわりに、ウィルフレッドが震える右手を掲げ、一本のナノマシンダガーが生成される。
「え…」
そしてそれを自分のアスティル・クリスタル目がけ、一気に突き刺そうとした。

「ウィルさんだめぇ!」
エリネが咄嗟に彼の胸をかばい、ウィルフレッドの手が止まる。
「ちょっとちょっと!なに考えてるんだいウィルくん!?」
「アグアアァァア…ッ!ガ」
突然、まるで糸の切れた人形のようにその手が緩み、落ちるダガーは空中で崩れて消える。ウィルフレッドもまたビクビクと痙攣しては、白目むいて気絶した。

「ウィルさん!ウィルさん!」
「ウィルくん!」


******


意識を失ったウィルフレッドは彼の部屋のベッドに横たわっていた。半裸で露になった胸のクリスタルがいまだに淡い脈動の光を発しながら、赤いエネルギーラインをその体に走らせる。時折苦しそうな呻き声をあげる彼にエリネは治癒セラディンをかけ続け、その向かい側にミーナが深刻そうな顔をしながら杖をかざして容態を確認している。

「エリーちゃん、本当に手伝いはいらないの?」
「大丈夫ですアイシャさん。ウィルさんの治療は私しかできませんし、さっき効かなかった治癒セラディンも徐々に効果がでてますから」
微笑みながらも心配が抜けきっていないエリネの表情に、アイシャの心が小さく痛む。エリネの膝元に座ってるルルも、心配そうに彼女を見上げていた。

「…なあミーナ、兄貴の容態、今はどうなんだ?治りそうか?」
ずっと杖に意識を集中してウィルフレッドの体を診査していたミーナが少し溜息をしながら杖をおろした。
「…分からん」

「わからんって、お前――」
「仕方ないだろうっ、ウィルの体はそもそも我々とは根本的に違うし、彼の体に使われている技術は我らにはまったく未知のものだ…っ」
どこか悔しそうに唇を噛み締めるミーナにカイがたじろぐ。
「唯一分かることがあるとすれば…いまウィルの体の中は、例のクリスタルの力が嵐のように暴れていて、恐らくそれが原因で彼が苦しんでいることしか…」

「エリーちゃん、さっきウィルくんの発作前の様子で何か気になることなかった?」
「ううん。なんとなく苦しそうな感じで、その声の表情がいつも魔人化した後の痛みの時に近いって感じがしたこと以外は特に…」

エリネの返答を聞いて、ラナは意見を求めるようにレクスを見た。
「魔人化後の痛み…。ウィルくんは魔人化の反動だと言ってたけど、今の彼の症状と関連はありそうね」
「そうだね。でも、だからといってそれがウィルくんを治せる手がかりになるというと…」

「うぅ…っ!」「ウィルさん…っ!」
また一つ苦しそうに体が小さく跳ねるウィルフレッドに、エリネが泣きそうな声を上げる。
「ミーナ様、なんとかならないのですか?治癒セラディンじゃウィルさんの痛みを完全に取り除けていないのは分かるの。もし、このまま治らなかったら、ウィルさんは――」

「俺からもお願いだミーナっ、今の兄貴は明らかに異常だ。このままだと命に関わるかも知れないし…っ」
「分かってる、二人して我を急かすでない!」
また一つ長い溜息をして、ミーナは暫くウィルフレッドの顔を見つめた。

「…一つだけ、試す方法がない訳でもない」
「本当かっ!?それってなんなんだっ?」
「ウィルの体は我らとは異なる技術体系で作られている。そんな体を、我らが知らない技術で解析しようとしても意味がない。であれば、我らが熟知している技術でアプローチすべきだろう」
「俺達の熟知してる技術…?」

「我々の医学は物理的な外傷を除き、殆どの病気はマナの乱れや、悪性の精霊によるマナ変質が原因となるため、症状の解明は大抵マナの方からアプローチをかけている。だが何らかの理由で病気の原因を見出せない場合、肉体やマナ以上に、霊的な分析で病因探すことになる。つまり――」
「魂…霊魂を診ることなのですね、先生」
ラナの答えにミーナは頷く。

「霊魂とマナ、そして肉体の関係は不可分であり、霊魂に異常をきたした場合はマナや肉体にもそれが反映するのは確立している理論だ。もっとも、霊魂の分野は世界の創造者たる女神の御業と見なされ、それ関連の魔法や技術は基本的に禁忌とされている。そのため霊魂の研究の殆どは表面的なものにとどまっていて、この分野における実技経験はあまり多くはないが…。状況が状況だ、二人の女神の巫女もいるし、禁忌でもここは大目に見てやるしかないか」

アイシャが頷く。
「そうですね…。それで先生、魂を診るとは具体的にはどうやるのでしょうか」
「うむ。さっき言ったように、霊魂は未だに解明されてない部分も多い神秘に満ちた分野だ。外側からマナの乱れを調べるようにはいかない。直接その中に入るのが現在唯一の方法だ」
「魂に…入る…?」

霊魂逆行セラスピタという儀式魔法がある。誰かの魂を、診たい人の魂の中へと潜り込ませて魂の触れ合いをする術だが、さっきも言ったようにこれは禁術扱いの魔法で、しかも大きな危険性を孕んでいる」
ラナの顔がやや厳しくなる。
「危険性…たとえばどのような?」

「まず、相手の魂に入る人は、文字通り魂レベルでの触れ合いをするため、その人が持つ感情、記憶に感覚をダイレクトに感じることができ、これによって異常を探ることになる。しかし相手の感情に同期しすぎて、潜る人の魂まで悪影響を受ける可能性もある。また、魂というのは非常に複雑で入り込んだものだから、その中で迷子になるか、現世に戻れなくなることも十分ありうる。…そして、次の部分が一番問題となる点だ。おぬしら、ウィルと我々の世界の人々との間で、一番違いとなる部分はなんだと思う?」

カイ達が考えこむ。
「一番の違いか?そりゃその、兄貴は改造された人間だから…」
「あっ!」
エリネが気付いたように声を上げる。
「ウィルさん、マナをまったく発しない…っ」

「そこだ、そしてそれは恐らく――」
いつにも増して真剣なレクスが答えた。
「…ウィルくんには霊魂…魂がないって言いたいのかいミーナ殿?」

「そんな…っ、ウィルさんに、あんなに優しいウィルさんに魂がないって…っ」
エリネの口調は少々荒かった。魂はこの世界において宗教的にも思想的にも大きなウェイトを占めている。魂がないと言われると、語感的に強い非難を感じられてしまうから。

「落ち着けエリー、我はあくまでウィルと我らの身体的な違いという意味で言ってるだけだ」
アイシャも手をエリネの肩に置いてなだめる。
「そうですよエリーちゃん、先生は別にウィルくんのことをけなしてる訳じゃないから…」

申し訳なさそうに俯くエリネ。
「ご、ごめんなさいミーナ様…私…」
「気にしなくて良い。それだけお主がウィルを案じていることだろう」

ミーナは未だ苦しそうにしているウィルフレッドを見て続いた。
「話を続くが、異世界の人間であり、魂が存在しているかどうかも分からないウィルに霊魂逆行セラスピタをかけた場合どうなるか予想がつかん。まったく効かないかも知れんし、潜り込もうとする人の魂が知らないところへと飛ばされる可能性もある。自分で言うのもなんだが、未知要因が多すぎて、我としてはこの魔法はあまり使いたくはない」

「俺はやるよっ!だって兄貴の命がかかってるかもしれないだろっ?」
「いえ、そんな危険な魔法でしたら、魔法を知らないカイくんよりも私の方が――」
カイとアイシャ、そして次に続こうとするラナ達の言葉をミーナが遮る。
「落ち着け。相手の魂に潜り込ませる人は誰でもいいという訳ではない。相手と親しく、強く思っている人でなければいかんのだ」

「ふぅむ、相手と親しく、強く思っている人…。それって、つまり…」
それが誰かを指すのか理解したレクスに、ミーナは頷くとその適任者の方を見た。
「エリー、お主だ。我らの中で一番の適任者はお主しかいない」
「えっ、私…?」
「エリーが…っ?」

「ウィルがこの世界に来て一番最初に出会ったのがお主とカイだったし、それ以来も一緒で親しく行動してたな。それに、ウィルの体におぬしの治癒セラディンだけが効くということは、お主らになんらかの繋がりがあるとも考えられる。何よりも――」

軽く咳をしてから、ミーナは続いた。
「お主、ウィルに特別な感情を持っているのだろう?誰かに対する最も強い思いの一つだ。彼の魂に潜るのに、これ以上の適任者はいない」
その言葉に軽く頬を赤く染めては、顔をウィルフレッドに向けるエリネ。

「で、でもさ、こんな危険な魔法、いくらなんでもエリーにやらせる訳には――」
「いいの、お兄ちゃん」
強い決意を篭った声でエリネは答えた。
「私、やります。ううん、ぜひ私にやらせてくださいっ!」

「おい、エリー…」
何か言おうとするカイを、ラナは手を肩に置いて止めた。ミーナが再度エリネに確認する。
「良いのだなエリー。さっきも言ったように、これは危険極まりない魔法だ。へたすれば命に関わるのだぞ」

「命に関わるのはウィルさんも同じです。それに、助ける方法があるのにそれを試さないまま諦めるなんて、私は嫌ですし…」
いまだ魔法をかけ続けてるエリネの小さな手が、苦しみで呻るウィルフレッドの額にそっと添えられる。
「大好きなウィルさんをこのまま放っておくなんて、私にはできない…」

一同が沈黙する。その場で彼女を止めようとする人はもはや誰もいなかった。
「…分かった。ならさっそく儀式の用意をしよう。レクス、女将から大きい部屋を貸切するよう相談してくれ。カイ、これから我が書くアイテムを、女将からなり町から買うなり調達してこい。ラナ、アイシャはエリーと一緒に儀式の準備を。大掛かりな魔法だ、二人のサポートも必要になるから、簡単に呪文と流れを教える」
「分かったわ、先生」
「ああ!任せとけ!」


******


暫くして、宿の大きな休憩室内に一同が集まる。部屋の中の家具は隅の小さな机を除き、一時的に搬出されている。天井には幾つか乾燥花の束やら魔晶石メタリカ込みの呪具やらがぶら下げられており、四方の壁にも特殊な呪文や符号が描かれた張り紙が張られている。

床には大きな、女神のシンボルたる三位一体トリニティの模様を基にした魔法陣が描かれており、三角形の角や円の縁に果実や鉱石が置かれてある。その中心で、魔法の模様が体に描かれていたウィルフレッドが、エリネと互いの頭が対向するように横たわっていた。

「流るる黄金の大河は魂、吹き渡る紺色の風は命―――」
円に沿って歩いては呪文を唱え、振り香炉を揺らして煙をばら撒くミーナ。魔法陣や周りの呪符、呪具などがそれに応じるように淡い輝きを発し、部屋全体が神秘に満たされていく。

ウィルフレッドとエリネに清め用の粉を振り撒くアイシャは、優しくエリネの頭を撫でる。
「あまり力を入れすぎないでくださいね、エリーちゃん。何があったら、私達が必ずフォローしてあげますから」
「うん、ありがとうアイシャさん」

用意をし終えたアイシャが離れると、ミーナがエリネの傍で屈み、二本の縄を取り出す。
「カイ、こっちに」「ああ」
肩にルルを乗せてるカイが近づき、ミーナは二つの縄をそれぞれ彼とエリネの手首に締め付けた。

「これは救命ロープみたいなものでな。もしエリーに何か異常があったら、縄を締めた方の手で彼女の縄がついた手を握るようにするんだ。魂が知らぬところへ飛ばされるのを防げるし、最後の魂を肉体へと戻す儀式にも必要だ。エリーの兄でもあるお主こそできる役だ、しくじるでないぞ」
「ああ、任せてくれ。エリー、何かあったら俺が必ず掴むからな。だから安心して兄貴を助けに行ってくれ」

「うん、信じてるよお兄ちゃん」
「キュッ」「もちろんルルもね」
「よし、ラナ、アイシャ」

カイが少し離れてるレクスの傍に立つと、ミーナはラナ、アイシャとともにそれぞれの定位置である三角の角に立ち、呪文を唱えた。
「輝ける太陽は命の源――」
「闇照らす月は道の標――」
「きらめく星々は魂の鼓動――」

魔法陣が、周りの呪具や呪符が音を鳴らしながら光り出す。レクスとカイが思わず息を飲む。エリネが両手を祈るように握る。
(ウィルさん、いま、助けにいきますから…っ)

「――世界の主たる女神たちよ、命の根源たる魂の奥義をここにっ、霊魂逆行セラスピタ!」
三色の光の奔流が部屋中を満たし、レクス達は思わず目を瞑る。

(ウィルさん!)
膨大な力の流れが体の中に入り込んだかのような感覚に陥ると、エリネの意識が、飛んだ。



【続く】

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