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第十二章 恐怖の町

恐怖の町 第十五節

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エリネがスカートを半分まで破っては結ぶ。もし走る必要がある時に転ばないために。
「これでよしっ。…忘れないでくださいミリィさん。鐘を鳴らしたら怪物たちは間違いなく鐘塔へと集まっていきます。それを隙に全速力で橋のむこう側に走ってください。私もすぐ合流しますからっ」
「あの…、私、やっぱり一緒に…っ」

ミリィの言葉をエリネは頭を横に振って遮った。
「大丈夫です。さっき言いましたよね、私は魔法が使えますから、これは私がやるべきです。かわりに忘れないでください、その言葉を言い出そうとするミリィさんの今の気持ちこそが、勇気というものなんですよ」
「エリーさん…っ」

そうやって自分を励まそうとするエリネもまたいまだに震えてるのを見て、ミリィは自分の不甲斐なさに思わず唇をかみしめる。
「無事フレンさんを助けた時は、思い切ってミリィさんの本音をぶつけましょうっ。それじゃ、いってきます」
まるで軽い買出しにでも出るような笑顔をしながら、エリネは丘の階段から下へと降りていく。
(エリーさん、私…、エリーさん…っ)

階段を降りるエリネは、降りしきる雷雨の勢いが少し弱まり、周りの声をよりはっきりと捉えるようになったことに気付く。
(よかった。さっきのままじゃ流石にちょっと自信なくなってたかも)

『『『―――RuoWroo...』』』
下でさ迷っている寄生体の群の声が聞こえ、毅然と歩いていたエリネの足が思わず止まる。

(――やっぱり、怖い…。失敗するかもしれないし、死ぬかもしれない…)
痩せ我慢してた体が一段と強く震え、大気に漂う寒気と相まって、悪寒が体を襲った。

(…落ち着いて…しっかりするのよ…)
手を胸に当てて、エリネは深呼吸する。

(怖いけれど、立ち止まってはいけない…)
かつてルルの母を救えなかった悔しさを思い出す。

(ミリィさんを助けるためにも…)
惨めに何度も転んでも、足取りがどれほどおぼつかなくとも、ゴールへと辿りつけたことを思い出す。
(そこにはちゃんと道がある。道があるのなら…進まなきゃっ)

「スティーナ様、どうか私に幸運を…。ルミアナ様、どうか私に導きを…。エテルネ様、どうか私に…勇気をっ」
最後に祈りの言葉を声にすると、エリネは沈黙し、決意を込めて一歩を踏み出した。獲物を求めてうろつく寄生体の大群の中へと。

(エ、エリーさん…っ)
丘にとどまったミリィは手を合わせながら見守った。ゆっくりと焦らず、さ迷う人々と似たリズムで寄生体の群の中を進む、エリネの姿を。

『RoOOo…』
『WruoOOo…』
寄生された人々の口と耳、鼻から伸びた触手の先端に怪しく光る紫色の明かりが、闇夜の中で鬼火のように軌跡を描く。彼らに挟んで数匹の成体もまた、その名状しがたい躯体をうねらせては横切っていく。

蛇のような触手を動かし、黒い靄を発散させてはさまよう寄生体の隙間を、エリネがゆっくりと通り過ぎていく。一部寄生体の触手が時折反応したようにピクリとするも、すぐにまた何もない方向へと離れていく。

(スティーナ様、ルミアナ様、エテルネ様…)
先ほどミリィが教えた方向に向けて、エリネは己の心を祈りで満たした。それに専念することで雑念を振り払う精神集中の技法。魔法学習の基本中の基本だ。

(女神様…っ、どうかエリーさんを、エリーさんをお守りください…っ)
ミリィは震えながらもその目を決してエリネから逸らさずに祈りを捧げる。

エリネの進行は順調だった。雑念を払う訓練は見事に功を奏し、歩調をさまよう寄生体に真似させることで、彼女は先ほどの男達のようにまったく気付かれずに進んでいく。

杖と補助具なしの歩きは久しぶりだが、マナを自主的に発散させるそれを寄生体が感じ取れない保証もないから、寧ろ都合が良かったかもしれない。雨も勢いが弱まったお陰で、建物に落ちた音でより周りを認識することができる。大気中に異様なマナが満ちているが、今のエリネは辛うじて十歩あたり先の大まかな地形を把握でき、転ばずに進むことが出来た。

『KuoOoOo!』『KiIiiIi!』
エリネのすぐ近くの寄生体二匹がまるで相手を威嚇するかのように互いに触手を強張らせる。その勢いで一匹の体が露店カフェの机にぶつかり、それに置かれたパラソルが倒れてはエリネにぶつかった。

(あっ)
『…RuoOo』
エリネの集中が一瞬乱れ、近くの寄生体の触手がぴたりと止まる。
(エリーさん…!)

(…シスター…お兄ちゃん…っ)
ぐらついたエリネは咄嗟に、自分の大事な人の姿を心に満たせては、彼女は再びふらりと歩き出す。
『…WroOo…』
同類に似た足取りを感知して、寄生体が離れていく。

(ラナ様…アイシャさん…っ)
友人達の姿で心を満たし、震えそうな体を必死に抑えては、エリネは進む。誰かを思うその気持ちが、心に抱く恐怖心の匂いを希釈してくれるのだ。
(レクス様…マティさん…)

(よ、良かった、これなら…っ)
ミリィはほっとした。既に道程の半分ほどをエリネは進んだ。彼女の進行方向にはしっかりと、跳ね橋をあげるための鐘塔がある。


バキャン!

唐突に、エリネのすぐ傍の家のドアが破れた。
「っっっ!?」
ミリィは思わず叫びたくなる口を押さえた。ドアを破ってふらりと出てきた寄生体が、そのままエリネに向かって倒れ、彼女もろとも地面へと転んでいったからだ。

「あっ」
『MroOo…?』『WroRooOo…』
あまりの出来事で思わず小さな声をあげ、集中力が途切れたエリネに、周りの寄生体がピクリと反応し、彼女の方向に触手を向けさせた。

「あ、あああ…っ、エ、エリーさん…っ!」
緊張で胸がはちきれそうに震えるミリィ。いまや数匹の成体までエリネの方に近づいていく。だんだんと集まってくる寄生体が、すぐ近くに倒れこんだ個体の触手が、彼女の存在を確かめるように目の前でうねり続けた。

『『『KuoOooOo…』』』
「あっ…あぁ…」
異形の存在に意識を向けられ、エリネの体が震えだし、声が喉の奥からもれ出す。心の奥に抑えていた恐怖が急激に膨張し、体から溢れ――


(((もう大丈夫、君が怖がる必要はもうないんだ)))
優しい声が、心の中で響いた。

(ウィルさん)

(((今の君は一人じゃない、独りじゃないんだ)))
影のある声の裏にいつも隠れた、優しい心。

『…Roo…?』

(((大丈夫だ。俺やカイ達がすぐ傍にいる)))
ザナエルに恐怖を感じたあの時、悪寒を追い出した暖かな手が触れてくれたところに、エリネは手を重ね、立ち上がった。
(ウィルさんっ)

『…WRoroo…』
「え…?」
ミリィは困惑した。さきほどまでにエリネに向けて揺れていた触手が、寄生体たちが標的を見失ったかのようにうねり、離れていく。

(((エリー)))
冷徹の雪道で自分を包んでくれたあの人のぬくもりが、力強く自分の手を握ってくれたその手の温かみが、恐怖を感じたときに支えてくれたあの人の逞しい声が、その全てがエリネの心と体を満たしていく。

(ウィルさん…ウィルさんっ!)
その思いをくれたこの世ただ一人の名前を繰返しながら、エリネは立ち上がって鐘塔を目指していく。もはや彼女に気付く寄生体はどこにもない。その小さな体にある恐怖は、生まれて初めて知る気持ちをくれた、あの人への思いに全て追い払われたから。

(…あっ、鐘塔っ!)
多くの寄生体とその成体を越え、ついに鐘塔がエリネの感知範囲内に入り、彼女は無事その入口へとたどり着いた。
(ドアの鍵は…壊れてる。普通に入れるわっ)

鐘塔内へと入り、中に寄生体がないのを確認すると、エリネは最上階へと急いだ。
(レバー…レバー…、あった!あっ、でも、どれなのっ?)
鐘の真下に出たエリネの前に複数のレバーがあった。盲人用の点字もなく、彼女は迷ってしまう。

(…このまま立っても仕方ない)
エリネは直感で一つのレバーを掴む。
(どうか当たってて。ウィルさん、私に力を…っ)
女神でも他の誰でもなく、確かな存在である思い人に祈ると、エリネは全力でレバーを引いては倒した。
「…んぐぐ…っ、ええ~い!」



ゴーン ゴーン ゴーン――

透き通った鐘の音が、対岸の鐘塔からの鐘の音とともにハーモニーを奏でた。鐘塔内の機関がゴゴンゴゴンと歯車を回し、跳ね橋が重い音を立てながら降ろされていく。
「やったわ!」

「やった…!エリーさん、本当に…っ、本当にやりました!」
鐘の音は寄生体の奇声と人々の悲鳴で覆われた町全体に響き渡った。いまだ暗がりで怯えながら震える人に、まだ残ってる健康な個体を探すようさまよう寄生体に、宿で寄生体たちを押し留めるアイシャ達に、そして―――

「エリーーーーーっ!」
遠い建物の屋根で、なによりも大事な人を失う恐怖に、思わず叫ぶウィルフレッド。その叫びを雷の轟きが遮り、彼は拳を屋根に叩きつける。
「エリーっ、いったいどこにいるんだ…っ!」


―――ゴーン ゴーン…
「っ?この音は…」「キュキュッ…!?」
ウィルフレッドとルルは遠方から伝わってくる鐘の音の方を向いた。

「―――! ルル!」
「キュッ!」
ルルが彼のシャツの中に入ると、ドンッと水しぶきだけをそこに残し、ウィルフレッドが駆け抜ける。

(((鐘の音を追いなさい。そこに、貴方の求める人が――)))

――――――

ゴーン ゴーン ゴーン
『『『KroooOoo-----!』』』

橋が降ろされても未だに鳴り響く鐘塔に、寄生体の大群が押し寄せる。エリネは予めミリィに教えられた、地面に穀物袋が詰められた場所へと大胆にも飛び降りた。
「たあっ!」

穀物袋の中へエリネが一直線に落下した。
「つぅっ!いったあ…」
多少痛みを感じるものの、体が軽いことも助かって見事に着地に成功する。

『『『WroRoAaoo!』』』
予想通り、寄生体たちは殆ど大きな音の発生源である鐘の方に向けて走っては通り過ぎる。これを機にエリネは橋の方へと駆けていく。

「エリーさん!」
「ミリィさん!」
丘の方から合流したミリィの手を掴むエリネ。
「今のうちに向こう側に行きましょう!」「はいっ!」

ゴーン ゴーン…
『『『RoWuAaooーーー!』』』

河の向こう側から鐘塔を目指して走る寄生体、向かい側の鐘塔に群がる寄生体を無視しては、エリネはミリィを引っ張りながら全速力で走りぬける。
「あともう少しよ!がんばって…!」
「はぁ…っ!はぁ…っ、ああっ!」
「ミリィさん!」

混乱の中で思わず転んでしまうミリィ。その勢いでつい手を離してしまったエリネが急停止する。
「エリーさん…っ」
「ミリィさんしっかり――」

ズバアアァァアン!

すぐ傍の運河が大きな飛沫をあげ、巨大な何かが河から飛び上がってはズシンと橋へと着地した。

『RooOoWoRAaa!』
「き、きゃああああっ!」
変異体ミュータンテス…!」

蛇の如き胴体がずるりと動き、触手で恐怖の匂いを嗅ぐかのようにうねらせる変異体の、頭部の上に新たに生えた目のようなものが二人に焦点を定めた。大質量の肉体にさらに他の寄生体成体を取り込み、ドッペルゲンガー変異体はついに視覚の感知器官を得たのだ。

「あ、あああ…っ」
「――光矢ヘリオアロー!」
地面にへたばり、再び恐怖で震えるミリィの後ろから、エリネの光の矢が変異体めがけて放たれる。突如の明かりに変異体が思わずすくむ。

『KyooOOo!?』
「エリーさんっ!?」
「ミリィさん!今のうちに逃げて!早く!――光矢ヘリオアロー!」

光の矢を再度放ちながら、エリネは走り出した。
「そんなっ、エリーさんっ!」
『RooOOOoo!』
エリネを最優先の獲物と定めたドッペルゲンガー変異体が、ミリィを無視してエリネを追っていく。

エリネは走る。ひたすらに走る。
(少しでも、少しでも変異体をミリィさんから引き離さなきゃ…っ)
だが現実は非情だった。橋を渡りきった瞬間、容易に追いついたドッペルゲンガー変異体の触手が鞭のように鋭く振り回され、エリネの足に叩き込まれた。
『KyoooOOo!』
「きゃあっ!」
足に傷が開き、エリネは転んでしまう。

「エリーさん!…あぁあっ…!」
ドッペルゲンガー変異体が引きずる長い胴体はミリィの目の前に不気味に鼓動する。それを直視するだけで彼女は恐怖に縛られて動けなくなった。

「ぅ、ぅうぅ…」
『WruoOo……』
地面に倒れこむエリネに、ドッペルゲンガー変異体が頭部を高く上げては恫喝するように音を発し、獲物を求める触手をうねらせる。

『『『RroOooOo……』』』
彼女のまわりに続々と寄生体たちが囲む。鐘の音は既に止まり、いまやこの一帯全ての寄生体が本体のところへと集まってきた。

「あぁ…っ、エリーさん…っ!エリーさん…っ!」
なんとかしないと、エリネを助けないと心の中で何度も言い聞かせても、恐怖に支配されたミリィの体は思いのままに動けない。

「ミ、ミリィィ…」
「ひぁ…っ!」
背後からの声でミリィの背筋に悪寒が走る。振り返ると、そこには口や耳から触手を伸ばし、幻惑物質の黒い靄を帯びたフレンが、死人のような蒼白な顔を向けていた。
「フ、フレン…っ!」

「う…くぅぅっ!」
痛みに耐えて体を奮い立たせては、エリネは自分に向けて威嚇してくるドッペルゲンガー変異体の方を向いた。

変異体の頭部の上に、唸り声とともにタールの如き黒の塊が浮かんできた。その内に恐怖をかきたてる紫色の光模様を脈動させる、ドッペルゲンガー変異体の本体だ。。

『WrUoOooOOoo…』
本体がおぞましい呻き声をあげては、まるで追い詰めた獲物を直に見物するかのようにエリネを睨む。とどめを刺す前の興奮か、その肉体と本体から延びる触手が異様なうねりを見せては奇声を上げる。だが――

「それで威嚇してるつもりなの?」
エリネは、動揺しない。さっきまでふらついた両足を毅然と立たせ、拳を強く握りしめながら、視線なき睨みを変異体に向けた。変異体が逆にびくりと小さく萎縮する。

『KYoOOAAAA!』
グロテクスな口を大きく開き、中から伸びるもう一つの口が、ねっとりと感じられる程に濃い黒き靄をエリネに向けて吐いた。

「っ…!」
その風圧で僅かにエリネの体が揺れる。
「…こんなことしたって無駄よっ」
だがエリネの心は、揺るがない。砕かない。吹かれた黒い靄のなかで、エリネの体が僅かに青い光を発していた。

「私、あんたなんか全然怖くないっ、あんたよりも何百倍も強い人を、私は知ってるんだからぁっ!」
『『『GuOooOo!』』』
エリネの一喝で変異体が、周りの寄生体が一斉に怯む。

やはり目の前の人間は、何かがおかしい。先ほどは感知できないほど薄かったが、それでも恐怖心は存在していた。けれどの今の彼女から、もはや恐怖が全く感じられなくなっている。いや、彼女の心の恐怖心が、得体の知れない、より大きな気持ちによって流され続けているのだ。

それだけじゃない、普通の人ならショック死にもなるほどに濃い幻惑物資を、恐怖を引き立てる自分の魔素マナが込められた黒い靄を直接吹きかけても、彼女にはなぜかまったく効かない。何か自分よりも高位な力が彼女に働いているかのように。

やはり彼女は危険だ。自分が理解できない生き物は、消さねば。いくら不思議な力を持っても、恐怖を感じなくても、所詮は人間。心臓を一刺しすれば、死ぬ。噛み砕けば、死ぬ。ドッペルゲンガー変異体は、再び口を大きく開けた。
『KwoOooOo…!』

「あああ…っ、フレン…っ、ダン…っ!」
「ミリィ…っ、ミミミミリイイリイィィィ…っ、どうしておおお押し付けた裏切ったたたたぁああぁ…っ」
目の前のフレンの顔がダンの顔と交互に映り、呪いと怨嗟の言葉を吐き続けては、一歩一歩ミリィへと迫っていく。

ガチガチと歯を鳴らし、涙を流しては、もうここまでなのねとミリィは諦めかけた。きっとこれは罰だ、自分の臆病のせいでフレンとダンを死なせたから、自分は恐怖に怯えては惨めに死ぬべきだ。もうよそう、このまま罰を受け入れ、恐怖を受け入れた方が、きっと楽で―――

『KwoOooOo…!』
変異体の声にミリィはエリネの方を向いた。変異体の大きく開いたおぞましい口の前に毅然と立つエリネを見て、先ほどの彼女の笑顔を思い出す。

(((勇気とは恐怖を感じないことじゃなく、たとえ恐怖に飲まれようとも、それに抗う心を失わないことだと、私は思いますから)))
「…っ、エリーさんっ…!」
(((フレンさんのためにも、ダンさんの時と同じ後悔をしないためにもっ、恐怖に抗ってくださいっ)))

「ミリリリミリィィィ…」
震えながらも、ミリィはフレンと、ダンの幻影を見つめ返す。惨めに全身汚れまみれでも、無様に涙を流して震えても、やがて彼女は呼びかけた。
「………ダン…ごめんなさい…」
寄生されたフレンの足が、止まる。

「私…怖かったの…。ダンにフレンとのことを言い出したら…もう二度と友達でいられないかも知れないって…だから逃げてた…変わる事に怯えて、あなたの気持ちから目を逸らし続けて…フレンも、ごめんね、あなた一人に…全てを負わせてしまって…」
ずっと秘めた後悔の気持ちを、必死に搾り出すミリィ。その手が地面に転がってた鉄製の手すりの破片に伸ばしていく。

「私、間違ってたわ…、たとえ傷つくことになっても、それは私とフレン二人で、ううん、ダンも含めてみんなで背負うべきものだった…。だって、だって…っ、誰かと一緒にいるってことは、友達を信頼するってのはそういうことなんだもの…っ」
「ミ、ミリイリリリィ…」
フレンの体が揺れる、彼に寄生した寄生体が戸惑っている。ミリィの心の恐怖が徐々に押さえ込まれていくのを感じたからだ。

「けど、今度はもう間違わない…っ」
未だに恐れの涙を流し、震えながらも、手すりの破片、尖った棒を持ち上げては立ち上がるミリィ。
「二度と後悔しないためにも、フレンを救うためにも…!必死に私を救おうとするエリーさんのためにもっ!私は今度こそあなたに伝えるわっ、ダン!」

棒を構え、なけなしの小さな勇気を奮い立たせては、ミリィは全身全霊で叫んだ。
「ごめんなさいっ!私、フレンが好きなの!大好きなの!だからフレン―――死なないでぇっ!!!」
『KYOAAAAAA!』
寄生体が怯んだ。

「うあああああぁぁぁーーーーっっっ!!!」
やばれかばれに絶叫しながら、ミリィは寄生されたフレンを押し退け、目の前にあるドッペルゲンガー変異体の胴体めがけ、突進した!

『WroOOoooOo…!』
ドッペルゲンガー変異体がヨダレをたらす口を最後に一段と大きく開き、エリネに飛びかかろうとするその寸前だった。

「ああああああーーーー!!!」
ミリィの鉄棒が変異体の躯体に刺さり、光る紫色の血が飛び散る!
『RoOo!?』
「ミリィさんっ!?」

ドッペルゲンガー変異体にとってそれは小さな針に刺さったぐらいの痛みだが、注意を逸らすには十分だった。
『RooOOoOo!』
変異体が躯体を振り回すと、刺さった棒を掴んだままのミリィを大きく振り払い、「きゃああああーーーっ!!!」ミリィは宙を舞う。

「ミリィさぁんっ!」
エリネは走り出し、地面に落ちようとするミリィを辛うじてキャッチした。
「くぅっ!」
「きゃあっ!」

『KuoOoAAAAAーーー!』
ドッペルゲンガー変異体が深淵に繋がる口を大きく開け、二人を飲み込むよう一気に飛び掛った。
「ミリィさんっ!」
「エリーさんっ!」

互いにかばいあい、二人の意識の時間がどろりと遅くなる中、様々な感情がエリネの中を去来した。

(…結局、ここまでなのね…ごめんなさいミリィさん、あなたを助けられなくて…。ああ…できれば最後にもう一度、あの人の声を、聞きたかったなあ…)


ドォォオオンッ!

変異体の巨躯の衝突により衝撃が走り、建物の窓が割れると全てが静まり返った。雨と雷の音だけが周りに響いた。



「………え」
――生きてる。エリネは、ミリィと自分がまだ生きてることに気付いた。
彼女の心に歓喜が満ちる。それが意味することは、考えるまでもなく一つだけだった。


「エリーっ!無事かっ!?」

自分達なぞ容易に押しつぶせそうな変異体の巨躯を、逞しい背中を見せる銀色の魔人アルマが押し留めていた。エリネの顔が綻び、思い人の名を呼んだ。
「ウィルさん…っ!!!」



【続く】


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