ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第十二章 恐怖の町

恐怖の町 第十節

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「ミリィさん!はやく!あそこに!」
「はぁ!はぁ!」「キュキュキュ!」
エリネとミリィ、ルルは懸命に走った。後ろから響く教団の男の断末魔に気づく余裕もなく、この巨大な恐怖の空間から逃げるよう水道通路の一つに向かってただひたすらに。

『UuORooOO――』
「ああっ!」
あと一歩のところに、寄生された人々に行く手を遮られる。後ろの方もすぐに囲まれ、エリネ達は退路を完全に断たれた。

「ミリィさんっ、私の後ろに!」
ミリィをかばって、唸るルルとともに杖を構えるエリネ。
「キュウゥウゥウ…!」
『『『URooRoo…』』』

人々の体はビクビクとしながらゆらゆらと動いてはエリネ達を囲む。口や耳から伸びる寄生体の触手もまた異様なうねりと声をあげているが、襲ってくる気配はない。

「キュウゥ……。キュ、キュキュ…!」
「ルルっ?」
何かに怯えるように、ルルがエリネの肩に飛び移っては竦む。体が思わず震え出すほどの寒気が、エリネやミリィ達に吹きかけられる。

ミリィ達の前方の人々が道を開いた。黒き形の恐怖のために。
「あっ、あぁ…っ」
闇よりも暗き靄の塊が前に出る。その塊の中で脈打つ紫色の明かりが恐怖の形を描き、それを目にしたミリィは体が凍てついて視線を逸らすことができなかった。

有機的であり、無機質であり、その両方が人知を超えた外なるものにより溶け合ったかのごとき冒涜的な模様。寄生された人々から伸びた触手と、天井に張り付いている球体の方面に見えるものと同じだ。

『WuoOoRoOOo――』
「いっ、いやっ…」
ミリィの恐怖を感じ取ったのか。黒い靄が一際大きく震え、二人に向かってゆらりと進む。

「エリーさん…っ」
「じっとしててミリィさんっ」
『WuRorOoo…?』
ぴたりと、黒い靄が何故か動きを止めた。

『Ruruuuu…』
(?…なんか様子がおかしい…)
そう思った途端、ぬるりと無数の触手が黒い靄から伸び、エリネ達…いや、エリネに向いて何かを探るように空中でうねった。

「…コワクナイ?」「ワタシ コワクナイヨ?」
男と女、年寄りと若者が混じり合った声が靄から発せられる。
「え…言葉を…?」

触手はエリネが手を伸ばせば触れそうな距離まで彼女に詰める。奇妙なうねり度合いがだんだんと増していき、黒い靄自体もまた不気味にアメーバの如く変形し続ける。エリネはじっとしたまま微動だにせずに、真っ直ぐに毅然と立つ。
『RuOoUoo…』
(なにこの声の表情…この怪物、困惑しているの?)

そう、目の前の黒き靄、ドッペルゲンガー変異体は困惑していた。先ほどの男に自分の肉体を育てさせるべく己の組織を植え込んだ後、逃げ出そうとするもう一人の女性の香ばしい恐怖を嗅ぎ付いては寄ってきたものの、

「ゼンゼンミエナイヨ」「ココニイチャダメデショ」
獲物を感知して捕食するための触手を伸ばして、ドッペルゲンガー変異体はようやく理解した。目の前の人間の女性は、のだ。恐怖感を煽るための幻惑物質が散りばめられたこの空間でも、彼女の恐怖はここまで近づかなければ感知できないほど希薄になっている。

『RuOo…UroooOOo…』
ドッペルゲンガー変異体は触手をさらにうねらせ、靄がまるで沸騰したかのように激しく波打ち、光の脈動が激しさを増す。
「こ、今度は何…っ?」

「アノヒトノカオ ワカラナイデス」「ドンナカオシテマシタ」
「ヒョウジョウッテナニ?」「シラナイヨ ボクシラナイヨ」
黒い靄に人の顔が老若男女と次々と現れては消える。ドッペルゲンガー変異体はさらに困惑を増す。いつものように相手が恐怖となる対象に化けて恐怖心を煽るようにも、目の前の人間の中からその対象の外見が見つからない。いや、のだ。

「オハツニオメニカカル オハツニオメニカカル オハツニオメニ…っ」
(ザナエルの声っ?)
まるで壊れた蓄音機のように、ドッペルゲンガー変異体は彼女が恐怖と感じたことのあるザナエルの声を発する。だが効果がまるでない。恐怖を少しでも抱けば、自分の姿と声に帯びている微弱な暗示効果と幻惑物質の増幅効果ですぐにでもそれは肥大化するはずなのに、目の前の少女が心に抱く恐怖は、まるで何かによって抑えられてるかのようにまったく増殖しない。

「ワカラナイヨ モンダイワカラナイ…ッ」「ヒョウジョウッテ ナニ?」「カタチッテ ナニ!?」
「「「ナニナニナニナニイイイイイィィィィーーー!」」」
ドッペルゲンガー変異体が、周りの寄生体が狂ったかのように触手をうねらせて絶叫する。

「エリーさんっ!」
「ミリィさん伏せて!」
エリネは兼ねてから護身用としてミーナから貰った小さな小瓶をドッペルゲンガー変異体に向けて投げては、先ほどひっそりと練っていた魔法をそれに向けて解き放った。

「――光矢ヘリオアロー!」
熱を帯びた光の矢が放たれ、投げられた小瓶へと命中し――

ズガアアァァァンッ!

巨大な火の玉が爆ぜた。

『『『RuoKYaAoAaaa----!』』』
高熱の炎が寒気に覆われたこの空間を灼き、変異体と寄生体が思わず触手を引っ込んでは大きく怯む。

「ミリィさん!」「キュキューー!」
「あああぁぁあーーー!」
極限の緊張状態のミリィの手を引張ると、ミリィは叫びながらエリネとともに懸命に寄生体を押し退けては、通路の奥へと逃げていった。



『WuRuoOruoOo…』
炎が消え、落ち着きを取り戻したドッペルゲンガー変異体が触手を引っ込むと、波打つように震え始める。
「…キケン」「アソコアブナイヨ」「カレハアブナイヒトヨ…」
変異体は本能的に感じた。あの人間の女性は、危ない。恐怖がほとんどない人は、危ない。自分では理解できないものが故に。
すぐに排除しなければ。消さねば。殺さねば…っ!

「ハヤメニショリシナイトネ」「「「シナイトネネネネネエェェェーーー!」」」
異形群の大合唱とともに、ドッペルゲンガー変異体は移動した。天井に貼り付けている球体の真下へと。

『RuuuooOOooOoーーー!』
変異体の本体が戦慄の奇声をあげた。天井の球体が一際強く脈打つと、それは変異体の黒き靄を飲み込むようにドスンと床へと落ちた。周りの数体の寄生体を巻き添えにして。

『『『WuoaooOaAaoo----!』』』
「「「ぎゃあああああああーーーー!」」」
半分以上の人々が叫びを上げ、血を流しながらミイラと化す。彼らの口から這い出る寄生体が、黒い靄をまとって次々と球体へと溶け込んでいく。

ぬめりのある表面に紫色の明かりが脈動し、それに併せて球体が激しく蠕動する。いも虫のように激しく蠢くたびに、その形がだんだんと変わっていき―――

『MuoORoOOooO―――』


******


「「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」」「キュキュっ!」
下水道の通路を必死に走るエリネ、ミリィとルル。途中でいくつかのハシゴを登り、寄生体が追いかけてこないのを確認すると、エリネ達は下水のやや開いている交差口で足を止めた。ここでも魔晶石メタリカのカンテラがかけられていて、視界はしっかりと確保できている。

「ふぅ…無事逃げ切れたようですね。大丈夫ですかミリィさ――」
「うぅっ、ううぅっ、うぐぅ…っ」
「ミリィさん?」
地面にぐたりと尻餅をついてはミリィが嗚咽し、幼児のように泣きじゃくる。

「もう、終わりよ…っ、フレンは死んで…ダンみたいに、死んでしまったわ…っ」
「そんなこと、まだわからないじゃないですかっ」
「きっとそうなのよっ!だってあんなのに、あんなのに寄生されてまだ生きれる訳ないじゃないっ!私のせいよ!私が、フレンに、責任を背負わせたから…っ!だからさっき、フレンがあんな恨めしい目で私を見て…っ!あの怪物がダンに見えたのも、きっと彼の気持ちを応えなかった私が憎かったから、フレンに取り憑いて私を呪ってきたに違いない…っ!」

ミリィは膝を抱えて丸くなる。まるで悪夢に落ちたこの状況から逃避するように。
「それだけじゃないわっ、あの怪物たち、きっと地上まで登ってきて、私達まで寄生してくるに違いない…っ!あの男の、言ったとおりよ…っ、さっきあそこで、殺されれば…」

パンッ!

エリネが彼女の手前で開手を打つと、ビクッとミリィが身震えた。
「しっかりしてミリィさん!邪神教団の人の言葉ですよ!ミリィさんを怯えさせるデタラメに決まってるわ!」
「で、でも…」
「確かに寄生された人は最後死ぬようですけど、もしその前に助ける方法が本当に存在していたら、ミリィさんはフレンさんを見捨てることになりますよ!それでいいのですかっ!?」

エリネの力強い言葉が、恐怖と絶望に打ちひしがれたミリィの奥へと入り込む。自分よりも年下なのに、その姿は目に見える何倍よりも逞しく、自分の手を握る彼女の手は、女神のように優しかった。

「大丈夫ですミリィさん。私の仲間の中にあの怪物を良く知っている人がいます。あの人ならきっと、フレンさんを助ける方法を知っているはずよ。本当に手遅れになる前に早くここから出ていきましょう」
「キュキュツ」

ルルもまたミリィをなだめるように彼女の肩へと飛び移っては、頬に伝っている涙を舐めた。ふわりとしたルルの毛並みも相まってようやく落ち着きを取り戻すミリィ。
「…うん。ごめんなさいエリーさん…、私、今度こそしっかりすると決めたのに…自暴自棄になってて…」
「いいんですよ。あんなのと対面したら誰だってパニックしちゃいますから」

差し出されたエリネの手を取ってゆっくりと立ち上がるミリィ。
「エリーさん、本当に勇気ありますね…。あの怪物、全然怖くないのですか?」
「勿論怖いですよ。私だって、あんな惨めな様にはなりたくないです。ただ、ほら、さっきも言ったように、怖いと思うよりも先に体を動かす性分ですから」
(そう、なんでしょうか。なんだか他にも理由があると思いますけど…)

「とにかく、早く外にでましょう。さっき何回か上を登ったのですから、そろそろ出口の一つぐらい見つかるはず――」


ズン…


下水道全体が、小さく揺れた。
「え、な、なにっ」
ミリィがぎゅっとエリネに抱きつく。


ズン……


再び下水道が揺れる。カンテラの明かりが明滅し、地面の水溜りが波打った。
「キュキュ…っ!」「エリーさん…っ!」
「この振動…っ」
エリネとルルは床を見た。
「下から…っ?」

ズン…ッ   ズンッ  ズンッッ!  ――ズドオオォォォン!!!

「「きゃああっ!」」「キュウ~~っ!」

二人の前方の床が崩れた、いや、突き抜けられたのだ。瓦礫と衝撃から身を守るために互いをかばいながら伏せるミリィ達。飛散する瓦礫が落ち着くと、ミリィはゆっくりと顔を上げた。
「うっ…、いったい、なにが…――」

ミリィの言葉がその体とともに凍りついた。

巨大な蛇、に似たような、この世ならざる怪物が、突き破った穴からズルリと這い上がった。

ぬめりで不気味なテカリを帯びた長い胴体。その全体の表面を走る名状しがたき模様。胴体の先にエイか掌にも似た形の巨大な頭部に、無数の触手が先端に明滅する怪しき紫色の明かりを光らせては、虫如きうねりを見せる。変異体ミュータンテス特有の無地の結晶が至るところに生え、胴体や頭部のエラのような隙間から黒き靄が撒き散らされる。目なき視線が、自分達に向けられた。

死霊ならまだ危険だと理解できた。それは少なくとも同じ女神の作る自然から生まれたものだから。
ドラゴンならまだ普通に恐れることができた。その翼と炎は常に畏怖の対象だから。

けれど目の前のソレは、違う。根本的に違う。自分が知る恐るべきもの全てから外れた、だと、まるで生まれてからそれがそうだと理解しているかのように全身全霊が訴えた。

外なる恐怖の頭部がぐぱりと裂け、口と思しき孔からよだれが垂らされる。深淵へと繋がるような口内からもう一つの触手が伸び、口をなしては奇声をあげた。

『MuoRoOoOAaaAaa------!』

「キャアアアアアァァァッ----!!!」
ミリィのなけなしの勇気は一瞬にして砕かれ、恐怖に満ちた目で絶叫した。

「ミリィさんっ!」「キュキュッ!」
半ばパニックになったミリィの手を引張っては、ルルとともに全力疾走するエリネ。
『RoOoOOo------!』
ドッペルゲンガー変異体がエリネ達目がけて突進する。間一髪、彼女達は道が狭くなった通路へと逃げ込んだ。変異体は入口の狭さで壁にぶつかると、激しく暴れ出す。

「きゃああ!」「キュウウッ!」
「あああぁっ!」
変異体の衝撃で、通路に逃げ込んだ二人は転んでしまい、カランとエリネの杖が床に落ちた。

『RoOAaA!MroAAaaAa!』
ドシンドシンと通路を無理やり広げようとする変異体ミュータンテス。そのたび通路が崩れては、エリネの杖が埋もれていく。そして通路が埋もれるよりも先に変異体は落ちる瓦礫を無理やり退けては触手一本を通路の奥へと伸ばし、『RuOooO!』ミリィの足に絡むと「きゃあっ!」転んだ彼女を引き寄せていく。

「いゃあああっ!エリーさん!」
「ミリィさんっ!」
地面を必死に掴もうとも、変異体の方へと引張られるミリィの手を掴むエリネ。
「助けて!助けてぇっ!」

強く引っ張る力に抗いながら、エリネは地面に落ちてる鋭い石の破片を拾い、「このおぉぉっ!」ミリィの足に絡む触手に強く突き刺したっ。

『KyooAoAaaAaaaaa!!!』
光る紫色の血が飛散っては、触手はミリィから離れて苦悶してのた打ち回る。通路がさらに崩れていく。
「振り向かないで走って!」「キュキュキュ!」
「あぅああぁあ…っ!」

狼狽に地面から立ち上がって、エリネやルルとともに通路の奥へと逃げ込んでいく。後ろではドッペルゲンガー変異体が、いまだに異界の奇声をあげながら、埋もれた通路を体当たりし続けた。

「…あっ、あそこっ!外の明かりがっ!」
「本当ですかっ」
走り続ける通路先の右側に、町の明かりか雷とも思える光が丸い穴を通して見えた。エリネもそこからの雨と雷の音で、出口であることが分かった。

「助かった!これでやっと―――ああっ!」
だが希望はすぐ失望に代わった。その穴は強固な鉄格子で封鎖されていたのだ。しかも外は町に直結しているのではなく、町の外へと水を流す大きな人工流路で、誰かが二人に気付く可能性は殆どなかった。

「どうして、どうしてなのっ!あけて!あけてよ!」
ガシャガシャとミリィが揺らしても、鉄格子はびくともしない。エリネが鉄格子に触れる。
(だめっ、この鉄格子、特に強固に補強されていて私の魔法じゃ壊すことができないわっ)

『―――WruoOAaaoOo…』

通路の奥から、ドッペルゲンガー変異体の声がコダマし、エリネ達は思わず振り向く。声は遠く、壁を隔てるような感じだったが、じっとしては追いつかれるのも時間の問題だ。

「い、いや…っ、このままじゃ、追いつかれるわ…っ」
エリネが急いで鉄格子の様子を確認する。
(この隙間、ルルなら通れる…っ)
「ルルっ」「キュッ」

意を決し、エリネはルルを鉄格子の隙間を通して外へと置いた。
「ルルっ、宿まで走って!あの人を…ウィルさんを私達のところへ連れてきてっ!」
「キュッ!」

エリネの言葉を理解したかのように、ルルが全力で疾走した。雨降る無人の人口水路を遡り、街道へと、温泉宿へと向かってただがむしゃらと走り抜ける。
「お願いよ、ルル…っ」

『―――RruooOo…』
再び変異体の咆哮が下水道に響く。
「エリーさんっ!」
「うんっ、早く逃げましょうっ!」

ルルが離れていくのを確認すると、エリネはウィルフレッドからもらった香水の小瓶を懐から取り出す。その蓋を開けて腰につけると、ミリィとともに再び外への道を探すよう下水道の奥へと逃げていった。

――――――

『KrOuoOOoo…』
通路はもはや通れなくなったのを察し、ドッペルゲンガー変異体がズルリと別の道へと入った。狭い水路を辿り、一目散で逃げ出すネズミ達を押しつぶしながら、途轍もない速度で地面を目指すよう這い登っていく。


ガカアァァァン!

下水道の天井に設けられた通気孔の鉄格子が容易く弾かれ、瓦礫とともに外へと飛散する。雨降る闇夜の中で走る雷の明かりが、曲がりくねるドッペルゲンガー変異体の巨大な異形のシルエットを照らす。

無人の倉庫地区へと這い出て、運河一つ越した向かい側の、いまだ安寧な日常を過ごしてる町に向け、変異体は身の毛もよだつ咆哮をあげた。

『WrroooOOOoOoo-------!』


******


(あなた…)
今日ミーナ達が訪問した、騎士の夫が失踪した婦人の家で、彼女は雨が降りしきる町の景色を窓から眺めていた。
(いったいどこへ行ったのあなた…)
ピカッと一条の光の筋が轟音を伴って闇を照らした。近くに落ちたのだろうか。

「あら…?」
街道に何かあったように見えた婦人。再び、一閃。今度こそはっきりと見えた。雨を浴びながらただそこにポツンと立っている男の姿を。
「あなた…?あなたなの!?」

雨具もつけずに、婦人は家から思い人のもとへと飛び出した。
「あなた!あなた!」
雨に濡らされることも介さずに、彼女は夫に抱きついた。
「良かった!あなた、戻ってきたのね!いったいどこに行った――」

婦人の両肩が、男に強く掴められる。
「あ、あなた?」
思わずの反応に驚きながらも頬を染める婦人は、しかしすぐに異常に気付いた。

「あ、あぁあ――…」
目がさ迷ったまま頭を上げては口を開け、男の体は小刻みに震え、喉から不可解な声が発せられる。

「あ、あなた、いったいなに―――」
ズロォッと鼻と耳から、口から、灰色の名状しがたい触手が唐突に伸びた。
『KuiiIIIiiII!』

「き、キャ――」
『WurooIiiIIii!』
怪しい紫色の明かりを光らせる触手の先端が、婦人の口と耳へと突っ込まれた。空に再び雷が轟いた。


繁華街の街角で、観光目的の数名の若者の一人に、よろめく老人がぶつかる。
「てっ!ちょっとあんたちゃんと道見て――」
「おぉ、おおぉおおぉ…」
「な、なんだ、酔っ払いか――」
『RooOOoOoo!』

仲間の前で、若者の口内に灰色の触手が突っ込まれる。
「きゃあああああっ!」
「う、うわああぁぁあっ!なんだこれはっ!?」

下水道の入口近くで立っている看守にも、
『KyoIIIiiAaa!』「ひいぃぃぃ!」
家に戻ろうと店じまいしている商人たちにも、
『RukYoOOooo!』「う、うわぁバケモノ――」
次々と触手を伸ばす人々によって襲われる。

風光明媚なカスパー町の至るところに、怪異のあげる奇声と人々の悲鳴が、雷鳴でも抑えきれぬほど溢れていく。

異界の恐怖が、地下深きより這いあがった。



【続く】
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