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第十二章 恐怖の町

恐怖の町 第四節

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空が半分黒から青に変わり、朝日が町の地平から顔を出すよりも少し前。皆と合流して朝食に向かうためにウィルフレッドが片廊下を歩いていた。
「あ…」「あ、ウィルさん…」「キュキュッ」
ばったりと、同じくみんなと合流しようとするエリネと会ってしまった。

「あ、あの、おはよう、ウィルさん」
「あ、ああ…」
少しぎこちない挨拶。けれどその理由は互い、多少異なっていた。

(うっ、なんだか妙に緊張する…なんでだろ…昨日から私、本当になんかおかしい…)
アイシャの言葉を発端に、自分が妙にウィルフレッドを意識しているのに気付いたエリネ。その気持ちを正体を知らずとも、顔は自然と赤を帯び、胸も勝手に高鳴っていく。

ウィルフレッドの心臓もまた、迷いという理由で大きく動悸していた。迷走する感情をどう扱うべきかも分からず、彼はその場で思いついたことを口にした。
「そ、そういえば昨日…軍の兵士や騎士たちとエリー、とても楽しそうに話してたな」
「え?うん、みんなとても良い人ですから…」
雑多な感情がウィルフレッドの思考回路を濁らせる。
「…それに、君に告白した人までいるようだけど…」

ピクリとするエリネ。それに気付くほどの余裕もない彼は地雷を堂々と踏み続けた。
「皆とても立派な人達だな。エリーと一緒にいても――」

「違うんですっ、失礼しますっ!」「キュウッ!?」
「あっ、エリーっ?」
あまりにも唐突に、エリネは振り返りもせずにツカツカとその場を離れた。気まずさからではない、誤解であると説明する余裕もないほどの、自分でも理由の分からない怒りのために。
「エリー!」

呼び止めるウィルフレッドを無視しながら、エリネは下へと降りていく。そんな彼女を追うこともできずに、彼はただそこで棒立ちとなっていた。
「エリー…」


******


「…ねえアイシャ様…あれ、どうなってるのか知ってる?」
「さ、さあ…」
レクス達は女主人が用意した朝食を食べながら、怒った面相でがつがつと食事するエリネを見ていた。何かあったのか聞きたくとも、さすがにそんな雰囲気ではないと感じるアイシャ達だった。

「ふうむ。ひょっとするとウィルと何か関係あるのか?」
「…らしいわね」
ひっそりと耳打ちするミーナとラナ。それも気付くはず、机の隅の方に座るエリネの遥か反対側の隅の席に、ウィルフレッドはいつも以上に顔を伏せて中々食事が進んでいないからだ。

「なあエリー、何があったのか――」
「なんでもないのっ!」
スパッと切り返すエリネに、カイはそれ以上聞かなかった。昔からこの状態のエリネは暫く間を置いてからの方が吉だから。
(いったいどうなってんだ…)

――――――

食事を終え、宿の入口で調査前の確認をするミーナ達。
「では、昨日で打ち合わせた通り、ここで二組に分けて調査を進める。必要であればラナやアイシャの名前を出して構わない。領主の騎士団や部下達ならすぐに協力してくれるだろう。何かあるか確定した訳ではないからあまり力込む必要はないが、ソラ町の前例もある。用心してかかるようにな」

「はい、任せてください先生」
「うむ。カイは浮かれて遊びにうつつを抜かさないようにな」
「するかよこの性悪エルフっ」
アイシャ達が笑い、いまだに距離を取ってるウィルフレッドとエリネの緊張した空気を幾分和らげた。

「夕方ぐらいに宿で集合して情報交換することを忘れないように、それでは、解散っ」


******


朝一のカスパー町の市場は、食材や消耗品などを仕入れようとする人達、そして観光目的の人達で既に賑わっていた。聞き込みするには最適だと判断したアイシャ達も、巨大な倉庫を改築して作られたその市場の入口にいた。

「結構大きい市場ですから手分けして聞き込みしましょう。集合地点はここということで」
「ああ」
「了解です」「キュッ」

依然としてどこか気まずそうなウィルフレッドとエリネが、互いを見ずに人混みに消えたのを見送るアイシャとカイ。
「そんじゃアイシャ、俺達もにいこう」
「ええ、任せて」

お互い合図を送っては、それぞれウィルフレッドとエリネが離れた方向へと歩いた。

――――――

「ああ、失踪の話かい?そういう話が流れてるのは知ってるけど、詳細までは私もよく分からないの。ごめんね力になれなくて」
「いいえ、こちらこそお邪魔しました」
老齢の魚商人に丁寧にお辞儀をして離れようとするエリネの前にカイが立っていた。

「ようエリー、そっちは何かわかったか?」
「ううん、全然、…っていうかまだ二軒しか聞いてないわよ、お兄ちゃんこそあっちの方を聞き込みするんじゃなかったの?」
「まあ、それはそうなんだけど…エリーは分かってんじゃないか?なぜ俺がこっちに来てるのか」
「…うん」

義理であっても幼いころからずっと一緒に育てられた兄妹。何かあれば話し合いというのがカイのモットーだから、自分のところに来た理由もエリネはすぐに察した。

「お前がこんなに真剣に怒るなんて久しぶりだよな。前にこうなってたのはシスターがくれた人形をトミーに壊された時だっけ。あいつ、そのあとあんたに杖でめった打ちされて泣いて謝ってたな」
「だってあれ、大事なシスターからの誕生日プレゼントなんだもの。あれぐらいして当然だわ」

依然として気の晴れないエリネに、カイはその背中を優しく叩く。
「何かあったんだエリー。話しにくいことなら、もっと人の少ないところに移ろうか」
「ううん、大丈夫。だって…私も何に怒ってるのかよく分からないから」
「分からない?」

こくりと頷くエリネ。
「…今朝、みんなと朝飯する前にウィルさんと出会ったんだけど…ウィルさん、軍の兵士さんや騎士さんが私に冗談で告白してる話を持ち出して…、私、そう言われるのが凄く嫌だったの…その理由が、分からないの。別に、ただの誤解だと説明すれば良いのに、それよりも苛立ちが勝ってて…。なぜなんだろう…」
「…お前…」
カイは薄々気づいた。いまエリネを苛立たせる気持ちの正体を。

「う~んそうだなあ~」
このような場合、スパッと言い出すのがカイの性分だが、彼は思いとどまり、どのように答えるべきか真剣に考え込んだ。アイシャといる自分はもっと落ち着けるようにならなければならないし、なによりも、他でもない自分の妹のことだから、真摯に一緒にその悩みを解決したいから。

「それは多分、あんたが兄貴に対して何か思うところあるからじゃないかな」
「私が…ウィルさんに…?」
「ああ。教えてなかったけど、実は俺、この前ソラの町でアイシャに告白しちゃってさ」
そんなこともうみんな知ってると言いたかったエリネだが、思いとどまった。

「告白の前に俺もずっと悩んでたんだ。アイシャへの気持ちが本当かどうかと、夜のなか自分のテント内でずっと考えてさ、自分の気持ちに向き合って、アイシャのことも考えて、最終的に俺はアイシャへの気持ちが本当だとわかって告白すると決めたんだ。だからエリーも一度、兄貴のことについてじっくり考えてみるのもいいじゃないかな。そうすれば、その気持ちの理由も見えてくるのかもしれない…多分、だけど」

「…くすっ、お兄ちゃんったら、珍しく良いこと言ってるのに、最後にちょっと自信なさげになるの、締まらないわよ」
「うっせ、こういうのは苦手なの判ってんだろ。それに珍しくは余計だ」

仲の良い兄妹らしく笑い合う二人。
「でもありがとうお兄ちゃん。参考になったわ」
「ああ、それでも解決できなかったら、いつでも相談に乗るからな」
「うんっ」

――――――

「…ん、どうしたんだアイシャ?」
聞き込みするために店を回ってるウィルフレッドは、すぐ後ろから近づいてくるアイシャに気付く。
「あっ、ウィルくん。なんでもないです。ちょっと人混みに流されてここに来たみだけで」

「そうか、それじゃ――」
「あっ、待ってウィルくん。一つ気になることがあるんですけど、聞いても構いません?」
「? ああ…」
「ええと…もしかしてエリーちゃんと何かあったの?」

ウィルフレッドの手がピクリとする。
「…どうして、そう思うんだ?」
「それはもう、朝の様子を見ますと誰もそう思いますよ。ラナちゃんや先生も心配してたんですよ」
「それは、すまない…」

元々影のある顔がさらに翳って俯くウィルフレッドを心配するアイシャ。
「ウィルくん…エリーちゃんと何かあったのですか?喧嘩とか?私でよければ相談に乗りますよ」
「俺は…」
「喧嘩でしたら、私や他の皆様と一緒に仲直りの手伝いをします。あ、それとも恋絡みの痴話喧嘩とかですか?」

ドクン、と、ウィルフレッドの心臓が冗談混じったアイシャの言葉に強く打たれる。
「そっちのほうなら、なおさら私が力になれると思いますよ。女の子の機嫌を取り戻す方法は同じ女の子の方が知っているものですから。それにエリーちゃん、軍の騎士さんや兵士さん達に結構人気ですから、早めに仲直りしないと、これを隙に誰かが横取りされるかも知れませんし」

エリネが他の誰かと一緒に幸せそうに話している光景が想像され、体が震えるほどの悪寒に支配され、吐きそうな頭痛と眩暈が襲ってくる。
「うぐっ!」「ウ、ウィルくんっ?」
よろめいて柱にもたれかかり、はちきれそうな頭を反吐を必死に堪える。
「ウィルくん大丈夫っ!?」

「ぐっ、ううぅ…っ、あぁっ…!」
自分を呼ぶ声も、周りの喧騒の声も、何もかも反響がかかったように聞こえた。その体に、かすかな赤いエネルギーライン流れる。
(だ、だめだ!冷静に、冷静にならないと…っ!)
アイシャに背中を擦られ、窒息しそうな胸を強く掴んでは、必死に気持ちを落ち着かせる。

「ひょっとしたら例のあれですかっ?それじゃエリーちゃんを呼ばないと――」
「いやっ、いい、いいんだっ。…もう、落ち着いたから」
未だに胸に痛みを感じているも、荒い呼吸は確かに収まりつつたった。常在戦場の精神訓練がある程度助けになっていた。

「ウィルくんごめんなさいっ、ひょっとしたら私、いい加減なこと言って…っ」
「大丈夫だ…アイシャが気に悩むことじゃない…」
最後に大きく吐息をするウィルフレッド。
「その、エリーのことは俺の方でちゃんとなんとかする。心配させてすまない、アイシャ」

「そう…分かりました。でももし私達が必要になりましたら、遠慮なく声をかけてくださいね」
アイシャはそれ以上追及はしなかった。少なくともさきほどの彼の反応で、ある程度事情を伺うことができたのだから。
「ああ、ありがとう。…それよりも早く失踪の件について聞き込みをしないと」
「そうですね。ここ以外にも聞き込みしなければなりませんし…」
「――あんたら、失踪の件の調査をしてるんか?」

二人が振り向くと、それは野菜を売り出している初老の店の主人からの声だった。
「あ、そうです。ひょっとしたら何かご存知ですか?」
「詳しいことはワシも知らないが、確かここから二区画先で鍛冶屋をやってるジョージュの息子さんがこの前失踪してたな」

「ジョージュ様の息子さん、ですか?」
「ああ、フレンとか言ってな、中々気骨のある奴なんだが、しばらく見ないと思ったら失踪してたらしくて。…あんたら領主の騎士団か何かか?」
「俺達は領主と協力して事件の捜査に当たってるんだ」
どのみち今のラナは領主とこの件について話し合ってるはずだから同じだと心の中で思うウィルフレッドだった。

「なるほどな。この市場辺りに誘拐話は聞かないから、調査ならジョージュの方に尋ねた方がいいと思うよ。すこし待っててくれ…」
紙を取り出して住所を示す地図を書き留め、それをアイシャに渡す主人。

「ありがとうございます。助かりました」
「気にせんでくれ、ああいう妙な噂が広がってちゃ、商売にも支障がでるからな。ただでさえ戦争で昔よりも客の数が減ってるんだから、早めに解決できればこちらとしても嬉しいものだ」

主人に会釈をし、メモ紙を持って離れる二人。
「あの方がそう仰ってましたし、このジョージュ様という方のところに行きましょうか」
「そうだな。カイ達と合流しよう」


******


「ようこそおいでなさいましたラナ殿下、昨日はちゃんとしたおもてなしもせずに本当に申し訳ありません」
「いいえ、どうか気になさらずに。それにもてなしなら、貴方が予約の助けをして頂いた温泉宿で十分なされてるのですから」
カスパー町の領主パヴァルの自宅にて、レクス、ミーナと共に挨拶を交わすラナ。

「それで、連続的失踪事件というのはやはりこの町に起こっているのですね」
「はい、ラナ殿下を煩わせないように昨日はあえて伝えませんでした申し訳ありません…」
「良いのです。他ならぬ自国領地での事件ですもの。それを無視することこそ皇女として恥じるものです。ことの詳細についてもう少し詳しく教えなさい」

「はい。一ヶ月前ぐらいでしょうか、最初に三人ぐらいの失踪案件が通報されまして、これぐらいなら騎士団の対応でなんとかなると思ってましたが、妙なことにどこを探しても見つからなかったのです。しかもその数が毎日増え続けて、今となっては観光客も含めて数百名までの人達が行方不明になっていて…。なにせ戦時中ですし、人々の不安を無駄に煽らずに情報を管制してはいますが、このまま数が増え続けてはいつまで隠せるか…正直大変困っていました」

「うぅ~む、何百名にもなるとさすがにただの失踪事件とは考え難いよね。案外本当に教団が絡んでるんじゃないかなミーナ殿」
「そう決めつけるにはまだ早いぞ。領主、この件は当然そちらのものに調査させてるだろう。犯人については何か目星がついているか?失踪者に関してもどこか共通点とかあるのか?」

「それが…困ったことに失踪者は引退貴族や商人など名のある人達だけでなく、退役兵士や一般住民、老若男女問わずときています。目ぼしい共通点もなく、そのせいで犯人の目星も全く掴めずじまいで…。ですから今になっても中々解決に繋がらないのです」

「ふぅ~む…、となれば一件一件洗いざらしする必要があるかもな。今までの失踪者の大まかな情報を載せたリスト、失踪地点などを記した地図、ほかに提供できる情報は何でも良いからまとめてくれぬか」
「はい、調査用の資料と一緒に直ちに用意します。誰か――」
使用人に情報の整理を命じるパヴァル。

「情報だけでなく実地調査も必要だな。失踪者の実家の訪問、最後に目撃された地点などを可能な限りまわって行きたい」
「う~む、それとなると僕達三人だけじゃキツくない?失踪者は数百名にも及ぶって言ってたし」
「共通点を探すだけなら別に全部まわる必要もないわ。…でも確かにもう少し人手を増やした方が良さそうね。アランに連絡して、こういうのに長けてる人員を数名選抜して調査を進めましょう」

パヴァルが申し訳なさそうに頭を垂れる。
「すみませんラナ殿下。本来ならこちらが人手を出すべきなのですが…」
「構いませんよ。こういう調査は現地でない人の方が見えてくるものもあるのですから。その代わりに伝令の用意をお願いします」
「はい、後の調査での付き添い人員一名も含めて直ちに手配します」

――――――

領主パヴァルから頂いたリストと地図を広げ、ミーナ達はその情報の確認と、これからされる調査のアラン達との担当部分を仕分けしていた。長々と名前や住所などの情報を書かれたリストをチェックするレクスは気だるそうな顔を浮かべる。

「うへ~、失踪した人、思ったよりも多いね。これだけの人数だと教団でなくとも組織的な何かによる可能性が高いじゃないかな」
「確証もなく決めつけるのはよくないが、何か裏があるのは賛同だな」
「ええ。教団絡みじゃなかったらガルシアとか他の領主に解決に当たらせばいいから、とにかくできる限り調べてみましょう」
目を休ませるように何度か目を瞬かせるレクス。
「そうだよね。…ウィルくんとエリーちゃんの件も知らないうちに解決できればいいけど。距離もどーんと縮んてさ」

「あら、あなた気付いてたのね。ウィルくんとエリーちゃんのこと」
「まあね」
「む、どういうことだ?」
「あの二人、お互い意識してるんだよね。主に色恋方面で」
「そうなのか?」

「ちょっと意外だよね。でもよく考えればウィルくんが僕たちの世界に来てからずっとエリーちゃんと一緒だったし、今は付き添い治療もしてるから、そうなる方が自然だよミーナ殿」
「ふぅむ…そういうものなのか…」
「先生はこういうの疎いですからね。まあ、このことに関しては二人の問題だし、私達は必要な時だけ手助けすればいいわ」
「だよね~。ウィルくんとエリーちゃん、うまく行くといいけど」

(…異世界の魔人であるウィルが、この世界の子であるエリーと恋、か…。ただの心配のし過ぎだといいが…)
考えを振り払い、資料を全て確認し終わったミーナが立ち上がると、一つのメモ紙をラナに手渡した。

「よし、配分は終わった。ラナ、このメモをアランに渡すようパヴァルに手配させてくれ。身分などを条件に調査対象をかなり絞ったが、この数なら上手く行けば今日中で済ませられるだろう」

「分かりました。相変わらず手が早いですね」
「情報整理はビブリオン族の十八番だからな。調査が終わったら予定通り夕方で温泉宿で集合して情報交換だ。時間が惜しい、我らも出発するぞ」
「ええ、ほらレクス殿、仕事」
「へ~い」

ラナに引張られて立ち上がるレクス達は館を後にした。



【続く】
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