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第十一章 老兵とツバメ
老兵とツバメ 第十四節
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その日の正午過ぎ、町のすぐ近く、ガルシア軍が臨時立てた休息用のテント内。ウィルフレッドは引続きエリネの治療を受けながら、ミーナとレクス達にシルビアの音とガルシアを蘇生させた仕組みを説明していた。
「なるほど…特定の音、超音波、だったか?それを利用して直接脳に…おぬしの世界風に言うと、物理的に脳に干渉していることを利用したものだったのか。あの麻痺攻撃は」
「道理で結界を張っても防げなかった訳ですよ。普通の結界は音を遮ることにはならないのですから」「キュウ…」
「うむ。エリーの言うように、教団の奴らがウィルを陽動時に使った音消しの結界はともかく、基本的に結界は音を通す。呪詛の言葉は魔法の加護で効力を薄めるものだが、まさか純粋な音のみで成立する攻撃もあるとは…。それと、ガルシアを助けたあのシーピーアル?という療法にも驚いたな」
「本当にそうですよ。まさか心臓を直接マッサージして蘇生させるだなんて。私達にはまず思いつかない発想です。普通なら逆に心停止に繋がると思うのに」
「うむ、どうやら我々は魔法にあまり力を入れすぎて、別の方向からアプローチすることに慣れていなかったようだ。医学にしても魔法や霊薬に頼りすぎる傾向がある。これからの研究はもっと広い視野でやっておかないといかんな」
ミーナが言い終えたタイミングで、ウィルフレッドはエリネが自分にかざしてる杖に手を優しく置いた。
「エリー、もう魔法をかけなくて大丈夫だ」
「ほんとですか?さっきまでまだ苦しそうなのに」
心配そうな表情を見せるエリネ。
「本当だ。それに午後はすぐにまた出発するし、エリーもちゃんと体力を温存した方がいい」
「それはそうですけど…。わかりました、でもまた異常がありましたらちゃんと教えてくださいね。私、いつでも癒してあげますから」
「ああ、ありがとう、エリー」
「うんっ、どういたしましてっ」
(へえ…ウィルくんとエリーちゃんって…)
それは普段でも見られるやり取りだが、今の二人の仕草と、顔に表してる感情に、特別な何かが紛れてるのをレクスは敏感に感じ取った。
「ウィル殿っ!」
豪快な声とともに、カイとアランに担がれてガルシアがテントに入る。彼らに続いて子供達がなだれ込んでは即座にウィルフレッドの方に群がった。
「オオカミさ~ん!」「ツバメさんっ!」
「おわっ、君達…っ」
「もうすっかり人気者よねウィルくん?」
「本当に、見ていてうらやましいです」
後から入るラナとアイシャが微笑ましそうに子供たちにしがみつかれるウィルフレッドを見た。
「ガルシアさんっ、もう体は大丈夫ですか?」
「ああ、アイシャ様とラナ様が引き続き手当をしてくれてな。もっとも、当分は館で静養することになりそうだが…」
そんなガルシアにアランが苦笑する。
「あまり無茶しない方がいい。でないとまたエイダーン陛下に笑われるぞガルシア殿」
「はははっ。アラン殿が言うと本当に陛下の笑い声が聞こえそうだ」
「ガルシアのおっさん。兄貴の…その、あの姿のこと、ちゃんと内密にするよう兵士達に伝えてくれよ」
「勿論だとも。我らを救ったウィル殿の正体を他人にバラすような恩知らずなどわが軍にはおりますまい。シルビア軍の兵士たちも根はしっかりとした皇国民だ。説明すれば納得してくれるだろう。ウィル殿、この老いぼれが一命をとりとめた御恩、いつか必ずお返しする。騎士としての約束だ」
深く一礼するガルシアに少し畏まるウィルフレッド。
「いえ、そこまで気にしなくてもいいです。俺はただ自分ができることをしただけで…」
「はははっ、その気質、やっぱりウィル殿は騎士の素質がおありのようですなっ」
「違うよっ、騎士じゃなくてツバメさんだよっ」「じゃあツバメの騎士だねっ」「ええっと…オオカミさんでツバメさんで騎士さんで…う~んもう訳わかんないや」「とにかくツバメさんはカッコいいんだよっ!」「カッコいいね!」「カッコいい~!」
テント内の全員が微笑ましそうに自分に視線を送っているのに気づき、顔を赤く染めては口を手で隠すウィルフレッド。そんな気恥ずかしさを察したエリネもまた、嬉しそうに彼に顔を向いて微笑んだ。
(…こうして子供と一緒に並んでるのを見ると、普通にお似合いとは思うんだがなあ)
ウィルフレッドとエリネを見て密かにそう思うガルシアであった。
「それじゃ私たちは予定通り一時間後に出発するわ。シルビア軍が制圧された以上、暫く他の宰相派からの攻撃は来ないはず。彼らは彼らで戦争で忙しいからね」
「うむ。申し訳ございません、ラナ様、アイシャ様。結局そなたらの時間を浪費してしまって」
「私たちはすべきことをしただけですよ、ガルシア様。それよりもどうかこれ以上無理なさらずにちゃんと静養してくださいね」
「アイシャ姉様の言う通りよ。また無茶でもしたら、今度は私が直々に制裁を入れてやるわ」
冗談じみて裏拳をコツンとガルシアの胸に叩くラナ。
「ははははっ!エイダーン陛下さえも恐れたラナ様の制裁はさすがの儂も遠慮したいものですなっ」
「ツバメさん、もう行くんだね」
「ノアくん」
子供達をかき分けて、ノアがウィルフレッドとエリネのところに寄る。もはや初対面のような魂の抜けた様子はなく、その目は子供らしい活気に満ち、手には相変わらず、ウィルフレッドがあげたツバメのメダルをしっかりと握っていた。
「ツバメさん…お姉ちゃん…用事が終わったら、また、ここに遊びに来てくれる?」
年相応なおどおどしい口調のノアに、ウィルフレッドは彼の頭を優しく撫でた。
「そうだな。この近くにまた来ることがあったら、必ずまたノアに会いにくるよ」
「私もよ、それまでにはガルシア様の話をちゃんと聞くようにね」
「…うんっ、ありがと。ツバメさん、だいすき」
ノアがウィルフレッドに抱き着くと、他の子供達もさらに熾烈な攻勢を彼に仕掛けた
「あーっ、ぼくもオオカミさんとだっこするー!」
「オオカミさん髪触らせて―っ」
「ツバメさ~んっ」
「おわわっ、ちょっ、まってくれ」
狼狽してる声をしていながらも、ウィルフレッドの顔はテント内の他の人たちと同じく、笑顔で満ちていた。
――――――
出発の用意をするためにラナとアイシャ、レクスは一緒に並んでは、連合軍の支度の用意を見届けていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、これでようやく次の町に行けるねラナ様」
「ええ、そこを越えればいよいよエステラ王国。ミーナ先生とガルシアに頼んだ手紙はもう配達済みだから、こっちもペースを上げておかないとね」
「手紙といえば、ガルシア様はもう次の町の領主様に私たちが向かうという知らせの手紙を送ったそうですね」
「そうよアイシャ姉様。カスパー町は親皇帝派の領主が収める町で、ここ同様に私も何度か行ったことあるし、ガルシアの手回しもあるからスムーズに駐屯することができるわ」
「そして念願の温泉っ!ああ~今からそこに向かうと思うとワクワクがっぺっ!」
ラナの得意な拳がレクスの頭に叩き込まれる。
「だから遊びに行く訳じゃないと言ったでしょ。まったく懲りないわね」
「ふふ、ラナちゃんったら。いいじゃない、私だって温泉、すっごく期待しているんだから」
ウキウキしてるアイシャと頭をさすってはニヘらと笑うレクスに苦笑するラナ。
「…まあ、アイシャ姉様がそういうのならね」
「そういやさ、シルビアが言ってたあのこと、ラナ様はどう思ってるのかな」
ラナがレクスを見る。
「あのこと?」
「ほら、オズワルドのことだよ。世界の覇者とかいう件」
アイシャが頷く。
「そういえば言ってましたね、そのようなことを…」
「そんなの、当然シルビアを丸めるための嘘に決まってるわ。前にも言ったでしょ、オズワルドはそういうタイプの人じゃないと断言できるって。それに彼が本当にそんなことを考えてるのなら、教団と手を組むような悪手を取ることはまずしないわ」
「それじゃ、シルビア女史はただオズワルドに踊らされただけなのですね…。嫌な人だったけれど、なんだか哀れです…」
「愛とは時にそういうものよ。様々なことから目を遮って、いつの間にか迷走しているってのは」
アイシャはが俯くのを見て話題を変えるレクス。
「まあ、今は僕達の旅を急ごう。エステル王国に到達して、マティが教団の拠点について何か掴めれば、本格的に反撃できるようになるからっ」
「そうですね。マティ様、無事でいれば良いですけど…」
「彼のことなら心配ないよアイシャ様。僕と違って彼は並のエルフ以上に有能な人だから」
「ふふ、マティ様のことをとても信頼してるのですねレクス様は」
「もちろん、彼のことは幼い頃からずっと一緒だった僕が一番理解してますからねっ」
「その割には部下と違ってご主人は怠けてることが結構多いのね?」
「うぐぅ、ひどいよラナ様ぁ、僕だって結構がんばってるんだよ色々と~」
「はいはい、そう言うのならアランと一緒に出発の指示を出しなさい。みんなの仕度もそろそろだから」
「へ~い」
軽くレクスの背中を押すラナの口調と表情は、いつも彼女の近くにいなければ気付かないぐらい細かい程度だが、普段以上に気軽く柔らかいものだとアイシャは気付き、クスッと小さく笑う。
レクスを見送るラナはそんなアイシャの笑みに気付く。
「どうしたのアイシャ姉様?」
「ふふっ、なんでもないですよ。言ってもラナちゃん、認めなさそうですしぃ」
「あー…、そういうことね」
アイシャの考えを察して苦笑するラナ。
「一応、アイシャ姉様が素直になれれば、私もソレについて言うのもやぶさかではないけどね」
「え、な、なんのことかなぁ…」
「…相談相手、いつでもなってあげますよ、アイシャ姉様」
暫くラナを見つめたままのアイシャ。
「…ううん、ありがとうラナちゃん。でもこればっかりは、やっぱり私自分――」
ふとカイの言葉がアイシャの脳裏に浮ぶ。
「…私と彼で出すべき答えなんだから」
それを聞いてラナは優しく微笑む。
「そう言えるのなら心配いらないわね。それじゃ私も仕度に行くから、また後でね」
「ええ」
ラナを見送ると、アイシャは暫く空を見上げながら、小さくカイの名前を囁いた。
――――――
「ぐ…っ」
ガルシアやノアたちと別れ、荷物を纏めるために自分のテント内に戻ったウィルフレッドは地面に跪いていた。強く抑える震える手を見つめながら。
(やはり…近いのか…エリーに、あれほど魔法をかけてもらっても…っ)
ギリっと歯軋りすると、彼は悔しさあまりに拳を地面に叩き込んだ。
「クソッ!」
******
厚い雲に覆われ、しとしとと雨が降り注ぐヘリティア皇国の帝都ダリウス。皇城の自室で、オズワルドは静かに城下町を見下ろす。雨の音を聞きながら窓にかけられた椅子に座り、真っ赤なワインを嗜んだ。
コンコンッと扉が鳴く。
「どうぞ」
扉が開くと、偽ラナことメディナが入ってきた。
「どうかしたか?」
「はい、ガルシアを討伐していたシルビアは、そこに鉢合わせた連合軍に破れ、亡くなりました」
「そうか」
冷たさも熱もない、無機質な返答。グラス内のワインを見つめ続けるオズワルドにメディナが話を続く。
「せっかくオズワルド様がザレを通して策を授けたのに、無様にやられるとは…。ガルシアの件、いかがなさいますか」
「放っておけばいい。もとより彼が計画に支障をきたす心配はなかった。一応念のためとシルビアを仕掛けたが、破れたならそれでいい。それよりも姉上の様子は?」
「大人しく部屋にいております。体調も特に異常はなく、いたって健康です」
「そうか。もう下がって良い」
「御意」
メディナが一礼し、ひっそりと退出すると、オズワルドはワインを飲み干し、空となったグラスの中身を、自分の投影を見る。その姿にかつてのシルビアがしがみついてくる。
(((ご安心くださいオズワルド様。このシルビア、あなたのご恩を報いるためにも、その大願を成就するためにも、この命を投げ出すことになっても惜しくはありません。ですからどうか、私を――)))
グラスを机に置き、オズワルドは外の雨を見続けていた。その顔は依然として表情のないままだった。
******
・
・
・
・
・
「ねえ、気付いてる?」「うん、気付いてるよ」
男女の子供の声がまどろみの世界で響く。
「星辰が並びを変え始めている…それにこれって…」
「とても、とても良くない相を表してるね…」
「でも、あの方はまだ決めかねてるみたいだね」
「そうだね。今はとにかくこのまま見守ろう。夢の境にいる僕達はそれしか出来ないから」
「それしかないね」「それしかないよ」
子供達の声が、夢の奥へと遠のいていった。
【第十一章 終わり 第十二章へ続く】
「なるほど…特定の音、超音波、だったか?それを利用して直接脳に…おぬしの世界風に言うと、物理的に脳に干渉していることを利用したものだったのか。あの麻痺攻撃は」
「道理で結界を張っても防げなかった訳ですよ。普通の結界は音を遮ることにはならないのですから」「キュウ…」
「うむ。エリーの言うように、教団の奴らがウィルを陽動時に使った音消しの結界はともかく、基本的に結界は音を通す。呪詛の言葉は魔法の加護で効力を薄めるものだが、まさか純粋な音のみで成立する攻撃もあるとは…。それと、ガルシアを助けたあのシーピーアル?という療法にも驚いたな」
「本当にそうですよ。まさか心臓を直接マッサージして蘇生させるだなんて。私達にはまず思いつかない発想です。普通なら逆に心停止に繋がると思うのに」
「うむ、どうやら我々は魔法にあまり力を入れすぎて、別の方向からアプローチすることに慣れていなかったようだ。医学にしても魔法や霊薬に頼りすぎる傾向がある。これからの研究はもっと広い視野でやっておかないといかんな」
ミーナが言い終えたタイミングで、ウィルフレッドはエリネが自分にかざしてる杖に手を優しく置いた。
「エリー、もう魔法をかけなくて大丈夫だ」
「ほんとですか?さっきまでまだ苦しそうなのに」
心配そうな表情を見せるエリネ。
「本当だ。それに午後はすぐにまた出発するし、エリーもちゃんと体力を温存した方がいい」
「それはそうですけど…。わかりました、でもまた異常がありましたらちゃんと教えてくださいね。私、いつでも癒してあげますから」
「ああ、ありがとう、エリー」
「うんっ、どういたしましてっ」
(へえ…ウィルくんとエリーちゃんって…)
それは普段でも見られるやり取りだが、今の二人の仕草と、顔に表してる感情に、特別な何かが紛れてるのをレクスは敏感に感じ取った。
「ウィル殿っ!」
豪快な声とともに、カイとアランに担がれてガルシアがテントに入る。彼らに続いて子供達がなだれ込んでは即座にウィルフレッドの方に群がった。
「オオカミさ~ん!」「ツバメさんっ!」
「おわっ、君達…っ」
「もうすっかり人気者よねウィルくん?」
「本当に、見ていてうらやましいです」
後から入るラナとアイシャが微笑ましそうに子供たちにしがみつかれるウィルフレッドを見た。
「ガルシアさんっ、もう体は大丈夫ですか?」
「ああ、アイシャ様とラナ様が引き続き手当をしてくれてな。もっとも、当分は館で静養することになりそうだが…」
そんなガルシアにアランが苦笑する。
「あまり無茶しない方がいい。でないとまたエイダーン陛下に笑われるぞガルシア殿」
「はははっ。アラン殿が言うと本当に陛下の笑い声が聞こえそうだ」
「ガルシアのおっさん。兄貴の…その、あの姿のこと、ちゃんと内密にするよう兵士達に伝えてくれよ」
「勿論だとも。我らを救ったウィル殿の正体を他人にバラすような恩知らずなどわが軍にはおりますまい。シルビア軍の兵士たちも根はしっかりとした皇国民だ。説明すれば納得してくれるだろう。ウィル殿、この老いぼれが一命をとりとめた御恩、いつか必ずお返しする。騎士としての約束だ」
深く一礼するガルシアに少し畏まるウィルフレッド。
「いえ、そこまで気にしなくてもいいです。俺はただ自分ができることをしただけで…」
「はははっ、その気質、やっぱりウィル殿は騎士の素質がおありのようですなっ」
「違うよっ、騎士じゃなくてツバメさんだよっ」「じゃあツバメの騎士だねっ」「ええっと…オオカミさんでツバメさんで騎士さんで…う~んもう訳わかんないや」「とにかくツバメさんはカッコいいんだよっ!」「カッコいいね!」「カッコいい~!」
テント内の全員が微笑ましそうに自分に視線を送っているのに気づき、顔を赤く染めては口を手で隠すウィルフレッド。そんな気恥ずかしさを察したエリネもまた、嬉しそうに彼に顔を向いて微笑んだ。
(…こうして子供と一緒に並んでるのを見ると、普通にお似合いとは思うんだがなあ)
ウィルフレッドとエリネを見て密かにそう思うガルシアであった。
「それじゃ私たちは予定通り一時間後に出発するわ。シルビア軍が制圧された以上、暫く他の宰相派からの攻撃は来ないはず。彼らは彼らで戦争で忙しいからね」
「うむ。申し訳ございません、ラナ様、アイシャ様。結局そなたらの時間を浪費してしまって」
「私たちはすべきことをしただけですよ、ガルシア様。それよりもどうかこれ以上無理なさらずにちゃんと静養してくださいね」
「アイシャ姉様の言う通りよ。また無茶でもしたら、今度は私が直々に制裁を入れてやるわ」
冗談じみて裏拳をコツンとガルシアの胸に叩くラナ。
「ははははっ!エイダーン陛下さえも恐れたラナ様の制裁はさすがの儂も遠慮したいものですなっ」
「ツバメさん、もう行くんだね」
「ノアくん」
子供達をかき分けて、ノアがウィルフレッドとエリネのところに寄る。もはや初対面のような魂の抜けた様子はなく、その目は子供らしい活気に満ち、手には相変わらず、ウィルフレッドがあげたツバメのメダルをしっかりと握っていた。
「ツバメさん…お姉ちゃん…用事が終わったら、また、ここに遊びに来てくれる?」
年相応なおどおどしい口調のノアに、ウィルフレッドは彼の頭を優しく撫でた。
「そうだな。この近くにまた来ることがあったら、必ずまたノアに会いにくるよ」
「私もよ、それまでにはガルシア様の話をちゃんと聞くようにね」
「…うんっ、ありがと。ツバメさん、だいすき」
ノアがウィルフレッドに抱き着くと、他の子供達もさらに熾烈な攻勢を彼に仕掛けた
「あーっ、ぼくもオオカミさんとだっこするー!」
「オオカミさん髪触らせて―っ」
「ツバメさ~んっ」
「おわわっ、ちょっ、まってくれ」
狼狽してる声をしていながらも、ウィルフレッドの顔はテント内の他の人たちと同じく、笑顔で満ちていた。
――――――
出発の用意をするためにラナとアイシャ、レクスは一緒に並んでは、連合軍の支度の用意を見届けていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、これでようやく次の町に行けるねラナ様」
「ええ、そこを越えればいよいよエステラ王国。ミーナ先生とガルシアに頼んだ手紙はもう配達済みだから、こっちもペースを上げておかないとね」
「手紙といえば、ガルシア様はもう次の町の領主様に私たちが向かうという知らせの手紙を送ったそうですね」
「そうよアイシャ姉様。カスパー町は親皇帝派の領主が収める町で、ここ同様に私も何度か行ったことあるし、ガルシアの手回しもあるからスムーズに駐屯することができるわ」
「そして念願の温泉っ!ああ~今からそこに向かうと思うとワクワクがっぺっ!」
ラナの得意な拳がレクスの頭に叩き込まれる。
「だから遊びに行く訳じゃないと言ったでしょ。まったく懲りないわね」
「ふふ、ラナちゃんったら。いいじゃない、私だって温泉、すっごく期待しているんだから」
ウキウキしてるアイシャと頭をさすってはニヘらと笑うレクスに苦笑するラナ。
「…まあ、アイシャ姉様がそういうのならね」
「そういやさ、シルビアが言ってたあのこと、ラナ様はどう思ってるのかな」
ラナがレクスを見る。
「あのこと?」
「ほら、オズワルドのことだよ。世界の覇者とかいう件」
アイシャが頷く。
「そういえば言ってましたね、そのようなことを…」
「そんなの、当然シルビアを丸めるための嘘に決まってるわ。前にも言ったでしょ、オズワルドはそういうタイプの人じゃないと断言できるって。それに彼が本当にそんなことを考えてるのなら、教団と手を組むような悪手を取ることはまずしないわ」
「それじゃ、シルビア女史はただオズワルドに踊らされただけなのですね…。嫌な人だったけれど、なんだか哀れです…」
「愛とは時にそういうものよ。様々なことから目を遮って、いつの間にか迷走しているってのは」
アイシャはが俯くのを見て話題を変えるレクス。
「まあ、今は僕達の旅を急ごう。エステル王国に到達して、マティが教団の拠点について何か掴めれば、本格的に反撃できるようになるからっ」
「そうですね。マティ様、無事でいれば良いですけど…」
「彼のことなら心配ないよアイシャ様。僕と違って彼は並のエルフ以上に有能な人だから」
「ふふ、マティ様のことをとても信頼してるのですねレクス様は」
「もちろん、彼のことは幼い頃からずっと一緒だった僕が一番理解してますからねっ」
「その割には部下と違ってご主人は怠けてることが結構多いのね?」
「うぐぅ、ひどいよラナ様ぁ、僕だって結構がんばってるんだよ色々と~」
「はいはい、そう言うのならアランと一緒に出発の指示を出しなさい。みんなの仕度もそろそろだから」
「へ~い」
軽くレクスの背中を押すラナの口調と表情は、いつも彼女の近くにいなければ気付かないぐらい細かい程度だが、普段以上に気軽く柔らかいものだとアイシャは気付き、クスッと小さく笑う。
レクスを見送るラナはそんなアイシャの笑みに気付く。
「どうしたのアイシャ姉様?」
「ふふっ、なんでもないですよ。言ってもラナちゃん、認めなさそうですしぃ」
「あー…、そういうことね」
アイシャの考えを察して苦笑するラナ。
「一応、アイシャ姉様が素直になれれば、私もソレについて言うのもやぶさかではないけどね」
「え、な、なんのことかなぁ…」
「…相談相手、いつでもなってあげますよ、アイシャ姉様」
暫くラナを見つめたままのアイシャ。
「…ううん、ありがとうラナちゃん。でもこればっかりは、やっぱり私自分――」
ふとカイの言葉がアイシャの脳裏に浮ぶ。
「…私と彼で出すべき答えなんだから」
それを聞いてラナは優しく微笑む。
「そう言えるのなら心配いらないわね。それじゃ私も仕度に行くから、また後でね」
「ええ」
ラナを見送ると、アイシャは暫く空を見上げながら、小さくカイの名前を囁いた。
――――――
「ぐ…っ」
ガルシアやノアたちと別れ、荷物を纏めるために自分のテント内に戻ったウィルフレッドは地面に跪いていた。強く抑える震える手を見つめながら。
(やはり…近いのか…エリーに、あれほど魔法をかけてもらっても…っ)
ギリっと歯軋りすると、彼は悔しさあまりに拳を地面に叩き込んだ。
「クソッ!」
******
厚い雲に覆われ、しとしとと雨が降り注ぐヘリティア皇国の帝都ダリウス。皇城の自室で、オズワルドは静かに城下町を見下ろす。雨の音を聞きながら窓にかけられた椅子に座り、真っ赤なワインを嗜んだ。
コンコンッと扉が鳴く。
「どうぞ」
扉が開くと、偽ラナことメディナが入ってきた。
「どうかしたか?」
「はい、ガルシアを討伐していたシルビアは、そこに鉢合わせた連合軍に破れ、亡くなりました」
「そうか」
冷たさも熱もない、無機質な返答。グラス内のワインを見つめ続けるオズワルドにメディナが話を続く。
「せっかくオズワルド様がザレを通して策を授けたのに、無様にやられるとは…。ガルシアの件、いかがなさいますか」
「放っておけばいい。もとより彼が計画に支障をきたす心配はなかった。一応念のためとシルビアを仕掛けたが、破れたならそれでいい。それよりも姉上の様子は?」
「大人しく部屋にいております。体調も特に異常はなく、いたって健康です」
「そうか。もう下がって良い」
「御意」
メディナが一礼し、ひっそりと退出すると、オズワルドはワインを飲み干し、空となったグラスの中身を、自分の投影を見る。その姿にかつてのシルビアがしがみついてくる。
(((ご安心くださいオズワルド様。このシルビア、あなたのご恩を報いるためにも、その大願を成就するためにも、この命を投げ出すことになっても惜しくはありません。ですからどうか、私を――)))
グラスを机に置き、オズワルドは外の雨を見続けていた。その顔は依然として表情のないままだった。
******
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「ねえ、気付いてる?」「うん、気付いてるよ」
男女の子供の声がまどろみの世界で響く。
「星辰が並びを変え始めている…それにこれって…」
「とても、とても良くない相を表してるね…」
「でも、あの方はまだ決めかねてるみたいだね」
「そうだね。今はとにかくこのまま見守ろう。夢の境にいる僕達はそれしか出来ないから」
「それしかないね」「それしかないよ」
子供達の声が、夢の奥へと遠のいていった。
【第十一章 終わり 第十二章へ続く】
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父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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