ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第十一章 老兵とツバメ

老兵とツバメ 第六節

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日が山の向こうへと沈んだばかりの頃。早めの夕食をすませ、連合軍のキャンプ地のテント内で、マティとミーナ、そしてレクスは多くの道具や装備に囲まれながら、明日旅立つマティの仕度をしていた。

「この瘴気避けの護符を幾つか持っていくと良い。濃度が濃すぎると効果が薄くなるから周りには常に注意するのだぞ」
「これは大変助かります、ありがとうございますミーナ殿」

「よしっ、縄のチェック全部終わったよ。どれも新品並みでそう簡単には千切れないよ。提供してくれたガルシア殿に感謝しないとね」
「そうですね。これだけの装備が揃えればメルテラ山脈でも余裕で越えられます」
マティが手際よく装備を袋に積める。そんな彼をレクスは意味ありげに見つめた。

「ねえマティ、本当に大丈夫かい?今回はエル族の里近くを通るんでしょ」
マティはすぐさまに言葉の意味を理解する。
「ええ。別に里に入る訳でもありませんし、教団絡みだと四の五の言ってられませんから。…レクス様も、ちゃんと公私を弁えて王族に協力していますしね」
「はは、確かにそうだね」

ミーナが腕を組みながら問う。
「なんの話だ?」
「大したことではないですよ。故郷の人と少しいざこざがあるのだけですから」
「そうか」

彼女はそれ以上聞くことはなかった。百の氏族を有するエルフはそれぞれ独特なルールや風習があり、それが時折トラブルの元となることは、自分のビブリオン族を含めて昔から良くあることだから。

「マティ殿、貴方の剣をドーネ殿が磨きなおしましたよ」
アランが剣を持ちながらテント内へと入る。
「ありがとうございますアラン殿」
立ち上がってアランから剣を受け取り、それを鞘から抜いて確認するマティに、アランは少し真剣な顔を向ける。

「マティ殿、その――」
「承知していますアラン殿」
剣を鞘に戻すマティ。
「クラリス殿の件も、道中で可能な限り情報を集めます。どうかご安心を」
「かたじけない、マティ殿」
その表情に隠された憂いと安心を、マティは感じ取れた。

ガルシアとの会議が終わった後、マティは真っ先にアランに、クラリスと聖剣の話を伝えていた。あの時、アランは少し驚きながらも落ち着いて答えた。
(((前にも言ったように、クラリスはもう皇国の騎士です。彼女はきっと自分の責務を果たすと私は信じています)))

たとえそうは言っても、相手は自分の娘。心の底ではやはり心配しているのだとマティは思うと同時に、自分の両親の顔が久しぶりに頭の中に浮んだ。

「アラン殿も、私が戻るまでにレクス様のことをお願いします。昼ではああ言ってましたが、やはり心配するものですから」
「勿論です。ラナ様以外に気苦労が増えそうな気もしなくはないのですが」
「ははは、帰りましたら一杯奢ってあげますよ」

二人の冗談にレクスは苦笑する。
「ちょっとお二人さん、いつそんなに仲良くなったの?」
「さあ、いつでしょうかね。互いに苦労をさせる主人に仕えてるのですから、知らぬうちにってことでしょうか」
「へいへい、どーせ僕は放蕩もんのご主人だよ」

わざとらしく拗ねた表情をするレクスに、アランとマティが軽く笑い出す。
「レクス殿には感謝していますよ。貴方のお陰で最近のラナ様、普段でも前よりだいぶ楽になれてる気がするのですから」
「そうかい?でもそれはあくまでラナ様の自己管理が優れてるだけだと思うよアラン殿」
「ふむ、ではそういうことにしておきましょうか」

にこやかに笑うアランに、いつものにへらな顔でごまかすレクス。
(意外と鋭い御仁だね…)

最後の装備チェックが終わると、レクスは力強くマティの肩に手を力強く置いた。
「まあ冗談はここまでにして…本当にちゃんと気を付けるんだよマティ、危険だと感じたら、無理せず逃げるようにね」
「ええ、承知しています。ご安心くださいレクス様」


二人は相手への強い信頼を込めた笑顔を互いに見せ、強く手を握りしめた。


******


館自体よりも広い庭の一角で、カイはぎこちながらも、彼の傍で優雅に一礼しているアイシャの動きを真似っていた。
「そう、男性の場合は、ここの動き全体はもっと力強く見せるようにするの」
「ええと、こ、こうかな…ってイテ!」
「大丈夫カイくんっ?」
「あ、足つっちゃった、なはは」
「もうびっくりさせて…、つったところ見せてください」

アイシャがカイを座らせては、その足を持ち上げて魔法をかける。アイシャの柔らかな手の感触に、カイは高鳴る胸を必死に落ち着かせるようにした。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「おっ、もう全然痛くないや、ありがとなアイシャ」
「どう致しまして。丁度いい区きりですから一旦休憩しましょう」
くすりと笑いながらも、アイシャはカイの傍に座る。

「ふぅ~~、挨拶の動きとかタイミングとか、口調まで気を付かなければいけないなんてさ。思ったよりもしんどいよな、貴族の礼儀って」
「これでもまだまだ序の口ですよ。食事の礼儀までになると、食べ物ごとの順序や食器の使い方まであるのですから」
「うへえ…アイシャって凄いよな。そんな生活をずっとやり続けられるなんて」
「小さい頃から慣れてますからね」
「それでも凄いと思うよ」

お互いに笑っては満天の星空を一緒に見上げる。空に浮ぶ三日月に見守られ、暫くの静けさを満喫する二人。
「…ねえカイくん、本当にこれでいいの?」
「なにがだい?」

「礼儀作法の練習。カイくんがそれを学びたいこと自体はそんなに悪いことではないだけれど、カイくんってやっぱりそういうのに束縛されるよりも、今までのように自由なままの方が良いかなって思って…」
「ああ、言いたいことは分かるよ。確かに実際やってみると滅茶苦茶疲れるし、自分には本当に合わないなあと、ちょっと思ってることもある」

「じゃあ、やはり無理せずに…」
「でもさ、それでも俺はこうして練習することはよかったと思うし、ちゃんと意味があるとも思うんだ」
「そうなの?」
カイは頷いては空の三日月を見上げる。

「だってこうして練習すると、今までアイシャが辛いと思ってる世界が一体どんな感じなのかようやく肌で感じるようになったから。これぐらいのことも分からないようじゃ、君と一緒にいたいって言っても説得力ないしさ」
「カイくん…」
「それとさ、何も別に完全にそれに溶け込むって考えてるん訳じゃ無いよ。これはそういう体制を変える第一歩だと俺は考えてる」
「体制を…変える…?」

カイが顔をアイシャに向ける。
「そっ、アイシャは言ってたよな、見栄え重視の貴族社会で、色々と抑えなければいけないって。俺は君が苦しく感じるその体制を変えたい。でもそれをするには、ちゃんと体制自体を知らなきゃいけないと思ってさ」
アイシャは驚いたかのように目を大きくしてはカイを見つめる。

「どうしたんだアイシャ?」
「う、ううん、ただ…カイくん…まさかここまで考えてるだなんて思いもよらなくて…」
それを聞いてカイは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あはは、やっぱり?実はこれさ、俺でなくミーナやラナ様から教えてもらったんだ。語学の勉強のついでにさ」
「先生とラナちゃんから?」

「ああ、こういうのはやっぱり同じ王族で付き合いの長いラナ様や、まあ一応は物知りのミーナに聞くのが一番だろ?それでミーナ達は、何かを解決するならまず問題自体を知るべきだって言ってたんだ」
地面に落ちた葉っぱを無造作に拾っては手でもてあそぶカイ。

「今考えると、オヤジと母さんは自分たちだけで悩んで、誰とも相談してはいなかった。俺はオヤジ達の過ちを繰り返さない…。信頼できる人とちゃんと悩みを相談し、解決していきたい。だって…、その、まだ一緒にいられるって決められてないけどさ。アイシャの悩みは、俺の悩みにもなるのかもしれないから…」
「…のに」「え?」
俯きながら、殆ど聞こえない囁き声をするアイシャ。

「なんでもないです。カイくんって本当に偉いと思っただけです。どうもありがとう、私のために色々と考えてくれて」
そう言ってアイシャはクスリと笑いながらカイの頭を撫で、カイは照れながらも同じく笑顔を見せる。
「なはは、君の役に立てれば安い御用だよ」

(本当はもう、決めてるはずなのに)
胸を掻き立てる暖かい感情、じんわりと染みては全身に行き渡る熱。自分のために一生懸命なカイへのその気持ちが、果たして弟としてみる親愛か、または異性として胸が高鳴る恋か。複雑に絡み合う思いに見えて、その答えはとうに知っていた。

けれど、けれど、ああ、未だに迷ってる理由も同じぐらい明瞭だった。寧ろ、気持ちの正体がはっきりとなるほど、迷いの気持ちもより強くなる。あの時エリクが放つ毒に侵されたカイの苦しそうな顔がいまだに頭から離れない。もし、彼が自分の勇者になったせいで、また同じ目に遭ってしまったら…。

自分の運命を受け入れて立ち上がる覚悟があっても、目の前の彼をそれに巻き込む覚悟は、まだアイシャにはなかった。


******


館の、アイシャ達がいる庭の方向の反対側にいるテラスで、ウィルフレッドは手すりに身を持たせては夜空とそこに浮かぶ三日月を見つめていた。

(((オオカミさんはツバメさんだったの?)))
(((君はやっぱりツバメだよウィル)))

昼の子供たちの声が、かつてのアオトの言葉と重なり、ツバメの首飾りに手が触れる。チーム一同と過ごした日々の記憶が再び彼の脳内に蘇る。

――――――

真夜中の無人の荒野を横切るレールの照明の下で、ゴゥッ!と一台の超電導リニア列車がさながら弾丸の如く疾走する。

その車体は激しく破損して燃え盛っており、先頭の機関車部分からいびつな木のような生き物が車体を突き破って生えていた。無地の結晶が葉のように生えた枝を唸り声と共に振り回すそれを、二つの光が音速にも近い速度で追っていた。

「この盆栽がぁっ!」
「はあぁっ!」
赤色のアルマ、サラが輝くビット変異体ミュータンテス目掛けて放ち、青色のアルマ、アオトもまた無数のエネルギーの矢を絶え間なく射出する。

『Kuuuuu……』
ビットと矢が変異体ミュータンテスの枝へと命中し、電気を帯びた怪しげな緑色の霧が吹き散らされる。ダメージは思ったよりも小さい。あの緑の霧がエネルギーを吸収し、逸らしているからだ。

うねる枝は暫く悶えると、再び数台離れた車両へと襲い掛かり、青い双剣の輝きがそれらを全て切り落とした。燃え盛るその車両にはアルマ化したウィル、そして車両の床から生えた枝に絡まれ、泣きじゃくる幼い女の子の姿があった。

「シティへの衝突まであと五分っ!もう時間がありません!」
「うるせぇビリー!つまらねぇカウントダウンする暇あったらオペレーターらしくマシな情報を渡せってんだ!」
「す、すみませんっ!」
サラの怒鳴りで、遠方のステルスモード中の万能戦術機内でモニタリングしているビリーがたじろぐ。

遡ること数時間前。シティ間で行き来する特急列車は、いつものように隣のシティへと物資や乗客を運んでいたが、先頭車両で突如変異体ミュータンテスが出現。作戦本部がアルボル変異体と名づけたそれは機関室のエネルギーを吸収して急激に成長。その枝を利用して運転室内の人員をすべて取り込んだだけでなく、制御コンピュータまでもハッキングして列車を暴走させた。

知らせを受けたアルファチームはいつものように出撃してこれを倒そうとした。後方車両に集まった乗客は、『組織』の別働隊により切り離されて助け出されたが、先頭車両で値打ちものをくすねようとする幼子を見落としていた。ギルバートが列車もろとも変異体を吹き飛ばそうとするところをウィルフレッドに発見され、当然の如く彼はその子を助けようとした。

作戦本部とは変異体がばら撒いたジャミング花粉より連絡がとれずにいた。ギルバートは彼の行動を咎めることもなく独断行動をとり、ウィルフレッドの好きにさせた。作戦も、機関車と同化していまや巨大爆弾と化した変異体の核を、シティから離れてるうちに遠距離からアスティル・バスターで爆散させる本来のものから、ギルバートとキースがコアにまだテスト段階のアンチ変異体ミュータンテスウィルスを投与して枯死させる内容に変更した。

子供はウィルフレッドが救助をするはずだが、後部車両と一体化し始めた変異体の枝がその子を取り込もうと膨大な量の枝を伸ばしてくる。彼は押し寄せる枝の波の対応に追われて救助できずにいた。

「うええ…っ、こわいっ、こわいよぉ…!」
「っ、つあああっ!」
車両の前方の壁に生えた大きな口へと女の子を引きずろうとする枝を、ウィルフレッドは振り返って切り払う。だがその隙に無数の枝がさらに生えて彼に振り打ち下ろされ、子供も再び絡まれてしまう。
「ぐあっ!」「うわあああっ!」

「おいキース!ギル!なにモタモタしてやがる!早くあの盆栽を枯らしてやれ!」
「ははっ!気軽に言うねえ…っ!おらあっ!」「おおおっ!」
襲い掛かる枝を退くギルバートの槍とキースのハルバードが、猛烈な勢いで変異体本体の外殻へ交互に打ち込まれる。その度に外殻が破砕し、二人はコアがいると思われる機関車中心部へと突き進んでいく。

爛々と光るシティの明かりがレールの前方を照らし、より大きなエネルギー源を求めて列車を暴走させたアルボル変異体はさらに速度をあげる。アオトが焦りだす。
「これじゃ拉致があかないよ!やっぱり僕が降りてウィルの支援を――」
「バカな真似はやめな!遠距離支援タイプアタシたちじゃそこに降りた途端あの盆栽の格好の餌食だ!」
「けど…っ」

「うおおおっ!」
ウィルフレッドは意を決し、女の子に絡む枝を含めて全ての枝を切り落としては、本体と車両の全方位から自分に襲いかかる枝を省みずに、すかさずその子を守るようにかばう。

「ぐああああっ!」「きゃああぁっ!」
「ウィル!」「おいっ、バカウィルっ!」
アオトとサラが叫ぶ中、枝に打ちひしがれ、肩は体に突き刺されながらも、ウィルフレッドは全エネルギーを防御と再生に回しては激痛に耐える。

「うらあっ!」
キースの重々しいハルバードの一撃が最後の外殻を粉砕すると、淡い緑色の光を発しながら脈動する変異体の巨大なコアがついに露になった。
「見えたぞギル!」「おおおくらいなっ!」
外殻が自己修復するよりも先に、ギルバートがウィルスのシリンダをそのコアへと強く突き刺したっ。

『KuooaAAAaaA!?』
アルボル変異体が悶え苦しむかのように枝を闇雲に振り回し、ウィルフレッドを苛む枝もまた藻掻きながら離れていく。

「おいウィル、今だ!」「ぐぅぅおっ!」
サラの呼び掛けでウィルフレッドは激痛に耐えながら子供を抱えては列車を飛び離れた。傷により空中で危うくバランスを崩す彼をアオトが受け止める。
「ウィル!」「ぐっ、アオト…っ」

『KooOOOoOooOo…』
アルボル変異体が断末魔をあげ、怪しげな緑の脈動は中心から拡散していく灰色に飲み込まれると、末端の枝から枯れ木のように崩れては塵と化していく。一体化した後部車両もまた本体があった機関車から切り離され、音をたてては崩壊していった。
「ヒュウっ、効果てきめんだねぇ」
キースが賞賛するよう口笛を吹くが、危機はまだ続いていた。

「ってちょっと!こいつまだ走ってるぞっ!?」
今だ機関車の上に立つキース達は異常を察する。変異体が消え去ってもその速度は落ちるどころか、寧ろさらにスピードを上げ、機関部のエネルギーも一向に衰える様子は見せなかった。

「これは…コンピュータを制御していた変異体を失ったショックで、機関部の制御システムが完全に暴走してますっ!このままだとシティに衝突しなくともメルトダウンを起こしてそこら一帯を全部吹き飛ばしてしまいますっ!」
即座に分析するビリーの音声がギルバート達に伝わる。
「シティ突入まであと一分!」
機関車は今やまばらな廃ビルや工場が点在し始めるシティの外縁部目前まで迫った。

「キース!」「おう!」
ギルバートとキースは躊躇いもなく列車の先頭に飛び降りて車両を押しとどめ始める。
「くそっ!」
サラもまた両手を伸ばし、数本の鋼鉄じみた鞭を腕から飛ばして機関車に絡み刺さっては、着地して全力で暴走するそれを引きとめようとする。

「「「ルアアアアァァァっ!」」」
キース、ギルバート、サラ三人それぞれのアスティル・クリスタルが強く輝き、その躯体に力を注ぐように電光とエネルギーラインが全身を駆け巡る。地面が三人の足で激しく削られては瓦礫が飛散し、機関車がミシミシと音を立てるっ。

300…200…100…、ビリーが観測する機関車の時速が徐々に落ちていき、シティの外縁、無人のゴーストタウンあたりでついに完全に停止した。だが機関車本体は既にその外殻を溶かすほど赤熱化していた。
「メルトダウンまで20秒!」
「こんやろおぉぉ!」「うおおおおっ!」

キースとギルバートは数百噸にも及ぶ機関車をそのまま持ち上げた。全身にアスティルエネルギーをめぐらせ、サイバーマッスルを何倍も増強させては、汚染雲に覆われた空へと全力で飛んでいく。サラもまた二人に加わってそれを押し上げるっ。
「この、腐れヤカンがぁっ!」
遥か上空で機関車の高熱が三人を焼く!

「メルトダウンまで10秒!9、8…」
「キース!サラ!」「ああ!」「吹っ飛び…っ」
「「「やがれぇ!」」」
汚染雲内まで機関車を運んだ三人の腕の結晶が一斉に衝撃を発し、列車を空へと押し飛ばした。メルトダウン寸前でもその装甲が堅牢なのに変わりはなく、機関車は空高く吹き飛ばされる。その反動で三人はそのまま地面へと落下していった。

「3…2…1!」
眩い太陽が、汚染雲に覆われた夜の空で輝いた。地面までも揺るがす轟音と衝撃波が遅れて周りを震撼させる。
「「「ぐあっ!」」」
その衝撃を受けたキース達は地面にズシンと重く落下した。

夜の太陽が暫く闇を照らし、シティの人々もまたそれを見上げる。やがて残響を残しながら消え去ると、市民達はまるで何もなかったかのようにいつもの夜へと戻った。またどこかの企業が軍事演習をしたという報道が来るだろうと思いながら。

「ギル!キース!サラ!」
アオトと女の子を抱えるウィルフレッドが三人へと駆け寄る。
「みんな無事かっ?」
少し頭を振っては体を起こすギルバート
「あー、耳元で騒ぐなウィル。さっき爆発で頭にキーンときたからなあ」

彼に続いてキースとサラもゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ…今回はさすがの俺もヒヤヒヤしたよ」
「くっそ…、まだ手がヒリヒリしてらあ」

互いの無事を確認すると、それぞれのアルマ形態を解除するウィルフレッド達。
「みんなすまない。俺のわがままのために…」
申し訳なさそうに俯く彼にサラが怒鳴る。
「ほんっとうにそうだよこのくそウィル!ガキを助けるのは良いがよっ!ちゃんと自分の身も守らないと始まらねえだろうが!」

それを聞いてアオトがくすりと笑う。
(子供を助けること自体はいいんだね。やっぱりサラも大分変わったなあ)
そうは思っても、口に出すときっとまた怒るから黙したままのアオトだった。

「んで、ガキは無事なのか?」「ああ」
サラが覗くと、ウィルフレッドの腕に抱えられてる女の子は気を失っていたままだった。
「へっ、のん気に寝ていてやんの、こっちの苦労も知らずによ」
そう毒づくも、彼女の顔はどこか微笑ましそうに見えて、それに察したアオトとウィルフレッドは意味ありげに互いを見た。

「これで満足かウィル?」
「ああ、ありがとうギル。この子を助けることに同意してくれて」
「気にすんな。わがままを聞いてやるのも家族ファミリーってもんだ」
ギルバートがぽんぽんとウィルフレッドの肩を叩くと、ビリーからの通信が入る。

「目標消滅確認、シティへの被害なし、作戦終了です。みなさんお疲れ様でした。作戦本部との通信回復も確認。ミハイル長官からすぐに基地へ帰還せよとのことです。これから皆さんをピックアップしに向かいますね」

キースが苦い表情をしながらウィルフレッドを見る。
「さて、ここからが本番だよなあ。ミハイルの旦那の説教が待ち構えてるから」
「ははは、確かにね。今からあのしかめっ面が目に浮ぶよ」
「へっ、好きに言わせりゃいいさ。こっちはちゃんと任務をこなしたんだからな」

ウィルフレッドは腕の中で意識を失ったままの女の子の落ち着いた寝顔を見ては、小さく微笑んだ。空にあいた雲からは、コロニーの明かりがまるでくもの糸のように張り巡らされた月が、彼らを見下ろした。



【続く】

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