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幕間  その4

道、交差しては分かれて その2

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まだ夜でもないのに喧々とした町の酒場で、店の看板娘がせわしなくテーブルに注文を運んでいた。
「はいっ、ご注文の蜂蜜酒をどうぞ」
「おう、悪ぃな」

泡がフレッシュさをアピールする黄金色の酒四杯が、開いた窓際にあるギルバート達の机に運ばれる。彼とルニ達は早速それを手に持ち上げるが、三人の向かい側に座っているウィルフレッドはすぐには取らずに、いまだギルバートを見つめたままだった。
「どうしたウィル?早く取れよ。いまさら構えてても仕方ないんだろ?」

笑顔を浮かべるギルバートを見て、ウィルフレッドの胸が軽く引き締められる。最後に彼のこの楽しそうな笑顔を見たのは、地球の月面コロニーでキース達と一緒にミッション完遂の祝杯を挙げた時だった。ギルバートの言うとおり、いまになって敵意を向き出しても意味はない。彼はジョッキを持ち上げた。

「そうそう、それでいいんだよっ、さあ乾杯だっ!」
「かんぱ~い!」
「乾杯です」
カチャンとギルバート達の心地良いジョッキのぶつかり音に少し遅れてから、ウィルフレッドはジョッキをぶつけた。
「…乾杯」

ル二は可愛らしく一口ずつ、アネッタは優雅に飲み込んでいく中、ギルバートは豪快に一気に半分以上飲み干した。
「ふぅ~~~っ、悪くねぇ。地球の化学くさいビールとは一味ちがうよなぁ?ウィル」

慎ましくも半分を飲み込んだウィルフレッドがジョッキをテーブルに下ろす。
「…ギル、何故ライムに変異体ミュータンテスを打ち込んだ?」
「んん?あ~あの化けもんライムってんのか?知らねぇよ、俺は単にクライアントが要求した条件に応じて合いそうな商品を提供しただけだ。ビズだよビズ、別に珍しくもないことだろ?」

「そういう意味じゃないっ。変異体ミュータンテスの危険性はあんたも分かっているだろっ。ハーゼンの時もそうだ。もし『テレパス』とか危険度の高い変異体ミュータンテスがそのまま野生化してしまったら、大規模な生物災害バイオハザードは免れないんだぞっ」

「安心しな。俺の知る中でその手のクラスの変異体ミュータンテスナノマシンは見当らなかったよ。いや、あったか…?まあどうせそうなる前にお人よしのあんたが片付けるんだろ?ていうか仕事の話ばっかりであんたらしいなあウィル。サラにいつも興ざめな話すんなって突っ込まれたんだよな?」
ウィルフレッドの剣幕を気にもせずに愉快に笑いながら蜂蜜酒をまた一口飲んでいくギルバート。

「茶化するなっ。ここは地球とは何もかも勝手が違う世界なんだぞっ」
「いいや、同じなのさ。どこもかしこもただの腐った肉塊、生きるという意味も知らねぇ奴らが蔓延はびこってるんだ…」
ギルバートの口調が、表情が段々と冷たくなっていく。
「ギル…っ」

「も~ぉ、知らないことの話ばっかりでつまんないよ~。そんな怖い顔しないでさ、もう少し飲んでもっと楽しもうよ、ほらっ」
張り詰めた空気を和らげるためか、ルニが乾杯を促すようにジョッキをウィルフレッドの前に差し出した。営業的ながらも元気な彼女の笑顔に思わず口をつぐんでしまうウィルフレッド。ギルバートもまた険しい表情が消えて愉快そうに笑う。

「はははっ、すまんすまん。ほらウィル、どうすんだ?」
この場合、やんわりと断ってギルバートを問い詰め続けることもできたが、何故かウィルフレッドはそうしなかった。暫く渋ってから、彼は自分のジョッキを持ち上げた。

「そーそー、それでいんだよ、はい乾杯っ」
「…ああ」
可愛らしく微笑むルニがジョッキをぶつけては飲み込んでいく二人。
「ふぅ~美味しいですねっ。どう?少しは楽な気分になれました?」

彼女に意地張っても仕方ないと思ったのか、軽く苦笑してウィルフレッドは答える。
「そう、だな」
「でしょっ。…うーんよく見るとちょっと好みな顔してますね。ギルバート様の知り合いだし…ねぇ、欲しいなら安くしてサービスしちゃうよ?」

「いや、自分は良い」
一瞬の躊躇いもなくもなく断られて、ルニが頬を膨らませる。
「んも~~~う、ギルバート様の友人さんなのにつまんなぁ~い」
「はははっ!すまねぇなルニ、こいつは昔からこういう堅物なんだ。アオトでさえも何回かは女を抱いてたのによ」

「でも私は好きですよ。そういう真面目なお方は」
ご立腹なルニをなだめるように抱き寄せるギルバートの傍から、今度はアネッタが大人らしく包容力のある笑顔と落ち着いた声でアプローチした。

「ウィルフレッド様、本当にサービスはいりませんか?同衾しなくとも、ご一緒に町を回るぐらいはしても罰は当たりませんよね?」
「だとよウィル。俺は構わねぇから買ってあげてもいいんじゃねえか?」

それでもウィルフレッドは少しも動揺せずに謝絶した。
「別に大丈夫だ、心遣いありがとう」
「ふふ、そうして丁寧に断るのも魅力的ですのに…残念です」

再び寄り添うアネッタを抱き寄せるギルバート。
「なあウィル。もう少し楽にしろや。お互いビールが飲める時は飲む。戦うしかない時は思いきって戦う。それが傭兵うちらのルールってもんだ。違うか?」

いまだに強張るウィルフレッドの顔が複雑になる。確かに、ギルバートが教団側へつく考えを改めない限り、変異体ミュータンテスのことを問い詰めても意味はない。そしてその考えを捻じ曲げるのは、少なくとも今は無理なのも本当は理解していた。

なによりも、楽しめる時に楽しめる…例え異世界ハルフェンに身を置いても、根はやはり地球という地獄で育てられたウィルフレッドだ。その考えは彼の心にも確かに根差しており、ギルバートとアオトとともに過ごした傭兵マーセナリー時代の記憶が、さらに彼の警戒を軟化させていく。

「昔を思い出すなぁウィル。五人で地球のバーに言った時もあんたの手の誘いを全部断ってて、サラ達によく突っ込まれてたなぁ?懐かしいぜまったく…」

(((ハッ、てめぇ甘ちゃんだけでなくドーテーかよっ!)))
ふと酒場の喧騒から、かつてのサラ達との談笑の声が聞こえた。

地面が揺れるほどのヘヴィメタルに、ギラギラと生の目を傷めるほど鮮烈なディスコライト、リズムに乗って扇情的に、熱狂的に踊る人々…。そんなクラブのテーブルを囲みながら、ウィルフレッド達はいつものように他愛のない話を交わしていた。

(((そう言うなってサラ。こういうのは個人の自由だ。アオトだってこの前勧めた店でようやく卒業したばかりだからなぁ)))
(((だよなぁキースっ。初めて聞いた時は驚いたぜ。まさかうちらのアオトがついに男になったなんてなぁははははっ!)))
(((その話はやめてくれよギル…)))

狂騒の音が消え、喧々としながら心地良い活気の溢れる酒場に意識が戻る。

「…確かに、そうだな」
どこか寂しそうな口調で、ウィルフレッドはジョッキを持ち上げる。――会話で情報を引き出すことなんざ、本当はただの建前だ。ギルバートはそう簡単に口を割らないのは彼自身が誰よりも知っている。

それでもついてきたのは、本当はほんの一瞬だけ、かつて皆と楽しんでいたあの頃に浸かりたかっただけなのかも知れない。そう思うウィルフレッドであった。ギルバートが満足そうにニヤつく。

「ようやく分かったか。おい姉ちゃん!代わりの蜂蜜酒を頼む!」
「は~~い!」
店の看板娘が持ってきたジョッキをアネッタ達とともに上げては、四人が再び乾杯する。
「ほれっ、もう一度っ」
「「「かんぱ~~い!」」」

笑顔を見せずとも、もはや険しい顔をせずに乾杯するウィルフレッド。飲み込んでいく蜂蜜酒の甘味が心の苦味と混ざり合い、なんとも言えない味がした。
「ははぁっ、ほんっとうめぇ酒だなっ。キース達に飲めてあげてぇぐらいだっ。そうだろウィルっ?」
実に楽しそうに酒を飲みほしたギルバートを見て、ウィルフレッドは僅かだけ苦笑した。


******


ウィルフレッド達が酒場に入るより少し前。ガーデンテーブルで一休みしていたミーナは、淹れなおしたティーポッドの味が出るのを待つ間、背に椅子を持たせながら広場で遊びながら歌を歌っている子供たちを見つめていた。

(あの歌は…)
ミーナの意識は元気な子供たちのメロディに乗って、昔の思い出へと浸かっていった。

――――――

見晴らしの良い小さな丘の上にある大樹の下。爽やかな風が舞い上がらせる落葉が物言えぬ情緒を醸し出す、晴れた午後。そんな心地よい晴れた日に、荷物を木の根元に置いて背を持たせ、巡礼の旅の途中で一休みしていたミーナとエリクだが、いつの間にかエリクが一つの葉っぱを手に持っては悠々とした旋律を奏でていた。

「…ロジェロの旅のバラードか」
「あ、分かるのですかミーナ殿」
「当然だ、いかな分野の知識でも識るのがビブリオン族だからな」
「はは、これは失礼しました。ミーナ殿もやってみますか?」
ミーナは興味なさそうにそっぽ向く。
「くだらん。おぬしらの精神調律には必要な行為かもしれんが、我らビブリオンには無用のものだ」

「そう難しく考えずに。はい、やり方も必要でしたら教えますよ」
もう一枚の葉っぱを差し出すエリク。
「だから私は…っ」
彼の笑顔を見てミーナの口が噤んでしまう。長い付き合いで、こんな顔を見せる彼は最後まで粘るのをよく知っているのだから。

「ミーナ殿もご存じでしょう。この曲は元々二つの音程によってハーモニーを奏でるのです。貴女がしてくだされば――」
「もういい、よこせ」
無造作に葉っぱを取って座り込むミーナ。

「やり方は――」
「なめるでないっ。それぐらい知っとるわ」
そう言って彼女は葉っぱを口に当てた。


―――プピィーーー

「むっ」
「あ、やっぱりやり方――」
「いらんっ。おかしい…仕方は至極簡単なはずなのに」

―――ブプピィーーー

「ミーナ殿、唇の力、もう少し緩めた方が良いですよ」
「…むむぅ」

―――フィーーー

「そうそう、そんな感じです」
「…むぅ」
嬉しそうなエリクの笑顔にミーナ複雑そうな表情を浮かびながら、二人は再び旋律を奏でていく。シンプルながらも感情に富んだ二つのメロディが、目の前に広がる草原で響き合っていた。

暫くして曲が一区切りになると、エリクが盛大に拍手する。
「とても上手でしたよミーナ殿。普通の方でしたら音階をマスターするだけでも時間かかりますのに」
「これぐらい当然だっ。ふぅ~…、今回の巡礼もお主のお陰で色々と大変だったな…」
「そうなのですか?とても楽しく有意義な旅だと思いますが」
白々しく首を傾げるエリクにミーナは口を尖らせる。

「前の村では花を我の帽子に勝手に付けただろうが」
「ああ、とても似合ってましたよ。虫除けにもなりますし」
「ミナス大聖堂で頼んでもないのに祝福の儀に申し込んでおって」
「せっかくの機会でしたからね。とても素敵でしたでしょ」
「あとウェルトレイ湖にわざと我を引っ張って飛び込んだな」
「あの日暑かったから気持ちよかったですね」

「だぁから、そういうお節介で強引なところが問題だというのだこの馬鹿エリク!」
「あいたっ!」
ミーナの杖の一撃で涙目のエリクが頭をさすりながら苦笑する。
「あはは、すみません。せっかくの巡礼の旅ですから、つい羽目を外したくなりますから」

「それでも限度があるだろう。我まで巻き込んでおって…」
そっぽ向いてはボソボソと愚痴るミーナは、暫く手に再び取った葉っぱを見つめ続けた。

「…だが…まあ…」
葉っぱをくるくると遊びながら呟く。
「得るものが多かった旅であったのも事実だ。お主との学問の談義も興味深かったしな」
昔のミーナでは考えられない、どこか情緒のある口調だった。エリクは淡く微笑みながら空を見上げた。

「そういえば、ミーナ殿と一緒に巡礼するのも今回で最後ですよね」
「うむ、これからはお師が後継者を選ぶまでに一人で巡礼をしなけばならん。元からそれに慣れてるから特に問題はないがな」
「けどこれからの旅は前より一層と楽しめるのではないでしょうか。時々葉笛を吹いたり、景色の良いところでお茶を嗜むとか、まさに旅の風情ってものだと思いませんか」

ミーナの睨む視線にエリクはただニコニコと微笑む。馬鹿らしいと思ったのか、または反論することを諦めたのか。軽くため息をつきながら苦笑するミーナ。
「それは、そうかもな…」
その言葉に応じるエリクの笑みは、とても嬉しそうだった。何度かの巡礼の旅をともにして積もり上げた成果が垣間見えたから。

「旅といえば、先ほどのバラードはロジェロがダリウスとカーナ三人の旅を綴ったものということは存じですよね」
「うむ。三人がゾルドと教団打倒のために各地を巡る旅だったな」
「ええ。そしてさっきの一節は、ロジェロがエルフであるカーナとの友情を称える内容なんです」

「だから二重奏デュエットなのか」
「二人は文芸や学問について良く意見を交換し合った仲ですからね。だからこの一節にある情動的なパートは、実はロジェロのカーナへの思慕の念が込められているとも解釈されてるとか」
「そういえばあったな。ロジェロは本当はカーナに思いを寄せていたが、彼女はダリウスの方に思いを寄せてるから身を引いたと」

「その説は色々と疑点もありますけどね。そしてさっきの合奏で私はロジェロ、ミーナ殿がカーナになるんですよ」
「ふむ。そうなるな」
――沈黙。

「どうかしたか?」
「なんでもありませんよ」
本気で気づかないミーナに変わらぬ笑顔を見せるエリク。
(こういうことの理解はまだまだ時間がかかりそうですね)

「しかしまあ、旋律に隠れた意味など、知識として知っても実際感じることはできなかったが、最近はそのあたりの感情もなんとなく分かるような気がする」
「そうですか?」
「少なくとも苛立ちという感情はしっかりと理解できたな。おぬしというお節介のせいで」

あきれた口調トーンの混じった愚痴とともにジト目で睨むミーナ。
「ははは、それは大変恐縮です」
エリクの苦笑に、彼女もまた嬉しみを含んだ苦笑になる。

「ふむ、先ほどの話を次の研究の一環にしてみるのもいいな。もう一度合奏ハーモニーしてみるか。付き合えエリク」
「喜んで、ミーナ殿」
白い雲が綴る晴れた空の下で、二人の旋律が再び響き渡る。さながらメロディ自体がダンスをしているかのように。

――――――

意識が広場に戻ると、ミーナはいつの間にかガーデンテーブルに舞い降りた一枚の葉っぱを手に持っていた。
(まったく、一人では二重奏デュエットの研究はできないのだぞ馬鹿エリク)

そう心で愚痴ると、彼女は葉っぱ自然と葉っぱを口元に寄せた。

――――――

(もうすぐ時間ですのに、やれやれ)
ミーナがいる広場の町の反対側、丁度町を俯瞰できる小さな丘。エリクはそこにある一本の木の下で立ちながらギルバートを待っていた。

(そういえば、あの時もこのような木の陰の下でミーナ殿と二重奏デュエットしてましたね)
背を木に持たせながら、地面に落ちた葉っぱを一枚手に遊ばせながらあの時のことを思い出す。例えその目が赤いオーラに染められても、心に思う人は常に一人だけだった。

(ミーナ殿…)
軽やかな葉笛の旋律が吹かれる。それが奇しくも広場のもう一つのメロディと合奏ハーモニーを成した。

(バカエリクめ…)
届かない音。ハモるリズム。立場は違えど、常に互いを思い合う心。

「ほらウィル、もう一杯だ!乾杯!」「「かんぱぁ~いっ」」
「…乾杯」
酒場で再び乾杯し合うウィルフレッドとギルバート。
平行線の思想。ぶつかるジョッキ。もはや昔には戻れなくとも、心にはいつも相手を忘れない。

この日、この一時だけ、分かれた道は僅かながらも再び交差し合った。


******


日が山に目掛けてゆっくりと沈み始める時間。酒場の入口の前で、アネッタとルニを両脇に抱き寄せるギルバートはウィルフレッドに嬉しそうに手を挙げた。
「じゃあなウィル。今日は久しぶりに飲めて楽しかったぜ」
「ギル…」

ウィルフレッドの胸に千万の言葉が積もっていても、それを一つも言い出すことはできなかった。ギルバートはただいつものように不敵に笑う。
「はっ、そう焦るな。次に出会ったら改めて家族ファミリーの交流をしてやるからよ。まっ、考えが変わってこっちに来てくれるんならそれで万々歳だけどな」

「じゃあね~、もし気が向いたらいつも指名していいよ~」
「ええ、私もいつも歓迎しますよウィルフレッド様」
好意的なルニとアネッタにウィルフレッドは苦笑しながらも小さく頷く。
「飲むだけなら、また機会があれば」
アネッタ達が嬉しそうに微笑んだ。

「んじゃなウィル。また会おうぜ」
ルニ達を抱き寄せたまま、ギルバートは町の外へと歩いて行った。そんな彼の背中を、ウィルフレッドは見えなくなるまでただずっと見つめ続けた。

――――――

「来たかウィル。そろそろキャンプ地に戻るぞ」
「ああ、待たせてすまない」
教会の前で既に馬の手綱を持って待ってるミーナに、ウィルフレッドは早歩きで合流した。

「…ふむ、この町を結構楽しんだそうだな。なんだか嬉しそうな顔をしているぞ」
「そうか?」
思わず顔に触れるウィルフレッド。
「…そうだな。ここはとても良い町だと思う」
その笑顔には多少の切なさが混じっていたが、ミーナはそれ以上質問することはしなかった。

「ミーナは?私用の方は済ませたのか?」
「うむ、しっかりとな」
そう言うミーナも、心なしか普段より柔らかな表情になっていた。


******


「今回は間に合いましたが、次回はもう少し早く合流して欲しいですねギルバート殿」
例の木の下で合流を果たしたエリクとギルバート達は、本拠地に戻るために森の奥を歩いていた。
「ははっ、すまねぇな。まさかここでウィルと会うなんて思ってなくてよ」
「もう一人の魔人とっ?」

さすがに驚くエリクにギルバートは軽く手を振る。
「安心しな。ちょっと一緒に飲みしただけで特に何もやっちゃいないよ。こっちの情報も何も伝えてねぇ。なあルニ?」
「そだよ、皆で楽しく飲み会してただけ~」
「ええ。ひと時買ってくれなかったのは残念でしたけど」

(迂闊でした。巫女達の軍の進行方向と逆の町でしたから問題ないと思ってましたが、やはりもう少し慎重して行動しないと)
少々眉を寄せていたエリクだが、過ぎたことに拘っても意味はないと、それ以上問い詰めることはしなかった。

「まっ、今回もウィルが誘いに応じてくれなかったのは残念だがな」
「良いのですか?彼とは元は仲間なのでしょうに、このまま敵側に置いたままで」
「なぁに、奴はいつかきっとこっちに来るさ」
ギルバートの表情は確信に満ちていた。
「なにせ俺たちは家族ファミリーだからな」

「家族…」
ミーナの顔が、彼女と楽しく過ごしていた日々が、赤の揺蕩うその目に浮かぶ。
「とても良い言葉ですね。貴方がそう言うのでしたら、彼はきっとこちら来るでしょう」
エリクの口元は、まるで自分に言い聞かせるような言葉とともに緩んでいた。
「ははっ、あんたも分かってるじゃねえか」

「ねぇ早く戻ろうよギルバート様ぁ、今日はもう疲れたから早く休みたーい」
「こらルニ、ギルバート様やエリク様に失礼よ」
「いえ、彼女の言う通りですね。行きましょうギルバート殿」
「おう」

やがてエリク達は森の奥へと姿を消す。いったん交差した二つの道は再び離れていった。




【幕間 道、交差しては分かれて】
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